おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜新たな関係〜

63.おっさん、はさまれる

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 村を出て1日目の夜は野営だ。
 あっという間に騎士たちが天幕を立て、食事の準備に取り掛かる。
 村でたくさん持たせてくれた食材を使って、野外バーベキューのような、野営にしては豪華な食事が出来上がる。
「ショーヘイさん、体調はもう大丈夫ですか?」
 アシュリーが聞いてくる。
「ああ、もう大丈夫だよ。村でゆっくり休ませてもらったし」
 食事しながら雑談に花を咲かせる。
 全員で後片付けをして、明日の行程を確認してから就寝となる。
 ランドール家の天幕には自分たちいつもの4人。騎士の天幕には6人が入るが、自分以外が順番で火の番と見張りにつく。
「それじゃあ、おやすみなさい」
 自分以外はまだ焚き火のそばにいたが、早々に1人天幕に入った。

 翔平が天幕に入るのを、ディーが目で追いかける。
 しばらく焚き火で雑談していたが1人、また1人と天幕に入っていく。
 グレイも天幕に入り、最初の見張り2人とロイ、ディーが残った。
 ロイが立ち上がると、周囲を見渡す。
「ディー」
 座ってるディーに声をかけた。
「ちょっといいか」
 指でちょいちょいっと来いと合図されて、返事をせずに立ち上がると黙ってロイの後ろをついて行く。
 見張り番のアーロンとクリフは何も言わずに黙って見送る。
 2人が親友であることは全員が知っているし、何か自分達には聞かれたくない大切な話があるんだろうと、不思議にも思わなかった。

 天幕からだいぶ離れて、ロイが遮音魔法を周囲にかけた。
「何ですか?」
「お前、ショーヘーに何をした」
 ロイの声が怒っているのがわかる。その口調にディーは薄ら笑い、やっぱりか、と思った。
 ロイにはすぐにバレると思った。
 今日の馬車での翔平との抱擁も、寝たフリをして見ていたことに気付いていた。
「答えろよ」
「好きだと伝えました。愛していると」
 いつも通りの声のトーンで話し、ニコリと笑う。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も。私はただ自分の気持ちを伝えただけです」
 そう言ってお手上げのような仕草をする。
「ああ…。キスもしました。赤くなって、可愛かった」
 クスッと笑う。
 その言葉にカッときたロイがディーの胸ぐらを掴む。
「てめぇ…」
 そんなロイに失笑した。
「俺とショーヘーが…」
「知ってますよ。愛し合ってることくらい。周知の事実だ」
 ロイのセリフに被せて苛立つように言う。
「愛し合ってるから、私がショーヘーさんを好きになってはいけないんですか? 告白してはいけないんですか?」
 ディーのその言葉に乱暴に手を離す。
「いつからだ」
「割と早いですよ。オーバーフローの前くらいですかね」
 それを聞いて、ディーが翔平に出会って10日くらいで好意を抱いたとわかった。
 それから今までずっと翔平を想っていたのに、全くそんな素振りを見せなかった。
 むしろ、自分と翔平を応援するような、態度や行動を取っていたのに。
 あれは演技だったということか、と渋い顔をする。
「俺からショーヘーを奪うつもりか」
 そう言われて、思わず笑う。
「ハハッ、奪う? 出来るわけないでしょう。貴方達は愛し合っているのに」
 ディーの態度と言葉に眉根を寄せる。
「叶わない恋だって、もうわかってますよ」
 ディーの声が大きくなる。
「じゃぁ、なんで」
「告白したか?」
 ロイが頷く。
「矛盾してるだろ」
「そうですね。矛盾してます」
 フゥとため息をつく。
「抑えられなかったんです。自分の感情が」
 そう言われて、あの峠で翔平が奪われた時、泣き叫んだディーを思い出す。

 あれほど感情を剥き出しにしたディーを初めて見た。
 今ディーから話を聞いて、あの行動が翔平への想いからきたものだったと理解出来る。
 思い返せば、あの時からディーの行動は少しいつもと違っていたと、今更ながら気付く。
 翔平が奪われたあの瞬間から、ディーは翔平への想いを抑えられなくなったんだろう。

「ショーヘイさんから、告白の返事はもらっていません。
 聞くまでもないですがね。
 ……安心してください。ショーヘイさんは貴方を選びますよ」
 ディーが自虐的に笑った後、ロイを真剣に見つめる。
「彼が欲しくてたまらない」
 ディーのその目が本気だと語っていた。
 何かを欲しがってこんな目をするディーを見るのは何年振りだろうと思った。
「意外です」
 ディーが苦笑した。
「何が」
「もっと怒るかと思ってました」
 そう言われて、少しだけ考える。
 確かに、最初は怒りが先行した。俺のものに手を出しやがってと怒りが沸き起こった。
 だが、言われた通り、今の自分は冷静だ。
「…お前だからか…」
 ポツリと呟く。
 その言葉に、ディーがグッと口を真横に結び、徐々に泣きそうな表情を作る。
「狡いな…。
 ロイにバレたら、もう親友ではいられなくなると思ってました。
 これでも、かなり覚悟してたんですよ」
「ディー…」
「ショーヘイさんが好きです。でも貴方を失いたくない。
 もう頭の中がぐちゃぐちゃですよ。
 矛盾だらけで、おかしくなりそうだ」
 そう言って自虐的にアハハと笑う。
「ディーゼル、お前は俺の親友だ。何があろうとそれは変わらん」
 ロイの言葉に目に溜まった涙を拭う。
「嬉しいですよ。そこまで信頼してくれて」
 ニコリと笑う。
「ロイ、私がショーヘイさんを愛している事実は認めてください」
「…わかった。お前だから許す」
 ロイが苦笑しつつもはっきりと言った。
 自分でも、そう返事したことに驚く。
「ありがとうございます。
 ロイ、ちゃんと、ショーヘイさんを捕まえておいてください」
 ポンと、ロイの胸を拳で叩いた。
 そして、静かにその場から離れて行く。

 1人になり、目を閉じてゆっくり深呼吸し、ディーのことを考える。



 12歳で知り合った。
 出会ってすぐに殴り合いの大喧嘩。
 最初のうちは会う度に殴り合っていた。
 それがある日を境に打ち解けあった。

 あの日、ロマに連れて行かれるままに何度目かの王宮へ行った。
 毎度毎度、喧嘩するとわかっているのに何故か連れて行かれることに、何度もロマとギルバートに抗議をした。
 だが、全く聞き入れてもらえず、半ば無理やり腕を引っ張られて連れて行かれる。
 行きたくない理由はディーと会えば殴り合いの喧嘩になるからだが、他にも理由があった。
 ディーゼル殿下の友人候補とかで、他にも何人か貴族の似たような年頃の奴らも必ずいた。
 ディーに会う前に、応接室のような所で待たされる。
 その時が一番苦痛だった。
 ロマやギルバートが自分の後見人となっているが、自分は平民だ。貴族の子息令嬢と話が合うわけもない。かつ、かなり馬鹿にされていた。
 ディーに擦り寄る虫扱いされ、顔が良いのを揶揄われ、友人候補ではなく、愛人候補とまで言われた。
 苛立ちが絶頂を迎える頃にディーが現れ、その苛立ちをぶつけるように、ディーと喧嘩になる。
 その日も同じだと思っていたが、自分にとっては言ってはならないことを、どっかの貴族子息に言われた。

 親無し子。
 顔が良いから拾われた。

 その言葉に、一瞬で頭に血が上った。
 立ち上がって、その子息を殴ろうとし
たが、自分が殴る前に、部屋に入ってきたディーがその子息を殴った。
 ボコボコに殴り、ディー付きの執事が止めに入るまで、殴り続けた。
「行くぞ」
 そう言って、手を掴まれ引っ張られ、部屋から連れ出された。
 自分が殴ろうと思ったのに、ディーにその行動を奪われて苛つきながらも、なぜディーが殴ったのかがわからずに、黙ってついていく。
 ディーの自室に連れてこられて、ようやっと手を離され、じっと目を見られた。
「お前、親がいないのか」
「いない。2年前に殺された」
「そうか。俺と一緒だな」
 ディーにそう言われてポカンとする。
 その日は、ただ無言で過ごし、お茶を飲んで帰った。
 帰ってから、ロマにディーの親のことを聞いてみる。
「ディーゼル殿下も、2年前にお母様、王妃様を亡くされてるんだよ。お前と同じさね。王妃様も殺されたんだ」
 その言葉を聞いて、ショックを受けた。俺と一緒だな、と言ったディーの顔を思い出す。

 それから、ディーの所へ行っても自分以外の子息令嬢に会うこともなく、真っ直ぐにディーの自室に案内されるようになった。
 最初は何を話せばいいかわからなかったが、ディーに見せられた亡くなった王妃の姿絵を見て、ディーにそっくりだと思ってそう伝えた。
「だろ? 妹のユリアなんて、たまに俺のことをママって呼ぶんだぜ?」
「あはは、そりゃないわ」
 2人で笑う。

 お互いに親を殺された者同士。
 そこから仲良くなって、親友になるのは早かった。
 1年の半分以上を王宮で過ごし、ディーと同じように、教育を受けた。
 ディーは大きくなるにつれてどんどん母親に似てくる。
 そのせいか、ディーの兄たち、妹がディーを引くくらい溺愛するようになって、それに反発するようにディーは王宮から抜け出して、街で遊ぶようになる。
 その時に、下町のガキ大将だったグレイにも出会った。
 勉強して、訓練して、遊んで。

 ディーゼルは俺の一番の理解者だ。

 そう公言できるような関係だった。
 自分も、ディーの一番の理解者だと、思っている。


 まさか、1人の男に同時に惚れるなんてな。

 はぁ、とため息をついて笑う。
 
 過去を思い出して、ディーの性格や、自分が知っているディーの恋愛遍歴を考えれば、ディーが翔平に惚れるのは当然なのかもしれない、と思った。
 ディー本人は気付いていないだろうが、思慮深くて感情も表情も豊な人を好きになる傾向がある。まさに翔平が当てはまる。
 それは親友だから、ずっと隣にいたからわかる。
 翔平はそれに加えて頭もなかなか切れる。  
 元の世界での知識なのか、年上のせいなのか、かなり鋭い発言もする。
「まんまディーのタイプだな」
 1人呟く。

 先ほどのディーの発言から、かなり本気なことはわかった。
 だが、これだけは譲れない。
 翔平は絶対に渡さない。
 叶わない恋だと、ディーはそう言ったが、ディーの性格上、絶対に諦めていないはずだ。
 俺に捕まえておけ、と言ったのは、ディーから翔平を守れ、ということだ。
 親友だから、一番の理解者だからこそ、わかる。

 欲しいのに、守れという。
 かなり矛盾している。
 
「不器用なやつ」
 そう呟いて笑った。

  

「えっと…」
 馬車の中で、縮こまって狼狽える。
 6人乗りの馬車だから、3:3で向かい合って座れる。
 なのに、今自分はロイとディーにの間にはさまれて座っている。
 向かい側にはグレイが座り、その隣はガラ空きだ。
「俺、そっちに」
 立ち上がって、グレイの隣へ行こうとしたが、2人の手に腕を掴まれて引き戻される。
「立ち上がると危険ですって、昨日言ったでしょ?」
「俺の膝に座るか?」
 2人にしっかりと腕を押さえ込まれて、体をはさまれて密着される。

 ど、どーしてこーなった。

 ぐるぐると思考が回る。



 向いに座っていたグレイが腕を組んで、小さくため息をつく。
 最近、ディーの様子がおかしいとは思っていたが、その理由が目の前の光景だと理解する。
 翔平に目で助けを求められるが、自分がどうこう出来る問題でもないし、翔平には悪いが、関わり合いになりたくないと思ってしまった。

 ご愁傷様。

 心の中でそう呟き、目を閉じた。





 昨日の夜、1人先に天幕に入り、すぐに横になる。
 早めに寝たのは、1人になって考えたかったからだった。
 だが、答えは真剣に悩まなくてもすぐに出た。

 自分はロイが好きだ。愛している。

 ディーに告白されて驚いたけど、流石に受け入れるなんてありえない。
 ロイを裏切ることになる。出来るはずがない。
 裏切るという行為が、いかに卑劣で、恐怖を与えるのか、身をもって経験している。
 それだけは絶対ない。

 ディーにきちんと伝えて、諦めてもらおう。

 今朝のディーのせつなげな表情や馬車での行動を思い出すと、かなりモヤっとするが、それを頭の中から追い出して、結論を出す。

 


 そして次の日、2人の間にはさまれる。
 何となくではあるが、察した。
 ロイにバレていると。
 ディーがロイにも打ち明けたのか、ロイが気付いたのかはわからない。
 だが、ディーがロイの前で、あからさまに自分を口説いているとわかる。

 な、なんで?

 不思議なのは、ロイが何も言わないことだ。
 いつもなら、自分にディーや他の人がが抱きつこうものなら、ましてや口説こうとしたら、すぐに怒るくせに、今のこの密着した状態でも、ディーの手が太ももに置かれていることにも、何も言わない。

 一体2人の間に何があったのか。
 それがすごく気になってしまう。

 2人は自他とものに認める大親友。
 それが何か関係しているんだろうか。
 自分が知っているのは、ここ3ヶ月の2人だけ。
 それ以前の2人の関係は、ディーから教えてもらった話しかしらない。

 どういうことー???

 2人の関係がわからなくなる。

 でも、これだけははっきりしている。
 ロイは自分の恋人で、ディーはその親友で、今自分を口説いている。
 それが現実。

 混乱が脳を駆け巡る。



 2人にはさまれて、時折足を撫でられ、両側からスンスンと臭いを嗅がれる。

 ひー!!!
 この状況の答えを!!!
 誰か教えてください!!!


 心の中で、その誰かを必死に探した。



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