おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

58.おっさん、魔力を奪われる

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 食事を終えた頃、再び使用人が自分を迎えに来た。
 通路を歩いて、再び図書室のようなチャールズの部屋に向かうが、その途中、前を歩いていた使用人が、突然つまづいて転んだ。
「大丈夫ですか」
 思わず駆け寄って、使用人の腕と肩を掴んで助け起こした。
「あ、ありがとうございます」
 助け起こされたことに驚いたのか、じっと自分を見つめて、すぐに視線を逸らした。
「あの…気持ち悪くないんですか?」
 使用人がおずおずと聞いてくる。
「何がですか?」
「…私の足…」
 足と言われて、ついその足を見た。
 奇形というのだろうか、右足の膝関節が外側に開いているのがわかる。
「別に気持ち悪くないですよ。痛みはないんですか?」
「たまに…」
 と言って、使用人が関節部分を摩った。
 歩くのには、かなり負担がかかるだろうと思う。足に体重がかかるのだ。両足のバランスが悪くて、片側に重心がよってかなり負荷がかかっているはずだ。
 痛みがあるとわかって、その膝に手を伸ばす。
 使用人がビクッと体をすくませたのがわかる。
「痛いのだけでも取れれば…」
 そう言って、膝には触れられるのは嫌だろうと、手をかざすだけにした。
 痛みも怪我だ。
 足のどこかが炎症を起こすから痛みが出る。だから、その炎症が治るようにイメージする。
「ヒール」
 ポウッと手から魔力を膝に送る。
 白い光と黄金の光の粒が膝に吸い込まれていく。
「……痛みが…」
「一時的なものですけどね。俺がいる間にまた痛んだら言ってください。いつでも痛みはとりますから。本当は治せればいいんでしょうけど」
 言いながら自重気味に笑う。
「…ありがとうございます…」
 使用人が立ち上がり、頭を下げた。

 俺がいる間…か。

 自分で言った言葉に苦笑した。
 いつまでここにいるのか、いまだにわからない。もしかしたら、数時間後には死ぬかもしれない。
 そんな状況で我ながら偽善だと思った。

 再び図書室に案内されて、チャールズの向かいの椅子に座る。
 別の使用人がお茶を置いて出て行った。
 そういえば、使用人たち全員が何かしらの障害を持っている。
 足だったり、腕だったり。顔も体も全て隠している者までいた。
 この人たちは、なぜこんな、と出ていく女性を見ながら考えていた。

「では、話の続きを」
 チャールズが切り出し、思考を中断する。
「まずは私の話を聞きたまえ。長くなるが」
 そう言われたので、ソファにゆったりと座って足を組む。
 そんな自分の態度を見て、随分と開き直ったものだ、と失笑された。

 チャールズがこの世界に来たのは約200年前。チャールズが33歳の時だった。
 農作業を終えて、自分よりも背が高く成長したとうきび畑の間を抜け、自宅へ戻ろうとしたが、延々とつづく広大な畑に、家にはとうとう辿り着くことが出来なかった。
 畑の間の道を歩き続け、街道に出たと思ったら、そこは見たこともない全く知らない土地だった。
 そこで、この世界の住人を初めて目撃し、緑色の肌と巨大な体に恐怖を覚え逃げ出した。
 それから見かける二足歩行のトカゲのような生き物、犬や馬の頭を持った人のような生き物を次々と見て、自分が狂ったのだと思った。
 畑から離れ森へ逃げ込み、何日も彷徨い歩いた。
 そこで、1台の馬車に助けられたという。
 自分を拾ったのは、近くの街で商会を営む人族の男だった。
 その男に同調魔法を施され、言葉が通じるようになり、この世界のことを知った。
「その男は私をジュノーと呼んだ」
 この世界、自分の存在、そういったことをその男は教えてくれたが、徐々に本性を現していった。
「酷い扱いを受けたよ。緑の男にレイプされ、トカゲの女とSEXさせられ、大勢の人の前で輪姦され、拷問された」
 おもむろにチャールズが両腕の袖をまくり、その傷跡を見せる。
 正常な皮膚がどこにもない。全て焼けただれ、ケロイド状になっていた。
「何度も拷問を受けヒールで治療されてもこの有様だ。私の全身がこのようになっている」
 それを見て、グッと口を結んだ。
 ジュノーが捕まった時の最悪のパターン。レイプされ、見せ物にされ、拷問され…。そう教えてくれたロマの言葉を思い出す。
「何度も死にかけたが、その都度ヒールで治療され、死ぬことも出来ない。自殺も考え実行したが、すぐに発見されて治療される」
 チャールズが思い出したくもない過去を眉を寄せて語る。
「そんな時、私を商会の男から買い取った男がいた。セグリア・ウッドマンというこの国の貴族で、ここの領主一族の三男だった。そこからは幾分マシになったよ」
 マシになっただけだがね、と自虐的に笑う。
 チャールズを買い取ったセグリアも、チャールズを性奴隷として扱い、さまざまな種族と性交させられた。
 だが、それも数年。
 ウッドマン家が没落し、別の貴族がここの領主になる騒ぎに乗じて逃げ出した。
 そして今この場所、遺跡の研究をしていたエリック・ファレルという男に拾われる。
 彼も貴族であったが、とっくに生家とは縁を切り、遺跡に住み、その研究だけに心血を注ぐような変わり者だったという。
 チャールズを助けたのもほんの気まぐれで、治療だけして放置された。他に行くあてもなく、この遺跡が隠れるのに丁度良かったこともあって、エリックの使用人のようなことをして生活を始めた。
 エリックはだらしなく、研究だけしていれば満足するような男で、研究に没頭するあまり、食事も風呂も忘れるようないいかげんな男だった。
 ようやっと誰にも危害を加えられず、落ち着いて生活出来るようになったのは、この世界に来て15年目のことだった。
「ここにある本や資料は全てエリックが残したものだ。私にはさっぱり理解できん」
 部屋に残された本をグルリと見渡してチャールズが言う。
「エリックが私に帰る方法を示してくれたのだ」
 その言葉にドクンを心臓が跳ねる。
「遺跡の研究から、何かを見つけたようでね。説明されたが、私には何も理解できなかった。
 だが、実際に実験を見て、帰れる可能性があるのだけはわかった」
「実験…」
 ギルバートの言葉を思い出す。
 自分を実験材料にする可能性が浮上し、心拍数が上がってくる。
「それからは、私は帰ることだけを考えて生きてきた。150年、ずっと」
 その日々を思い出すかのように目を閉じる。
「エリックが残した転移魔法陣には膨大な魔力が必要なのだ」
 机の上に肘をつき、その手を組んで自分をじっと見る。
「幸い私もジュノーであるがゆえに魔力量はかなり多い。だが、それでも足りない」
 何も答えずに無言を通す。
「150年の間に私も色々と調べた。
 理由はわからないが、ジュノーはかなりの魔力を有しているものが多い。
 この世界の生物ではあり得ない量だ」
「つまり、俺の魔力を使わせろと」
 チャールズが頷く。
 エリックが作ったという転移魔法陣。それで元の世界へ帰れるというが、その原理や仕組みについてはチャールズは理解していないらしい。
 聞きたいと思ったが、聞いても無駄だと思い諦める。

 チャールズがなぜジュノーである自分が必要だったのかは理解できた。
 だが、腑に落ちない点がいつくかある。

「俺以外にも…、ジュノーじゃない人も攫ったのは何故だ」
 人攫いの噂が立つほど多くの人を誘拐している。
 今までの話から、何となくだが答えは見えていた。だが、その理由を実際に口から聞かなければならないと思った。
「実験に使うためだ」
 あっさりとチャールズが答える。
 その言葉にザワッと体の表面が波打った。
「実験って、何を」
「決まっているだろう、転移実験だ」
 自分の言葉に被せるように即答され、その内容に体が小さく震え始める。
「その人たちは、どうなった」
「…さぁ」
 チャールズのあまりにも軽い返事に、一気に怒りが爆発する。
 全身から魔力が噴き出すのがわかる。実際にバチバチと放電しているように音を立てて自分の怒りの魔力が体から発せられる。
「何を怒っているのかね。この世界の生物がどうなろうと私は別に構わん。
 君は足元を歩く蟻に気を使うのか?」
「貴様!!!」
 怒りに任せて、チャールズに雷撃を撃ち放った。

 この世界にも元の世界と同じように生活を営み、暮らす人々がたくさんいる。
 今まで旅をしてきて、村や街を見て、そんな人たちとも少なからず接してきた。
 元の世界となんら変わらない。
 外見が違うだけで、彼らには何の落ち度もない。それなのに、この男は。
 
 自分が怒りに任せて放った雷撃は、チャールズの防御魔法に、簡単に掻き消された。
「素晴らしい魔力量だ」
 チャールズがほくそ笑む。
「この世界で普通に生きている人だぞ!!何てことを!!」
「君はあれらを人と呼ぶのかね。化け物じゃないか。人族だか言う人間に見える者も、人の皮を被った獣だ」
 チャールズが立ち上がる。
 部屋の中にあった本が、互いの魔力によって起こる風に舞い上がり、バサバサと音を立てた。
「私がこの世界で人して扱われなかったのに、何故私がそう扱わねばならんのだ!!
 この世界は異常だ!!狂ってる!!!」
 チャールズの魔力が爆発した。
 その衝撃波で吹っ飛ばされて、ドアに背中を叩きつけられた。
「ッグ…」
 そのまま魔力の圧力にドアに縫い付けられる。
 そして、近づいたチャールズに胸ぐらを掴まれて首を絞められ、持ち上げられる。
「君は私と同じ世界からきた人間だと思うから丁寧に扱ったが、どうやら間違いだったようだ」
「誰が協力なんてするか…」
 絞められた喉から、絞り出すように言う。
 その瞬間、腹に一撃を喰らい、掴んだ胸ぐらをそのままに後頭部を硬いドアに叩きつけられた。
「ぁ…」
 肋が折れ、後頭部への衝撃に頭蓋骨も損傷したとわかるが、襲ってくる痛みと眩暈、嘔吐になす術がない。
「ヒール」
 チャールズがすぐに自分に回復魔法をかけ、数秒で怪我が治る。
「本当にヒールとは便利だな」
 胸ぐらを掴んでいた手を離され、そのままドアによしかかる形で崩れ落ちた。
「いくら魔力があっても、経験値の差だよ。君は私には勝てない」
 そう言って、少しだけ乱れた衣服を整えて席に戻る。
「いいかね。君の協力するしないの意思は問題ではないのだ」
 体が正常に戻ってはいるが、やられたショックと後頭部をドアに打ち付けられた時に脳震盪を起こし意識が朦朧とする。
 それでも何とか立ちがろうとして、膝に手を置いて力を入れた。
「この世界を呪っていても、魔法は使うんだな」
 クラクラする頭を振い、立ち上がってドアに寄りかかりながらバカにしたように笑ってやる。
 次の瞬間、再び全身に魔力の圧がかかり、再びドアに打ち付けられ、その衝撃で完全に意識が途切れた。
 ドサリと倒れ込み、意識を失った翔平を上から見下ろし顔を顰める。
 机に戻ってベルを鳴らすと、すぐに使用人が部屋にやってきた。
 だが、ドアの前に倒れた翔平に阻まれて、僅か隙間を開けてから力を込めて翔平ごとドアを押して中に入ってくる。
「牢へ連れて行け」
「牢へ、ですか…?」
「そうだ」
「…わかりました」
 だが1人で翔平を運ぶことが出来ず、数人の使用人が集まると、運び始める。



 目を覚ました時、今までの部屋ではなく、鉄格子が嵌められた檻の中のベッドに寝かされていた。
 目が覚めた途端に吐き気が襲って、牢屋の中にあったトイレで嘔吐する。
 吐き終わるとだいぶスッキリしてベッドへ腰掛け、改めて周りを見渡した。
 ドルキアにあった地下牢を思い出す。
 薄暗く冷たい石壁。粗末なベッド。
 一応壁や鉄格子に触れて壊せるかどうかを確認したが、何らかの魔法がかけられているのか、物質そのものが魔法を受け付けないのか、壊すことは出来なかった。

 1人になり、チャールズの話を思い出す。
 彼の怒りは理解できる。
 15年に渡ってぞんざいな扱いをされ、人としての尊厳も何もかもを破壊された。忘れようにも、身体中に残る傷跡がそうさせてくれない。
 きっと彼は壊れたのだろう。
 この世界を恨み、憎み、全てが許せない。
 彼にとってはこの世界に住む全ての人が憎しみの対象で、善人も悪人も関係がない。
 その恨みは自分には計り知れない。
 だが、それでもこの世界に暮らす人に危害を加えてもいい理由にはならない。
 全く関係のない人を攫って、実験に使うなんてもっての外だ。

 本当は彼の言いなりになりつつ、隙を見つけて逃げようと思っていた。
 だが、彼が無関係の人を実験材料にしたと聞いたら、怒りを抑えることが出来なかった。
 自分とは全く関係のない、見ず知らずの人だが、それでも自分の中の正義感が彼を許せないと思った。
 怒りの感情のままに動いたことで彼を怒らせ、自ら状況を悪化させてしまったことに自虐的な笑みを浮かべる。
 逃げることは、もう出来ないかもしれない。不可能に近いだろう。
 それでも、まだ諦めたくない。

 みんなに会いたい。
 ロイに、会いたい。

 小さなため息をついて、下を向いた。



 それから少しの時間を置いて、チャールズが現れ、ついてくるように促される。
 言いなりになることしか出来ず、大人しくついていくが、道順や辺りの状況を確認するのだけは怠らなかった。

 また初めての場所に連れて行かれた。
「その魔法陣の中に立ちたまえ」
 広めの部屋、というか広間のような場所に大小の魔法陣が一つづつ床に描かれている。
 そのうちの直径3m程の小さい方に立つように言われ、言う通りにした。
 一体何をされるのか体に緊張が走る。
 チャールズの手が魔法陣の一角に触れる。
 次の瞬間彼が触れた魔法陣の一角が発光を始め、外側から内側へ輝き始める。
 だんだんと中心にいる自分に向かって光が迫ってくるようで、恐怖を覚えた。
 そして、自分の足元まで発光が広がった瞬間、それは起こった。
「ぅあ…」
 全身を襲う強烈な違和感。身体中を見えない何かに弄られているような感覚を感じ、それが体内にまで侵入して、内臓まで嬲られているような錯覚を覚えた。
「ぐ…う…うぅ」
 思わず両腕で上半身を押さえ込むように背を丸めて、耐える。
 徐々に自分の体から魔力が抜き取られていくのがわかった。
 最初は少しだけじわじわと抜き取られていく感覚だったが、次第にその感覚は強くなり、内臓を抜き取られるような、体液が抜かれるような、強烈な気持ち悪さが襲って脂汗が出た。
 ゾロリ、と体の中の魔力の塊が無理矢理動かされ、全身に鳥肌がたった。
「ああ!あ!あー!!!」
 自分の魔力が意思と関係なく強制的に魔法陣に吸い取られていく感覚に、体が悲鳴をあげ、実際に口からも悲鳴があがった。
「8万…9万…」
 チャールズが何かを数えている。
「あぅ…うぅ…」
 足がガクガクと震えて立っていられずに膝をつく。
「22万…23万…」
 なおも異様な感覚は続く。
 吐き気が込み上げ、何度か嘔吐する。
 それでも、内臓をひっくり返され、抉られ、持って行かれるような、とてつもない不快な感覚が続く。
 目から涙がこぼれ、永遠にこの気持ち悪さが続くような錯覚を起こした。
「ぐ…ぁ…ぁ…」
「80万」
 チャールズがそう言った瞬間、魔法陣から光が消えた。
 その瞬間、全身から違和感が消えた。
 だが、体の震えが止まらない。
 今まで魔力を大量に使った時は消費に体がついて行かず気絶していた。
 今回は一気に大量の魔力を失うのでなく、時間をかけてゆっくりと抽出されたことで、意識を失うことはなかったが、逆に耐え難い苦しみが全身を襲う。気絶したいが、それすらも出来ないほどの苦痛。
 はっはっと短い呼吸を繰り返して、必死に苦痛に耐える。
 魔法陣の中心に倒れ込み、ビクビクと体を痙攣させて指一本動かすことが出来ない。
「素晴らしい!80万の魔力を吸い出しても枯渇すらしないとは」
 チャールズが上機嫌で自分に近付き、自分の手首を掴むと魔法陣の外側へ引き摺り、乱暴に放り投げられた。それでも体を動かすことが出来ずに、転がったまま短い呼吸を繰り返す。
「一度に奪うのはこれが限界か…」
 チャールズが独り言を言いながら、魔法陣の上をウロウロと歩く。
「これで100万…もう少し…いや試すべきか…」
 その場に転がされたまま10分以上放置され、朦朧としていた意識が少しづつ回復してくる。同時に体も動かすことが出来るようになってきた。
 チャールズはもう一つの魔法陣の中心にしゃがみ込み、何かをしている。
 視線を動かしてその様子を見ていたが、自分が体を動かして起きあがろうとしていることに気付き、自分の元へ大股で歩いてくると、髪を鷲掴みされて上を向かされた。
「あれだけ魔力を取られてまだ動けるとは…。化け物か」
 そのまま引っ張られるままに体を起こし、床に両手両足を放り出した状態で座らされた。
「よく見ていたまえ」
 チャールズが大きな魔法陣の中心に、その辺にあった本を置くと戻ってくる。
 魔法陣に触れて魔力を通すと、二つの魔法陣が同時に発光を始めた。
 発光し始めて数秒後、大きな魔法陣の上に小さな魔法陣が幾つか浮かび上がると、その前にモニターに写されたようなものが浮かび上がり、映像が流れる。
 小さな雲のような、煙のような朧げな霧に囲まれて、時折りザザッと乱れるが、はっきりとその中に白黒やセピア色、褪せたカラーの映像が映し出された。
「…素晴らしい…」
 その映像を見たチャールズの目から涙が溢れる。
 写っているのは、小麦畑、とうきび畑、ログハウスのような家、そして、笑って何かを話す女性の姿、子供が2人庭で遊んでいる姿が、誰かの目線で無声映画のように流れた。
「マーガレット…」
 チャールズが涙を流しながら呟く。
 その言葉で、この映像の数々がチャールズの記憶だと理解した。
 その映像がたった数秒で消え、魔法陣の光も同時に消えた。
「100万でもまだ足りないのか…」
 チャールズが魔法陣の中心に置かれた本を拾い上げる。
 だがその本は四角形ではなく、所々が欠損し、その形を歪に変えていた。
 チャールズのやろうとしていること、この魔法陣が何なのかが、何となくわかった気がした。
 チャールズがベルを鳴らす。
 すかさず使用人がドアから現れる。
「閉じ込めておけ」
 そう言うと、2人の使用人が自分を両脇から抱え上げて無理矢理立たせられ、引き摺るように連れて行かれる。
 何とか足を動かして歩こうとするが、思ったように動かせない。
 両脇に抱えられたまま来た通路を戻り、再び牢へと戻される。
 使用人が自分をベッドへ寝かせ、上から顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか?」
 1人が、被っている覆面の中から、小さくくぐもった声を出す。
 覆面に遮られて聞き取りづらいが、自分を心配している言葉なのはわかった。
 その言葉に、ゆっくりと頷く。
 魔力を奪われて体が怠い。無理矢理奪われるおぞましい感覚が体に残り、言いようのない気持ちが悪さが吐き気を伴っていた。
「飲んでください」
 そう言われて、小瓶を口に当てられた。それがポーションだとわかり、ゆっくりと飲んだ。
 少しだけ体力が戻り、モヤがかかっていた意識が若干だがはっきりした。
「ありがとう…」
 掠れた声でお礼を伝える。
「ジャンの痛みをとってくれて、ありがとうございます」
 その言葉で、通路で使用人の1人にヒールをかけたことを言っているのだとわかった。
「いや…」
 自分のやった行動が他の使用人に伝わっていたことに驚いたが、何も考えずやった偽善的な行動にお礼を言われたことに、逆に申し訳なく思う。
 覆面の彼は目に見えて障害を持っているわけではないとわかったが、その覆面や全身を隠している様子に、肌に何らかの異常を持っているのだろうと察した。
「とにかく今は休んでください」
 そう言われ、優しい言葉に意識が次第に遠のいていく。
 ほぼ気を失うような形で眠りについた。



 その後、数時間の間を空けて2回目の魔力抽出が意識を失うギリギリまで行われ、再び体力も気力も奪われて使用人2人に抱えられて牢へ戻る。

 魔力を奪われ、無理矢理食事を摂らされ眠る。魔力が戻る時間を見計らって起こされ、繰り返される魔力抽出に、精神的に大きなダメージを受け、時間の感覚が麻痺し、何度行われたかもわからなくなった。
 だが、牢から出される直前は魔力がある程度戻り自我を保てる。その僅かな時間を使って使用人たちと少しだけ話をした。

 彼らは、魔素溜まりで身体の一部が魔獣化し、住んでいた土地を追われた人たちだった。
 この土地に流れつき、チャールズに拾われて衣食住を与えられ、僅かな賃金で使用人として働いていたことがわかった。
 今までにも自分と同じように攫われてきた人の世話もしてきたという。
 中には被害者を脱出させようとした者もいたそうだが、チャールズに見せしめのため殺されてしまい、今残っている使用人たちは、チャールズによって恐怖で支配されていることを知った。
 それでも、使用人たちは自分に優しくしてくれた。
 自分を逃すということが出来ない分、牢へ戻されてからは甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
 ポーションを飲ませてくれたり、体を動かすことが出来ない時は、食事の介助までしてくれた。
 こんないい人たちを恐怖で支配し、顎でこき使うチャールズに頭がくる。だが、今の自分には彼らを救うことは出来ない。
 そう思うと胸がしめつけられる思いだった。

 せめて自分が彼らにしてあげられること。と意識がはっきりとしている時に考え、彼らの治療をしようと思い至る。
 牢へ迎えにくる彼らに、ほんの少しの時間を使ってヒールを施す。
 チャールズに奪われるだけの魔力を、少しでもいい、彼らのために使おうと思った。
 すぐに治せばチャールズにバレる。
 なので、少しづつ少しづつ。目に見えない隠している箇所から、治療していく。
 覆面の男の腕の一部を、何度目かのヒールで元の人の腕へと治した時、彼は涙を抑えきれず、嗚咽を漏らしながら泣いた。
 それを見て、自分も涙が出てくる。

 彼らも自分と同じ人であり、チャールズの被害者。

 助けたい、そう心の底から思った。




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