おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜パレードから謁見そして再び囮へ〜

おっさん、王城に入る

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「こちらシード班、26名拘束」
「サイラス班、18名拘束」

 通信用魔鉱石から次々と信者拘束の連絡が入る。
 その連絡だけで、とっくに100名を超えていた。
「何人いんだよ…」
 グレイが呆れとも驚きとも取れる微妙な言い方をする。今までの襲撃の人数を合わせると、300人を超えているので無理もない。

「こちらアルファ、最終ポイントに続々と信者が集まってる。どんどん増えてるぞ」

 通信から聞こえる声に、若干焦りが感じられた。

「マズいですね…。予測よりも数が多い」
「最後の場所まであとどのくらい?」
「7、8分ってところか」

 沿道の人たちに笑顔で手を振りながら、会話を続ける。
 はたからみれば、口は動いているが、会話しているようには見えないだろう。

「信者の人達、襲ってくる直前に何かしてるよな」
 今まで5箇所で襲撃され、俺を見る目も行動も異常過ぎて、変な薬をやっているように思えた。
「おそらくな」
「あいつらを誘導してる奴って、どこにいるんだろうな」
 ニコニコと沿道の子供達に手を振ると、キャッキャと走って馬車についてくるのが可愛くて、つい目で追った。
 子供達が見えなくなって、視線を前方に戻すと、3人が眉根を寄せて俺を見ていることに気付いた。
「ん、何?」
「誘導?」
 グレイが顔を顰める。
「なんでそう思ったんだ?」
「…だって、一応は宗教なんだろ?指導者っていうか、教祖みたいな人がいるんじゃないのか?」
「まぁ、それはそうですけど…」
 ディーが顔を顰める。
 翔平を守ることだけに集中しすぎて、聖女教会の全体やこの状況を全く考えていなかったことに今更気付いた。
「これだけ数が集まってるんだから、個人の判断で行動してるわけじゃないだろ。
 襲撃地点だって、警備薄になってる所を狙ってきてるし、絶対誰かが誘導してると思ってたんだけど…」
 ロイがはぁとため息をついて、俺の頭を撫でる。
 沿道でキャーという黄色い声が飛ぶが、気にしないことにした。
「たださ、その教祖? そいつの目的がよくわかんないよな」
 会話しつつも、4人とも沿道へ手を振るのを止めない。
「お前を襲うことだろ」
「教祖も俺をレイプしたいってことなら、攫えって命令するんじゃないか?
 けど信者達の行動はそうじゃない。
 だから誘導してる奴の目的がわからないなって」
 俺に跨って、その場でレイプするためにズボンを下ろそうとしていた男を思い出して苦笑した。
 もう何十、何百人からそういう目的で向かってこられて、卑猥な言葉をぶつけられて、感覚が麻痺し恐怖も曖昧になってきていた。
「自分は安全な場所にいて、信者を誘導して、何がしたいんだろうな」
 3人とも、全くそこまで気が回っていなかった。翔平に言われて、確かにそうだと今更気付く。
 ただ襲ってくる信者を掃討する。翔平を守り抜く。
 ひたすらにそのことだけを考え集中していたため、3人とも翔平の言葉に、自虐的に笑う。
「それについては後だ。最後のポイントに着くぞ」
 グレイが真っ直ぐ前を見つめ、最後の襲撃地点の入り口であるカーブを見つめた。



 ゆっくりと左にカーブが続く。
 カーブを曲がり切ると50mほどの直線が続き、右へゆっくりと曲がって行くS字路だった。
 その直線部分に差し掛かると、空気が変わる。
「来るぞ」
 沿道にいた一般人に偽装した魔導士が隊列が通過した後に、通りと一般人のいる間、広範囲に隠蔽と認識阻害の魔法をかける。
 カーブにいる民衆には、隊列が去って行く姿しか見えないように偽装し、これから起こる大規模な捕物劇が見えないようにする。
 それは馬車の進む先でも行われる。
 この区画一体を取り囲むように、魔法壁が張られた。
「ショーへー、状況を見て魔法を使っていいぞ。地味なやつな」
「了解しました!」
 ニコッと、見よう見まねで騎士達の敬礼すると、3人が声に出して笑う。
「せいじょさまぁぁぁ!!!」
「聖女様!!愛してます!!」
「触らせてぇ!!」
「可愛がってあげるヨォ!!」
 馬車の四方八方から、頭上から、信者が襲いかかってきた。
「どっから来んだよ!!」
 ロイが叫ぶと、建物2階部分から翔平へ飛び込んで来た信者を拳の風圧で吹き飛ばす。
 馬車の周囲で、乱闘に近い捕物が始まり、俺も立ち上がって周囲を見渡して状況を把握する。
 第1部隊、制服を着ている味方はすぐにわかるが、一般人に偽装している味方は、その行動を見ないとわからない。
 だが、信者は全て俺を目指しているので、彼らが動きやすいように、信者達を言葉で煽って、全員が俺に視線を向けるようにした。
「こっちだ!俺を見ろ!ここにいるぞ!!!」
 そう叫ぶと、俺の声が聞こえた信者全員が反応して、欲望を含んだ目で俺を見る。
「聖女様ぁ!!!」
 すぐに我先に俺を捕えるために、対峙していた騎士や魔導士を無視して、俺に向かって一斉に突進してきた。
 すかさず馬車の前にロイ達が横並びに立ち塞がると、小さな魔法陣を周囲に展開し、気絶させる程度の弱い魔法を何十発と放つ。
 一気に数十人が吹き飛ばされ、気絶した者は放置し、それでも起きあがろうとする者を先に拘束して行く。

 前方にロイ達が、後方にゲイル班が、俺に信者を近付かせないように、だが殺さない程度に手加減した魔法を放つが、それでも数に押されてその隙間をすり抜ける奴が出てくる。
 数人が馬車へ上がって俺に触れようとしてくるが、少数なら自分でも対処出来ると、助けに入ろうとしたディーを制し、魔力を込めた拳で殴り飛ばし、蹴りを入れ、馬車から落とす。
 それを見たゲイル達が、ワハハハと声を出して笑っていた。

「残り80!!」
 魔導士が叫ぶ。
 誰が指示した訳でもないが、自然と攻撃班と拘束班へ別れていき、個々の判断能力の高さが伺える。
 黒騎士達も、路地に入り込む前の信者達を中心に制圧し、徐々に人数を減らして行った。
「クラスS反応あり!!」
 誰かが大声で叫んだ。
「オスカー!!」
 最前列で信者を防いでいたレインが馬車を振り返りながら、馬車近くにいるオスカーに叫ぶ。
 だが、馬車の右側から、建物の壁をオスカーもろともぶち破って大男が現れた。
 もうもうと土埃が周辺に立ち込め、パラパラと壊された建物の破片が降ってくる。
 他の信者の相手をしていたオスカーが一瞬対処に遅れ、複数人の信者と共に、路地の反対側の建物まで、弾き飛ばされた。
「オスカー!」
 目の前を瓦礫の破片とともにオスカーの体が吹き飛ぶのを目撃し、目線をそちらへ向けるとの同時に、ロイとディーが大男に向かって行く。
「聖女ぉ、こっちに来いや」
 涎を啜りながらにじり寄る大男。
 明らかに一般人ではなく、筋骨隆々の体に皮の鎧を纏っていた。その背後に、リザードマンの爬虫類の尾が揺れ、バシンバシンと地面を打ち鳴らす。
「お前ら邪魔をするな。聖女は俺のもんだ」
 ぐへへへと下品な笑い方で、涎を垂らし、じっと俺を見る。
 その大男の周囲に、部下であろうリザードマン、ゴブリン、オーク、人族が7人現れる。
 その部下達は信者ではないことが目を見ればわかる。
 傭兵なのか、野盗の類なのか、明らかに一般人ではなかった。
 部下達は翔平に目もくれず、大男に近付けさせないように、騎士達を阻む。
 3人で対処していた一般人の信者をグレイ1人で引き受け、ロイとディー、近くにいたジャニスとオリヴィエがその部下に突撃し、対処にあたる。
「聖女よぉ、たっぷり可愛がってやるからよぉ」
「させるかよ!」
 ロイが大男の部下2人をすぐに片付け大男に殴りかかる。
「ロイ!どけ!!」
 だが俺の目の前を突風が吹き抜けたと思った瞬間、ガンッ!!と金属同士がぶつかり合う音がする。
「こいつは俺がやる。お前はショーへーを守れ」
 オスカーが額から出血しながら、大男と大剣を交差させ力比べに入っていた。
「ショーへー!」
 ロイが叫び、たった数秒の出来事についていけず呆然としていたが、ロイの声に反応して、オスカーに向かってヒールを放つ。
「ありがとよ!!」
 翔平に治療され、一瞬で怪我が治ったオスカーが、その力を一気に解放し大男を圧倒する。
「総員!一気にたたみかけろ!!!」
 レインが叫び、信者達が次々に気絶、拘束されて行く中、大男の部下と対峙していたディー達も、さほど時間をかけることなく7人全員を打ち破った。
 クラスSと言われたのは大男だけで、部下達はさほど強くはなかったのか、と思ったが、そうではなく、部下7人に対峙した味方騎士達が圧倒的に強さを上回っていただけだった。
 オスカーが大男と大剣をぶつけ合い、数度目で大男の剣を叩き折り、最後には剣ではなく、魔力を込めた拳で大男の顔面を殴ると、俺の目の前を今度は大男が横っ飛びに通過して行った。
 反対側の建物の壁に激突して地面に落ちたところを、すかさず黒騎士と魔導士が拘束して行く。
「フン、お返しだ」
 パンパンと土埃で汚れた手を、騎士服やマントを払いながら路地に顔を出したオスカーが俺にニカッと笑いかけてサムズアップをする。
「全員拘束完了!周囲に魔力反応ありません!!」
 魔導士が叫び、隊列以外の騎士、黒騎士、魔導士達が一斉に後処理を開始する。
「すぐに出発するぞ!隊列を組み直せ!!」
 レインが叫び、すぐに騎乗して元の隊列に戻る。
 3人も急いで馬車に乗り込むと、どかりと座席に座る。
 おそらくは150人は居た信者達に、想定していたよりも倍の時間がかかってしまった。
「お疲れ様」
「お前もな」
 ロイがニカっと笑う。
 それぞれが騎士服やマントの汚れを手で払ったり、髪を撫で付けたり、再びパレードに戻るために身だしなみを整える中、翔平は周囲を見渡して、この捕物に参加した騎士達の様子を確認した。
 最後に出現した大男とその部下以外は一般人で、騎士達にとっては軽く捻り潰せる程度だったが、それでも理性を失った人たちが暴れ、全力で抵抗してくるため軽傷を負っている人も少なくはなかった。
「ありがとうございます」
 翔平が呟き、最後に自分が出来ること、と区画一体に魔力を拡散し、味方全員にヒールをかける。
「え?」
「うわ」
 翔平の金色の魔力に包まれた騎士達の傷が一瞬で治り、所々から驚く声が上がった。
「聖女様…」
 騎士達が進み始めた隊列に敬礼し、俺もペコペコと会釈で返した。
「終わりましたね…」
 ディーがふぅと小さく息をはき、少しだけ乱れた髪を治す。
「もう、襲ってこないよな」
 グレイも、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「遮断してた魔力を解放するよ」
 そう言って体内を巡る魔力回路をゆっくりと解放した。
「どうだ?気持ち悪くないか?」
「うん、大丈夫だ。嫌な魔力は感じない」
 信者達のねっとりとまとわりつくような気配を全く感じず、いつも通りの状態に戻ったことに安堵した。
「後は王城まで一直線だ。終わりだ終わり」
 ロイがふんぞり返りつつ笑顔になる。
「随分と嬉しそうだな」
 ロイの態度に笑いながら聞く。
「そりゃお前。終わったらお楽しみが待ってるからな」
 ロイがニヤニヤしながら、俺の顔を見て、一瞬何を言っているのかわからなかったが、同じようにニヤついたディーの顔を見て、例の約束を思い出す。
 カアーッと真っ赤になり、2人の鎧の脚を蹴った。
「ここにも俺を襲おうとする人がいますよー」
 そう言うと、前の席のグレイがワハハと大声で笑った。




  S字路を抜けると、王城がすぐ目の前にそびえ立つ。
 通りを抜けた場所は王城前の広場になっており、そこに大勢の民衆が詰めかけて、俺たちの到着を今か今かと待っていた。
 ついその手前で、襲撃者の捕物が行われていたことなど、誰も知る由もない。

 路地から隊列の先頭を行くレインが現れると、歓声が一際大きくなる。
 騎士達が列をなし、翔平達が乗った馬車が広場へ入ると、歓声が大きな波となって辺りに響き渡った。
 空気が震えるような大歓声に、翔平がビクッと体をすくませる。
「ほら、笑顔笑顔」
 せっかく慣れたと思っていたのに、沿道の数十倍はいる人々と歓声に、忘れかけていた恥ずかしさが襲ってきた。
 顔を若干引き攣らせながら、馬車の両脇にいる人たちへにこやかに手を振る。
 俺だけじゃない、ロイやディー、グレイ、レイン、騎士達の名前が次々に叫ばれて、第1部隊の面々も、満更じゃない顔をしつつ、手を振っている。
「うわー、すげー…」
 どんどん近付く王城の大きさに呆気に取られ、開いた口が塞がらない。
 広場と王城の間には、装飾が施された背の高い柵が広がり、その中心に中へ入るための巨大な門が開いていた。
 その前に、民衆が立ち入らないように、騎士や警備兵がズラリと並び、俺たちが通過するのを待ち構えている。

「着いたな…」
 ロイがふぅと息を吐く。
 馬車はゆっくりと進み、ついに馬車が王城内へ入った。

 だが、それでもまだ馬車は進む。
 隊列の最後尾の騎士が門を潜ると、ゴゴゴという音を立てて、門が閉まっていくのを聞いた。
 さらに奥へ奥へ進んで行くと、先ほどよりは小さいが、鉄門が開かれていた。
 先ほどの柵門や広場から中を覗き込み、隊列を見送っている民衆がひしめき合っている。
 2つ目の鉄門を潜れば、門から左右に広がる高い壁で、もうその姿を見ることは出来ない。
 民衆達が見守る中、隊列は奥へと進んでいく。
 馬車が鉄門を潜り、隊列がすべて通過した後、その鉄門も重たい音を立てて、ゆっくりと閉じて行く。

 鉄門を潜り、高くそびえ立つ城を口を開けたまま見上げていると、馬車がゆっくりと右へ曲がり、王城の正面入口の回廊前に停車した。
「降りるぞ」
「あ、はい」
 声をかけられて、開けっぱなしだった口を慌てて閉じると馬車から降りる。
 目の前に、大勢の真っ白い騎士達が整列していた。
 ロイ達と同じ色の騎士服に、王城を守る近衞騎士だとすぐに気付く。
 その近衛騎士の前に立つ、騎士とは違う男が1人、俺たちを出迎えた。
 第1部隊も馬から降り、全員で男に向かって敬礼する。
「騎士団第1部隊、聖女様の護衛完了を報告いたします」
「ご苦労」
 頷くとレインが下がり、自分の隊の整列に加わる。

「お帰り、ディーゼル。ロイ、グレイ。ご苦労だったな」
 ニコリと男が笑う。
 その目元と雰囲気がディーゼルによく似ていた。
 アランとサイファー、どっちだろうと思いつつ、じっとその姿を見つめる。

 30代前半といった感じだろうか。
 短髪でディーよりも背は少し低くて俺と同じくらいだが、彼の方がガッチリと筋肉がついている。
 時折りマントから覗く腕が、騎士達と同じように鍛えられたもので、自らも鍛えているんだろうと思う。
 それを踏まえて、きっと軍事部門統括のアランだな、と結論を出す。

 アランがじっと俺の顔を見つめ、全身を眺め、品定めするようにジロジロと視線を走らせる。
 だが、スッと視線を移動させると、俺の前に跪き、手を取った。
「ようこそ、聖女様。アラン・サンドラークと申します」
 手に口付け、下からニッコリと微笑む。
 だが、その目の奥が笑っていないことはすぐにわかった。
 俺に微笑んではいるが、俺を試すような、探るような視線に、ごくっと唾を飲み込みつつ、半歩下がりつつ、右手を胸に当てて屈む。
「初めまして、アラン様。ショウヘイ・シマダと申します」
 マーサに教わった、対貴族用の挨拶をする。
 その俺に、アランが立ち上がると、俺を手を離さず、そのまま再び自分の口元へ近付けて指へキスをする。
「アラン」
 そんなアランにディーが視線を送り、手を離せ、と目で訴える。
 そんなディーを一瞥したアランが、少しだけ苦笑すると、静かに手を離し、ロイとグレイを見る。
「ロイ、久しぶり。全然顔を見せてくれなかったな」
「ここは遊びに来る場所じゃねーだろ」
 ロイがアランへタメ口をきく。
「お前ならいつでも許可するぞ」
「やだよ。俺をダシに仕事放棄されても困るしな」
 ロイが笑い、アランもバレたかと破顔する。
「グレイ、ご苦労だったな。ディーとロイのお守りは大変だっただろ」
「そうでもありませんでしたよ。ショーへーが2人の手綱を握っててくれたおかげで、今回俺はかなり楽でした」
 笑いながら答えたグレイに、アランが一瞬驚いたような表情をして、声に出して笑う。
「ショーへー様、ディーゼルとロイがご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いいえ。ディーゼル殿下も、ロイ様も、グレイ様も、しっかりと私を守ってくださいました。
 今ここに到着できたのは、3人のおかげです。感謝しております」
 当たり障りのない返答だが、本心から言い、微笑む。
「長旅お疲れ様でした。ようこそフォースキャリアへ」
 俺の返事を聞いて、初めてアランが本心から微笑んだと思った。

 アランが俺たちの後ろに控えていた第1部隊へ視線を来ると、声をかける。
「レイン、お前達もご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」
「っは」
 一言労いの声をかけ、再び俺たちに向き直ると笑顔を向ける。
「父上も兄もユリアも、首を長くして待っていたぞ。まずは会ってやってくれ」
 アランが俺たちを誘導する。
 誘導されるまま、ディーを先頭に、回廊を進み始める。
 整列していた近衞騎士の数人が隊列から離れるとすぐに後ろへ付き従い、王城内に入っていく。



 本当は、子供のようにはしゃぎたい。

 王城に入ってすぐに、そう思った。
 写真やテレビでしか見たことのない、立派なお城の内部に、心の中で大はしゃぎしていた。
 全てがキラキラと輝き、飾られた鎧、タペストリー、壺や花に至るまで、全てが豪華絢爛で、目線だけでキョロキョロと辺りを見渡す。
 行ったことはないが、ヨーロッパの宮殿と呼ばれるお城は、こんな感じなんだろうな、と顔には一切出さず心が躍った。

 内部に進んでしばらくすると、石造りの廊下から絨毯が敷かれた廊下へ変わる。
 その手前で一度立ち止まると、アランが振り返る。
「お前達はここでいいぞ。持ち場へ戻れ」
 後ろに付き従っていた近衞騎士に伝えると、騎士達が何も言わずにただ頭を下げた。
 そして再び歩き始め、角を曲がってしばらくすると再びアランが止まりクルリと振り返る。
 じっと俺たちの顔を一通り見渡し、後ろから騎士がついて来ていないことを、ささっと確認すると、顔が変わった。
「ディーゼルゥ~。お帰り~」
 突然、口調が変わり、すぐ後ろにいたディーへ抱きつく。
「アラン!」
「お兄ちゃん、寂しかったぞぉ~」
 聞いていたブラコンがここで炸裂し、思わず目が点になる。
「っちょ!止め」
 ディーが抱きつく兄を剥がそうとアランの服やマントを掴んで引っ張る。
 その姿を見たロイもグレイもディーを助けようとせず、素知らぬ顔をする。
「ディーゼルゥ」
 スリスリと頬を擦り寄せるアランの顔を、耳を引っ張って引き剥がそうと奮闘する。
「やめんか!!」
 ゴンとディーがアランの頭を殴り、ようやっと離れると、口を尖らせてアランがブツブツと文句を言う。
「4ヶ月もお前に会えないなんてよぉ…だからお前がロイの救援に行くって言った時反対したんだ…」
 はっきりとイジけているアランに、どんどん可笑しくなってきて、口元がニヤけてしまう。
「アラン、地が出てるぞ」
 ロイが俺と同じように口を歪ませて、今にも笑い出しそうにしている。
「今更お前らの前で取り繕ってもしゃーないわ。な?ディーゼルゥ」
 再び抱きつこうとしたアランを、思い切り腕を前に出して突っぱねる。
「とりあえず、正式な謁見は明日ちゃんとすっから」
 アランがディーに拒否され、不貞腐れたように言う。
 こそっとロイが俺に近付くと、今の言葉を補足説明をする。
「ディーはともかく、本来なら王への面会は謁見式が済んだ後だ。
 先にお前に会うっていうのは何かあるんだろうな」
 それを聞いて、一気に緊張する。
 謁見よりも前に会うことに、どんな意味があるのか、何を言われ、されるのか、かなり狼狽えた。
「大丈夫ですよ。私の家族に会うだけですから…大した意味はありません…」
 ディーがフォローをいれるが、若干目が泳ぐ。
 その泳いだ目の意味がわからず、少し混乱する。

 
 

 廊下の一番突き当たりにある部屋のドアをノックし、中から返事が聞こえるとすぐに中に入る。
「ディーゼル!!」
「お兄様!!」
 言葉と共に、真っ先にディーに2人が飛びついてきた。
 もう1人の兄サイファーは30代後半で、俺とさほど変わらない年齢だと、近親感を覚える。
 ユリアは20代前半で小柄で線の細い女性だった。ピンク色のふわりとしたドレスがよく似合っている。
「ディーゼル、無事か?怪我はないか?どこも痛くないか?」
「お兄様ぁ、とっても寂しかったですわ」
 すぐそばで、ディーを抱きしめる兄妹に微笑ましく思うが、頭を撫でるのはまだしも、頬へのキスはまさにブラコンだと思い、その溺愛っぷりに乾いた笑いを漏らした。
「ロイ兄様、グレイ兄様」
 ユリアが今度は2人へ近寄り、ギュッとその細い腕で交互に2人を抱きしめる。
「おー、ロイ、久しぶりだなぁ」
 サイファーもロイに弟へしたように抱きつこうとしたが、ロイがサッと素早くかわした。


「お前か!!!」
 突然大きな声が響き、声の方を見た途端、俺の体が浮く。
 子供を高い高いするように、脇に手を入れられて持ち上げられ、そのままグルリと回され、ブラブラと揺らされた。
「お前がショーへーか!!!ディーゼルの選んだ伴侶か!!!!」
 ワハハハハと大声で笑い、豪快な笑顔と声で俺を振り回す。
「いいな!!!うん!!!いいぞ!!!」
 笑いながら俺を振り回し、最後にギュッと抱きしめた。
「聖女か!!!可愛いな!!!」
 ストンと俺を床に下ろすと、突然肩を抱き寄せる。
「ディーゼル!!ワシにくれ!!!!」
「やるか!!!」
 すかさずロイもディーも、グレイも叫んだ。



 面白い家族だな。



 それがサンドラーク公国の王一族に会った最初の感想だった。
 

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