おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜夜会〜

105.おっさん、夜会で挨拶する

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 いつもと同じ時間に起きて、カーテンと窓を開けるが、寒くて空気の入れ替えが終わるとすぐに窓は閉めた。
 この世界の冬はどんなのだろう、雪は降るのかな、と考えながら顔を洗って着替え、ポットにお湯を沸かす。
 すっかり朝のお茶が習慣となって、キースが用意してくれる茶葉が美味しくて、毎朝ほっこりする。
 部屋のドアをノックされキースが入ってくると、すでに朝の準備を終えた俺に顔を曇らせるが、もう諦めたようで何も言わなかった。
 きっと他の貴族達は、起床から洗面、着替え、全ての身の回りを執事にやってもらうんだろう。
 キースもアラン専属の時は、甲斐甲斐しくお世話をしていたんだろうな、と思った。
「グレイ様、オスカー様と一緒にご朝食でよろしいですか?」
「もちろん。キースも一緒にな」
 笑顔で言われ、再びキースの顔が曇る。
「ショーヘイ様、それは出来ませんと何度も…」
「昨日は一緒に食べただろ?
 あとコックさんにもちょっと話したいことがあるんだけど」
 キースのウサ耳が細かくピクピク動く。この動きは困っている時によくする。
 7時に食堂に向かうと、グレイとオスカーもすでに起きていた。
 交代で見張りにつくため、騎士服のまま仮眠を取っただけだと、2人の欠伸を見て気付く。
「おはよう。朝飯楽しみだー」
 グレイのお腹が盛大に鳴る。
 今朝は朝食が残ることはないかなと笑った。

 結局キースは一緒に食べることはなかった。
 だが、明日こそ、と食事が終わった後にコックと話す。
 量も品数も減らして欲しいと伝えるとコックに驚かれる。
「お口に合いませんでしたか!?」
 青ざめて聞かれ、そうじゃないと慌てて説明する。
 残すのがもったいないと伝え、出来ればキースも一緒に食べたいと申し出ると、料理にケチをつけられたわけじゃないと理解し、了承してくれた。

 部屋に戻ると、グレイとオスカーは今日の護衛が来るまで俺の部屋で待機する。
「こちら、昨日おっしゃっていた子息子女の一覧です」
 キースが紙を出してくる。
「名簿と派閥で用紙を分けました。色分けしましたので、名簿からも派閥がわかると思います」
「すご…」
 5、6枚の資料を見て、さすがキースと感動した。きっと昨日の夜部屋に戻ってから作ったんだろう。
 睡眠時間を削らせてしまって、申し訳なく思った。
「どれどれ」
 グレイとオスカーも覗き込む。
「全部ではありませんが、私が知りうる限りの情報です」
「なんだこの薔薇会って」
 かなりのメンバーがいるようで、資料にあった薔薇会の名簿とその目的を読んだ。
「ただのお茶会かよ」
「そうでもありません。薔薇を愛でお茶を嗜む会とされていますが、実質的には、薔薇を愛でることはなくゴシップを愛でています」
 キースの言葉に、絶対そんな所に行きたくないと思った。
 きっと俺もこの会の話題に上がっているんだろうなと顔を顰める。
「一応リーダー的な存在もいますので、趣味の会の類でも派閥と呼べるでしょう」
 キースが書類の1箇所を指差す。
「こちらの文学会はマース侯爵家次男がリーダーを務めてまして、マース家の取り巻きがメンバーとなっています。
 内容は古典から近代までの文学を朗読しつつ語り合う会となっていますが、毎回娼婦や男娼を伴っており、中身は褒めたものではありません」
「それぞれの調査がいるな」
「はい」
「派閥や会に所属していない人もいるんだ…」
 中身をじっと見て、色分けされていない人物がいることに気付いた。
「その方達は所属していた、という過去形の方ですね」
「今はその派閥はないってこと?」
「なくなったものもありますが、脱退したり、追い出されたり、理由は様々です。
 つい先日も、ベネット家長子のカーティス・ベネットがリーダーを務めていた会は、事実上解散となりました」
 ベネットと聞いて、ああなるほど、と思った。
 まだベネット家が今後どうなるかは決定していない。
 現時点でもまだ調査中で、それに加えて聖女教会やら各国のスパイなどへの対応で司法局はてんやわんやだろう。
「重複してる奴もいるな」
「一応は派閥ではなく趣味の会ですから」
「調べてみないとなんとも言えんな」
 オスカーが面倒くさくなったのか、書類から目を離すと天井を仰ぎ見た。

 話の区切りがついたところで、タイミング良く交代の護衛騎士が到着した。
 メイドに案内されて、ジャニスとロイが部屋にやってくる。
「ショーへーおはよ~」
「おはようショーへーちゃん」
 ロイが部屋に入ると小走りで俺に駆け寄ってギュッと抱きしめる。
「あのさ…なんかお前、幼児化してないか?」
 そんなロイに顔を顰めながら言った。
 ロイの行動が、パパママを見つけて嬉しそうに飛びつく園児の姿と被る。
「え~?そんなことないよ」
 そう言いつつも頭を擦り寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎ、隙あらばキスしようと唇を寄せてくる。
「あれよ、ショーへーちゃん。
 今まで四六時中一緒に居たのに、今は会えない時間の方が長いでしょ?
 反動よ、反動」
 ジャニスに言われて、確かにそうだと思った。
 今まで4ヶ月間、毎日一緒に居て寝食を共にしてきた。
 だが今は、恋人関係を隠すために、用事がある時だけしか会わないようにしている。昨日も約3日ぶりに会ったのだ。
「ショーへー、寂しいんだよ~」
 すりすりと体を寄せてくるロイに文句を言えなくなり、代わりにロイの頭を撫でる。
「いちゃいちゃしたいよ~、キスしたいよ~、SEXしたいよ~」
 調子に乗るなと、ロイの頭に拳骨を入れた。
「チューくらいさせてやれ。そのうち禁断症状が出て襲われるぞ」
 グレイが揶揄いながら笑う。
「…後でな…」
 小さく返事をして口を尖らせた。
「それじゃ、俺らは行くわ。また後でな」
 オスカーが立ち上がるとグレイと部屋を出て行く。そんな2人に手を振って見送っていると、ロイがテーブルの上にあった、子息子女の一覧を手に取り見始めた。
「キースが作ったのか。流石だな」
 ロイの顔つきが変わり、じっとその資料を熟読し始めた。
 何かを考えているのか、指を口元へ持っていく癖も出ている。
 そんな急変したロイの姿にクスッと笑うと、ジャニスに話かけた。
「今日は化粧しないの?」
「するわよぉ。夜会ですもの。ショーへーちゃんが準備してる間に、あたしもチョチョイとね」
「楽しみにしてるよ。ジャニス、綺麗だもんな」
 ニコッと笑うと、ジャニスが体をくねらせて照れる。
「キース、この聖教会の集い、貴族意外もメンバーがいるってどういうことだ?」
 ジャニスと雑談を続けていると、ロイが背後にいたキースへ問いかける。
「貴族以外にも、商人や兵士、一般人も、幅広く受け入れていますね。
 月に1、2度、集会が開かれているようです」
「あたし、それ知ってる。
 ガリレア聖教会の司祭様からありがたーい説教を聞く会でしょう?
 何度か一緒に行こうって誘われたことあるもの」
「お前がか?誰に」
「街で飲んでた時に知り合った自警団の子」
 ジャニスがニコッと笑い、可愛い子だったのよ~と頬を染めた。
「ただの聖教会信者の集まりだろ?それがどうかしたのか?」
「リーダーがロドニー・コークスっていうのがな…」
「ロドニー・コークス…」
 どっかで聞いたな、と思い、一覧から名前を探して、彼の仕事を見る。
 司法局参事官と書いてあり、容姿は覚えていないが、各局の紹介の時に会ったな、と思い出した。
 それと、指輪の男チャールズが黒髪の男を誘拐したのは、コークス領のシーグという街だったはずだ。
「領地持ちの伯爵家だっけ。何番目?」
「次男だ」
「何か気になるのぉ?」
「気になるっつーか…」
「コークス伯爵家当主レイ・コークスですね?」
 キースがロイに聞く。
「ああ。ロドニーの父親、レイ・コークスは差別主義者だ。その次男はそうじゃないのか?」
 レイ・コークスには先日会っている。
 特に何か印象が残っているわけではない。俺は貴族ではないが、聖女という立場からレイの差別対象にならなかった、ということなのだろう。
 もしロドニーが父親と同じ思考の持ち主なら、貴族以外が参加する会など作るわけがないということか。
「聞いたことないわね」
「私もです。仕事柄何度か話したことはありますが、特に差別などは」
 ロドニーを思い出しても、差別発言をされた記憶はなく、そう言った。
「父親とは考えが真逆なのかもね。
 聖教会の教えを信じて、みな平等にって。だからこういう会を作ったんじゃないの?」
「反面教師にしたのかもな」
 ロイがそうかもな、と答えるが、まだ気にかかるようだった。
 今日の夜会で会えるはずだ。ちょっとだけ気にかけておこうと思った。




 1階の食堂で昼食後、しばらくしてからマーサ達が瑠璃宮にやってくる。
「さぁさ、始めますよ」
 マーサが鼻息荒く意気揚々と俺をバスルームへ誘う。
「いってらっしゃ~い」
 それをロイがソファの上から手を振って見送り、キースは別件を片付けてきます、と瑠璃宮を後にした。
「あたしも準備しようっと」
 ジャニスも化粧をするために、2階の護衛騎士用の自室に戻る。
 1人リヴィングに残されたロイは、ソファに寝転びはしないが、目を閉じて仮眠を取り始めた。

 いつものように湯浴みをした後に、顔じゅうにパタパタとパウダーを叩かれ、色々塗られていく。
 だが、いつもよりもあっさりとしたメイクで終わった。
 詐欺は詐欺なのだが、がっつり印象が変わるメイクではなかった。
 髪も無理矢理ハーフアップにしたが、派手ではない。
「本日の御衣装はこちらです」
 そう言って差し出された衣装を見て、思わずニコリと微笑んだ。

 準備が終わってリヴィングに戻る。
「お?」
「あら」
 俺を見たロイとジャニスの顔が驚いていた。
「どうだ。いいだろ、これ」
 両腕を広げて2人に見せる。
 いつも聖女になるときに着せられていた、ズルズルと引き摺るローブとベールはではなく、2人が着ている騎士服に近い。
 きっちりした詰襟の刺繍が入ったスーツ。襟から上着の裾へ黒から白へのグラデーションカラーとなっており、上着の上から装飾のついた太めのベルト。白いズボンに白い靴。両肩から見事な刺繍の入った 上着と同じ黒白のグラデーションカラーのマントをつけていた。
「かっこいい。こんなの着たかった」
 ニコニコとマントをヒラヒラさせる。
「まぁまぁ似合うな。俺は前の方が好きだけど」
「あたしはこっちの方が好きだわぁ。似合うわよ、ショーへーちゃん」
「ありがとう。ジャニスも綺麗だよ」
 ビシッと化粧したジャニスを褒める。
「お気に召したようで何よりです」
 フィッティングルームから一仕事終えたヘアメイク班が出て来る。
「ありがとうございました」
 セットしてくれた使用人達にお礼を言いつつ会釈すると、ニコニコと頭を下げながら部屋を出て行った。
「あのズルズルの衣装で踊ったら、絶対に転ぶ自信あったわ」
 3人でソファに座り、俺がそう言うと2人が確かに、と声に出して笑った。
 そこにキースが戻ってきた。
「お迎えの馬車が参りました」
 そう言われ、瑠璃宮から3人で馬車に乗り、ゆっくり15分かけて進んだ、会場であるルイス宮殿に到着する。
 まだ開始時間の19時まで3時間あるため、控室にて最終の打ち合わせと、緊急時における避難経路などの最終確認を行う。

 ルイス宮殿内は、以前教えてもらった通り、魔法は一切使えず、魔鉱石を使った道具すら持ち込めない。出入口に設けられた探知機によって、なんらかの道具を持ち込もうとした場合は大きな警報が鳴り、さらに持っている人物は魔法壁によって弾かれ、入ることすら叶わない。
 武器を持ち込めるのは、王から許可を受けた騎士および戦闘執事と戦闘メイドのみとなる。

 今回警備にあたるのは近衞騎士15名、騎士団第1、第3部隊、獣士団第1、第4部隊の100名ほどとなる。
 それ以外に、宮殿を魔導士団第1、第2部隊が取り囲むことになっていた。

 俺たちが一番最初に会場入りし、待っていたディーやグレイ達、他の護衛騎士と合流した。
 準備が慌ただしく進められる中、全員で、俺が座る、立つ位置、夜会の流れを再度確認した。
 さらに、宮殿内の休憩室にある緊急避難用の仕掛けをディーに教えてもらう。
 休憩室はいくつかあるが、会場から2番目に近い休憩室へ入る。
 中にあった書棚の右上にある分厚い本を手前に傾けると、すぐそばの壁の一部が動きポッカリと穴を開けた。
「抜け穴です。この隠し通路から外へ出られる仕組みになっています。外へ出れば魔法が使えますから、防御壁を展開し救援が来るまで隠れてください」
 コクコクと頷く。
 次の休憩室では、壁紙の模様に開閉のスイッチがあった。瑠璃宮の自室と同じ構造だ。
 そこは抜け穴ではなく、何もない小さな個室になっていた。
 休憩室や談話室、来客用の寝室など、全部屋ではないが、数箇所にこういった仕組みが施されており、緊急時に対応していた。
「まぁ、今回は護衛もついていますし、使うことはないと思いますが…念の為、覚えておいてくださいね」
 ディーが笑う。
 2時間ほどかけて確認と説明が終わり、控室に戻る。

「だいぶ印象が違うなぁ」
 控室に居たレイブン達に挨拶した後、レイブンが笑いながら俺を見て言った。
「以前の服だと、確実に転びますから」
 笑いながら返すと、そうだな、転ばれるのはマズいと、大きな声で笑った。
「初めまして、聖女様。
 なかなかタイミングが合わず挨拶が遅れ申し訳ありません。
 近衞騎士団団長のガウリィです」
「初めまして。ショーヘイです。
 よろしくお願いします」
 栗色の短髪をオールバックになでつけたイケメンに微笑みかけられ、こちらも笑顔で返した。
「妹がお世話になっております」
「妹?」
 そう言われ、まじまじとガウリィの顔を見て、あ、とアビゲイルを振り返った。
「兄妹!?」
 栗色の髪。イケメンと美人で顔も少し似てると思った。
「こちらこそ、アビーに護衛についてもらって光栄です。美人で強くて、自慢の妹さんですね」
「昔から負けず嫌いでね。妹に負けないように精進していたら、いつのまにか近衞騎士になっていましたよ。
 兄としては、早く伴侶を見つけて…」
「ちょっと、本人の前でそういうのやめてくれる?」
 アビゲイルが顔を顰めて言い、控室の中に笑いが起こった。
「皆さんお揃いですね」
 そこにギルバートとロマが入ってくる。
 ギルバートはいつもと変わらないような燕尾服のようなスーツだったが、それでも、いつも以上に煌びやかな刺繍が入り、華やかだった。
 ロマも全身を隠すようなローブは変わらないが、刺繍と装飾によっていつもと印象が違う。
「おや、ショーヘイ君、今日はスーツですか。なかなかどうして、その姿も良い…」
 ツツーッと滑るような動きで俺に近づこうとしたが、ロイとディー、キースによって壁が作られた。
「おや、私への挑戦ですか?」
 ニヤリと不敵に笑うギルバートを3人が睨みつけ、レイブンが、ギルは変わらんなぁと大声で笑う。
「そろそろお時間です」
 キースが時計を見て言った。
「よし、行くかね」
 レイブンが立ち、近衞騎士を先頭に控室を出た。

 部屋を出て、会場向かうと、ザワザワとした声が大きくなり、先日のお披露目の時のような緊張が襲ってきた。
 ブルブルっと体を震わせると、隣を歩いていたロイに背中をポンポンと叩かれ、その顔を見上げた。
 ニコリと優しく微笑むロイの顔を見て、触れた背中からロイの温もりも伝わってきて、緊張が解される。
「おーい、見つめ合うのはここまでなー」
 そろそろ会場からも俺たちの姿が見える場所に近付き、グレイが声をかけ、気を取り直して正面を向いた。


「レイブン・サンドラーク王の御成です!」
 会場を見下ろす2階部分にレイブンが立ち、半歩下がってサイファー、アラン、ディー、ユリアが。さらに半歩下がって俺が立ち、その後方に近衞、護衛騎士が並んだ。
 途端に会場から拍手が鳴り響く。
「皆の者、よく来てくれた。
 今日こうして集まってもらったのは他でもない。
 先日、国民を癒してくれた聖女の姿を皆は見たであろう。
 貴公らには、国を支える仲間として、是非とも聖女を迎え入れてもらいたい」
 レイブンが声を張り、下に勢ぞろいしている貴族、豪商などの富裕層へ語りかける。
「紹介しよう。聖女ショーヘイ様だ」
 レイブンが後ろを振り返り、俺に手を差し出す。
 俺はゆっくりと深呼吸しながら、レイブンの手を取り、誘われるまま、レイブンの隣に並ぶ。
 そして、ゆっくりと、丁寧に貴族流のお辞儀をする。
「ショーヘイと申します。
 縁あって、こちらに参ることが出来ました。
 今後、サンドラーク公国のさらなる発展のため、我が魔力を持って尽力することをお誓い申し上げます。
 どうか皆さま、まだまだ至らぬ点も多いと存じますので、どうぞご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。」
 キースと相談して決めた口上を述べ、ゆっくりと頭を上げる。
 緊張して、少し声は震えていたが、噛まずに言えた、と心の中でガッツポーズを決める。
 一瞬シーンとした会場が、俺が顔を上げた瞬間、ワッと沸き立ち、拍手が起こった。
 その大きな音に、ビクッと体がすくむが、ポンと肩をレイブンに叩かれて、ニコニコと微笑まれ、肩から力が抜けた。
 そして、ここに来た時と同じ並びで、会場に向かって階段を降り、用意されていた王族に連なる椅子に俺も腰を下ろし、近衞と護衛騎士がサイドを固めた。

 これから、各家、家族の紹介が始まる。
 位階が上の者からになるので、公爵家からだ。
 当然、最初はギルバートだが、驚いたのはその隣にロマが立ち、無理矢理引っ張られてきたロイも俺の前に立つ。
「ショーヘイ君。私は独り身だが、ロマもロイも家族同然なのでね」
「あたしはあんたと家族なんて嫌だよ。下品が移る」
 ロマの言葉に笑う。
「ロイは息子同然です。まだまだ私達の前では子供だが、どうか息子をよろしくお願いしますね」
 ギルバートが微笑み、俺の手に口付ける。
「ほら、ロイも」
 ギルバートに押される形で、ロイも俺の手を取ると、じっと俺を見た後に、手に口付けた。
「愛してるよ、ショーへー」
 小さく、俺にだけ聞こえるようにロイが呟き微笑まれ、嬉しくて心がじんわりと暖かくなった。
「俺も」
 と口だけを動かしてロイに伝えた。
 ランドール家の次はアルベルト公爵家。
 侯爵、伯爵、男爵、子爵と、順番に俺の前に来て、家族を紹介していく。
 数人は以前の謁見で会ったことがあるため、顔を見て覚えている人にはきちんと話をした。
 
 どの当主も俺に息子や娘を売り込もうと必死で、当人達も俺の気を引こうと一生懸命に話しかけてくる。
 その中で、なんとなく気になった人だけは名前と顔を覚えるようにするが、それでも数が多いので頭の中がパンクしそうになっていた。

 だが、そんな家族の紹介にも癒しはあった。
 子息子女達がみんな大人ばかりではない。
 まだ10歳にも満たない子供もいて、もじもじと俺の前に立つ姿には癒された。
 オールストン男爵家の3男はまだ5歳で、小さな花を手に俺の前に来ると、目を逸らしながら体をもじもじさせていたので、椅子から降りて、彼の前にしゃがむと、自分からその小さな手を握る。
「俺にくれるの?」
「…うん。聖女様にプレゼント」
 小さな声で言う男の子に、顔がニヤついてしまうほど癒された。
「ありがとう。お部屋に飾るね」
 そう言って花を受け取って、頭を撫でてあげると、男の子は顔を真っ赤にして俺をじっと見つめ、はにかみながら笑った。

 可愛い~。

 どの世界でも子供は可愛い。癒される。
 それを見ていた他の貴族たちや護衛騎士達も顔がニヤけていたが、一部の貴族は、俺に上手く取りいったと悔しさを滲ませた表情をしていた。



 全貴族の家族紹介が1時間半ほどかかり、一度護衛達と共に中座して控室に戻る。
「疲れた…。多い…覚えきれない…」
「大丈夫ですよ」
 キースがソファにぐったりする俺にお茶を手渡し、すぐに資料を見せてきた。
 子息子女の一覧だ。
 すでに名前に線が引かれ、何人かが消されている。あの男の子の名前も勿論だ。
「すでに30名ほど名前を消してあります。ショーヘイ様が準備をなさっている間に、アラン様やミネルヴァ様と除外可能な者の擦り合わせを行いました」
 その一覧を受け取り、名前を確認する。
「キース、ちゃんと休んでる?」
 いつも動いて仕事をしている感じがして聞いてみる。
「休める時は休んでますよ」
 その言葉にキースが笑う。
 ほんとかなぁと思いつつ、立ち上がると大きく伸びをして、コキコキと首を鳴らした。
「ほんじゃ、第二部行きますか」
 これから先、まずはレイブンと踊る。
 その後は歓談タイムとなり、おそらくたくさん話しかけられるだろう。
 
 一覧で除外されても、油断は出来ない。
 どんなことを言われ、誘われるのか。

 控室を出ようとして、一緒にいた騎士達の視線が俺に集まる。
 その顔がニヤニヤしていた。
「何?」
 首を傾げる。
 オスカーが、
「王の足を踏むに銀貨5枚」
 グレイが、
「コケるに銀貨6枚」
 ジャニスが、
「転ぶに銀貨3枚!」
 アビゲイルが、
「踏んでコケるに銀貨7枚」
 ロイが、
「足がもつれるに銀貨8枚だ!」
 叫んだ。
 俺のダンスを賭けの対象にするらしい。顔を真っ赤にしてみんなを睨みつける。
「では私は成功するに金貨1枚で」
 後ろでキースが言い、賭けに乗った。
「お前ら!」
 ニヤニヤする騎士達にムーッとむくれた。

 キースだけが俺を信頼して成功するに賭けてくれた。

 見てろよ。
 絶対に成功させてやる。

 そう決意して、信じてくれたキースの手を握った。
「俺、頑張るから」
「はい。信じてます」
 キースのウサ耳がピコンと嬉しそうに揺れた。

 




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