おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜パレードから謁見そして再び囮へ〜

おっさん、謁見する

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 今日もマーサと女性3人の手によって聖女へ変身していく。
 首筋に残るキスマークを、化粧によって綺麗に隠され、顔も色々なものを塗られる。

 女性はこういう化粧を毎日してるんだよな。大変だ…。

 目の前に並ぶ色とりどりのパレット。太さが異なる刷毛。中身がわからないが小瓶が並ぶ様子を見て、髪を引っ張られながらメイクされていく。
 出来上がっていく自分の顔を見ながら、頭の中で詐欺メイクすげえ、と何度も呟いた。

 髪切りたいな…。

 この世界に来る前、確か転勤してすぐの頃に切ったから、かれこれ半年は切っていない。流石に伸びすぎだ。
 前髪は鼻のあたりまで来ているし、耳が隠れるし、襟足も伸び切って、朝起きた時に癖がついて一度濡らさないと直らないくらいだった。
 時間がある時に切ってもらおうと、考えているうちに髪のセットが終わる。

「今日は色々な方にお会いしますから、なるべく髪が邪魔にならないよう、お顔が見えるようにしましたよ」
 マーサが後ろから声をかけ、手鏡を使って合わせ鏡にすると、わざわざ後ろ側を見せてくれる。
 中途半端な長さの髪を無理矢理ハーフアップにしてはいるが、別におかしくはない。顔まわりも髪がかからないから邪魔だと思うこともなかった。
 だが、縛った部分にアクセサリーがつけられていて、髪を縛ることも、ヘアアクセをつけることも慣れなくて、ものすごく違和感を覚えた。



 そして着せられた服がまたすごかった。
 上半身はわりとスッキリして、体のラインがわかるような形であったが伸縮性のある生地で締め付けもなく動きやすい。
 ただ、長袖ではあるが、肩から手首までは所々がレースのような生地で、シースルーのように肌が薄く見える。
 薄い生地で出来たXラインの長いコートのような服に、立っているだけだとロングスカートを履いているように見える。

 ズボンは履いている。
 履いているけど…。

 全身鏡で立ち姿を見て、歩いたりしなければ完全にスカートじゃん、と心の中でため息をついた。
 後ろに控える執事のスーツのような服が本当に羨ましく思った。

「最後にこちらを」
 マーサが見事な刺繍がされたベールを俺に見せた。
 まさに聖女のイメージ通りのベールに、ハハハと笑いを漏らす。
 肩にかけ服に留め、さらにベールの端を両手首にも留めると、昔テレビで見た昭和歌謡の歌手の衣装のようだと、思わず笑ってしまった。
「どうかなさいまして?」
 そんな俺を不思議そうに見るマーサに、ちょっと思い出し笑いを、と答えつつ、手を上げてベールをヒラっとさせ、再び笑ってしまった。

「あの…、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんでしょう」
「聖女様は、こういう服を着ないといけないんでしょうか」
 俺の質問に、マーサや女性達がキョトンとする。
「どこかおかしいですか?」
 何か不都合があったのかと、女性達が足元やベールの留め具を確認しようとする。
「あ、いえ、そうではなくて…。すみません、こういうのは着慣れなくて」
「とてもよくお似合いですわよ。聖女様らしくて」
 女性がニコリと笑い、やはりみんなが想像する聖女はこういう姿なんだと苦笑した。
「もしかして、デザインがお気に召さないですか…?」
 もう1人の女性がピンときたようで、首を傾げる。
「あ、そ、そうなんです…気に入らないわけじゃないんですよ?
 でもなんていうか、もう少し男性的な…その…騎士服が着たいかな、なんて」
 アハハと笑いながら、ロイ達が着ている服がカッコよくて羨ましいと打ち明けた。
「わかりますわ。騎士様、凛々しいですものね」
 女性が頷きながら微笑む。
「そうですね…。それがお望みなら、これからお仕立てする服はそのようにいたしましょうか」
 マーサが微笑む。
「ほんとですか!?やった!」
 思い切り喜ぶと、俺の姿にマーサ達が笑った。
「全てというわけには行きませんが、何着かは騎士服を参考にいたしましょう」

 これで服問題は解決した。
 思い切って言って良かったと、破顔した。



「聖女様、ロイ様がお迎えに参られております」
 フィッティングルームに外からノックされて声をかけられ、マーサが時間を確認する。
「あら、少し早いですわね」
 そう言いつつ、俺を居間の方へ誘い、執事がドアを開けてくれた。
 ロイがフィッティングルームから出てきた俺を見て破顔する。
 ロイもきっちりと白い騎士服を身につけ、赤いマントを羽織っていた。
 あまりにもその姿がカッコよくて、羨ましくて頬を染める。
 ロイが静かに近付き俺の頬へ手を添えてじっと顔をみて少しだけ頬を上気させた。
「綺麗だよ…」
 そのまま顔を寄せられ、キスされそうになった所で、マーサにストップをかけられた。
「後になさいませ」
「いいじゃん、キスくらい」
「ロイ様」
 表情は笑っているが、マーサは今朝のことをまだ怒っているのか、目は笑っていない。
 それでもロイは俺に軽く唇に触れるだけのキスをし、マーサが顔をしかめ、女性達はクスクスと笑った。
「謁見の前にアランが話があるそうだ」
「わかった」
 頷くと、ロイが俺をエスコートする。
「行ってらっしゃいませ」
 部屋を共に出ると、昨日レイブン達と話をした応接室へ向かった。


「おはよう、ショーへー」
 部屋に入ると、アランが1人で部屋に立っていた。
「おはようございます」
 ペコリとお辞儀をして挨拶すると、アランがソファへ座るように促した。
「すまんな、式前に。報告しといた方がいいと思ってな」
 ディーがいないせいで、お兄ちゃんではなく、軍事部門トップの顔で話を始めた。



「聖女教会のことだが一つわかったことがある」
 真剣に見つめられて、頷いた。
「王位を簒奪しようとしている輩の話は聞いたな?」
「はい」
「そいつらと聖女教会。繋がっている可能性が出てきた」
 そう言われて、ピクッと反応した。
「最後のポイントでお前を襲ってきた傭兵集団がいただろう。
 あれは事実傭兵団でな、他国のギルドに所属している」
「翔平を襲うよう雇われてたってことか」
「雇われたのは事実だが、依頼内容が違う。
 まず、薬で操られていたのはリーダーのリザードマンだけだった。
 しかも、一時的なもので拘束されて数時間後には薬が切れ、尋問にも素直に応じたよ」
「騙されたってことか」
「本人が言うにはな。
 薬が切れ、聖女を襲ったという事実を知って青ざめてたよ」
「依頼内容はなんだったんだ」
「逆だったんだよ。聖女を教会から護衛するよう依頼されたそうだ」
 アランの話を聞きながら口元に手を寄せ考える。
「その部下達はおかしいと思わなかったのかな」
 薬を使われていない部下は、リーダーが突然俺を襲ったことを不思議に思わなかったんだろうか。
「それがな、襲う直前までまともだったそうだ。
 あの地点で襲撃が始まった直後に様子がおかしくなって、部下達も撤退するべきだと思った矢先、狂った」
「ああ…、だから部下達もあんな手応えがなかったのか…クラスSのリーダーの部下にしては弱いと思ったんだよな…」
 ロイが7人の部下達が簡単に騎士達にのされたことを思い出す。
 あの時彼らがリーダーに騎士達を近付かせないように守ったのは、リーダーが俺を襲いやすくするように道を作ったのではなく、狂ったリーダーを助けるための行動だったと納得した。
 部下達は襲撃者と勘違いされたと気付いても、あの状況では言葉で訴える暇もなかった。
 そのために動きが鈍くなり、あっさりと騎士達に捕縛された。

「で? それがなんで簒奪者と関係があることになるんだ?」
「彼らに依頼したのは、この国の貴族だったと証言した」
「誰だ」
「それはわからない。
 だが、クラスSの傭兵ともなれば、諸外国訪問の際の護衛として貴族に雇われることもある。
 だから所作や立ち振る舞いを見て依頼主が貴族だと思ったそうだ。
 しかも、報奨金が破格で、大金を出せることからもそう思ったらしい」
「この国だと限定したのは?」
「言葉だよ。発音でこの国だとわかったと」
「優秀だな、あいつ」
 ロイが素直にリーダーを褒める。
「あぁ。いい拾い物をしたかもしれん」
 アランが笑う。
「さらにな、子爵や男爵クラスではなくそれ以上だと言ってた。それについては根拠はないようだが、傭兵の実績や人となりを考慮して、信じてもいいかもしれん」
「伯爵以上か…」
 丸暗記した伯爵以上の名前を思い出す。

 公爵家が3家
 侯爵家が4家
 伯爵家が6家
 辺境伯が1家

 そのうち、ランドール公爵家、イグリット伯爵家は除外出来る。
 第1部隊にいた黒騎士のフィッシャー伯爵家も除外出来るはずだ。
 残り11家。
 
 ベネット家は当主が失脚して現在混乱中。
 だが、今回の聖女教会の計画には参入していなくても、簒奪者側だという疑惑は残る。
 他の貴族達は名前しか情報がないのでわからない。
 昨日ロイが言っていたように、ある程度の地位があって金もあるなら、貴族が該当するし、簒奪しようとする知恵もあるからそれなりの教育を受けているはず。
 それに、1人、1貴族とも限らない。
 ベネットが叙爵を受けるきっかけになった、王弟による王位簒奪未遂事件も、王弟と有力貴族が手を組んでいた。
 今回も貴族が手を組んでいるはずだ。
 11家の内、敵対する家はどのくらいなのか。


 俺がブツブツと貴族の名前をあげているのを聞いて、アランが驚く。
「全部覚えたのか」
「ああ、こいつ、ここに来るまでに、必要だからってディーに教わってた。
 貴族の名前だけじゃない。
 この国の大まかな体制についても勉強済みだ」
 ロイがドヤ顔で自分のことのように自慢げに話す。
 それを聞いて、アランの顔が徐々に歪み、嬉しそうに、楽しそうに笑った。
「そりゃいいや、手間が省けるわ」
 あっはっはと豪快に笑い、ロイがまた何かさせる気かと苦笑した。
「え?何?聞いてなかった」
 考えることに没頭して、笑い出したアランとロイを交互に見つめる。
「ショーへー、お前いいな。ほんといいわ」
「はぁ…どうも…」
 その口調と豪快な笑い方と笑顔がレイブンにそっくりだと思った。

「確かに簒奪者が貴族である可能性は高い。というかほぼ間違いないだろう。
 その点から見れば、簒奪者と教会が関係している可能性はあると思うが、簒奪者が単純に教会の襲撃を利用しただけ、とも考えられるぞ」
「その通りだ。
 簒奪者と教会は全くの無関係ということも考えられる。
 証拠が見つからない以上、一つづつ可能性を潰していくしかない」
 アランがため息のような息をはいた。
「とにかく、ショーへーはその貴族どもを特に注意してくれ。
 何を言われるのか、どういう誘いをかけてくるのか、出来れば細かく記憶して欲しい」
「わかりました」
「子爵、男爵クラスは?」
「この際無視してもかまわんだろ。関わっていたとしても、おそらくはただの取り巻きで下っ端に過ぎん」
「いや、おそらくはそうはならないですよ」
 俺は思ったことを口にする。
「俺に直接誘いをかけてくるのは、むしろ取り巻きの方かもしれません」
「何故そう思う」
「簡単にスケープゴートに出来るからですよ。
 取り巻きが俺を誘って失敗しても、なんの痛手も負わないし、もし上手く行ったのなら取り巻きを通じて接触すればいい」
「うんうん、それで?」
「子爵、男爵家がどの上位貴族の取り巻きなのか、それはわかっているんでしょう?
 なら、簒奪者も絞りやすくなるはずです」
 アランの顔がニマニマと、体がうずうずと揺れる。
「じゃぁ、お前はどうする」
「…誘ってくる子爵、男爵家へ揺さぶりをかけます」
「ショーへー!」
 ロイが怒鳴る。
「いいね、マジでいいわ、お前。サイファーが聞いたら狂喜乱舞するぞ」
 あはははと大声で笑う。
「ショーへー、昨日忠告しただろ!」
 ロイに怒られて、少しだけ凹む。
 ごめんと小さく声に出すが、実際に行動するかは別の話だ、とロイを宥めた。
「そうだな、お前がただのジュノーで聖女なら、頼むかもしれん。
 だが、お前はディーの、ロイの大切な人だ。
 お前の考えはありがたく受け取るが、行動するのは止めてくれ。
 俺がディーとロイに殺されるwww」
 アランが笑いながら言い、ロイがホッと胸を撫で下ろし、俺をジト目で睨んだ。
「勘弁してくれよ…。心配で死にそうだ…」
 はぁーと大きなため息をついて頭を抱えるロイの背中を優しく撫でる。
「ごめん。そんなこと絶対にしないから。
 自分から危険なことに首は突っ込まないって約束する」
「ほんとだな。絶対だぞ」
「ああ」
 そう言ってニコッとロイに笑顔を向ける。
 腕を組んだアランがニマニマと俺たちを眺める。
「ロイ、大切にしろよ」
「言われなくても大切だよ」
「ショーへー、ディーは当然だが、ロイも俺の弟みたいなもんだ。よろしく頼む」
「はい」
「特にディーゼルは繊細だからな、優しくそっと扱ってやってくれ。ロイよりも大切にしてやってくれよ」
「何だそりゃ」
 ロイが呆れ顔で文句を言い、アランの弟溺愛っぷりに声を出して笑った。

「よし、それじゃ行くか」
 アランが立ち上がり、俺たちもそれに倣う。
「10秒待て」
 突然ロイが言うと、いきなりキスされた。
「は…」
 舌を絡ませあい、きっかり10秒後に離される。
「準備よし」
 フンスフンスと鼻息を荒くしたロイに赤くなりながら笑った。



 ロイにエスコートされて、アランの後ろについて進んで行く。
 絨毯の廊下から石造りの廊下へかわり、王宮から王城へ入ると、使用人の姿と王城勤務の人を数人見かけた。
 俺たちに気がつくと、慌てて廊下の端によけて、通り過ぎるまで頭を下げている。
 だが、チラチラと俺を見ているのが、わかった。
 昨日は王城内で働く人の姿は見えなかった。だが、今日は普通にたくさんいる。
 一瞬だけ感知魔法を意識してみると、大勢の人が王城内にいることがわかった。
 どの魔力も特段気にすることもないので、そのまま意識せずに廊下を進む。

「ここで待っててくれ。後で呼びにくる」
 アランに言われて、謁見の間の手前にある控室に案内される。
 中に入ると、グレイがすでに白の騎士服で待機しており、挨拶もそこそこに、昨夜戻れなくてすまん、と謝られた。
「久しぶりの宿舎はどうだった」
「やっぱ落ち着くわw」
 グレイが破顔して、宿舎に戻った後、副官のジンに見つかり、怒られたり泣かれたり大変だったという。
「今度奢ってやらんとな」
「あいつ真面目だからな。お前の分も頑張ってたんだろ」
 ロイが笑い、グレイが頷く。
「お前にも会いたがってたぞ」
 ジンが泣きながらなんでロイを連れてこなかったと文句を言っていたと話す。

 それから謁見式の開始時刻までの短い間で、状況と得た情報をグレイに早口で説明した。
「まだしばらくはお前の側にいられるな」
 グレイが破顔し、俺の頭を撫でる。
 王都についても、4人でいられることに変わりはなく、俺も嬉しくて笑う。

「ショーへー、謁見の間には貴族が勢揃いしてるからな。それに各局のお偉いさん達も」
「あー…だよね…」
 昨日のパレードで大観衆にさらされた時の緊張が蘇る。
 昨日は馬車に乗っていただけだったが、今日は自分で歩くのだ。
 転ばないように気を付けないと。
 と緊張しすぎでおかしな歩き方になりそうだと、小さく体をわざと揺すって体を解す。
「ん?じゃあ、ギルバートさんも、ジュリアさんもいるってこと!?」
「ジュリアはまだ叙爵を受けてないから謁見の間にはいないがな。王都には来てる」
 グレイが少しだけ頬を染めて微笑む。
 そこで気付いてしまった。
「お前、昨晩まさか…」
 俺とロイがじっとグレイを見つめ、グレイがグッと口を真横に結ぶ。
 誤魔化すことの出来ない、素直で純情なグレイに口元が思わず綻んでしまう。
「ぅ…す、すまん」
「何だよ!そういうことかよ!そうならそうと言えよな!!」
 ロイがバンバンとグレイの背中を叩く。
「んで、どうだった?嬢ちゃんとの逢瀬はよぉ…」
 ロイがニヤニヤと笑いながら下世話な質問をするので、ロイの頭をスパンと叩いて、いらん質問をするな、と怒る。
 耳まで真っ赤になったグレイに、大笑いし、本当に幸せそうで心の底から嬉しくなった。
「ギルも来てるぞ、お前に会うの楽しみにしてたわ」
 ロイはすでにギルバートに会ったらしく、ッチと舌打ちをしたが、口元が少し笑っていた。
 それを聞いてますます嬉しくなる。
 緊張が少しだけ和らぎ、なんとかなりそうだとホッとした。
 その時ちょうどドアがノックされて、ディーが迎えに来る。
「お待たせしました」
 ディーが俺の聖女っぷりを見て、頬を染めうっとりとする。
「すみません、10秒だけ時間ください」
 ロイと同じことを言って、ささっと近寄ると、俺の顔を両手で包んで口付ける。
「ん…」
「可愛い…」
 ディーの顔がデレッと歪むと、キュッと俺を抱きしめた所で10秒が経つ。
「準備よし」
 セリフまでロイと同じで、思わず吹き出した。




 ディーにエスコートされて、控室を出ると廊下を進む。
 謁見の間のドアの前に立ち、一度4人で顔を見合わせて、微笑みながら頷く。
 ドア近くの執事にディーが小さく頷くと、ゆっくりと大きな扉が外開きで開かれた。
 完全にドアが開くと、ディーが朱色の絨毯の上を歩き始める。

 ゆっくり、静々と。

 ディーの左肘に手を添えて、少し俯きつつ慎重に前へ進む。
 少しだけ視線を左右に走らせて、左右にズラッと並ぶ貴族達の足元だけを見た。
「聖女様…」
「美しいな…」
「なんと神々しいお姿か…」
 ボソボソと呟く声が聞こえてきて、頭の中で、詐欺メイクですよー、騙されてますよー、と笑う。
 
 確か爵位持ちの家は全部で29。
 その伴侶が最低1人として48。
 各局の重鎮や騎士たち…。
 ざっと100人くらいかな。

 頭の中で人数計算をしつつ、緊張を紛らわせる。
 そうこうしている内にディーが止まったため、俺も止まる。
 左手を離し、そのまま床に片膝をついて、右腕を胸元で押さえつつ頭を下げた。
 隣のディーも、後ろのロイとグレイも同じ動作をしている。
「面をあげよ」
 段上からレイブンの声がする。
 その言葉で4人とも顔をあげて、段上玉座に座るレイブンと、その隣に並ぶサイファー、アラン、ユリアを見つめ、ニコッと微笑む。
 彼らも俺を見て微笑みを返してくれた。
「よくぞ参られた」
 レイブンが大きく滑舌の良いよく通る声で話す。
「聖女ショーヘイ殿、ここへ参る道中で数々の奇跡を成したと聞いている。
 多くのものを治療し、民を救ってくれたこと、誠に感謝する」
 レイブンの言葉に、貴族達の中でほんの少しだけざわつきが起こった。
「ディーゼル・サンドラーク王子、獣士団第2部隊長グレイ、ロイ。
 聖女を護衛し、よくぞ連れ帰った。長旅ご苦労であったな」
「っは」
 レイブンが玉座から立ち上がると、自ら数段の階段を降りてくる。
 それだけで貴族達がざわついた。
 俺たちの前に来るのを待つ間、再び頭を下げて待機する。
「お立ちくだされ」
 頭上から言われ、レイブンの手を借りて立ち上がる。
 そのまま両手をレイブンに取られたまま、間近にいる王の顔を見上げた。
「民を救ってくれたことに、是非礼がしたい。
 何か欲しいものはあるかね?」
「え…?」
 その言葉にキョトンとした。
 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったため、心の中で、聞いてないよ、と狼狽えた。
「…いりません」
 すぐに答えた。
 それは本当だった。

 俺はジュノーで、この国に保護される。
 衣食住を与えてくれて、これから何不自由なく生きていけるのだ。
 これ以上何を望むというのか。
「遠慮しなくてもいい、何か欲しいもの、したいことがあれば言うが言い」
 レイブンがニヤリと笑う。
 その顔を見て、彼の思惑にピンと来た。
「…それでは…申し上げます」
「うむ」


「聖女以外の、仕事を、ください」


 微笑みながら、はっきりと大きな声で言った。
 その言葉に、レイブンが満足そうに、だが今にも笑い出しそうに、思い切り笑顔になる。

「仕事とな? それで良いのか」
「はい」
「わかった。聖女以外の仕事を用意しよう」
 レイブンの言葉に、貴族達のざわめきが大きくなる。
 俺も、笑いそうになる。

 チラッと、段上にいるディー達の兄妹を見ると、サイファーはニヤニヤと口元を歪ませ、アランは肩を震わせて笑いを堪えていた。ユリアもニコニコと微笑んでいる。
 だが、隣にいるディーや後ろのロイやグレイの気配から、彼らは苦笑していることがわかった。

 どうやら、俺の言ったことは正解だったと、安心する。



 俺は今ここに聖女として立っている。
 聖女の仕事は、人々を治療し、癒すこと。
 それ以上何もない。

 だが、俺はジュノーだ。
 ジュノーだと公表することなく、その知識を伝えるには、聖女以外の役割を与えられなくてはならない。
 今ここでその役割を望んだことで、ジュノーだとバレることなく、色々な発案が出来るし、聞き入れてもらうことが出来るようになったのだ。
 全貴族が揃っている今ここで許可を得て、認めてもらうことが、手っ取り早い、という思惑なのだろうと思った。

「ショーヘイ殿、我が国民のため、どうかお力添えを」
 レイブンが俺の手にキスをし、俺は半歩下がった後、丁寧に深々とお辞儀した。
「サンドラーク公国にこの身を捧げることをお誓い申し上げます」
 そう挨拶すると、どこからともなく拍手が起こった。
「聖女様!」
「素晴らしい!」
「聖女様!どうか癒しを!!」
 口々に貴族達の声が聞こえる。
 その拍手の中、軽く貴族達へ貴族流の会釈をしつつ、ディーのエスコートで退場する。
 静々と歩き扉を抜け、4人とも一言も発しないまま、控室ではなく自室へ戻った。



「はああぁぁぁぁぁ~」
 ぐったりと体を投げ出して、ソファに沈み込む。
「お疲れ様でした」
 ディーがクスクスと笑う。
「疲れたぁ~。緊張して口から心臓飛び出るかと思ったぁ」
「それにしても、仕事をください、かww」
 ワハハとグレイが笑う。
「上手いこと考えたなー」
 ロイもゲラゲラと笑った。
「あんな質問をするなら、最初から言っといてくれればいいのに」
 ディーが1人文句を言った。
「まぁ、あれだ、試されたんだな、俺は」
 何度もはあぁぁとため息をついて、一つの山場が終わったことに安堵する。
「えっと、午後からはお貴族様たちに会うんだっけ?」
「ええ。アランから聞きましたよ、聖女教会の話」
 謁見式の前にアランと話した内容を聞いたとディーが渋い顔をした。
「これから会う貴族には、ほんと気を付けてくださいね」
「ああ」
「さっきの謁見式の内容も踏まえて、貴族達が目の色変えてお前を狙ってくるぞ」
「だな。簒奪者の件は抜きにしても、あの手この手で近付こうとしてくるからな」
「うん…」
 ヘロヘロと力が抜けた状態で返事をしつつソファに埋もれる。
 その時ノックされ、どうぞと答えると執事が先に顔を出した。
「ランドール公爵がお見えになっておりますが、いかが致しますか?」
「会います」
 ガバッと起き上がると、久しぶりに会う数少ない知り合いに嬉しくなって即答した。
 だが3人は、特にロイとディーは、目に見えて嫌な顔をした。

「ショーヘイ君、久しぶりだね」
 姿を現したギルバートが、3人へ目もくれず俺に近寄ると、すかさず抱きしめた。
「ランドール卿、ご無沙汰しております」
 ギュウッと抱きしめられて、いささか腰が引けたが、その腰を抑えられて、より体を密着させられる。
「あ、あの」
「いやぁ、すっかり聖女様が板について…」
 ギルバートの手が背中を、腰を、お尻を撫でる。
「ちょ、ランド…」
 流石に体を弄られるのはいかがなものかと、体を離そうとするが、顎をクイと持ち上げられた瞬間、口付けられた。
「!!ギル!てめ」
「ギル様!」
 ロイとディーがウガッとギルバートへ掴みかかるが、ギルバードは俺の唇を奪ったまま、クルクルとダンスするかのように、2人の手をかわす。
「…はぁ…」
 しっかりと舌を絡め取られ、濃厚なキスが離れると、ギルバートの巧みな舌技に吐息を漏らした。
「ショーヘイ君、色っぽくなって…。腰周りも少し丸くなったのではないですか?」
 さわさわと両手で腰からお尻まで弄られ、ゾクゾクと快感が背筋を這い上がる。
「ご、ご冗談を…」
 真っ赤になりながら、そっとギルバートの胸に手を当てて押し返すと、すっと離れて行きホッとした。
「ギルバートぉぉぉ」
「ギル様あぁ」
 ロイとディーがメラメラとジェラシーの炎を背後に燃え上がらせて睨みつける。
「おや、いたんですか」
 クスクスと笑うギルバートのわざとらしい言い方に、2人が簡単にキレる。
 が、一瞬でギルバートに腕を掴まれて関節技をかけられて動きを封じられた。
「まだまだですね」
 汗一つかかず、一切服の乱れもなく、2人を這いつくばらせて楽しそうに笑うギルバートに苦笑した。

 ギルバートが俺を振り返り、全身を視線で嬲るように見る。
 それだけで、悪寒に近い快感が駆け抜け、その強さはもちろんだが、彼の醸し出す800年分の蓄積された色気にあてられた。



 本気で貞操の危機を感じて、自分の体を抱きしめた。
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