おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜囮と襲撃〜

おっさん、可愛がられる

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 目の前に熱いお茶が入った湯呑みを置かれる。
 湯気のたつそのお茶を眺め、両手で湯呑みを覆うと手の平が暖かくなって、ふぅと短い息を吐いた。
「腕、くっついて良かったな」
「ああ、うん」
 答えながら、湯呑みを口へ持っていき緑茶を口に含んだ。
「使用人なんて放置すれば良かったのに」
「そんなこと出来るわけないだろ」
「だよな」
 対面であははと笑う声を聞く。
「なあ、わかってるか?」
「何が」
「自分の体がどうなってるのか」
「…別に何も」
「本当に?」
 そう聞かれて、何を言っているんだと意味がわからず、湯呑みから正面へ視線を移動させた。

 そこに、俺がいた。

 鏡、ではない。
 別々の動きをしているし、会話をしているから、別の男だとわかるが、それと同時にはっきりと俺自身であると理解した。

「なあ、その体は本当にお前のか?」
「俺のだよ」
「聞き方が悪いか…」
 俺が目線を逸らして少し考える。
「その体は、元の世界と同じお前か?
 その腕は、本当にお前の腕か?」
「…何が言いたいのかわからない」
 眉を寄せて俺が俺を見る。
「俺もよくわかんないわw」
 俺が笑う。

「魔素ってなんだろうな」
 その問いかけににビクッと体を竦ませた。
「魔素は魔力の源で…体内で魔力に変換されて」
「体内のどこで?
 変換ってどうやって?」
 俺がニコニコしながら聞いてくる。
「知らねーよ。息するのに酸素とか意識しないだろ。それと同じだ」
 俺があははと笑う。
「魔素も酸素も同じってことか」
 そう言われて何も答えられない。
 だが、酸素が人体に必要で、体を構成する細胞が酸素を取り込んでエネルギーに変える、だったはず、とうろ覚えの理科の授業を思い出す。
「わからないことだらけだな」
「ああ。わからない…」
 ぬるくなったお茶を口に含む。
 すでに懐かしくなった緑茶の味が胃に染み渡る。

「そろそろ時間だな」
「時間?」
「目覚める時間だ」
 俺が笑うと立ち上がる。
「お前、俺だよな」
「そうだよ。俺はお前だ。また会おう」
 そう言った途端に俺が一瞬で消えて、湯呑みだけが残る。

 前にもこんなことがあったような気がするが、どうしても思い出せない。

 どこで俺は俺と会ったんだっけ。

 我ながら変な言い方だと思う。
 残ったお茶を一気に飲み干し、思考を停止した。






 ゆっくりと目を開ける。
 焦点が合わずにぼやけているが、俺を覗き込んでいる人の姿が見えた。
「気がつかれましたか」
 涙目のマーサが、目を覚ました俺を見て大粒の涙を流す。
「ショーヘイ様、ありがとうございます」
 泣き崩れるマーサを抱きしめて、彼女の代わりにお仕着せを着た女性が俺に言う。
「我らを守るために腕を…」
 姿は見えないが、使用人の執事だと声でわかった。

 そうだ、腕。
 大きくて太い鎖に貫かれて、肩から腕が千切れたんだった。

 人ごとのように思い出し、左腕に意識を集中させると、正常にそこに腕はあるし動かせる。

 よし、ちゃんと繋がってる。
 ヒール、すげえな。

 左手を開いて閉じる動きを繰り返して、何も異常も違和感もないことを確認した。

「どのくらい眠ってました?」
「3時間ほどです」
 女性が答える。
 時間を聞いて、魔力の大量消費に体が追いついて来ていると思った。
 感覚で、どの程度の魔力を使えば意識を保てるかが、なんとなくわかる。

 体に力を入れ起きあがろうとすると、すかさず執事が体を支えて起こしてくれた。
 水を渡されそれを飲み干すが、ふとさっきも何か飲んだような気がして首を捻る。
 さっきまで誰かと話していたような気がするが、全く思い出せない。
 だが今は、思い出せない記憶をいつまでも考えるよりも、することがあると思考を中断させて、俺は馬車の座席に寝かされていたことに気付いた。
「みんなは?」
「みなさまご無事ですよ」
 マーサが涙を拭いながら笑顔を向ける。
「戦闘の後処理をなさってます」
 教えてくれた執事に頷きつつ、座席から足を下ろして座ると、クリーンも着替えも済んでいてどこにも血の跡は残っていなかった。
「ありがとうございます」
 綺麗にしてくれた使用人たちに笑顔でお礼を言うと、逆にとんでもないと恐縮された。
 ゆっくりと立ち上がり、疲労感によるだるさはあるが、ふらつきもないし意識もはっきりしている。
 大丈夫だな、と馬車から出る。

「お!ショーヘーちゃん!!」
「聖女ちゃん!!!」
 近くで馬車の残骸を集めていたおっさん達が俺を見つけてパアァッと表情を明るくさせて、担いでいた木片を放り投げると、俺へ駆け寄ってくる。
 すっかり、俺はちゃんづけで呼ばれることが定着したようで、集まってきた騎士達に囲まれた。
「腕千切れたんだって?」
「繋がったか?」
「すげーなぁ、自分で治しちまうんだからなぁ」
 腕が千切れる、というなかなか物騒な言葉だが、こうも明るく言われると、少し指を切った程度の怪我と同じような感覚に思えてくる。
「やっぱり可愛いなぁ」
「間近で見るとほんと可愛い」
 どんどんと怪我の心配から内容が変わって行き、おっさん達の距離が近くなっってくる。
「うわ!」
 そうこうしている内に、1人のかなりデカい、グレイ並みのガチムチおっさんに抱き上げられた。
「は、離して…」
 子供を高い高いするようにおっさんの頭よりも上に持ち上げられ、浮き上がった足をバタつかせた。
 だが、そのまま肩に座らされて、落ちないように支えられてはいるが、不安定さにおっさんの頭にしがみつく。
「いいなぁ」
「可愛い」
 ワタワタしている俺を尻目におっさん達が俺を担ぐおっさんへ羨望の眼差しを向ける。
「た、高、こわ、お、下ろ、して」
 おっさんが歩くと、その揺れと高さに絶叫マシンを思い出して、頭へ必死にしがみついた。
 馬車の残骸を通過し、ロイ達が集まっている所まで連れて行ってくれる。
「おーい!聖女ちゃん、目ぇ覚ましたぞー」
 大声でロイ達に声をかけた瞬間、ロイとディーが担がれた俺を見て、顔色を変えると一目散に走ってくる。
「触んな!離せ!」
 ロイが怒鳴る。
「ほらよ」
 おっさんが笑いながら、俺の尻と太ももを掴むと、ポイっとロイ達へ向かって軽々と放り投げた。
「ひゃああぁぁ!!」
 5メートルくらいの高さまで投げられて、そのまま落ちていく時に、涙目になりながら変な声で悲鳴を上げた。
 そのまま落ちるわけもなく、ロイとディーに難なく受け止められて、事なきを得る。
「運ぶにも方法ってもんがあるだろうが!!」
 ギャンギャンとロイが俺を放り投げたおっさんに向かって怒鳴るが、おっさんはゲラゲラと笑いながら、面白がる。
 思わず、戦闘よりも、腕を落とされたことよりも、今の放り投げられたことが一番怖かったと、地面に足をついた後でそう思った。
「すまんなぁ、ガサツな奴ばかりで」
 グリフィスが笑いなら言ってくるが、全く謝罪の気持ちは含まれていなかった。
「大丈夫か?」
 2人が俺の体を色々な角度から見て、触って確認してくる。
「だ、大丈夫」
 まだ心臓がバクバクして落ち着かないが、それでもそう答えた。
「腕もちゃんとくっついたな。取れたりしないよな」
 グレイが俺の左腕を掴むと、上へ下へ動かしたり、引っ張ったりする。
「突然、ポロッと取れたりして」
「怖いこと言うな」
 ロイが茶化すのを涙目で睨む。
「ショーヘイ、よく頑張ったな」
 そんな俺の頭をレインが撫で、その扱いに苦笑いしか出来ない。
「よーし、移動するぞ!準備急げ!!」
 グリフィスが集団から離れ、一気に慌ただしくなった。



「今、どういう状況?」
 ようやっと膝の震えが止まり、放り投げられた恐怖から解放されて、周囲を見渡しながら確認した。
 すでに、陽は落ちかけて、空の一部がオレンジ色になっている。
「お前が全員を治療してくれたおかげで、後処理はほぼ終わってる」
 レインが答え、ここから離れた場所に敵兵士の遺体が仰向けで綺麗に並べられているのを見て顔を顰めた。

 人が死んだという事実を目の当たりにして、心が曇る。
「そんな顔するな」
 グレイが俺の頭を撫でて慰める。
「あの人たち、どうするんだ?」
 遺体から目を逸らしつつ聞いてみる。
「敵とは言え、粗末にはしませんよ。持っている認識票と装備品の一部を回収した後火葬します。回収したものは出身国へ送り返しますよ」
「そっか…」
 このまま放置するわけではないと知って、少しだけホッとする。
「鉄鎖兵団って、どこの国の兵士なんだ?」
「あいつらは、ジェラール聖王国の兵士だった」
 グレイが並んだ遺体を遠目に見ながら言う。
「だった?」
 5年前に終結した、かの国との戦争。その国の兵士だった彼らが、なぜ俺を狙ったのか。
「戦争が終わって、国に放逐されたんですよ。元々ジェラール聖王国でも持て余されていましたからね」
 ディーが苦笑しながら話す。
「国の中でやりたい放題。それでも飽き足らず近隣諸国の村や街を襲い、野盗まがいの行為を繰り返していた。
 この国へ侵略を始めたのもあいつらだ。
 そんで、俺らに負けた責任を取らされ、当時の兵団長や側近の数人は処刑されたが、赤鉄と黒鉄、兵士どもは追放されたってわけ」
 ロイが呆れたように言う。
「聖王国の鉄鎖兵団といえば、泣く子も黙る猛者揃いの軍だったんだがな。
 歴代の兵団長も誇り高い武人だった」
 長命種のレインが昔の兵団をよく知っているようだった。
「今や各国で指名手配された、ただの犯罪者だ。
 おそらくは誰かに雇われてジュノーを狙ったんだろうが、ジュノーは二の次で、目的は私たちへ復讐だろうな」
 黒鉄が死ぬ前にそのようなことを言っていたと全員に話す。
「誰に雇われたかはわからないのか」
「それはこれからの尋問次第だな。3名生かして捕縛したが、彼らが雇い主を知らない可能性もある」
 フィッシャーが言い、丁度頭上に戻ってきた黒い鳥が彼の肩に舞い降りた。そのまますぐに球体へ形を変えると、フィッシャーの手の中に収まり、彼が手を握る。
「ああ、タイミングがいいな。
 やはり雇われた事実は間違いないが、雇い主は黒鉄しか知らないそうだ」
 あのカラスを小さくしたような鳥が黒騎士の伝達魔鳥だと知る。
 伝達魔鳥を見たのは初めてで、少しだけ驚いてしまった。
 もし黒鉄が生きていて雇い主を聞き出そうとしても、絶対に口を割ることはないだろうと思った。
「隊長!出発準備出来ました!」
 離れた所からフィンが叫ぶ。
「よし、出発するか」


 馬車が1台破壊されたことで、乗り方を変更する。
 兵団が使用し戦闘においても無事だった馬を数頭確保して隊列に加える。
 グリフィスとフィッシャーが馬車を降り、破壊された馬車の御者をしていた執事が使用人の馬車へ移動した。

 戦闘の残りの後処理を黒騎士に任せ、今日の目的地である野営地まで移動した。
 予定よりも数時間遅れではあるが、その後襲撃されることはなく、無事に野営地に到着することが出来た。

 天幕を張ったり、食事の準備をテキパキとこなす騎士とマーサ達を、端っこの方で邪魔にならないように見ていたが、騎士達が入れ替わり立ち替わり俺の所へやってくる。
「喉乾いてないか?」
 ジョッキを差し出される。
「果物食べるか?」
 綺麗にカットされて盛り付けられた皿を差し出される。
「寒くないか?」
 何故か手をワキワキさせて近付く。
 その度に、ロイ達や「ショーヘーをスケベジジイから守る会」の女性陣がおっさん騎士たちを俺から引き剥がしていく。
 それでもめげずにチャレンジするおっさん達に笑った。

 夕食が始まると、あれも食え、これも食えと差し出され、そんなに食べられないと遠慮する。
「モテモテだな、ショーヘー」
 グレイが笑いながら言い、ロイとディーがぐぬぬと、俺に近付こうとする騎士達を睨み威嚇する。
「なんだなんだ、ショーヘーはみんなの聖女ちゃんだぞ」
 逆におっさん達がロイとディーを揶揄い、爆笑されていた。


 移動3日目、今朝も簡単な打ち合わせから始まる。
 今日は早目に野営地へ入り、王都入りパレードの最終的な打ち合わせ、ようするに戦闘準備をすることになっている。
 すでに、王都は徒歩圏内に入っており、今日の野営地を出発すれば1時間ほどで王都が見えてくるという。
 昨晩、野営地へ近付こうとする襲撃グループが2組おり、見張りと警護の騎士達にあっさり討伐されていた。
「昨日の鉄鎖兵団以上の襲撃があるとは思えんが、今日もまぁ…襲われるだろうな」
 グリフィスが首をコキコキと鳴らしながら言う。
「まぁ適当にあしらおう」
 レインが笑う。
「俺も索敵頑張ります」
 フンスと鼻息荒くそう言うと、何故か笑われた。
「え、なんで?」
「お前、護衛対象者だぞ?」
「戦う気満々だな」
 ロイとグレイに笑われて、ムクれる。

 その後、天幕を撤収する時間を使ってマーサのマナー講習を受ける。
 この間の復習のように、挨拶のお辞儀の角度などをチェックされた後、一応合格点をもらい、今度はやってはいけない所作、言ってはいけない言葉や話題を教えられて、メモ帳に書き込んだ。




「3キロ後方から接近者あり」
 通信用魔鉱石を握り、同じ物を持つ全員へ連絡する。
「5名で、強さ4」
「アビー、2人連れて行け」
「了解」

 出発から2時間で3組目の襲撃で、虫を払い落とすように、淡々と処理をするめる。
「ほんと便利だな、ショーヘー探知機」
 グリフィスがゲラゲラと笑う。
 もはや探知機扱いされて、レインもクスリと笑う。

 昼休憩前に5組目の襲撃があったが、これもあっさりと片付けられた。
 馬車から降りようとすると、目の前にたくさんの手が差し出される。
 う、とどうしようか迷ったが、真っ先に手を差し出してきたオスカーの手を取った。
「やった!!」
 オスカーが喜び、俺の手を握るといきなりグイッと引き寄せ、そのまま肩に担がれた。
「もーらい!」
「あ!!てめぇ!!!」
 俺を担いだまま走るオスカーをロイが追いかける。

 なんだこの状況。

 担がれて走られているのに、俺への振動があまりなく、後ろから追いかけてくるロイを見て、可笑しくて笑いが込み上げてくる。
 思わず、ヒラヒラとロイへ手を振ると、ロイがスピードを上げた。
「ほいっと」
 ロイの手が俺に触れようとした瞬間、オスカーは俺を別の騎士へ渡す。
「お前ら!」
 騎士達が連携して、俺をバトン代わりに担ぎ逃げまわる。
 俺をダシにしてロイを揶揄うおっさん達の行動に笑いつつ、それでも必死に俺を追いかけてくるロイが可愛くて、自分から逃げることにする。
 俺を担いでいるおっさんの耳にフーッと息を吹きかける。
「ウヒョォ!」
 その行為に変な声をあげ、驚いたおっさんが担ぐ力を緩めたので、足に身体強化の魔法をかけると、おっさんを踏み台にして飛んでみた。
「ロイ」
 ジャンプして、ロイへ手を伸ばすと、ロイが上から降ってくる俺をしっかりと受け止める。
 オスカーが変な声をあげた騎士を指差してゲラゲラと笑った後、ロイの背中をバシバシと叩く。
「オスカー、てめぇ」
「いい運動になったわ。またよろしくな」
 屈託なく笑うオスカーに俺も笑う。
「ショーヘー、ワシにもフーッてしてくれんか」
「俺にもフーッて」
 数人の騎士が俺へ耳を差し出しながら鼻息を荒くする。
「このエロジジイどもが…」
 ロイが呟くが、俺は笑いながらロイを制して、そのおっさんの耳へ口を近づける。
「わ!!」
 その耳元で大声を出してやった。
 その声におっさん達がビクーン!と体を強張らせ、数人は耳を抑えてひっくり返った。一斉に周囲から笑いが起こる。
「自業自得だ」
 ロイも笑った。
「ほらほらみなさん、遊んでないで。昼食ですよ」
 そんな騎士達の遊びを尻目に、黙々と昼食準備を終えたマーサが声をかけてくる。
「ジジイたちとも明日でお別れだ」
 ロイがすぐにでも別れたいと言いたげに呟き、笑いながらロイの手を引いて昼食を食べに向かった。




 昼食後の移動でも襲撃は続くが、どれもこれも雑魚ばかり。
 本当に奪う気があるんだろうか、と思うくらい弱く、少人数の襲撃が相次いだ。
「あれですね、他国の諜報員や兵士ではなく、聖女教会の奴らですよ」
 ディーが欠伸しながら俺の質問に答える。
「ああ、そういうこと…」
 確かに索敵に引っかかる魔力は敵意とは言い難いものもいくつかあった。
 敵意ではないのだが、どこか全身がざわつく嫌な感じがあり、襲撃として報告していた。
「ちょっとどんな奴らか見てみたいかも」
 独り言のように呟くと、レインが苦笑する。
「どうする? 見せるか?」
 俺以外の4人で顔を見合わせる。
「見ておいた方がいい…のか…?」
「見せたくはないですが…」
 グレイとディーが意味ありげな表情で俺を見て、ロイは反対と言いたげな顔をする。
「王都でいきなり出会って狼狽えるより、実物を先に見ておいた方がいいかもしれんな」
 レインが言い、3人が渋々と言った感じで頷いた。


 そして数十分後、索敵に俺にまとわりつくような魔力を感じて報告する。
「前方5キロ右方向に3人。強さは…1もないです…」
 もはや一般人レベルの魔力に苦笑する。
「ジャニス、3人とも捕らえて来い」
「はぁ~い」
 先頭のジャニスが気の抜けたような返事をし、隊列から離れて行く。
 それから約5分後、馬車が停まった。
「あれだ」
 窓から、捕らえられた3人を見る。
 
 普通の一般人のように見えた。

「近くで見てもいいですけど、絶対に声をかけたりはしないでください。
 それと…かなり酷いですからね。覚悟した方がいいですよ」
 ディーの言葉に妙な不安が湧き起こった。
 馬車を降りて、縄で縛られ座り込む3人へと近付く。
「あら、大丈夫?」
 ジャニスが俺に気付いて声をかけてくる。
 俺の前にロイとディーが立ち、2人の隙間から3人を眺めた。
 別に何か変わった所はないと思う。どこにでもいるような普通の人だと思った。
 だが、3人の1人が顔をあげ、俺たちを見た瞬間、その表情が変わる。
「聖女様!!!」
 突然叫ぶと、拘束されているにも関わらず、立ち上がり俺へ近付こうとする。
「聖女様、聖女様だぁ、聖女さまぁ」
 すぐにジャニスが足をひっかけて転ばせるが、顔を俺の方へ向けて、涎を垂らしながら、聖女様と何度も呼び続ける。
 それに反応して、2人の男も俺へ近付こうとするが、すぐに転ばされて、芋虫のように這いずりながら俺へ向かってくる。
「……」
 その3人の様子にゾクッと悪寒が走る。
「せーじょさまぁ~、愛してますぅ~」
「せいじょさまぁ、こっちにきてくださいよぉ」
 はぁはぁと息遣い荒く俺を見る3人に、思わず2人の背中に隠れた。

 なんだあれ…。
 狂ってる。

 狂信者とはこういうものなのか、と見なければ良かったと一瞬後悔した。
「おら、暴れんな」
 ジャニスがいつものオネエ口調ではなく、普通の男言葉で、這いずる男を軽めに蹴る。
 蹴られた信者がゴロリと仰向けになるが、それでも俺へ近付こうと足を動かした。
 そして、その股間が大きく膨れあがり、俺を見ながらカクカクと腰を振る姿を見てしまい、吐き気が込み上げる。
「ヒッ…」
「聖女様ぁ、愛してます、愛してるんですぅ」
「愛してあげますから!たっぷり可愛がってあげますから!」
「愛し合いましょうよぉ!」
 涎を撒き散らしながら、ウヘヘヘと笑い、大きく膨らんだ股間を地面へ擦りつけるように腰を動かす。
 あまりにもその酷い姿に恐怖を覚え、思わず数歩後ずさった。
 そんな俺に気付いて、ロイとディーが俺の視界を塞ぐと、男から俺を隠すように抱きしめて馬車へ連れていく。
「聖女様!待って!少しだけでいいから!」
「聖女様!!舐めさせてくれよぉ!」
 3人が3人とも狂った目で俺を見て、涎を垂らして俺への欲情をぶつけてくる。
 その声に思わず耳を塞いだ。
 馬車に乗ると、すぐに動き出す。
 俺は自分にまとわりつくような魔力を払うように、何度も腕や足をさすった。
 気持ち悪くてどうしようもなく、鳥肌がたつ。
「どんな輩なのか、わかったか」
 ロイが慰めるように俺の肩を抱く。その時初めて自分が小さく震えているのがわかった。
「聖女教会の聖女って…」
「性的な象徴だ」
 レインの言葉にショックを受ける。
 数日前に、攫われれば犯されると言われたのは、こういうことかと思い知った。
「ショックだろ、あんなのを見て」
 グレイが顔を顰める。
「確かにな。驚いたよ…。あれは…まともじゃない…狂ってる目だった」
 聖女フリークなんて言葉じゃ、まだ生ぬるいと思う。
 あの目。視線で犯すように俺を見た目に寒気がする。
「でも、見といて、知って良かったと思う」
 王都でパレード中にあれを見ていれば、もっと動揺したかもしれないと思った。
「大丈夫です。指一本触れさせませんから」
 ディーが俺の手を握る。
「ありがとう」
 ディーに微笑み、重ねられた手をひっくり返すと指を絡めて握り返す。
「それにしても、あれはちょっと異常過ぎやしないか?
 なんか変な薬をやってるとか、洗脳されてるとか…」
 俺の言葉にレインが目を細める。
「どちらも正解だ。
 聖女教会の集会でトランス状態になるために薬物が使われている。
 その上で、聖女への異常なまでの執着と性欲を植え付けられるらしい」
 レインの説明に、やっぱりそうか、と思った。
 ただの信仰だけであんな状態になるなんて、絶対に普通ではあり得ないと思った。
「俺、あいつらに襲われたら、手加減出来ないかも」
 はぁとため息をつく。
「手加減ってw」
「確かに、ショーヘーの一撃で吹っ飛ぶような奴らだけどなww」
 ロイが笑う。
 少しだけ場が和み、時間が経つに連れて動揺も薄くなっていく。
 あんなやつらに捕まってたまるか、と今は逆に見ておいて良かったと思った。
「弱いにせよ、数が多いからな。明日の黒騎士の活躍に期待しよう」
 レインが微笑み、話を締める。



 明日。
 最終目的地の王都へ到着する。
 泣いても笑っても、これで旅が終わりを迎える。

 気をしっかり持たなきゃ。

 何度か深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。
 そして最後の野営地に到着した。
 
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