おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜囮と襲撃〜

87.おっさん、奮闘する

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 外から聞こえてくる鳥の鳴き声に、自然と目が覚めた。
 薄目を開けて、天幕の天井を見ながらパチパチと瞬きを繰り返し、視界をはっきりさせる。
 上半身を起こすと、俺の胸の辺りにあった、ディーの腕が床へぱたりと落ちた。
 左側に眠るロイは、夜中に暑くなったのか、俺から少し離れて背中を向けて寝ていた。
 グレイもさらに向こうでイビキをかいているのを確認し、立ち上がると天幕の入口へ欠伸をしながら向かう。
 入口の幕をずらして一度外を確認すると、朝靄が出て、辺りを白いモヤで包んでいた。
 俺たちと騎士達、それに使用人の天幕が数張たてられ、その中心の焚き火の前に数名の騎士が小さめの声で談笑していた。

 そっと天幕から出ると、その焚き火へと近付く。
「おはようござ…いま…」
 近付きながら、騎士へ声をかけるが、数人の騎士が腕や顔に大きな切り傷を作っており、応急処置であろう白い包帯が赤く染まっていた。
「な、何があったんですか!?」
 驚いて慌てて騎士へ駆け寄る。
「おー、おはよう、ショーヘー」
 振り向いてニコニコと挨拶してくる。
「夜に襲撃があってな」
「え」
 そう言われても、何も戦う音なんてしなかった。
 だが、明らかに戦ったであろう怪我をした騎士に狼狽える。
「油断しちまった」
 ガハハと笑うガチムチのおっさん騎士に近寄ると、その腕の傷を見る。
「他に負傷者は?」
「ああ、あっちに」
 もう1人が天幕と天幕の間を指差す。
 朝靄で白く霞んだ向こう側に、数人が座って仲間の騎士がヒールをかけているのが見えた。
「怪我だけですよね?」
「おう。俺たちはな。敵さんは死人しかいねえが」
 また笑い、その言葉にホッとした。
 そして、その場でゆっくりと魔力を解放していく。
 両腕を少しだけ開き、いつものように、全体を包み込むように、魔力を周囲に行き渡らせていく。
「ショーヘー…」
 様子が変わった俺に、おっさん騎士がじっと俺を見る。
「ふぅ…」
 ゆっくりと息を吐き、目を閉じる。手の平を上に向けたまま両腕を胸のあたりまで持ち上げた。
「ヒール」
 その瞬間、足元から天幕とその周辺を包み込むように魔法陣が地面に出現すると、白い光と金色の粒が覆った。
 時間にして数秒。
 魔法陣と同時に光も消えると、騎士が呆然と俺と傷を交互に見つめた。
「治ったぞ、おい」
 天幕の側で治療を受けていた騎士が3人焚き火へと近付いてくると、すっかり綺麗になった腕を見せてくる。
「すげーな…」
 一気に全員を治した俺に、ヒールをかけていた騎士が呟く。
「聖女様…」
「本物かよ…」
 パッと目を開くと、騎士たちに微笑む。
「治った?」
 騎士達がうんうんと頷く。
「ショーヘー、お前、本物の聖女様か」
「え?」
「ああ、すまん。隊長からはジュノーで聖女だとは聞いていたんだが、俺を含めて数人は、聖女の方は建前だと思ってたんだ」
「ああ、そういうこと」
 ニコリと笑って、焚き火のそばの倒木へ腰掛ける。
「ありがとう」
 おっさん騎士が腕に巻いていた包帯を取り払うと、血のついたそれを焚き火へ放り投げる。
「どういたしまして」
 笑顔で返すと、おっさん騎士に手を取られ、その甲に口付けられる。
「お前の護衛が出来て光栄だ」
 オスカーと名乗った騎士がニコリと笑う。
 すっかり治った騎士達に囲まれて、口々に感謝され、少しいい気分になった。





 朝食前に、マーサ達が俺の身支度を整え、聖女様の姿へ変貌させる。
「ショーヘーちゃん、今朝も可愛いな」
 昨夜の襲撃に加わらなかった騎士たちが起きてきて、俺に近付き触ろうとするが、ジャニス、オリヴィエ、アビゲイル、エミリア、の女性陣(1人は男だが)が俺をスケベオヤジ達からしっかりと守ってくれた。
「ありがとう」
 お礼を言うと、4人はスクラムを組んで、
「ショーヘーをスケベジジイから守る会」
 を結成したと教えてくれて、声に出して笑った。

 


 天幕を撤収するのを眺めつつ、ロイ達とレイン、グリフィス、フィッシャーで打ち合わせをする。
「昨晩の襲撃はキドナの間者だ」
 フィッシャーが手に持った暗器を差し出す。
 それを見て、旅の序盤で、キドナの刺客に襲われてこの暗器で足を刺されたことを思い出した。
「こりもせず…」
 ロイが舌打ちをする。
「前回は全員生かして帰したんですけどね」
 前回の忠告が全く意味がなかったと苦笑する。
「まぁ、それについてはサイファーが上手くやるだろ」
「夜間で不意をつかれたこともあるが、騎士たちが怪我を負うくらいなんだから、前回とは格が違うな」
「ああ。キドナの王太子直下の親衛隊だ」
 レインが答えると、ロイ達がへぇと声を漏らす。
 この辺の国の事情はまた後で聞こうと思い、メモを取る。
「それよりショーヘー、部下達の治療感謝する」
 レインが微笑みながら言い、俺も笑顔で返した。
「黒からの情報で、ここから先の街道で各国の諜報員、聖女教会の輩を処理したそうだ」
 フィッシャーが早朝に連絡を受けた内容を報告をする。
「それでも昨日のような隙を狙って襲撃があるだろう」
 レインがポケットから小さな魔鉱石をいくつか取り出した。
「これを渡して置く。特にショーヘー。お前の索敵に引っかかったら、すぐにこれで知らせて欲しい」
 ロイ達が魔鉱石を受け取り、俺の手にも一つ握らせた。
「これは?」
「通信用魔鉱石ですよ。これに魔力を込めて話せば、同じ物を持っている人へ繋がります」
「おお、それはすごい」
 早速魔力を込めて喋ってみる。
「おい、全員ここにいるのに意味ないだろ」
 グレイが突っ込み、全員で笑った。
「これで伝言ゲームしなくて済むな」
 小さな玉を指で摘んでじっと見つめる。
「伝言ゲーム?」
 ディーが、新たなジュノーの知識なのかと食いつくが、ただの遊びだから後で教えるよ、と笑った。




 移動2日目、順調に馬車は進む。
 フィッシャーの報告通り、黒騎士が潜んでいた襲撃者を一掃しており、午前中は何事もなく進んだ。
 昼食休憩をはさみ、午後の移動が始まるが、あまりにも順調で、かつ王家の馬車が以前の馬車に比べて揺れが少なく、初めて馬車でうつらうつらと船を漕ぐ。
 だが、突然背筋に氷水をぶっかけられたような冷たく強烈な悪寒が走って、ヒッと小さく悲鳴をあげた。
「何か感じたか」
「と、停まって」
 魔鉱石を握りしめ、魔力を込めて喋る。
 馬車が速度を落として、街道の脇に停まった。
 その間も悪寒は止まらない。
 昨日の襲撃前の感覚とは比べ物にならない嫌な感じが体を包み、全身に鳥肌がたった。
 レインが馬車を降り、俺たちの馬車へやってくる。
「どうした」
 ロイが小さく震える俺の背中を摩りながら、大丈夫だ、と慰めてくれる。
「この先…何かあるか?」
 俺の質問にディーが答える。
「30キロ程先に、数百年前にモンスターブレイクで破壊された街の廃墟が」
「多分、そこだ。そこに、大勢集まってる…」
「街道から離れてるな」
「強い魔力を感じる。20…? いや、30人?」
 胸元で両手を握り込み、廃墟だと言われたその場所へ意識を集中させる。
「強いのは…36…38人だ。他にも50人近い魔力が…」
 目を閉じ荒い呼吸を繰り返しなら、感じ取った魔力を説明する。
 頭の中のソナーが、強大な力を持つ人物を赤く点滅させ、それ以外の人物は白く普通の点として認識した。
 より深くその場所を確認しようと、さらに深く潜り込むように意識を持っていく。だが。
「ぐあ!あ!」
 突然その中の1人が俺の魔力を掴み、抉るように引っ張られて、ゾロリと体から何かが引きずり出される感覚に悲鳴を上げた。
「ショーヘー!魔力を戻せ!!」
 ガクガクと体を痙攣させて、全身からどっと汗が噴き出る。
 苦痛に顔を歪ませる俺をロイが抱きしめ、腕や背中をさすった。
「ごめん…見つかった…」
 ハァハァと肩で息をしながら、頭の中のソナーを広域へ展開する。
「移動してる…こっちへ来る」
「確か、この先はゾル平原か」
「10キロほど先です」
 レインが確認し、グリフィスが即答する。
「よし。ゾル平原で迎え撃つぞ!」
 レイン達が馬車へ戻り、隊列が走り出した。
 フィッシャーが黒い鳥を魔法で出現させると、その鳥が空へ浮かぶのと同時に1羽だった鳥が数十羽へ分かれて飛び去っていく
「ショーヘイさん、無理しないでください」
「ん…大丈夫…」
 ロイに抱きしめられ、完全に体を預け支えてもらいながら、意識を索敵魔法だけに集中する。
 先ほど捕まえられた魔力は、まだ敵の誰かに握られたままだが、その気持ち悪さはまだ我慢出来る。
 他人の魔力が俺の魔力回路を通じて、体内を弄られるような気持ち悪さに吐き気がするが、グッと歯を食いしばって耐えた。
 俺を支配しようとする魔力に抵抗しつつ、俺も相手の魔力へ圧力をかける。
「障壁…」
 小さく呟き、防御魔法を外ではなく、俺の内側、魔力の回路を守るようにイメージすると、俺を掴んでいた敵の魔力が怯み離れていく。
「はぁ…」
 抉られるような感覚がなくなって、安堵のため息をつく。
 魔力回路が元に戻り、ロイから体を離すと、乱れた呼吸を整えるために深呼吸を繰り返した。
「索敵」
 広範囲に張り巡らせた魔力で、発見した敵以外にいないことは確認済みだ。
 敵の集団一点だけに集中し、その全貌を掴もうと魔力を高めた。
「ロイの強さを10とするなら、53人は4から6くらい。
 38人は7から9くらいかな。
 その中でも2人は10か11くらいで相当強いと思う」
「わかりやすいw」
 グリフィスの笑う声が魔鉱石から返ってくる。
 魔力を1箇所に集中させたおかげで、ソナーのような点ではなく、朧げだがその風貌も見えてきた。
「赤い鎧と、黒の鎧が強い」
「赤と黒…」
 ロイが呟く。
「う…」
 翔平の顔が歪む。
 再び俺の魔力を掴もうと手を伸ばしてくるように絡みついてくる。それをかわしてはいるが、少し触れるだけでもゾワッと鳥肌が立った。
「大きな斧と…鎖」
「鉄鎖兵団だ!!」
 ロイとグレイが同時に叫ぶ。
 2人の声に、相手がわかったんだと、目を開けてニコリと笑い、一度魔力を薄めて緊張を解いた。
「はぁ…」
 ズルッと馬車のソファからずり落ち、全身から力を抜いて、背もたれによしかかる。 
「よくやってくれた。ショーヘー」
 魔鉱石からレインの声がした。
 続けて、馬車の走る音にも負けないレインの通った声が聞こえてくる。
「敵は赤鉄と黒鉄率いる鉄鎖兵団!
 総勢91名!うち38名は手練れだ!
 心してかかれ!」
 レインが次々と指示を出していく。
「ゲイル班でまず遠隔攻撃!状況を見て順次突入!
 オスカー班は赤鉄の撃破!!
 他はツーマンセルで行動しつつオスカーの援護に入れ!
 状況を見て私も出る!黒鉄を追い込むぞ!
 久しぶりに暴れられるぞ!!出し惜しみするな!!存分にやれ!!!」
「おう!!!」
 レインの言葉に全員の返事が響き渡る。
「すげーな…」
 その指示と騎士達の声に感嘆の声を出す。
「ショーヘー、無理すんなよ」
 ロイが俺の顔に触れ、汗で張り付いた髪を払ってくれる。
「大丈夫。俺もまだやれる」
 ふぅと息を吐くと、座席に座り直し、改めて索敵魔法をかけ、魔鉱石を握りしめる。
「残り10キロ。手練れの38名を中央に、残りは両翼に別れて展開してる」
 目を閉じて、頭の中のソナーで陣形を伝える。
「ありがとよ。聖女様」
 ゲイルの声が魔鉱石から聞こえ、クスッと笑う。
「フィン!エミリア!広範囲魔法を両翼に展開!残りは正面に向かって一気にぶっ放せ!」
「了解」
 
 
 馬車の中に周りの木々の影が入ってきていたが、それが無くなり、日差しが差し込んでくると、馬車がゆっくりと停まった。

「来たな」
 ゾル平原に入り、遮るものがなくなると、騎士達が一気に左右に散らばり陣形を作る。
 その平原の向こう側から、砂埃が立ち上り、91名の騎乗した兵士が姿を現した。
 お互いに攻撃範囲を見極めながら近付いていく。
「打ちます!」
 エミリアが叫ぶ。
 その瞬間、フィンとエミリアの後方に巨大な魔法陣が出現し、太陽のような渦を持つ炎の大きな球体が出現すると、一気に敵陣両翼に向かって放たれた。
「突撃!!」
 レインの掛け声で、一気に騎士が駆ける。
 ドドドドッという馬の駆ける地響きと、おおおお!という怒声に、一瞬体が竦んだが、深呼吸して索敵魔法に集中する。
 ロイとグレイが屋根へ上がり、ディーが抜剣した状態で俺の正面で守ってくれる。
 ドオオォォン!!
 ドカアァン!!
 あちこちで爆発音が響く。
 それと同時に、叫び声と悲鳴、剣や斧がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
「両翼共に魔法壁を確認、魔法攻撃の効果が半減してる」
 なるべく冷静に、ソナーの状況を魔鉱石で伝えていく。
「赤鉄、右へ移動」
「オスカー!!」
 オスカー班が一気に正面中央を突っ切り左右に分断すると、赤鉄の移動が止まり、オスカー班の後ろから突撃した騎士たちが、次々に赤鉄の周囲の兵士を始末していく。
「黒鉄、右翼へ移動…ん?」
 パチっと目を開ける。
「どうしました?」
 見えていた黒鉄の反応が突然消えて焦る。
「見えなくなった!位置がわからない!」
「問題ない!!」
 真上からロイの声が聞こえた。その瞬間、馬車が揺れて、ロイが馬車を蹴って跳躍したことを知る。
 慌てて索敵に集中する。
「いた!右真横!!」
 俺の言葉に、レインもロイへ続いて黒鉄へ向かい、グリフィスが指示を引き継ぐ。
「オスカー班!!赤鉄を殲滅しろ!!」
 グリフィスが馬車の上から全体を見渡しつつ、俺の索敵と合わせて指示を出していく。
 オスカー班の5名が赤鉄と対峙し、騎士達が周囲の兵士をツーマンセルで各個撃破しようとするが、思った以上に手練れで、かつ連携が取れた動きに翻弄された。
 左右に分断され、右側にいた鉄鎖兵団の一部がジリジリと俺たちの近付きつつあった。
「ゲイル班!!右へ回れ!!」
 馬車の近くで遠隔攻撃をしていたゲイル班が右翼へ馬を走らせて、向かってくる兵士を押し返そうとするが、数に押し負け、兵士を通してしまう。
 索敵でロイとレインが黒鉄と対峙したことを知ったが、また黒鉄の居場所がわからなくなる。
 それに、ゲイル班を突破した20名ほどがロイとレインへ向かっている。
「ディー!ショーヘー!衝撃に備えろ!!
 頭上から突然グレイの声がした。
 慌てて頭と足を抱える。
 次の瞬間、馬車を衝撃が襲ったと思った途端、俺とディーの間、馬車の中央を何かが通過し、バキバキと音を立てて馬車が割られた。
「ショーヘイさん!!」
 馬車が中央から山折に割れ、俺もディーも背もたれに体を預けつつ、崩れ落ちる衝撃に耐える。
 その馬車の頭上で鉄同士がぶつかる大きな音がして、その衝撃波が襲ってきたため、一瞬だけ目を閉じた。
 すぐに目を開け頭上を確認するが、何もなく、慌てて崩れ落ちた馬車から身を乗り出すと、数十メートル先で、ロイとグレイが黒鉄と対峙していた。
「ショーヘイさん!無事ですか!!」
 ディーが向かってきた別の兵士を相手にしながら叫ぶ。
「無事!!!」
 叫び返し、咄嗟に炎の魔法を無数に出現させて、ディーと剣を交える敵へ放つ。
 一瞬でディーは俺の魔法を避けるが、避けられなかった兵士は吹っ飛ばされた。
 そのディーの向こう側では、レインが10人を1人で相手にしているのが見えた。
 周囲を見渡して、正面で戦っていた騎士達が徐々に敵を撃破して、1人、また1人と離脱してこちらへ向かって来ている。
「グレイ!ショーヘーを守れ!」
 グリフィスが飛び出し身体強化を施した腕で、黒鉄へ大剣を振り下ろす。
 ガアァン!と大きな音と、金属がぶつかり合い火花が散る。
 黒鉄が大きな斧でその大剣を受け止めるが、グリフィスの一撃の重さに黒鉄の片膝が折れ地面につく。
 その瞬間を狙って、グレイが俺の方へ跳躍し、ロイが黒鉄の左脇腹へ拳を添えると、インパクトを放つ。
「ぐああぁ!!」
 黒鉄の着ていた鎧の一部が内部から爆発する。
「頑丈だな!おっさん!!」
 すかさず、ロイが魔力で固めた拳を鎧がない顎へ叩き込むと、黒鉄の体が僅かに宙へ浮き、グリフィスが大剣を真横に振り黒鉄の右脇腹へ叩き込む。
「ぐはっ!!!!」
 黒が地面に足をついた瞬間、その口から大量の血を吐き出す。
 間近で起こる戦いに、武者ぶるいのような震えが全身を走った。
 グレイとディーが俺の側に立ち、向かってくる兵士を倒すが、次から次へと襲いかかってくる兵士に数で圧倒される。
 黒鉄が血に濡れた口を歪めてニヤリと笑うと、斧と繋がった黒く太い鎖が蛇のようにうねった。
「!!ショーヘー!!」
 その鎖の尖った三角錐の先が俺へ向かってくると思ったが、マーサ達の馬車へ向かっていることに気付いて咄嗟に体が動いた。
 馬車を背にして向かってくる鎖の前に立ちはだかり、物理防御壁を展開させた。
 だが、たった2、3秒の間の出来事に、十分に壁を作ることが出来なかった。
「ディー!グレイ!」
 ロイが2人の名を叫ぶのと同時に、鎖の先端が防御壁を突き抜け俺の左肩を貫く。
「あ…」
 ロイが俺の元へ走り出そうとするが、黒鉄の斧がそれをさせない。
 連続で斧を振り上げて、ロイとグリフィスを襲う。

 熱い。
 左肩が。

 左肩を見るのと、俺の後ろにドサッと腕が落ちる音を聞くのが同時だった。
「!!!」
 肩から噴き出す血を咄嗟に右手で抑え、蹲る。
「ショーヘー!!!」
「ショーヘイさん!!!」
 グレイとディーの魔力が一瞬で爆発し、対峙していた兵士を吹き飛ばす。
 だが翔平の左腕を落とした鎖は旋回して今度は頭を狙ってくる。
 2人がたった数メートル先の俺の元へ戻ろうとするが、それよりも先に、光が俺の横を通過したかと思うと、スパン!と音立てて黒鉄の斧と鎖が断ち切られ、魔力を失くした鎖が、ただの鉄に戻ってドシャリと地面に落ちた。
 レインが10人を倒し、黒鉄と向き合う。
「どういうことだ」
 レインが長剣を構えたまま黒鉄を睨みつける。
 奪いに来たわけではなく、殺しにきたわけを黒鉄に問う。
「奪えないなら殺せと命じられている」
 黒鉄がガハハと笑う。
「あいつの周りにいる奴を襲えば絶対に身を挺して庇う。聞いていた通りだったな」
 笑い、口の中に溜まった血をペッと吐き出した。
「お前達が護衛についてるとわかった時から奪うのを諦めて殺すことにした。
 その方が簡単だしなぁ」
 何がおかしいのか、ゲラゲラと笑う。
「ロイ、行け」
 レインに言われ、ロイがショーヘーの元へ向かう。
 グレイが翔平の腕を拾い、肩へ繋げるように添えるとディーが必死にヒールをかける。
「ショーヘイさん!繋げますから!ヒールで治りますから!!」
 ディーが叫ぶ。
「あ…かはっ…」
 口から血を吐く。

 痛い、痛い、痛い

 腕が落とされた。
 痛くて痛くて、集中できない。

 ヒールを使わなきゃ。
 腕を元に戻さなきゃ。

 わかっていても、魔力をコントロール出来ない。
「痛い…」
 痛みで涙が出る。ボロボロと泣き、はっはっと短い呼吸を繰り返す。
「ショーヘー!」
 ロイが俺の前に来る。
 その手で泣く俺の頬を両手で包み込む。
「俺を見ろ。俺だけを見ろ」
「ロイ…腕が…痛いよ…」
「ああ、痛いな。だが俺を見ろ。俺を見て集中しろ。
 思い出せ。魔力の流れを。
 何度も一緒に練習しただろ」
 ロイの手から温かい魔力が流れ込んでくる。
「治すんだ。ヒールを使え。
 魔力を感じるんだ」
「ショーヘイさん!」
 ディーが己の魔力を最大限に高め、周りの声も聞こえなくなるくらい、ヒールだけに集中する。
「ディー!止めろ!命を削る気か!!」
 グレイがディーへ叫ぶが、もはやディーの耳に聞こえない。
 グレイはディーの手を掴むと、翔平の千切れた腕と肩をその手に預け、立ち上がると、憤怒の表情を隠さず、怒りで全身の毛が逆立つ。

「ワハハハハ!ジュノーが死ねばお前達の名声も地に落ちるな!
 俺はそれだけが目的よ!!
 ジュノーなんかどうだっていい!!」
 口から血を撒き散らしながら、高笑いする黒鉄に顔を顰める。
「そうか」
 レインが剣を鞘に収めた。
「隊長!?」
 グリフィスがその行動に驚いた次の瞬間、レインの背後からグレイが飛び出して黒鉄の頭を両手で掴む。
「は」
 黒鉄の顔が、何が起こったのかわからないという表情をした。
 グレイがそのまま全魔力を両腕に集中させて、一気に腕を捻りながら黒鉄の背後へ回り込んだ。
 ゴキンッと音がして、黒鉄の首が真後ろに回った。
 手を離すと黒鉄が後ろへ倒れ込む。だが顔面は後ろを向いているので、顔面を地面に埋めた。
 グレイは殺した黒鉄を見向きもせずに翔平の元へ戻る。

 それと同時に、平原の中で、赤鉄の首も跳ね落とされた。
 生き残った僅かな兵士が、頭を失って蜘蛛の子散らすように逃げ始めるが、フィッシャーが遠くまで響くよう口笛を鳴らすと、何処からともなく現れた、10名ほどの黒衣の人間が残党を掃討していく。
 戦闘が終わり、一気に静まり返った平原に、何もなかったようにただ静かに風が吹きつける。
 皆無傷というわけではないが、誰1人として深傷を負った者はいなかった。
 倒れている鉄鎖兵団の亡骸を放置し、馬車の方へ歩き出す。


 
「ショーヘー、聞こえるか」
 小さく頷く。
「魔力を感じろ。俺の魔力が、ディーの魔力がわかるか」
 痛みに耐えつつ、頷く。
「集中しろ。いつものように、ヒールを使うんだ」
 俺の中に2人の魔力を感じる。
 温かくて、包み込むような優しい魔力。
 その魔力に促されるように、目を閉じて、イメージする。


「治せ。元に戻すんだ」


 ロイの声が聞こえる。
 左肩からディーのヒールが染み込んでくるのを感じ、徐々に魔力のコントロールを取り戻していく。


「お前なら出来る」


 頭に響くロイの言葉に、全神経を集中させて、魔力を放出した。

 
 翔平の足元から、一気に魔法陣が広がる。
 自分自身だけじゃなく、この戦闘で傷付いた仲間を全て魔力で覆う。

「え?」
「なに?なんなの?」
 オリヴィエもジャニスも金色の魔法陣と白く輝く光に包まれて、馬車への歩みを止めた。


「いいぞ。その調子だ」


 ロイが俺を導く。
「ショーヘイさん…」
 ディーも我を取り戻し、ヒールを中断すると、翔平を抱きしめた。
 ロイも、そっと翔平を抱きしめて、声をかけ続ける。


「やっぱりお前はすごいな」
「ええ、本当に」

 2人の声が、痛みを忘れさせてくれた。
 呼吸が正常になり、ゆっくりと目を開ける。
 魔力の高まりで、金色にゆらめく翔平の目が2人の姿を捉えると、嬉しそうに微笑んだ。

 魔力を極限まで高めて、一気に放出した。



「ヒール」



 その瞬間、まばゆい光が魔法陣を包み、誰しもが眩しくて目を閉じる。
 光の中に漂う金色の光の粒が、仲間達の傷に触れ治していく。
 翔平の腕も、骨や血管、筋肉の繊維一本一本が繋がって、元のあるべき姿へ戻っていく。
 やがて徐々に光が薄くなり、魔法陣がフワリと霧散するように消えた。


 その直後、翔平の体が2人の腕の中でガクリと力を失くし、久しぶりに魔力を一気に放出して意識を失った。
「頑張ったな、ショーヘー」
「お見事です。ショーヘイさん」
 2人が優しくキスを落とす。

 翔平の左腕は、完璧に元へ戻っていた。
「ついでに、俺たちの怪我まで治しやがったな」
 グレイが笑う。
「それがショーヘイさんなんですよ」
 ディーが笑う。

 騎士達が続々と馬車の周辺に戻り、眠る翔平を、感謝と尊敬と慈愛の眼差しで見てくる。
「ショーヘーは、まさに戦う聖女様だな」
 そう誰かが呟いた。


 ロイの腕の中で、スゥスゥと眠る翔平を、2人が愛おしげに見つめた。


 
 
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