おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜自称婚約者〜

おっさん、婚約者に出会う

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 王領に入ったと言っても、境界線があるわけでもなく、ここから王領、という看板があるわけではない。
 景色も変わり映えしなければ、特に変わった所は何もなかった。
 もう王領に入ったと言われなければ、全く気付かないほど何も変化がない。
 カントリーサインでもあればいいのに、とまた余計なことを考えてしまう。
「ここはまだ外れも外れですからね。しばらくは農村地帯が続きます」
 ディーに説明されて、草原から畑が遠くまで続く景色に変わり、遠くに小さく村も見えた。
 畑の中で農作業をしている人達の姿がちらほら見える。
 そののどかな風景にほっこりと気持ちが和んだ。

「次に立ち寄る街ですが…」
 ディーが説明しようとすると、グレイがすかさず、一泊だけか?と聞いてくる。
 また何か名物の食べ歩きをしたいのかな、と思ったが、そうではなかった。
「向かっているフォートリアは、王都から一番近いリゾート地なんだよ」
「へぇ…リゾート…」
 この世界にもそういうものがあるんだと、新たな情報に驚く。
 そういえば、だいぶ前に立ち寄った海沿いの温泉の街ミルアも、どちらかと言うとリゾート地のような雰囲気だったことを思い出す。
「ここから約2日かけて山道を登ります。その中腹に綺麗な湖があって、その周辺がフォートリアの街です。
 街から少し外れた所には貴族の別荘地があります」
 そっちへは近づきませんけどね、とディーが面倒臭いことをなるべく避けたい、という表情になった。
「温泉もありますよ」
「え!マジ!?やった!」
 温泉という言葉に、俄然街に着くのが楽しみになった。
「一泊だけかぁ…」
 グレイが残念そうに呟く。
「今度、ジュリアさんとリゾートに来ればいいじゃん」
 そう揶揄うとグレイは真面目な顔をして、それはいいな、と呟き、真剣に考え始めた。
「あと1ヶ月もすれば山菜が美味い時期になるんだよなー…」
 呟いたグレイに、やっぱり食い物か、と笑った。



 その日の野営の天幕で、ベネットの話になった。
 どうしてもベネットの行く末が気になってしまうのもあったが、少なからず関わってしまったことで、罪状も気になるが、実はもう一つ気になることがあった。
「前にさ、ベネットは商人あがりの貴族だって言ってたろ?
 ベネットが公爵になったのって、いつごろ?」
 ディーとロイが、よくそんなこと覚えてたな、と驚くような呆れた顔をする。
「確か…170、80年くらい前だったと思います。拘束されているベネットで4代目ですね」
「貴族ってどうやってなるんだ?」
「国に対しての貢献度ですね。王から叙爵を受けて爵位を頂くことになります」
「そんな一気に最上位の公爵になんてなれるもんなのか?」
「いえ、ベネットが最初叙爵されたのは伯爵でした。その後順調に位階を上げていったんです」
 ディーが頭の中にある各貴族年表を思い出しながら話す。
「あー…、そういうことか」
 突然ロイが言う。
「何だ?」
 グレイが怪訝な顔をする。
「ベネットは昔から爵位を金で買ったと言われてる。もちろん、最初の伯爵の地位もな。表向きは魔鉱石の販売ルートを他国にまで大幅に広げた功績だが、元々あったルートを拡散しただけで叙爵なんかされるか?」
 ロイの言葉に目を見開く。
「お前、ちゃんと勉強してるんだな」
「何年ディーと一緒に王宮で勉強させられたと思ってんだ」
 ロイが当時を思い出し、ブルブルッと震えた。
「ミルコ女史は厳しい方でしたからね…」
 ディーも思い出したのか、遠い目をする。
 どうやら、家庭教師的な女性がかなりのスパルタ教育だったようで、2人の様子にクスッと笑った。
「で、そういうことってどういうことよ」
 グレイが1人わからん、という顔をした。
「指輪の男だよ。
 チャールズだかいうジュノーを最初に拾ったのが、ベネットだ」
 ロイの言葉にうんうんと頷いてニコッと笑う。
「そう。多分だけど、叙爵を受けた理由に、そのチャールズも関係しているんじゃないかと思ってさ」
 ディーがハッとする。
「180年前…、ジュノー…」
 呟いて大きなため息を吐く。思い当たることがあるらしい。
「王家のジュノーの記録書にはチャールズは載っていません。
 載っていないんじゃなく、載せられなかったんだ」
 ディーが苛ついたように言った。
「ディーの先祖を悪く言うつもりはないけど、そのあたりで王家に何かあったんじゃないか?」
 ディーが目を見開いて自分を見た後、スッと目を細めメガネを外すと、目頭を揉む。
「その通りですよ。
 これは表沙汰にはしていませんから、限られた者しか知りません」
「たしか、お前のひいひいじいさんの弟だったか?」
 限られた者しか知らないことをロイが知っている。
 それも驚きで、グレイが顔を顰めた。
「ええ、その当時の王弟が数名の有力貴族を従えて反旗を翻した事件がありました」
「その有力貴族の中に、ベネットの前の領主、ウッドマン家がいたんだろ」
 そう言うとディーが、その通りです、と苦笑した。
「俺にもわかるように説明してくれや」
 グレイが自分だけが理解できない内容にムッとする。
 そこで、紙に時系列を書くことにした。
「あくまでも俺の妄想だからな」
 そう一言付け加える。

 200年前。
 チャールズがこの世界に来る。
 当時まだ豪商だったベネット(先祖)に拾われる。
 当時の王弟、有力貴族にチャールズを当てがう(性奴隷)
 190年前。
 ベネットが王弟派を離脱するために、王弟派ウッドマン家の三男にチャールズを売る。
 185年前。
 王弟による王位略奪未遂事件発生。裏には王弟派のウッドマン家が所有するジュノー(チャールズ)の存在あり。
 おそらくは、ベネットが密告したために失敗に終わる。
 王弟およびウッドマン家が没落。
 ベネットがその功績により伯爵の叙爵を受ける。

「なるほどなぁ」
「ぴったり符号しますね」
 書くとよくわかった。
「それにしても、よく気付きましたね。」
「何となくな、年数とか、チャールズの話とか、あの遺跡がベネット領だったこととか、色々考えてたら、行き着いた」
 持っていたペンをクルクル回しながら言うと、ディーが渋い顔で笑う。
「王弟派がジュノーを抱えたことも王位を簒奪しようとした理由の一つになったんだと思う」
「当時の王家はチャールズの存在を知っていたというわけですね」
「少なくても200年前はね。探して保護しようとしたかもしれない。
 でもその時チャールズはすでに逃げ出した後だった。
 まさか、200年経った今も生きていたことまでは知らなかっただろうけど」
 そう言って笑った。
「まぁ、ただの憶測だけどな。
 あと、さっき聞いて思ったけど、ベネットが伯爵から公爵まで上り詰めたのも、実は、ジュノーの知識が関わっていたんじゃないか?」
「可能性はありますね…」
「おそらくベネットはチャールズを性奴隷にするだけじゃなく、なんらかの知識は手に入れていたんだと思う。
 それが何なのかはわからないけど、表向きの叙爵理由が魔鉱石の販路なら、販売や流通に関することじゃないかな」
 そう言って、うーんと伸びをすると、大きな欠伸をした。
「ショーヘイさん!」
 欠伸をしている最中に突然ディーに飛びつかれた。
「うわ!」
 抱きつかれてひっくり返る。
「貴方は本当に素晴らしい人だ」
 押し倒されて、顔を間近に寄せて見つめ、チュッチュッっと額に頬にキスする。
「この話、黒騎士を通じてダニエルに伝えます。もしかしたら販路に関する金の動きで何か出るかも」
「あー…そうなるのか」
 別にそこまで考えて話したわけではなかった。
 ただ、同じジュノーとして、チャールズのことがずっと心に残っており、彼が犯した罪は別にして、彼の存在をただの悪者として受け入れることが、悲しかっただけだ。
 自分とは真逆のジュノー。
 彼は、ただ帰りたいと言っていた。
 ただそれだけを願い続け、心が壊れた。
 その彼の願いを受け止めることが出来るのは、同じジュノーである自分だけだと思っている。

「ディーばっかり狡い。俺も」
 顔じゅうにディーからキスの雨が降り、それにロイも参戦してくる。
「重い!」
 2人にのしかかられ、キスされる自分をグレイが呆れた顔で眺め、グレイも大きな欠伸をした。




 王領に入って3日目。今日の昼過ぎにはフォートリアに到着する予定だが、だんだんと雲行きが怪しくなっていた。
 朝から曇天の空模様に、全員が憂鬱な気分になる。
「今にも降りそうっスね…」
 天幕を片付けながら、アイザックが雨を含んだ重たそうな雲を見上げて呟く。
「急ぐぞ、本格的に降り出す前に街に入る」
 グレイが声をかけ、急いで出発の準備を整える。
 いつもよりも早い移動速度で緩やかな山道を登っていく。
 そしてとうとう、雨が降り出した。
「うわーきたー」
 馬を操りながらイーサンが叫ぶ。
 馬車の窓から外を見ると、その窓ガラスにポツポツと水滴がついた。
 一気に土砂降りになり、騎乗する騎士達が雨に打たれる姿に気の毒に思う。
 強い雨が土の地面をぬかるみに変え、馬も馬車も速度が落ちた。
「あと少しだから、このまま行くぞ」
 先頭を走っているアーロンが叫ぶ。
 各々が返事をして雨の中を行軍していく。
 降り始めて1時間ほどで、湖畔に出て、そこから平坦な道を進み街へ入った。
 せっかくの湖の湖面すら雨によって見えず、リゾート地だという街も、雨のせいで人がまばらに歩くだけで、閑散としていた。
 この間と同じように、ウィルが先行して街に入り、黒騎士と情報の受け渡しを済ませて、街の入口で合流する。

 さすが貴族も利用するリゾート地なだけあって、宿も今まで一番豪華だった。
 すでに、3人は認識阻害の魔法を解いており、宿に到着するよりも前に、宿の主人や使用人が入口で待ち構えていた。
「これはこれは、ディーゼル殿下。ようこそおいでくださいました」
 玄関先でうやうやしく挨拶しているが、自分はずぶ濡れになっている騎士達が気がかりで、何度も後ろを振り返る。
「なぁ、早く温泉行けよ。風邪引くぞ」
 居ても立ってもいられず荷物を下ろすのを手伝いながら声をかける。
「ショーヘーさん、優しい」
 ニコニコとアシュリーが大丈夫と言った瞬間、大きなクシャミをした。
 荷物をおろすと、馬と馬車の移動は宿の使用人が引き受けてくれる。
 濡れていない馬車組のいつのも4人を残し、騎士達にはすぐに温泉へ行ってもらい、ディーとグレイが宿の手続きをしつつ部屋割を決めた。
 だが、そこで少し揉める。
 揉めるというか、宿の主人が最上級の部屋の客を追い出してディーをその部屋へ、と言ってきたのだ。
「それはお断りします。そんなことをする必要はありません。空いている部屋で構いませんので」
「そうはいきません。まさか殿下に一般客と同じ部屋など」
「今は王族としてここにいるわけではないんです」
「そういうわけには」
 すったもんだとロビーで言い合う2人を眺めながら、決着するのを待つ。
「もし、どうしてもその客を部屋から追い出すと言うのなら、宿泊自体をキャンセルしますよ」
 はっきりとディーが言うと、主人が折れた。
「わかりました…。一番良いお部屋というわけにはいきませんが…、次に良い部屋は空いておりますので…」
 キャンセルされるのは困ると、主人が使用人へ指示を出し、部屋へと案内を始める。
「騎士達には破格な部屋だな」
 グレイが笑う。
 結局、宿泊するにしても、10人が近い部屋であることが条件になってくる。
 ディーに合わせて高級な部屋ということは、その近くも高級な部屋ということだ。
「はぁ…認識阻害の魔法かけとくんでした」
 ため息をついて、部屋へ入る。
 言わずもがな、自分とロイとディーが同室だ。
 グレイは隣でアイザックとウィルと同室になり、逆隣にアーロン、クリフ、アシュリー、イーサンの4人が泊まる。
 一部屋がかなり広く、貴族御用達の部屋であることは一目瞭然だった。
「豪華だなー」
 部屋に入って荷物をベッドの上に放り投げると、部屋の中を探検した。
 大きな窓の外にベランダがあり、きっとそこから湖が見えるが、今は雨であまりいい景色ではなかった。
「晴れてたら綺麗なんだろうな」
 そう呟いて振り返った途端、腕を引かれて、そのままベッドへ押し倒された。
「は!?」
「約束。イチャイチャさせろ」
 ロイにギューっと抱きしめられて、首筋に顔を埋められると、スンスンと匂いを嗅がれる。
「あーいい匂い」
 ロイの尻尾が嬉しそうにパタパタと左右に揺れる。
「私も我慢の限界かも」
 そんなロイと自分を見て、ディーも隣に寝転がり、頬にキスしてくる。
「あー…、温泉、まずは温泉行こ」
「えー」×2
 スルッとロイの手が服の中に侵入し、慌てて身を捩った。
「温泉が先!」
 起き上がって叫ぶ。
「なんでぇー?」
「だって…」
 ゴニョゴニョと口を尖らせる。
「え?」
「何?聞こえない」
 小さい声で言う言葉が聞こえなくて、2人が耳を寄せる。
「キスマークだらけで温泉に入れるか!」
 キーンと2人の耳に声が響く。
 あー、ごもっとも、と2人が納得し、仕方なく温泉へ向かう支度をした。
 部屋に備え付けられている湯着を持って温泉へ向かう。
 板張りではなく、絨毯が敷かれた廊下が高級な宿であることを示していた。
「温泉、温泉」
 すこぶる上機嫌で温泉へ向かう。
 後ろから自分へついてくる2人がお預けをくらっていささか凹んでいるが、全く気にしないことにする。
 廊下の角を曲がってさらに進むと、お仕着せを着た女性達が数人作業する手を止めて、ペコリと頭を下げてくる。
 その前を通り過ぎつつ会釈を返していると、突然、
「ロイ様!!!」
 女性の声が響いて、後ろを振り返った。
 そこに、今しがた通り過ぎた丸い獣の耳を持つ使用人の女性がロイに抱きつく所を目撃してしまう。
「ロイ様、ロイ様…」
 首にしっかりと腕を回して、ロイの胸に顔を押し付けているお仕着せを着た使用人に、唖然とした。
「迎えに来てくださったのね」
 女性が言い、言われたロイ本人もポカンとして、抱きつく女性をそのままに、頭頂部を眺めている。
 ディーもあんぐりと口をあけて呆然としていた。
「な、誰だお前」
 我に返ったロイがしがみつく女性の肩を掴むと引き剥がす。
「んもう、婚約者の顔をお忘れですの?」

 は?
 婚約者?

 その言葉に眉を寄せた。
「はぁ!?婚約者だぁ!?」
 ロイがわけがわからないと声を張り上げる。
「ようやくわたくしを見つけてくださったのね。
 わたくし、ずっと貴方が迎えに来てくださるのをお待ちしておりましたわ」
 再び、ロイへ抱きつこうとして、ロイが逃げた。
 咄嗟にディーの後ろへ隠れるように回り込むと、ディーの背中を押し、女性へ突き出す。
「ちょっ、ロイ」
 いきなり壁にされて、ディーが怒る。
 だが、胸の前で両手を握ってうっとりとしている女性の顔を見て、ディーが、あ、と声を出した。
「マ、マチルダ、嬢?」
「はい。マチルダでございます。ディーゼル殿下、お久しゅうございます」
 そう言って、お仕着せのスカートを摘み、綺麗なカーテシーをする。
「マチルダ…?」
 ロイがディーの後ろで考え、あっと思い出した。
「マチルダ・ロマーノか!」
「ロイ様、やっとお会い出来ましたわ」
 マチルダがうっとりと微笑む。
 その3人のやりとりを呆然と眺めていたが、だんだんとイライラが沸き起こってくる。
「おい、婚約者ってどういうことだよ」
 ムッとした表情を隠さずに、ロイを睨み、ディーもついでに睨む。
「あ、これは…」
 ロイが言いかけた所を、マチルダが振り返り自分を見る。
「貴方、従者のくせにロイ様やディーゼル殿下の前を歩くとは何様のつもりですの?」
「は?」
「従者なら従者らしく、後ろに付き従い、荷物持ちでもなんでもなさい」
 どうやらこのマチルダというロイの婚約者は自分を従者だと思ったらしい。
「それは大変失礼いたしました」
 完全に目は笑っていない笑みを浮かべ、額に青筋が立つ。
「それでは、私はこれで失礼いたしますので、後はご自由にどうぞ」
「ま、何ですの。その言い方」
 自分の言葉にムッとしたマチルダが怒るが、くるっと踵を返すと廊下を温泉に向かってスタスタと歩き出す。
「ショーヘー、待って…」
「どうぞ、婚約者様とごゆっくり」
 引き止めようとするロイのセリフにかぶせ、振り返りロイにニッコリと青筋を立てたまま微笑む。
 そのままドスドスと廊下を1人で進んだ。
「ち、違うんだって!勘違い!ショーヘー!」
 背中からロイの声が聞こえるが、無視した。
 フンと鼻を鳴らして、大股で温泉へ向かった。



 ロマーノ、と聞いてすぐに5年前にロイに入れ込んだという元公爵家の令嬢だとは気付いた。
 これも、先日の貴族家丸暗記のおかげだ。
 でも、婚約していたことなんて聞いていない。
 ロマーノ公爵家が没落し、その後どうなったかは知らないが、お仕着せを着ている所を見るとここで働いていることになる。
 しかも、彼女はロイをずっと待っていたと言った。
 婚約がまだ有効であるかどうかは知らないが、それでもそういう存在がいたことをどうして教えてくれなかったのか。

 ロイにもディーにも、マチルダにも腹が立ち、温泉の脱衣所に1人で入ると、ババッと服を脱ぎ捨てポイポイと脱衣籠に放り投げると、湯着を着た。
 周囲にいた数人の客が、若干乱暴な行動の自分にギョッとしているが、構わずにガラリと温泉の中へ入っていく。
「あ、ショーヘーさーん」
 クリフが気付いて、遠くから手を振ってくる。
 みんな、冷えた体を温泉で温めて、まったりしている。
 そこへ合流すると、ムスッとした顔のまま湯船に浸かった。
「…なんか怒ってます?」
 アーロンが聞いてくる。
「別に」
 明らかに不機嫌な自分の声に、騎士達がビクつく。
「また喧嘩したんですか?」
 アシュリーが一緒にいないロイとディーに気付いてそう言い、周りにいたアーロンとイーサンが慌ててアシュリーの口を塞いだ。
「喧嘩なんかしてねーよ」
 そう言って、あ“ーきもちー、と声を出して湯船の縁に体を投げ出した。
 不機嫌オーラを全身に纏った自分に、騎士達が狼狽え、じゃぁ、上がります、とそそくさと出て行った。
 そんな騎士達に手を振りながら、1人になって、大きなため息をつく。
 さっきのマチルダに抱きつかれたロイの姿が頭から離れない。
 これは完全に嫉妬だ。
 ロイは別に抱きしめ返したりはしていないが、それでも、かなり苛立った。
「くっそムカつく…」
 ボソッと呟いて、鼻まで温泉で浸かってブクブクと空気の泡を出す。
 しばらく1人で温泉を満喫し、頭の中を空っぽにしたいが、どうしてもモヤモヤが消えず、ざばっと勢い良くあがると、早々に温泉を後にした。

 なんだよ、婚約者って。
 なんでそんな人がいるって教えてくれなかったんだよ。
 なんなんだ、あの女。
 俺のロイに馴れ馴れしく抱きつきやがって。

 脱衣所で服を着ながら、俺のロイ、と自然に考えたことに、1人で赤面した。
 そして、ジワッと涙が出てきそうになって、慌ててタオルで顔を拭いて誤魔化す。

 トボトボと部屋へ戻るが、廊下にはロイもディーもマチルダもいなかった。
 部屋に戻っても、2人はいない。

 モヤモヤを抱えたまま、ベッドへ倒れ込む。

 もう、知らね。

 不貞寝を決め込むが、どうしても涙ぐんで、タオルで顔を覆った。
 こんな気持ちになるくらい、ロイが好きだ。

 そう改めて自分のロイへの恋心に気付かされた。



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