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王都編 〜聖女争奪戦〜
おっさん、ダンスを見る
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キースが16歳で王宮執事になって、早21年。彼は37歳になっていた。
18歳にアランの専属執事に抜擢され、アランからプロポーズされて専属を退く32歳まで14年間勤め上げた。
今は、王宮に勤務する執事を管理・指導するのと同時に、何か重要な行事や、王族の外出時に一時的に専従する役割を持っている。
最初のプロポーズから、もう5年。
アランは定例行事のようにキースにプロポーズを続けている。
何度も何度も告白し、愛を告げ、囁き、伴侶にと申し込む。
それでも、キースは首を縦に振らない。
キースの断る理由は、
身分が違う。使用人の執事が伴侶になるなどあり得ない。
その一点のみだった。
だが、アランが16歳、キースが19歳の頃から、肉体関係は今も続いている。
それはアランは勿論、キースも彼を愛しているからに他ならない。
SEXは拒まないのに、プロポーズだけを拒み続ける。
その不思議な関係に、周囲の者達も顔を顰める。
愛しているのに、プロポーズを拒む。
誰もキースの考えを理解できるものはいなかった。
朝、通常通りに登城する。
昨日のヒールで、おそらくは昼過ぎまで眠っていると本人に言われ、かつロイ達にもそう言われていたため、なるべく静かに眠らせてあげようと、部屋には直行しなかった。
なので、先に今朝届いた贈答品を確認する作業から行った。
数日前に起こったイライジャ・ルメールの薬物混入事件は公にされ、即日イライジャはルメール家から廃嫡され、ただのイライジャとなった。今は司法局の牢で処分が下るのを待つだけとなっている。
その一件が公表され、贈答品は減るかと思われたが、逆に、お見舞いの品々が増えてしまい、毎日午前と午後に別れて数多くの贈答品が届いている。
贈答品を開封し、目録を作る。
メッセージカードや手紙を読み、返事を書く。
その一連の作業を終えると、静かに翔平の部屋へ向かった。
ノックすると、どうぞ、という返事が聞こえ、慌てて部屋に入った。
そこに翔平がすでに目を覚まして、着替えを済ませた状態で円卓に座ってお茶を飲んでいた。
「おはよう、キース」
ニコリと微笑まれ、キースは慌てる。
「おはようございます。
お目覚めになられていたんですね。
気付かず申し訳ありません」
謝罪し、部屋を見渡す。
「まぁまぁ、座ってよ」
「え?」
「お茶に付き合って」
翔平に言われて戸惑う。
「朝食の用意を…」
戸惑っているキースを尻目に、翔平はポットとティーカップを引き寄せると、キースの分のお茶を入れて、円卓の向い側におく。
「お腹空いてないから朝はいいよ。
どうぞ」
そう言われても、キースは座らない。
「座って」
翔平にまっすぐ目を見られながら言われて、渋々ながら椅子に座る。
「昨日気を失ってから15時間くらい寝たのかな。もう大丈夫だから」
「そうなんですか…?」
「ああ。だいぶ魔力の大量消費にも体が慣れたみたいでさ」
肘をついて両手でティーカップを持つ翔平を見て、顔色が良くなっているので、本当に大丈夫なんだろうとホッとした。
「話には聞いていましたが、本当に素晴らしかった」
キースが口元に笑みを浮かべる。
「俺は、俺の出来ることをしたまでだよ」
ニコリと微笑む翔平に笑い返し、彼に淹れてもらったお茶を飲んだ。
「今日の俺の予定って何かある?」
「いえ、昨日のお披露目の休養ということで、今日は何も入っていません」
「そっか…。それじゃ暇だな」
「ああ…一つあるとすれば…お返事の署名をしていただかなくては」
「あー…それね…」
文面を考えなくて済んではいるが、署名はしなくちゃならないのか、と肩を落とす。
「他はないよな?」
「ありません。今日一日ご自由にお過ごしいただけます」
「じゃあさ、散歩、行ってもいい?」
「はい。お付き合いさせていただきます」
キースがニコリと微笑んだ。
その後、キースが持ってきた手紙に署名していると、今日の護衛担当のディーがやってくる。
「ショーヘイさん」
すでに起きていた翔平に破顔すると、ススッと近づき、キュッと抱きしめてきた。
「昨日はお疲れ様でした。
だいぶ回復が早くなりましたね」
キースの前で、キスしようとするディーの顔を手で押さえる。
「お前、行動がロイに似てきたぞ。人の顔見ればチューしようとするの止めろ」
若干顔を赤くしながら言うと、ロイに似てきたと言われたのがショックだったようで、項垂れた。
「似てませんよ…別にいいじゃないですかキスくらい…」
「そういうところだぞ」
ブツブツ文句を言うディーにとどめをさす。
「っぷ」
小さくキースが吹き出した。
それを見て、ディーが意外、という表情になる。
「キースが吹き出すなんて珍しい」
「何をおっしゃいますか。ディーゼル殿下のお姿こそ、初めて見ましたよ」
「ディーって昔どんなだった?
教えてくれよ」
「よろしいですか?殿下」
キースがニヤリと笑う。
ディーは顔を歪ませ返事をしなかった。
「今度こっそりな」
別に本人の許可はなくても教えてもらえばいいと笑いながら言い、キースも頷くとディーはムクれた。
部屋で昼食を取った後、ディーとキースと3人で散歩に出る。
王宮前の庭園を歩き、広い芝生の上でキースが用意していた高級そうな布製の敷物の上でまったりする。
「あー…気持ちい…」
足を伸ばして座り、空を見上げる。
何も考えずに、このまま横になってゴロゴロしたいが、人の目もあるので、ぼーっとするだけに止める。
「そういや、キースって戦闘執事って聞いたんだけど。かなり強いって」
「そうですね。非常時には必ずお守りしますよ」
「魔法で戦うの?」
「魔法も使いますが、私の武器はこれです」
言った瞬間、両袖からカシャンと音を立てて黒い細身の短剣が現れた。
「うわ!」
一瞬で剣が飛び出てかなり驚く。
「何それ、どうやったんだ!?」
四つ這いになって、キースに詰め寄る。
再びカシャンと音がすると、今度は袖の中に消えた。
「暗器ってやつ!?すげー!かっこいい!もっかいやって!」
目を輝かせて食いつくと、キースが笑いながら、近寄ってくる翔平から離れて、再びカシャンと短剣を出す。
「どういう仕組み?しまってる時って危なくないの?」
興味津々で聞きまくる翔平に笑顔になる。
「危ないですから、あまり近寄らないでください」
「ああ、ごめん」
「袖の中では鞘に入っているので危険はありませんよ」
そう言いつつ、再び袖の中にしまった。
「キースは他にも身体中に刃物を仕込んでますからね…」
ディーが苦笑する。
「そういえば、ギル様に最初に会った時も、似たような黒い短剣使ってたよな?」
ルメリアのギルバート邸で、ディーの長剣を受け止めていた黒い短剣を思い出した。
「それと同じ物です」
「すげーなー」
キースがそれを使って戦う姿を想像し、ドキドキした。
「戦闘執事はあくまでも主人のそばでお守りすることだけに特化した訓練を受けます。
なので、近接戦闘がメインですね」
「へぇ~。じゃぁ、遠隔攻撃された場合は、俺が防御壁を張って魔法で攻撃すればいいんだな」
「は?」
「え?」
2人にポカンとされた。
「だって、キースが近接戦闘なら、俺は遠隔で攻撃を…」
そこまで言って、ディーに爆笑される。
「なんで貴方が戦う話になってるんですか?」
キースも笑いを堪えているが、声が漏れていた。
「ショーヘイ様も戦うんですか?」
キースがクスクスと笑いながら確認してくる。
「戦うよ。俺は戦う聖女様だ」
フンスとドヤ顔で答えると、キースが肩を震わせて顔を背けた。
「なんだよ。失礼だな。俺、強いぞ」
「魔法だけね」
ディーがすかさず突っ込む。
「俺だって鍛えてもっと筋肉ムキムキに」
腕を捲って力瘤を作るが、すかさずディーにその瘤を握られて硬さを確認され、首を横にふられた。
「無理無理」
「あ、てめ、バカにしただろ」
ディーが同じように袖を捲って力瘤を見せてくる。
綺麗な顔に似合わず、筋が入った見事な力瘤に悔しくて顔を顰める。
「くそ…俺だっていつか…」
悔しそうに呟くと、2人が声に出して笑った。
しばらく、鍛え方や戦闘についての話題が続き、戦闘執事や魔導士団の訓練の内容を教えてもらったが、話を聞いているだけで筋肉痛になりそうで、やっぱり俺には無理だと諦めた。
散歩から戻ると、アランが部屋の前に立っていた。
「よぉ、もう大丈夫か?」
ディーゼルゥと、ディーに抱きつきながら、俺に声をかけてくる。
「大丈夫です。消費した魔力は回復したので」
「そうか。良かった」
アランがディーゼルの肩に腕を回し、寄りかかりながら笑う。
ディーは思い切り迷惑そうだが、アランは気にもしない。
「キース」
アランが声をかけ、思わぬ所で噂の2人の対峙に、内心ドキドキしてしまう。
「なんか…楽しそうだな」
「はい。楽しいです」
キースがニコリと笑い即答した。
「俺にそんな顔見せないくせに…」
小さい声でボソッと呟くのが聞こえてしまい、何となく切なくなった。
「そういや、夜会まであと3日だが準備は進んでるか?」
アランに言われ、あ、と思い出す。
「ショーヘイ様なら、特に準備の必要はないと思われますが、明日からダンスの練習は始めようかと」
「え」
マーサからダンスもするとは聞いていたが、明日から練習と聞いてキースを振り返った。
「そうか」
ダンスか…と考えて肩を落とす。
「ショーヘイさん、ダンス苦手ですか?」
「苦手というか、踊ったことないし」
「え!?」
ディーとアランが口を揃えた。
「こっちの世界では常識なのかもしれないけど、俺がいた世界でダンスは一般的じゃない。盆踊りくらいしか踊ったことないよ」
「ボンオドリ?」
「いや、なんでもない」
思わず言ってしまった日本の風習を慌てて濁す。
「大丈夫ですよ。そんなに難しくありませんから」
ディーがニコニコしながら言うが、出来る人の「簡単」「難しくない」という言葉は全くあてにならないのを知っている。
「どんな感じか、見てみるか?」
アランが言うが、キースが目を細めてアランを見た。
「アラン様、お仕事は…」
「べ、別にサボってるわけじゃないぞ。ショーヘイが気になって様子を見に来ただけだ」
「本当ですか?」
キースがジトーッとアランを見つめる。
「ほ、本当だ!サボってない!」
「ならいいんですけど…」
キースがはぁと小さくため息をついて答え、ディーが口元をにやつかせて兄の顔を見る。
「なんだよ」
「別に」
俺もアランとキースのやり取りを聞いて、心の中でウズウズしてしまう。2人の微妙な関係を知っているからこそ、その会話に変に浮き足立ってしまう気持ちを抑えた。
「ホールで見せてやるよ」
アランが気を取り直して俺に言う。
「見てみたいです」
ニコッと微笑む。
見て、無理ですと言おうと思った。
よし、とアランがディーの肩に腕を回したまま歩き始める。
キースは仕方ないと言いたげな表情で小さくため息をついていた。
王城内にある小ホールにやってくると、ディーが隅にあるテーブルに近付くと、魔鉱石に手を翳す。
すると、どこからともなく音楽が流れ始めた。
この世界にも音響システムがあるんだと感心した。
スピーカーはどこかとキョロキョロとあたりを見渡すがどこにもない。
どういう仕組みになっているのか、後で確認しようと思った。
「じゃ、始めるぞ。キース」
アランが当然のようにキースへ手を差し出すが、キースは手を後ろに組んで素知らぬフリをした。
そんな態度のキースにアランが顔を顰める。
「ディーがダンスの説明をするんだ。お前が相手しろ」
「それならば、エスコートからお願いします」
キースが真顔で答える。
ディーが2人の喧嘩のようなやり取りに声を出して笑う。
「アラン、キースの言うとおりですよ」
ディーにも言われ、アランが頭を掻くと、キースの前に進んだ。
そして、背筋を伸ばして立っているキースにお辞儀し、右手を差し出す。
「一曲、踊っていただけますか?」
「…喜んで」
キースがきちんと手順を踏んだアランに微笑み、その手に左手を重ねた。
「申込む時はお辞儀して右手を差し出し、受ける時は、左手で手を取ります」
ディーが言葉で説明する。
アランがキースの手を握り、ホールの中央まで移動する。
そして、キースの背中に手を添わせ、キースもアランの右肩へ手を軽く置く。
そしてもう片方の手は空中でしっかりと握る。
「曲にもよりますが、基本のステップを繰り返すだけになります」
音楽に合わせてステップを踏む2人を呆然と眺める。
まさに社交ダンスだった。
ただ、社交ダンスという種類はわかっても、詳しく知っているわけではないので、ステップと言われてもピンとこない。
曲に合わせてアランとキースが踊る。
2人ともかなり上手なんだと思う。
息もピッタリだし、歩幅が揃っているのはわかった。
そして、なんと言っても、見つめ合う2人の姿に感動した。
綺麗だ。
見つめ合い、2人とも少しだけ微笑んでいる。
抱き合うように踊る2人を見ていると、鼻の奥がツンとして、じわっと涙が出てきた。
2人の感情が溢れている。魔力が混ざり溶け合っている。
流れるように踊りながら、ピッタリと体を寄せ合う2人が、心の底から愛し合っていると感じた。
曲が終わり、ダンスが終わっても、2人は見つめ合ったまましばらく抱き合ったままだった。
「キース…」
アランがうっとりとキースの名を呼ぶ。
キースもうっとりとした目でアランを見つめ返した。
そのままアランがキースにキスしようと顔を寄せた所で、ディーが咳払いをする。
「2人の世界に入ってる所申し訳ありませんが…って!ショーヘイさん、なんで泣いてんですか!?」
2人に向かって冷やかすように言ったディーが俺の鼻を啜る音を聞いて、突っ込みを入れた。
「か、感動して…」
目に涙を浮かべて拍手する。
「ほんと良かった。すごい上手だったー。なんか2人の感情が溢れててさ」
パチパチと何度も拍手し、グスグスと鼻を啜ると、アランもキースもはっきりとわかるくらい赤面する。
「あ、ありがとうな…」
褒められて、照れくさそうに頭を掻きながら戻ってくる。
キースもはっきりと照れており、顔を赤くしていた。
「で、踊れそうか?」
アランが話を逸らすように俺に聞いた。
「ああ。無理」
即答した。
はっきりと、アランとキースは愛し合っていると感じた。
アランがキースを見つめる目。
キースがアランを見つめる目。
2人とも同じ目をしている。
甘くて、優しくて、どこか切ない。
愛し合っているのに、それを前面に出せないもどかしさ。
2人の踊る姿を見て、その複雑な感情が、愛しているという思いが、魔力を通してひしひしと伝わってきた。
そのせいなのか2人の感情にあてられて自然と涙が出た。
キースはあまり表情に出さないと聞いていたけど、そんなことはないと思う。
今日一日で、真顔だったり、笑顔だったり、皮肉っぽかったり、照れたり、色々な表情を見せてくれた。
特にアランに向ける表情は、本当に誰も気付かないのか、と思うほど感情が出ていると思う。
オスカーは何を考えているのかわからないと言っていたけど、なんとなくだが、彼の考えていることがわかるかもしれないと思った。
もっとキースと話したい。
確かにそう思った。
18歳にアランの専属執事に抜擢され、アランからプロポーズされて専属を退く32歳まで14年間勤め上げた。
今は、王宮に勤務する執事を管理・指導するのと同時に、何か重要な行事や、王族の外出時に一時的に専従する役割を持っている。
最初のプロポーズから、もう5年。
アランは定例行事のようにキースにプロポーズを続けている。
何度も何度も告白し、愛を告げ、囁き、伴侶にと申し込む。
それでも、キースは首を縦に振らない。
キースの断る理由は、
身分が違う。使用人の執事が伴侶になるなどあり得ない。
その一点のみだった。
だが、アランが16歳、キースが19歳の頃から、肉体関係は今も続いている。
それはアランは勿論、キースも彼を愛しているからに他ならない。
SEXは拒まないのに、プロポーズだけを拒み続ける。
その不思議な関係に、周囲の者達も顔を顰める。
愛しているのに、プロポーズを拒む。
誰もキースの考えを理解できるものはいなかった。
朝、通常通りに登城する。
昨日のヒールで、おそらくは昼過ぎまで眠っていると本人に言われ、かつロイ達にもそう言われていたため、なるべく静かに眠らせてあげようと、部屋には直行しなかった。
なので、先に今朝届いた贈答品を確認する作業から行った。
数日前に起こったイライジャ・ルメールの薬物混入事件は公にされ、即日イライジャはルメール家から廃嫡され、ただのイライジャとなった。今は司法局の牢で処分が下るのを待つだけとなっている。
その一件が公表され、贈答品は減るかと思われたが、逆に、お見舞いの品々が増えてしまい、毎日午前と午後に別れて数多くの贈答品が届いている。
贈答品を開封し、目録を作る。
メッセージカードや手紙を読み、返事を書く。
その一連の作業を終えると、静かに翔平の部屋へ向かった。
ノックすると、どうぞ、という返事が聞こえ、慌てて部屋に入った。
そこに翔平がすでに目を覚まして、着替えを済ませた状態で円卓に座ってお茶を飲んでいた。
「おはよう、キース」
ニコリと微笑まれ、キースは慌てる。
「おはようございます。
お目覚めになられていたんですね。
気付かず申し訳ありません」
謝罪し、部屋を見渡す。
「まぁまぁ、座ってよ」
「え?」
「お茶に付き合って」
翔平に言われて戸惑う。
「朝食の用意を…」
戸惑っているキースを尻目に、翔平はポットとティーカップを引き寄せると、キースの分のお茶を入れて、円卓の向い側におく。
「お腹空いてないから朝はいいよ。
どうぞ」
そう言われても、キースは座らない。
「座って」
翔平にまっすぐ目を見られながら言われて、渋々ながら椅子に座る。
「昨日気を失ってから15時間くらい寝たのかな。もう大丈夫だから」
「そうなんですか…?」
「ああ。だいぶ魔力の大量消費にも体が慣れたみたいでさ」
肘をついて両手でティーカップを持つ翔平を見て、顔色が良くなっているので、本当に大丈夫なんだろうとホッとした。
「話には聞いていましたが、本当に素晴らしかった」
キースが口元に笑みを浮かべる。
「俺は、俺の出来ることをしたまでだよ」
ニコリと微笑む翔平に笑い返し、彼に淹れてもらったお茶を飲んだ。
「今日の俺の予定って何かある?」
「いえ、昨日のお披露目の休養ということで、今日は何も入っていません」
「そっか…。それじゃ暇だな」
「ああ…一つあるとすれば…お返事の署名をしていただかなくては」
「あー…それね…」
文面を考えなくて済んではいるが、署名はしなくちゃならないのか、と肩を落とす。
「他はないよな?」
「ありません。今日一日ご自由にお過ごしいただけます」
「じゃあさ、散歩、行ってもいい?」
「はい。お付き合いさせていただきます」
キースがニコリと微笑んだ。
その後、キースが持ってきた手紙に署名していると、今日の護衛担当のディーがやってくる。
「ショーヘイさん」
すでに起きていた翔平に破顔すると、ススッと近づき、キュッと抱きしめてきた。
「昨日はお疲れ様でした。
だいぶ回復が早くなりましたね」
キースの前で、キスしようとするディーの顔を手で押さえる。
「お前、行動がロイに似てきたぞ。人の顔見ればチューしようとするの止めろ」
若干顔を赤くしながら言うと、ロイに似てきたと言われたのがショックだったようで、項垂れた。
「似てませんよ…別にいいじゃないですかキスくらい…」
「そういうところだぞ」
ブツブツ文句を言うディーにとどめをさす。
「っぷ」
小さくキースが吹き出した。
それを見て、ディーが意外、という表情になる。
「キースが吹き出すなんて珍しい」
「何をおっしゃいますか。ディーゼル殿下のお姿こそ、初めて見ましたよ」
「ディーって昔どんなだった?
教えてくれよ」
「よろしいですか?殿下」
キースがニヤリと笑う。
ディーは顔を歪ませ返事をしなかった。
「今度こっそりな」
別に本人の許可はなくても教えてもらえばいいと笑いながら言い、キースも頷くとディーはムクれた。
部屋で昼食を取った後、ディーとキースと3人で散歩に出る。
王宮前の庭園を歩き、広い芝生の上でキースが用意していた高級そうな布製の敷物の上でまったりする。
「あー…気持ちい…」
足を伸ばして座り、空を見上げる。
何も考えずに、このまま横になってゴロゴロしたいが、人の目もあるので、ぼーっとするだけに止める。
「そういや、キースって戦闘執事って聞いたんだけど。かなり強いって」
「そうですね。非常時には必ずお守りしますよ」
「魔法で戦うの?」
「魔法も使いますが、私の武器はこれです」
言った瞬間、両袖からカシャンと音を立てて黒い細身の短剣が現れた。
「うわ!」
一瞬で剣が飛び出てかなり驚く。
「何それ、どうやったんだ!?」
四つ這いになって、キースに詰め寄る。
再びカシャンと音がすると、今度は袖の中に消えた。
「暗器ってやつ!?すげー!かっこいい!もっかいやって!」
目を輝かせて食いつくと、キースが笑いながら、近寄ってくる翔平から離れて、再びカシャンと短剣を出す。
「どういう仕組み?しまってる時って危なくないの?」
興味津々で聞きまくる翔平に笑顔になる。
「危ないですから、あまり近寄らないでください」
「ああ、ごめん」
「袖の中では鞘に入っているので危険はありませんよ」
そう言いつつ、再び袖の中にしまった。
「キースは他にも身体中に刃物を仕込んでますからね…」
ディーが苦笑する。
「そういえば、ギル様に最初に会った時も、似たような黒い短剣使ってたよな?」
ルメリアのギルバート邸で、ディーの長剣を受け止めていた黒い短剣を思い出した。
「それと同じ物です」
「すげーなー」
キースがそれを使って戦う姿を想像し、ドキドキした。
「戦闘執事はあくまでも主人のそばでお守りすることだけに特化した訓練を受けます。
なので、近接戦闘がメインですね」
「へぇ~。じゃぁ、遠隔攻撃された場合は、俺が防御壁を張って魔法で攻撃すればいいんだな」
「は?」
「え?」
2人にポカンとされた。
「だって、キースが近接戦闘なら、俺は遠隔で攻撃を…」
そこまで言って、ディーに爆笑される。
「なんで貴方が戦う話になってるんですか?」
キースも笑いを堪えているが、声が漏れていた。
「ショーヘイ様も戦うんですか?」
キースがクスクスと笑いながら確認してくる。
「戦うよ。俺は戦う聖女様だ」
フンスとドヤ顔で答えると、キースが肩を震わせて顔を背けた。
「なんだよ。失礼だな。俺、強いぞ」
「魔法だけね」
ディーがすかさず突っ込む。
「俺だって鍛えてもっと筋肉ムキムキに」
腕を捲って力瘤を作るが、すかさずディーにその瘤を握られて硬さを確認され、首を横にふられた。
「無理無理」
「あ、てめ、バカにしただろ」
ディーが同じように袖を捲って力瘤を見せてくる。
綺麗な顔に似合わず、筋が入った見事な力瘤に悔しくて顔を顰める。
「くそ…俺だっていつか…」
悔しそうに呟くと、2人が声に出して笑った。
しばらく、鍛え方や戦闘についての話題が続き、戦闘執事や魔導士団の訓練の内容を教えてもらったが、話を聞いているだけで筋肉痛になりそうで、やっぱり俺には無理だと諦めた。
散歩から戻ると、アランが部屋の前に立っていた。
「よぉ、もう大丈夫か?」
ディーゼルゥと、ディーに抱きつきながら、俺に声をかけてくる。
「大丈夫です。消費した魔力は回復したので」
「そうか。良かった」
アランがディーゼルの肩に腕を回し、寄りかかりながら笑う。
ディーは思い切り迷惑そうだが、アランは気にもしない。
「キース」
アランが声をかけ、思わぬ所で噂の2人の対峙に、内心ドキドキしてしまう。
「なんか…楽しそうだな」
「はい。楽しいです」
キースがニコリと笑い即答した。
「俺にそんな顔見せないくせに…」
小さい声でボソッと呟くのが聞こえてしまい、何となく切なくなった。
「そういや、夜会まであと3日だが準備は進んでるか?」
アランに言われ、あ、と思い出す。
「ショーヘイ様なら、特に準備の必要はないと思われますが、明日からダンスの練習は始めようかと」
「え」
マーサからダンスもするとは聞いていたが、明日から練習と聞いてキースを振り返った。
「そうか」
ダンスか…と考えて肩を落とす。
「ショーヘイさん、ダンス苦手ですか?」
「苦手というか、踊ったことないし」
「え!?」
ディーとアランが口を揃えた。
「こっちの世界では常識なのかもしれないけど、俺がいた世界でダンスは一般的じゃない。盆踊りくらいしか踊ったことないよ」
「ボンオドリ?」
「いや、なんでもない」
思わず言ってしまった日本の風習を慌てて濁す。
「大丈夫ですよ。そんなに難しくありませんから」
ディーがニコニコしながら言うが、出来る人の「簡単」「難しくない」という言葉は全くあてにならないのを知っている。
「どんな感じか、見てみるか?」
アランが言うが、キースが目を細めてアランを見た。
「アラン様、お仕事は…」
「べ、別にサボってるわけじゃないぞ。ショーヘイが気になって様子を見に来ただけだ」
「本当ですか?」
キースがジトーッとアランを見つめる。
「ほ、本当だ!サボってない!」
「ならいいんですけど…」
キースがはぁと小さくため息をついて答え、ディーが口元をにやつかせて兄の顔を見る。
「なんだよ」
「別に」
俺もアランとキースのやり取りを聞いて、心の中でウズウズしてしまう。2人の微妙な関係を知っているからこそ、その会話に変に浮き足立ってしまう気持ちを抑えた。
「ホールで見せてやるよ」
アランが気を取り直して俺に言う。
「見てみたいです」
ニコッと微笑む。
見て、無理ですと言おうと思った。
よし、とアランがディーの肩に腕を回したまま歩き始める。
キースは仕方ないと言いたげな表情で小さくため息をついていた。
王城内にある小ホールにやってくると、ディーが隅にあるテーブルに近付くと、魔鉱石に手を翳す。
すると、どこからともなく音楽が流れ始めた。
この世界にも音響システムがあるんだと感心した。
スピーカーはどこかとキョロキョロとあたりを見渡すがどこにもない。
どういう仕組みになっているのか、後で確認しようと思った。
「じゃ、始めるぞ。キース」
アランが当然のようにキースへ手を差し出すが、キースは手を後ろに組んで素知らぬフリをした。
そんな態度のキースにアランが顔を顰める。
「ディーがダンスの説明をするんだ。お前が相手しろ」
「それならば、エスコートからお願いします」
キースが真顔で答える。
ディーが2人の喧嘩のようなやり取りに声を出して笑う。
「アラン、キースの言うとおりですよ」
ディーにも言われ、アランが頭を掻くと、キースの前に進んだ。
そして、背筋を伸ばして立っているキースにお辞儀し、右手を差し出す。
「一曲、踊っていただけますか?」
「…喜んで」
キースがきちんと手順を踏んだアランに微笑み、その手に左手を重ねた。
「申込む時はお辞儀して右手を差し出し、受ける時は、左手で手を取ります」
ディーが言葉で説明する。
アランがキースの手を握り、ホールの中央まで移動する。
そして、キースの背中に手を添わせ、キースもアランの右肩へ手を軽く置く。
そしてもう片方の手は空中でしっかりと握る。
「曲にもよりますが、基本のステップを繰り返すだけになります」
音楽に合わせてステップを踏む2人を呆然と眺める。
まさに社交ダンスだった。
ただ、社交ダンスという種類はわかっても、詳しく知っているわけではないので、ステップと言われてもピンとこない。
曲に合わせてアランとキースが踊る。
2人ともかなり上手なんだと思う。
息もピッタリだし、歩幅が揃っているのはわかった。
そして、なんと言っても、見つめ合う2人の姿に感動した。
綺麗だ。
見つめ合い、2人とも少しだけ微笑んでいる。
抱き合うように踊る2人を見ていると、鼻の奥がツンとして、じわっと涙が出てきた。
2人の感情が溢れている。魔力が混ざり溶け合っている。
流れるように踊りながら、ピッタリと体を寄せ合う2人が、心の底から愛し合っていると感じた。
曲が終わり、ダンスが終わっても、2人は見つめ合ったまましばらく抱き合ったままだった。
「キース…」
アランがうっとりとキースの名を呼ぶ。
キースもうっとりとした目でアランを見つめ返した。
そのままアランがキースにキスしようと顔を寄せた所で、ディーが咳払いをする。
「2人の世界に入ってる所申し訳ありませんが…って!ショーヘイさん、なんで泣いてんですか!?」
2人に向かって冷やかすように言ったディーが俺の鼻を啜る音を聞いて、突っ込みを入れた。
「か、感動して…」
目に涙を浮かべて拍手する。
「ほんと良かった。すごい上手だったー。なんか2人の感情が溢れててさ」
パチパチと何度も拍手し、グスグスと鼻を啜ると、アランもキースもはっきりとわかるくらい赤面する。
「あ、ありがとうな…」
褒められて、照れくさそうに頭を掻きながら戻ってくる。
キースもはっきりと照れており、顔を赤くしていた。
「で、踊れそうか?」
アランが話を逸らすように俺に聞いた。
「ああ。無理」
即答した。
はっきりと、アランとキースは愛し合っていると感じた。
アランがキースを見つめる目。
キースがアランを見つめる目。
2人とも同じ目をしている。
甘くて、優しくて、どこか切ない。
愛し合っているのに、それを前面に出せないもどかしさ。
2人の踊る姿を見て、その複雑な感情が、愛しているという思いが、魔力を通してひしひしと伝わってきた。
そのせいなのか2人の感情にあてられて自然と涙が出た。
キースはあまり表情に出さないと聞いていたけど、そんなことはないと思う。
今日一日で、真顔だったり、笑顔だったり、皮肉っぽかったり、照れたり、色々な表情を見せてくれた。
特にアランに向ける表情は、本当に誰も気付かないのか、と思うほど感情が出ていると思う。
オスカーは何を考えているのかわからないと言っていたけど、なんとなくだが、彼の考えていることがわかるかもしれないと思った。
もっとキースと話したい。
確かにそう思った。
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