おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜自称婚約者〜

おっさん、養生する

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 マチルダも、その母親アンナも完全に正気を失い、その姿を見た野次馬達が口々に親娘を罵る。
 大貴族だったロマーノ家の成れの果て。
 父親の元公爵は死罪、5年後、現実を受け入れられない親娘が狂う、という事態にも、その場にいた者は誰も同情しなかった。
 それが、ロマーノ公爵家が地位と立場を利用して悪逆非道な行為を行なってきた証拠ではあるが、この結末は誰も予測出来ず、同じ貴族である者、貴族と少なからず交流がある者達が多いこの宿で起こった事件は、おそらく近いうちにこの国のいたる所で、他国でも語られることになるだろう。

 野次馬がちらほらと居なくなり始め、オーナーが呼んだ自警団が宿に駆けつけた。
 その中にウィルの姿もあり、状況を見て察したウィルが自警団にロマーノ親娘を拘束するように指示を出す。
 オーナーが奥からアイリーンを連れてくると、彼女が一度ロイ達の元へ行き、翔平とロイ達へ深々と頭を下げた。そして自ら自警団の元へ行き出頭する。
 だが、その手に手錠をかけられることはなかった。
 オーナーがアイリーンに「お勤めが終わったら帰って来なさい」と告げ、アイリーンが顔をクシャクシャにして泣いていた。

 騒動の中心だったロビーからオーナーの自室へ移り、3人が自警団に事の顛末を説明する間、自分はアイザックの助けを借りて部屋に戻る。
「ありがとう、アイザック」
 ベッドに上がり、横になる。
「ショーヘーさん、大丈夫ですか」
 3人以外の騎士達がベッドの周りに集まって、心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。毒はもう消えたし。ただ疲れ過ぎて体がダルいだけ」
 そう笑顔を向けると、何人かは涙を浮かべた。
「ショーヘーさん、死んじゃ駄目ですよー」
「死んでないわw」
 グスグスと涙を拭うアシュリーやクリフに突っ込み、笑い声が部屋に響く。

 
 夕方になり、3人が部屋に戻ってくる。
 待ちかねた騎士達が、状況説明を求め、ディーが自警団とのやりとりや、マチルダが自分を殺害しようとした動機などを全員に説明した。
 騎士達はその有り得ない動機に憤慨し、口々にマチルダを罵った。

 そして、ウィルからの報告を聞く。

 ウィルは自分に毒が盛られたと判明した時点で、いち早く仲間の黒騎士達と連携し毒の入手経路を調べ、突き止めていた。
 自警団が宿に到着する前に、マチルダへ毒を売ったブローカーの拠点を襲撃し、ブローカーを逮捕収監、拠点にあった他の毒や禁止薬物を押収したという。
 たった数時間でそこまで行ったその手際の良さに、ロイ達3人とアイザック以外は驚きを隠せない。
「黒騎士って、ほんとすごい…」
 いつぞやと同じように、数人が感嘆し、クリフがウィルを尊敬の眼差しで見て、ウィルが苦笑する。
「ブローカーが所持していたマケイラの毒はかなり粗末なもので、毒として機能しない種子も多く含まれていました。
 さらに、アイリーンという使用人が、ショーヘイさんが助かるようにと、少量のみに止めたことで、この程度で済んだと言えるでしょう」
 アイザックが予想した通り、毒そのものが粗悪品だったとわかった。
「それでも、粗悪品を少量とはいえ、毒は毒です。
 約5時間もの間解毒をし続けたショーヘイさんは、本当にすごいですよ」
 ウィルに褒められ、えへへと照れる。

 
 報告が終わり、とにかく明日1日は養生するように、とディーに命令されて素直に、はい、と返事をした。
 自分の体力回復を待ってカレーリアに向かうことになる。
 おそらく明日1日休めば動けるようになるので、明後日にこの街を出発することが決定し、解散となった。


 グレイを残して騎士達が退室する。
 ベッドのヘッドボードによしかかり、両足を投げ出した状態で座っていると、ロイがベッドに上がって来て隣に座る。
「ロイ?」
 コツンと自分の肩に頭を預けて来て、すりすりと体を寄せてくるロイの顔を覗き込む。
「生きた心地がしなかった…」
 ロイが今になって体を小さく震わせる。
「毒を盛られたってわかって、目の前が真っ暗になった…」
 ロイの言葉に、顔を歪ませる。
「俺…もうお前がいないと駄目だ…お前を失うのが、怖くて堪らない…」
 若干泣きそうになっているのか、涙声で呟くように話すロイに、まだ重たく感じる腕をあげて抱きしめる。
「ロイ…俺はここにいる。ここにいるから…」
 ロイの頭を撫で、ぎゅっと抱きしめてくるロイを慰めた。
 そんなロイを見て、ディーもグレイも目を細めて黙り込む。
「今回のことは、本当に想定外でした…」
 ディーがボソリと呟く。
「まさか、マチルダの…ロマーノ家のしこりがここで出てくるなんて…」
 はぁとため息を吐く。
「あの親娘、どうなる?」
「殺人未遂で収監されて、牢で一生を終えるでしょう。
 もし釈放されたとしても、正気を失っていますからね。生きて行くことが出来ません」
「憐れだよな…」
 最後に自警団に拘束され、引き摺られながら連れて行かれたマチルダを思い出す。
 5年前までは、綺麗なドレスを着て、何不自由なく暮らしていたのに、父親の犯した罪のせいで、一気に地獄に叩き落とされた。
 それを受け入れることが出来ず、妄想に取り憑かれた彼女も、父親の被害者なんだろうと、そう思った。
「そういえば、あのマケイラの毒ってなんなんだ? 
 飲んだ本人しか解毒出来ないって何で?」
 ロイの頭を撫でながら、聞こうと思っていたことを思い出して聞いてみる。
「そうですよね、知りませんよね」
 ディーが薄く笑い、マケイラの毒について教えてくれる。

 マケイラの毒、と呼んでいたが、実際には、マケイラの種子そのものだった。
 サンドラーク公国からさらに北にある、瘴気の森、と呼ばれる場所で自生する植物で、生物に寄生して繁殖する植物だという。
 元の世界でも、植物が植物へ寄生するものがあったが、この世界では、生物全般に寄生し苗床とする厄介な代物だった。
 胸に浮き上がった模様は、マケイラの根そのもので、侵食が進むと全身に広がり、肉や皮膚を突き破って芽吹くという。
 その様子を聞いて、体から植物が生える姿を想像して、うげ、と思わず声に出す。
 飲んだ本人しか解毒出来ないのは、他者の魔力を取り込むことで、栄養を与えることになってしまい、逆効果になるという。
 だから体内を巡る種子を自分で破壊していくしか方法がないのだそうだ。
 もし、解毒できずマケイラが芽吹き成長してしまった場合は、新たな種子が出来る前に焼却しなければならず、昔、焼却が間に合わず、村一つがマケイラに侵食されて地図から消える、ということがあったという。

 毒のことを聞いて、久しぶりに異世界怖いと思った。
 そんな毒を飲まされて、よく生き残ったと、心の中でよく頑張ったと、自分で自分を褒めた。


 ロイが未だに凹んでいるが、ディーが話題を切り替える。
「今回の件で考えたんですが…」
 ディーが言葉を切って3人を見る。
「父の意向に背こうと思います」
 静かに告げる。
「何を」
 グレイが驚いた様子で聞き返す。
「ショーヘイさんと私とロイの関係です。すぐに公表しようと思っています」
「賛成だ」
 ロイが顔を上げ、グレイも即答し、2人の言葉が重なる。
「ショーヘーがフリーだと勘違いされれば、確実に狙われる。
 ショーヘーの身の安全を考えれば、すぐに公表すべきだと思う」
「わたしもそう思ったんです。
 今回のマチルダのように、貴族という特権階級にある事で、勘違いや思い込み、妄想を抱く輩は少なくない」
 ディーが顔を顰めながら話す。
 それに頷きながらグレイも同調する。
「ジュノーを、聖女を手に入れたいと思う輩は想像以上に多いだろうよ」
「先に公表することで、手を出しにくくなるし、諦める奴も出てくる。
 敵は少ない方がいい」
 ロイが真剣に言った。
「父も兄も、おそらく何か思惑があるんでしょうが、我々はショーヘイさんを守ることだけを考えましょう。
 ただ、いきなりはやはりマズいので、一応報告だけはしておきますが」
 3人が目を見合わせて頷いた。
「俺も出来るだけ自衛するつもりではいるけど、それでももし襲われたら、どこまで反撃していいんだ?」
 そうニヤリと笑って聞き返すと、3人が一瞬驚いたような顔をして声を出して笑い出す。
「死なない程度にやっちゃっていいですよ」
「どうせヒール使うんだしよ、即死じゃなければとことんやってもいいんじゃねーか?」
「どうせなら襲った奴をフルボッコにして晒しちまえ」
 それぞれが不穏な防衛手段を並べ、笑い合った。

「じゃあ、決まりな。
 王都に着いたら即公表。
 婚約契約は後にするとしても、親父さんの前で宣言する」

 互いに顔を見合わせて笑い合った。



 その後、グレイが部屋へ戻り、ディーが夕飯を部屋まで持って来てくれて、ベッドの上で食事をし、自分はせっかくの温泉に浸かることも出来ず、がっかりと項垂れつつ、早々に寝ることにする。

「狭いんだけど」
 一つのベッドでロイとディーの間にはさまれ、仰向けに寝転んだ状態で文句を言う。
「おい、ディー、そっちのベッド行けよ」
「貴方が遠慮すればいいじゃないですか」
 自分をはさんで、お互いに譲れとなすりつけ合う言葉に笑った。
「ショーヘー、キスしていい?」
 顔を覗き込まれて、真顔で聞かれる。
「…いいけど、キスだけだぞ」
「そこまでケダモノじゃねーわw」
 体力を消耗し切った自分を襲うな、と暗に言った言葉にロイが破顔する。
「私も」
 ディーがニコニコとキスの順番を待つ。
 ロイの唇が近付き、ゆっくりと重ねられる。
 何度も角度をかえて、重ねるだけの長い口付けに、うっとりと目を閉じる。
 ロイが離れると、ディーが覆い被さり、唇を親指でキュッと拭って、ロイとの関節キスを嫌がるような仕草に笑った。
 ディーからも静かに口付けされ、少しだけ舌を触れさせ、最後に唇をペロリと舐め満足気に離れた。


 結局3人で一つのベッドに横になり、天井を見ながら話をする。
「公表するっていうけど、本当にいいのか?命令に背いて何もないよな?」
 公表すると決めてから、気になっていたことを聞く。
「命令とまではいかないですよ。
 多分、父上も兄上も、何か考えがあるんだと思いますけどね。その理由を明かさず一方的に公表を待てだなんて、酷いですよ。
 とことんショーヘイさんを利用しようとする根性に腹が立ちます」
 プンプンと、父と兄に怒るディーに笑う。 
「でも、これでもし本当にお咎めがあるなら、それこそ私はショーヘイさんを連れて逃げますよ。
 どこか遠い所で、2人で静かに暮らすのも悪くない」
「おい、俺もだろうが」
 ロイが文句を言う。
「じゃ、仕方ないから3人で」
 ディーが取ってつけたように言い、笑った。
「小さな家を建てて…」
「狩りをして、魚釣って…」
「ベッドは大きめな。3人でも余裕で寝れるサイズ」
 それから3人でのスローライフな暮らしを妄想しつつ、語り、笑い合った。



 両隣から2人の寝息が聞こえる。
 自分も目を閉じてうつらうつら微睡みながら、考えていた。

 救国の英雄と呼ばれるロイ。
 この国の王族であるディー。
 
 その2人が、自分のためだけに、地位も名誉も捨てて逃亡なんて出来るわけがない。
 2人の肩には、本人達が考える以上に責任も義理もある。
 若くして獣士団団長を務めたロイ。今だにロイを尊敬し敬愛する部下も多い。
 王位継承権はなくても、必然的に、かつ無意識に国のためにと行動するディー。
 そんな2人が、自分のために、何もかもを放り投げるなんて、そんなことは絶対にしないと確信があるし、そんなことをさせたくもなかった。

 世の中、そんなに甘くはない。

 元の世界で、大人として、社会人として、生きてきたからよくわかる。それはこの二つの世界の共通点でもあるだろう。 
 きっと2人も、それは充分にわかっている。
 だからこそ、自分は2人に何が出来るだろうか、と考える。
 2人に支えてもらうばかりではなく、2人を支えたい。2人の隣に立つに相応しい、と認めてもらいたい。

 ロイのために、ディーのために、自分には何が出来るだろうか…。

 そう思考を巡らせながら、深い眠りに落ちた。



 次の日、ディーに命令された通り、とにかく体を休める。
 ロイはグレイや騎士達と馬車と馬の整備に向かい、ディーは父と兄へ出す手紙を書いていた。
「なんか、俺、体力無さすぎ」
「そういう問題じゃありませんよ」
 自分が呟いた言葉に、ディーが書き物をしていた手を止めて、ベッドの上の自分を見る。
「だって…、少し前は魔力奪われて、やっぱり体力不足でさ…今回は解毒で体力不足…」
 はぁとため息を吐く。
「あのね、前回も今回も死んでてもおかしくないことなんですよ? 体力不足とか、そういう問題じゃありません」
 ディーはそう言うが、こうしてベッドに横になっていることが最近多くて、どうしても体力不足だと感じてしまう。
「もう年だよな…」
 ボソッと呟くと、ディーが笑う。
「39歳だって、気にしてるんですか?」
 笑いながら、ベッドへ座り、横になっている自分の頭を撫でた。
「当たり前だ。俺はもう若くないんだ」
「ショーヘイさんは、それでも充分可愛いですよ」
 また可愛いと言われてムッとする。
「今、ムッとしたでしょw」
 顔を覗き込んで、ディーが笑う。
 そして、ゆっくりと顔が近付き、唇を重ねられた。
 チュゥと吸いつかれて、唇を舐められる。舌が口内に侵入し舌を絡め取られる。
「ん…」
 長めのキスが終わって唇が離れると、顔を赤くして、むくれた。
「ほんと可愛いw」
 また言われて、赤面した顔でプイと横を見る。
 そんな自分に笑いながら、ディーが机に戻り、再び手紙を書き始める。
 そのディーの姿をしばらく眺めた後、天井へ視線を戻す。
 一晩休んで、だいぶ体は楽になった。
 きっと夕方には普通に歩けるくらいには回復しているはずだ。
 明日にはこの街を出る。
 最後にもう一回温泉に入ろう。
 そう思いながら、目を閉じた。



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