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王都編 〜パレードから謁見そして再び囮へ〜
おっさん、再び囮になる
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応接室のような部屋で、ディーの家族に対面した。
聞いていた通り、ディーを溺愛する3兄妹と、ディーにあてられた手紙から豪快な性格だと思った王である父親が目の前にいる。
ディーとの約4ヶ月ぶりの再会に、兄妹達はディーを抱きしめ、頭を撫で、顔を擦り寄せる。
「もういい加減にしてくださいよ」
ディーがうんざりとした表情で兄妹達に苦情を言うが、それをどこ吹く風と言わんばかりにディーにまとわりつく。
「これ以上やると嫌いになりますよ」
ディーが真顔で兄妹達に言うと、3人ともパッと手を離した。
そんな4兄妹を見て、クスッと笑う。
俺は一人っ子だったから、兄妹が羨ましいと素直に思った。
特に、妹のユリアがとても可愛くて、こんな妹がいればいいなあと、心から思った。
「サイファー、ユリア、父上も。挨拶がまだでしょう」
家族の面々に注意する。
「これは申し訳ない」
サイファーがハッとして、コホンと咳払いをすると、今までまるで眼中になかった俺に向き直る。
「失礼いたしました。
サイファー・サンドラークです。
弟がお世話になりました」
至極まともに挨拶され、跪くことはなかったが、腰からお辞儀しつつ俺の手を取り口付ける。
ディーと同じ銀髪だが少し癖がある肩まで伸ばした髪をハーフアップにしていた。
かなり長身で挨拶が終わった後に背筋を伸ばした彼を見上げ、ニコリと笑った。
「ユリアです」
ピンク色のドレスのスカートを摘み、綺麗なカーテシーをする。さらりと長いストレートの金髪が肩から落ちて、とても良い香りがした。
その姿が愛らしく、とても暗部を統括するようには見えなかった。
「初めまして、サイファー様、ユリア様。そして国王陛下。
ショウヘイ・シマダと申します。
ディーゼル殿下に助けていただき、守ってくださったこと、大変感謝しております」
アランにしたように、貴族流の挨拶をする。
3人はその挨拶を見て微笑む。
「ワシがディーの父、レイブン・サンドラークだ」
王は手へのキスではなく、握手を求めてきた。
その大きな手を握ると、そのゴツゴツした手の感じと、服を着ていてもガッチリした体型だとわかる。第1部隊にいた近い年齢の騎士となんら遜色がない。
おそらく王自らも武人であると理解した。
長めの金髪を後ろで軽く束ね、緩やかなウェーブのかかった髪は少し白髪が混ざっていて、十分に貫禄がある風貌だった。
「ショーへー兄様とお呼びしてもでいいですわよね?」
挨拶が終わってすぐにユリアが話しかけてくる。
「もっとお話したいのだけれど、どうしても外せない用事があって」
ユリアが悲しそうに小さく微笑むと、俺に近付き、ハグをしてくれた。
女性に抱き付かれて、赤面しつつ、嬉しいとニヤついてしまう。
「ディー兄様をよろしくお願いします。また近いうちにゆっくりと」
間近で下から見上げられて、本当に可愛いな、と思ったが、それは一瞬だけだった。
小さい声で、
「ぜひ兄様達のいない所でお話ししたいわ」
ポソっと早口で言われて、その言葉と声にゾクッと背筋を冷たいものが走った。
目を細めた美しい顔で微笑まれ、その目の奥が笑っていないことに気付く。
その目に、彼女の本当の姿を見たような気がした。
「それではお先に失礼します。
ディー兄様、お帰りなさい」
ディーにハグをして頬にキスをすると、ディーが少しデレた。
可愛い妹にそんなことをされるんだから、デレて当然だと思うが、彼女の本性をチラリと垣間見た後で、少しだけ複雑な気持ちになった。
「俺も後処理があるから行くわ」
パレードの、襲撃者の後始末があるのだろう。彼自身があのコースを作り、騎士達を采配した。
彼が立案した作戦はほぼ完璧だった。最終地点での信者の数が予測よりも多かったくらいで、一般人を巻き込む事は一切なく、さらに襲撃があったことすらバレていない。
今現在、各地点で確保された信者達、数名のスパイや暗殺者達の回収作業が行われているはずだ。
彼はこれからたくさんの報告を受け、対処していかなければならない。
それがわかっているから、若干顔が引き攣り憂鬱そうな表情をしていた。
「それじゃ、また後で」
アランとユリアが揃って部屋を出て行き、レイブンとサイファーが俺たちに向き直る。
「立たせたままで悪いな。座ってくれ」
サイファーが俺たちにソファを勧め、当然のようにロイとディーにはさまれて、体が沈み込みそうなくらいふかふかのソファに座った。
グレイも向かいのソファに座り、レイブンが自席に戻ると、サイファーは王の横に立つ。
「改めて、よく来てくれた。ショーへー」
レイブンがニコニコと話しかけてくる。
「4ヶ月前、ロマがジュノーを見つけたと報告してきて、すぐに受け入れ準備を始めたんだが、その会議の最中に転移魔法陣破壊の報が入ってな」
レイブンが当時の状況を説明する。
「事が急を要すると判断してすぐに騎士達を派遣したんだが…」
「ロイが1人で守っていると聞いて、ディーゼルとグレイがすっ飛んで行きよったわ」
レイブンがその時の2人の素早い行動を思い出したのか、クックッと笑い声を漏らす。
「あらかた黒から報告は受けているが、何せ事後報告だからな。
改めて何があったのか報告してもらえるか」
サイファーが言い、グレイの隣に座ると聞く体勢に入った。
4人で目を見合わせて、まずは俺からこの世界に来た時とロイに助けられた時の話から始めた。
まだディーとグレイが到着する前、スペンサーに襲撃されて俺が魔力暴走を起こしたことをロイが報告し、2人が合流してからの話をディーが詳しく説明した。
たっぷり4時間ほどかけて、約4ヶ月の行程の全てを話し終える。
途中、メイドが何度か飲み物や食事を運んできて中断もしたが、報告を受ける間、レイブンもサイファーも何も言わず、じっと聞いていた。
「なかなかに濃いな」
2人とも、黒騎士からの報告を受け、ある程度の流れは把握していたが、何度も死にかけた俺に同情の目を向ける。
「ジュノーであるが故に狙われる、か…。おそらく今後も何かしらあるだろうな」
サイファーが呟き、絶対に何かあるとフラグを立てられたような気がして、苦笑する。
「ほんと大変だったなぁ…」
レイブンがしみじみと俺の顔を見て同情してくる。
「ディーゼル、ロイ、グレイ。よくぞショーへーを守り抜いた。
何か褒美を考えんとな」
レイブンが何がいいかな、とウキウキと考え出したが、ディーがすぐにその褒美について口を出す。
「褒美なんかいらない。
手紙で連絡したでしょう?
私はすぐにでも婚約を公表したい。
父上もショーヘイさんが私の伴侶になることに賛成なのでしょう?」
「それは大賛成だ。願ってもない」
「じゃぁ…」
「ディーゼル落ち着け。これは個人の問題だけではないのだ」
「なんだ、またショーへーを利用するのか」
ロイが怒りを含んだ声を出す。
そのロイの言葉に、レイブンもサイファーも肯定も否定もしないことで、3人が苛立ち始めた。
だが、俺は薄々と正式な謁見の前に面会をした理由がこれだと気付き始めていた。
「これ以上ショーヘイさんに何をさせるおつもりなんですか。
もう充分でしょう」
ディーが父と兄に食ってかかる。
「ディー…」
サイファーが口をはさもうとしたが、ディーがさらに被せる。
「ショーヘイさんを政治に利用するつもりですか。
この世界に来て右も左もわからないのに、彼にこれ以上辛い思いをさせるんですか!」
はっきりとディーが怒っている。
「ディーゼル、王族としてショーへーを伴侶に迎え入れるわけではなく、心から愛しているのか」
「そうですよ!手紙にそう書いたでしょう!?」
ディーが怒鳴る。
3人が怒っているのが、その魔力でわかる。
確かに今まで散々狙われて、命の危機に晒されて、怒るのは当然かもしれない。
3人の、俺を狙う輩を少しでも減らしたいという気持ちがヒシヒシと伝わってきて、彼らには悪いが、嬉しくなって小さく微笑んだ。
「あの…いいですか…?」
小さく手を上げて発言の許可を求めた。
「公表しないことで、何かを…誰かを誘き出したいんですね…?」
静かにそう言った。
レイブンとサイファーが目を見開き、すぐに逆に目を細めて俺を見る。
「申し訳ない。その通りだ」
サイファーがため息をつく。
「貴方達はまたショーヘイさんを囮に!!」
カッと頭に血が上ったディーが立ち上がるとサイファーに殴りかかる勢いを見せる。
「ディー、落ち着け」
そんなディーを手で制して座らせる。
「今から話すことは、上層部でもごく一部の者しか知らん」
レイブンが低い声で言った。
「王位簒奪を計っている者がいる」
短く簡潔に事情を説明する。
「どこの誰が」
ディーの声が若干怯む。
「それがわかれば苦労はせんよ」
レイブンが苦笑いしつつ、椅子の背もたれに体を預けて力を抜いた。
「ジュノーを奪い手に入れ、今の我々には国を治める資格がない、とまあそういう狙いがあるらしい」
「たったそれだけで今の体制がひっくり返せるとでも?」
ロイが言った言葉に俺も同意する。
たかがジュノー1人を手に入れて何が出来るというのだろう。
ジュノーはその知識は役に立つかもしれないが、国の統治とは全く関係がない。
「それが、そうとも言えんのだよ。ショーへーはジュノーであり、聖女だからな」
あ、と気付く。
パレードを経験して、聖女がいかに民衆に支持されて、圧倒的人気を集めているのかがよくわかった。
「聖女に王家を批判させるのか」
ロイも気付く。
「おそらくそうだろう。
聖女という存在は、絶対的な善だ。
その善なる存在を脅かす存在として王家を告発したいのだろう」
数ヶ月前に、俺が自分で考えた筋書きを思い出す。
イグリットで俺はわざとデニスに手を出させるように煽った。聖女に害をなすという行為は、この世界ではかなり重いタブーだと知ったからだ。
その時の筋書きを、今度は誰かがサンドラーク家に使おうとしている。
「…手に入らないなら殺せ、あれはそういう意味ですか…」
ディーが呟き、俺も考える。
聖女がサンドラーク家に味方すれば、今の王家はますます安泰し、簒奪は非常に困難になる。
そうなる前に奪いたい。
だから、奪えないなら殺せ。
俺が殺されれば、
聖女を守れなかった王家。
聖女を殺した王家。
サンドラーク家をスケープゴートに仕立て上げて訴追出来る。
要するに、王位を簒奪するために聖女を奪うか、もしくは殺す。そのことは決定しているのだ。
「それなら尚更聖女は王家に嫁ぐと公表すれば…」
ディーが少し冷静さを失っているのか、焦ったように言った。
「ディー、到着早々に公表すれば、その敵さんは、聖女を手籠にした、聖女を利用する気だって噂を立てるよ」
俺がそう言うと、ディーが黙り込む。
このくらい、ディーなら気付くはずだが、かなり動揺しているのかいつものディーとは違ってかなり鈍くなっていると感じた。
4ヶ月の道中で、聖女を手籠にした、聖女を洗脳した。
言い方はなんだっていい。王都についてすぐに関係を公表することは、批判の種になるということだ。
「ロイ、悪いがお前との関係も公表できない」
サイファーがロイにも言い、ロイは思い切り嫌な顔をする。
それはそうだろう。ロイは王家の人間ではないが、英雄と呼ばれるだけあって、王家側の人間だ。
ロイが深いため息をついて脱力し、背もたれに後頭部を預け、ふんぞり返る。
「でもよ、もうすでに3人が付き合っていることは、俺も含めてかなりの人数が知ってる。
それはどうするつもりですか?」
グレイがサイファーに確認する。
「それは別に構わんよ。
ディー、すぐに公表をしないと言ったが、いずれはきちんと発表するつもりだ。
ただ、少し待ってくれ、という話なんだ」
サイファーががっくりと項垂れる可愛い弟を慰めるようにフォローする。
「そうだぞ、ディー。
お前らがそのピアスをつけている時点で、気付いている者も多い」
レイブンがニコニコと俺たちのペアピアスをじっと見て笑う。
「それって意味ありますか?
結局は聖女を丸め込んだと言われることになるんじゃ…」
グレイがわからない、という顔をした。
「グレイ、要するにさ、ピアスをつけていても、俺たちはまだ結婚とかそこまで考えていないってことをアピールしたいんだよ。
俺はまだ誰も選んでいない。
まだつけいる隙がありますよって」
「それをさせたくないから公表したかったのに」
ディーが顔を両手で覆う。
「ディー、そう言うな」
ディーが俺を思ってくれているのはよくわかる。
だが、レイブンやサイファーも同じように俺のことを考えてくれているのがわかった。
「奪えないなら殺せ。
公表すれば、奪えないことが決定的になる。殺される確率が格段に跳ね上がるってことだよ」
俺の言葉にディーが顔を上げた。
ここでようやっと気付いたようだ。
「噂を立てられても、噂は噂だ。真実じゃないからどうにでもなる。
だけど、婚約、結婚の公表は、逆に俺の首を絞めることになる。
そういうことですよね?」
レイブンとサイファーへ視線を送った。
「その通りだ。理解が早くて助かる」
レイブンがにこやかに言った。
「敵がどこの誰だかわかっていない以上、ショーへーを狙う奴を監視して、徹底的に調べるしかないんだ」
「逆に、判明したらすぐにでも公表するぞ。うちの嫁に手を出すなとな」
ガハハとレイブンが笑う。
「全くわかっていないんですか…?」
ディーがどんよりとした表情で聞く。
「候補はいる。徐々に絞り込んではいるが、決定的な証拠が見つからない」
サイファーが顔を顰めた。
「王位簒奪なんて、そう簡単に出来るわけじゃない。おそらくここ数ヶ月の話じゃなくて、何年もかけて準備してきたはずだ。
金も地位もある奴じゃないと無理だな」
ロイが呟き、チラリとサイファーを見るが、サイファーは苦笑するだけで何も答えなかった。
今のロイのセリフで、ディーが一瞬で該当するような人物を思い浮かべるが、何も言わずに、口を結んだ。
「ディーゼル、ロイ、悪いな」
レイブンが静かに言う。
「ショーへーを囮にする形になって申し訳ない。
だが、今はこうするしか方法がないのだ」
本当に申し訳ないと思っているのだろう。レイブンの表情がそう言っていた。
「すまんが、ショーへーと2人で話がしたいんだが、少し時間をもらえるか?」
突然レイブンが言った。
4人で顔を見合わせ、俺以外は思いきり顔を顰める。
「親父さん、ショーへーに何かする気じゃないだろうな」
ロイが言うと、レイブンは何もせんよ、と答え、2、3分でいい、と付け加えた。
仮にも王からの願いで、渋々ながらも了承して3人がソファから立ち上がると、俺を気にしながら、サイファーも部屋を出る。
「2分ですよ。2分経ったら戻りますからね」
ディーが念を押しながら部屋を出た。
「3分にしてくれ」
レイブンが笑いながら手を振る。
全員出て行き、王と2人きりになった。
「ショーへー。お前が大人で、物事を考えられる人物で良かったと思う。
たった4ヶ月前にこの世界に来て、この国しか知らないのに、我が国の政治的事情に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」
レイブンが言いながら立ち上がると、深々と頭を下げた。
「や、やめてください!」
慌てて立ち上がって、頭を下げるレイブンを止めさせようと狼狽えた。
国を統治する王が頭を下げるなんて、あり得ないことだと理解している。
それは元の世界でも同じことだからよくわかる。
「ワシは、この国を守りたいのだ。
今は亡き我が妻、ソフィアが愛したこの国を。ソフィアの子供達を守りたいのだ」
レイブンが頭を上げ、じっと俺を見つめる。
「ディーゼルがお前に惚れた理由がよくわかる」
じっと緑色の目に見つめられて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうな錯覚をおこす。
「ショーへーは、ソフィアに似ている」
「え?」
「姿形ではなく、雰囲気というのかな。優しそうなのだが、芯があるというか…頑固というか…」
言葉にするのが難しいのか、レイブンが頭を掻く。
「とにかく、そばに居ると落ち着く。一緒にいて安心するような…」
うーんと腕を組んで言葉を探している姿にクスッと笑った。
「ああ、その笑顔も。
ソフィアも人を包み込むような優しい笑顔をよくしていた」
レイブンも破顔した。
「ショーへー。ディーゼルをよろしく頼む。ロイも、あれは我が子同然だ。
どうか2人を愛してやって欲しい」
レイブンの笑顔に、鼻の奥がツンとして、ジワリと涙が出てきた。
王といえど、人の親。
子供の幸せを願わない親はいない。
それは、世界が変わっても同じで、その常識は共通だとわかった。
「俺は…俺の意思でここにいます。どうか巻き込んだなんて思わないでください。
俺は、ディーゼルを、ロイを、心から愛しています」
溢れそうになる涙を拭い、レイブンの目を見てはっきりとそう言った。
拭ったつもりの涙が一筋落ち、レイブンが優しく、嬉しそうに微笑むと、そっと俺を抱きしめてくれた。
「ワシに、もう1人息子が出来た」
そう言って笑い、頭を撫でてくれる。
その言葉に、ずっと思い出さないようにしていた両親のことを思い出し、小さい頃、父親に抱きしめられた記憶が蘇って、思わず泣いてしまった。
「あ!何やってんですか!!」
ガチャリときっかり3分後にドアを開けたディーが叫び、ロイもドカドカと部屋に入ってくると、レイブンから俺を引き剥がす。
「泣かせるなんて何したんですか!!」
「なんかされたのか!?」
2人が俺の体を撫で、触り、俺を抱きしめる。
「何もしとらんよ」
レイブンが両手をあげて何もしてないとアピールする。
「何もされてないよw」
涙を拭って笑いながら答えて2人を宥める。
「さて、今日はもう終わりだ」
パンとサイファーが手を叩く。
「一緒に夕食を、と言いたいところだが忙しくてな」
レイブンが自席に戻ると、積み上げられた書類にうんざりする。
「マーサが部屋でショーへーを待ってる。案内してやってくれ」
今朝、王城で待っていると言っていたマーサの名前が出て、少し嬉しくなった。
4人で部屋を出て、ディーが廊下を進みながら案内してくれる。
ここはもう王宮の中で、それぞれの執務室や私室、来客用の部屋、王族と客のみが入ることの出来る場所だった。
ここに来る時、石造りの廊下から絨毯の廊下へと変わったのは、王城から王宮への境目だったと教えてくれた。
その境目には許可した者しか入れないように魔法がかけられており、王城で勤務する各局員は勝手に入ることは出来なくなっているという。
「俺の部屋もあるんだ」
ロイは王族でもないのに、専用の部屋が用意されていると聞いて、数年間、王宮やロマの家、ギルバートの邸宅の好きな所で寝泊まりしていたと笑った。
まずロイの部屋を教えてもらい、そこから斜め向いがディーの部屋だった。
上の階にアランとサイファー、さらにその上にレイブンとユリアの私室があると聞いた。
「ショーヘイさんは、私たちと同じ階ですよ」
「グレイは?」
「俺は獣士団の宿舎に戻る。もう4ヶ月帰ってないからな。一度戻りたい」
「こっから近いのか?」
「20分くらいだ。走ればすぐに来れる距離だから安心しろ」
グレイは今までも騎士達の宿舎で生活していたという。
そこには独身の騎士達が共同生活をしており、寮のようなものかと、今度遊びに行きたいと申し出た。
「いつでも来い」
グレイが笑顔で答える。
ディー達と同じフロアの最奥に俺に用意された部屋があった。
部屋の前に今朝まで一緒にいた執事が立っており、俺たちの姿を見てホッとした表情を見せ、にこやかに笑った。
「お帰りなさいませ」
頭を下げて出迎えてくれた執事にドアを開けてもらうと中に入る。
目が眩むかと思った。
今まで見たどんな部屋よりも豪華で、広い部屋に圧倒される。
今まで一人暮らしをしていたアパートの部屋の、軽く3~4倍はありそうだと、ドアの前で口を開けて呆けてしまった。
「まぁまぁまぁ、お疲れ様でございました。ご無事で何よりでございます」
朝と同じ姿のマーサ達が部屋で出迎えてくれる。
「お疲れでございましょう?
早速湯浴みして、マッサージいたしましょうね」
ニコリと微笑むマーサに、俺は守られていただけで、何も疲れてなんていないんだけど、と心の中で呟く。
「俺たちも一旦部屋に戻るわ。
いいかげん、アーマーを脱ぎたい」
「マーサ、ショーヘイさんの準備が終わったら呼びに来てもらえますか?」
「かしこまりました」
「それじゃショーヘイさん、また後で」
そう言って、俺を置いて3人が出て行くと、いつぞやと同じように浴室に連れて行かれ、裸にひん剥かれて丁寧に綺麗に洗われた。
この介護状態はいつまで続くんだろうと、マッサージを受けながら考えていたが、マーサのマッサージが気持ち良すぎて表情筋がついついほころんでしまう。
明日は謁見式だと言うが、どんなことをするんだろうと、何も説明を聞いていないことを思い出す。
謁見式が終わったら、次は何をするのか。
さらに、王都にいるはずのロマにも会えていない。
先ほどのレイブンの話。
王位簒奪を狙う何者かがいること。
婚約発表を先延ばしにすることで起こる弊害。
聖女教会を誘導した人物。
一気に入り込んできた情報に、考えることは山積みだったが、マッサージの気持ち良さに、今は考えるのを止めようと身を委ねた。
聞いていた通り、ディーを溺愛する3兄妹と、ディーにあてられた手紙から豪快な性格だと思った王である父親が目の前にいる。
ディーとの約4ヶ月ぶりの再会に、兄妹達はディーを抱きしめ、頭を撫で、顔を擦り寄せる。
「もういい加減にしてくださいよ」
ディーがうんざりとした表情で兄妹達に苦情を言うが、それをどこ吹く風と言わんばかりにディーにまとわりつく。
「これ以上やると嫌いになりますよ」
ディーが真顔で兄妹達に言うと、3人ともパッと手を離した。
そんな4兄妹を見て、クスッと笑う。
俺は一人っ子だったから、兄妹が羨ましいと素直に思った。
特に、妹のユリアがとても可愛くて、こんな妹がいればいいなあと、心から思った。
「サイファー、ユリア、父上も。挨拶がまだでしょう」
家族の面々に注意する。
「これは申し訳ない」
サイファーがハッとして、コホンと咳払いをすると、今までまるで眼中になかった俺に向き直る。
「失礼いたしました。
サイファー・サンドラークです。
弟がお世話になりました」
至極まともに挨拶され、跪くことはなかったが、腰からお辞儀しつつ俺の手を取り口付ける。
ディーと同じ銀髪だが少し癖がある肩まで伸ばした髪をハーフアップにしていた。
かなり長身で挨拶が終わった後に背筋を伸ばした彼を見上げ、ニコリと笑った。
「ユリアです」
ピンク色のドレスのスカートを摘み、綺麗なカーテシーをする。さらりと長いストレートの金髪が肩から落ちて、とても良い香りがした。
その姿が愛らしく、とても暗部を統括するようには見えなかった。
「初めまして、サイファー様、ユリア様。そして国王陛下。
ショウヘイ・シマダと申します。
ディーゼル殿下に助けていただき、守ってくださったこと、大変感謝しております」
アランにしたように、貴族流の挨拶をする。
3人はその挨拶を見て微笑む。
「ワシがディーの父、レイブン・サンドラークだ」
王は手へのキスではなく、握手を求めてきた。
その大きな手を握ると、そのゴツゴツした手の感じと、服を着ていてもガッチリした体型だとわかる。第1部隊にいた近い年齢の騎士となんら遜色がない。
おそらく王自らも武人であると理解した。
長めの金髪を後ろで軽く束ね、緩やかなウェーブのかかった髪は少し白髪が混ざっていて、十分に貫禄がある風貌だった。
「ショーへー兄様とお呼びしてもでいいですわよね?」
挨拶が終わってすぐにユリアが話しかけてくる。
「もっとお話したいのだけれど、どうしても外せない用事があって」
ユリアが悲しそうに小さく微笑むと、俺に近付き、ハグをしてくれた。
女性に抱き付かれて、赤面しつつ、嬉しいとニヤついてしまう。
「ディー兄様をよろしくお願いします。また近いうちにゆっくりと」
間近で下から見上げられて、本当に可愛いな、と思ったが、それは一瞬だけだった。
小さい声で、
「ぜひ兄様達のいない所でお話ししたいわ」
ポソっと早口で言われて、その言葉と声にゾクッと背筋を冷たいものが走った。
目を細めた美しい顔で微笑まれ、その目の奥が笑っていないことに気付く。
その目に、彼女の本当の姿を見たような気がした。
「それではお先に失礼します。
ディー兄様、お帰りなさい」
ディーにハグをして頬にキスをすると、ディーが少しデレた。
可愛い妹にそんなことをされるんだから、デレて当然だと思うが、彼女の本性をチラリと垣間見た後で、少しだけ複雑な気持ちになった。
「俺も後処理があるから行くわ」
パレードの、襲撃者の後始末があるのだろう。彼自身があのコースを作り、騎士達を采配した。
彼が立案した作戦はほぼ完璧だった。最終地点での信者の数が予測よりも多かったくらいで、一般人を巻き込む事は一切なく、さらに襲撃があったことすらバレていない。
今現在、各地点で確保された信者達、数名のスパイや暗殺者達の回収作業が行われているはずだ。
彼はこれからたくさんの報告を受け、対処していかなければならない。
それがわかっているから、若干顔が引き攣り憂鬱そうな表情をしていた。
「それじゃ、また後で」
アランとユリアが揃って部屋を出て行き、レイブンとサイファーが俺たちに向き直る。
「立たせたままで悪いな。座ってくれ」
サイファーが俺たちにソファを勧め、当然のようにロイとディーにはさまれて、体が沈み込みそうなくらいふかふかのソファに座った。
グレイも向かいのソファに座り、レイブンが自席に戻ると、サイファーは王の横に立つ。
「改めて、よく来てくれた。ショーへー」
レイブンがニコニコと話しかけてくる。
「4ヶ月前、ロマがジュノーを見つけたと報告してきて、すぐに受け入れ準備を始めたんだが、その会議の最中に転移魔法陣破壊の報が入ってな」
レイブンが当時の状況を説明する。
「事が急を要すると判断してすぐに騎士達を派遣したんだが…」
「ロイが1人で守っていると聞いて、ディーゼルとグレイがすっ飛んで行きよったわ」
レイブンがその時の2人の素早い行動を思い出したのか、クックッと笑い声を漏らす。
「あらかた黒から報告は受けているが、何せ事後報告だからな。
改めて何があったのか報告してもらえるか」
サイファーが言い、グレイの隣に座ると聞く体勢に入った。
4人で目を見合わせて、まずは俺からこの世界に来た時とロイに助けられた時の話から始めた。
まだディーとグレイが到着する前、スペンサーに襲撃されて俺が魔力暴走を起こしたことをロイが報告し、2人が合流してからの話をディーが詳しく説明した。
たっぷり4時間ほどかけて、約4ヶ月の行程の全てを話し終える。
途中、メイドが何度か飲み物や食事を運んできて中断もしたが、報告を受ける間、レイブンもサイファーも何も言わず、じっと聞いていた。
「なかなかに濃いな」
2人とも、黒騎士からの報告を受け、ある程度の流れは把握していたが、何度も死にかけた俺に同情の目を向ける。
「ジュノーであるが故に狙われる、か…。おそらく今後も何かしらあるだろうな」
サイファーが呟き、絶対に何かあるとフラグを立てられたような気がして、苦笑する。
「ほんと大変だったなぁ…」
レイブンがしみじみと俺の顔を見て同情してくる。
「ディーゼル、ロイ、グレイ。よくぞショーへーを守り抜いた。
何か褒美を考えんとな」
レイブンが何がいいかな、とウキウキと考え出したが、ディーがすぐにその褒美について口を出す。
「褒美なんかいらない。
手紙で連絡したでしょう?
私はすぐにでも婚約を公表したい。
父上もショーヘイさんが私の伴侶になることに賛成なのでしょう?」
「それは大賛成だ。願ってもない」
「じゃぁ…」
「ディーゼル落ち着け。これは個人の問題だけではないのだ」
「なんだ、またショーへーを利用するのか」
ロイが怒りを含んだ声を出す。
そのロイの言葉に、レイブンもサイファーも肯定も否定もしないことで、3人が苛立ち始めた。
だが、俺は薄々と正式な謁見の前に面会をした理由がこれだと気付き始めていた。
「これ以上ショーヘイさんに何をさせるおつもりなんですか。
もう充分でしょう」
ディーが父と兄に食ってかかる。
「ディー…」
サイファーが口をはさもうとしたが、ディーがさらに被せる。
「ショーヘイさんを政治に利用するつもりですか。
この世界に来て右も左もわからないのに、彼にこれ以上辛い思いをさせるんですか!」
はっきりとディーが怒っている。
「ディーゼル、王族としてショーへーを伴侶に迎え入れるわけではなく、心から愛しているのか」
「そうですよ!手紙にそう書いたでしょう!?」
ディーが怒鳴る。
3人が怒っているのが、その魔力でわかる。
確かに今まで散々狙われて、命の危機に晒されて、怒るのは当然かもしれない。
3人の、俺を狙う輩を少しでも減らしたいという気持ちがヒシヒシと伝わってきて、彼らには悪いが、嬉しくなって小さく微笑んだ。
「あの…いいですか…?」
小さく手を上げて発言の許可を求めた。
「公表しないことで、何かを…誰かを誘き出したいんですね…?」
静かにそう言った。
レイブンとサイファーが目を見開き、すぐに逆に目を細めて俺を見る。
「申し訳ない。その通りだ」
サイファーがため息をつく。
「貴方達はまたショーヘイさんを囮に!!」
カッと頭に血が上ったディーが立ち上がるとサイファーに殴りかかる勢いを見せる。
「ディー、落ち着け」
そんなディーを手で制して座らせる。
「今から話すことは、上層部でもごく一部の者しか知らん」
レイブンが低い声で言った。
「王位簒奪を計っている者がいる」
短く簡潔に事情を説明する。
「どこの誰が」
ディーの声が若干怯む。
「それがわかれば苦労はせんよ」
レイブンが苦笑いしつつ、椅子の背もたれに体を預けて力を抜いた。
「ジュノーを奪い手に入れ、今の我々には国を治める資格がない、とまあそういう狙いがあるらしい」
「たったそれだけで今の体制がひっくり返せるとでも?」
ロイが言った言葉に俺も同意する。
たかがジュノー1人を手に入れて何が出来るというのだろう。
ジュノーはその知識は役に立つかもしれないが、国の統治とは全く関係がない。
「それが、そうとも言えんのだよ。ショーへーはジュノーであり、聖女だからな」
あ、と気付く。
パレードを経験して、聖女がいかに民衆に支持されて、圧倒的人気を集めているのかがよくわかった。
「聖女に王家を批判させるのか」
ロイも気付く。
「おそらくそうだろう。
聖女という存在は、絶対的な善だ。
その善なる存在を脅かす存在として王家を告発したいのだろう」
数ヶ月前に、俺が自分で考えた筋書きを思い出す。
イグリットで俺はわざとデニスに手を出させるように煽った。聖女に害をなすという行為は、この世界ではかなり重いタブーだと知ったからだ。
その時の筋書きを、今度は誰かがサンドラーク家に使おうとしている。
「…手に入らないなら殺せ、あれはそういう意味ですか…」
ディーが呟き、俺も考える。
聖女がサンドラーク家に味方すれば、今の王家はますます安泰し、簒奪は非常に困難になる。
そうなる前に奪いたい。
だから、奪えないなら殺せ。
俺が殺されれば、
聖女を守れなかった王家。
聖女を殺した王家。
サンドラーク家をスケープゴートに仕立て上げて訴追出来る。
要するに、王位を簒奪するために聖女を奪うか、もしくは殺す。そのことは決定しているのだ。
「それなら尚更聖女は王家に嫁ぐと公表すれば…」
ディーが少し冷静さを失っているのか、焦ったように言った。
「ディー、到着早々に公表すれば、その敵さんは、聖女を手籠にした、聖女を利用する気だって噂を立てるよ」
俺がそう言うと、ディーが黙り込む。
このくらい、ディーなら気付くはずだが、かなり動揺しているのかいつものディーとは違ってかなり鈍くなっていると感じた。
4ヶ月の道中で、聖女を手籠にした、聖女を洗脳した。
言い方はなんだっていい。王都についてすぐに関係を公表することは、批判の種になるということだ。
「ロイ、悪いがお前との関係も公表できない」
サイファーがロイにも言い、ロイは思い切り嫌な顔をする。
それはそうだろう。ロイは王家の人間ではないが、英雄と呼ばれるだけあって、王家側の人間だ。
ロイが深いため息をついて脱力し、背もたれに後頭部を預け、ふんぞり返る。
「でもよ、もうすでに3人が付き合っていることは、俺も含めてかなりの人数が知ってる。
それはどうするつもりですか?」
グレイがサイファーに確認する。
「それは別に構わんよ。
ディー、すぐに公表をしないと言ったが、いずれはきちんと発表するつもりだ。
ただ、少し待ってくれ、という話なんだ」
サイファーががっくりと項垂れる可愛い弟を慰めるようにフォローする。
「そうだぞ、ディー。
お前らがそのピアスをつけている時点で、気付いている者も多い」
レイブンがニコニコと俺たちのペアピアスをじっと見て笑う。
「それって意味ありますか?
結局は聖女を丸め込んだと言われることになるんじゃ…」
グレイがわからない、という顔をした。
「グレイ、要するにさ、ピアスをつけていても、俺たちはまだ結婚とかそこまで考えていないってことをアピールしたいんだよ。
俺はまだ誰も選んでいない。
まだつけいる隙がありますよって」
「それをさせたくないから公表したかったのに」
ディーが顔を両手で覆う。
「ディー、そう言うな」
ディーが俺を思ってくれているのはよくわかる。
だが、レイブンやサイファーも同じように俺のことを考えてくれているのがわかった。
「奪えないなら殺せ。
公表すれば、奪えないことが決定的になる。殺される確率が格段に跳ね上がるってことだよ」
俺の言葉にディーが顔を上げた。
ここでようやっと気付いたようだ。
「噂を立てられても、噂は噂だ。真実じゃないからどうにでもなる。
だけど、婚約、結婚の公表は、逆に俺の首を絞めることになる。
そういうことですよね?」
レイブンとサイファーへ視線を送った。
「その通りだ。理解が早くて助かる」
レイブンがにこやかに言った。
「敵がどこの誰だかわかっていない以上、ショーへーを狙う奴を監視して、徹底的に調べるしかないんだ」
「逆に、判明したらすぐにでも公表するぞ。うちの嫁に手を出すなとな」
ガハハとレイブンが笑う。
「全くわかっていないんですか…?」
ディーがどんよりとした表情で聞く。
「候補はいる。徐々に絞り込んではいるが、決定的な証拠が見つからない」
サイファーが顔を顰めた。
「王位簒奪なんて、そう簡単に出来るわけじゃない。おそらくここ数ヶ月の話じゃなくて、何年もかけて準備してきたはずだ。
金も地位もある奴じゃないと無理だな」
ロイが呟き、チラリとサイファーを見るが、サイファーは苦笑するだけで何も答えなかった。
今のロイのセリフで、ディーが一瞬で該当するような人物を思い浮かべるが、何も言わずに、口を結んだ。
「ディーゼル、ロイ、悪いな」
レイブンが静かに言う。
「ショーへーを囮にする形になって申し訳ない。
だが、今はこうするしか方法がないのだ」
本当に申し訳ないと思っているのだろう。レイブンの表情がそう言っていた。
「すまんが、ショーへーと2人で話がしたいんだが、少し時間をもらえるか?」
突然レイブンが言った。
4人で顔を見合わせ、俺以外は思いきり顔を顰める。
「親父さん、ショーへーに何かする気じゃないだろうな」
ロイが言うと、レイブンは何もせんよ、と答え、2、3分でいい、と付け加えた。
仮にも王からの願いで、渋々ながらも了承して3人がソファから立ち上がると、俺を気にしながら、サイファーも部屋を出る。
「2分ですよ。2分経ったら戻りますからね」
ディーが念を押しながら部屋を出た。
「3分にしてくれ」
レイブンが笑いながら手を振る。
全員出て行き、王と2人きりになった。
「ショーへー。お前が大人で、物事を考えられる人物で良かったと思う。
たった4ヶ月前にこの世界に来て、この国しか知らないのに、我が国の政治的事情に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」
レイブンが言いながら立ち上がると、深々と頭を下げた。
「や、やめてください!」
慌てて立ち上がって、頭を下げるレイブンを止めさせようと狼狽えた。
国を統治する王が頭を下げるなんて、あり得ないことだと理解している。
それは元の世界でも同じことだからよくわかる。
「ワシは、この国を守りたいのだ。
今は亡き我が妻、ソフィアが愛したこの国を。ソフィアの子供達を守りたいのだ」
レイブンが頭を上げ、じっと俺を見つめる。
「ディーゼルがお前に惚れた理由がよくわかる」
じっと緑色の目に見つめられて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうな錯覚をおこす。
「ショーへーは、ソフィアに似ている」
「え?」
「姿形ではなく、雰囲気というのかな。優しそうなのだが、芯があるというか…頑固というか…」
言葉にするのが難しいのか、レイブンが頭を掻く。
「とにかく、そばに居ると落ち着く。一緒にいて安心するような…」
うーんと腕を組んで言葉を探している姿にクスッと笑った。
「ああ、その笑顔も。
ソフィアも人を包み込むような優しい笑顔をよくしていた」
レイブンも破顔した。
「ショーへー。ディーゼルをよろしく頼む。ロイも、あれは我が子同然だ。
どうか2人を愛してやって欲しい」
レイブンの笑顔に、鼻の奥がツンとして、ジワリと涙が出てきた。
王といえど、人の親。
子供の幸せを願わない親はいない。
それは、世界が変わっても同じで、その常識は共通だとわかった。
「俺は…俺の意思でここにいます。どうか巻き込んだなんて思わないでください。
俺は、ディーゼルを、ロイを、心から愛しています」
溢れそうになる涙を拭い、レイブンの目を見てはっきりとそう言った。
拭ったつもりの涙が一筋落ち、レイブンが優しく、嬉しそうに微笑むと、そっと俺を抱きしめてくれた。
「ワシに、もう1人息子が出来た」
そう言って笑い、頭を撫でてくれる。
その言葉に、ずっと思い出さないようにしていた両親のことを思い出し、小さい頃、父親に抱きしめられた記憶が蘇って、思わず泣いてしまった。
「あ!何やってんですか!!」
ガチャリときっかり3分後にドアを開けたディーが叫び、ロイもドカドカと部屋に入ってくると、レイブンから俺を引き剥がす。
「泣かせるなんて何したんですか!!」
「なんかされたのか!?」
2人が俺の体を撫で、触り、俺を抱きしめる。
「何もしとらんよ」
レイブンが両手をあげて何もしてないとアピールする。
「何もされてないよw」
涙を拭って笑いながら答えて2人を宥める。
「さて、今日はもう終わりだ」
パンとサイファーが手を叩く。
「一緒に夕食を、と言いたいところだが忙しくてな」
レイブンが自席に戻ると、積み上げられた書類にうんざりする。
「マーサが部屋でショーへーを待ってる。案内してやってくれ」
今朝、王城で待っていると言っていたマーサの名前が出て、少し嬉しくなった。
4人で部屋を出て、ディーが廊下を進みながら案内してくれる。
ここはもう王宮の中で、それぞれの執務室や私室、来客用の部屋、王族と客のみが入ることの出来る場所だった。
ここに来る時、石造りの廊下から絨毯の廊下へと変わったのは、王城から王宮への境目だったと教えてくれた。
その境目には許可した者しか入れないように魔法がかけられており、王城で勤務する各局員は勝手に入ることは出来なくなっているという。
「俺の部屋もあるんだ」
ロイは王族でもないのに、専用の部屋が用意されていると聞いて、数年間、王宮やロマの家、ギルバートの邸宅の好きな所で寝泊まりしていたと笑った。
まずロイの部屋を教えてもらい、そこから斜め向いがディーの部屋だった。
上の階にアランとサイファー、さらにその上にレイブンとユリアの私室があると聞いた。
「ショーヘイさんは、私たちと同じ階ですよ」
「グレイは?」
「俺は獣士団の宿舎に戻る。もう4ヶ月帰ってないからな。一度戻りたい」
「こっから近いのか?」
「20分くらいだ。走ればすぐに来れる距離だから安心しろ」
グレイは今までも騎士達の宿舎で生活していたという。
そこには独身の騎士達が共同生活をしており、寮のようなものかと、今度遊びに行きたいと申し出た。
「いつでも来い」
グレイが笑顔で答える。
ディー達と同じフロアの最奥に俺に用意された部屋があった。
部屋の前に今朝まで一緒にいた執事が立っており、俺たちの姿を見てホッとした表情を見せ、にこやかに笑った。
「お帰りなさいませ」
頭を下げて出迎えてくれた執事にドアを開けてもらうと中に入る。
目が眩むかと思った。
今まで見たどんな部屋よりも豪華で、広い部屋に圧倒される。
今まで一人暮らしをしていたアパートの部屋の、軽く3~4倍はありそうだと、ドアの前で口を開けて呆けてしまった。
「まぁまぁまぁ、お疲れ様でございました。ご無事で何よりでございます」
朝と同じ姿のマーサ達が部屋で出迎えてくれる。
「お疲れでございましょう?
早速湯浴みして、マッサージいたしましょうね」
ニコリと微笑むマーサに、俺は守られていただけで、何も疲れてなんていないんだけど、と心の中で呟く。
「俺たちも一旦部屋に戻るわ。
いいかげん、アーマーを脱ぎたい」
「マーサ、ショーヘイさんの準備が終わったら呼びに来てもらえますか?」
「かしこまりました」
「それじゃショーヘイさん、また後で」
そう言って、俺を置いて3人が出て行くと、いつぞやと同じように浴室に連れて行かれ、裸にひん剥かれて丁寧に綺麗に洗われた。
この介護状態はいつまで続くんだろうと、マッサージを受けながら考えていたが、マーサのマッサージが気持ち良すぎて表情筋がついついほころんでしまう。
明日は謁見式だと言うが、どんなことをするんだろうと、何も説明を聞いていないことを思い出す。
謁見式が終わったら、次は何をするのか。
さらに、王都にいるはずのロマにも会えていない。
先ほどのレイブンの話。
王位簒奪を狙う何者かがいること。
婚約発表を先延ばしにすることで起こる弊害。
聖女教会を誘導した人物。
一気に入り込んできた情報に、考えることは山積みだったが、マッサージの気持ち良さに、今は考えるのを止めようと身を委ねた。
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