おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜遊郭の街ゲーテ〜

72.おっさん、詰込授業を受ける

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 昼前に店を後にした。
 ミーナや姐さん兄さんたちに挨拶をする。
「また遊びに来てね」
「今度来た時もヒールよろしく」
「次はお客さんとして来てね。サービスするから」
「今度はもっと綺麗にしてあげるから」
「次はもっとセクシーな服着てね」
「ロイ様とのSEXどう?やっぱりすごいの?」
「3人でしたんでしょ?いいなぁ」
「何回したの?」
「たくさんイった?」
 次々にかなり際どい内容を聞いてくる娼婦や男娼たちに、赤くなったり青くなったりを繰り返しつつ、口々に揶揄われた。
「ほらほら、貴方達、ショーヘイちゃんが困ってるでしょ」
 囲まれた自分を苦笑しながら、スカーレットが宥めて助け出してくれた。

 スカーレットもこれからすぐに出るらしく、店の前に馬車と馬が用意されていた。
 一緒に行くはずのダニエルの準備がまだらしく、まだ出られないと言って笑っていた。

「じゃぁ、世話になったな」
 ロイが最後にスカーレットの手を取って口付ける。
「ロイ、ディー、ショーヘイちゃんを泣かせちゃダメよ。
 グレイ、今度彼女を紹介しなさいね。
 それと…」
 最後、スカーレットが自分にそっと耳打ちし、その言葉を聞いて瞬間的に赤面した。
 ロイとディーに何を言われたのかしつこく聞かれたが、絶対に教えないと心に決める。

 お口も使って愛してあげてね。

 そんなこと、2人に絶対言えるわけがない、と赤面した。




 午後1時。
 誰1人遅れることなく、馬宿に仲間が集合した。
 こころなしか、全員の肌艶が良い気がする。
「いやぁ、リフレッシュできたっス」
 アイザックがニコニコと話す。
 それぞれが、店を選び相手を選んで一夜を共にしたらしい。
 どんな相手を選んだのかまでは聞かないが、全員がスッキリとした顔をしている顔を見て、みんな若いなーと、はははと乾いた笑いを漏らした。
 ここにいるみんなはきっと抱く側で、抱かれる側ではないんだろうなと思う。
 6人もいるのだから、誰か1人でも自分と同じ抱かれる側がいてもいいのに、と何となく思ってしまった。


 ここに来た時と同じように、馬車と騎乗に別れる。
「では出発しましょう」
 ディーの掛け声で馬車が動き出す。
 ここから3日、街や村には寄らずに、野営を繰り返して王領へ入る。
 シュターゲンを迂回したため、王領に入ってから王都までは10日程かかるとのことだった。
 王領に入ってからは、2つほど街を経由する。

「やっとここまで来ましたね」
 向かい側に座ったディーが感慨深げに呟く。
「約3ヶ月か…。色々あったな」
 ディーの隣に座るグレイが腕を組んでしみじみと思い出に浸る。
 ニマニマと笑う表情から、きっとジュリアの事を中心に考えているのだろうとモロわかりで、笑いたいのを堪えた。
「あのさ…」
 王都まであと10日ほど。
 ここで、聞いておかなければならないと口を開いた。
「王都についたら、俺、どうなるんだ?何をすればいい?」
 王都へ向かう。保護してもらう。
 それはわかっている。
 だが、具体的なことは何もわかっていない。
 王都へついてから何が待ち受けているのか、自分はどう動けばいいのか、それを事前に知りたかった。
「そうですね…」
 ディーが口元に手を当てて少し考える。
「まずは、王への謁見。
 宰相と最高軍事統括への挨拶。
 要するに、私の父と兄達へですね。
 同時に国の有力貴族へ紹介。
 各部署、士団への挨拶と紹介。
 その数日後には、国内へ大体的にお披露目があるでしょう。
 そしておそらく1、2ヶ月後には、他国の重鎮を招いた、国をあげてのお披露目が」
「ちょ、ちょっと待って」
 スラスラと言うディーのセリフを遮る。
「そんなに挨拶とか紹介とかあんの!?」
「そりゃぁ、ジュノーですからね。我が国にとっては国賓扱いです。
 貴方の顔を覚えてもらわねばいけませんから」
 国賓という言葉を聞いて、血の気が引く。
 一気に数十人と挨拶し、それらを覚えなくてはいけないのかと、サラリーマン時代の新規取引先への挨拶とはわけが違うと思った。
 名刺交換なんてものはないだろうし、挨拶して、されて、顔と名前を覚えなくてはならないなんて、と気が重くなる。
「……あのさ、すぐには覚えられないとは思うけど、この国の貴族とか、役職?体制とか、そういうの事前に教えてくんない?」
 真剣な顔をしてディーを見つめる。
「…それはおいおい…」
「いや、俺は子供じゃないんだ。これから世話になる国について何も知りません、なんて失礼だろ。それに…」
 言いかけて顔を歪ませる。
「スカーレットさんが言ってたろ。
 この一連の動きに、きっと少なからず俺も絡んでくるって。
 その時に国の体制を知っとかないと、俺自身も動きようがない」
「貴方が事件の渦中にあるわけじゃ…」
「そうだとしても、万が一これから深く関わった時、知らないから関係ありません、でいたくない。
 詳しくなんて時間がないから、とりあえず、国の組織体系だけでも教えてもらいたい。
 これから会う人たちが、どういう立ち位置にいるのか、覚えやすくなるし」
 自分の言葉にディーもグレイも驚いたような顔をした。
「あと、王都に着いたら、出来れば家庭教師みたいな人もつけてもらいたいな。
 この国の歴史とか、地理とか、今までのジュノーについても知りたいし。国家間の関係とか、外交問題があればそれも知りたい。
 それと、この間の遺跡のことなんだけど…」
 今までずっと考えてきたことを、指折り数えて、知る必要があると思ったもの、やらなければいけないことを次々と口にする。
「ちょ、ちょっと待って!」
 ディーが慌てて自分の言葉を遮る。
「ショーヘイさん…。貴方…可愛いだけじゃないんですね」
「はぁ!?バカにしてんのか?」
 ディーの言葉に大きな声をあげる。そんな自分を見て、ディーが嬉しそうに笑っていた。
「バカになんてしてませんよ。その逆です。嬉しいですよ。この国のことを知ろうとしてくれて」
「自分の置かれた状況を知りたいと思うのは当然だろ?」
 嬉しいと言われて、照れ隠しにフンと鼻を鳴らす。
「まぁ、ショーヘーの言うことにも一理ある。これから先、ショーヘーは国の重要人物になることは間違いないだろうからな。
 俺らが常にショーヘーの側にいられる保証もない。
 ショーヘーが自衛するためにも、自分で考えて行動出来るような情報は必要だろう」
 黙って聞いていたロイが珍しく真剣に話し、3人がじっとロイを見た。
「何だよ」
 3人に変な目で見つめられて、ロイが顔を顰める。
「雪でも降るんじゃねーのか」
 グレイがボソリと呟き、その言葉に自分とディーが声を出して笑った。
「俺だって何も考えてねーわけじゃねーよ」
 笑われて、口を尖らせて文句を言う。
「ショーヘーは俺らが思ってる以上に強い。おそらくはクソ貴族の中でも上手く立ち回るだろうよ。
 それこそ、ギルみたいな腹黒でも上手くあしらうんじゃねーか?」
 そう言ってニカッと笑った。
 ロイの言葉に、ギルバートを思い出して、あんな人が王都にゴロゴロしているのかと思うと気が滅入る。
「それとな、あともう一つ、大事なこと忘れてんぞ」
 言葉を止めて全員を見渡すと、自分の手を取って口付ける。
「俺らの結婚式」
 そう言ってニヤリと笑った。
「そうですね。それが一番大事だ」
 ディーも微笑む。
 ロイの一言に、一気に全身が沸騰した。真っ赤になって口がパクパクと動いた。
「け、けこ、けっこ、け」
「なんか変な鳥が鳴いてるぞ」
 グレイが揶揄い、自分以外が爆笑した。

 



 結婚…。

 まさか異世界に来て3ヶ月ちょっとで、結婚を意識させられるとは思わなかった。
 確かに、愛しているとお互いに囁きあって、心も体を重ねて確認しあった。
 まさに自然な流れではある。
 それでも、今の状況に不思議な感覚を覚える。
 同性の男性に愛し愛されて、結婚という人生の節目を迎えようとしているなんて、思いもよらなかった。
 体中が浮くようなフワフワした感覚が全身を包む。

 こういうのを幸せっていうのかな。

 そう考え、自分の膝を枕に眠るロイを見る。
 そっと、その白い髪に触れ、顔にかかった髪を払いながら頭を撫でた。

 長い睫毛。絹のような綺麗な髪。
 通った鼻筋に形の良い唇。

 初めて会った時に、綺麗だと思ったのは今も同じだ。
 
 頭を撫でながら、向かい側で腕を組み、馬車の壁によしかかって眠るディーを見つめた。

 ロマの家で初めて会って、頭の良さそうな印象を受け、ディーにこの世界のことを詳しく教わった。
 優しく丁寧に教えてくれるディーの説明はわかりやすく、聞きやすかった。
 まさかディーも自分に好意を抱いていたなんて思いもしなかった。

 ずっと自分に対する気持ちを、ロイのために押し殺し、チャールズの一件でタガが外れたと教えてくれた。

 銀色のクセのないまっすぐな髪、銀の瞳、細いように見えて鍛えられた体。
 彼もまた綺麗だと思う。

 なんでロイもディーも俺なんかがいいんだろう。

 自分は特別いい男でもなんでもない。
 元の世界では、凡人レベルだし、この世界に来て可愛い部類だと言われるが、その美的感覚も未だによくわからない。
 
 それでも2人は自分を愛してくれている。

「結婚か…」
 自分にしか聞こえないくらいの声で呟く。

 結婚…、結婚式…。

 ふと気付く。
 救国の英雄と呼ばれるロイ。
 この国の第三王子のディー。

 この2人との結婚ってもしかすると、かなり大ごとなんじゃないかと、今になって気付いた。
「あれ…?もしかして、俺が花嫁…?」
 今更思い至る。
 夫と妻、的な考えは、この世界ではあってないようなものだ。
 だから、伴侶と呼ぶ人が多い。
 でも、立場?的なものを考えると、自分が花嫁的な立ち位置になるのかと考えて、焦り出す。
「え、ちょっと待って…。俺が花嫁なのか?」
 焦ってブツブツと口に出してしまう。

 花嫁ってことはウェディングドレスとか着るわけ?
 バージンロードを歩いて2人の所へ行くわけ?

「えぇ~…」
 今更気付いてしまった事実に顔を顰めて狼狽える。
 思わずウェディングドレスを着た自分を想像してゲーと砂を吐きそうになった。
「うーん…」
 狼狽えて体が動いたせいで、揺れでロイが呻く。
「あ、ごめん」
 思わず呟いて動きを止める。
 再びスヤスヤと眠り始めたロイの横顔を見て、クスッと笑う。
「まぁ…いっか…」
 こうなってしまっては仕方がない。
 花嫁だろうが、なんだろうが、受け入れてやろうじゃないの、と開き直る。
 それに、この世界の結婚式というものが元の世界と同じとは限らない。元の世界のような儀式的なものがないかもしれない。
 そう考えて自虐的に笑った




 その日の野営から、ディーの詰込授業が始まる。
 まずはこの国の貴族体系を紙に書いてもらった。

 王家
 公爵家が3家
 侯爵家が4家
 伯爵家が6家
 男爵家が8家
 子爵家が7家

 それぞれ名前を書き出してもらい、現在の当主名と役職を書き出してもらう。
 続いて国の組織図的な体系も図解で書いてもらった。
「総務局、財務局、経済局、法務局、環境局、外務局と別れていて、そこからさらに…」
 学生時代に受けた政治経済の授業を思い出す。
 組織図的には元の世界とさほど変わりがないと思ったが、元の世界のように細かく省庁が別れているわけでもなかった。
 そこは世界間の物理的な違いでもあるのだろう。

 現在シュターゲンに入っているという行政官も、総務局と財務局、法務局からそれぞれ派遣されているようで、執行官だというダニエルは、元の世界で言う検察官のような役職だった。
 元の世界の執行官は裁判を執り行うための事務官で、捜査や調査はしない。だが、この世界では、自警団=警察で、執行官=検察、裁判、の役割も持っているらしい。

 ただ、この世界が決定的に元の世界と違うのは、世襲制が殆どだということだった。
 各局の重鎮はほぼ貴族でしめており、仕事が出来る出来ないに関わらず、貴族の家に生まれたからには、その仕事に着くことが約束されていることになる。
 後継以外は職業を選ぶことが出来るが、大抵は親の七光によって政治に関わる仕事につくか、軍事面へ行くことが多いという。ただそれも半分で、残り半分の子息令嬢は国内外の他家へ嫁いだり、親の脛を齧って遊び呆けている者も多いという。
「世襲制ねぇ…」
 少しだけ鼻にかけて笑うと、ディーが渋い顔をした。
「お察しの通りですよ。後を継いだ者がみんながみんな優秀なわけではありませんからね。頭が痛い所です」
「まぁ、その辺の詳しいことはおいおい聞いてくわ。
 この中で要注意人物だけ印つけてくれ」
 そう言って、名前を丸で囲んでもらった。
「どういう人物かは馬車で説明しますね」
「んじゃ、とりあえず、このなんとか家ってのをまずは暗記するか」
「え?」
「何?」
「暗記って…」
「だって必要だろ?これから会う人達なんだから」
「いや、全員を覚える必要は…」
「いつ、誰が関わるかわかんないし、覚えておいて損はないだろ」
「それはそうですけど…」
 ディーが半ば呆れたように自分を見る。
「ショーヘイさんの世界の人って、みんな貴方みたいなんですか?」
「…どうだろうな。人によるんじゃないか?」
「貴方が特殊ってわけでは…」
「まぁ、俺がいた日本っていう国は割と学歴社会だったからな。俺の時代は詰込型の教育だったし、とにかく暗記暗記でさ…」
「ガク、レキ?詰込?」
 ディーが怪訝な顔をする。
「あー…、そっか。俺がいた国では6歳から15歳までは教育を受けるのが義務だったんだ。
 その後はまぁ、個人によるけど、大抵は18か、22まではひたすら勉強。
 俺も22歳まで勉強してた」
 それを聞いてディーが唖然とする。
「あのさ、この国の識字率ってどのくらい?」
「読み書き程度なら90%は超えています」
「読み書き以上は? 計算、歴史、経済なんかは?」
「……それ以上はある程度の層の民しか…」
 ディーが眉根を寄せる。
「多分、その辺もジュノーの知識として知った方がいいかもな。国民の教育についてさ」
 自分が真剣な表情で言うと、ディーがコクコクと頷く。
 3ヶ月、ずっと旅をしてきて、この世界の子供達が学校へ行っていないことは認識していた。
 学校がない。
 なのに、識字率が90%を超えているということは、読み書きや生活に必要な簡単な計算程度は親が教えるという仕組みなんだろうと、予想はしていた。
 世襲制を維持するためにも、平民が余計な知識をつけて貴族にとって変わることがないようにするための策であるんだろう、と余計なことを考えていた。
「まぁ、この件はまだまだ先の話だな。今は俺の勉強の方が優先で」
 そう言ってニコリと笑う。
 ディーはただ頷く。
 今の会話の中に、翔平がどうして理解が早いのか、わかったような気がして鳥肌がたった。
 自分が知っている過去のジュノー達とは違う。漠然と、この国は変わる、と興奮に近い昂りを感じた。



 翌日、馬車の中でショーヘーがブツブツと貴族達の名前を暗記しようとしている姿に、ロイがブーたれる。
「俺の珍獣ちゃんが全然かまってくれない」
「うるさいぞ」
 何度も自分にちょっかいを出してくるロイを突っぱねながら、ひたすら覚える。
 その日の野営で、完璧に暗記した自分がドヤ顔で披露し、ロイもディーもグレイも唖然とした。
 あとは顔と名前を一致させるだけだが、実はこれが一番厄介だったりするわけだが。

 それ以降、この国の経済、外交など、諸々に関して簡単ではあるが、授業を受け、次々と飲み込んで行く。
 王領に入るまでの3日間、ディーに書いてもらった紙と、自分がメモした紙を肌身離さず持ち歩き、ブツブツと呟く自分の姿に、同行している騎士達もかなり引き気味に自分を遠巻きに見る。

「もー限界!いちゃいちゃさせろ!」
 ロイが叫び、地団駄を踏む。
 3日目の野営の夜、夕食時にロイがとうとうキレ、全員がその姿にドン引きした。
「はいはい。次の街でな」
 そう言って、自分にまとわりつくロイの頭を撫でる。
「絶対だぞ!絶対いちゃいちゃさせろよ!!」
「子供かよ」
 グレイの突っ込みに、騎士達がゲラゲラと笑う。
「ロイ様、ショーヘーさんといると人格変わるっスね。子供みたいで可愛いっス」
 自分にしたら、この姿がいつものロイなのだが、ディーもグレイも言っていたように、それまでのロイとはかけ離れた姿らしい。
 その全員が知る今までのロイの姿を知らないから、そのことに少しだけ寂しさを感じるが、それでも子供のように甘えてくるロイが愛おしく思った。



 明日には王領に入る。
 王都へ近付くにつれ、大きな不安と小さな期待が心を覆うが、ロイもディーもグレイもいる。
 きっと大丈夫。なんとかなる。
 そう言い聞かせる。




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