おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜パレードから謁見そして再び囮へ〜

おっさん、見学する

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 今日は社会科見学だと言われた通り、朝起きて身支度、朝食を終えた後に、ロイが迎えに来た。
「ディーは?」
「親父さんたちと話があるから、後で合流するってよ」
「そっか…」
 昨夜、ギルバートとロマから聞いた話をしに行ったんだろうな、と思った。
「さて、どっから案内しようかな」
「決まってないなら、まずは騎士団の所へ行きたいな」
 カレーリアから王城まで護衛してくれた騎士団第1部隊には、ここに着いてすぐに別れたきりで、お礼も言えていない。
 まずはあのおっさん達に会いたいと思った。
「えー…」
 ロイが思い切り嫌な顔をする。
「後になるか先になるかの違いだけだろw」
 顰めっ面になったロイを見て笑う。
「わーったよ」
 じゃぁ行くか、と歩き始めた。
 ロイの少し後ろをついて歩き、王城側、到着した時に入城した出入口ではなく、王宮側の玄関から外へ出た。
 王城側は、人の出入りも多いので、こっちを使えと言われる。
 外に出ると、眼前にものすごく広い庭園が広がり、大きな花壇や噴水、東屋が遠くに見えた。
 ちょっとした公園だが、もちろん一般人は立入不可。
 贅沢だな…、と整備された庭園の感想を漏らす。
 庭園を歩いていると、手入れ作業をしている使用人が手を止めて、わざわざ帽子を取って挨拶してくるので、俺もおはようございます、と返しながら会釈した。
 庭園を抜けて、王城に続く正面通路に出ると、背の高い城壁にある鉄の門に近付く。
「おはよう、ロイ」
 その門の前にいた、ロイと同じ白い騎士服の近衞の1人が声をかけてくる。
「ん? これはこれは聖女様、おはようございます」
 ロイの後ろに居た俺に気付くと、ニコニコと挨拶してくる。
「おはよう、コール。ガウリィは官舎か?」
「いえ、今日はすでに登城なさって、今は王の所かと」
「そうか。ショーへーを紹介したかったんだが」
「これからどちらに?」
「各士団を回るつもりだ」
「そうでしたか。どうぞお通りください」
 コールが鉄門の脇にある人員用の鉄扉を示す。
 コールに会釈しつつ脇を抜け、そのままロイについて行く。
 鉄扉を潜ると、一気に視界が開けた。
 緩やかな下りになっている道の先に、左右に広がる鉄柵が小さく見えた。その向こうには、馬車で通過した王城前の広場の一部が見える。
 だいぶ距離はあるが、広場にいる人たちの姿も見ることが出来た。
「こっちだ」
 鉄扉を抜けて、左右と正面に続く道を左へ進んだ。
「奥の方に高い塔が見えるだろ?」
「ああ」
「あれは魔塔っていって、魔導士団の官舎だ。一番奥だな」
「その手前の青い屋根が獣士団」
 塔よりずっと手前に、三角屋根が連なった大きな建物が見える。
「騎士団官舎はもうちょっと行ったら見えてくるぞ」
 それからロイが歩きながら見える建物を指差しながら説明してくれる。
「あっちは使用人達の宿舎」
「広いなぁ」
「そうだな。端から端まで歩きなら2時間はかかるな」
「そんなにか…」
 辺りを見渡すと、別の道を行き来している騎士や文官らしき人たちが、馬や小さな馬車で移動しているのが見えた。
「お、見えたぞ。あれが騎士団官舎だ」
 前方に見えていた魔塔や青い屋根が左手に小さくなり、右にカーブし、道を下った先に赤い屋根の建物が見えてくる。
 あまり気にならなかったが、ここに来るまで軽く40分は歩いていたことに気付いた。
「遠い…」
 正直徒歩ではキツいと思ってしまった。

 騎士団官舎に近付くと、薄紫の騎士服の姿が多くなってくる。
「ロイ様!」
「聖女様!?」
 俺たちをいち早く見つけた騎士が大声をあげ、官舎に向かって走って行った。  
 官舎も柵で囲まれており、門扉の前には警護の騎士が両脇に立っている。
「聖女ちゃーん!!!」
 もうすぐ柵まで辿り着く、というところで、官舎の中から走ってきたおっさん達が、上半身裸で大きく手を振っていた。
「ははは…」
 ガチムチ系の半裸を晒したおっさん達の姿に、思わず脱力した。
 言わずともがな、第1部隊のおっさん達だ。
 門扉を潜ると、我先におっさん達が駆け寄ってっくる。
「聖女ちゃん、今日も可愛いねー」
「ワシらに会いに来てくれたんか?」
「ロイ、邪魔じゃ」
「聖女ちゃん、俺らの訓練見てってくれや」
 ドンとロイが押され、あっという間におっさん達に取り囲まれた。
「あ、え、えっと…」
 矢継ぎ早に話しかけられ、誰に何を返事していいのか困る。
「おー、聖女ちゃん。遊びに来てくれたのか」
 首からタオルをかけ、やはり上半身裸のオスカーが歩いてくる。
 どうやら、今まで鍛錬していたらしく、全員汗をかいていた。
「汗くせえ!おっさん臭え!ショーへーに臭いが移る!!散れ!!」
 ロイがウガーッとおっさん達を蹴散らすのを笑いながら見ていた。
 そのおっさん達の周囲に、たくさんの騎士達が俺たちを遠巻きに見ていた。
 若い騎士、女性騎士、性別の年齢もさまざまでだったが、騎士服を纏ったその姿に、かっこいいなぁ、と見惚れた。
「お前達、聖女様になんてものを見せているんだ」
 レインが半裸の部下達に呆れるように言い近付くと、流石におっさん達も道を開ける。
「ショーヘイ、よく来たな」
 レインが俺の手を取ると口付けた。
「レイン様、その説はお世話になりました」
 ペコリと頭を下げる。
「礼などいらないのに」
 そう言うが、嬉しそうに笑った。
「レイン、ミネルヴァはいるか?」
「ああ、団長室だ」
 言いつつ、俺の手を取ったままレインが歩きはじめ、ロイが顔を引き攣らせる。
 レインが、周りに居た騎士に、部隊長と副官を団長室に呼べ、と指示を出し、俺たちを案内した。
 官舎に入る前、見える範囲の施設や、騎士団の1日の仕事の流れなどを教えてくれる。

 どの士団も、1日3交代で勤務しており、城内の見張りや見回りの仕事、待機勤務、準待機勤務、休日、と別れていると聞いた。
 待機、準待機の勤務はほぼ訓練にあてられているが、決められたメニューをこなせば後は自由時間となり、筋トレや勉強に励む者もいた。
 休日は実家に帰るもの、街へ繰り出すもの様々だ。独身者は併設された宿舎で生活しているが、中に既婚者も居て街に家があるため通いの者もいるという。
 そういえばウィルも既婚者で家があると言ってたっけ、と思い出した。

 官舎に入り、3階に上がる。
 途中、すれ違う騎士達が全員俺たちに敬礼し、俺も会釈で返しながら進んだ。
 レインが団長執務室のドアをノックすると、中からどうぞ、と女性の声がした。
「聖女様、わざわざおいでくださり、ありがとうございます」
 中に入ると、女性が椅子から立ち上がって、近付いてくる。
 団長室で出迎えるということは、この目の前の華奢な女性が騎士団団長ということになる。
「騎士団団長のミネルヴァ・オグワーズです。お会いできて光栄です」
 短髪黒髪の女性に微笑まれ、両手で手を握られ、軽く振られる。
「しょ、ショーヘイ・シマダです。初めまして」
 慌てて挨拶する。

 はっきりと動揺していた。
 騎士団団長というから、おっさん達のようないかつい男を想像していた。
 だが、目の前のミネルヴァは、俺よりも少し背が低い、細くスマートな女性。
 30代くらいだろうか。うっすらと化粧はしているが、短髪といい、きりっとした目元が騎士らしくもあった。
 ふと握られた彼女の手を見て、その甲に見覚えのある鱗が見えた。
「…竜族…なんですか?」
「人族なんですが、祖先の竜族の血が濃く出たんですよ」
「ミネルヴァは、ギルの遠い遠い親戚だ」
 ロイが教えてくれた。
 あぁなるほど、とその言葉に、彼女が騎士団長であることも、鱗にも納得がいく。
 世界最強の種族である竜族。
 ギルバートも細くスマートだが、かなり強い。その血を引く彼女も然り、ということなのだろう。
「ランドール卿は私の祖先、ということになりますね」
 ミネルヴァが笑う。
 800年以上生きるギルバートの血筋ではあるが、もうだいぶ遠い、ということなのだろう。
 寿命の違う種族間の婚姻でこういうことが起こるのかと、改めてすごい世界だな、と思った。
「どうぞ、おかけください」
 ニコニコとソファを勧める。
「ロイ、久しぶりね。あの一件以来だから5年ぶりよね。どこで何してたのよ」
 ロイは何処に行っても、まずは久しぶりと声をかけられることに笑った。
「別に俺のことはどうでもいいだろ」
 ロイも繰り返し聞かれることに飽きているのか、ぶっきらぼうに答える。
「ま、いいけどね。
 それにしても、久しぶりに現れたと思ったら聖女様を連れてだなんて」
 ミネルヴァがおかしそうに笑う。
「貴方らしいというか」
「聖女様、レインから聞きました。索敵魔法で的確な指示を出されたとか。
 是非我が団に欲しい人材だわ」
「やらんぞ」
 ミネルヴァのセリフにロイが即答し、コロコロと鈴のような笑い声を出す。
「それにしても、鉄鎖兵団との一戦で腕を落とされたのをご自分で、しかも負傷した団員達も全て治療されるなんて…。
 戦う聖女様とは、言い得てますね」
 楽しそうに笑うミネルヴァに、思わず俺も笑顔になる。
「先日の王都での襲撃でも、殴る蹴るとご活躍されたそうで」
 見たかったと笑うミネルヴァに、少し照れた。
「あの時は夢中で」
「騎士達が噂してましたよ」
「聖女のイメージと違うって?」
 俺が苦笑して言うと、確かに、とミネルヴァが笑う。
 その時ドアがノックされて、グリフィス、第3、4部隊の隊長と副官が入ってくる。
 第2部隊は今現在もシュターゲンで警備の任にあたっていると聞いた。
「聖女ちゃーん」
 グリフィスがニコニコしながら俺に手を振り、俺も振りかえす。
「な?可愛いだろ?」
 それを見たグリフィスが各隊長達に相槌を求めるのを見て、苦笑した。
 各隊長達と挨拶し、和やかに会話も弾んだ後、退席する。
「いつでも寄ってくださいね」
 ミネルヴァが最後に言ってくれる。そして、そっと俺に耳打ちした。
「今度、ロイの昔の話をお教えしますから」
「是非w」
 そう答えて破顔し、彼女もまた俺たちの関係を知っているんだと気付いた。


 騎士団の訪問が終わり、官舎を出る。
 聖女ちゃーん、またねー、と第1部隊のおっさん達が大声で叫びながら手を振ってくるのを、笑顔で手を振りかえすと、うおおぉぉ、という雄叫びが聞こえてビクッとした。

「いい人だな、ミネルヴァ団長」
「そうだな。あいつはいい奴だ。ギルの血の悪い部分を受け継がなくてほんと良かったよ」
 騎士団官舎を出て、獣士団に向かっている途中、ロイの言葉に笑った。
 騎士団官舎から獣士団官舎まで、高低差があり、緩やかではあるが上り坂が続く。
「はぁ…」
 ロイはスタスタと歩くが、俺はその早さについていけず、だんだんとペースを落として行った。
「抱っこしてやろうか?」
 揶揄われてムッとするが、脚力と体力の違いを思い知らされる。
「ちょっと休憩…」
 立ち止まって、深呼吸する俺をロイが笑う。
 道の端に寄って休憩していると、上の方から馬の蹄の音が聞こえてきた。
「やっと見つけた」
 ディーが馬に乗って坂道を降りてくる。その姿を見て、羨ましいと思った。
「乗ってください」
 歩き疲れて休憩していると察したディーが俺を馬に乗せようとするが、馬になんて乗ったことがない。
「大丈夫ですよ、この子は大人しいですから」
 そう言って、馬の首を撫でる。
「乗せてもらえ。歩きだと日が暮れるわ」
 ロイにまた揶揄われ、その腕を叩いた。
 上からディーに引っ張ってもらい、ロイの組んだ両手に足をかけさせてもらって、なんとか馬に跨る。
「高い!怖い!」
 生まれて初めて乗った馬の背に、思った以上に目線が高くて恐怖が押し寄せた。
「む、無理だ!降りる!」
「大丈夫ですよ。私のお腹に腕を回して、そうそう。ギュッと抱きしめてください」
 言われた通り、ディーのお腹に両腕を回して、その背中にしがみつく。
「あ!ズルい!ディー、てめ!」
 後ろから翔平に抱きつかれた格好に、ディーがニヤニヤと笑い、ロイが文句を言った。
「じゃ、行きますよ」
 ゆっくりと馬が歩き出し、その振動が怖くてさらに力を入れてディーにしがみついた。
 ディーが二ヘラッと笑い、ロイが呆れたようにディーを見た。




 獣士団官舎に着くと、大騒ぎになった。
 俺たちを見つけた騎士たちが集まり、一気に取り囲まれる。
「団長!」
「ロイ様!」
「ディーゼル様」
「副団長!!」
 今だに昔の肩書きで呼ぶ騎士達に、2人が苦笑する。
 ロイに手伝ってもらって馬から降り、2人と一緒に大勢の騎士達に囲まれた。
「ロイ様~」
 中には泣き出す騎士もいて、ロイが本当に慕われているんだと実感した。
 それにしても、獣人で構成された団なのはわかっていたが。まさにモフモフ天国だと思った。
 犬族、猫族、兎人族、狐、狸、熊、ありとあらゆる獣人達が揃っている。
 
 さ、触りたい…。

 思わず、ニマニマと口元を歪めてしまった。


「だんちょ~!!!!」
 突然叫び声のような大声が響く。
 それと同時に、ドドドドドッという地響きも聞こえ、遠くから土煙を立てて猛然と走ってくる人の姿が見えた。
「よぉ、グスタフ。元気そうだな」
 ザザザーッと滑り込むようにロイの前にきた虎族の大男が、ボロボロと涙と鼻水を垂らしながら大泣きしている。
「いつ戻ってきてくれるんですか!?俺、もう無理です!!早く帰ってきてくださいよ!!!」
 ロイの手を握り、ワーワーと泣く現団長のグスタフに呆気に取られる。
「おいおい、俺がいなくても5年間ちゃんとやってるじゃねーか。
 お前だからまかせたんだぞ?」
 ロイが苦笑する。
「違います!俺はあんたから団を預かってるだけです!
 俺は!俺は…」
 うわ~んとグスタフが大泣きする。
「すまんなぁ、うちの団長が」
 笑いながら、グレイが近寄ってくる。
「グレイ」
 昨日ぶりのグレイに会って、ホッとする。
 濃紺の騎士服を着たグレイが、数人の騎士を引き連れて俺たちの方へ歩いてきた。
「グレイ、お前でもいい。団長代わってくれよぉ~」
 グスタフがグレイを振りむき、縋り付く。
「何言ってんだ、俺には無理だよ」
 グレイがカカカと笑う。
「お前らも、俺はもう団長じゃねぇんだ。そう呼ぶな」
「そんなぁ~」
 ロイのセリフに騎士達が項垂れる。
「あの…」
 グレイの後ろからひょこっと小さな猫族の男が顔を見せる。
「第2部隊副官のジンと申します。聖女様ですね?」
「あ、はい。初めまして」
 ニコッとジンへ微笑みかけ、挨拶する。
「うちの隊長がお世話になっております。ご迷惑をおかけしませんでしたか?この人、ほんと食いしん坊で…」
 ジンが恐縮しながら言った言葉に、ついつい笑う。
「ほんと良く食べますよね」
「でしょう?一緒にいたら太りますよ」
 ジンのセリフに声を出して笑った。
「ほらほら貴方達、挨拶してください。聖女のショーヘイさんです」
 ディーが紹介してくれたので、その場で丁寧にお辞儀する。
「皆さん、初めまして。どうぞこれからよろしくお願いします」
 ニコッと微笑むと、周囲にいた騎士達が数人頬を染める。
「可愛い…」
「聖女様だ…」
 ボソボソと呟く声が聞こえてロイが顔を顰める。
「お前ら、ショーへーは俺」
「グスタフ団長!官舎を案内していただけますか?!?」
 ロイが、俺のもの、と言い掛けたのに気付いて、咄嗟に大声でグスタフに言った。
 ロイがハッとし、ディーがロイを小突く。
「これは失礼を…。聖女様、獣士団団長仮のグスタフです。どうぞよろしくお願いします」
 グスタフがわざわざ仮という部分を強調して言い、思わず笑う。
「こちらこそ」
 握手を交わし、グスタフに官舎を案内してもらった。

  

 獣士団を後にし、昼近くになったため、一度王宮へ戻ることにした。
 帰りもディーの後ろに乗り、しっかりとしがみついた。
 王宮の庭園に戻ると、俺たちを見つけた使用人の1人が駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ。王が昼食をご一緒にと」
 3人は頷くと、一度部屋に戻る。
「ショーヘイ様!お急ぎくださいませ!」
 部屋に入った途端、マーサにバタバタと着替えさせられ、王の前に出るための支度を急いでする。
 まるで早送りでも見ているかのような彼女達の手捌きに、俺はただじっと動かず座っていた。
 15分足らずで準備を終え、昨日に比べると質素ではあるが、聖女へと変身する。
 その整えられた顔や髪を見て、その彼女達の仕事に脱帽する。
「行ってらっしゃいませ」
 迎えにきたロイとディーに連れられ、昨日の夕食会ではなく、別の王族専用のの食堂へ案内された。

「お招きありがとうござい…ま…」
 食堂へ入り、お辞儀をしつつ言ったが、レイブン、サイファー、アランの顔を見て言葉を失う。
 ユリアの姿はなく、3人だけが席に座っていたが、その左頬が赤く腫れ上がっていた。
「ど、どーしたんですか…?」
 驚いて問いかけたが、ロイが笑い出す。
「ディー、派手にやったな」
「当然です。ずっと私に隠してたんですからね。
 それと、ショーヘイさんを利用することへの報復です」
 ディーがフンと鼻を鳴らす。
 そういえば、何日か前の天幕で、兄を殴ると言っていたな、と思い出した。
 それにしても、あんな腫れ上がるほど殴るなんて…と苦笑した。
「治療しますね」
 苦笑しつつ、ヒールを使った。
「おぉ…」
 俺がヒールと唱えた直後、3人とも左頬の腫れがみるみると引いて行く。その様子に3人が感嘆の声を上げた。
「すげえ…。本当に一瞬で3人とも…」
 アランが自分の左頬を撫でながら呟く。
「いやぁ、息子に怒られましたわ」
 レイブンがワハハと笑う。
「ディー、ちょっとやりすぎじゃ…」
「いいんですよ、このくらい」
 ムスッとしたディーが口を尖らせる。
「だからごめんって…」
 アランが謝り、サイファーはディーに怒られて悲しそうな表情をした。
「さ、食べようか」
 レイブンが話を打ち切り、俺たちも席に座った。



「本当に申し訳ないと思っているよ。
 息子の伴侶になる人に、こんなことを頼むなんて、親として実に不甲斐ない」
 昼食が終わった後、レイブンが俺を見て申し訳なさそうに話す。
 ギルバートとロマに頼まれて、レイブン達が言った囮よりも、さらに一歩踏み込んだものに変更されたことに謝罪された。
「いいえ。俺がやると決めたんです。
 前も言いましたけど、俺はこれからこの国で生きていくんです。
 ディーもロイも、グレイも、この国が好きだと言いました。
 だから、これはみんなのためでもあるんです。申し訳ないなんておっしゃらないでください」
「ありがとう」
 レイブンが頭を下げた。

 
「そこでだ」
 サイファーが話を始める。
「今後のショーへーの護衛について、もう少し詰めようと思う。
 今はディーゼル、ロイ、グレイの3人に専属近衞として護衛に入ってもらっているが、3人の他にも騎士についてもらうつもりでいる」
「…まぁそうなるだろうな」
 ロイが諦めたように呟いた。
「やっぱりそうなりますか…」
 ディーもがっかりしたような表情をした。
 ロイはともかく、ディーとグレイは士団の仕事もあるだろう。
 王都に戻った以上、四六時中俺の護衛に入るわけにはいかない。
 それに、ロイとディーとの関係を疑わられないためにも、一緒にいる時間を減らさなくてはならない。
「近いうちに新たな護衛を用意する。希望する人員がいれば言ってくれ。
 それと、ショーへーには今の部屋から別邸に移ってもらうつもりだ」
 そのサイファーの言葉に、2人がお思いきり顔を顰めた。
 まぁ、そうだろうな、とは思う。
 王宮は王族の住むところで、いくら聖女とは言え、いつまでも王宮で暮らすのはおかしいと俺も思う。
「どこの別邸ですか?」
「安心しろ、瑠璃宮だ」
 アランが答える。
「ああ、あそこならいいか」
 それを聞いて、2人がホッとし、俺は何処だろうと首を傾げる。
「瑠璃宮は王宮のほぼ隣です。歩いて5分くらいの距離ですから、中で繋がっていないだけで、ほぼ王宮ですね」
「そうなんだ…」
 そんなに離れていないとわかって、少しだけ安心した。
「あとな、専属の執事をつけることにする」
 アランが若干顔を顰めて言い、その表情に不思議に思った。
「執事?誰をつけるんですか?」
 ディーがアランの様子に気付き、今現在王宮で執事として働く人を思い浮かべた。
「キースだ」
 サイファーが含みのある言い方をする。
「え!?キース!?」
「いいのか!?アラン!」
 ロイもディーもその名前を聞いてかなり驚き、俺はその声の大きさに驚いた。
「キースが…名乗り出たから…俺は何も…」
 アランがブツブツと独り言のように言い、俺以外が苦笑する。
 何故か微妙な雰囲気に俺は首を傾げた。
「本人の希望もあってキースがショーへーの専属執事になる。
 今は別件で王都から離れているから、戻り次第紹介しよう」
 サイファーが続け、話が終わった。

 自室に戻ると、2人に確認した。
「キースって、どんな人?」
「あー…キースはな」
 ロイが言い淀む。
「アランのね、想い人なんですよ」
 ディーが苦笑しながら答えた。
「へぇ~…って、は?
 想い人って、それってアランが?
 アランの好きな人ってこと!?」
 声が裏返りながら聞くと、ディーが頷いた。
「え!?いいの!?なんで!?」
「本人の希望って言ってましたから、キースが自分からショーヘイさんの執事になるって決めたんでしょうね」
「理由はわかんねーな」
 アランの好きな人が俺の執事になる。
 その意味も理由もわからなくて、混乱する。
 さらに俺に執事がつく意味がわからない。
 ふと思う。

 執事って何をする人だっけ。

 元の世界での生活には当たり前だが執事なんていない。
 さらに周りもいなかった。
 言葉は知っているし、そのイメージもわかるが、実際の執事の仕事については何も知らないことに気付く。

「執事ねぇ…」

 小さく独り言を呟いた。





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