おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜お祭りへ〜

おっさん、感謝する

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 天幕へ戻ると、目を覚ました2人がボーッと座っていた。
「おはよう」
 2人の前に正座すると、まだ眠そうな2人を覗き込む。
「んーおはよー」
 ロイが寝癖をつけたまま胡座をかいて、ほぼ目は閉じたまま上半身をユラユラと揺らして挨拶する。
 こういう姿のロイを見ると、思わず頭を撫でたくなるほど可愛いと思ってしまうのは、惚れたせいだと苦笑する。
 もし恋愛感情がなければ、ただの寝惚けた姿のだらしのない男にしか見えないと思う。
「…メガネ…」
 ディーがメガネを探して両手を床に彷徨わせながら辺りをキョロキョロしている姿に、思わず噴き出した。
「あははは、ほら、メガネ」
 昨日、自分でどこへ置いたのかも忘れたのか、とローテーブルの上に置いてあったメガネケースを手渡した。
「ああ、どうも…」
 パカっとケースを開けて、いつもの細いメガネをかけ、じっと俺を見る。
「おはよう、ディー」
 ニコリと微笑むと、ディーが突然真っ赤になった。
「あ、お、おはようございます」
 どうやら寝惚けた姿を見られたことが恥ずかしいらしく、ワタワタと乱れた服や髪を整え出した。
「ショーヘー…、朝の一発…」
 ロイが寝惚けたまま、俺を押し倒そうとしたので、遠慮なく拳骨を頭に落とした。おかげで、すっかりと目が覚めたロイが大きく伸びをして、後ろへ倒れ込む。
「あー…昨日はすげー良かったなぁ…」
 ウエヘヘヘヘ、と奇妙な笑い声を出すロイの足を叩き、起きろと声をかける。
「ショーヘイさん、体、大丈夫ですか?」
「…大丈夫だと、思うか?」
 そう顔を引き攣らせて笑うと、ディーが目に見えて焦り出す。
「いや、あの、昨日はですね、かなり、その、やり過ぎというか、でも、かなり良くて、いや、そういうことじゃ」
 焦ってしどろもどろに言葉を綴るディーに笑いながら立ち上がり、ディーの肩を叩いた。
「さっき、ウィルにポーションもらったから大丈夫だよ」
「え、あ…そうですか…」
 ディーがシュンと体を竦ませる。
「まさか抱き潰されるとは思わんかったわ」
 少しだけ怒ったように言うと、さらにディーが縮こまるが、ロイが起き上がりニヤァと下品に笑う。
「なんだよ。お前だって途中からノリノリだったじゃねぇか」
「は!?」
「もっとして、もっと奥まで、舐めて、キスしてって、すげーエロかった」
 覚えていないが快楽に呑まれて口走った言葉をロイに再現されて、カーッと全身を赤く染めた。
「お、覚えてねーよ!」
「ショーヘーが覚えてなくても、俺たちはちゃんと聞いたもーん。なぁ、ディー」
 ニヤニヤと笑うロイが隣のディーに同意を求めると、ディーも昨日の俺の恥ずかしいセリフを思い出したのか、口元を手で抑えながらウフフフと笑う。
「覚えてない…」
 2人の表情に、ブツブツと反論しつつ口を尖らせた。
 そんな俺をクスクスと笑い、立ち上がるとそっと抱きしめてくる。
「好きだよ、ショーヘー」
「愛してます、ショーヘイさん」
 チュッチュッと両頬にキスされ、囁かれると力が抜ける。
 結局、甘えてくる2人に絆されて、文句も何も言えなくなった。

 騎士達が昨夜遅く天幕に戻ったらしく、数人はまだ眠そうにしていた。
「シャキッとするッスよ」
 アーロンとクリフの背中をバンバン叩くアイザックに、叩かれた2人はウヘェと顔を歪ませる。
 朝食を済ませた後、食事の後片付け班と天幕の撤収班に別れるが、その作業の合間にグレイに声をかけた。
「グレイ、昨晩はその…」
「気にすんな」
 グレイが含みのある笑い方をした。
「で、あいつらのプロポーズはどうだった?」
「え?」
「プロポーズされたんだろ?」
「あー…うん…」
 赤面しつつ頬を掻く。
「あいつら、婚約だ結婚だって言っときながら、肝心のプロポーズを忘れてたって、かなり焦ってたぞ」
 ワハハハとグレイが大声で笑う。
「忘れるとか、ありえねーよな」
「あはははー…だよな…」
 グレイにそう言われたが、自分もすっかりプロポーズのことなんて忘れていたから、2人のことを笑えないと、乾いた笑いを漏らす。
「ちゃんと結婚を申し込まれたよ」
「そうか。良かったな。もちろん承諾したんだろ?」
「ああ」
 ニコリと微笑む。
「色々大変だろうが、頑張れよ」
「…大変って、何が?」
 グレイの言葉に引っかかりを覚える。
「忘れたのか? ディーの兄妹たち」
「……あー!!」
 すっかり忘れていた。
 ディーを溺愛する兄妹たち。
「小姑付きだった…」
 顔を両手で覆い青ざめる。
「まあお前なら大丈夫だろ」
 笑いながらポンポンと肩を叩かれた。


 全て片付け終わり、1箇所に全員が集まった。
 今日の夕方には、カレーリアへ到着する。
 このメンバーで移動するのが今日で最後となり、感慨深気に全員の顔を見渡した。

 ドルキアから約1ヶ月半、寝食を共にしてきた仲間たち。
 戦ったり、攫われたり、助けられたり、色々あった。
 野営で、宿で、たくさん話して、涙が出るほど笑った。
 かたいイメージの騎士とは思えないほど気さくで、面白くて、子供っぽい所もたくさんあって、俺が護衛されている立場なのに、修学旅行の引率の先生になった気分を何度も味わった。
 笑って、泣いて、揶揄って、揶揄われて、本当に楽しかった。
 全員の顔を見て、自然に目を潤ませる。
「みんな…今までありがとう」
 声が震える。
「ショーヘーさん…」
 すでに何人かが泣いている。
 グスグスと鼻を啜って、袖で涙を拭い、ヒグッエグッと嗚咽を漏らす姿に俺も涙が出てくる。
「俺、騎士になって良かったです…」
「ショーヘーさんに会えて、本当に良かった」
「護衛任務だけど、すげぇ楽しかった」
「寂しいです」
 楽しかった、寂しいとみんなが口にする。
「俺らのこと、忘れないでくださいね」
 アシュリーがボロボロと涙をこぼしながら言う。
「忘れるもんか。お前がシーゲルさんに見事にフラれたことは絶対に忘れないよ」
 半分茶化して答えると、それは忘れていいです、と返ってきて、全員で声に出して笑う。
「本当にありがとうございました。みんなに守ってもらえて、幸せだったよ」
 泣きながらニッコリ微笑むと、一人一人、順番に抱擁する。
「王都で何度でも会えるさ。ショーヘーはこの国のジュノーで、聖女様だからな」
 ロイがそう言い、俺の肩を抱き寄せる。
「そうですよ。どこか遠くへ行くわけではないんですから」
 ディーも笑いながら言った。
「それでは、最後まで気を抜かずに行くっスよ」
 アイザックが背筋を伸ばし、俺たちの前に立つ。その顔はもう騎士の顔になっていた。
「全員、敬礼!」
 アイザックの声に、全員がビシッと決める。
 その凛々しい姿に、涙がこぼれる。
「騎乗!」
 続けて指示を出すと、全員が颯爽と馬に跨り、アイザックも御者席に上がった。
「行きましょう。カレーリアへ」
 馬車へ乗り込むと、騎士団第1部隊の待つカレーリアへ向け、ゆっくりと動き出した。





「もう泣くなよ」
 馬車の中でしばらく泣いていた俺の頭をロイが撫でる。
「歳取ると涙腺が脆くなってさ…」
 そう返すと、3人が笑う。
「ドルキアから1ヶ月半か…。長いようで、あっという間だったな」
 グレイもしみじみと口にする。
「色々あったな…」
 それぞれが色々あったことを思い出して、無言になった。
 しばらくしてから、ディーが深いため息をついた。
「なんだよ」
 ロイがそんなディーを見る。
「いや、第1部隊か、と思って」
「あー…それな」
 ディーの言葉にロイも同じ心境になったのか、同意するように頷いた。
「なんだよ、第1部隊に何があるんだ」
「騎士団第1部隊は、全員が隊長クラスの猛者揃いでな」
 グレイが簡単に説明する。
「全員が隊長クラス? そんなに? お前たちとどっちが強い?」
 思わずそう聞いていた。
 その質問に3人とも苦笑する。
「タイマンなら負けねえ自信はあるぞ、俺は」
「私は…、わかりませんね」
「俺は自信ないわ」
 その3人の言葉に、へぇーと素直に感嘆の声を上げた。
「強いんですけどね…」
 ディーが顔を顰める。
「癖も強いんだよな」
 グレイも腕を組んでうーんと唸る。
「癖強って、例えば?」
「例えばかぁ…、なんていうか…」
 グレイが言い淀む。
「私たちは、彼らに子供扱いされるんですよ…」
「ドルキアのオズワルド、覚えてるか?」
 ロイの質問に、ドルキアの砦長のオズワルドの姿を思い浮かべる。
 確か、彼は3人を悪ガキトリオと呼び豪快に笑っていた。
「覚えてるけど…」
「第1部隊は、あんなのがゴロゴロしてます」
 ディーが苦笑しながら答える。
「へぇー…」
 3人が癖強と言った意味がなんとなくだがわかったような気がする。
「もしかして、年齢も高めだったりする?」
 今のメンバーは全員が俺よりも年下。若手中の若手だ。だからこそ、何度も引率の先生の気分を味わった。
「そうだな。隊長はエルフで長命種だし、他もエルフが数人に、おっさんも多い」
「なるほど。お前らが子供扱いされるわけだ」
 俺よりも年上の騎士達が次の護衛と聞いて、少しだけワクワクした。
 だが、オズワルドのようないかつくて豪快なおっさんが立ち並ぶ姿を想像して、僅かに圧も感じる。
「それこそ、俺らの子供時代をよく知ってる奴らだからな。そのせいで、いつまで経ってもガキ扱いよ」
 グレイがため息をつく。
 3人の様子に、なんとなく、第1部隊の騎士達が、親戚の子供を可愛がる叔父さんのような存在なのではと思い笑う。
「なんか楽しみになってきた」
 そうニッコリ笑うと、3人とも俺の笑顔を見て引き気味に笑った。



 順調に街道を進んで行き、途中で昼食休憩を取る。
 馬を休ませ、用意していた昼食を食べながら、騎士達にも第1部隊のことを聞いてみると、全員が少し顔を強張らせて、似たような事を言っていた。

 恐ろしい。
 化け物揃い。

 そんなにすごい人たちなのか、と緊張してくる。
「俺、大丈夫かな」
 少しだけ心配になり、再び出発した後に呟く。
「お前は守られる立場だぞ。堂々としてりゃいいんだ」
 ロイに言われて苦笑する。
 守られる立場というのはわかっているけど、それでも、彼らが俺をどういう目で見てくるのかはすごく気になる。
 俺をただの護衛対象として見てくるのか、それとも、突然現れた得体の知れない男として見られるのか。
 ジュノーで聖女であるというのは知らされていると思うが、彼らが思い描く人物像と俺がかけ離れていたら、幻滅されるかもしれないと、緊張して余計なことを考えてしまった。


 そんなことを考えている内に、目的地へどんどん近付いていく。
「見えたっスよ」
 アイザックが御者席から中へ声をかけ、窓を開けると顔を外へ出して前方を眺めた。

 まだ遠くではあるが、高い城壁がそびえ立つ大きな街が見える。
 大きな教会のような建物を中心に広がる巨大な街に、おおー、と驚きの声を上げた。
「危ねーぞ」
 ロイが俺の腰を掴んで中へ引き戻す。
「デカい街だな」
「カレーリアは聖教会の本拠地でもありますからね」
「聖教会?」
 ここにきて、初めて宗教の話が出る。
「この国、っていうかこの世界ってどんな宗教があるんだ?」
 思わず聞き返し、ディーが説明してませんでしたっけ?と聞き返してくる。
「宗教はいくつかありますけど、聖教会の正式名はガレリア聖教会と言って、創造神を神とする宗教です。
 この国では聖教会を信仰するものが多いですね」
「創造神…」
 この世界に来た時に、ロマから教えてもらった神話を思い出す。
「他にもあるのか?」
「いろいろありますけど、説明するとすごく長くなるので、それはまたおいおい」
 ディーが苦笑しながら答え、とりあえず、ガリレア聖教会について簡単に教えてもらった。

 創造神を崇め奉る教会で、創造神を主神として、その妻を聖母、6人の子供たちを御使とする教えがあるらしい。
 ロマが見せてくれた神話の本も、話を聞くと、聖教会の聖書のようなものだとわかった。
「聖教会とジュノーは切っても切れない関係です。
 おそらく今後も深く関わってくると思いますよ」
「へぇ…」
 また勉強することが増えたと、ポケットからメモ帳を取り出して、サラサラと記入した。
「宗教絡みに関しては、言っとかなきゃならんこともあるしな。
 それはカレーリアを出た後、王都までの道すがら教えるわ」
 ロイが少しだけ渋い顔をして言い、その表情に、何かあるな、とピンときた。
 だが、今はまだ聞くことはないと、教えてくれるのを待つことにする。

 本当に覚えること、勉強しなければならないことが多くて大変だと、自分で自分を鼓舞する。
 だが、この世界で生きていく以上、自分の立場を考えれば絶対に必要なことだと、今一度奮起した。
 他人に言われるまま、流されるままに生きていくなんて、真っ平ごめんだ。
 俺は、自分の頭で考えて、最善だと思う道をいきたい。それが今まで生きてきた元の世界とかけ離れたことでも、自分の意思で決定し、進んでいきたいと思う。

 窓の外を眺め、新たな人たちに出会う緊張と不安に、心臓が痛いほど跳ねる。
 ふとロイが俺の手を握った。そのまま指を絡ませてギュッと握られて、俺の表情から心情を察したのだろうと思った。
 正面に座ったディーも、俺に優しく微笑みかける。
 それだけで緊張も不安もかなり軽減された。

 きっと大丈夫。

 そう自分に言い聞かせ再び外を眺めた。



 そしてカレーリアに到着した。



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