おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜新たな関係〜

65.おっさん、相談する

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 呆然とする2人を置いて、ベッドから立ち上がると、自分の着替えや荷物を持つ。
「誰かに部屋変わってもらうから」
 静かにそう言って、部屋を出た。
 すぐに隣の部屋のドアをノックする。
「はいはい」
 顔を出したアイザックが、自分を見てギョッとした。
「ど、どーしたっスか、ショーヘーさん」
 ボロボロと泣いた顔をそのままに、グレイとアイザック、ウィルの部屋に無言で押し入る。
「ごめん、誰でもいいから部屋変わって」
 静かに泣きながら、それでもはっきりと言う。
「…ウィル、すまんが頼めるか?」
「ええ。構いませんよ」
 グレイがそう言うと、すぐにウィルが自分の荷物を持って部屋を出ていく。
「ありがとう、ウィル」
 申し訳なさそうに、お礼を言うと、その肩をポンと叩かれた。
 そのままウィルが寝るはずだったベッドへ腰を下ろす。
「ほら」
 グレイがタオルを渡してくれて、それを受け取ると、顔を覆った。
 アイザックはオロオロと狼狽え、グレイは深いため息をつく。

 3人に何かがあったのは明白だ。
 だが、今は聞いても無駄だろうと思い、黙って何も言わずに隣に座ると、いつものように、頭をポンポンと撫ぜて慰める。
「ごめん、グレイ」
 ボソッと言われ、話たくなったら聞いてやる、とだけ返事をした。
 それに対して、コクっと頷くが、やはり何も話さない翔平に、ただ、頭を撫ぜて慰めた。


 コンコンとノックをするが、応答がない。
「失礼しますよ」
 そう言いながら部屋に入る。
 そこに、それぞれのベッドの上で膝を抱えて蹲るロイとディーの姿。
 2人とも、何かをブツブツと呟いて、時折か顔をあげ、青ざめて、再び膝に顔を埋める。

 鬱陶しい。

 ウィルが心の中で毒づいた。
 3つ並んだベッドの真ん中が空いているから、自分の荷物を適当に置いた後、さっさと布団に潜り込む。
 左右には鬱全開のロイとディー。
 2人の方を見ないように、仰向けになると、強制的に目を閉じて、ひたすら無心でやり過ごすしかなかった。



 次の日、グレイが采配を振るう。
 馬車には自分とグレイ、アイザック、ウィルが乗り、アーロンが御者席、他は騎乗なった。
 ロイとディーは何も言わずにグレイの言うことに従う。
 朝から3人は言葉を交わさず、ロイとディーが翔平を見ていても、翔平は2人に視線すら合わせようとしない。
 他の騎士達が一変した空気の重さに動揺しつつも、そこは騎士。仕事をきちんとこなして、宿を出発した。
 これから7日かけてゲーテへ向かう。

 翔平はあれから一言も口を開かない。
 ただひたすら苦行に耐える修行僧のように寡黙を貫いていた。
 ロイとディーも、いつものような覇気がなく、ただ淡々に街道を進んで行くだけだだった。

 野営に入っても、翔平は絶対に2人に近付かない。
 天幕ですら別にしてくれと言われて、翔平を騎士達の天幕に行かせ、アイザックをこちらの天幕に呼んだ。
 いつもは馬鹿みたいに笑い声が響いて、護衛をしていると言うよりも、ただ旅をしているような雰囲気だった。
 それが今はどんよりと空気が重たい。
 いかに翔平とロイ、ディーがこの旅の中心にいたのかがよくわかる。

 グレイがため息をついた。

 一体何が彼をあそこまで頑なにさせたのか。3ヶ月とちょっと一緒にいて、こんなに思い詰めた翔平を見たことがない。
 異世界から来た来訪者ジュノー。世界の違いにかなり不安だろうし、躊躇いもあったはずだ。
 それでも翔平はその事実を理解し受け止めて、なお前を向いていた。
 それが今の翔平の様子を見る限り、かなり打ちのめされている。
 翔平の顔から笑顔が消え、表情がなくなり、ずっと何かを考えているようだった。

「やっぱり、恋愛関係の話だよなぁ…」
 野営地で1人焚き火から離れ、ずっと何かを考えている翔平を見て、深いため息をつきながら、ガシガシと頭をかいた。

 シュミットを出て4日目、まだ3人はギクシャクしている。
 ロイとディーはかなり翔平を気にしているが、翔平は未だに彼らに心を閉ざしたままだ。
 4日目の野営地で、グレイはようやっと翔平に事情を聞くことにした。
 本当は翔平から話してもらうのを待っていたのだが、この空気の重さにそろそろ他の騎士達が耐えられない。
 今までが楽しかっただけに、メンタル面でかなり堪えているのがわかる。
 ただ、自分にはかなり荷が重い。恋愛関係はかなり苦手な分野だ。苦手というか、全く駄目だ。
「ウィル…」
 やっぱりこの男に頼ろう。
 翔平に年も近いし、冷静だ。自分よりも言葉選びは上手いだろう。
 ウィルが察して、苦笑する。

「ショーヘー」
 早々に天幕に引っ込んでしまった翔平を追いかけて、天幕に入る。
「ちょっと来い」
 そう声をかけて、翔平を連れ出した。
 ロイとディーに連れ出したことを見られないように、アイザックたちに協力してもらい、無事に天幕の外に連れ出した

 少し歩いて、広場から川の側まで3人で降りてくる。
「何?」
 ぶっきらぼうに翔平が言う。
 グレイにも目を合わせようとしない。
 何の話をされるのかわかっているのだろう、警戒心剥き出しで猫のように全身を逆立てているようだった。
「ロイとディーに何かされたのか」
 そう言われて、翔平はフルフルと頭を横に振る。
 それで、最悪のパターンは回避したと、少しだけホッとした。

 あの日、泣きながら部屋を交換してくれと言われた日、翔平は2人に襲われたのかと思った。
 ロイだけならいざ知らず、ディーも翔平を。2人で翔平を抱いたのかと。
 多分、ディーが翔平に想いを打ち明けたのは、遺跡近くの村にいた時だ。あれからたった数日で、実際にそんなことがあったとすれば、翔平に限らず、誰だってそれは受け入れられないだろうと思っていた。
 だから、泣いている翔平を見た時、実はかなり焦った。

「じゃぁ、何があったんだ」
 翔平の目がグレイを見る。だが、すぐに逸らされた。
「多分、言ってもわかってもらえない」
 ボソリと小さな声で言う。
 そう言われて何と返して良いのか返答に困る。
「ショーヘイさん。わかるかどうかは別として、打ち明けるだけでも、少しは楽になりますよ?」
 すかさずウィルが助け舟を出した。
 グレイが心の中でグッジョブ、と呟く。
「話すだけでも、か…」
 翔平が呟いて、はぁッと深く深呼吸した。
「グレイもウィルも、この世界の人だから、俺が何に苦しんでいるのか、きっとわからないと思う」
「それは聞いてみないとわからんだろ」
 即答すると、翔平は少しだけ笑った。
 翔平の口振りからすると、ジュノーであるがゆえの悩みということだと理解した。

「ディーに好きだって言われた」
 川添いの石の上にそれぞれ座って、話を聞く。
 言葉にする前に、頭の中で整理して、わかりやすいように言葉を選んでいるのがわかる。
 こういう状況でも、決して感情的に吠えることはせず、言葉を選ぼうとするのが翔平らしいと思う。
「告白されて、嬉しくてさ、多分、俺もディーがそういう意味で好きなんだっていうのは自覚した」
 足元の石に向かって呟くように話す。
「でもさ、俺はロイが好きだ。愛してる。なのに、ディーも好きって。おかしいだろ。
 だから、俺はロイを選ぼうとした。
 ディーへの気持ちに気付いてから、まだ日も浅いし、きっと忘れられるって思ったから。
 ロイを裏切りたくなかったから」
 言葉を区切って、顔を顰めた。
「でも、ロイは、ディーが俺を好きで口説いてもいいって、許した。
 多分、ロイのこの行動の意味、グレイもウィルもわかるんだろ?」
 逆に翔平に聞かれて、グレイとウィルが顔を見合わせる。
「何となくだが…、わかるな」
「まぁ、そうですね…。
 親友であるディー様が、自分と同じようにショーヘイさんを愛しても、なんら問題ないってことですよね?」
「そう。ディーなら許すって」
 やっぱり、この世界の住人である2人は理解出来た。
 でも、自分は理解出来ない。
「俺はわからないんだ。理解出来ないんだよ。
 なぁ、なんでそんなこと出来んの?
 ロイは、俺がディーに盗られてもいいのか?
 俺はロイにとって、その程度の恋人だったってことか?」
 ロイに対しての不安を初めて口にし、涙が溢れてくる。
「そもそも、他の奴なら絶対に許さないけど、ディーなら許すって何なんだよ。
 ディーなら良い。
 ディーなら一緒に俺を…」
 堪えられなくなった涙を隠すように、俯く。
「ディーだって、俺を好きだって言うくせに、ロイから奪うつもりはないって。
 ロイを愛するように、自分も愛してほしい。ロイと2人で愛したいとか…。
 ロイなら、ロイと。
 あいつら何なんだよ!」
 半ば叫ぶように言う。
「俺は…、愛玩人形じゃない…」 
 最後の言葉は悲鳴に近かった。

 自分はロイもディーも好きだという自覚がある。
 でも、2人同時になんて、そんな器用なことは出来ないと思ってる。
 それに、2人から同時に愛されることが想像出来ない。愛されて、自分は何をすればいいのか。何を返せばいいのか。
 ロイ1人にさえ、未だに恥ずかしかったり、照れ臭かったりしているのに。

 グレイは翔平の話を聞いて、理解できる部分と、翔平と同じように理解出来ない部分があると思った。

 ロイとディーの言動は理解できる。
 翔平の言葉を借りるなら、この世界の人間だから、気にすることもない常識の範囲内のことだ。本気で愛したのなら、1人だろうが、2人だろうが、そんなの関係はない。
 だがそれは、翔平がいた世界では、非常識で、かつ非難されるようなことなのだろうと悟った。
 
 そして翔平の苦しみはロイからの愛への不信感によるものだと気付く。
 自分もジュリアという最愛の人が出来て、初めて翔平の言いたいことがわかるんだろうと思った。
 もし、未だに想い人がいなければ、翔平の苦しみはわからなかっただろう。
 もし自分がジュリアに「もう1人この人も愛してあげて」なんて言われたら、かなりショックだ。
 人を愛して、その人を独占したいという気持ちは、翔平の世界もこの世界も同じだと思う。
 だから翔平は苦しんでいる。

 グレイは何と言えばいいのか言葉を探すが、適当な言葉が見つからず、深く息を吐いた。



「ショーヘイさん」
 ウィルが、泣いている翔平にハンカチを渡しつつ、そっと背中を摩って慰める。
「ありがとう…」
 ハンカチを受け取って、顔を覆う。
「参考になるかどうかはわかりませんが、私の話を聞いてもらえますか?」
 翔平が頷いて、ウィルが話を始める。
「私には、2人の伴侶がいます」
 その言葉に翔平が顔を上げた。
 その目が驚いている。
 ウィルが優しく微笑みかける。
 グレイもウィルの言葉に驚いた。

「私は子爵家の次男で、小さい頃に親に決められた婚約者が1人目の伴侶です。
 シルビア・モーガンという伯爵家の三女で、小さい頃に顔合わせをして、それから一月に1度のペースで顔を合わせたり、形式的な手紙のやりとりや贈り物をするくらいで、愛なんてなかった。
 元々政略結婚ですからね。お互いに愛がなくても20で結婚しました」
 淡々とウィルが語る。
 グレイも聞いていて、政略結婚が未だに横行しているこの国の貴族階級に顔を顰める。
 ジュリアがその対象にならなくて、ほんと良かったと胸を撫で下ろす。
「でもね、結婚当時、私には愛する人がいたんです」
「え…」
 翔平がさらに驚く。
「彼は当時私が居た騎士団第3部隊の訓練生の1人で、平民出身の男性です。
 騎士団は正騎士1人に最低1人の訓練生を受け持つ教育体制を取っていて、私が彼、イヴァンの教官でした。
 イヴァンは騎士団へ入団するギリギリの年齢で入ってきて、当時の私よりも3つ年上で、結構手を焼きましたよ」
 その当時を思い出したのか、ウイルがクスクスと笑う。
「でも、彼は他の誰よりも真面目で、他の訓練生よりも大人で、正騎士になるために努力を惜しまず、誠実な男だった。
 そんな彼にどんどん惹かれていって、気が付けば愛していた。
 訓練期間中はお互いにそんな素振りは見せなかったんですが、最後、彼が正騎士になった時、告白されて、受け入れました。
 そして、その数ヶ月後に、私は婚約者だったシルビアと結婚したんです」
「…奥さんは…」
「何も言いませんでしたよ。家にイヴァンを住まわせて、私はイヴァンだけを愛した」
 それを聞いて、そのシルビアにかなり同情する。
 いくら政略結婚で愛がないとはいえ、夫が愛する男を家に住まわせるなんて。形だけ見れば、ウィルが愛人を囲っていることになる。
「1年はそういう暮らしをしていたんですが、私は裏の顔もありますから」
 ウィルがその当時から黒騎士としても活動していたことを打ち明ける。
「家を空けることも多かったんです」
 その言葉で嫌な予感がする。
「わかるでしょう?イヴァンとシルビアが私の居ない間に…ね」
 ウィルがニコッと笑う。
 空いた口が塞がらない。それはグレイも同じだったようで、口ではなく、目を見開いていた。
「知った時は、激怒しましたよ。シルビアには俺の男を奪ったと罵倒し、イヴァンには俺を愛しているんじゃないのかと罵りました」
 ウィルが思い出して、自虐的に笑う。
「でも、2人は真剣な目で私に言ったんです。
 私を愛していると。
 イヴァンは当然だとしても、シルビアもです。
 政略結婚で、愛がないと思っていたのは、私だけだった。
 彼女は婚約者になった時から、ずっと私を愛してくれていたんです。何年もずっと」
 ウィルが少し俯く。
「シルビアは、私を愛しているから、私が愛した男を同じように愛したんです」
「…ぅ…」
 ウィルの言葉に、小さく呻く。
 さっきから、自分の心臓がバクバクとうるさい。
「シルビアは頭が良くて、献身的で、素晴らしい女性でした。
 だけど、それは全部私のためだった。愛する私のために努力したと言いました。
 結婚して1年以上放置し、他の男にうつつを抜かしていた私を許し、ずっと愛し続けていたと知って、私は自分が許せなかった。
 彼女に謝罪し、彼女の愛を知って受け入れました。
 イヴァンも、そんな彼女の愛に応え、2人で、私を愛そうと決めたそうです」
 顔を上げてニコリと笑う。
「その時、私は初めてシルビアを抱いたんです。結婚して1年以上経って初めて。
 その後イヴァンも彼女を抱いて、2人で彼女を愛して、私もイヴァンを抱き、彼に抱かれた。
 3人で愛し合ったんです」
 赤裸々に語るウィルにその情景を想像してしまってカァッと赤面する。
「衝撃でしたよ。愛し愛されるという行為が3人分です。幸せが倍以上になるんですよ」
 次の日、仕事をサボるくらい、2人を愛して、愛されました、とウィルが声に出して笑い、思わず自分も笑った。
「その後すぐに、イヴァンとも結婚しました。
 今、私は2人の伴侶を愛して、愛されて、本当に幸せですよ。満足しています」
 ウィルの言葉に嘘はない。
 その表情が、笑顔が事実だと語っている。
「ショーヘイさんと、ロイ様、ディー様の関係とは少し違いますけど、この世界の恋愛観が上手く伝わるといいんですが…」
 そう、優しく、慰めるような声で言われて、涙が出た。
「ありがと…、ウィル…」
 ハンカチで目を押さえて、溢れてくる涙を抑える。

 ウィルの話で、同時に2人を愛するという行為と意味に、違和感と恐怖がかなり和らいだ。
 この世界の常識を、また一つ受け入れられそうな気がしてくる。
 ウィルたちの関係と、自分たちの関係が全く同じではない。自分の置かれた状況がウィル、イヴァン、シルビアの誰かに置き替えることは出来ないけど、共通する部分も多いと感じた。

 最後に、ウィルが、いつものホッとする、人を安心させる声と口調で、言う。

「愛するという行為に、正解はありませんよ」

 その言葉で、さらに涙が止まらなくなる。



 しばらく泣き続け、グレイとウィルに慰められ、泣き止むまでそばに居てくれた。



「ありがとう、2人とも。だいぶ楽になった。話して良かったよ」
 やっと涙が止まって、2人にお礼を言う。苦しみが完全になくなったわけではないが、だいぶ気持ちが落ち着いたのがわかる。


「ロイとディーについて、話してもいいか」
 しばらくしてグレイが切り出す。
「ロイの生い立ちは聞いたか?」
 その言葉に頷く。
「ギルバートさんから、聞いた」
「そうか。他に何か言われたか?」
 そう言われて、一瞬言い淀む。
 今自分はその資格があるのか、わからなくなっているからだ。
「ロイの帰る場所になってくれって…」
「ギルバートらしい言い方だな」
 グレイが、最強の竜族で、ロイの育ての親であるギルバートの愛情の深さを思い出す。
「ディーもな、ロイと同じように、母親を、王妃様を目の前で殺されてるんだ」
「え」
「ディーを守り、その身を盾にして、亡くなってる」
 目の前で、自分を守るために、死んだ。
 まさにロイと同じ。
 その事実に驚愕する。
「誰も、2人を責めない。お前のせいじゃないと、周りの大人たちはそう言うが、あいつらはずっと自分のせいだと思い込んでる。
 おそらく今もな」
「そんな…」
「同じ境遇で、同じような心の穴を、あいつらはお互いに埋め合っているんだ。
 依存し合う関係。
 それがあいつらだ。
 お互いを信頼し、尊重し、助け合うことで、自分を維持してるんだろう」
 止まっていた涙が再び溢れてくる。
「そんなの、辛すぎる…」
「だから、あいつらは他人が恋人だと勘違いするほど、仲が良い。
 だが、本当は親友や恋人なんて生やさしい言葉じゃ言い表わせない関係なんだよ」
 涙が止まらない。
「ロイはディーゼルで、ディーゼルはロイなんだ」
 その言葉に大きく心臓が跳ねる。
 グレイも少し涙ぐむ。
「だから、ロイとディーがお前を愛してると知って、俺は不思議だと思わなかったよ
 むしろ、当然だと思った」
 グレイが無理矢理涙を止めて話を続ける。
「なぁ、ショーヘー。
 あいつらの心の穴を、お前が塞いでやってくれないか?」
 頼む。そう言って、グレイが頭を下げる。
 ゆっくりと立ち上がると、グレイの前に立ち、そして頭を上げさせ、その体を抱きしめた。
「俺に、そんな資格あるかな」
 グレイの大きな体に腕を回してその胸に顔を埋める。
「あいつらがショーヘーを選んだ時点で、お前にしか資格がないんだよ」
 そう言って、いつものように頭をポンポンと撫ぜてくる。
 そのグレイの言葉に、嗚咽を漏らしながら泣いた。



 ロイなら。
 ディーなら。
 そう言っていた意味が理解出来た。
 その言葉は、お互いに向けた言葉に聞こえても、それは自分自身に向けた言葉であった。
 ロイとディーは、同じ境遇、同じ心の傷を持った半身。
 お互いに自分を重ね、お互いを守ることで自分を守ってきた。
 そこに、この世界の恋愛観なんて全く関係ない。
 そう気付いた。



 何度も泣いて、赤く腫れた目を、川の水で濡らし冷たくしたタオルで冷やす。
「情けないな。俺が一番年上なのに」
 その言葉にウィルが笑う。
「実年齢はそうかもしれませんけど、この世界では、貴方は生まれたての何も知らない赤ちゃん並みですよ」
 そう揶揄われて、その通りだと笑った。


 距離を置こうと言って、数日。
 もっとこの状況を受け入れるまで時間がかかると思っていたが、グレイとウィルが救ってくれた。

 自分には、ロイとディーだけじゃない、たくさんの仲間がいる。
 みんな、自分を助けてくれる。
 それが嬉しい。
 この世界に来て、自分は1人じゃない。
 まだまだ常識には疎いけど、きっとこれからも乗り越えられる。
 そう思いながら、天幕に戻って眠りについた。
 数日ぶりに、何も考えず、夢も見ず、ぐっすりと眠れた。




 次の日、散々泣いて目は腫れぼったいけど、気持ちはすっきりしていた。
 天幕から出ると、みんなが挨拶をしてきて、自分も挨拶を返す。
 その自分の挨拶に、みんなが自分が何かを乗り越えたのだと、すぐに気付いたようで、どんよりとしていた空気がみるみると晴れ渡ってくる。
 メンタル面で、かなり迷惑をかけたと、申し訳なく思いながら、笑顔を見せると、目に見えてみんなの表情が明るくなった。

 ロイとディーの姿を探すが、見当たらずグレイに聞いてみる。
「ああ、あいつら、くっそうざいから川に行かせた。今頃いじけてるんじゃねーか」
 そう言われて笑う。
「ちょっと行ってくる」
 そう言うと、頼むな、とグレイが優しい口調で言う。
「お前、一番年下のくせにお父さんみたいだよな」
 そう言うと、うるせえ、と笑われた。



 昨日の夜の川まで降りて行く。
 ちょうど、同じ場所に2人の後ろ姿が見えた。
 2人分くらいの間隔を空けて、三角座りをした2人が、川に向かって小石を投げている。
 その丸めた背中がおかしくて、可愛くて、愛おしくて、また涙が出そうになり、一度足を止めて堪えた。
 何度か深呼吸を繰り返し、足音を立てずにそうっと近付く。
 かなり近付いても、2人は自分に気付かない。時折り、はぁという2人のため息が聞こえて、口元が緩む。

 ゆっくりと進んで、2人の間に入ると、同じように三角座りで座った。
 そんな自分に気付き、ギョッとした表情で2人が自分を凝視した。
「ショーヘー…」
「ショーヘーさん…」
 小さい声で名前を呼ばれて、左右を見てそれぞれの顔を見た。
「距離置くの、終わりな」
 一言、そう言った。
「…いいのか?」
 ロイがびくつきながら聞いてくる。
 距離を置かれた行動が、かなり2人には堪えたとわかって、苦笑した。
「とりあえず、気持ちの整理は出来た。待たせて悪かったな」
 そう申し訳なさそうに言うと、2人がブンブンと頭を振る。
「あの…、それで、俺たちは…」
 ロイが、気持ちの整理がどのようについたのか、おずおずと聞いてくる。
 それに対して、言葉ではなく、行動で示すことにする。
 三角座りの足を解いて、右手をついてロイへ身を乗り出すと、静かに唇を重ねた。
 目を丸くして驚くロイから離れ、すぐに元の位置に戻ると、今度は左側のディーへ向き直る。
 ディーがビクッと体を緊張させたのがわかって、クスッと笑うと、今度は左手をついて、ディーへ身を乗り出し、そっと唇を重ねた。
「う…」
「うぇ…」
 途端に2人が泣き出した。
 その姿に、アハハハハと声を出して笑う。
 うわーん、と膝を抱えて泣く大人の男2人。その間で笑う、おっさんの自分。
 第三者目線で見たら、ものすごく滑稽な光景だろうと、ますます笑えた。
「さ、朝飯だぞ。戻ろう」
 そう言って、立ち上がり2人を立たせる。
 2人が涙を拭い、互いに顔を見合わせた後、
「あの、もっかい、キス…」
 指を一本立ててそうせがまれ、仕方がないと、キスを受け入れる。
 ロイにしっかりと抱きしめられ、自分もロイの首に腕を回した。
 長めのキスを終えて、見つめあって微笑む。
 次はディー。同じよう抱きしめられ、その首に腕を回し、長めのキスをし、見つめ合って微笑む。
「愛してる」
「愛してます」
「うん、俺も」
 そう言って2人に微笑んだ。


 2人と手を繋いで、広場の方へ戻る。
 繋いだ手から、2人の温かさが伝わって、心が満たされていく。

 2人の心の穴も、この温かさで満たされますように。

 そう心の中で願った。
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