おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜囮と襲撃〜

おっさん、飾られる

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 カレーリアの城壁に近付くにつれ、人の往来が増えて行く。
 カレーリアほどの大きな街になると、街へ入ろうとする人達も多く、人も馬車も長蛇の列を作っていた。
 それを門兵が、1人1人身分証と目的を確認するので、かなり時間がかかる。

 だが俺たちはそんな列へ並ぶことはなく、城壁をぐるりと迂回したところにある別の門から街へと入った。
 軍事用の門だと教えられて、城壁を通過する時に、門兵だけではなく、警備兵や自警団が敬礼して俺たちを見送っていた。

 街中へ入ってから目的地まではすぐだった。
 背の高い塀と大きな門扉がそびえたつお屋敷へと馬車が入り停車する。
「着きましたね」
 グレイが馬車のドアを開けて外へ出る。続いてロイ、ディー、と降りて行き、俺も降りようとしたら、少し待つように言われた。
 その状況にドルキアの時と同じだと思った。
「遅かったなぁ、坊ちゃん」
 馬車の外から中高年の野太い男の声が聞こえた。
 坊ちゃん、とディーが言われたことに、早速子供扱いされてると、少しだけ笑った。
「第1部隊!整列!!!」
 だが、次の瞬間、鼓膜をビリビリと震わせる大声が響き、びっくりして立ち上がりかけていた体を席へ戻す。
 窓から外を見渡すと、そこに薄紫の騎士服を来た第1部隊が胸を張ってズラッと並び、ロイたち3人を見ていた。
 そのメンツが聞いていた通り、いかにも熟練といった風貌の騎士ばかりで、その圧に思わず怯む。
「殿下」
 その隊列の脇から長い金髪の三つ編みを前に垂らした男が前に出た。
「遅くなりました」
「事情は聞いている。大変だったな」
 フォートリアでの毒殺未遂の件が黒騎士を通じてすでに第1部隊にも伝わっていた。
「聖女様は?」
 ディーが微笑みながら、馬車の中の俺に、もういいですよ、と声をかけたので、いざ降りようとしたが…。

 思いきりコケた。

 第1部隊を前にして、緊張しすぎてガチガチに固まった体が思ったように動かず、思い切り踏み外して、たった3段の階段を滑り落ちた。
「っぷ」
「ふぐっ」
「ブフッ」
 途端に第1部隊の騎士たちの口から噴き出すような、笑いを堪える声が聞こえて、カアァッと赤面する。
「大丈夫かショーヘー」
 ロイが助け起こしてくれつつ、やっぱり手を繋ぐべきだったと後悔の言葉を口にする。
 立ち上がって、取り繕うように慌てて足やお尻の埃を払う。
「彼がジュノーで、聖女様ですか」
 金髪の男がじっと俺を見て、俺も彼を見た途端、その美貌にヒュッと息を飲んだ。
 美しい、という言葉がピッタリの男だった。
 ロイもディーも綺麗だが、目の前にいる金髪のエルフも、ものすごい綺麗な顔をしている。
 光り輝く金髪に金色の睫毛、青い目をした切れ長の目元、高い鼻に形のいい唇、陶器のような白い肌。
 完璧なまでの美しい容姿に、思わず唾を飲み込む。
 ゲーテで出会ったスカーレットも超絶美人だったことといい、エルフの種族は元の世界のゲームの設定にもあった通り、誰しもが美貌の持ち主なんだと思った。
「第1部隊!ディーゼル殿下、聖女様に、敬礼!!!!」
 先ほど野太い声の男が再び大声で叫ぶと、目の前の騎士達が一糸乱れぬ姿でガッと踵を鳴らし、俺たちに向かって敬礼する。
 その敬礼に対して、ロイ達3人と、いつのまにか第1部隊と反対側に並んでいたアイザック達も敬礼を返す。
「獣士団第4部隊隊長アイザック以下5名!これにて護衛任務を終了し、騎士団第1部隊へ引き継ぎいたします!」
 アイザックが野太い声の男に負けじと声を張る。
「了解。騎士団第1部隊、これより任務を引き継ぎ、聖女護衛の任にあたる」
 金髪のエルフが静かに言う。
 その騎士達の姿を心の中で、かっこいい、と口を開けたまま左右交互に見つめた。
「休め」
 金髪のエルフの言葉に、その場の全員が敬礼を解き、楽な姿勢をとる。
「殿下、ご無事でなにより」
 金髪のエルフがディーと握手を交わす。
「グレイもご苦労だったな。第2部隊の副官が早く帰ってきてくれと泣いていたぞ」
 笑いながらグレイとも握手する。
「…ロイ」
 綺麗な顔をロイへ向ける。
「随分と久しぶりだな。4年前に国に戻ったのに何故顔を出さん」
「俺も色々あんだよ」
「ほぉ…?ギルのところへは挨拶に行ったようじゃないか。何故私のところへ来ないのだ」
「なんだよ、嫉妬か」
「あんなに可愛がってやったのに、ツレない奴だな」
 美しい顔で微笑みながらロイの顔に触れる。
 その行動を見て、思い切り顔を顰めてしまった。
 今のセリフと行動だけを見れば、この綺麗な男がロイと親密な関係にあったのではないかと勘繰りたくなる。
「ギルと一緒になってたっぷり可愛がってくれたよな」
 青筋を立てながらパシッと手を跳ね除け、フンと鼻を鳴らす。
 ギルと一緒にと聞いて、ああ、訓練で可愛がられたということか、とルメリアでギルバートにしごかれていた3人を思い出し、ホッとする。
「見込みのある奴しか可愛がらんよ」
 ロイの態度に微笑み、最後に俺を見る。
 じっとその深い青色の瞳で見つめられると、綺麗な顔と相俟って思わず赤面してしまった。
 だがふと目を伏せて俺の前に跪くと、手を取って甲に口付ける。
「!」
 久しぶりにやられた挨拶に、カーッと赤くなる。
「初めまして、聖女ショーヘイ様。
 騎士団第1部隊隊長レインと申します」
 手を握られたまま、下から綺麗な顔に見つめられて、自然とドキドキしてしまう。
「ショーヘイ・シマダです…。よろしくお願いします…」
 綺麗な顔に赤面しつつ、若干腰が引き気味になり、手も逃げるように引っ込めようとしたが、逆に手を握られた。
 レインが立ち上がっても、その手を離そうとはせずに、そのまま持ち上げられて、再度指へキスされる。
「離せよ」
 ロイが俺の手をレインの手から奪い取り、キスされた箇所をゴシゴシと拭く。
「なんだ指へのキスもダメか」
 フフッと笑う。
 ロイがレインを威嚇しつつ、ディーもムッとした表情で俺とレインの間に立つ。
 俺を庇うように立った2人を見て、レインが面白そうに俺を目を細めて見てきた。
 なんとなく、その視線には覚えがある。
 なんだっけ?と思いながら首を傾げたが、すぐに思い出す。

 ギルバートさんと同じ視線だ。

 レインのその視線が、俺をダシにしてロイを揶揄う時、息子を見守る時の保護者の視線だと気付いた。

「なぁ、隊長、もういいだろ?」
「ああ、そうだった。もういいよ」
 野太い声の男がソワソワと落ち着きなく声をかけてくる。
 レインがそれに答えた瞬間、ロイとディー、グレイも突然第1部隊の面々に飛びかかられて、襲われた。
「ロイ坊!お前どこで何してた!」
「坊ちゃん、お兄ちゃんが心配してたぞ!」
「グレイ坊、お前食い過ぎて太ったんじゃないか!?」
 ベリッと俺から引き剥がされたロイとディー、そばにいたグレイが騎士達に囲まれ、揉みくちゃにされる。
 頭を撫でられ、頬をつねられ、口々に揶揄いを含めた言葉を言われ、遊ばれる姿に乾いた笑いを漏らす。
「ショーヘー、俺は副官のグリフィス。グリちゃんと呼んでくれ」
 野太い声の男が自分へ近寄ると、両手で手を握られてブンブンと振られる。
 見た目、40代のガチムチ系の男からちゃん呼びするよう言われたことに唖然とするが、そこはスルーした。
「よ、よろしくお願いします」
 若干引き気味に挨拶する。
 そして気がつくと俺もおっさん騎士達に囲まれていた。
「本物の聖女様だ」
「可愛い」
「ほっそ」
 ほぼ年上であろう、いかついガチムチおっさんたちが、興味津々といったように俺に話しかけ、頭を撫でたり、ウエストを両手で挟んだり、脇に入れた手で上に持ち上げたり、まるで小さい子供を扱うような行動に狼狽える。
「あ、あの…ちょ、やめ」
 おっさん達に囲まれ、詰め寄られて、狼狽過ぎて変な汗が出てくる。
「マジで可愛いな」
「いつこっちの世界に来たの?」
「怖い思いしなかったか?」
 どんどんと近くなる騎士達に囲まれて逃げ場がなく、いろんな場所を触られる。
 腕や足はもちろん、胸や尻まで。
 筋肉のつき具合を確かめるように、上腕二頭筋を揉まれ、胸の厚みを測るようにやっぱり揉まれる。
「わぁ!ちょっ!」
「ちょっとー、ショーヘーが困ってるじゃない」
 おっさん達の太い声の中、高い声が響く。
「そうよぉ、小汚いおっさんに囲まれてショーヘーちゃんが可哀想よー」
 口調は女性だが、男の声で言われて思わず、そちらを見た。
「ちょっと、どこ触ってんのよ!いやらしい!!」
 俺の尻を触っていた1人の騎士の手をパンッ!とオネエ口調の騎士が叩き落とす。
「お前ら!ショーヘーに手ェ出すなよ!」
 ロイが遠くから叫ぶ。
「ほらほら、離しなさい!」
「お触り禁止!!」
 女性騎士とオネエ騎士が俺を守るようにおっさん達を引き剥がした。
「ごめんなさいねぇ、うちのおっさんたちったら、若くて可愛い子に目がなくてぇ」
 クネクネとオネエ騎士が謝ってくる。
「ほんと、どうしようもないわね」
 ぷんぷんと怒る女性騎士。
「私はジャニスよ。よろしくねぇ」
「オリヴィエよ」
 2人に手を差し出されて、順番に握手した。
「よろしくお願いします」
「おっさん達には気を抜かないでね。隙あらば痴漢しようとするから」
 オリヴィエに言われ、あはは…と乾いた笑いを漏らす。
 俺もおっさんなんだけどな…と思ったが口にはしない。
「ジャニス、オリヴィエ、ありがとな」
 おっさん達から逃れ、髪も服もぐしゃぐしゃになったロイが俺のそばにくると、ぎゅっと抱きしめる。
「あの獣たちから、守ってくれ」
 ロイが焦ったように2人に言う。
「あははは、ロイも痴漢にあったか」
 オリヴィエがボロボロになったロイの姿に笑う。
 ディーとグレイの姿を探すと、2人はすでにおっさん達の囲みから逃れて、アイザックやレインたちと話をしていた。
「あっち、行かなくていいのか?」
 俺を抱きしめて、首筋に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐロイに聞く。
「あー、良い匂い。落ち着く~」
「おい」
 1人まったりとし出したロイに呆れつつ、ジャニスとオリヴィエを見ると、2人がニヤニヤと俺たちを見ていた。
「えっと…」
 2人の完全に俺たちを冷やかすような視線に赤面しつつ目を逸らす。
「いいわねぇ。ロイ、幸せにしてやりなさいよ」
 ジャニスが体をくねらせてうっとりとした口調で言い、ますます顔を赤く染めた。

 馬車から転げ落ちるほど緊張し、10分ほど前までは圧も感じていたのに、想像していたのと全く違う第1部隊の面々に、かなり拍子抜けしてしまった。
 彼らが俺をどういうふうに捉え、扱うのか、色々と考えていた自分がアホらしくなるほど、第1部隊はかなり癖が強いおっさん達の集団だった。
 中にはオリヴィエのような女性騎士も数人いて、彼女達も隊長クラスと言われるほど強いのかと、そうは全く見えない姿にも驚く。
 何にせよ、彼らに受け入れてもらえそうで、ホッと胸を撫で下ろした。

「ちょっと!貴方達!」
 また新たな人物の登場で、情報量が多過ぎてもはや考えることを放棄した。
 あとでゆっくり考えよう、と思いつつ、ジャニスとオリヴィエの後ろから近付いてくる声の主を見る。
 黒いロングスカートに白いエプロンというお仕着せを着た、恰幅の良い年配の女性が、同じお仕着せの女性3人と執事服の男性3人を引き連れて歩いてきた。
「レイン様、すぐにお知らせ頂かないと」
「マーサ、すみません」
 女性に怒られたことに、レインが苦笑する。
「聖女様、私マーサと申します」
 ジャニスとオリヴィエが、じゃあまた後で、とササッと逃げるようにいなくなり、マーサが俺とロイの正面に立つとカーテシーで挨拶する。同じように彼女の後ろで、女性達はカーテシーで、男性達は胸元に手を当てて深々とお辞儀をした。
「まぁまぁロイ様、お久しぶりでございますね」
「マーサ…何でここに?」
「何でって、嫌ですよ、当然じゃありませんか。聖女様ですよ」
「え?」
 途端に嫌な予感がする。
「サイファー様からのご指名で、聖女様らしくお過ごしいただくために私が」
 マーサがフンスと鼻息を荒くする。
「レイン様、いつまでもお話ししてらっしゃらないで、まずは湯浴みに」
「そうですね。
 殿下、みんなも疲れただろう。まずは風呂に入って、それから夕食を一緒に。
 今後の話はそれからでもいいな」
 レインがマーサに言われて、ディー達を促す。
「エミル、フィン、案内してやれ」
「了解」
 指名された騎士2人が全員を屋敷内へ連れて行く。
「ロイ様、貴方もですよ」
 マーサにそう言われるが、ロイが俺から離れようとしない。
「俺はショーヘーと一緒に行く」
「ダメに決まってるでしょう。我儘言うものじゃありませんよ」
 ダメよ、と子供を叱るように言うマーサに、ロイがシュンとした。
 そのロイのマーサに対する態度に、どんな関係なんだろうと不思議に思った。
「あの、俺は…?」
「聖女様はこちらへ」
 マーサが俺の手を取る。
「えぇ…、みんなと一緒じゃ…」
「何かおっしゃって?」
 聞こえているはずなのに、思い切り無視するマーサに何も言えなくなる。
 マーサに手を引かれ、俺だけみんなと別の場所へ連れて行かれるのを、ロイが同情するような目で見送る。
「ショーヘー…がんばれ~」
 そう言ってヒラヒラと手を振るロイに、まるで生贄にでもなった気分になった。





「うわああぁぁ!」
 ギルバート邸でされたように、数人の女性達によって裸にひん剥かれ、卵を半分に切ったような形の陶器のバスタブに沈められる。
 女性にひん剥かれるのは3回目だったが、それでもあまりの恥ずかしさに悲鳴を上げた。
 全身を隅から隅まで、局部や足の指の間まで、全てを念入りに柔らかなスポンジで洗われる。
 洗い終わると、一度お湯を抜かれ新たにオイル入りの温めのお湯が張られ、再び沈められた。
 先ほどとは違って、洗われるわけではなく、マッサージと肌や爪の手入れへと変わり、あまりの気持ち良さに全身が弛緩した。
「気持ち良いですか?聖女様」
 ヘッドマッサージというのだろうか、マーサが頭のツボを指圧する。
「はい…気持ちいいです…」
 ハアァァとうっとりとしたため息を漏らす。
「だいぶお疲れのようですわね」
 パチンパチンと爪を切って、綺麗にヤスリまでかけてくれる女性が微笑みながら言った。
「どのくらい旅をなさってきたのですか?」
 足裏マッサージをする女性に聞かれて考える。
「4ヶ月弱ですね…」
「まぁそんなに。長旅でしたわね」
 ふくらはぎを揉まれて、気持ちよくてとろけてしまいそうになる。
 お湯とマッサージによって体が温まり、顔が上気したところで湯船から出された。
 もちろん全裸であるが、女性達は全く気にすることなく、俺の体を柔らかなタオルで拭き、下着まで履かせてくれる。
 至れり尽くせりといったところだろうが、介護されている気分にもなった。
「こちらへ」
 ガウンのようなものを着せられて、椅子に座らされると、パタパタとパウダーを顔や首にはたかれたり、髪を整えたり。マーサ以外の女性達が自分の役割をこなしていく。
 顔にいろいろ塗られ、髪にもオイルを塗られる。
 この4ヶ月で髪がだいぶ伸びたので、邪魔にならないようにピンで留め、結ばれた。髪を縛るなんて生まれて初めてで、頭皮が引っ張られる感覚に違和感を感じる。
 髪と顔が一通り終わった所で、執事が部屋の奥からたくさんの服がかけられたハンガーラックを持ってくる。
「細めの方とお聞きしてお持ちしたけど、大丈夫かしら」
「とりあえずお直し出来るところは今ここで」
「王都で正式に採寸して作りませんとね」
 マーサたちの会話に、また自分が着せ替え人形にされることに苦笑した。
 今までの普通の服がいいと言っても、確実に却下されるだろうし、ここは何も言わずにされるがままになる。
 用意してきた服を、あーでもないこーでもないと相談しつつ、俺に合わせてくる。
「うん、こちらにいたしましょう」
 女性の1人が選んだ服を着せられ、サイズが合わない部分をその場で直して行く。
 その手際の良さに感心しつつ、腕を上げたり下げたり、体を捻ったり、言われるがままに動いた。

 そうして聖女の俺が出来上がる。

 あの動きにくい服に似たものだったが、前回に比べると豪華さが増していた。
 白地に金糸の刺繍。肩から引きずってしまうくらい長いマントのようなベール。

 鏡の前に立って出来上がった自分を見せられ、心の中でそれはそれは深いため息をついた。
「お似合いですわ」
「お綺麗です」
 女性達にそう言われたが、心の中で、貴方達の方がお綺麗です、と呟いた。

 マーサに、この動きにくい服の所作を教えてもらう。
 歩き方、挨拶の仕方から、腕を上げる時、屈む時など、ものすごく細かく動きを指定されて、頭では理解出来ても慣れない動きに体がついていかない。
「いいですか、聖女様は皆様から常に見られます。ですので最低限の所作を王都に着くまでに覚えていただきます」
「え」
 一瞬で青ざめた。
 少し所作を習っただけで、普段使わない筋肉が悲鳴を上げ始めており、柔軟体操が必要かもしれないと思った。

 マーサに歩き方の訓練を受けている最中、ドアをノックされたが俺はそれどころではなく、背筋を伸ばして部屋の中を歩きまわっていた。
「何やってんだ?」
 ロイの声がして、部屋の端から端まで何往復もする姿を見られた。
「歩き方の練習」
 うんざりした表情でロイを振り向いたが、そのロイの姿を口を半開きにしてじっと見つめた。
「かっこいい…」
 僅かに口を動かして、小さく呟く。
 真っ白い騎士服を着たロイの姿に少しだけ頬を染める。
 見惚れたが、それよりも自分もあっちが着たい、とその騎士服が羨ましいと思った。
「すっかり飾られたな。似合うよ」
 ロイが俺に近付くと、俺のそばにいた女性が、素早くスッと数歩さがった。
 俺の頬を撫でて、ピアスへ触れる。
「いいなぁ、騎士服」
 ロイの姿を間近で羨ましいそうに眺めて口を尖らせる。
「お前は似合わねーよ」
「それでも一度は着てみたい」
 ロイへ微笑みかけると、顎へ手をかけ上を向かされると唇へキスされた。
 そばにマーサ達がいるが、ニコニコするだけで誰も何も言わない。
 彼女達のその態度に、こういう場面でも何も反応をしないよう訓練を受けているのだと、雰囲気でわかる。
 だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「人前で」
「人前だからキスだけで済んでるんだ」
 ロイが悪戯っ子のように笑い、俺の隣へ移動すると右肘を突き出す。
 エスコートなのだとわかったが、手を取られる以外は初めてでマーサを振り返る。
「こういう場合は左手で」
 俺の左手を取ってロイの右腕に添え、手を置く場所を教えてくれた。
「エスコートされた時は半歩ほど下がります」
 ロイが数歩歩き、言われた通り少し下がって歩いてみる。
「そうそうお上手です」
 まるで子供のお遊戯のようだと思った。
「まぁ今は完璧じゃなくていいさ」
 ロイが笑い、執事がドアを開けそのまま部屋を出る。
「いってらっしゃいませ」
 ドアが閉まるまで、マーサ達が深々と頭を下げていて、かなり恐縮してしまった。
「俺の扱いがヤバい」
 そう呟くと、ロイがワハハと笑う。
「聖女様だからな。仕方ねーわ」
「これからずっとこうなのか…」
「まぁ…そうだけどよ。ショーヘーである時は気にする必要はねーよ。あくまで社交の場での立ち振る舞いが必要ってなだけだ」
「社交ねぇ…」
「俺も子供の頃、ギルとロマに叩き込まれたからな。時と場所に合わせて振る舞いを変えればいいだけだ」
「それが難しいんだって」
 ブツブツと文句を言いながら廊下を歩く。ズボンの裾やベールを踏みそうになってしまうので、歩くだけでも気が抜けない。
「そういや、どこ行くんだ?」
「飯」
 ロイが一言だけ言い、この格好でご飯を食べても、食べた気がしない気がするとため息をついた。

 屋敷内の食堂の扉の前に、ディーが待っていた。
 ディーもロイと同じ白い騎士服で、銀髪もより輝いて見え、カッコいいと思うのと、服が羨ましいと考えた。
「交代です」
「えー」
「約束でしょ」
 ドアの前に来ると、立っていた執事がドアを開けてくれ、口を尖らせたロイが仕方なくといった感じでディーにバトンタッチする。
 食堂の中を見ると、大きな長テーブルが縦に2台、さらに奥にメインテーブルが横に1台あり、アイザック達や第1部隊の騎士達がテーブル前に直立不動で立ち俺たちをじっと見ていた。
 その視線に一気に緊張する。
 ロイの前にディーが立つと、ロイが身を引き、ディーが俺に微笑みかけながら右肘を差し出し、俺はその肘へ左手を添える。
 そのまま長テーブルを迂回しメインテーブルまでエスコートされる。
 メインテーブルの中央にレインとディーが、レインの隣に副官のグリフィスと白髪交じりの短髪と顎髭を持つフィッシャーが座り、ディーの隣にロイ、翔平、グレイの順で並ぶ。
 グレイもまたロイとディーと同じ騎士服で、初めて見る色の騎士服に何故なんだろうと思った。
 座る前に、メイド達がグラスに果実酒を注いで行く。
 全員に行き渡った所で、レインがグラスをあげ、乾杯の音頭をとった後着席し食事が始まる。

 フルコースの食事が進むに連れ酒も進み、美味しい料理とお酒にほんのり顔を赤くしてニコニコと隣のロイとグレイと話し込み、夕食が終わった。
 次々に騎士達が席を立ち、自室に戻る者、飲み直すために別の部屋へ移動する者が出てくるが、俺たちはレインとグリフィス、フィッシャーと共に、談話室のような部屋へ移動した。

「酒が入ったが、明日からの行動について話したい」
 レインが談話室にあった酒を人数分グラスに注ぎながら言った。
「到着早々悪いが、明日の午後には出発する」
 その言葉に全員が頷いた。


 カレーリアでは護衛の引継ぎだけを行ったことになる。
 街を散策することもなければ、この屋敷から一歩も出ることなく、王都へ向かうことになり、いよいよこの旅も終わるという実感が湧いてきた。
 アイザック達ともしばらく会えなくなるため、寂しくなった。

 カレーリアから王都まで、馬車で4日かけて移動する。
 ただ行くだけなら3日で到着するのだが、1日多く取っているのは、王都入りの前日に準備をするためだと聞かされた。



 泣いても笑ってもあと4日。
 もうカウントダウンは始まっていた。

 

 

 



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