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王都編 〜夜会〜
おっさん、パジャマトークする
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お茶を飲んでクッキーを食べる。
「真夜中に甘い物なんて、背徳感がヤバい」
「背徳感ね…」
俺の言葉にキースが笑う。
時刻は深夜2時過ぎ。いつもなら熟睡している時間だ。
だが、全然眠くならない。
パジャマトークを始めて、何から話しますか?とキースに真面目に聞かれて、トーク内容に一瞬戸惑ったが、まずは自分の生い立ちを話すことにした。
両親が居て、一人っ子で、学校に行って、就職して、サラリーマンをやっていた。そして気がつくとこの世界に迷い込んでいた。
ざっとかいつまんで話したが、その途中、学校のこと、仕事のことを細かく質問され説明すると、キースはその度にへー、ほー、と驚きながら興味深げに聞いていた。
「面白いですね、ショーヘイさんの世界は…」
キースが俺を呼ぶ敬称を様からさんに変えさせることが出来たが、いつか、呼び捨てにしてもらいたいと思った。
「キースは?どこで生まれたの?ご両親は?」
「私は…、わかりません」
キースが苦笑する。
「気がついたらそこに居て、残飯を漁ってました。浮浪児だったんです」
キースの告白に言葉が出ない。
「ランドール領の小さな街にいました。親はわかりません。
そこで、毎日食べ物を探していたのは覚えています」
「キース…」
「そんな顔しないでください」
キースが笑いながら言う。
「10歳の時に、たまたまその街に視察に来たギル様に拾われたんです」
年も推定だから、実年齢はわからないと笑った。
「私の何が気になったのかはわかりませんが、こう首根っこを掴まれて、領都まで連れていかれて」
キースが寝夜着の後ろの襟を自分で上に引っ張ってその時の状況を説明する。
重たい話を面白く話すキースに笑う。
「屋敷にいたメイドに洗われて、綺麗な服を着せられて、目の前にたくさんの料理を出されて。
生まれて初めてお腹いっぱい食べました。慌てて食べて喉を詰まらせ、背中をバシバシ叩かれたのを覚えています」
懐かしそうにキースが笑う。
それからキースは戦闘執事になるために、6年間みっちり教育を受けたという。
朝から晩まで、ずっとギルバートがつきっきりで指導にあたり、片時も離れることがなかったという。
「もうギル様に何度殺されかけたかw」
「ロイ達も同じこと言ってたなーw」
「容赦ないんですよね」
キースが笑顔で話す。
「厳しい方ですけど、愛情もたくさん注いでくれました。本当に感謝しています」
ピコンとウサ耳が動き、本当に嬉しいんだとわかった。
聞けば、ギルバートは弟子として何人もの子供を拾っては育てていたという。
だが、毎回拾うのは1人。
複数人を一度に教育すると、必ず何処かで綻びが出る。
躾、教育、愛情、それらを全力で注ぎ込むことが出来るのは、私は1人が限界なんです、とギルバートが笑いながら言った。
「すごい人だな…」
「はい。かなり無茶なこともしますけどね。それでも、感謝しても仕切れません」
キースが当時を思い出したのか、微笑みながら言った。
病気で寝込んだ時、つきっきりで看病してくれたギルバートを思い出し、訓練は厳しかったが、その辛さを忘れさせてくれるほどの愛情で包み込んでくれたことを思い出す。
戦闘でも最強だが、弟子を育てる手腕も最強だと思っている。
ロイのように親代わり、というわけではないが、それでも親の愛情を知らない自分にとっては親に最も近い存在だ。
「あの癖が無ければ本当に素晴らしい人なんですけどね…」
「癖?」
キースが俺をじっと見る。
その目で、ギルバートが俺に対する行動を言っているんだとわかった。
「あー…それな…。
ギル様もなんで俺なんかがいいんだか…」
会う度に、どんどん密着度が濃くなっている。
ディープキスはもはや当たり前になりつつあり、悩みの種でもあった。
「ショーヘイさん、ギル様の好みにピッタリ合ってますからね」
「そーなの…?なんかそれっぽいことは言われたけど…ロイと好みが似てるだとかなんとか…」
「ロイ様は、ギル様に息子のように可愛がられて好みも似てしまったんでしょうね…」
「あー…たまたま同じなんじゃなくて、ロイがギル様に似たのか…」
はははと乾いた笑いを漏らした。
「黒髪、童顔、表情も感情も豊かで、細すぎず、太ってもいない。笑うと可愛くて、素直、頭もいい。
ほんとドンピシャですよ」
ギルバートの好みを指折り数えて言うキースに苦笑する。
「童顔なんて言われたの初めてだわ」
この世界に来て若く見られるのは、童顔に見えるからなのか、と改めてわかった。東洋人だからだろうか、と思わず自分の顔を触った。
「ギル様のこと、よく知ってるなぁ。」
クスクスと笑うと、キースが渋い顔をした。
「ずっとギル様を見て真似をしてきましたから」
キースがじっと俺を見る。
「本当に気をつけてくださいよ。
今はまだ冗談で済ませてますけど、少し、本気にもなってきてると思うんですよね」
「…まさか…」
ロイのことを息子のように思っているのに、その相手の俺に本気になるなんて、と思う。思うのだが、はっきりと否定出来ないのも事実。
「わっかんねーなー…」
そう言って、ゴロンとベッドに転がった。
うーん、と唸った後、ゴロゴロ転がって、キースの方を向く。
「ほんとこの世界に来て、価値観が総崩れだよ…。俺なんかの何処がいいのかさっぱりわからんわ」
「…自覚ないんですね」
「うー…」
誰かに似たようなことを言われた気がする。
100歩譲って、この世界で俺は男にモテるというのは理解出来た。今までさんざんそういう目で見られてきたから、理解というか、それが現実だと納得するしかない。だがそれでも、元の世界の常識が邪魔をする。
こっちに来て、レイプ未遂は2度目。
いい加減、性に関しては元の世界の常識を完全に捨て去らないと本当に危険だと思う。
だが、頭ではわかっているが何をどうしたらいいのかがあまりよくわかっていない。
元の世界で、男にそういう目で見られる女性たちは、どうやってかわして、どういう対策を取っているんだろうか。
聞いてみたいと心の底から思った。
そしてふと思う。
俺はこの世界で、男が抱きたいと思う男、ということだ。
はたして、男が全員俺を見てそう思うんだろうか。
その疑問が湧き起こった。
「あのさ…。キースは、俺を抱いてみたいって思う?」
「…本音でいいんですよね」
キースが真顔になった。その表情に地雷踏んだかも、と顔を顰める。
「1人の男として見るなら…ありです」
キースの言葉に、少しショックをうける。
「ショーヘイさんは…なんと言うか…」
必死に言葉を選ぶ。
「支配欲というか…、男の本能みたいなものを掻き立てられるんですよ。
色気とはちょっと違うかな…。
そそるというか…」
そのキースの言葉に鳥肌が立ち、思わず自分の体を抱きしめて身を守る姿勢を取った。
そそる。確かゲーテでダニエルにも言われたことを思い出す。
キースが眉根を寄せて考え込む俺を見てニヤリと笑いにじり寄る。
「キス、してもいいですか?」
寝転んだ俺の腕を掴んで、逃がさないように覆い被さってきた。
「キ、キース?冗談だよな?」
「抱いてみたいかって聞かれたから、本音を言ったんですけど」
そのままキースにのしかかられて、顔を寄せられた。
「ちょ!ちょっと!キース!!」
鼻が触れ、息がかかるほど間近に迫ったキースの顔に思わずギュッと目を瞑った。
だが、触れる筈の唇がいつまで経っても触れてこない。
「キース…?」
薄目を開けてキースを見ると、キースが俺の顔の横に、トサッと頭を落とし細かく震えていた。
その瞬間、揶揄われたと気付く。
声を出さずに笑っているキースにムカッと腹を立て、乱暴に腕を振り解くとウサ耳を握って引っ張った。
「痛い!イタタタ!引っ張らないで!」
笑いながら耳を俺から奪い返すために両腕を上げたので、今度は脇腹をくすぐった。
「あははは!やめて!すみません!ごめんなさい!」
くすぐられて笑いながら、キースが逃げる。
「お前まで俺を揶揄うのかよ~」
枕に顔を埋めて、泣き真似をして、それから盛大にため息をついた。
「男に言い寄られることに慣れないんだよなぁ…」
言い寄られているのか、ただ仲良くしたいだけなのか。その辺の違いもはっきりとわからない。
「今まで言い寄られた経験ないんですか?」
キースが、意外と言いたげな表情をした。
「あるけど、女性からだったし…。あ」
キースに恋愛や性に関しての違いを説明していないことを思い出した。
「俺がいた世界はさ…」
ここで、キースに説明した。
キースが話を聞いて目を丸くしたり、顔を顰めたり、色々な表情をする。
かなり驚いているようだった。
表情に出ないと聞いていたキースが、今かなり表情豊かに俺と話していることを、本人は気付いているのだろうか、とクスッと笑う。
「じゃぁ、この世界に来て、初めて男性を好きになって、SEXしたんですか?」
「あー…、うん。そう」
あけすけにそう言われると、かなり恥ずかしくて、枕に顔を埋める。
「最初はほんとかなり抵抗があったよ…。だいーぶ慣れたけど…」
ハハッと自虐的に笑う。
「初めての相手がロイ様って…」
キースに同情の目を向けられる。
「なんでそんな目で見るわけ?」
「いや、だって、ロイ様ですよ。
あっちに強いのはかなり有名な話ですからね…」
確かに、異名を持つほど絶倫だというのは身を持って体験した。
何度SEX中に意識を飛ばしたか。
抱き潰された経験も1度や2度じゃない。
「もー…若くないんだからさー…、もうちょっと労わって欲しいんだけどさー」
グリグリと枕に顔を押し付けて身悶える。
「さらにディーゼル殿下ですもんね…」
キースがかなり同情の口調で言う。
「あの2人を相手になんて…」
キースに頭を撫でられ、慰められた。
「あー…そうか。そういうことですか…」
そして、1人で納得したように言った。
「どういうことだよ」
「ショーヘイさんが、男性に対して警戒心が薄い理由ですよ。
ショーヘイさん自身、男性を恋愛や性欲の対象として見ていないからだ」
キースがそうだそうだと納得する。
「うん、まぁ…そうだな…」
言われて気付く。
ロイとディー、2人とそういう関係にはなったが、他の男を見て「かっこいい」と思うことはあっても、性的な意味で「いいな」とは今も思わない。
「だから男の目にはあなたはピュアに見えるんだ。可愛いって思うんですよ。
男を知らない処女みたいな」
「しょ、処女って」
カァッと赤面する。
「ほら。自分が処女って言われてそういう反応をする。
そういうところですよ」
キースが真剣に俺を見る。
「今までの性に対する認識が違うせいで、あなたは今だに精神的処女なんだ」
キースに言われて、ガーンとショックを受ける。
精神的処女。
その言葉が脳内にエコーを伴って響き渡り、ぐったりと脱力した。
かといって、そんな精神的なものどうすればいいというのか。
泣きなくなってくる。
「もー、いい!」
ガバッと起き上がると、枕を殴る。
「みんな俺を可愛い可愛いって!
アビーやオリヴィエみたいな美人な女性にも言われて結構ショックなんだぞ!
俺だってかっこいいって言われたいわ!」
突然怒った翔平に驚きながらも、キースが笑った。
しばらく凹んだ後、もうどうでもよくなって不貞腐れたようにベッドに横になる。
「キース、お前はどうなんだよ。アラン様と」
ゴロッと横向きになると、肘で頭を支えて下から見上げる。
自分のことばかり話していて、キースのことを聞いていない。
「まぁ…それなりに」
「それなりってなんだよ。っていうか、いつからそういう関係なわけ?」
「あー…それは…」
「俺ばっか話してるぞ。お前も教えろ」
言いながら、おらおらとキースの脇腹を突く。
「やめてくださいよ」
くすぐられて逃げながら笑う。
「もうここまで来たら、全部話しますよ」
「よろしい。話したまえ」
フフンとドヤ顔で言うと、キースが笑い、ゴロッと俺の隣に転がり、うつぶせになると枕を抱える。
「こんなふうに誰かと話すなんて、生まれて初めてです」
「楽しくない?」
「楽しいです」
俺を見て、ニコッと笑う。だがすぐに笑顔が消えて少しだけ悲しそうな顔をした。
「私は、アラン様が好きです。愛してます」
「うん。知ってる。見ればわかる」
即答すると、キースが苦笑する。
「バレバレですか?」
「誰がどう見てもバレバレですね」
ダンスした時の2人は、切ないほどその想いが溢れていた。それこそ涙が出るほどに。
なのに、なぜ。
「どうしてプロポーズ受けないんだ」
「それは…」
キースが少しだけ言い淀む。
「身分の違いとか、なしな。身分違いでもこの国では結婚出来るって聞いたぞ」
グレイとジュリアが今まさに熱愛中で、マチルダの件の時に、身分違いでも結婚出来るというのは確認済みだ。
それを否としている貴族もいるようだが、今回は王族であるアランがキースにプロポーズをしている時点で、障害はないように思える。
「建前ではそんな風に言っていますけど、本音は違います。
受けられない理由があるんです」
キースが俯きながら言う。
その声の感じに、かなり重たい理由なんだと覚悟した。
「真夜中に甘い物なんて、背徳感がヤバい」
「背徳感ね…」
俺の言葉にキースが笑う。
時刻は深夜2時過ぎ。いつもなら熟睡している時間だ。
だが、全然眠くならない。
パジャマトークを始めて、何から話しますか?とキースに真面目に聞かれて、トーク内容に一瞬戸惑ったが、まずは自分の生い立ちを話すことにした。
両親が居て、一人っ子で、学校に行って、就職して、サラリーマンをやっていた。そして気がつくとこの世界に迷い込んでいた。
ざっとかいつまんで話したが、その途中、学校のこと、仕事のことを細かく質問され説明すると、キースはその度にへー、ほー、と驚きながら興味深げに聞いていた。
「面白いですね、ショーヘイさんの世界は…」
キースが俺を呼ぶ敬称を様からさんに変えさせることが出来たが、いつか、呼び捨てにしてもらいたいと思った。
「キースは?どこで生まれたの?ご両親は?」
「私は…、わかりません」
キースが苦笑する。
「気がついたらそこに居て、残飯を漁ってました。浮浪児だったんです」
キースの告白に言葉が出ない。
「ランドール領の小さな街にいました。親はわかりません。
そこで、毎日食べ物を探していたのは覚えています」
「キース…」
「そんな顔しないでください」
キースが笑いながら言う。
「10歳の時に、たまたまその街に視察に来たギル様に拾われたんです」
年も推定だから、実年齢はわからないと笑った。
「私の何が気になったのかはわかりませんが、こう首根っこを掴まれて、領都まで連れていかれて」
キースが寝夜着の後ろの襟を自分で上に引っ張ってその時の状況を説明する。
重たい話を面白く話すキースに笑う。
「屋敷にいたメイドに洗われて、綺麗な服を着せられて、目の前にたくさんの料理を出されて。
生まれて初めてお腹いっぱい食べました。慌てて食べて喉を詰まらせ、背中をバシバシ叩かれたのを覚えています」
懐かしそうにキースが笑う。
それからキースは戦闘執事になるために、6年間みっちり教育を受けたという。
朝から晩まで、ずっとギルバートがつきっきりで指導にあたり、片時も離れることがなかったという。
「もうギル様に何度殺されかけたかw」
「ロイ達も同じこと言ってたなーw」
「容赦ないんですよね」
キースが笑顔で話す。
「厳しい方ですけど、愛情もたくさん注いでくれました。本当に感謝しています」
ピコンとウサ耳が動き、本当に嬉しいんだとわかった。
聞けば、ギルバートは弟子として何人もの子供を拾っては育てていたという。
だが、毎回拾うのは1人。
複数人を一度に教育すると、必ず何処かで綻びが出る。
躾、教育、愛情、それらを全力で注ぎ込むことが出来るのは、私は1人が限界なんです、とギルバートが笑いながら言った。
「すごい人だな…」
「はい。かなり無茶なこともしますけどね。それでも、感謝しても仕切れません」
キースが当時を思い出したのか、微笑みながら言った。
病気で寝込んだ時、つきっきりで看病してくれたギルバートを思い出し、訓練は厳しかったが、その辛さを忘れさせてくれるほどの愛情で包み込んでくれたことを思い出す。
戦闘でも最強だが、弟子を育てる手腕も最強だと思っている。
ロイのように親代わり、というわけではないが、それでも親の愛情を知らない自分にとっては親に最も近い存在だ。
「あの癖が無ければ本当に素晴らしい人なんですけどね…」
「癖?」
キースが俺をじっと見る。
その目で、ギルバートが俺に対する行動を言っているんだとわかった。
「あー…それな…。
ギル様もなんで俺なんかがいいんだか…」
会う度に、どんどん密着度が濃くなっている。
ディープキスはもはや当たり前になりつつあり、悩みの種でもあった。
「ショーヘイさん、ギル様の好みにピッタリ合ってますからね」
「そーなの…?なんかそれっぽいことは言われたけど…ロイと好みが似てるだとかなんとか…」
「ロイ様は、ギル様に息子のように可愛がられて好みも似てしまったんでしょうね…」
「あー…たまたま同じなんじゃなくて、ロイがギル様に似たのか…」
はははと乾いた笑いを漏らした。
「黒髪、童顔、表情も感情も豊かで、細すぎず、太ってもいない。笑うと可愛くて、素直、頭もいい。
ほんとドンピシャですよ」
ギルバートの好みを指折り数えて言うキースに苦笑する。
「童顔なんて言われたの初めてだわ」
この世界に来て若く見られるのは、童顔に見えるからなのか、と改めてわかった。東洋人だからだろうか、と思わず自分の顔を触った。
「ギル様のこと、よく知ってるなぁ。」
クスクスと笑うと、キースが渋い顔をした。
「ずっとギル様を見て真似をしてきましたから」
キースがじっと俺を見る。
「本当に気をつけてくださいよ。
今はまだ冗談で済ませてますけど、少し、本気にもなってきてると思うんですよね」
「…まさか…」
ロイのことを息子のように思っているのに、その相手の俺に本気になるなんて、と思う。思うのだが、はっきりと否定出来ないのも事実。
「わっかんねーなー…」
そう言って、ゴロンとベッドに転がった。
うーん、と唸った後、ゴロゴロ転がって、キースの方を向く。
「ほんとこの世界に来て、価値観が総崩れだよ…。俺なんかの何処がいいのかさっぱりわからんわ」
「…自覚ないんですね」
「うー…」
誰かに似たようなことを言われた気がする。
100歩譲って、この世界で俺は男にモテるというのは理解出来た。今までさんざんそういう目で見られてきたから、理解というか、それが現実だと納得するしかない。だがそれでも、元の世界の常識が邪魔をする。
こっちに来て、レイプ未遂は2度目。
いい加減、性に関しては元の世界の常識を完全に捨て去らないと本当に危険だと思う。
だが、頭ではわかっているが何をどうしたらいいのかがあまりよくわかっていない。
元の世界で、男にそういう目で見られる女性たちは、どうやってかわして、どういう対策を取っているんだろうか。
聞いてみたいと心の底から思った。
そしてふと思う。
俺はこの世界で、男が抱きたいと思う男、ということだ。
はたして、男が全員俺を見てそう思うんだろうか。
その疑問が湧き起こった。
「あのさ…。キースは、俺を抱いてみたいって思う?」
「…本音でいいんですよね」
キースが真顔になった。その表情に地雷踏んだかも、と顔を顰める。
「1人の男として見るなら…ありです」
キースの言葉に、少しショックをうける。
「ショーヘイさんは…なんと言うか…」
必死に言葉を選ぶ。
「支配欲というか…、男の本能みたいなものを掻き立てられるんですよ。
色気とはちょっと違うかな…。
そそるというか…」
そのキースの言葉に鳥肌が立ち、思わず自分の体を抱きしめて身を守る姿勢を取った。
そそる。確かゲーテでダニエルにも言われたことを思い出す。
キースが眉根を寄せて考え込む俺を見てニヤリと笑いにじり寄る。
「キス、してもいいですか?」
寝転んだ俺の腕を掴んで、逃がさないように覆い被さってきた。
「キ、キース?冗談だよな?」
「抱いてみたいかって聞かれたから、本音を言ったんですけど」
そのままキースにのしかかられて、顔を寄せられた。
「ちょ!ちょっと!キース!!」
鼻が触れ、息がかかるほど間近に迫ったキースの顔に思わずギュッと目を瞑った。
だが、触れる筈の唇がいつまで経っても触れてこない。
「キース…?」
薄目を開けてキースを見ると、キースが俺の顔の横に、トサッと頭を落とし細かく震えていた。
その瞬間、揶揄われたと気付く。
声を出さずに笑っているキースにムカッと腹を立て、乱暴に腕を振り解くとウサ耳を握って引っ張った。
「痛い!イタタタ!引っ張らないで!」
笑いながら耳を俺から奪い返すために両腕を上げたので、今度は脇腹をくすぐった。
「あははは!やめて!すみません!ごめんなさい!」
くすぐられて笑いながら、キースが逃げる。
「お前まで俺を揶揄うのかよ~」
枕に顔を埋めて、泣き真似をして、それから盛大にため息をついた。
「男に言い寄られることに慣れないんだよなぁ…」
言い寄られているのか、ただ仲良くしたいだけなのか。その辺の違いもはっきりとわからない。
「今まで言い寄られた経験ないんですか?」
キースが、意外と言いたげな表情をした。
「あるけど、女性からだったし…。あ」
キースに恋愛や性に関しての違いを説明していないことを思い出した。
「俺がいた世界はさ…」
ここで、キースに説明した。
キースが話を聞いて目を丸くしたり、顔を顰めたり、色々な表情をする。
かなり驚いているようだった。
表情に出ないと聞いていたキースが、今かなり表情豊かに俺と話していることを、本人は気付いているのだろうか、とクスッと笑う。
「じゃぁ、この世界に来て、初めて男性を好きになって、SEXしたんですか?」
「あー…、うん。そう」
あけすけにそう言われると、かなり恥ずかしくて、枕に顔を埋める。
「最初はほんとかなり抵抗があったよ…。だいーぶ慣れたけど…」
ハハッと自虐的に笑う。
「初めての相手がロイ様って…」
キースに同情の目を向けられる。
「なんでそんな目で見るわけ?」
「いや、だって、ロイ様ですよ。
あっちに強いのはかなり有名な話ですからね…」
確かに、異名を持つほど絶倫だというのは身を持って体験した。
何度SEX中に意識を飛ばしたか。
抱き潰された経験も1度や2度じゃない。
「もー…若くないんだからさー…、もうちょっと労わって欲しいんだけどさー」
グリグリと枕に顔を押し付けて身悶える。
「さらにディーゼル殿下ですもんね…」
キースがかなり同情の口調で言う。
「あの2人を相手になんて…」
キースに頭を撫でられ、慰められた。
「あー…そうか。そういうことですか…」
そして、1人で納得したように言った。
「どういうことだよ」
「ショーヘイさんが、男性に対して警戒心が薄い理由ですよ。
ショーヘイさん自身、男性を恋愛や性欲の対象として見ていないからだ」
キースがそうだそうだと納得する。
「うん、まぁ…そうだな…」
言われて気付く。
ロイとディー、2人とそういう関係にはなったが、他の男を見て「かっこいい」と思うことはあっても、性的な意味で「いいな」とは今も思わない。
「だから男の目にはあなたはピュアに見えるんだ。可愛いって思うんですよ。
男を知らない処女みたいな」
「しょ、処女って」
カァッと赤面する。
「ほら。自分が処女って言われてそういう反応をする。
そういうところですよ」
キースが真剣に俺を見る。
「今までの性に対する認識が違うせいで、あなたは今だに精神的処女なんだ」
キースに言われて、ガーンとショックを受ける。
精神的処女。
その言葉が脳内にエコーを伴って響き渡り、ぐったりと脱力した。
かといって、そんな精神的なものどうすればいいというのか。
泣きなくなってくる。
「もー、いい!」
ガバッと起き上がると、枕を殴る。
「みんな俺を可愛い可愛いって!
アビーやオリヴィエみたいな美人な女性にも言われて結構ショックなんだぞ!
俺だってかっこいいって言われたいわ!」
突然怒った翔平に驚きながらも、キースが笑った。
しばらく凹んだ後、もうどうでもよくなって不貞腐れたようにベッドに横になる。
「キース、お前はどうなんだよ。アラン様と」
ゴロッと横向きになると、肘で頭を支えて下から見上げる。
自分のことばかり話していて、キースのことを聞いていない。
「まぁ…それなりに」
「それなりってなんだよ。っていうか、いつからそういう関係なわけ?」
「あー…それは…」
「俺ばっか話してるぞ。お前も教えろ」
言いながら、おらおらとキースの脇腹を突く。
「やめてくださいよ」
くすぐられて逃げながら笑う。
「もうここまで来たら、全部話しますよ」
「よろしい。話したまえ」
フフンとドヤ顔で言うと、キースが笑い、ゴロッと俺の隣に転がり、うつぶせになると枕を抱える。
「こんなふうに誰かと話すなんて、生まれて初めてです」
「楽しくない?」
「楽しいです」
俺を見て、ニコッと笑う。だがすぐに笑顔が消えて少しだけ悲しそうな顔をした。
「私は、アラン様が好きです。愛してます」
「うん。知ってる。見ればわかる」
即答すると、キースが苦笑する。
「バレバレですか?」
「誰がどう見てもバレバレですね」
ダンスした時の2人は、切ないほどその想いが溢れていた。それこそ涙が出るほどに。
なのに、なぜ。
「どうしてプロポーズ受けないんだ」
「それは…」
キースが少しだけ言い淀む。
「身分の違いとか、なしな。身分違いでもこの国では結婚出来るって聞いたぞ」
グレイとジュリアが今まさに熱愛中で、マチルダの件の時に、身分違いでも結婚出来るというのは確認済みだ。
それを否としている貴族もいるようだが、今回は王族であるアランがキースにプロポーズをしている時点で、障害はないように思える。
「建前ではそんな風に言っていますけど、本音は違います。
受けられない理由があるんです」
キースが俯きながら言う。
その声の感じに、かなり重たい理由なんだと覚悟した。
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