おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜夜会〜

おっさん、逃げる

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 アランの元へ執事が駆け寄り耳打ちする。
 歓談中で笑顔だった顔がゆっくりと静かに真顔になり、一緒に居た兄弟妹とギルバートを見渡した。
「ギル様、家族を王宮へお願いします。ディーゼル、行くぞ」
 執事が耳打ちした内容が良くないことだと、すぐに察した全員が席を立ち、ギルバートもすぐに王の元へ行く。
「歓談中の所失礼」
 レイブンとアルベルト公爵、テイラー侯爵(司法局局長)が話している所に割って入った。
「侵入者です。今すぐにご退室を」
 短く用件だけを伝えると、3人の顔つきが一瞬で変わる。
 アルベルト公爵が席を立つと、自分の家族の元へ素早く戻りつつ、その背後を戦闘執事とメイドが付き添った。
 テイラー侯爵も立ち上がり、すばやく執事達に指示を出して行く。
「アラン様が指揮を。王とサイファー様、ユリア様は私がお守りします」
 ギルバートがレイブンを連れて上座から1階通路へ出る。すぐ後ろをサイファーとユリアが駆け足で追いかける。
 その周囲を近衞騎士が警戒しながら取り囲んだ。
「王、こちらです」
 1階廊下の突き当たりに、ガウリィと数人の近衞騎士が待ち構えていた。そして、すぐに突き当たりの壁紙の模様をなぞるように操作すると、壁が動き人1人通れるほどの通路が現れる。
「お前達3人は残って、アラン様の指示に従え」
「っは」
 ギルバートを先頭に、レイブン達が通過すると、ガウリィを含めた騎士も6名通過する。
 そして、ゆっくりと壁が閉じ、元のただの壁に戻った。
「ショーヘイは?大丈夫か」
 レイブンが後ろを振り返りながら心配そうな声を上げた。
「父上、まずは御身を気遣ってください」
 サイファーが嗜める。
 レイブンも王である前に騎士だ。
 誰かが諌めないと真っ先に騒動の中へ飛び込もうとする。
 それがわかっているから、1人で突っ走らないように自分とユリアが一緒に脱出する。
 もしこれがギルバートとレイブンだけなら、きっと嬉々として会場に残っただろう。
 
 隠し通路を進み、外に出ると、黒塗りの馬車に乗り込む。ギルバートが御者席に座り、ガウリィがすぐに隠蔽魔法を馬車全体に施す。
 ギルバートが手綱を鳴らすと、すぐに馬車が移動を開始した。




 アランが上座から会場裏の使用人通路をディーゼルと共に駆け足で進む。
「状況を説明しろ!」
「牢が破られ、収容されていた聖女教会信者が脱獄しました」
「487名全てこの宮殿に向かっており、10分ほど前に魔法壁を突破されました」
 次々と騎士が走りより、報告していく。
「現在すでに100余名は魔道師団により拘束されいますが、残り350名ほどがこちらに向かってきており、騎士、獣士団各1部隊づつ制圧にあたっております」
 アランとディーが会場入口が見える位置に差し掛かる。
「騎士団第1部隊を外の援護に回し、獣士団第4部隊を避難誘導に」
 指示を出している最中に、外で爆発が起こり、会場内のガラスが割れて中へ降り注いだ。
「レイン!第3部隊と交代して制圧しろ!!少しくらい手荒になっても構わん!
 第4部隊は怪我人の救助と避難誘導に集中!!
 戦闘執事、メイドは…」
 指示を出している最中に、今度は廊下の先で大きな音が聞こえ、休憩室にいた貴族たちが一斉に飛び出してきた。
「今度はなんだ!!」
 アランが怒鳴る。
 だが、その貴族達の後ろから姿を現した一般人の姿に一瞬怯んだ。
「第3部隊と合流します!」
 アランの後ろでディーが叫び、アランから離れ、第1部隊と入れ違いに会場内に入ってきた第3部隊に指示を出す。
「シド隊長!一般人を全て拘束!傷つけてもかまわんが殺すな!」
「了解!!」
 ディーが会場内へ乱入しようとする信者の足をひっかけ転ばせ、すぐに首の後ろに一撃を入れて気絶させる。
「セイゲル!!全執事、メイドに一般人の拘束を命令しろ!」
 会場の執事長セイゲルが会場に響き渡る口笛を鳴らす。
「アラン様!」
 ミネルヴァが叫ぶ。
「エスケープルートから多数侵入!
 破壊の許可を!!」
「許可する!!ゲイル班!ミネルヴァの指示に従え!!」
 次々と報告される内容に、指示を出しつつ、アラン自らも侵入してきた信者を鞘に収めたままの長剣で殴り気絶させていく。

 会場内を逃げ惑う貴族達が右往左往し、悲鳴と怒号が飛び交った。
 騎士達が多すぎる侵入者を拘束するのを諦め、気絶させて行くが、そんな騎士達に守ってもらおうと貴族がすがりつき、思うように動けなくなっていた。
「おい!早くワシを連れていけ!」
「早くこっちに助けに来なさい!!」
 口々に命令口調で騎士の邪魔をする貴族達。
 自分だけは助かろうと、自分よりも下位の者を侵入者の前に差し出す者までいた。
 大混乱に陥った会場だったが、それでも第4部隊が子供と女性を先に外へ避難させて行く。
 恐怖で動けなくなった者を担ぎ上げ、窓から、出口から運び出す。
 外の庭園の1箇所に集めているが、その周囲にもワラワラと信者達が集まり、聖女の姿を探して襲いかかってくる。それを第4部隊の一部が周囲を警戒しながら避難した人達を守っていた。

「ディーゼル様!こちらは大丈夫です!聖女様を!!」
 ミネルヴァが避難用の隠し通路出口を破壊したことで、そこからの侵入者が減り、第3部隊長シドが叫ぶ。
 その言葉にディーが目配せし、今だに貴族達に取り囲まれ、揉まれている翔平とロイ達の方へ向かって走り出した。
 同じ方向へ進む信者を追いかけるように鞘を振り下ろし首の後ろを打ち昏倒させて行く。
 ロイ達が翔平を囲んで壁際に進んでいるのがわかり、その先のドアを目指していることに気付いた。
 早くその場所へ、翔平の元へ行きたいと気が焦るが、同じ方向、聖女を目指して狂ったように走る信者が邪魔をする。
 さらに、その信者から逃れるように翔平のいる方向へ逃げる貴族達も邪魔で、ディーに焦りが募った。
「どけ!邪魔だ!!」
 怒鳴りながら、信者達を打ち倒し、ひたすら前を見た。
 目の前で壁際のドアに辿り着いたロイ達が翔平の前に壁を作った瞬間、ドアが開き、翔平が中へ吸い込まれるのが見えた。

 良かった。
 逃げられた。

 一瞬、ホッとした。
 だが、すぐにドアが閉められ、護衛騎士が誰も後に続かないことに違和感を覚えた。
 ジャニスがドアを叩き、何かを叫んでいる。

 何が起こった。
 ショーヘイさんは!?

 翔平だけがドアの向こうへ消え、ロイ達が殺到する信者や貴族を近づかせないように、ガードしていた。




「ちょっと!どういうこと!!」
 目の前でドアが閉まり、ジャニスがドアを蹴る。
「開かないのか!」
 オスカーが目の前の貴族を殴り気絶させる。
 翔平とロドニーが通ったドアの前で6人が向かってくる貴族とここまでたどり着いた信者達を殴り、蹴りのしていくが、次々と押し寄せる人の波に押されていた。
 ロイ達を助けようと、ディーも、第3部隊の騎士、戦闘執事やメイド達もドアを囲む人々を外側から徐々に薙ぎ倒し、襲ってくる人の数は確実に減っていく。
 さらに外での襲撃も落ち着いたようで、外から中へ第1部隊の騎士達も数人駆け込み、会場内の襲撃者と貴族達を気絶させていった。
 グレイとオスカーがドアに向かって体当たりしつつ、破ろうとするが、びくともしない。
 翔平が中に入って5分近く経過している。
 次第に6人に焦りの色が見え始めていた。
「ロイ様!ここは無理です!回り込みましょう!!」
 キースが叫び、大きくジャンプすると、トン、トン、と貴族達の肩や背中を踏み台にして上座の方へ移動する。
「行け!」
 そんな軽技が出来ないグレイとオスカーが残り、ロイとジャニス、アビゲイルがキースと同じようにジャンプを繰り返して上座へ移動した。
「こちらです!!」
 貴族と襲撃者は翔平が消えたドアに集中しているため、上座はがら空きになっている。
 壁際に、逃げ隠れた貴族達が身を寄せて震えているのを尻目に、キースの後を追った。
 会場へ降りてきた時の階段の下を抜け、使用人達が利用する廊下へ出る。
 厨房や使用人控室を通過し、備品をしまっている大きな倉庫の前に来る。
「ドアはこの中に繋がっています」
 キースがドアに手をかけるが、鍵がかかっていた。
「下がってください」
 カシャンと黒い短剣を出すと、2本の剣をドアノブの周囲に突き刺す。
 そんな簡単に貫けるはずはないのだが、黒い剣が深々とドアを貫通した。
 一度引き抜くと、さらに角度を変えながら、連続でドアノブの周囲に穴を開けて行った。
「ロイ様!」
 ドアノブを取り囲むように切れ込みを入れ終わり、後ろのロイを振り向くと同時に避け、ロイが満身の力を込めて蹴りつけた。
 バキッ!と音とともに、鍵もろともドアノブが外れ倉庫内に落ちると、ロイが再びドアを蹴る。
 ドアがその蹴りで大きく開き、壁にぶち当たって蝶番から外れバタンと内側へ倒れた。
「ショーへー!!」
「ショーヘイ様!!」
 ロイとキースが中に向かって叫ぶ。

 倉庫の中はテーブルや椅子、衝立、燭台など、大きな備品から細かい物までが所せましと積み重ねられ並び、綺麗に整頓されているが、迷路のような通路を作り出していた。
 宮殿で催される夜会に合わせて備品を入れ替えるため、使わないものは全て、この倉庫に仕舞われている。
 そのためかなり広く、奥まで見渡すことが出来なかった。

 6人が口々に翔平の名前を呼ぶが、中はシンと静まり返り、物音一つしなかった。
 ここに来るまで10分足らず。
 なのに翔平の姿どころか、ロドニーもいない。






 ロイ達が倉庫へ入る10分前。
 ロドニーがこの騒動の元凶だと気付いて、彼から離れるために後ろへ下がる。
 ロドニーが俺を捕まえようと手を伸ばしてくる。
「聖女様…、この時をどれだけ夢見たことか…」
 ロドニーがうっとりと俺を見ながら、近付いてくる。
 後ろへ下がりつつ、その手から逃れようとするが、背中に当たった椅子に、逃げ場を失い、逃げる場所を必死に探した。
「逃げないで。私と一緒に行きましょう」
 さらに近付くロドニーを睨みつけた。
 
 きっとロイ達が来てくれる。
 それまで時間を稼ぐんだ。

 一瞬でそう決めて、ロドニーに向かって体当たりした。
 ラグビーでタックルするように、肩からロドニーの体の中心を狙って突進すると、簡単にロドニーの体を弾き飛ばすことが出来た。
 俺に吹っ飛ばされたロドニーが、周囲にある椅子の山にぶつかり、椅子が崩れ落ちる。
 その隙をついて、走り出す。
 本当にこの衣装で良かったと思いつつ、キースが切り裂いたマントが邪魔で、肩の留め具を乱暴に外すと、そのまま投げ捨て、備品の間をすり抜けるようにロドニーから離れた。
 ガラガラと木が擦れる音が聞こえ、ロドニーが起き上がったことがわかるが、後ろを振り返らず、必死に出口を探す。
「聖女様~。無駄な抵抗はおやめになった方が身のためですよ~」
 嫌に間の伸びた口調でロドニーが叫ぶ。そのまま俺が逃げた方向へ歩いてくるのがわかる。
 俺は少しでも離れようと、前へ進むが、椅子や机が山と積まれ、迷路のように入り組んだ通路に焦る。
「聖女様~」
 すぐ近くでロドニーの声が聞こえ、咄嗟に身を屈めると、見つからないようにソロソロと足音を立てないように歩き始めた。
「聖女様~。どこですか~?」
 ロドニーの声が楽しそうに笑っている。
 自分が殺人鬼に追われているホラー映画の主人公になっているような気がした。
 そんなことを考えられるのだから、まだ余裕があると、自分でも思う。
 魔法が使えないとはいえ、俺だって男だ。
 先ほどのタックルをかわせなかった所を見ると、ロドニーは騎士のような屈強な男でなく、おそらく俺に近い普通の男。
 それならば殴り合いで勝てるかもしれないと考え、逆にロドニーをこっちから襲おうかとも考えたが、狂ったような教会信者の姿を思い出してやめた。
 腰を曲げ、そろそろと近付いてくるロドニーの声から遠ざかるように忍足で逃げる。
「聖女様~?」
 ロドニーがクスクスと今の状況を楽しんでいるかのように探している。
 離れていると思っていたが、備品の隙間からロドニーの姿が見え、慌ててもっと離れようと道を探すが、ちょうど行き止まりに入り込んでしまい、左右を重たそうな机に取り囲まれていた。
「み~つけた」
 数メートル先にロドニーが姿を見せ、嬉しそうに俺に近寄ってくる。
「さぁ、聖女様、私と楽しいことしましょう。たっぷり可愛がってあげますからね」
 まさに聖女教会の信者そのもののセリフにゾワっと悪寒が走った。
「黙って従うと思うなよ」
 ロドニーに向き直り、ロイの見様見真似でファイティングポーズをとった。
「っは」
 ロドニーがそんな俺を見て笑う。
「聖女様がそのような」
 そのセリフを言い終えない間に、ロドニーの頬に右ストレートを入れた。
 そのまますぐに蹴りを入れようとしたが、いきなり硬い何かで頭を殴られ、よろめく。
「あ…」
 目の前が一瞬歪み、何が起こったのかとロドニーを見る。そしてその手に棒が握られているのを知った。
 警棒のような伸縮できる棒で頭を思いきり殴られたとわかり、痛みに堪えつつも、ロドニーから離れる。
 だが、思った通りロドニーは弱い。警棒さえ気を付ければ、と考えつつすぐに再び突進した。
 ロドニーが怯まない俺に若干驚き後ずさるが、それを逃がさないように、ロドニーの胸倉を掴み、再び彼の顔面に拳を入れる。
「が…」
 ロドニーがのけぞって鼻血を噴き出し、俺を殴ろうと警棒を振り上げたが、すかさずその右腕を掴んで背負い込むと一本投げを決めた。
 高校時代に柔道の授業を選択して良かったと、はぁはぁと息を切らしながら思った。まさかこんな異世界で役立つとは思わなかった。
 小さく呻き声を上げるロドニーを無視し出口を探そうと背中を向けた瞬間、腹に強烈な一撃を受けた。
「おぁ…」
 胃を持ち上げられるような衝撃に、実際に体が浮き上がり、床に着地するとそのままくの字に体を折り、胃の中の物をその場で吐き出す。
 腹を抱えてうずくまり、何が起こったのか前方を見ると、執事の服を着たいかつい緑色の肌のオークが立っていた。
「ロドニー様、何やってるんですか」
 男がうずくまる俺の髪を鷲掴むと、左頬に衝撃が走り、そのまま吹っ飛ばされて重そうなテーブルの脚に頭を強打して目眩が襲う。
「グゥ…」
 必死に痛みと目眩を堪えつつ、それでもそのテーブルに手を付きながらフラフラと立ち上がる。
「おい、顔は止めろ。萎える」
 ロドニーが起き上がると、手の甲で鼻血を拭う。

 もう1人いたなんて…。

 殴られた左頬が熱を持ち、腫れてくるのがわかる。
「顔じゃなきゃいいんですかい?」
 執事服の男が言いながら俺に近付くと俺の胸倉を掴み、グッと詰襟ごと締め上げてくる。
「ぐ…う…」
 そのまま徐々に持ち上げられ、掴んだ男の腕を引き剥がそうと暴れるが、つま先だけが床に着く高さまで上げられると、自分の体重でさらに首が締まった。

 ヤバい…落ちる…。

 頸動脈を絞められ、だんだん意識が遠くなるのがわかった。
 男の袖を握り引っ張っていた手がパタリと下に落ち、揺れていた足もダラリと下がった。
「ロドニー様、どうします?」
「予定通り、地下へ」
 男が手を緩め意識を失った翔平の体を降ろすと、荷物のように脇に抱える。
「行くぞ」
 ロドニーが翔平に殴られて腫れてきた顔を気にしながら、男に命令し歩き始めた。
 そして、入ってきたドアと反対側に出ると、その壁にある装飾を握り手前に引く。すると、床の一部が動き、階段が現れた。
 そのまま階段を降り、翔平を抱えた男も後に続く。
 2人が床下に降りていくと再び床が動き出し、数秒後には蓋が閉まるように元の床に戻った。




 その直後、倉庫のドアがロイによって蹴破られる。
「ショーへー!!」
「ショーヘイ様!!」
 4人で、必死に翔平を探す。だがどこにもいない。
 翔平どころか、ロドニーも見当たらなかった。
「ロイ!」
 アビゲイルが離れた場所から叫ぶ。
 会場からのドアの側にあった積まれた椅子が崩れているのと、投げ捨てられた翔平のマントを見つけていた。
「ショーヘイ様…」
 キースが顔を歪める。
「キース、他に出入口はないのか!」
 ロイが叫ぶ。
「わかりません…ここしか出入口はないはずなんです…」
 キースが顔を両手で覆い、必死に涙を堪える。
「おい!他にここに詳しい奴は!」
「セイゲル様であれば…」
 宮殿の執事長の名前を出すが、彼はまだ会場にいる。
 ロイがすぐにドアノブに手をかけるがびくとも動かなかった。
 再び通路を戻って彼を探して連れて来るのに、最低でも5分はかかる。
 翔平がドアの向こうに消えてから、もう15分は経っていた。
 何処かに連れ出されているのなら。
 外に出て馬で全力で逃げられたら、この15分で王城の外に出てしまってもおかしくない。
 ロイの顔が青ざめる。
「あの野郎…」
 ロイが怒りを露わにするが、どんなに魔力を膨れ上がらせても、この宮殿内では一瞬で魔力がかき消される。
「それでも何もしないよりマシよ!行ってくる!」
 ジャニスが倉庫の入口に戻ったとき、ディーが息を切らして現れた。
「ショーヘイさんは!?」
「いないのよ!どこにも!ねえ他に出入口はないの!?」
 ジャニスがディーに叫んだ。
「そんな…どうしてショーヘイさんだけがこの中に入ったんですか!?何故誰も!」
「ロドニー・コークスだ。あいつが助けるフリをして俺たちと分断した」
 ロイが悔しそうに顔を歪ませ、ギリギリと歯を食い縛る。
 その間にジャニスが走り出し、セイゲルを探しに行った。
「私も出入口2つしか知りません…。でも、きっと何処かに何かあるはずだ」
 ディーが中に入ると、壁に触れ、何かスイッチがないかくまなく調べ始める。
 それに倣って、3人が壁に張り付くように必死に壁を弄り始めた。

 早く。
 早く見つけないと。

 気持ちが焦る。
 今こうしているだけで、時間はどんどん過ぎていく。



 

「何故塞がってるんだ!」
「そんなこと言われてもわかりません」
 ロドニーが、階段を降り切った先の通路を進んでいたが、その先が崩れ通行不能になっていることに憤慨した。
 翔平を抱えた男は、我関せずといった感じで答える。
「仕方ない。道を変える」
 ロドニーが方向を変えて他の通路へ進むが、次の通路も天井が崩れ落ちて通れなくなっていた。
「何がどうなってる」
 ロドニーがイライラし始めて、歩みを止める。
「う…」
 その時、男に抱えられた翔平が意識を取り戻した。
「どうします?また気絶させますか?」
「…いやいい…」
 ロドニーがそう言うと首に巻いていたスカーフを取り、翔平の意識が完全に戻る前にその口に噛ませて猿轡にした。
 そのスカーフを巻かれている時にはっきりと覚醒した翔平が暴れ出し、抱えていた男が翔平を落とした。
「んー!!」
 咄嗟に起きあがろうとしたが、再び男の手に肩口を掴まれ、必死に抵抗した。
 逃げようと暴れたせいで、掴まれた肩口からブチブチと音を立ててスーツの前ボタンが弾け飛んだ。
 それでも逃げようともがいたため、服が引っ張られ、胸から肩が露わになる。
「んー!ん!!んー!!!」
 肩口を掴んだ男の手を何とか離そうと、その手の甲を思い切り引っ掻くと、痛えと叫んで男が手を離した。
 すぐに翔平は走り出そうとしたが、今度はロドニーの手に腕を掴まれて引っ張られる。
「んー!!」
 そのまま後ろに転ばされ、すぐに起きあがろうとするが、オークの手に頭を掴まれ壁に押し付けられた。
 その手を離させようと再び爪を立てるが、さっと手を離され、代わりに腕を取られると後ろに両腕を回された。
 曲がらない方向に両腕を捻り上げられ、猿轡をされた口から痛みによる悲鳴が上がる。
「そのまま抑えてろ」
「へいへい」
 ガッチリと男に背後で腕を抑えられ、ロドニーに胸を突き出すような姿勢を取らされる。
 その破れて曝け出された胸にロドニーの手が触れた。
 ロドニーが涎を垂らしそうに口を開き、舌なめずりを繰り返す。
「ああ…聖女様…美しい…」
 両手で肌を撫でまわし、その感触を楽しむ。
「ここでヤっちまえよ。どうせ出れねーんだ」
「そ、そうだな…どうせこの場所は見つけられん」
 ロドニーが翔平の胸を撫で回しながら言う。
「数日ここに潜んで、隙を見て脱出すればいい。念の為に食料や水を運び入れておいて正解だった…」
 ロドニーの指が、翔平の乳首に触れ、ゆっくりと感触を確かめるように撫で回す。
「んー!!」
 翔平が必死に身を捩る。
 ロドニーの手が気持ち悪くて、ずっと鳥肌が止まらなかった。
「そうと決まれば」
 ロドニーが手を離すと、男にそのまま連れて来いと合図した。

 入り組んだ地下通路を躊躇なく進む。
 その通路の途中にあったドアを開けると中に入りドアを閉める。
 男が翔平の腕を離すと、そのまま背中を突き飛ばし、ずっと捻りあげられていた腕が急に自由にされても動かすことが出来ず、前のめりに倒れ込んだ。
 だが固い床でなく、スプリングの効いたマットレスの上だったため、体を痛めることはなかった。
 すぐさま男が俺の腕を掴むと仰向けにされて頭の上まで持ち上げられる。勝手に動かされる肩に痛みを感じて呻き声を上げた。
 そして、手首に冷たい感触が触れたと思った瞬間、両手首を拘束されていた。
「んー!!!」
 両腕を頭の上でクロスさせた状態で手枷がつけられ、繋がっている鎖を壁の金具に引っ掛けると、翔平から離れていく。
 なんとか外せないかと、腕を必死に動かし、足でマットレスの上をズリズリと這い上がると、ガシャガシャと乱暴に揺すった。
「聖女様…」
 ロドニーが俺に近寄ると口を塞いでいたスカーフを外した。
「てめえ!ロドニー・コークス!!
 全部お前の仕業か!!」
 口が自由になり、唾を撒き散らしながら怒鳴りつける。
「ああ…聖女様…」
 そんな怒る俺をロドニーはうっとりと見つめ、俺の顔に触れた。
「殴られて、腫れてしまいましたね…。せっかくの可愛いお顔が台無しだ…」
 そのまま顔を寄せると、ベロリと腫れた左頬を舐めた。
 全身に悪寒が走り、顔を背けてその舌から逃れる。
 足を動かし、少しでもロドニーから離れようとするが、拘束された腕と鎖のせいで、僅かしか逃げることが出来ない。
「聖女様、たっぷりと楽しみましょう」
 ロドニーの手が、破れ、はだけた胸元に伸びると、するりと手を差し入れて肌に直に触れてきた。

 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

 あまりな気持ち悪さに脂汗が滲み出る。
「ああ…聖女様…聖女様…」
 両手で上半身を弄り、邪魔な上着とシャツを乱暴に引っ張ると、さらに肌が露出した。
「私の…私のものだ…」
 ロドニーの目が獲物を捉えて歓喜に揺れる。溢れ出る涎を何度も飲み下し、頭、顔、首、胸とその手が這いまわる。
 ギュッと一度強く目を閉じ、その気持ち悪さを必死に我慢しながら、冷静さを取り戻そうと深呼吸を繰り返し、目を開ける。
「ロド、ニー」
 呼びたくもない名前を呟くとその手の動きが止まる。
「教えてくれ…どうやって、ここに信者を…」
 ピタリと動きを止めたロドニーが、顔を近づけて興奮した目で俺を見る。
「知りたいですか…?」
「知り、たい」
 ロドニーの手が離れ、俺をじっと見つめた。


 あのドアを通ってからどのくらいの時間が経ったのか。
 一度気を失っているが、なんとなくだが、まだ1時間も経ってはいないと思う。
 魔法を使おうと魔力を解放しても、一瞬でかき消されることから、ここはまだ宮殿の中。
 極端に灯りが少ない、薄暗い通路やこの部屋の構造などを考えると、きっとここは宮殿の地下だと予測した。
 
 きっとロイ達は必死に俺を探している。
 ドアがあの倉庫のような場所に繋がっていることはわかるはずだし、この地下の存在を知っている人もいるかもしれない。

 俺が出来ること。
 それはひたすら時間を稼ぐこと。

 ロドニーの話から、しばらくここで籠城するようなことを言っていた。
 俺はここでこいつに犯される。
 だが、殺されるわけじゃない。

 少しでもいい、数分でも数十分でも、時間を稼いで救援を待つ。

 俺が出来ることはそれだけだ。
 きっと来てくれる。
 そう信じよう。

 ロイ。
 ディー。
 グレイ。
 キース。
 みんな…。



 頭の中にみんなの顔が浮かび、涙が出そうになる。
 怖くて怖くて、今にも泣き叫びそうだった。
 だが、最後まで抵抗しようと決め、ロドニーに向き合うことにした。



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