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王都への旅路 〜新たな関係〜
おっさん、告白される
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次の日もゆっくりさせてもらう。
起きてはいるが、疲れたら休み、眠り、とにかく体を休ませる。
少しづつ食べる量を増やして、固形物も摂り始めた。
使用人の1人で、食事をメインで作っていた女性が、自分のためにと、栄養を考えた食事を用意してくれて、感謝しかない。
あれから何度も元使用人達に会う度に感謝され、聖女様と呼ばれた。
お願いだから、そう呼ばないで欲しいと頼んだが、すっかり村人の中でも聖女様扱いされてしまい、もういいや、と諦めた。
「実際、貴方がやったことは聖女の行動ですからね。仕方ないです」
ディーが揶揄いを含めた笑いを漏らす。
あれから自分が使ったヒールが、ディーが使うヒールと違うと教えられた。
ディー曰く、イメージが違うのではないかと。
ディーは怪我を治す、傷を塞ぐ、というイメージをすると言われ自分も同じだと言ったが、話しているうちに、自分が治す、というよりも、元の姿に戻す、というイメージをしていることに気付いた。
それを伝えると、ディーはメモを取りながら考え込んでしまう。
「そんなに悩むと禿げるぞ」
そう揶揄う。
「悩み過ぎて禿げるなら、今頃一本も生えてませんよ」
そう返され、思わずツルツル禿頭のディーを想像してしまい、1人爆笑してしまった。
午後から、ロイの体術のデモンストレーションを見る。
村人の手伝いに行っていたグレイ達が、農地の開墾に邪魔な岩があって困っている、という話を聞き、ロイに割ってくれと言ってきたのだ。
ついでに、ロイのアレ。獣士団員なら知っているが、アシュリーとイーサンはそのアレを知らないし、救出の時も見ていない。
アレってなんですか、と聞かれて見せた方が早いと思ったのも理由だ。
「別にいーぜ」
そう言って、畑へとゾロゾロと向かう。
村人も、ロイが何かやると聞いて、ぞくぞくと人が集まってきた。
畑の隅に直径10mほどの大岩が転がっている。
たしかに、この岩がなければ畑を広げることが出来る。
「破片飛ぶから防御壁頼むなー」
「あいよ」
ロイが1人大岩へ向かう。
「こっから前に出るなよー」
グレイが両手を広げて、物理防御の壁を見物人の前方と頭上に広範囲に渡って張る。
「いいぞー」
張り終わってロイに声をかける。
その言葉にロイが頷き、首をコキコキと鳴らし、肩を回しながらさらに大岩に近付くと、腕を伸ばして拳を大岩に当てる。
「あれでいいんですか?」
アシュリーがロイが大岩を殴るわけでもなく拳を触れさせただけの姿勢に不思議がる。
ロイが目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返し、左手を右腕に添えると、一気に魔力を高め、その拳に集中させる。
「うわ!!」
所々で、その魔力の圧に驚きの声があげた。
どんどんと膨れていく魔力が、その拳一点に集約されて、濃縮された魔力で包まれた拳が輝きを放つ。
「インパクト」
呟くように一気に打ち放つ。
ドカン!!!!
その一瞬で大岩が中から破裂するように砕け散った。
「うわー!!!」
粉砕された岩のかけらが飛び散り、あたりへ降り注ぐ。
村人たちも振ってくる小石に頭を抱えて守ろうとしたが、そこはグレイの魔法壁に守られて、誰にも破片がぶつかることはなかった。
「終わったぜー」
ロイがのんびりとゆっくり歩いて戻ってくる。
「すんげー…」
アシュリーとイーサンがパチパチと拍手すると、村人も歓声を上げながら拍手した。
それに気を良くしたロイがフフンとドヤ顔を決めながら手をあげて応える。
そんな光景を見て、笑う。
それにしても本当にすごい。と昔ハマったカンフー映画を思い出した。
中国武術の寸勁ってやつだよな。
動画サイトで実際に実演しているのも見たことがある。確か空手にも似たような技があったはずだ。
元の世界にも気功というものがあった。気を操って打撃の威力を高める、その動画で達人が言っていた。
気というものと、魔力が似ていることに気付いて、ジュノーの知識以外での共通点を見つけ、少しだけ嬉しくなる。
しかし、この世界でやると、こんなに目に見えて派手になるんだな、と笑った。
「ショーヘー、俺、かっこよかった?」
ニヤニヤしながら自分に聞いてくる。
「はいはい。カッコ良かったカッコ良かった」
と受け流す。
ロイがクネクネしながら、もっと褒めてー、惚れ直してーと言うのを呆れながら無視する。
これがなければ本当にカッコ良いのにと内心笑う。
村を散歩がてら散策する。
時折り、農作業をしている村人に声をかけられ話し込んだり、子供たちと遊んだり、ゆっくりした時間が気持ちよくて、スローライフっていいなぁ、と和んだ。
夜、創立記念祭が開催される。
その席にお呼ばれし、昨日のように楽しそうに過ごす仲間達を見て、話して、楽しい時間を過ごした。
昨日よりも、食べられるようになり、美味しい料理に舌鼓を打った。
ロイは村の子供達に囲まれて、武術の形を披露している。
グレイとアーロン、クリフが肉を焼き、アイザックがアシュリーとイーサンに獣士団と騎士団の違いを語りあっている。
ウィルは1人黙々と手酌で酒を飲んでいる。
そしてディーがいないことに気付いた。
さっきまで隣で食べていたのに。
気にせずしばらく待っていたが、戻ってこないので、探しにいくことにした。
「呑みすぎて、吐いてたりして」
ディーはあまり酒に強くないみたいだし、もしそうなら揶揄ってやろうと思う。
しばらく会場の広場を探したが、見つからず、色々な場所を探しながら歩く。
結構かかって、村から見える小高い丘の上にディーの魔力を感じた。
無意識に使っているらしい魔力感知がここで役に立って、1人笑う。
「こんな所で何やってんだ」
森へ入り、緩やかな坂を登って、村を一望できる場所に、ディーが座っているのを見つけた。
「ショーヘイさん。ちょっと呑みすぎたので」
「大丈夫?具合悪い?」
「いえ、それほどでも」
具合が良くないのはが貴方の方でしょうと言いかけてやめる。
「そういえば、なんか聞きたいことあるんじゃないの?」
昨日、ロイからディーが聞きたいことがあるらしいと言われていたのを思い出す。
「ああ、別に今じゃなくてもいいんで。王都までまだまだ時間はありますし。馬車の中ででも」
そっか、と言って、ディーの横へ腰を下ろす。
「ちょうど良かった。お前に言いたいことがあったんだ」
少しだけ近づいて、肩が触れる距離まで寄ると、ディーの顔を覗き込む。
「なんですか?」
何を言われるかと、ディーが少し警戒するような表情をしたので、笑った。
「あの時さ、ロイを助けに行かせてくれて、ありがとう」
そうニッコリと笑う。
その笑顔に、ディーの心臓が跳ね上がった。そのまま鼓動が早鐘を打つ。
「ディー?」
何も言わないディーに少し首を傾げ、ディーを見つめる。
その瞬間、ディーの目から涙が落ちた。
「え!」
突然泣いたディーに驚き、焦る。
何か変なことを言ったかとかなり狼狽え、ディーの背中に手を添えた。
「なんで」
ディーが膝を抱えて、顔を膝に埋めて呟いた。
「私は、貴方を危険に晒して、ロイを助けようと…」
「あの時はあれしか…」
「ロイも、貴方も、私を怒りもしない。2人ともお前のせいじゃないって…」
小さく肩を震わせて、ディーが泣く。
「貴方が奪われたのは私のせいだって、罵倒された方が楽なのに、ロイは私を責めない」
ディーの言葉で、自らを責めているんだと悟った。
「貴方も、私を責めるどころか、ありがとうだなんて…」
「ディー…」
あの時の状況では、あれが最適解だったと思う。
自分がロイの元へ行かなければ、ロイは確実に死んでいた。
「あんまり自分を責めるなよ。あの時はあれが最善だったんだ」
ロイの肩を抱いて引き寄せると、その肩を摩る。
「おかげでロイは生きてるし、攫われたけど、助けに来てくれたじゃないか」
「それは結果論です」
「結果論、上等。終わりよければ全て良しってこと」
コツンと頭をくっつける。
「泣くなよ。俺が泣かせたみたいじゃん」
そう言って、笑う。
ああ、駄目だ。
この人は…ロイのものだ。
だけど。
ディーの中で翔平への想いが膨れ上がる。
欲しい。
この人が欲しくて堪らない。
「お前も人だったんだなー」
ディーの泣いた姿を見て、いつもと違う人間臭さにカカカと笑う。
「私を何だと思ってたんですか」
顔を上げて涙を拭う。
「むっつり嫌味族」
「ひど。貴方は…」
「歩く非常識」×2
翔平がディーの言葉に重ねる。
顔を見合わせて、笑った。
「ショーヘイさん」
隣のショーヘイをじっと見つめる。
「ん?」
首を少し傾げて、微笑みながら自分を見る仕草にドキンと心臓が脈打った。
ああ、可愛い。
本当に可愛い。
欲しい。
ゆっくり、だけど逃げられないように、地面についていた翔平の右手に、自分の左手を重ねた。
「ん?」
だんだんと近付くディーの顔に少し驚き、自然と上半身を後ろに下げたが、右手を押さえられて、下がれない。
翔平の目を見たまま、お互いに目を開けたまま唇を重ねる。
重ねるというよりも、触れるだけというキス。
「ディー…?」
今度はしっかりとその顔を両手で包んで、口付けた。
長めのキスをして、名残惜しそうに唇を離すと、囁く。
「貴方が好きです。ショーヘイさん。愛しています」
その言葉に、みるみるうちに顔が赤くなっていく様を見てクスッと笑うと、再びその唇を奪った。
今度は深く舌を絡ませるキス。
「ん…」
小さく鼻にかかった翔平の声に、心の赴くまま、その甘い唇を味わう。
「ぁ…」
顔を真っ赤にして、少しだけ抵抗するが、舌で口内を弄り、舌を吸い、唇を甘噛みし、何度も角度を変えて貪る。
「はぁ…」
キスを止めて唇を離すと、翔平の口からため息のような吐息が出た。
「貴方がロイを愛しているのは知っています」
言いながら、頬に、唇に、軽いキスを落とす。
「私が入り込む隙間は、微塵もありませんか?」
そう言って、口付ける。
「愛してます…」
小さく囁き、手を離す。
真っ赤に顔を赤く染めた翔平を見て、薄く微笑むと、立ち上がった。
「先に戻りますね」
そう言って、翔平を置いて丘を降りて行った。
1人残されて、停止していた思考が動き出す。
ディーにキスされた。
ディーに好きだと、愛してると告白された。
指で唇に触れると、さっきのキスの感触を思い出して、全身が熱くなった。
「どうしよう…」
ドキドキとさっきから心臓が煩い。
嫌じゃなかった。
はっきりとそう思った。
ディーとのキスが嫌じゃない、むしろ気持ち良かったと、そう思ってしまった。
「嘘だろ…?」
そう思った自分に驚く。
「俺はロイが好きで…」
ロイの顔を思い浮かべ、ロイのことを考えると、やっぱり心が暖かくなって、ドキドキして、ロイに恋をしていると感じる。
同じように、ディーのことも考えてみた。
ロイの時と同じように、ドキドキして心が暖かく満たされたような気分になる。
しばらく思考を巡らせて、答えを出した。
ディーにドキドキするのは、ついさっき告白されて、キスされたからだ。
きっとそうだ、と1人で頷きながら納得する。
本当にそうなのか…?
心の中に小さなしこりが出来た。
深いため息をつきながら、トボトボと宿泊している家へ戻る。
「あ、お帰りなさい」
クリフが声をかけてくる。
「みんなは?」
中にクリフしか見えないので、聞いてみると、まだみんな会場にいると教えてくれた。
「俺は眠くなっちゃって」
とクリフがエヘヘと笑う。
「俺も先に休むな」
「わかりましたー。おやすみなさい」
「おやすみ」
2階に上がって部屋に入る。
まだ顔が熱い。
さっさとベッドに横になり、布団を深く被った。
眠れないかも、と思ったが、目を閉じてしばらくするといつのまにか眠ってしまっていた。
階下の物音に気付いて目を覚ます。
ガヤガヤと人の話し声とガタガタと物音がする。
朝7時。大きく伸びをして、しばらくボーッとする。
だいぶ体力も戻ってきたみたいで、ダルさが抜けている気がする。
顔を洗って階下へ降りる。
「おはようございます」
挨拶を交わしつつ窓の外を見ると、外に停めてあるランドール家の馬車が見えた。
「さきほど到着したんです。急ですが、準備が出来次第出発しますよ」
後ろからディーに声をかけられ、ビクッと体が跳ねた。
振り返りディーの顔を見る。
途端に顔が熱くなるのがわかった。
「ディー…」
「はい?」
普段と変わらないディーの態度に、何故かホッとした。
「おっはよー、諸君!」
2階からロイがワハハと笑いながら降りてくる。
「ロイ、馬車が到着しましたよ」
ディーが声をかける。
「おー、そーみてーだな」
ニコニコしながら階段を降りて来ると、当然のように自分へ近付き、肩を抱き寄せられた。
「おはよう、ショーヘー。朝のチューを」
そう言いながら、口をタコのようにさせて迫ってくる。
「防御」
スッと手を空中を拭くように動かし、自分とロイの顔の間に小さな防御壁を作ると、その防御壁にロイのタコ唇が吸い付いた。
「あっはっはっは!」
その姿に、何人かが笑う。
「ケチ」
キス出来なかったことに、ブーブーと文句を言うロイに笑う。
いつもの朝だ。
笑いながらそう思い、ふとディーを見た。
そのディーの表情にヒュッと息を飲む。
笑ってはいる。笑顔ではあるが、目がじっと自分を見つめ、どこか寂しそうな、切なげな表情を見て、ドクンと心臓が跳ねた。
フイッとディーから視線を逸らされて、その場から立ち去ってしまい、さらに心臓が脈打つ。
「どうした?」
ロイが自分の肩を抱いていた手から、緊張で体が硬直したのを気付かれて、慌てて笑顔をロイに向ける。
「何が?」
そう言ったが、内心は焦っていた。
「……」
ロイがピクリと眉を動かしたが、すぐに元に戻る。
「積込み終わったっスよー」
アイザックが家の中に入ってくると、出発準備が終わったことを知らせてくる。
「自警団の方じゃなかったんですか…?」
セルゲイが唖然として、騎士服を身につけた全員をマジマジと見る。
「嘘をついて申し訳ありません。少々事情が混み合ってまして、あの時は名乗れなかったんです」
ディーが代表して挨拶する。
「どうりでお強いわけだ…」
使用人だった1人が、自分を守ってくれた、アーロンやクリフ達の騎士姿を見て納得する。
村の出入口で村人総出で見送りをしてくれた。
元使用人達はいつまでも頭をさげ、自分の手を握って泣く。
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
遺跡で、彼らには本当に助けられた。彼らの渾身的にお世話をしてくれたことには、本当に感謝している。
「どうぞ、お元気で」
ニッコリと微笑んで、別れの挨拶をする。
「さよーならー!」
「ありがとうございましたー!」
出発しても、口々に叫んで大きく手を振ってくれる。
こちらも、窓から身を乗り出して手を振り返した。
「いい奴らだったな」
グレイがそう言って、頭をポンポンと撫でてくる。
39歳になっても、まだこれをやられるのか、と笑った。
馬車は進む。
ドルキアを出発した時と同じだが、今回は馬が一頭足りないので、御者席にはアイザックが座り、自分とロイ、ディー、グレイが馬車へ乗っていた。
自分の隣にはグレイが座り、向かい側にロイとディーがいる。
時々、どちらとも視線が合って、微笑むが、なるべく2人を見ないように、意識してしまっていた。
むっちゃ見てる…。
馬車の窓から流れる景色を見ているが、ずっと視線を感じる。
ロイが見ていたと思ったら、今度はディーが。
交互にじっと見つめられて、ものすごく居心地が悪かった。
それでも、気付いてませんよ、的な態度を取っていたが、心は穏やかではなかった。
「はぁ…」
思わずため息が出る。
「大丈夫ですか?酔いました?」
真向かいにいるディーがすかさず心配してきて、心の中で、お前のせいだ、と毒付く。
「大丈夫。だいぶ馬車にも慣れたよ」
最初に比べたら、本当に慣れた。時折り大きく揺れるので快適とは言えないが、吐き気をもよおすことはなくなっていた。
「無理すんなよ、気持ち悪くなったら、すぐに言えよ」
ロイも心配して言ってくれる。
「ああ、ダメだったらすぐに言うから」
そう返して、また外の景色を見る。
またジーッと2人に見つめられて、その視線が刺さるようで、言葉では言い現せないモヤモヤが出る。
どうしたもんかな…。
そう考えながら窓に頬杖をついて外をひたすらボーッと見てやり過ごす。
しばらく無言のまま馬車は進む。
気付けば、グレイが隣で腕を組んで寝ているし、ロイも壁によしかかって口を開けたまま寝ていた。
視線が一つ減ったことに安堵して、この揺れで寝られる2人が羨ましいと、心底恨めしく思った。
ディーも自分を見てないで寝ればいいのに、と考えていると、道の穴にはまったのか、馬車が一際大きく跳ねた。
「うわ」
お尻が完全に浮き上がるほど、大きく跳ねて、体勢を崩して前へ倒れ込んでしまった。
咄嗟に、向かい側の座席に手をついて、転倒だけは避けたが、ディーに体を支えられる形になってしまった。
「大丈夫ですか?」
耳元でディーの声がする。
背中と腰にディーの手が添えられて、ディーに覆い被さる姿勢に、全身が熱くなり、一気に赤くなった。
「ご、ごめ」
慌てて体を起こして、自分の席に戻ろうとしたが、先ほどではないが、また馬車が大きく揺れて、中途半端に立ち上がったために、今度は思い切りディーへ倒れ込んでしまった。
「~/////」
今度はしっかりと抱き止められて、体が密着する。
背中に腕を回され、顔が間近に迫る。
「立つと危ないですよ」
耳に唇が触れる位置で囁かれて、その声の振動と息にゾクゾクと背筋に快感が走った。
「わ、悪い…」
そう言いながら離れようとしたが、背中に回された腕が解けない。
「いい匂いだ…」
背中に回された腕が滑るようにうなじへ伸ばされ、後ろ髪をかき上げるように動くと、鼻先をそのうなじに近付けて、スンと匂いを嗅ぐ。
そして、耳をペロリと舐められた。
ゾワッと悪寒に近い快感が湧き上がり、慌てて腕を突っ張って体を離す。
目の前で、ディーの舌が唇を舐めるのを見て、噴火しそうになるくらい赤面した。
ドサリと元の席に戻るとディーの方を見ずそっぽを向いて、口元を押さえながら窓に頬杖をついた。
耳まで真っ赤。可愛い。
そんな翔平の姿にクスッと笑い、自分も腕と足を組んで寝る姿勢に入る。
さりげなく、組んだ足を翔平の足に触れさせると、それだけでビクッと反応する翔平にほくそ笑んだ。
くそ、くそ、くそ。
心の中でずっと、悪態を呟く。
ロイが寝てて本当に良かった。と思う。もし起きてたら、大騒ぎしている所だ。
チラッと視線だけでロイを見て、寝ていることを確認し、ホッとした。
村を出て、南西に2日進んだ所にあるシュミットという街に向かっている。
流石に王都の隣、公爵領というだけあって、領都以外の街もかなりの大きさと聞いた。
まずはシュミットへ。
そこから、領都シュターゲンへ。
シュターゲンからは街を経由せず、3日程度で王領に入る。
王都に近付き、否が応でもにも緊張と不安が大きくなっているのに、なんでこんなことになったのか。
自分はどうすればいいんだろう、と深く大きなため息をついた。
起きてはいるが、疲れたら休み、眠り、とにかく体を休ませる。
少しづつ食べる量を増やして、固形物も摂り始めた。
使用人の1人で、食事をメインで作っていた女性が、自分のためにと、栄養を考えた食事を用意してくれて、感謝しかない。
あれから何度も元使用人達に会う度に感謝され、聖女様と呼ばれた。
お願いだから、そう呼ばないで欲しいと頼んだが、すっかり村人の中でも聖女様扱いされてしまい、もういいや、と諦めた。
「実際、貴方がやったことは聖女の行動ですからね。仕方ないです」
ディーが揶揄いを含めた笑いを漏らす。
あれから自分が使ったヒールが、ディーが使うヒールと違うと教えられた。
ディー曰く、イメージが違うのではないかと。
ディーは怪我を治す、傷を塞ぐ、というイメージをすると言われ自分も同じだと言ったが、話しているうちに、自分が治す、というよりも、元の姿に戻す、というイメージをしていることに気付いた。
それを伝えると、ディーはメモを取りながら考え込んでしまう。
「そんなに悩むと禿げるぞ」
そう揶揄う。
「悩み過ぎて禿げるなら、今頃一本も生えてませんよ」
そう返され、思わずツルツル禿頭のディーを想像してしまい、1人爆笑してしまった。
午後から、ロイの体術のデモンストレーションを見る。
村人の手伝いに行っていたグレイ達が、農地の開墾に邪魔な岩があって困っている、という話を聞き、ロイに割ってくれと言ってきたのだ。
ついでに、ロイのアレ。獣士団員なら知っているが、アシュリーとイーサンはそのアレを知らないし、救出の時も見ていない。
アレってなんですか、と聞かれて見せた方が早いと思ったのも理由だ。
「別にいーぜ」
そう言って、畑へとゾロゾロと向かう。
村人も、ロイが何かやると聞いて、ぞくぞくと人が集まってきた。
畑の隅に直径10mほどの大岩が転がっている。
たしかに、この岩がなければ畑を広げることが出来る。
「破片飛ぶから防御壁頼むなー」
「あいよ」
ロイが1人大岩へ向かう。
「こっから前に出るなよー」
グレイが両手を広げて、物理防御の壁を見物人の前方と頭上に広範囲に渡って張る。
「いいぞー」
張り終わってロイに声をかける。
その言葉にロイが頷き、首をコキコキと鳴らし、肩を回しながらさらに大岩に近付くと、腕を伸ばして拳を大岩に当てる。
「あれでいいんですか?」
アシュリーがロイが大岩を殴るわけでもなく拳を触れさせただけの姿勢に不思議がる。
ロイが目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返し、左手を右腕に添えると、一気に魔力を高め、その拳に集中させる。
「うわ!!」
所々で、その魔力の圧に驚きの声があげた。
どんどんと膨れていく魔力が、その拳一点に集約されて、濃縮された魔力で包まれた拳が輝きを放つ。
「インパクト」
呟くように一気に打ち放つ。
ドカン!!!!
その一瞬で大岩が中から破裂するように砕け散った。
「うわー!!!」
粉砕された岩のかけらが飛び散り、あたりへ降り注ぐ。
村人たちも振ってくる小石に頭を抱えて守ろうとしたが、そこはグレイの魔法壁に守られて、誰にも破片がぶつかることはなかった。
「終わったぜー」
ロイがのんびりとゆっくり歩いて戻ってくる。
「すんげー…」
アシュリーとイーサンがパチパチと拍手すると、村人も歓声を上げながら拍手した。
それに気を良くしたロイがフフンとドヤ顔を決めながら手をあげて応える。
そんな光景を見て、笑う。
それにしても本当にすごい。と昔ハマったカンフー映画を思い出した。
中国武術の寸勁ってやつだよな。
動画サイトで実際に実演しているのも見たことがある。確か空手にも似たような技があったはずだ。
元の世界にも気功というものがあった。気を操って打撃の威力を高める、その動画で達人が言っていた。
気というものと、魔力が似ていることに気付いて、ジュノーの知識以外での共通点を見つけ、少しだけ嬉しくなる。
しかし、この世界でやると、こんなに目に見えて派手になるんだな、と笑った。
「ショーヘー、俺、かっこよかった?」
ニヤニヤしながら自分に聞いてくる。
「はいはい。カッコ良かったカッコ良かった」
と受け流す。
ロイがクネクネしながら、もっと褒めてー、惚れ直してーと言うのを呆れながら無視する。
これがなければ本当にカッコ良いのにと内心笑う。
村を散歩がてら散策する。
時折り、農作業をしている村人に声をかけられ話し込んだり、子供たちと遊んだり、ゆっくりした時間が気持ちよくて、スローライフっていいなぁ、と和んだ。
夜、創立記念祭が開催される。
その席にお呼ばれし、昨日のように楽しそうに過ごす仲間達を見て、話して、楽しい時間を過ごした。
昨日よりも、食べられるようになり、美味しい料理に舌鼓を打った。
ロイは村の子供達に囲まれて、武術の形を披露している。
グレイとアーロン、クリフが肉を焼き、アイザックがアシュリーとイーサンに獣士団と騎士団の違いを語りあっている。
ウィルは1人黙々と手酌で酒を飲んでいる。
そしてディーがいないことに気付いた。
さっきまで隣で食べていたのに。
気にせずしばらく待っていたが、戻ってこないので、探しにいくことにした。
「呑みすぎて、吐いてたりして」
ディーはあまり酒に強くないみたいだし、もしそうなら揶揄ってやろうと思う。
しばらく会場の広場を探したが、見つからず、色々な場所を探しながら歩く。
結構かかって、村から見える小高い丘の上にディーの魔力を感じた。
無意識に使っているらしい魔力感知がここで役に立って、1人笑う。
「こんな所で何やってんだ」
森へ入り、緩やかな坂を登って、村を一望できる場所に、ディーが座っているのを見つけた。
「ショーヘイさん。ちょっと呑みすぎたので」
「大丈夫?具合悪い?」
「いえ、それほどでも」
具合が良くないのはが貴方の方でしょうと言いかけてやめる。
「そういえば、なんか聞きたいことあるんじゃないの?」
昨日、ロイからディーが聞きたいことがあるらしいと言われていたのを思い出す。
「ああ、別に今じゃなくてもいいんで。王都までまだまだ時間はありますし。馬車の中ででも」
そっか、と言って、ディーの横へ腰を下ろす。
「ちょうど良かった。お前に言いたいことがあったんだ」
少しだけ近づいて、肩が触れる距離まで寄ると、ディーの顔を覗き込む。
「なんですか?」
何を言われるかと、ディーが少し警戒するような表情をしたので、笑った。
「あの時さ、ロイを助けに行かせてくれて、ありがとう」
そうニッコリと笑う。
その笑顔に、ディーの心臓が跳ね上がった。そのまま鼓動が早鐘を打つ。
「ディー?」
何も言わないディーに少し首を傾げ、ディーを見つめる。
その瞬間、ディーの目から涙が落ちた。
「え!」
突然泣いたディーに驚き、焦る。
何か変なことを言ったかとかなり狼狽え、ディーの背中に手を添えた。
「なんで」
ディーが膝を抱えて、顔を膝に埋めて呟いた。
「私は、貴方を危険に晒して、ロイを助けようと…」
「あの時はあれしか…」
「ロイも、貴方も、私を怒りもしない。2人ともお前のせいじゃないって…」
小さく肩を震わせて、ディーが泣く。
「貴方が奪われたのは私のせいだって、罵倒された方が楽なのに、ロイは私を責めない」
ディーの言葉で、自らを責めているんだと悟った。
「貴方も、私を責めるどころか、ありがとうだなんて…」
「ディー…」
あの時の状況では、あれが最適解だったと思う。
自分がロイの元へ行かなければ、ロイは確実に死んでいた。
「あんまり自分を責めるなよ。あの時はあれが最善だったんだ」
ロイの肩を抱いて引き寄せると、その肩を摩る。
「おかげでロイは生きてるし、攫われたけど、助けに来てくれたじゃないか」
「それは結果論です」
「結果論、上等。終わりよければ全て良しってこと」
コツンと頭をくっつける。
「泣くなよ。俺が泣かせたみたいじゃん」
そう言って、笑う。
ああ、駄目だ。
この人は…ロイのものだ。
だけど。
ディーの中で翔平への想いが膨れ上がる。
欲しい。
この人が欲しくて堪らない。
「お前も人だったんだなー」
ディーの泣いた姿を見て、いつもと違う人間臭さにカカカと笑う。
「私を何だと思ってたんですか」
顔を上げて涙を拭う。
「むっつり嫌味族」
「ひど。貴方は…」
「歩く非常識」×2
翔平がディーの言葉に重ねる。
顔を見合わせて、笑った。
「ショーヘイさん」
隣のショーヘイをじっと見つめる。
「ん?」
首を少し傾げて、微笑みながら自分を見る仕草にドキンと心臓が脈打った。
ああ、可愛い。
本当に可愛い。
欲しい。
ゆっくり、だけど逃げられないように、地面についていた翔平の右手に、自分の左手を重ねた。
「ん?」
だんだんと近付くディーの顔に少し驚き、自然と上半身を後ろに下げたが、右手を押さえられて、下がれない。
翔平の目を見たまま、お互いに目を開けたまま唇を重ねる。
重ねるというよりも、触れるだけというキス。
「ディー…?」
今度はしっかりとその顔を両手で包んで、口付けた。
長めのキスをして、名残惜しそうに唇を離すと、囁く。
「貴方が好きです。ショーヘイさん。愛しています」
その言葉に、みるみるうちに顔が赤くなっていく様を見てクスッと笑うと、再びその唇を奪った。
今度は深く舌を絡ませるキス。
「ん…」
小さく鼻にかかった翔平の声に、心の赴くまま、その甘い唇を味わう。
「ぁ…」
顔を真っ赤にして、少しだけ抵抗するが、舌で口内を弄り、舌を吸い、唇を甘噛みし、何度も角度を変えて貪る。
「はぁ…」
キスを止めて唇を離すと、翔平の口からため息のような吐息が出た。
「貴方がロイを愛しているのは知っています」
言いながら、頬に、唇に、軽いキスを落とす。
「私が入り込む隙間は、微塵もありませんか?」
そう言って、口付ける。
「愛してます…」
小さく囁き、手を離す。
真っ赤に顔を赤く染めた翔平を見て、薄く微笑むと、立ち上がった。
「先に戻りますね」
そう言って、翔平を置いて丘を降りて行った。
1人残されて、停止していた思考が動き出す。
ディーにキスされた。
ディーに好きだと、愛してると告白された。
指で唇に触れると、さっきのキスの感触を思い出して、全身が熱くなった。
「どうしよう…」
ドキドキとさっきから心臓が煩い。
嫌じゃなかった。
はっきりとそう思った。
ディーとのキスが嫌じゃない、むしろ気持ち良かったと、そう思ってしまった。
「嘘だろ…?」
そう思った自分に驚く。
「俺はロイが好きで…」
ロイの顔を思い浮かべ、ロイのことを考えると、やっぱり心が暖かくなって、ドキドキして、ロイに恋をしていると感じる。
同じように、ディーのことも考えてみた。
ロイの時と同じように、ドキドキして心が暖かく満たされたような気分になる。
しばらく思考を巡らせて、答えを出した。
ディーにドキドキするのは、ついさっき告白されて、キスされたからだ。
きっとそうだ、と1人で頷きながら納得する。
本当にそうなのか…?
心の中に小さなしこりが出来た。
深いため息をつきながら、トボトボと宿泊している家へ戻る。
「あ、お帰りなさい」
クリフが声をかけてくる。
「みんなは?」
中にクリフしか見えないので、聞いてみると、まだみんな会場にいると教えてくれた。
「俺は眠くなっちゃって」
とクリフがエヘヘと笑う。
「俺も先に休むな」
「わかりましたー。おやすみなさい」
「おやすみ」
2階に上がって部屋に入る。
まだ顔が熱い。
さっさとベッドに横になり、布団を深く被った。
眠れないかも、と思ったが、目を閉じてしばらくするといつのまにか眠ってしまっていた。
階下の物音に気付いて目を覚ます。
ガヤガヤと人の話し声とガタガタと物音がする。
朝7時。大きく伸びをして、しばらくボーッとする。
だいぶ体力も戻ってきたみたいで、ダルさが抜けている気がする。
顔を洗って階下へ降りる。
「おはようございます」
挨拶を交わしつつ窓の外を見ると、外に停めてあるランドール家の馬車が見えた。
「さきほど到着したんです。急ですが、準備が出来次第出発しますよ」
後ろからディーに声をかけられ、ビクッと体が跳ねた。
振り返りディーの顔を見る。
途端に顔が熱くなるのがわかった。
「ディー…」
「はい?」
普段と変わらないディーの態度に、何故かホッとした。
「おっはよー、諸君!」
2階からロイがワハハと笑いながら降りてくる。
「ロイ、馬車が到着しましたよ」
ディーが声をかける。
「おー、そーみてーだな」
ニコニコしながら階段を降りて来ると、当然のように自分へ近付き、肩を抱き寄せられた。
「おはよう、ショーヘー。朝のチューを」
そう言いながら、口をタコのようにさせて迫ってくる。
「防御」
スッと手を空中を拭くように動かし、自分とロイの顔の間に小さな防御壁を作ると、その防御壁にロイのタコ唇が吸い付いた。
「あっはっはっは!」
その姿に、何人かが笑う。
「ケチ」
キス出来なかったことに、ブーブーと文句を言うロイに笑う。
いつもの朝だ。
笑いながらそう思い、ふとディーを見た。
そのディーの表情にヒュッと息を飲む。
笑ってはいる。笑顔ではあるが、目がじっと自分を見つめ、どこか寂しそうな、切なげな表情を見て、ドクンと心臓が跳ねた。
フイッとディーから視線を逸らされて、その場から立ち去ってしまい、さらに心臓が脈打つ。
「どうした?」
ロイが自分の肩を抱いていた手から、緊張で体が硬直したのを気付かれて、慌てて笑顔をロイに向ける。
「何が?」
そう言ったが、内心は焦っていた。
「……」
ロイがピクリと眉を動かしたが、すぐに元に戻る。
「積込み終わったっスよー」
アイザックが家の中に入ってくると、出発準備が終わったことを知らせてくる。
「自警団の方じゃなかったんですか…?」
セルゲイが唖然として、騎士服を身につけた全員をマジマジと見る。
「嘘をついて申し訳ありません。少々事情が混み合ってまして、あの時は名乗れなかったんです」
ディーが代表して挨拶する。
「どうりでお強いわけだ…」
使用人だった1人が、自分を守ってくれた、アーロンやクリフ達の騎士姿を見て納得する。
村の出入口で村人総出で見送りをしてくれた。
元使用人達はいつまでも頭をさげ、自分の手を握って泣く。
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
遺跡で、彼らには本当に助けられた。彼らの渾身的にお世話をしてくれたことには、本当に感謝している。
「どうぞ、お元気で」
ニッコリと微笑んで、別れの挨拶をする。
「さよーならー!」
「ありがとうございましたー!」
出発しても、口々に叫んで大きく手を振ってくれる。
こちらも、窓から身を乗り出して手を振り返した。
「いい奴らだったな」
グレイがそう言って、頭をポンポンと撫でてくる。
39歳になっても、まだこれをやられるのか、と笑った。
馬車は進む。
ドルキアを出発した時と同じだが、今回は馬が一頭足りないので、御者席にはアイザックが座り、自分とロイ、ディー、グレイが馬車へ乗っていた。
自分の隣にはグレイが座り、向かい側にロイとディーがいる。
時々、どちらとも視線が合って、微笑むが、なるべく2人を見ないように、意識してしまっていた。
むっちゃ見てる…。
馬車の窓から流れる景色を見ているが、ずっと視線を感じる。
ロイが見ていたと思ったら、今度はディーが。
交互にじっと見つめられて、ものすごく居心地が悪かった。
それでも、気付いてませんよ、的な態度を取っていたが、心は穏やかではなかった。
「はぁ…」
思わずため息が出る。
「大丈夫ですか?酔いました?」
真向かいにいるディーがすかさず心配してきて、心の中で、お前のせいだ、と毒付く。
「大丈夫。だいぶ馬車にも慣れたよ」
最初に比べたら、本当に慣れた。時折り大きく揺れるので快適とは言えないが、吐き気をもよおすことはなくなっていた。
「無理すんなよ、気持ち悪くなったら、すぐに言えよ」
ロイも心配して言ってくれる。
「ああ、ダメだったらすぐに言うから」
そう返して、また外の景色を見る。
またジーッと2人に見つめられて、その視線が刺さるようで、言葉では言い現せないモヤモヤが出る。
どうしたもんかな…。
そう考えながら窓に頬杖をついて外をひたすらボーッと見てやり過ごす。
しばらく無言のまま馬車は進む。
気付けば、グレイが隣で腕を組んで寝ているし、ロイも壁によしかかって口を開けたまま寝ていた。
視線が一つ減ったことに安堵して、この揺れで寝られる2人が羨ましいと、心底恨めしく思った。
ディーも自分を見てないで寝ればいいのに、と考えていると、道の穴にはまったのか、馬車が一際大きく跳ねた。
「うわ」
お尻が完全に浮き上がるほど、大きく跳ねて、体勢を崩して前へ倒れ込んでしまった。
咄嗟に、向かい側の座席に手をついて、転倒だけは避けたが、ディーに体を支えられる形になってしまった。
「大丈夫ですか?」
耳元でディーの声がする。
背中と腰にディーの手が添えられて、ディーに覆い被さる姿勢に、全身が熱くなり、一気に赤くなった。
「ご、ごめ」
慌てて体を起こして、自分の席に戻ろうとしたが、先ほどではないが、また馬車が大きく揺れて、中途半端に立ち上がったために、今度は思い切りディーへ倒れ込んでしまった。
「~/////」
今度はしっかりと抱き止められて、体が密着する。
背中に腕を回され、顔が間近に迫る。
「立つと危ないですよ」
耳に唇が触れる位置で囁かれて、その声の振動と息にゾクゾクと背筋に快感が走った。
「わ、悪い…」
そう言いながら離れようとしたが、背中に回された腕が解けない。
「いい匂いだ…」
背中に回された腕が滑るようにうなじへ伸ばされ、後ろ髪をかき上げるように動くと、鼻先をそのうなじに近付けて、スンと匂いを嗅ぐ。
そして、耳をペロリと舐められた。
ゾワッと悪寒に近い快感が湧き上がり、慌てて腕を突っ張って体を離す。
目の前で、ディーの舌が唇を舐めるのを見て、噴火しそうになるくらい赤面した。
ドサリと元の席に戻るとディーの方を見ずそっぽを向いて、口元を押さえながら窓に頬杖をついた。
耳まで真っ赤。可愛い。
そんな翔平の姿にクスッと笑い、自分も腕と足を組んで寝る姿勢に入る。
さりげなく、組んだ足を翔平の足に触れさせると、それだけでビクッと反応する翔平にほくそ笑んだ。
くそ、くそ、くそ。
心の中でずっと、悪態を呟く。
ロイが寝てて本当に良かった。と思う。もし起きてたら、大騒ぎしている所だ。
チラッと視線だけでロイを見て、寝ていることを確認し、ホッとした。
村を出て、南西に2日進んだ所にあるシュミットという街に向かっている。
流石に王都の隣、公爵領というだけあって、領都以外の街もかなりの大きさと聞いた。
まずはシュミットへ。
そこから、領都シュターゲンへ。
シュターゲンからは街を経由せず、3日程度で王領に入る。
王都に近付き、否が応でもにも緊張と不安が大きくなっているのに、なんでこんなことになったのか。
自分はどうすればいいんだろう、と深く大きなため息をついた。
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