おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

おっさん、希望を知る

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 外で警護にあたっていた4人も部屋に呼ばれて、全員が揃う。
「詳細はまだまだこれからだが、大まかな道筋は出来た」
 4人へまずはシーゲルの報告を簡単に説明した後、ベッドに座ったまま、ロイが話を始める。
「遺跡に住んでいるという魔獣化被害者たちが鍵だ」
 ロイがシーゲルを見る。
「シーゲル、2日後に集まる黒の中にお前のような一般人に紛れている者は何人いる?」
「私を含めて3名です。他は自警団や行商人に紛れています」
「お前以外の2人に魔獣化被害者のフリをさせることは可能か?」
「もちろん可能です。彼らは今日中にこの街へ到着する予定です」
 シーゲルがニコリと笑った。ロイが何を言いたいのか、しようとしているのか、すぐに理解したようだ。
 彼女の中ではもう必要な物資などをそろえる算段が始まっているのだろう。
「もう一つ確認したい。
 村の者が被害者へ同情的だと言ったが、その理由は聞いたか?」
「はい」
 通常の魔獣化被害者への対応は、どこへいっても差別と偏見にさらされて迫害されるのが常だ。
 だが、遺跡近くの村ではその逆の行動をとっていると聞いて、ロイはその理由があると考えた。
「サイズ村は、約30年前に出来た比較的新しい村です。
 開墾にあたって現村長と副村長、そして、もう1人が中心的存在だったのですが、今から10年ほど前に、その1人が魔素溜まりの被害にあったそうです。
 彼は魔獣化が進み村にいられなくなり、自ら村を出たと」
「追い出されたわけじゃなくて、自分から?」
 アシュリーが何故?と首を傾げる。
「村の開墾には必ず投資をする者がいます。
 投資者が、魔獣化した住民がいる村へお金を出すと思いますか?
 彼は村を守るため、誰にも何も告げず、消えたそうです」
「なるほどな」
 グレイがやりきれないような表情を見せた。
「村の協力を取り付けて、黒を新たな被害者仲間として遺跡に潜入させる」
「潜入した黒は、被害者達と男の関係、ショーヘイさんの安否確認、内部構造を探らせるんですね」
 ディーが、詳細をわかっていない数人にわかるように説明するように話した。
「そうだ。昔の地図があるとはいえ、今現在もその通りとは限らない。潜入する黒の情報から救出方法を詰める」
「俺らの顔は男に見られているから、表立って行動できんしな」
 グレイが小さくため息をつく。
「そのための黒騎士です。どうぞご自由に我々をお使いください」
 シーゲルがニコリと笑う。
 街中にどこにでもいる女性となんら変わらない笑顔に、どのシーゲルが正解なのだろうと、騎士の数人が苦笑した。
「俺たちも村へ行くぞ。
 男が村を監視している可能性を考慮して、ここからはバラバラに行動する。
 俺とウィル。
 ディー、アシュリー、イーサン。
 この2組は旅の途中に立ち寄った体で。
 グレイ、アイザック、アーロン、クリフの4人は村への移住希望者として村へ入ってくれ。
 黒についてはシーゲルに一任する。
 村へ到着したら、連絡があるまで待機。黒からの情報が届き次第、ショーヘーの救出に向かう。
 全員、変装して認識阻害魔法をかけ忘れるな。
 何か質問は」
 ロイの問いかけに誰も返事をしない。
「よし。行け」
「っは!!」
 全員がロイに向かって敬礼した。
 バタバタと部屋を次々と出ていく。
 ロイがベッドの上でふぅと小さく息を吐き、まだ本調子ではない体をベッドへ投げ出した。
 ディーとグレイが部屋に残り、そんな様子のロイに苦笑する。
「昔を思い出すな」
 グレイが呟いた。
「何も変わりませんね、貴方は」
「俺は何も変わってねーよ」
 ロイがゴロリと横を向いて2人を見る。
「ショーヘー…、無事だよな…」
 ついグレイが漏らした。
 誰もショーヘーの安否については口にしない。
 ショーヘーがすでに死んでいるかもしれない、という可能性を口に出したくないからだ。
「生きてる。それは間違いない」
「何の目的でショーヘーを攫ったのか、検討がついているのか?」
「憶測にしかすぎんが、おそらく魔法の実験か何かだろうな。
 ショーヘーの魔力を何かに利用する気なんだろう」
「私もそう思います。あの男自身、ショーヘーさんと同じような、かなりの魔力量でした。ジュノーの知識を求めているのではなく、単純に魔力を必要としていると考えた方が納得がいきます。
 これまでの研究で個人差はありますがジュノーの魔力量が普通の人よりも多いというのはわかっていますしね」
 それでもショーヘイさんは桁が違いますけど、と苦笑しつつ、ディーもロイの言葉に相槌を打つ。
 言われて、グレイも戦闘時の男の魔法を思い出す。
 8人で攻撃しても破壊出来なかった防御魔法。物理防御と魔法防御、さらに反射魔法を上乗せし、極め付けは、それらの魔法を展開中での転移魔法だ。
 全て同時に構築し展開するなんてあり得ない。
 この国に現存する最高位の魔導士であっても、そんな芸当は出来ないだろう。
 出来るとすれば翔平くらいだ、と思った。
 
 翔平は生きている。
 だが…、今もなお、彼の身に何が起こっているのか、それは誰にも想像出来なかった。






 何度も繰り返される魔力抽出に意識が朦朧とする時間が多くなってきていた。
 何時間おきに抽出が行われ、どのくらいの量が抜かれているのかもわからず、自分がここに来てからどのくらいの時間が経ったのかもわからない。
「食べてください」
 ぐったりと横になった状態で、口元にスプーンを差し出される。
「ぁ…」
 食欲が湧かない。
「このままじゃ、貴方の体が持たない」
 覆面の男が心配そうに話しかけてくる。

 食べなきゃ。

 食べないと、彼らが心配する。
 自分の世話を一生懸命にしてくれて、感謝しかない。
 ゆっくりと口を開け、スプーンに乗った食べ物を口に入れてもらったが、柔らかく食べやすいようにされた物でも、喉を通すことが出来ずに、咳き込みながら吐き出してしまった。
 それを見た覆面の男が、翔平がもう限界だと悟る。

 食べられず、そのまま意識を失うように眠る翔平を見下ろす。ここ数日で、翔平は徐々に食べ物を口にすることが出来なくなっていた。
 魔力抽出で体力を奪われ、食べるという行為ですらままならなくなっていた。
 かろうじて水分は取れているので脱水症状は起こしていないが、朝昼晩関係なく魔力が回復したら抽出という繰り返しに、睡眠もろくに取れず、抽出が終わるとその場で気を失う事も増えていた。

 眠った翔平を起こすことはせず、立ち上がると牢を出る。
 その足で、主人であるチャールズの元へ向かう。
 転移魔法陣のある広間のドアをノックする。返事があり中へ入ると、形だけの主人へ進言した。
「ご主人様、彼はもう限界です。食事すら出来ません」
「そうか」
 チャールズが覆面の男へ目もくれず、一心不乱に魔法陣の中で作業を続ける。
「まだ魔力を抽出するおつもりなら、2、3日…、いえ、1日でもいい、休息させないと死んでしまいます」
 死ぬという言葉にチャールズがようやっと顔をあげる。
「死なれては困る。まだ魔力が足りない」
 そう言い、考える素振りを見せた。
「1日…、いや2日、抽出を止めよう。その間に回復させたまえ」
 チャールズが素直に自分の進言を受け入れたことに、かなり驚いた。それだけチャールズの機嫌が良いのだと知る。
「必ず回復させます」
「うむ、任せたぞ」
 そう言ってチャールズが再び魔法陣の中にしゃがみ込み、本を片手にブツブツと言い始めたので、そのまま一礼して広間を出る。

 いつものように歩みを進めていたが、次第に速度を上げ、駆け足で仲間の元へ向かった。
「許可が降りた。彼を助けよう」
 男がドアを開け、中にいる使用人仲間へ声をかける。
 その言葉に、全員がホッとした表情を見せた。

 翔平が自分を迎えに来る使用人たちの治療をし始めて4日。
 覆面の男は四肢を翔平によって治療され人のものへ戻っていた。
 他にも、隠した部分を持つ魔獣化被害者達のほとんどが治療されて元の姿を取り戻していた。
 翔平があの魔法陣の広間へ連れて行かれる前に、意識が混濁していても、それだけは続けていた。
 チャールズに見つからないように、隠している部位しか治療することは出来ないが、翔平は短い時間で集中してヒールをかけ続けた。
 その翔平の行為に使用人たちは感謝し、翔平のために何か出来ることはないかと、ずっと相談を繰り返していた。
 何とか、翔平をチャールズから守りたい、救いたいという思いを抱いていた。

 覆面の男の言葉に、全員が立ち上がると、バタバタと行動を開始する。
「私、村へ食材の買出しに行ってきます。何か栄養のあるものを作らないと」
 女性がそう言って、慌ただしく出ていく。
「俺は、シーツの交換を」
「私、掃除します」
 出来ることは少ない。
 だが、翔平のために全員が動き出す。







「お、今日は何かお祝い事なのかい?」
 いつもの村で食材を買っていると、そう店の主人に言われる。
「あ、まぁ、そんなものです…」
 この村の人たちは優しい。
 自分の体が魔獣化しているのは、誰が見てもすぐにわかる。
 自分の左腕は肩から異常に大きく盛り上がり、その指先は獣そのものだ。
 それを隠すようにローブを羽織ってはいるが、腕の大きさのバランスの悪さが目立つ。
「実はあんたに紹介したい人がいるんだが…」
 食材を箱に詰めながら、店主が言う。
「紹介?」
 その言葉に動揺した。
「あんたと同じ人なんだがね…」
 店主が遠慮がちに小さな声で言い、店の中に声をかけた。
 すると、彼女の前に小柄な女性と細い男性が姿を表す。
 女性の方は姿形に何も違和感はないが、頭から足先まで全身を布で覆っている。男性の方は両腕が自分と同じように肩から大きく盛り上がり、腕が異常に太く長かった。
「…あ…」
 一目で自分と同じ魔獣化被害者だとわかる。
「この人たちも、あんたのところへ連れて行ってやってくれないか」
「え」
 そう言われて戸惑う。
「あの…」
 どうしようか迷う。自分たちは、チャールズに使われている身だ。しかも、彼に脅され生殺与奪の権利まで与えてしまっている。そこまでしないと自分たちは生きていけない。
 目の前にいる新たな魔獣化被害者を自分と同じ境遇に置くことに、かなり抵抗を感じた。
「お願いします…。もうどこにも行くところがないんです」
「たまたまここに来て、店主さんに同じような人たちで共同生活している人達がいると聞いて…。私達もお仲間に入れてもらえませんか」
 そう足元に縋られた。
 2人の気持ちは良くわかる。
 自分も住んでいた街を追われて、流れ流れてここにたどり着いた。そして、あの遺跡で仲間に出会って、チャールズという畏怖の存在があっても、人並みに暮らせている。
「…私の一存では…。でも、とりあえず一緒に行きますか…?」
 彼らの境遇は自分と同じで、放っておくことが出来なかった。
「良かったなぁ、あんたら」
 店主もホッとしたような顔を見せた。
「ああ、2人分の食料もおまけしてやろう」
 そう言って、買った分以上の食料を箱に詰めてくれる。
 本当にこの村の人は優しい。
 ぺこぺこと何度を頭を下げて、2人を伴って遺跡へと帰ることにした。
 男が自分の代わりに荷車を引いてくれ、それを女性2人で押しながら帰途につく。


 店主がそれを見送って、その姿が完全に見えなくなると、店の中へ声をかけた。
「これでいいのかい」
「お見事な演技でした」
 中からシーゲルが顔を覗かせる。
「俺らも、あの人たちを何とかしてやりてえんだ。あんたが何をしようとしているかは知らんが、村長から話を聞く限り、悪いようにはしないんだろ?」
「はい。それは約束します」
 シーゲルがニコリと笑う。
「頼むぜ。助けてやってくれ」




 久しぶりにたくさん寝た気がする。
 起こされることもなく、自然に目が覚めるなんて、すごく久しぶりなような気がした。
「良かった。気がつきましたね」
 覆面の男が声をかけてきた。
「…抽出は…?」
 思わずそう聞いた。
「貴方がもう限界だったので、主人に休ませるように進言したんです。体調はどうですか?」
 そう言われて、前よりもずっとマシになった体を触った。
 意識も混濁していないし、吐き気もない。本当に久しぶりに体調がいい。
「ありがとうございます」
 男にお礼を言った。
「何をおっしゃいますか。お礼を言うのはこちらの方です」
「そういえば…、お名前聞いてませんでしたね」
「そうでしたね。私はセルゲイと申します」
「ショウヘイです」
 何度も話しているのに、初めて挨拶を交わし、ニコリと笑った。
「本当に良かった。顔色もいい」
「どのくらい、眠ってたんでしょうか」
「20時間くらいです」
 その時間を聞いて、初めてヒールを使って大量に魔力を消費した時は2日間眠っていたことを思い出した。それに比べたら、魔力の大量消費に免疫がついたんだな、と人ごとのように考えた。
「俺がここに来て、何日目ですか?」
「5日目です」
「5日…」
 ここに来て、次の日の多分夜に1回目の抽出を行っている。
 あれから4日間も繰り返し魔力を奪われたことを知ってゾッとした。
「今日はもう魔力の抽出はありません」
 それを聞いてホッとする。
 あの魔力を無理矢理奪われる感覚を思い出すだけでも気が狂いそうになる。
 体力も気力も奪われ、何度も死んだ方がマシだと思った。
「完全に体力が戻るわけではないでしょうが、それでも」
「ありがとう。セルゲイさん」
 そう微笑む。
「まずは少しでも食べてください」
 セルゲイが食べ物が乗ったトレイを自分へ渡した。
「ありがとうございます」
 休んだら、またあれが始める。
 それでも、今は体力を回復するためだけに集中しようと思い、無理にでも胃に詰め込んでいく。
「食べたら、また休んでください」
 そう言われて頷き、セルゲイが牢から出て行った。

 今日で5日。
 あとどのくらい繰り返すのだろうか。
 全部を食べきれず残してしまって申し訳ないが、トレイをベッド脇の小さなテーブルに置くと横になる。
 食べたことで、また少しだけ回復できたような気がした。
 目を閉じると、すぐに微睡始め、そのまま深い眠りに落ちた。


 体を揺さぶられる感覚に、ゆっくりと意識が覚醒してしていく。

 ああ、また始まる。

 そう思って目を開ける。
 だが、魔力抽出のために起こされたわけではないとすぐに気付く。
「誰だ」
「どうぞ、そのままの姿勢でお聞きください」
 とても静かな落ち着いた声が頭の方から聞こえてくる。
 その姿は見えないが、今まで出会った使用人たちの気配ではないことに身体が緊張した。
「私はユリア様配下、黒騎士のミゲルと申します」
 ユリアという名前を出され、すぐに誰だか思い出すことが出来ず、数秒考え込む。そして、ディーの妹、この国の暗部を担う存在を思い出した。
 そのユリアの部下が何故ここに、と少しだけ混乱した。
「私はロイ様の指示でここに潜入しています」 
 ロイ、という名前にピクンと反応し、心拍数が上がった。
「ロイ様をはじめ、ディーゼル殿下やグレイ様、皆様が近くまで来ています。どうかお気を確かに。あと数日、耐えてください。必ずお助けに参ります」
 一気にミゲルが翔平に告げる。
 翔平の見開いた目に涙が滲む。
「あと少しです。頑張ってください」
 ミゲルの声が小さく遠ざかっていく。
 声が聞こえなくなったのに合わせて、彼の気配も消えた。

 ロイが、ディーが、グレイが、みんながここに来る。
 助けに来てくれた。

 そう頭の中で繰り返し呟く。
 横向きに背中を丸め、ギュッと手を握りしめ、肩を震わせて泣く。

 ロイ、
 ディー、
 グレイ、
 

 何度もみんなの名を心の中で呼んだ。






 ミゲルがパタリと使用人の部屋のドアを閉める。
「様子はどうでしたか?」
 使用人の1人が聞いた。
「静かに眠っておいででした。だいぶお疲れのようですね」
 その言葉に、苦しんでうなされているかもしれないと心配していた使用人たちがホッとした表情を浮かべる。
 ミゲルが自分と一緒にここへ潜入したアリーを見て、小さく頷く。
「皆さんに、お話があります」
 アリーが全員の顔を見ながら言った。









 村を上から一望出来る小高い丘の上にロイが立ち、民家から漏れる小さな灯りを見下ろしていた。
「ロイ様」
 ウィルが付き従うように斜め後ろから声をかけた。
「全員揃いました」
「今行く」
 踵を返して丘の背後にある森に入る。
 全員が一般人と変わらない普通の服を身につけている。
「シーゲル、報告してくれ」
 シーゲルが集まった全員に通る声で説明を始めた。
「遺跡に居住している魔獣化被害者は全部で18名。全てかの男、チャールズの使用人です。
 ただの使用人ではなく、彼らの立場を利用し、恐怖で縛り付け、半ば強制的に働かされている状態です。
 先日、2名を潜入させた際、物品の購入に出ていた女を経由したのですが、余計なことを話さないように、言語関係の魔法がかけられていました。
 そのことから、この村は男に監視されているとみて間違い無いでしょう」
 ロイが予測した通り、騎士の風貌のまま全員でこの村へ到着していたら、チャールズに察知され、抵抗される準備をされるばかりか、逃げられていたかもしれないとわかる。
 バラバラに、かつ時間差をつけ一般人を装ってこの村へ潜入したことで、チャールズに気付かれていないと、潜入した黒から報告があった。
「ショーヘイ様は生きておいでです」
 シーゲルの言葉に、全員が安堵のため息を吐く。
「チャールズは何らかの魔法陣を起動させるために、膨大な魔力を欲しており、ショーヘイ様から魔力の抽出を何度も繰り返しています」
 その言葉に息を飲む。
 魔力を抽出する行為が、どれだけの苦痛を伴うか、全員が理解している。
 騎士の訓練の一環として、魔力量を増やすために、何度も魔力枯渇を経験する。
 枯渇した時の気持ち悪さと言ったらそれはもう苦痛としか言いようがない。
 他人にむりやり魔力を奪われるという行為は、その枯渇した時の何倍もの苦痛を伴うことを知っている。
 それを翔平がやられていると聞き、全員がその辛さを想像できて顔を顰め、口を真横に結んだ。
「さらにショーヘイ様は魔力を奪われながら、魔獣化被害者へ治療を施し、男にバレない部位は完治しています」
「な!」
「嘘だろ」
 数人が思わず声に出す。
 魔獣化してしまった身体は2度と元に戻らないのが常識。ましてや完治するなどあり得ない。
 それをやってのけた翔平に唖然とするしかなかった。
「そのおかげで、使用人たちはショーヘイ様を救うために全面的に協力してくれました」
 シーゲルが、持っていた紙を全員へ渡す。そこに遺跡内部の地図が描かれていた。
 翔平が捕えられている牢の位置、魔力抽出が行われている広間、場所だけでなく仕掛けられている魔法トラップまでもが記入されている。
「最後にもう一つ」
 シーゲルが声を落とす。
「地下に魔獣が飼われています」
 騎士たちの目が見開かれた。
「飼えるの、あれ」
 アシュリーが間抜けな言葉を発し、シーゲルに失笑された。
「憶測ですが、攫った者たちを魔獣化させたのでしょう。
 使用人達の話によると、ある程度男の命令を聞く知能はあるそうで、おそらく遺跡が襲撃された時、解放される仕組みになっているかと思われます」
 峠で、魔獣に襲わせ駆逐した後の隙をついた、とチャールズは言った。あれは偶然ではなく、そう仕向けられたものだったと、これで納得できた。
「あの程度の魔獣なら駆逐出来る。障害にもならん」
 グレイがフンと鼻を鳴らした。
 ロイが、報告を聞きながら、口元を指でさする、いつものシンキングポーズをしていたが、その手を止める。
「全員、この地図を頭に叩き込め」
 手を下ろし、顔を上げると全員を見渡した。
「明日の夜、救出に向かう。
 中へ侵入するのは、俺、ディー、グレイ、アイザック、ウィル、シーゲル。
 他は魔獣化被害者の避難誘導と魔獣からの警護。
 黒は全員魔獣討伐にあたれ」
 ロイが顔を上に向け、近くの木の上へ視線を送る。
 周囲の木々の上、幹の背後に全身黒づくめの黒騎士が控えていた。
「敵は魔獣とあの男だけだ。男は俺1人で対処する」
「何か防御魔法を打ち破る手立てがありますか」
 ウィルが聞いた。
「ああ。この間の峠での戦いで気付いたことがある。
 奴には魔法攻撃は一切効かない。効くとすれば拳だ」
 そう言って、自分の拳をグッと前へ突き出す。
「それに奴自身が攻撃してくるとしたら、それは全て魔法によるものだ。
 物理的な攻撃は間違いなく、ない」
 男の手が剣も握ったこともない、人を殴るような固い皮膚でもないことを見抜いていた。
「全員で俺に防御魔法をかけて欲しい。俺は拳だけに集中したい」
「あれっスね。あれをやるんスね」
 アイザックがワクワクした子供のような口調で言う。
「あーあれね」
 グレイがニヤリと笑う。
「そうですね。あれならあの男の防御を打ち破れる可能性が高い」
 ディーもロイがやろうとしていることがわかって笑う。
 わからないのは、獣士団以外の者たちでキョトンとしていた。
「明日、日没と共に行動を開始する。
それまで遺跡周辺へ各自移動しろ」
 ロイが全員の目を見る。
「よし。解散」
 ロイの言葉に全員が敬礼をする。




 明日、翔平を救い出す。

 ロイの目が金色に揺らめいた。




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