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王都への旅路 〜囮と襲撃〜
89.おっさん、生き餌になる
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旅の最後の夜、早めに夕食を済ませて、一つの天幕に主要メンバーが集まった。
護衛対象の俺、ロイ、ディー、グレイ。第1部隊からはレイン、グリフィス、フィッシャー、オスカー、ゲイル、ジャニス、アビゲイル。
天幕の中の大きなテーブルに王都の詳細な地図が広げられ、その周囲に全員が集まる。
「明日、9時に出て10時過ぎには王都へ到着する予定だ。
王都へは、王城正面の大門から入る」
グリフィスが説明を始めて、周辺から拾ってきたのか、細い木の枝を指し棒代わりに、位置を指し示す。
「襲撃も何もないなら2時間ほどの出迎えパレードだが、おそらくこことここ」
指し棒でパシパシと、地図上に丸で印がつけられた場所を叩く。
「全部で6箇所。襲撃が予想される。
想定では襲撃を含めて3時間から4時間かかるだろう」
フィッシャーが新たな地図を重ねて広げた。
「最初の襲撃地点周辺の地図だ」
メインストリートからサブストリートへ抜ける、30mほどの路地の詳細地図。メインストリートの半分以下の細い路地に面して、3、4階建ての商店が並ぶ。
「見ての通りメインよりも狭くなるため、パレードの隊列が伸びて馬車左右の警備が薄くなるように設定している。
同じように、3番5番も似たような路地なので、後で地図だけ確認しておいてくれ」
フィッシャーが地図の上に白、黒、赤、青の駒を転がすと黒と赤の駒を通りのあちこちに置いていく。
無造作に置かれたと思っていたが、置き終わった全体を見ると、通りを取り囲む駒の配置とその均等な距離に、綺麗な模様に見えて、おお、と心の中で呟いた。
「黒が黒騎士。赤が魔導士だ」
さらに白の駒を2つづつ、距離を保って4箇所に配置する。
「白が魔導士団の後処理班で襲撃犯の拘束および隠蔽を行う。パレードが終わりショーヘイが入城した後に、騎士団と自警団が回収する」
「配置を頭に叩き込め」
レインが全員に言い、じっとその地図を全員が見つめた。
1分ほどの後、駒が避けられて2、4、6番の襲撃箇所の配置の説明をされた。
全ての地点の配置説明が終わると、再び全体図に戻って、グリフィスが同じ駒を使ってパレード全体の警備について説明を始める。
「王都内のパレードコース付近の物見塔に、索敵・感知の魔導士、魔法弓兵をそれぞれ3名づつ配置している。
さらに、王都にいる全騎士を一定間隔でパレードコースに沿って配置。全自警団は見回りと一般人の警護にあたらせる」
「魔導士団の遠隔部隊は?」
ディーが副団長を務める魔導士団の部隊の役割を確認する。
「城壁に配置して、空からの索敵と巡回に入ってもらった」
この答えにディーが頷く。
「何か質問は?」
配置の説明が終わって、グリフィスが全体を見渡した。
「はい」
すかさず俺が手を上げる。
「なんだ聖女様」
グリフィスがニコッと笑う。
「これだけ厳重な警備なら、逆に襲って来れないんじゃ?」
それに対してフィッシャーが答えた。
「黒たちは全員一般人に偽装しているし、各地点に配置された者たちも然りだ」
「そう。街の者も、いつもの警備より少し厳重だな、と思う程度だろう」
「なるほど~。じゃぁ、襲撃予測地点も…」
「その区画に一般人は居ない。警備上の都合という理由で、パレード中は全住民に移動してもらっている」
「はあ…」
その抜け目の無さに口を開けて呆けたような返事をした。
「まぁ、それでもビビって躊躇うのは出てくるだろうな。
だから、そこは聖女ちゃんの魅力で」
「はい?」
聞き間違いかと思ったが、隣にいたロイが頭を垂れて、囮ね、と呟きながらため息をつく。
頭上にクエスチョンマークを大きく出すような表情をする。
「ショーヘイの姿を餌に引きずり出す」
レインが言う。
「え」
「屋根と壁のない馬車に乗ってもらうことになる」
フィッシャーが馬車の形状を説明した。つまり、俺の姿がモロ見えということだ。
「それって…」
記憶の中のオープンカーに乗って沿道へ手をふる某国要人の姿を思い出す。
「怖いか?」
グリフィスが俺の様子を見て聞いてくる。
「いや…怖いとか…そういうことじゃなくて…」
両手で顔を覆って、青くなったり赤くなったりを繰り返し、数人が不思議そうな顔で俺を見る。
「なんだ?何か問題でもあるのか?」
ゲイルが心配して聞いてきた。
「は、恥ずかしい!!」
思わず叫んだ。
その瞬間、天幕の中にドッと笑い声が響いた。
大勢の人たちの前を、オープン馬車に乗って手を振る自分の姿を想像して、あまりにも不釣り合いで、不恰好で、逃げ出したくなった。
「恥ずかしいってかw」
オスカーがゲラゲラと笑うが、俺にとっては笑い事じゃない。
子供の頃から人前で発表したりするのは本当に苦手だった。
サラリーマン時代、社内で営業成績優秀者として表彰され、数百名の社員の前に立った時ですら、恥ずかしくてガチガチに体が固まってしまった過去を思い出す。
「ショーヘイが姿を見せることで、信者どもは我先にと襲ってくるだろう」
レインが苦笑しつつそう言った。
「つまり俺は生き餌ってことだよな…」
一度は囮になることを承諾したとはいえ、その状況を想像して顔を顰めた。
「だな。目の前に餌をぶら下げられるんだ。
それこそ発情期の獣のように襲ってくるだろうよ」
「お前とヤりたくて見境なく襲ってくるぞ」
オスカーとゲイルが下卑た笑い声を出しながら言った。
その言葉に、昼間見た3人を思い出して鳥肌がたった。
俺への性的欲求を隠そうともしない、あの目と行動を見た時に感じた恐怖を思い出し、笑い事ではないと正直思い、顔を引き攣らせた。
その時、アビゲイルがバンッと机を大きく叩いた。
「ねぇ、あんたたちにはわからないかもしれないけど、性的な意味で襲われるっていうのは、かなりの恐怖なのよ。
揶揄うネタにして欲しくないわ」
アビゲイルが怒りを露わにしてオスカーとゲイルに視線を向ける。
「そうよ。あの恐怖は襲われる側にしかわからないわ。
私は死ぬよりもレイプされる方がずっと怖い」
ジャニスも続けて言う。
「…ショーへー、すまん…」
「申し訳ない」
2人の剣幕に、オスカーもゲイルも調子に乗りすぎたと素直に頭を下げて謝罪した。
彼はおそらく一度もそういう目で見られたことも、襲われたこともないのだろう。
だが、アビゲイルもジャニスも俺と同じような経験をしてきたと、今の言葉でわかった。
彼女達へ視線を送って、目で感謝を伝えると、2人が微笑む。
「ショーヘイ、申し訳ないが決定事項だ。
オープンにさせることで、信者だけじゃなく、スパイどもにも襲いやすいと勘違いさせたい。
協力してくれ」
レインに真剣な眼差しで言われて、頷いた。
少し間が開き、再びレインが話す。
「最後に、これが一番重要だ。昨日黒鉄が言った言葉」
レインが全員を見る。
「奪えないなら殺せ。鉄鎖兵団を雇った奴の言葉だそうだ」
あの場に居た者ならその状況でわかっていたことだが、オスカーやゲイル達は知らない。
俺も、なんとなくわかっていた。
左腕を落とされた後、あの鎖は俺の頭を狙ってきた。レインが鎖を断ち切らなければ、俺は確実に死んでいた。
「おそらくは、ジュノーがこの国に利益をもたらす前に殺せ、という意味だろうな。
いいか。絶対に守り抜け」
「了解!!!」
俺以外が大きな声で即答する。
「よし。解散」
レインの解散宣言でそれぞれが天幕を出ていく。
天幕を出る時に、オスカーとゲイルが俺に近付き、オスカーが俺の手を取る。
「揶揄って悪かったな」
「すまん」
再び謝られ、握った手にキスされる。
「おい、悪ガキトリオ」
オスカーがそばにいるロイ達に不敵な笑みを浮かべる。
「絶対に守れよ」
「言われんでも」
ロイがフンと鼻を鳴らして笑う。
オスカーが手を離し、ゲイルが俺の肩をポンと叩くと軽く手を振って立ち去り、遠くにいた班の騎士たちに、今の内容を伝えに行った。
天幕に戻ろうとしたが、グレイは焚き火側にいる騎士達と話をしてくると離れ、3人で天幕に戻る。
「とうとう明日で旅も終わりか…」
クッションを背もたれに、両足を投げ出して寛ぐ。
「長かったですね」
ディーがそんな俺にお茶を差し出す。
礼を言って受け取り、温かいお茶を一口飲んで、ますますホッと落ち着いた。
「4ヶ月か…」
ロイがズズッとお茶を啜って呟く姿に、ジジくさいな、と思って笑った。
「ロマん家から王都まで、転移魔法を使えば3日なんだけどな」
「早馬だと5日ですよ」
2人が言った移動時間を考えると、本当に迂回に迂回を重ねて、随分と遠回りして来たんだな、と思った。
「辛いこともあったけど、楽しかった記憶の方が多いな」
思い出しながら微笑む。
「俺もお前も死にかけたけどな」
ロイが笑い、それは笑えないわ、と言いつつ俺も笑う。
「4ヶ月旅して、俺もこの世界の人に近付けたかな」
元の世界との認識や常識の違いに困惑し、悩み、苦しんで、今の俺がある。
「貴方にとってここは、この世界はまだ異質ですか?」
ディーが少しだけ不安な声を出す。
「正直、違和感は一生消えないと思う」
ここで取り繕うように隠しても意味がないと、素直に思っていることを言った。
「俺は別の世界で生まれて38年生きてきたから、俺の考えは元の世界が基準になってる。
それは変わらないし、変えられないと思う。」
ディーが俺の言葉を黙って聞く。
「だから今だにズレに戸惑うし悩むよ」
最大のズレは性に対してだ。そしてそれに付随した恋愛観。
ロイとディーに惚れて、愛し愛されることに、今だに信じられないという思いが付き纏っていることも事実。
「でも、俺はここで生きて行くって決めた。
ここに来ちゃったから仕方なく、じゃなくて、俺の意思でここで生きるって決めたんだ」
ニコリと2人へ微笑みかける。
「ロイ、ディー、ありがとう」
2人が俺に四つ這いで近寄る。
俺も上半身を起こすと、2人の手を握った。
「2人が好きだ。心から愛してる。
俺を助けてくれて、愛してくれてありがとう」
「ショーへー…」
「ショーヘイさん…」
ロイの顔が近付き、そっと唇を重ね、ディーとも同じようにキスをした。
「もうどうしようもないくらい、お前達が好きだ。
こんな気持ち、元の世界でも経験したことがないよ」
笑いながら2人に伝える。
「俺もだショーへー。今まで生きてきて、こんな気持ち初めてだ」
ロイの手が俺の手をとって自分の胸へ押し付ける。その手の平に伝わるロイの鼓動が早い。
「今だにこんなにドキドキしてるんだぜ?」
ロイが屈託なくニカッと笑う。
「私もですよ。ほら」
ディーもロイと同じように俺の手の平を自分の胸に押し付け、その早さを教えてくれる。
その2人の早鐘を打つ心臓に笑った。
「好きだ」
「好きです」
「ああ、俺も大好きだ」
3人で抱き合い、何度も口付けを交わす。
不意に2人の手が俺の肩を掴むと、そのまま押し倒された。
「はい、ストップ。ここまで」
覆い被さってくる2人の顔を両手で塞ぎ、動きを止めた。
「ダメ?」
「ダメですか?」
「ダメです。明日は大切な日なので、今日はいたしません」
言いながら2人の顔を押し返しつつ、起き上がる。
「えー」
ロイが文句を言う。
「なんと言おうと絶対にいたしません」
改めて座り直し、両腕で×印を作る。
2人が顰めっ面になり、思わず笑った。
「軽くちょこっと。先っちょだけ」
ロイが親指と人差し指でちょっとという仕草をする。
「先っちょって言い方やめろ」
「1回だけ。すぐに終わりますから」
ディーも珍しく下品な言い方をしてくることに苦笑した。
「駄目です」
1回でも、その1回が濃厚過ぎて体力を消耗する。今は明日のために少しでも温存しておきたいと、きっぱりと拒否する。
「SEXしたい…」
「したいです…」
しょぼんと項垂れる2人に、若干だが気持ちが揺れてしまった。
2人の気持ちはよくわかる。
俺だって、明日何もなければ受け入れてもいいと思う。むしろしたいとも。
「うぅ…」
その俺の揺らぎを感じたのか、2人の目の奥が光る。
「ショーへー…」
「ショーヘイさん…」
「だ、駄目!しない!」
2人が色気を出し、欲情した目を向けてきて少しだけ怯んだが、再び×印を作ると拒否した。
ここまではっきり拒否すると諦めたのか、ガックリと項垂れて、どんよりした空気が2人を包む。
うわぁ…。
その雰囲気に、どんだけSEXしたいんだ、とドン引きし、呆れたようにため息をつく。
「終わったら…」
ボソッと呟くように言う。
「全部片付いて、落ち着いたら…、その…、たくさんシていいから…」
その俺の言葉に2人が顔をあげる。
「本当だな」
「嘘じゃないですよね」
2人の目がきらりと光る。
「う…お、男に二言はない……と思う…」
2人の勢いに、早くも言ったことに後悔を始める。
「絶対だぞ。いっぱいシていいんだな」
「あ、あの、やっぱり手加減を…」
「無理です。ショーヘイさんが言ったんですからね」
よし!と活力を取り戻し、2人でハイタッチまで交わして、ヤル気満々の様子に、同情心なんて出すんじゃなかったと激しく後悔した。
翌朝、全員がいつもよりも早く目が覚め朝食をとるが、騎士たちの気配が普段と違うことがはっきりと伝わってきた。
目つきも姿勢も全く違う。
その姿を見て、自然と俺も気分が昂揚していく。
朝食後、慌ただしく準備を始めた騎士達を見ていると、マーサに声をかけられた。
「聖女様もお支度を」
「あ、はい」
彼女達の天幕に連れていかれて、マーサと3人の女性達に、聖女にされていくが、これまでの聖女仕様とは違っていた。
「今日は少しお時間がかかります。初お披露目ですから、しっかりと準備させていただきますね」
マーサに言われて、今まで以上に聖女にされるのかと、少しだけ怯む。
着替える前に、髪を整えられ、顔にも化粧を施された。
いつもよりも倍の時間をかけて顔と髪のセットが終わると、着替えが始まる。
その服の豪華さに心の中で激しくドン引いた。
最初に着せられた白地に金糸の刺繍が入ったものに似ているが、それよりも派手、というか、ビラビラする部分が多いし、裾もベールも長い。
小一時間はかかっただろうか。
俺が自分で何かしたわけではないが、されるだけ、というのもなかなか疲れるもので、終わりましたよ、と声をかけられてホッとする。
「どうぞ」
執事が俺の前に大きな全身鏡を持ってくる。
「うわ」
思わず声が出た。
誰?
自分でも思わずそう思うほどの別人がいた。
いや、俺なんだけど。
基本は俺に間違いないのだが、化粧一つでこんなにも印象が変わるのか、と鏡に近づいて自分の顔を見つめる。
詐欺メイクってやつだな。
思わずそう思って自虐的に笑った。
「お綺麗ですよ」
「ええ、本当に。久しぶりに楽しませていただきましたわ」
「よくお似合いです」
女性達が自分の仕事に満足して、さっきからずっと微笑んでいる。
そりゃ、ここまで変われば満足だろうと思う。それほど、俺自身別人だと思うほど綺麗にされた。
「聖女様、ディーゼル様がお迎えに上がっていますが、お通してよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします」
マーサに言われて振り返る。
天幕にディーが入ってくる。
そして俺の姿を見た途端に硬直した。
目を見開き口を半開きにしたまま俺をじっと見つめた。
俺も初めて見るディーの鎧姿に唖然とした。
真っ白い騎士服の上に、装飾を施された銀色の鎧。その肩から赤いマントを羽織っている。
「かっこいい…」
頬を染めて、思わず呟いた。
「綺麗ですよ、ショーヘイさん」
ディーも頬を染め、お互いに照れた状況で褒め合い、ますます恥ずかしくなる。
「ほらほら、いつまでも見つめあってないで」
マーサがニコニコしながら声をかけて、ディーがハッと我に返ると背中を向けて右肘を差し出す。
「あー…はい」
ここでもエスコートされるのか、と左手をディーの肘に添えた。
「では行きましょう」
歩き始め、執事が大きく幕を上げる。
長い裾を右手で軽く持ち、慎重に歩き天幕の外に出ると、天幕から馬車まで左右に整列した騎士たちの姿に驚いた。
全員が重装備の鎧を付け、長いマントをはためかせている。
つい今朝方まで無精髭を生やしていたおっさん達も髭を剃り整え、バサバサだった髪もしっかりと結われ、別人へ変わっていた。
いつも俺へちょっかいへかけてきたおっさん達が、誰もなにも言わず、背筋を伸ばして、うっすらと微笑みを浮かべ俺を見ている。
その姿に感動すら覚えた。
「ショーへー、綺麗だ」
「似合ってるぞ。どっから見ても聖女様だ」
天幕から出てすぐ、ディーの反対側にロイとグレイが並び、俺を見て微笑む。
「ロイも…グレイも、かっこいいよ」
ロイもグレイもディーと同じ鎧とマントをつけていた。
重装備のその姿にかっこいいとしか表現できない自分の語彙力の無さが恨めしく思う。
俺の前にレインが同じく重装備で跪く。
「聖女様、これより王都へ出発いたします」
俺の手を取り口付ける。
スクッと立ち上がると、背を向けて騎士達を見る。
「行くぞ」
「っは!!!」
レインの言葉に全員が一糸乱れぬ敬礼をする。
その騎士達の間をディーのエスコートで進み、すぐ後ろをロイとグレイがつき従う。
馬車はまだ屋根も壁もついていた。
パレード直前までは、普通の馬車で移動すると教えてもらい、裾に気をつけながら馬車に乗り込む。
4人が乗り込んだ直後、騎士達全員が自分の馬へ走り、素早く騎乗する。
マーサ達が、小走りに馬車へ近付くと、丁寧にカーテシーをした。
「聖女様、私たちはこれにて失礼いたします。
また王城でお会いしましょう。
どうかお気を付けて」
「ありがとうございます。また王城で」
マーサ達にお礼を伝えた直後、執事ではなく騎士が御者席に2人座り、馬車が動き出す。
ずっと俺たちにお辞儀をするマーサ達が見えなくなると改めて座席に座り直した。
重装備の3人を見る。
「すごいな。そういう姿を見ると、本当に騎士なんだなって思うよ」
「かっこいいだろ」
ロイがドヤ顔で胸を張る。
「ああ。すごくかっこいい。惚れ直したよ」
俺が素直にそう言うと、ロイがポンと顔を赤くして照れた。
「たまに素直になるんだよな…」
照れ隠しに口を尖らせながら文句を言う。
そんなロイに3人で笑う。
「そんな鎧、どににしまってたんだ?」
「ああ、昨夜黒騎士が持ってきたんですよ。彼らはこれから残してきた天幕やらの撤収をした後、王都へ入ります」
「それも全部、計画に入ってたわけ?」
「もちろん」
へぇ、と準備万端な計画を立てたディーの兄達に感嘆の声を出す。
それにしても、黒騎士が万能すぎて改めてすごい機関だと思った。
諜報から戦闘、その後始末、物資運搬の黒子的な役割まで。表立った騎士団よりも人数が多いんだろうなと思う。
「それにしてもまぁ…化けたなぁ、ショーへー」
グレイがじっと俺の顔を見る。
「ほんとそれな。俺もびっくりだわ。
詐欺だ詐欺。化粧取ったら誰!?みたいな」
俺の詐欺という言葉に3人が声に出して笑う。
「化粧してなくてもショーへーは可愛い」
「ええ、可愛いです」
「だーかーらー、39歳のおっさんに可愛いって言うな」
何度も繰り返してきたセリフを言い、4人で笑い合う。
「そういえばよ、昨日の夜、せっかく俺が気ぃきかせてやったのに、SEXしなかったのか」
突然グレイに言われて、グゥと喉から変な音を出す。
「お、おま」
真っ赤になってグレイに抗議するが、ロイとディーがニヤニヤしながらグレイに教える。
「全部片付いたらたくさんヤルんだ」
「終わったらいっぱいするんです」
そういうことをバラすな、と2人の鎧の脛当て部分をガンと蹴った。
「そうか。頑張れよ、ショーへー」
「何をだよ!!」
グレイの励ましに思わず突っ込んだ。
こんなくだらない4人での会話もあと少しで終わる。
刻一刻と近付く王都へ行くにつれて、鼻の奥がツンと痛んで、泣きそうになるのを必死に堪えた。
「見えてきましたよ」
左側に座っていたディーが、帰ってきた我が家を見つけて、少しだけ嬉しそうな声を出す。
ディーの我が家、つまりは王城だ。
「どれどれ」
身を乗り出してディー側の窓から外を見ると、山を大きく削り取ったような岩肌に沿うように立つ尖塔が何本も見え、某アミューズメント施設にある城の何倍もありそうな巨大な白い建物がここからでもはっきりと見えた。
そして、その前方部分に末広がりに広がる5層に重なった高い城壁と、初めてみる巨大な街並みに、ポカンと口を開けた。
「で、でか…」
「そりゃ王都ですから」
今まで立ち寄ってきた街を全部集めてもまだ足りないほどの大きさに唖然とする。
「もうすぐ着くぞ」
ロイが身を乗り出して外を見る俺の尻を叩き、その後なでなでと弄った。
「おい」
「いいじゃん、ケツくらい」
「お前、おっさん達に似てきたぞ」
そう言うと、ハッとしたロイがすぐに手を引っ込めて、ごめんなさい、と謝った。
身を乗り出さなくて見える王都を、窓から眺めているうちに、視界に全て収まらないほど近付くと、速度を落としゆっくりと進んで行く。
ここまで近付くと王都から大勢の人々の気配を感じ取ることが出来た。
馬車の頭上に、鳥がたくさん飛んでいるのが影でわかり、感知した魔力から、魔法の鳥で、城壁に配置された魔導士が警戒のために飛ばしているものだとわかった。
そして気掛かりだったことが、俺の体に現実として襲い掛かる。
「大丈夫か?」
俺の青ざめた顔を見て、ロイが声をかける。
「あのさ…、索敵魔法とかもろもろ…全部遮断してもいいか…」
ディーが青ざめる俺の顔を見て、すぐに察した。
「気持ち悪いんですね。すぐに感知魔法も全部遮断してください」
「ごめん…気持ち悪くて、耐えられない…」
小さく震える俺の手を2人が強く握りしめる。
王都に近付くにつれて、俺の索敵や感知魔法にひっかかる気持ちの悪い魔力反応に耐えられなくなっていった。
王都内にいったいどれだけの信者がいるのか知りたくもないが、ねっとりと絡みつき、まとわりつく信者の魔力が、全身を、体内を弄られるような錯覚を引き起こす。
無意識で使っている感知魔法は切り方がわからないので、魔法が外へ漏れないように、全部包み込んで遮断するしか方法がない。
逆に、この方法だと敵意などは一切感知できなくなる。
危険だとは思ったが、近付くにつれて大きくなる不快感に体がもたないと判断した。
ロイが通信用魔鉱石を使って、全員に俺が索敵や感知魔法を全て遮断したと報告し、先頭を走るレインから、了解、問題ない、と返事がくる。
馬車の隣を走るオスカーやオリヴィエもグッとサムズアップをし、問題ない、と意思を伝えてきた。
遮断し感じなくなった不快感にホッとする。ゆっくりと深呼吸を繰り返し、感じていた不快感を全て拭い去る。
「もう大丈夫。
今度この魔法をきちんとコントロール出来るように練習しないとな」
そう言って自虐的に笑った。
俺がこの世界に来て120日目。
サンドラーク公国の王都、フォースキャリアに到着した。
護衛対象の俺、ロイ、ディー、グレイ。第1部隊からはレイン、グリフィス、フィッシャー、オスカー、ゲイル、ジャニス、アビゲイル。
天幕の中の大きなテーブルに王都の詳細な地図が広げられ、その周囲に全員が集まる。
「明日、9時に出て10時過ぎには王都へ到着する予定だ。
王都へは、王城正面の大門から入る」
グリフィスが説明を始めて、周辺から拾ってきたのか、細い木の枝を指し棒代わりに、位置を指し示す。
「襲撃も何もないなら2時間ほどの出迎えパレードだが、おそらくこことここ」
指し棒でパシパシと、地図上に丸で印がつけられた場所を叩く。
「全部で6箇所。襲撃が予想される。
想定では襲撃を含めて3時間から4時間かかるだろう」
フィッシャーが新たな地図を重ねて広げた。
「最初の襲撃地点周辺の地図だ」
メインストリートからサブストリートへ抜ける、30mほどの路地の詳細地図。メインストリートの半分以下の細い路地に面して、3、4階建ての商店が並ぶ。
「見ての通りメインよりも狭くなるため、パレードの隊列が伸びて馬車左右の警備が薄くなるように設定している。
同じように、3番5番も似たような路地なので、後で地図だけ確認しておいてくれ」
フィッシャーが地図の上に白、黒、赤、青の駒を転がすと黒と赤の駒を通りのあちこちに置いていく。
無造作に置かれたと思っていたが、置き終わった全体を見ると、通りを取り囲む駒の配置とその均等な距離に、綺麗な模様に見えて、おお、と心の中で呟いた。
「黒が黒騎士。赤が魔導士だ」
さらに白の駒を2つづつ、距離を保って4箇所に配置する。
「白が魔導士団の後処理班で襲撃犯の拘束および隠蔽を行う。パレードが終わりショーヘイが入城した後に、騎士団と自警団が回収する」
「配置を頭に叩き込め」
レインが全員に言い、じっとその地図を全員が見つめた。
1分ほどの後、駒が避けられて2、4、6番の襲撃箇所の配置の説明をされた。
全ての地点の配置説明が終わると、再び全体図に戻って、グリフィスが同じ駒を使ってパレード全体の警備について説明を始める。
「王都内のパレードコース付近の物見塔に、索敵・感知の魔導士、魔法弓兵をそれぞれ3名づつ配置している。
さらに、王都にいる全騎士を一定間隔でパレードコースに沿って配置。全自警団は見回りと一般人の警護にあたらせる」
「魔導士団の遠隔部隊は?」
ディーが副団長を務める魔導士団の部隊の役割を確認する。
「城壁に配置して、空からの索敵と巡回に入ってもらった」
この答えにディーが頷く。
「何か質問は?」
配置の説明が終わって、グリフィスが全体を見渡した。
「はい」
すかさず俺が手を上げる。
「なんだ聖女様」
グリフィスがニコッと笑う。
「これだけ厳重な警備なら、逆に襲って来れないんじゃ?」
それに対してフィッシャーが答えた。
「黒たちは全員一般人に偽装しているし、各地点に配置された者たちも然りだ」
「そう。街の者も、いつもの警備より少し厳重だな、と思う程度だろう」
「なるほど~。じゃぁ、襲撃予測地点も…」
「その区画に一般人は居ない。警備上の都合という理由で、パレード中は全住民に移動してもらっている」
「はあ…」
その抜け目の無さに口を開けて呆けたような返事をした。
「まぁ、それでもビビって躊躇うのは出てくるだろうな。
だから、そこは聖女ちゃんの魅力で」
「はい?」
聞き間違いかと思ったが、隣にいたロイが頭を垂れて、囮ね、と呟きながらため息をつく。
頭上にクエスチョンマークを大きく出すような表情をする。
「ショーヘイの姿を餌に引きずり出す」
レインが言う。
「え」
「屋根と壁のない馬車に乗ってもらうことになる」
フィッシャーが馬車の形状を説明した。つまり、俺の姿がモロ見えということだ。
「それって…」
記憶の中のオープンカーに乗って沿道へ手をふる某国要人の姿を思い出す。
「怖いか?」
グリフィスが俺の様子を見て聞いてくる。
「いや…怖いとか…そういうことじゃなくて…」
両手で顔を覆って、青くなったり赤くなったりを繰り返し、数人が不思議そうな顔で俺を見る。
「なんだ?何か問題でもあるのか?」
ゲイルが心配して聞いてきた。
「は、恥ずかしい!!」
思わず叫んだ。
その瞬間、天幕の中にドッと笑い声が響いた。
大勢の人たちの前を、オープン馬車に乗って手を振る自分の姿を想像して、あまりにも不釣り合いで、不恰好で、逃げ出したくなった。
「恥ずかしいってかw」
オスカーがゲラゲラと笑うが、俺にとっては笑い事じゃない。
子供の頃から人前で発表したりするのは本当に苦手だった。
サラリーマン時代、社内で営業成績優秀者として表彰され、数百名の社員の前に立った時ですら、恥ずかしくてガチガチに体が固まってしまった過去を思い出す。
「ショーヘイが姿を見せることで、信者どもは我先にと襲ってくるだろう」
レインが苦笑しつつそう言った。
「つまり俺は生き餌ってことだよな…」
一度は囮になることを承諾したとはいえ、その状況を想像して顔を顰めた。
「だな。目の前に餌をぶら下げられるんだ。
それこそ発情期の獣のように襲ってくるだろうよ」
「お前とヤりたくて見境なく襲ってくるぞ」
オスカーとゲイルが下卑た笑い声を出しながら言った。
その言葉に、昼間見た3人を思い出して鳥肌がたった。
俺への性的欲求を隠そうともしない、あの目と行動を見た時に感じた恐怖を思い出し、笑い事ではないと正直思い、顔を引き攣らせた。
その時、アビゲイルがバンッと机を大きく叩いた。
「ねぇ、あんたたちにはわからないかもしれないけど、性的な意味で襲われるっていうのは、かなりの恐怖なのよ。
揶揄うネタにして欲しくないわ」
アビゲイルが怒りを露わにしてオスカーとゲイルに視線を向ける。
「そうよ。あの恐怖は襲われる側にしかわからないわ。
私は死ぬよりもレイプされる方がずっと怖い」
ジャニスも続けて言う。
「…ショーへー、すまん…」
「申し訳ない」
2人の剣幕に、オスカーもゲイルも調子に乗りすぎたと素直に頭を下げて謝罪した。
彼はおそらく一度もそういう目で見られたことも、襲われたこともないのだろう。
だが、アビゲイルもジャニスも俺と同じような経験をしてきたと、今の言葉でわかった。
彼女達へ視線を送って、目で感謝を伝えると、2人が微笑む。
「ショーヘイ、申し訳ないが決定事項だ。
オープンにさせることで、信者だけじゃなく、スパイどもにも襲いやすいと勘違いさせたい。
協力してくれ」
レインに真剣な眼差しで言われて、頷いた。
少し間が開き、再びレインが話す。
「最後に、これが一番重要だ。昨日黒鉄が言った言葉」
レインが全員を見る。
「奪えないなら殺せ。鉄鎖兵団を雇った奴の言葉だそうだ」
あの場に居た者ならその状況でわかっていたことだが、オスカーやゲイル達は知らない。
俺も、なんとなくわかっていた。
左腕を落とされた後、あの鎖は俺の頭を狙ってきた。レインが鎖を断ち切らなければ、俺は確実に死んでいた。
「おそらくは、ジュノーがこの国に利益をもたらす前に殺せ、という意味だろうな。
いいか。絶対に守り抜け」
「了解!!!」
俺以外が大きな声で即答する。
「よし。解散」
レインの解散宣言でそれぞれが天幕を出ていく。
天幕を出る時に、オスカーとゲイルが俺に近付き、オスカーが俺の手を取る。
「揶揄って悪かったな」
「すまん」
再び謝られ、握った手にキスされる。
「おい、悪ガキトリオ」
オスカーがそばにいるロイ達に不敵な笑みを浮かべる。
「絶対に守れよ」
「言われんでも」
ロイがフンと鼻を鳴らして笑う。
オスカーが手を離し、ゲイルが俺の肩をポンと叩くと軽く手を振って立ち去り、遠くにいた班の騎士たちに、今の内容を伝えに行った。
天幕に戻ろうとしたが、グレイは焚き火側にいる騎士達と話をしてくると離れ、3人で天幕に戻る。
「とうとう明日で旅も終わりか…」
クッションを背もたれに、両足を投げ出して寛ぐ。
「長かったですね」
ディーがそんな俺にお茶を差し出す。
礼を言って受け取り、温かいお茶を一口飲んで、ますますホッと落ち着いた。
「4ヶ月か…」
ロイがズズッとお茶を啜って呟く姿に、ジジくさいな、と思って笑った。
「ロマん家から王都まで、転移魔法を使えば3日なんだけどな」
「早馬だと5日ですよ」
2人が言った移動時間を考えると、本当に迂回に迂回を重ねて、随分と遠回りして来たんだな、と思った。
「辛いこともあったけど、楽しかった記憶の方が多いな」
思い出しながら微笑む。
「俺もお前も死にかけたけどな」
ロイが笑い、それは笑えないわ、と言いつつ俺も笑う。
「4ヶ月旅して、俺もこの世界の人に近付けたかな」
元の世界との認識や常識の違いに困惑し、悩み、苦しんで、今の俺がある。
「貴方にとってここは、この世界はまだ異質ですか?」
ディーが少しだけ不安な声を出す。
「正直、違和感は一生消えないと思う」
ここで取り繕うように隠しても意味がないと、素直に思っていることを言った。
「俺は別の世界で生まれて38年生きてきたから、俺の考えは元の世界が基準になってる。
それは変わらないし、変えられないと思う。」
ディーが俺の言葉を黙って聞く。
「だから今だにズレに戸惑うし悩むよ」
最大のズレは性に対してだ。そしてそれに付随した恋愛観。
ロイとディーに惚れて、愛し愛されることに、今だに信じられないという思いが付き纏っていることも事実。
「でも、俺はここで生きて行くって決めた。
ここに来ちゃったから仕方なく、じゃなくて、俺の意思でここで生きるって決めたんだ」
ニコリと2人へ微笑みかける。
「ロイ、ディー、ありがとう」
2人が俺に四つ這いで近寄る。
俺も上半身を起こすと、2人の手を握った。
「2人が好きだ。心から愛してる。
俺を助けてくれて、愛してくれてありがとう」
「ショーへー…」
「ショーヘイさん…」
ロイの顔が近付き、そっと唇を重ね、ディーとも同じようにキスをした。
「もうどうしようもないくらい、お前達が好きだ。
こんな気持ち、元の世界でも経験したことがないよ」
笑いながら2人に伝える。
「俺もだショーへー。今まで生きてきて、こんな気持ち初めてだ」
ロイの手が俺の手をとって自分の胸へ押し付ける。その手の平に伝わるロイの鼓動が早い。
「今だにこんなにドキドキしてるんだぜ?」
ロイが屈託なくニカッと笑う。
「私もですよ。ほら」
ディーもロイと同じように俺の手の平を自分の胸に押し付け、その早さを教えてくれる。
その2人の早鐘を打つ心臓に笑った。
「好きだ」
「好きです」
「ああ、俺も大好きだ」
3人で抱き合い、何度も口付けを交わす。
不意に2人の手が俺の肩を掴むと、そのまま押し倒された。
「はい、ストップ。ここまで」
覆い被さってくる2人の顔を両手で塞ぎ、動きを止めた。
「ダメ?」
「ダメですか?」
「ダメです。明日は大切な日なので、今日はいたしません」
言いながら2人の顔を押し返しつつ、起き上がる。
「えー」
ロイが文句を言う。
「なんと言おうと絶対にいたしません」
改めて座り直し、両腕で×印を作る。
2人が顰めっ面になり、思わず笑った。
「軽くちょこっと。先っちょだけ」
ロイが親指と人差し指でちょっとという仕草をする。
「先っちょって言い方やめろ」
「1回だけ。すぐに終わりますから」
ディーも珍しく下品な言い方をしてくることに苦笑した。
「駄目です」
1回でも、その1回が濃厚過ぎて体力を消耗する。今は明日のために少しでも温存しておきたいと、きっぱりと拒否する。
「SEXしたい…」
「したいです…」
しょぼんと項垂れる2人に、若干だが気持ちが揺れてしまった。
2人の気持ちはよくわかる。
俺だって、明日何もなければ受け入れてもいいと思う。むしろしたいとも。
「うぅ…」
その俺の揺らぎを感じたのか、2人の目の奥が光る。
「ショーへー…」
「ショーヘイさん…」
「だ、駄目!しない!」
2人が色気を出し、欲情した目を向けてきて少しだけ怯んだが、再び×印を作ると拒否した。
ここまではっきり拒否すると諦めたのか、ガックリと項垂れて、どんよりした空気が2人を包む。
うわぁ…。
その雰囲気に、どんだけSEXしたいんだ、とドン引きし、呆れたようにため息をつく。
「終わったら…」
ボソッと呟くように言う。
「全部片付いて、落ち着いたら…、その…、たくさんシていいから…」
その俺の言葉に2人が顔をあげる。
「本当だな」
「嘘じゃないですよね」
2人の目がきらりと光る。
「う…お、男に二言はない……と思う…」
2人の勢いに、早くも言ったことに後悔を始める。
「絶対だぞ。いっぱいシていいんだな」
「あ、あの、やっぱり手加減を…」
「無理です。ショーヘイさんが言ったんですからね」
よし!と活力を取り戻し、2人でハイタッチまで交わして、ヤル気満々の様子に、同情心なんて出すんじゃなかったと激しく後悔した。
翌朝、全員がいつもよりも早く目が覚め朝食をとるが、騎士たちの気配が普段と違うことがはっきりと伝わってきた。
目つきも姿勢も全く違う。
その姿を見て、自然と俺も気分が昂揚していく。
朝食後、慌ただしく準備を始めた騎士達を見ていると、マーサに声をかけられた。
「聖女様もお支度を」
「あ、はい」
彼女達の天幕に連れていかれて、マーサと3人の女性達に、聖女にされていくが、これまでの聖女仕様とは違っていた。
「今日は少しお時間がかかります。初お披露目ですから、しっかりと準備させていただきますね」
マーサに言われて、今まで以上に聖女にされるのかと、少しだけ怯む。
着替える前に、髪を整えられ、顔にも化粧を施された。
いつもよりも倍の時間をかけて顔と髪のセットが終わると、着替えが始まる。
その服の豪華さに心の中で激しくドン引いた。
最初に着せられた白地に金糸の刺繍が入ったものに似ているが、それよりも派手、というか、ビラビラする部分が多いし、裾もベールも長い。
小一時間はかかっただろうか。
俺が自分で何かしたわけではないが、されるだけ、というのもなかなか疲れるもので、終わりましたよ、と声をかけられてホッとする。
「どうぞ」
執事が俺の前に大きな全身鏡を持ってくる。
「うわ」
思わず声が出た。
誰?
自分でも思わずそう思うほどの別人がいた。
いや、俺なんだけど。
基本は俺に間違いないのだが、化粧一つでこんなにも印象が変わるのか、と鏡に近づいて自分の顔を見つめる。
詐欺メイクってやつだな。
思わずそう思って自虐的に笑った。
「お綺麗ですよ」
「ええ、本当に。久しぶりに楽しませていただきましたわ」
「よくお似合いです」
女性達が自分の仕事に満足して、さっきからずっと微笑んでいる。
そりゃ、ここまで変われば満足だろうと思う。それほど、俺自身別人だと思うほど綺麗にされた。
「聖女様、ディーゼル様がお迎えに上がっていますが、お通してよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします」
マーサに言われて振り返る。
天幕にディーが入ってくる。
そして俺の姿を見た途端に硬直した。
目を見開き口を半開きにしたまま俺をじっと見つめた。
俺も初めて見るディーの鎧姿に唖然とした。
真っ白い騎士服の上に、装飾を施された銀色の鎧。その肩から赤いマントを羽織っている。
「かっこいい…」
頬を染めて、思わず呟いた。
「綺麗ですよ、ショーヘイさん」
ディーも頬を染め、お互いに照れた状況で褒め合い、ますます恥ずかしくなる。
「ほらほら、いつまでも見つめあってないで」
マーサがニコニコしながら声をかけて、ディーがハッと我に返ると背中を向けて右肘を差し出す。
「あー…はい」
ここでもエスコートされるのか、と左手をディーの肘に添えた。
「では行きましょう」
歩き始め、執事が大きく幕を上げる。
長い裾を右手で軽く持ち、慎重に歩き天幕の外に出ると、天幕から馬車まで左右に整列した騎士たちの姿に驚いた。
全員が重装備の鎧を付け、長いマントをはためかせている。
つい今朝方まで無精髭を生やしていたおっさん達も髭を剃り整え、バサバサだった髪もしっかりと結われ、別人へ変わっていた。
いつも俺へちょっかいへかけてきたおっさん達が、誰もなにも言わず、背筋を伸ばして、うっすらと微笑みを浮かべ俺を見ている。
その姿に感動すら覚えた。
「ショーへー、綺麗だ」
「似合ってるぞ。どっから見ても聖女様だ」
天幕から出てすぐ、ディーの反対側にロイとグレイが並び、俺を見て微笑む。
「ロイも…グレイも、かっこいいよ」
ロイもグレイもディーと同じ鎧とマントをつけていた。
重装備のその姿にかっこいいとしか表現できない自分の語彙力の無さが恨めしく思う。
俺の前にレインが同じく重装備で跪く。
「聖女様、これより王都へ出発いたします」
俺の手を取り口付ける。
スクッと立ち上がると、背を向けて騎士達を見る。
「行くぞ」
「っは!!!」
レインの言葉に全員が一糸乱れぬ敬礼をする。
その騎士達の間をディーのエスコートで進み、すぐ後ろをロイとグレイがつき従う。
馬車はまだ屋根も壁もついていた。
パレード直前までは、普通の馬車で移動すると教えてもらい、裾に気をつけながら馬車に乗り込む。
4人が乗り込んだ直後、騎士達全員が自分の馬へ走り、素早く騎乗する。
マーサ達が、小走りに馬車へ近付くと、丁寧にカーテシーをした。
「聖女様、私たちはこれにて失礼いたします。
また王城でお会いしましょう。
どうかお気を付けて」
「ありがとうございます。また王城で」
マーサ達にお礼を伝えた直後、執事ではなく騎士が御者席に2人座り、馬車が動き出す。
ずっと俺たちにお辞儀をするマーサ達が見えなくなると改めて座席に座り直した。
重装備の3人を見る。
「すごいな。そういう姿を見ると、本当に騎士なんだなって思うよ」
「かっこいいだろ」
ロイがドヤ顔で胸を張る。
「ああ。すごくかっこいい。惚れ直したよ」
俺が素直にそう言うと、ロイがポンと顔を赤くして照れた。
「たまに素直になるんだよな…」
照れ隠しに口を尖らせながら文句を言う。
そんなロイに3人で笑う。
「そんな鎧、どににしまってたんだ?」
「ああ、昨夜黒騎士が持ってきたんですよ。彼らはこれから残してきた天幕やらの撤収をした後、王都へ入ります」
「それも全部、計画に入ってたわけ?」
「もちろん」
へぇ、と準備万端な計画を立てたディーの兄達に感嘆の声を出す。
それにしても、黒騎士が万能すぎて改めてすごい機関だと思った。
諜報から戦闘、その後始末、物資運搬の黒子的な役割まで。表立った騎士団よりも人数が多いんだろうなと思う。
「それにしてもまぁ…化けたなぁ、ショーへー」
グレイがじっと俺の顔を見る。
「ほんとそれな。俺もびっくりだわ。
詐欺だ詐欺。化粧取ったら誰!?みたいな」
俺の詐欺という言葉に3人が声に出して笑う。
「化粧してなくてもショーへーは可愛い」
「ええ、可愛いです」
「だーかーらー、39歳のおっさんに可愛いって言うな」
何度も繰り返してきたセリフを言い、4人で笑い合う。
「そういえばよ、昨日の夜、せっかく俺が気ぃきかせてやったのに、SEXしなかったのか」
突然グレイに言われて、グゥと喉から変な音を出す。
「お、おま」
真っ赤になってグレイに抗議するが、ロイとディーがニヤニヤしながらグレイに教える。
「全部片付いたらたくさんヤルんだ」
「終わったらいっぱいするんです」
そういうことをバラすな、と2人の鎧の脛当て部分をガンと蹴った。
「そうか。頑張れよ、ショーへー」
「何をだよ!!」
グレイの励ましに思わず突っ込んだ。
こんなくだらない4人での会話もあと少しで終わる。
刻一刻と近付く王都へ行くにつれて、鼻の奥がツンと痛んで、泣きそうになるのを必死に堪えた。
「見えてきましたよ」
左側に座っていたディーが、帰ってきた我が家を見つけて、少しだけ嬉しそうな声を出す。
ディーの我が家、つまりは王城だ。
「どれどれ」
身を乗り出してディー側の窓から外を見ると、山を大きく削り取ったような岩肌に沿うように立つ尖塔が何本も見え、某アミューズメント施設にある城の何倍もありそうな巨大な白い建物がここからでもはっきりと見えた。
そして、その前方部分に末広がりに広がる5層に重なった高い城壁と、初めてみる巨大な街並みに、ポカンと口を開けた。
「で、でか…」
「そりゃ王都ですから」
今まで立ち寄ってきた街を全部集めてもまだ足りないほどの大きさに唖然とする。
「もうすぐ着くぞ」
ロイが身を乗り出して外を見る俺の尻を叩き、その後なでなでと弄った。
「おい」
「いいじゃん、ケツくらい」
「お前、おっさん達に似てきたぞ」
そう言うと、ハッとしたロイがすぐに手を引っ込めて、ごめんなさい、と謝った。
身を乗り出さなくて見える王都を、窓から眺めているうちに、視界に全て収まらないほど近付くと、速度を落としゆっくりと進んで行く。
ここまで近付くと王都から大勢の人々の気配を感じ取ることが出来た。
馬車の頭上に、鳥がたくさん飛んでいるのが影でわかり、感知した魔力から、魔法の鳥で、城壁に配置された魔導士が警戒のために飛ばしているものだとわかった。
そして気掛かりだったことが、俺の体に現実として襲い掛かる。
「大丈夫か?」
俺の青ざめた顔を見て、ロイが声をかける。
「あのさ…、索敵魔法とかもろもろ…全部遮断してもいいか…」
ディーが青ざめる俺の顔を見て、すぐに察した。
「気持ち悪いんですね。すぐに感知魔法も全部遮断してください」
「ごめん…気持ち悪くて、耐えられない…」
小さく震える俺の手を2人が強く握りしめる。
王都に近付くにつれて、俺の索敵や感知魔法にひっかかる気持ちの悪い魔力反応に耐えられなくなっていった。
王都内にいったいどれだけの信者がいるのか知りたくもないが、ねっとりと絡みつき、まとわりつく信者の魔力が、全身を、体内を弄られるような錯覚を引き起こす。
無意識で使っている感知魔法は切り方がわからないので、魔法が外へ漏れないように、全部包み込んで遮断するしか方法がない。
逆に、この方法だと敵意などは一切感知できなくなる。
危険だとは思ったが、近付くにつれて大きくなる不快感に体がもたないと判断した。
ロイが通信用魔鉱石を使って、全員に俺が索敵や感知魔法を全て遮断したと報告し、先頭を走るレインから、了解、問題ない、と返事がくる。
馬車の隣を走るオスカーやオリヴィエもグッとサムズアップをし、問題ない、と意思を伝えてきた。
遮断し感じなくなった不快感にホッとする。ゆっくりと深呼吸を繰り返し、感じていた不快感を全て拭い去る。
「もう大丈夫。
今度この魔法をきちんとコントロール出来るように練習しないとな」
そう言って自虐的に笑った。
俺がこの世界に来て120日目。
サンドラーク公国の王都、フォースキャリアに到着した。
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