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王都への旅路 〜遊郭の街ゲーテ〜
68.おっさん、おもちゃにされる
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ミーナに案内された店は街でも一番大きな店だった。
立派な5階建の洋館のようでもあるし、アジア風でもある。
「こっち」
ミーナに案内され、店の裏側にある従業員通用口へ向かう。
「おはよう、ミーナちゃん」
「おはよーございます」
店の使用人であろう人たちがミーナへ声をかけて、ミーナもそれに答える。
自分もその度に、ペコリと会釈しつつミーナの後ろをついていく。
そして、建物の中に入ると、彼女の仕事部屋らしき8畳ほどの部屋に入った。
「ちょっとここで待ってて。ボスに説明してくるから」
「あ、うん」
ミーナが出ていき、部屋をキョロキョロと見渡して、無数に置かれた化粧道具を興味深そうに見る。
大きな鏡に、その前に置かれた椅子。
机に並べられた色とりどりのパレット。たくさんのハケ。
生まれて初めて見る光景に、手を触れずにジーッと観察する。
しばらく彼女の仕事道具を眺め、隅にあったスツールに腰を下ろしてじっと彼女が帰ってくるのを待った。
「ミーナァー」
ガチャリとノックもなしに、女性が1人入ってくる。
「あら」
「あ…、ミーナならボスの所に」
入ってきた娼婦の1人にマジマジと見つめられる。
「誰?」
「あ、えっと…」
「ミーナに連れて来られたの?」
間近に迫り、目のやり場に困る。
一応彼女は衣服を着てはいるが、かなり際どい。身を屈めて自分を覗き込んでくる姿勢で、その開いた胸元から乳首が見えてしまって、赤面しつつ視線を逸らした。
「化粧師?」
「いえ…違います」
女性からとてもいい匂いがする。
なんの香水かはわからないが、フローラルな香が鼻をくすぐって、さらに間近に迫る女性の肢体にますます顔を赤く染めた。
「すぐ戻ってくるかなぁ。さっきの客に、やられちゃってさ」
そう言って、女性が髪をかき上げた。
そこに、赤くなり、鬱血した痣が出来ている。
「どうしたの、それ」
「殴られちゃって。ほんとムカつくわ。出禁よ出禁」
そう言って、ぷんぷんと怒りながら椅子にドサっと座った。
「こんな顔じゃ次の客取れないし、ミーナの化粧で隠してもらおうと思って」
その言葉で、化粧師のもう一つの仕事を知る。
そうか。客が全員いい人なわけがない。言うことをきかせようと乱暴する奴もいるのか、と彼女に同情する。
ミーナは美しく化粧を施すだけではなく、こういった怪我を隠す化粧もするのだ。
それに気付いて、体を売るという職業の大変さを知る。
「あの、良かったら治そうか?」
「え?」
「ヒール、かけてもいい?」
自分の言葉に娼婦が驚くが、すぐにお願い!と叫んだ。
立ち上がって、彼女に近寄ると、顔に触れずに手をかざす。
「ヒール」
一瞬で痣が消えた。
「……すご。痛みも消えた」
やっぱり痛みがあったようで、明るく振る舞っているが、我慢していたようだ。
「ありがとう!あんた治癒師?」
「あ、いや、ま、魔導士」
先ほど言おうと思っていた職業を、思わず言ってしまった。
「あ、お金」
「いらないよ。仕事じゃないから」
ミーナと同じように、対価を支払おうとする娼婦にニッコリと微笑む。
その自分を見た娼婦が少し赤面した。
「…ありがとう。助かった」
ニコッと彼女が笑い、お役に立てて何よりです、と答える。
「まだここにいるよね?」
「ああ。ミーナにここに居ろって」
「わかった」
彼女が明るく元気なまま、手を振りながら部屋を出て行く。
そして再び隅のスツールに座ってミーナを待った。
だが、さほど時間があかず、先ほどの娼婦が戻ってくる。
「ごめーん、この子の傷も治せるー?」
そう言って、1人の男性を連れて部屋へ入ってくる。
「お金とらないって本当?」
上半身裸の鍛えられたいい体の男娼が自分に近寄る。
「あ、うん」
「さっき抱いた客に引っ掛かれちゃってさ」
そう言って自分に背中を見せた。
そこに、無数の引っ掻き傷があり、血が滲んでいた。
男娼の言葉に、抱かれる側じゃなく抱く側としても買われるんだと、気付く。
ほんと大変な仕事だな、と改めて思う。
「治すよ」
これはかなり痛いだろうと、すぐに手をかざして治療する。
「うわ!すげー!一瞬じゃん!」
1秒もかからず引っ掻き傷が消え、痛みも消える。
「ありがとう!」
そう言って、手をぎゅっと握られた。
「私もいいかしら…」
男娼で見えなかったが、その後ろに娼婦がいる。
さらにその後ろにも。
「え…」
「ごめーん。無料で治してくれるっていうから、怪我してるみんな連れてきちゃった」
テヘペロっと一番最初の彼女が笑う。
体を傾けてドアの方を見ると、数人が並んでいる。
「こんなにたくさん怪我してるの?」
その人の数に、顔を顰めた。
「いいお客さんばかりじゃないから…。今日だけの傷じゃないし」
次の女性が控え目に話す。
その言葉に胸が痛む。
女性が差し出した両手首に、拘束の痕が残り、何度も擦れて擦過傷が酷くなっていた。
それは足も同じで、そういうプレイをしたんだとすぐにわかる。
すぐに、その両手首と両足首を治療した。
「ありがとう…」
綺麗になった自分の手首をさすって涙ぐむ。
「普段、治療はしないの?」
最初の娼婦に聞いてみる。
「あまりにも酷いのはするけどね、小さいのは店も治癒師を呼んでくれないんだ。高いしね」
確かに、怪我はどれも自然治癒でも治せる小さい傷ばかりだ。でも、治るまでに時間はかかるし、痛みもあるだろう。下手をすれば痕も残る。
もしかして、自分がしているのは余計なことなんだろうか。
そう思う。
店の許可も取らず、勝手に治療して、逆に面倒くさいことになるのではないかと、彼女にそう言った。
「大丈夫だよ。たまたまミーナが連れてきた人が、たまたまヒールを支えて、たまたま無料で治してくれたってだけだし」
たまたまと無料で、を大きめに声にする。
ああ、そうか。無料であればいいのか。そう思って、慈善事業ならOKってっことだと心置きなく治療することにする。
「それじゃ、次の人どうぞ」
医者のように、順番に治療していく。
本当は全員揃ったところで、一度にヒールをかけるのが一番早いのだが、それをやると、また面倒くさいことになるので、1人づつ治療していくことにした。
殴られた痕、擦過傷、引っ掻き傷、本当に小さな傷が多い。
だけど、この傷が出来た時、この人たちは、心にも傷が出来ているはずだ。
自分の治療が少しでもその心を救えるなら、と次々と治していく。
「何これ」
戻ってきたミーナが見たのは、自分の仕事部屋に並ぶ娼婦と男娼の列。
「ちょっとショーヘー!何してんの!?」
「あ、おかえり。ちょっと治療を」
えへへと笑う。
「はぁ!?」
「ミーナ、いい人連れてきてくれたわー。すっごく助かる」
娼婦の1人がミーナをぎゅっと抱きしめる。
「無料で治療してくれるなんて、どこで拾ってきたんだよ」
男娼が笑う。
「ちょっと、どのくらい治したの!?魔力は!?使いすぎじゃないの!?」
ここにいる人の数だけで15人はいる。
もう何人か終わっているとしたら、かなりの人数を治療したことになる。
「ああ、魔力なら大丈夫。俺、魔力量多いから」
そう言いつつ、目の前にいる男娼の腕にある痣を消す。
「ありがとう」
男娼に言われて、ニコリと微笑む。
その翔平の姿を見て、呆れた。
「俺で最後だ」
顔に大きな殴られた痕がある男娼がそう言い、これで全員の治療が終わる。
「すごいな。全員の傷治しちまったぜ」
残っていた男娼が笑う。
「このくらいならお安いご用」
自分もニッコリと微笑んだ。
その自分の笑顔を見て、ミーナがムーッと口を結ぶ。
「また、その顔」
「え?」
そう言われて思わず顔を触る。
「この人、可愛いわー」
「ねぇ、なんで連れてきたの?お客さん?」
「いーや、ただの迷子のおっさんだよ」
そう言われて、久しぶりにおっさん扱いを受け、嬉しくて笑う。
「おっさん、いいな」
「迷子ってwww」
ミーナがその場にいた娼婦と男娼に翔平と出会った状況と原因を説明した。
「あー、それで連れてきたってわけか」
「そ。客でもなければ、仕事の紹介でもないの」
何故かミーナが怒っている。
「確かに、この人は1人で歩いちゃダメだ。すげー可愛い」
男娼がマジマジと自分を見て、そっと頭を撫でてくる。
「か、可愛いって…」
その言葉と行動に顔を顰めた。
「自覚ねーの? あんた可愛いよ。俺、くっちゃいたいもん」
そう言われて、舌なめずりされる。
それに対して、うひゃぁ、と思い切り嫌な顔をした。
「確かにそうよね。もっときちんと飾れば、かなりいい線いきそう」
娼婦がそう言って、ジロジロと顔や体を舐め回すように見る。
それを聞いたミーナがニヤリと笑う。
「姐さんたち、ショーヘーにお礼したくない?」
その場にいた娼婦に言う。
「別にいいよ。ここにいさせてくれるお礼と思ってくれれば」
そう言葉を返したが、ミーナがニヤニヤしながら近付く。
「ボスに話したら、居てもいいって言われたよ。ついでに人探しも当たってくれるって。教えてくれた連れの特徴、店の人に話しといた」
「ほんと!?良かったー。ありがとうミーナ」
「実はさ、その対価として、治療して欲しいって言われたんだよね」
「じゃあ、結果オーライじゃん。もうみんな治しちゃったし」
「そうなんだけど、もうショーヘー暇になっちゃったよね?それに、姐さんたちもお礼したいよね?」
ミーナがニヤニヤとみんなを見る。
「そうね」
娼婦がミーナが何を言いたいのか気付いたようで、同じようにニヤッと笑う。
「…ぇ…」
なんか嫌な予感がする。
「姐さんたちが相手するなら、俺は戻るわ」
と男娼も気付いたらしく、スーッとドアへと近づき、じゃ、と出て行った。
「ちょっと、お願いしたいんだけど」
ミーナのニヤけが止まらない。
「な、何を」
ジリジリとミーナと娼婦たちに囲まれ、後ろの壁に張り付く。
「腕がなるわ」
ミーナが楽しそうに笑った。
スカーレットが執務室で書類に目を通していると、廊下をきゃーきゃーとお付きの子供達の黄色い声を聞いて、何事?と部屋のドアを開ける。
「あ、スカーレット様ぁ」
何人かが気付いて、スカーレットに近寄ると、抱きついて甘える。
「あらあら、どうしたの?子猫ちゃんたち。楽しそうね」
「あのね、ミーナが連れてきた人、みんなでキレイにするんだって」
「あら、そうなの?」
数時間前に、ミーナが迷子の男を連れてきて、治癒魔法が使えるから、それを対価に連れが見つかるまで保護したいと言ってきたのを思い出す。
それを了承して執事に探す連れの特徴を伝えておくように言った。
その後、見回りで館内をまわったときに、怪我を負った者が全員治療されていて、これはいい拾い物をしてくれたと思っていた。
治療が終わってやることがなくなったから、姐たちのおもちゃにされているのね、と理解し微笑む。
「ほどほどにしなさい、と伝えてくれる?まだお仕事中でしょ?」
「はーい」
頭を撫でてやると、嬉しそうにまた走って行く。
後でどんな人か会ってみようかしら、と、あの人数を全員治療した魔力といい、興味が湧く。
だが、今は他にやることもあるし、連れとやらが見つかるまでまだしばらくかかるでしょ、と再び自室に戻る。
それにしても、同じ日に人探しが2件なんて奇遇ね、とクスリと笑った。
あの後、ミーナの仕事部屋から娼婦たちに連れ出され、ミーナも仕事道具を持って移動する。
連れてこられたのは、娼婦の控室だった。何処かの劇場のような大きな控室に、指名を待つ娼婦達が大勢部屋で寛いでいる。
部屋の中には大きな鏡台やテーブルにソファ。ものすごい数の衣装がかかったハンガーラック。
本当に舞台裏の役者控室のような光景に、ついつい珍しくキョロキョロしてしまった。
「あら、さっきはありがと、お兄さん」
先ほど怪我を治した女性達が近寄ってくる。
「ねえ、貴方の連れって、彼氏?」
右耳のピアスを見てそう聞かれ、恥ずかしくなって少し俯きながら小さい声で、そうです、と答えた。
今だに彼氏、と公言することはまだ慣れない。恥ずかしいし照れ臭くて赤面する。
「可愛い~、真っ赤になっちゃって」
ケラケラと女性達が笑い、揶揄ってくる。
「それじゃあ、彼氏のために綺麗にしときましょ?」
「え?」
顔を上げると、目の前にたくさんの女性達が自分へにじり寄っていた。
女性の手が自分にシャツに触れ、ボタンを外しにかかる。
「え!?何!?」
突然の行為に思わず後ずさり、その場から離れようとしたが、すでにドアが閉められ、逃げ場が無くなっていた。
「んふふふふ」
女性達の目が怖い。
「大丈夫よ~。な~んも怖くないから」
「お姉さん達に全部任せてね」
「優しくしてあげるから」
7、8人の女性に囲まれる。
「うわ!やめて!やめてください!!」
自分の服に手をかけられると、あっという間に着ていたものを下着から全て剥ぎ取られ、全裸にされてしまった。
大事なところを手で押さえて、必死に隠そうとする。
「な、な、なん」
全身真っ赤になりながら、あまりの恥ずかしさに目が回る。
目の前に、自分を取り囲む際どい衣装の女性達の息遣いが荒い。
「うわー、お肌綺麗ねー」
「ほんとすべすべ」
「色白ねー」
女性達の手が、自分の体を弄って、その肌の質感を確かめるように動く。
「あ!あ」
さわさわと何本もの手が素肌の上を滑り、くすぐったさに身を捩りながら声を上げる。
「見てー、乳首ピンクー」
下半身を隠す両腕の隙間から見える乳首を指でつつかれる。
「わあ!」
思わず声を上げ、片手で胸を隠す。
「いや~ん、可愛い~」
そう言われてグッと口を結ぶ。
色っぽい女性達に囲まれ、素っ裸にされて、これってすごく男としてはすごく嬉しい状況なんだけど。
そう考えるが、彼女達の肉食獣のような獲物を捉える目が、男としての欲を抑え込んで、全く性的に興奮出来ない。
ジリジリと迫るミーナと女性達になすすべなく、触られ、撫でられ、白粉を塗られる。
女性達がハンガーラックにかかっていたセクシー衣装を物色しながら、どれを自分に着せるか相談しているのを見て、彼女たちに自分が完全におもちゃにされていると理解する。
「これなんて、いいんじゃない?」
女性がラックから白いスケスケのベビードールを取り出し、自分に見せ、涙目で絶対着ないと、断固拒否する。
キャッキャッと楽しそうにする女性たちの姿を見て、微笑ましいと思いたいが、素っ裸のまま、自分が着せ替え人形にされる状況に頭が追いつかない。
誰か助けて。
心の中で叫んだ。
書類を机の上で揃え、やっと机仕事が終わったと一息つく。
「お人形遊び、終わったかしら」
そう言いつつ席を立ち、廊下に出た。
客達に挨拶をしながら、通りかかる従業員に、ミーナが連れてきたという迷子の男がどこにいるかを確認し、控室へ向かった。
「あらあら、まぁまぁ」
そして、部屋の中で、すっかり着飾られた迷子を見つけた。
着物に似た真っ赤な衣装を身につけた翔平を見て、ニコニコと微笑む。
セクシーランジェリーのような衣装を着せられそうになり、なんとか露出の少ない、この衣装を自分で選んだ。
これでもかなり妥協した。
映画で見た、遊女が着る赤い長襦袢によく似ている衣装を、胸元から肩まで襟が開いた状態で着付けられ、派手な柄の帯をしめられた。
その衣装に合わせてミーナが自分に化粧をし、赤いアイシャドウに赤い口紅まで塗られた。
ミーナと女性達はその仕上がりに満足そうだが、鏡に映った自分の姿を見て、大きなため息をつく。
突然部屋に現れた絶世の美女の姿に、思わず見惚れて、ボーッとしてしまった。
ものすごい美人…。
自分の語彙力ではそれしか表現出来ない。
とにかく美人。誰が見ても美人。
そんな女性が部屋に入ってきて、面白そうに自分を見つめた。
「彼がミーナが拾ってきた人?」
「はい」
ミーナが化粧道具を片付ける手を止めてスカーレットを見る。
「なかなか、様になってるじゃない。ミーナの腕がいいのかしら?」
化粧を施された自分の顔を見て、目を細める。
「すぐにでも、客を取れそうね」
そう言って、コロコロと笑った。そして、椅子に座っている自分へ近付くと、顔を覗き込まれた。
その所作もとにかく美しい。
「あら…」
じっと自分の顔を見る。
いや、ピアスを見てる。
「…もしかして、貴方、ショーヘイ?」
「え…?」
「ショーヘーを知ってるんですか?」
ミーナが驚いて目を見開く。
「あらまぁ、こんなことって」
美人は驚く表情も美人だと、その綺麗な顔にポーッと見惚れてしまう。
「ロイ達が探してるわ」
「ロイ!?」
思わず身を乗り出し、食い付き気味に言う。
「貴方を見失って、探してくれってここに来たの」
「今どこに?」
「まだ貴方を探しまわってるわ」
そう微笑まれ、はぁと安堵のため息をつく。
「ほんと運がいいわ。まさかミーナに拾われるなんて」
そう言われて、クイッと白く細い指で顎を持ち上げられ、じっと顔を見られた。
「へぇ…、貴方がロイとディーの…」
うふふ、と美人が笑う。
「あの…、貴方は…?」
「スカーレット様。ここのボスだよ」
ミーナが教えてくれる。
「ここにいてもなんだから、移動しましょうか。
ほらほら貴方達もたくさん遊んで気が済んだでしょ。お仕事お仕事」
パンパンと手を叩いて、娼婦たちを促す。
「行きましょ」
そう言われたが、自分の姿に戸惑う。
「あの…、着替えを」
さんざん遊ばれて、仮装状態のこの格好をロイ達に見られたら、大爆笑必至だ。
「あら、いいじゃない。見せてあげなさいよ」
「せっかく綺麗にしたんだから、彼氏に見てもらいなよ」
スカーレットとミーナに言われて、うへぇと変な顔をする。
「似合ってるわよ」
美人に言われて赤面する。でもやっぱり着替えたい。
そう言ったが、2人に真顔で「駄目」と言われて引き下がるしかなかった。
控室を出て、引き摺りそうな着物の裾を持ち上げながらスカーレットの後ろをついていく。
「おお、これはスカーレット様」
「あら、いらっしゃい」
「そちらは新しい子ですかな? いやぁ初々しい」
恰幅の良い中年の男性がスカーレットに声をかけ、自分を舐めるように見られて、その視線に悪寒が走る。
「ごめんなさいね。この子、ある人のお手付きなのよ」
ほほほとスカーレットが笑う。
「それは残念」
そう言いつつ、再び自分をジロジロといやらしい目つきで見てくる。
「どうぞ、楽しんでらしてね」
そう言って、その男の前を通り過ぎる。
場所を移動する間、常連らしき客達に声をかけられ、視姦され、口々に指名したい、と言われて鳥肌が立つ。
事実、こんな格好をしているのだから間違われても仕方がない。
それにしても、他にいい男もいい女もいるのに、と小さくため息をついた。
スカーレットに応接室のような部屋に案内されてお茶を出された。
ソファに向かい合って座る。
「ごめんなさいね。うちの子達がおもちゃにしちゃって」
そう言われて、あははと乾いた笑いを漏らすことしか出来なかった。
「それと、ありがとう。怪我を治してくれて。魔導士ですって?」
「いえ。こちらこそミーナに助けてもらわなかったらどうなっていたか…ありがとうございます。ここに置いてくださって」
簡単に攫われそうになったことを思い出して、本当にミーナに会えてラッキーだったと思った。
「治療という対価はもらったもの。それに遊び相手にもなってもらったし」
そう言ってすっかり男娼の姿になってしまった自分に微笑む。
「あー、ほんと勿体無い。ロイ達の連れじゃなかったら、口説き落としてうちの子なってもらうのに」
少女のような口調で口を尖らせる。
スカーレットの言葉に苦笑しつつ、時計を見る。
はぐれてから約4時間が経とうとしていて、なかなかに濃い時間だったと思う。
「それじゃ、ここでしばらく待っててね。ロイ達が戻ったらすぐに知らせるから」
「はい。ありがとうございます」
そう言ってペコリと頭を下げた。
1人になって、きっとこの姿に爆笑されると思い憂鬱な気分になった。
立派な5階建の洋館のようでもあるし、アジア風でもある。
「こっち」
ミーナに案内され、店の裏側にある従業員通用口へ向かう。
「おはよう、ミーナちゃん」
「おはよーございます」
店の使用人であろう人たちがミーナへ声をかけて、ミーナもそれに答える。
自分もその度に、ペコリと会釈しつつミーナの後ろをついていく。
そして、建物の中に入ると、彼女の仕事部屋らしき8畳ほどの部屋に入った。
「ちょっとここで待ってて。ボスに説明してくるから」
「あ、うん」
ミーナが出ていき、部屋をキョロキョロと見渡して、無数に置かれた化粧道具を興味深そうに見る。
大きな鏡に、その前に置かれた椅子。
机に並べられた色とりどりのパレット。たくさんのハケ。
生まれて初めて見る光景に、手を触れずにジーッと観察する。
しばらく彼女の仕事道具を眺め、隅にあったスツールに腰を下ろしてじっと彼女が帰ってくるのを待った。
「ミーナァー」
ガチャリとノックもなしに、女性が1人入ってくる。
「あら」
「あ…、ミーナならボスの所に」
入ってきた娼婦の1人にマジマジと見つめられる。
「誰?」
「あ、えっと…」
「ミーナに連れて来られたの?」
間近に迫り、目のやり場に困る。
一応彼女は衣服を着てはいるが、かなり際どい。身を屈めて自分を覗き込んでくる姿勢で、その開いた胸元から乳首が見えてしまって、赤面しつつ視線を逸らした。
「化粧師?」
「いえ…違います」
女性からとてもいい匂いがする。
なんの香水かはわからないが、フローラルな香が鼻をくすぐって、さらに間近に迫る女性の肢体にますます顔を赤く染めた。
「すぐ戻ってくるかなぁ。さっきの客に、やられちゃってさ」
そう言って、女性が髪をかき上げた。
そこに、赤くなり、鬱血した痣が出来ている。
「どうしたの、それ」
「殴られちゃって。ほんとムカつくわ。出禁よ出禁」
そう言って、ぷんぷんと怒りながら椅子にドサっと座った。
「こんな顔じゃ次の客取れないし、ミーナの化粧で隠してもらおうと思って」
その言葉で、化粧師のもう一つの仕事を知る。
そうか。客が全員いい人なわけがない。言うことをきかせようと乱暴する奴もいるのか、と彼女に同情する。
ミーナは美しく化粧を施すだけではなく、こういった怪我を隠す化粧もするのだ。
それに気付いて、体を売るという職業の大変さを知る。
「あの、良かったら治そうか?」
「え?」
「ヒール、かけてもいい?」
自分の言葉に娼婦が驚くが、すぐにお願い!と叫んだ。
立ち上がって、彼女に近寄ると、顔に触れずに手をかざす。
「ヒール」
一瞬で痣が消えた。
「……すご。痛みも消えた」
やっぱり痛みがあったようで、明るく振る舞っているが、我慢していたようだ。
「ありがとう!あんた治癒師?」
「あ、いや、ま、魔導士」
先ほど言おうと思っていた職業を、思わず言ってしまった。
「あ、お金」
「いらないよ。仕事じゃないから」
ミーナと同じように、対価を支払おうとする娼婦にニッコリと微笑む。
その自分を見た娼婦が少し赤面した。
「…ありがとう。助かった」
ニコッと彼女が笑い、お役に立てて何よりです、と答える。
「まだここにいるよね?」
「ああ。ミーナにここに居ろって」
「わかった」
彼女が明るく元気なまま、手を振りながら部屋を出て行く。
そして再び隅のスツールに座ってミーナを待った。
だが、さほど時間があかず、先ほどの娼婦が戻ってくる。
「ごめーん、この子の傷も治せるー?」
そう言って、1人の男性を連れて部屋へ入ってくる。
「お金とらないって本当?」
上半身裸の鍛えられたいい体の男娼が自分に近寄る。
「あ、うん」
「さっき抱いた客に引っ掛かれちゃってさ」
そう言って自分に背中を見せた。
そこに、無数の引っ掻き傷があり、血が滲んでいた。
男娼の言葉に、抱かれる側じゃなく抱く側としても買われるんだと、気付く。
ほんと大変な仕事だな、と改めて思う。
「治すよ」
これはかなり痛いだろうと、すぐに手をかざして治療する。
「うわ!すげー!一瞬じゃん!」
1秒もかからず引っ掻き傷が消え、痛みも消える。
「ありがとう!」
そう言って、手をぎゅっと握られた。
「私もいいかしら…」
男娼で見えなかったが、その後ろに娼婦がいる。
さらにその後ろにも。
「え…」
「ごめーん。無料で治してくれるっていうから、怪我してるみんな連れてきちゃった」
テヘペロっと一番最初の彼女が笑う。
体を傾けてドアの方を見ると、数人が並んでいる。
「こんなにたくさん怪我してるの?」
その人の数に、顔を顰めた。
「いいお客さんばかりじゃないから…。今日だけの傷じゃないし」
次の女性が控え目に話す。
その言葉に胸が痛む。
女性が差し出した両手首に、拘束の痕が残り、何度も擦れて擦過傷が酷くなっていた。
それは足も同じで、そういうプレイをしたんだとすぐにわかる。
すぐに、その両手首と両足首を治療した。
「ありがとう…」
綺麗になった自分の手首をさすって涙ぐむ。
「普段、治療はしないの?」
最初の娼婦に聞いてみる。
「あまりにも酷いのはするけどね、小さいのは店も治癒師を呼んでくれないんだ。高いしね」
確かに、怪我はどれも自然治癒でも治せる小さい傷ばかりだ。でも、治るまでに時間はかかるし、痛みもあるだろう。下手をすれば痕も残る。
もしかして、自分がしているのは余計なことなんだろうか。
そう思う。
店の許可も取らず、勝手に治療して、逆に面倒くさいことになるのではないかと、彼女にそう言った。
「大丈夫だよ。たまたまミーナが連れてきた人が、たまたまヒールを支えて、たまたま無料で治してくれたってだけだし」
たまたまと無料で、を大きめに声にする。
ああ、そうか。無料であればいいのか。そう思って、慈善事業ならOKってっことだと心置きなく治療することにする。
「それじゃ、次の人どうぞ」
医者のように、順番に治療していく。
本当は全員揃ったところで、一度にヒールをかけるのが一番早いのだが、それをやると、また面倒くさいことになるので、1人づつ治療していくことにした。
殴られた痕、擦過傷、引っ掻き傷、本当に小さな傷が多い。
だけど、この傷が出来た時、この人たちは、心にも傷が出来ているはずだ。
自分の治療が少しでもその心を救えるなら、と次々と治していく。
「何これ」
戻ってきたミーナが見たのは、自分の仕事部屋に並ぶ娼婦と男娼の列。
「ちょっとショーヘー!何してんの!?」
「あ、おかえり。ちょっと治療を」
えへへと笑う。
「はぁ!?」
「ミーナ、いい人連れてきてくれたわー。すっごく助かる」
娼婦の1人がミーナをぎゅっと抱きしめる。
「無料で治療してくれるなんて、どこで拾ってきたんだよ」
男娼が笑う。
「ちょっと、どのくらい治したの!?魔力は!?使いすぎじゃないの!?」
ここにいる人の数だけで15人はいる。
もう何人か終わっているとしたら、かなりの人数を治療したことになる。
「ああ、魔力なら大丈夫。俺、魔力量多いから」
そう言いつつ、目の前にいる男娼の腕にある痣を消す。
「ありがとう」
男娼に言われて、ニコリと微笑む。
その翔平の姿を見て、呆れた。
「俺で最後だ」
顔に大きな殴られた痕がある男娼がそう言い、これで全員の治療が終わる。
「すごいな。全員の傷治しちまったぜ」
残っていた男娼が笑う。
「このくらいならお安いご用」
自分もニッコリと微笑んだ。
その自分の笑顔を見て、ミーナがムーッと口を結ぶ。
「また、その顔」
「え?」
そう言われて思わず顔を触る。
「この人、可愛いわー」
「ねぇ、なんで連れてきたの?お客さん?」
「いーや、ただの迷子のおっさんだよ」
そう言われて、久しぶりにおっさん扱いを受け、嬉しくて笑う。
「おっさん、いいな」
「迷子ってwww」
ミーナがその場にいた娼婦と男娼に翔平と出会った状況と原因を説明した。
「あー、それで連れてきたってわけか」
「そ。客でもなければ、仕事の紹介でもないの」
何故かミーナが怒っている。
「確かに、この人は1人で歩いちゃダメだ。すげー可愛い」
男娼がマジマジと自分を見て、そっと頭を撫でてくる。
「か、可愛いって…」
その言葉と行動に顔を顰めた。
「自覚ねーの? あんた可愛いよ。俺、くっちゃいたいもん」
そう言われて、舌なめずりされる。
それに対して、うひゃぁ、と思い切り嫌な顔をした。
「確かにそうよね。もっときちんと飾れば、かなりいい線いきそう」
娼婦がそう言って、ジロジロと顔や体を舐め回すように見る。
それを聞いたミーナがニヤリと笑う。
「姐さんたち、ショーヘーにお礼したくない?」
その場にいた娼婦に言う。
「別にいいよ。ここにいさせてくれるお礼と思ってくれれば」
そう言葉を返したが、ミーナがニヤニヤしながら近付く。
「ボスに話したら、居てもいいって言われたよ。ついでに人探しも当たってくれるって。教えてくれた連れの特徴、店の人に話しといた」
「ほんと!?良かったー。ありがとうミーナ」
「実はさ、その対価として、治療して欲しいって言われたんだよね」
「じゃあ、結果オーライじゃん。もうみんな治しちゃったし」
「そうなんだけど、もうショーヘー暇になっちゃったよね?それに、姐さんたちもお礼したいよね?」
ミーナがニヤニヤとみんなを見る。
「そうね」
娼婦がミーナが何を言いたいのか気付いたようで、同じようにニヤッと笑う。
「…ぇ…」
なんか嫌な予感がする。
「姐さんたちが相手するなら、俺は戻るわ」
と男娼も気付いたらしく、スーッとドアへと近づき、じゃ、と出て行った。
「ちょっと、お願いしたいんだけど」
ミーナのニヤけが止まらない。
「な、何を」
ジリジリとミーナと娼婦たちに囲まれ、後ろの壁に張り付く。
「腕がなるわ」
ミーナが楽しそうに笑った。
スカーレットが執務室で書類に目を通していると、廊下をきゃーきゃーとお付きの子供達の黄色い声を聞いて、何事?と部屋のドアを開ける。
「あ、スカーレット様ぁ」
何人かが気付いて、スカーレットに近寄ると、抱きついて甘える。
「あらあら、どうしたの?子猫ちゃんたち。楽しそうね」
「あのね、ミーナが連れてきた人、みんなでキレイにするんだって」
「あら、そうなの?」
数時間前に、ミーナが迷子の男を連れてきて、治癒魔法が使えるから、それを対価に連れが見つかるまで保護したいと言ってきたのを思い出す。
それを了承して執事に探す連れの特徴を伝えておくように言った。
その後、見回りで館内をまわったときに、怪我を負った者が全員治療されていて、これはいい拾い物をしてくれたと思っていた。
治療が終わってやることがなくなったから、姐たちのおもちゃにされているのね、と理解し微笑む。
「ほどほどにしなさい、と伝えてくれる?まだお仕事中でしょ?」
「はーい」
頭を撫でてやると、嬉しそうにまた走って行く。
後でどんな人か会ってみようかしら、と、あの人数を全員治療した魔力といい、興味が湧く。
だが、今は他にやることもあるし、連れとやらが見つかるまでまだしばらくかかるでしょ、と再び自室に戻る。
それにしても、同じ日に人探しが2件なんて奇遇ね、とクスリと笑った。
あの後、ミーナの仕事部屋から娼婦たちに連れ出され、ミーナも仕事道具を持って移動する。
連れてこられたのは、娼婦の控室だった。何処かの劇場のような大きな控室に、指名を待つ娼婦達が大勢部屋で寛いでいる。
部屋の中には大きな鏡台やテーブルにソファ。ものすごい数の衣装がかかったハンガーラック。
本当に舞台裏の役者控室のような光景に、ついつい珍しくキョロキョロしてしまった。
「あら、さっきはありがと、お兄さん」
先ほど怪我を治した女性達が近寄ってくる。
「ねえ、貴方の連れって、彼氏?」
右耳のピアスを見てそう聞かれ、恥ずかしくなって少し俯きながら小さい声で、そうです、と答えた。
今だに彼氏、と公言することはまだ慣れない。恥ずかしいし照れ臭くて赤面する。
「可愛い~、真っ赤になっちゃって」
ケラケラと女性達が笑い、揶揄ってくる。
「それじゃあ、彼氏のために綺麗にしときましょ?」
「え?」
顔を上げると、目の前にたくさんの女性達が自分へにじり寄っていた。
女性の手が自分にシャツに触れ、ボタンを外しにかかる。
「え!?何!?」
突然の行為に思わず後ずさり、その場から離れようとしたが、すでにドアが閉められ、逃げ場が無くなっていた。
「んふふふふ」
女性達の目が怖い。
「大丈夫よ~。な~んも怖くないから」
「お姉さん達に全部任せてね」
「優しくしてあげるから」
7、8人の女性に囲まれる。
「うわ!やめて!やめてください!!」
自分の服に手をかけられると、あっという間に着ていたものを下着から全て剥ぎ取られ、全裸にされてしまった。
大事なところを手で押さえて、必死に隠そうとする。
「な、な、なん」
全身真っ赤になりながら、あまりの恥ずかしさに目が回る。
目の前に、自分を取り囲む際どい衣装の女性達の息遣いが荒い。
「うわー、お肌綺麗ねー」
「ほんとすべすべ」
「色白ねー」
女性達の手が、自分の体を弄って、その肌の質感を確かめるように動く。
「あ!あ」
さわさわと何本もの手が素肌の上を滑り、くすぐったさに身を捩りながら声を上げる。
「見てー、乳首ピンクー」
下半身を隠す両腕の隙間から見える乳首を指でつつかれる。
「わあ!」
思わず声を上げ、片手で胸を隠す。
「いや~ん、可愛い~」
そう言われてグッと口を結ぶ。
色っぽい女性達に囲まれ、素っ裸にされて、これってすごく男としてはすごく嬉しい状況なんだけど。
そう考えるが、彼女達の肉食獣のような獲物を捉える目が、男としての欲を抑え込んで、全く性的に興奮出来ない。
ジリジリと迫るミーナと女性達になすすべなく、触られ、撫でられ、白粉を塗られる。
女性達がハンガーラックにかかっていたセクシー衣装を物色しながら、どれを自分に着せるか相談しているのを見て、彼女たちに自分が完全におもちゃにされていると理解する。
「これなんて、いいんじゃない?」
女性がラックから白いスケスケのベビードールを取り出し、自分に見せ、涙目で絶対着ないと、断固拒否する。
キャッキャッと楽しそうにする女性たちの姿を見て、微笑ましいと思いたいが、素っ裸のまま、自分が着せ替え人形にされる状況に頭が追いつかない。
誰か助けて。
心の中で叫んだ。
書類を机の上で揃え、やっと机仕事が終わったと一息つく。
「お人形遊び、終わったかしら」
そう言いつつ席を立ち、廊下に出た。
客達に挨拶をしながら、通りかかる従業員に、ミーナが連れてきたという迷子の男がどこにいるかを確認し、控室へ向かった。
「あらあら、まぁまぁ」
そして、部屋の中で、すっかり着飾られた迷子を見つけた。
着物に似た真っ赤な衣装を身につけた翔平を見て、ニコニコと微笑む。
セクシーランジェリーのような衣装を着せられそうになり、なんとか露出の少ない、この衣装を自分で選んだ。
これでもかなり妥協した。
映画で見た、遊女が着る赤い長襦袢によく似ている衣装を、胸元から肩まで襟が開いた状態で着付けられ、派手な柄の帯をしめられた。
その衣装に合わせてミーナが自分に化粧をし、赤いアイシャドウに赤い口紅まで塗られた。
ミーナと女性達はその仕上がりに満足そうだが、鏡に映った自分の姿を見て、大きなため息をつく。
突然部屋に現れた絶世の美女の姿に、思わず見惚れて、ボーッとしてしまった。
ものすごい美人…。
自分の語彙力ではそれしか表現出来ない。
とにかく美人。誰が見ても美人。
そんな女性が部屋に入ってきて、面白そうに自分を見つめた。
「彼がミーナが拾ってきた人?」
「はい」
ミーナが化粧道具を片付ける手を止めてスカーレットを見る。
「なかなか、様になってるじゃない。ミーナの腕がいいのかしら?」
化粧を施された自分の顔を見て、目を細める。
「すぐにでも、客を取れそうね」
そう言って、コロコロと笑った。そして、椅子に座っている自分へ近付くと、顔を覗き込まれた。
その所作もとにかく美しい。
「あら…」
じっと自分の顔を見る。
いや、ピアスを見てる。
「…もしかして、貴方、ショーヘイ?」
「え…?」
「ショーヘーを知ってるんですか?」
ミーナが驚いて目を見開く。
「あらまぁ、こんなことって」
美人は驚く表情も美人だと、その綺麗な顔にポーッと見惚れてしまう。
「ロイ達が探してるわ」
「ロイ!?」
思わず身を乗り出し、食い付き気味に言う。
「貴方を見失って、探してくれってここに来たの」
「今どこに?」
「まだ貴方を探しまわってるわ」
そう微笑まれ、はぁと安堵のため息をつく。
「ほんと運がいいわ。まさかミーナに拾われるなんて」
そう言われて、クイッと白く細い指で顎を持ち上げられ、じっと顔を見られた。
「へぇ…、貴方がロイとディーの…」
うふふ、と美人が笑う。
「あの…、貴方は…?」
「スカーレット様。ここのボスだよ」
ミーナが教えてくれる。
「ここにいてもなんだから、移動しましょうか。
ほらほら貴方達もたくさん遊んで気が済んだでしょ。お仕事お仕事」
パンパンと手を叩いて、娼婦たちを促す。
「行きましょ」
そう言われたが、自分の姿に戸惑う。
「あの…、着替えを」
さんざん遊ばれて、仮装状態のこの格好をロイ達に見られたら、大爆笑必至だ。
「あら、いいじゃない。見せてあげなさいよ」
「せっかく綺麗にしたんだから、彼氏に見てもらいなよ」
スカーレットとミーナに言われて、うへぇと変な顔をする。
「似合ってるわよ」
美人に言われて赤面する。でもやっぱり着替えたい。
そう言ったが、2人に真顔で「駄目」と言われて引き下がるしかなかった。
控室を出て、引き摺りそうな着物の裾を持ち上げながらスカーレットの後ろをついていく。
「おお、これはスカーレット様」
「あら、いらっしゃい」
「そちらは新しい子ですかな? いやぁ初々しい」
恰幅の良い中年の男性がスカーレットに声をかけ、自分を舐めるように見られて、その視線に悪寒が走る。
「ごめんなさいね。この子、ある人のお手付きなのよ」
ほほほとスカーレットが笑う。
「それは残念」
そう言いつつ、再び自分をジロジロといやらしい目つきで見てくる。
「どうぞ、楽しんでらしてね」
そう言って、その男の前を通り過ぎる。
場所を移動する間、常連らしき客達に声をかけられ、視姦され、口々に指名したい、と言われて鳥肌が立つ。
事実、こんな格好をしているのだから間違われても仕方がない。
それにしても、他にいい男もいい女もいるのに、と小さくため息をついた。
スカーレットに応接室のような部屋に案内されてお茶を出された。
ソファに向かい合って座る。
「ごめんなさいね。うちの子達がおもちゃにしちゃって」
そう言われて、あははと乾いた笑いを漏らすことしか出来なかった。
「それと、ありがとう。怪我を治してくれて。魔導士ですって?」
「いえ。こちらこそミーナに助けてもらわなかったらどうなっていたか…ありがとうございます。ここに置いてくださって」
簡単に攫われそうになったことを思い出して、本当にミーナに会えてラッキーだったと思った。
「治療という対価はもらったもの。それに遊び相手にもなってもらったし」
そう言ってすっかり男娼の姿になってしまった自分に微笑む。
「あー、ほんと勿体無い。ロイ達の連れじゃなかったら、口説き落としてうちの子なってもらうのに」
少女のような口調で口を尖らせる。
スカーレットの言葉に苦笑しつつ、時計を見る。
はぐれてから約4時間が経とうとしていて、なかなかに濃い時間だったと思う。
「それじゃ、ここでしばらく待っててね。ロイ達が戻ったらすぐに知らせるから」
「はい。ありがとうございます」
そう言ってペコリと頭を下げた。
1人になって、きっとこの姿に爆笑されると思い憂鬱な気分になった。
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