おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

おっさん、決断する

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 肩からの出血は、手で圧迫したため、少し少なくなったが、手を緩めると再び出血が始まるために離すことは出来ない。
 ロイの背後から、指輪の男が近付く。
「白炎の狼も、戦闘直後には隙が出来るものだな」
「油断したよ」
 男の言葉に、素直に認めた。
「止血しなくて大丈夫かね」
 男がロイの出血具合を見て言うが、翔平のヒールが効かないようにしているのはどこのどいつだ、と苦笑する。
 おそらく、自分の肩を貫いた小さい何かは、肩を通る太い血管に傷をつけた。ほぼ致命傷に近い。必死に腕で押さえていても、じわじわと血が溢れている。
 おそらくはあと10分も経たずに、自分は多量出血で意識を失う。それが感覚でわかるが、自分を挟んで向こう側にはショーヘーがいる。この男をショーヘーに近づけさせるわけにはいかない。
 フーフーと息を荒くしながら、意識を保とうとする。
 こんなことなら、ヒールをちゃんと練習しておけば良かったと、自虐的に笑った。
「ショウヘイ・シマダ。こちらへ」
 指輪の男が翔平を手を差し出した。その指に、大きな指輪がキラリと光る。
 その言葉に、ロイに近付くために向かおうとするが、グレイが自分を羽交締めにして、グッと抑え込む。
「グレイ!離せ!!」
「駄目だ!動くな!」
 ロイが叫ぶ。
「グレイ、お願いだ。離してくれ…。ロイが…」
 ボロッと涙が溢れる。
 ロイの肩から血が止まっていないのがわかる。さっきから、下げた左手の指先からポタポタと血が滴り落ちていた。
「どうした。このままだと狼が死ぬぞ」
 その男の言葉に、悲鳴に近い叫び声を上げる。
「離せ!!グレイ!!離して!!!」
 必死に暴れ、ロイの元へ行こうとする。
 ディーもグレイも、全員がその顔を苦痛に歪ませる。今すぐにでもロイの助けに行きたい。
 だが、翔平を狙っているとわかっている以上、無闇に近付くことが出来ない。
 かといって男に攻撃を仕掛ければ、間にいるロイが危険に晒される。
 致命傷を負ったロイを盾に取られ、打つ手がない。
「グレイ…ショーヘイさんを、離して、ください…」
 ディーが苦しそうに言った。
 歯を食いしばり、その両手を力一杯握りしめ、顔を歪ませた。
 ロイを救う手立てがそれしかない。今ここで悩んでいる間も、ロイは命を削っている。
 守るべき翔平を、みすみす敵の元へ向かわせるという目的に反した行為と、それでも親友を救いたいという気持ちが、嵐のような葛藤になってディーの心に吹き荒れる。
 ただ、翔平も弱くはない。
 もしかしたら、翔平が何かきっかけを作って2人同時に救い出せるかもしれない、それに賭けるしかない。
 たった数秒では、そんな打開策しか浮かばなかった。
「ディー…」
 グレイも顔を歪ませ、苦しそうに唸ると、翔平を拘束した腕の力を緩めた。
 その瞬間、前のめりに転びそうになりながら翔平が走り出す。
「ロイ!!」
 たった20mくらいしか離れていないのに、遠く感じる。
 涙で歪む視界をそのままに、何度も転びそうになりながらロイの元へ走った。
 自分の元へ走ってくる翔平を見て顔を歪ませた。

 来るな。
 ディー、グレイ、翔平を守り保護するのがお前らの役目だろ。なぜ行かせる。
 目が霞む。
 血が足りない。
 意識が飛びそうだ。

 傷口を圧迫していた右腕にも力が入らなくなってきて、左腕からボタボタと血が落ちる。
 自分でも気づかない内に、膝を雪の上に付き、そのまま倒れる瞬間、翔平に抱き止められた。
「ロイ!」
 すぐにロイを仰向けに寝かせ、両手を左肩にあてる。
 黒いコートの上から、ビチャッと両手に濡れた感触が伝わり、その出血の多さがすぐにわかった。
 自分が着ていたコートの袖がみるみると真っ赤に染まっていく。たっぷりと水を含んだスポンジに手を押し付けるような感触に、苦しそうに顔を歪ませて、さらに涙が落ちた。
「ヒール!」
 ブワッとロイの肩だけに集中して治療を始める。直接触れることで、先ほどのように魔法が弾かれる事はなかった。
 白く光り、黄金の粒を纏った自分の魔力がロイを癒す。
 傷付いた血管を元に戻す。
 貫かれた穴を塞ぐ。
 細かい所までイメージして、数十秒後には致命傷だった怪我が塞がり、元に戻った。
 だが、失われた血液は戻らない。
「ショーヘー…逃げろ…」
 朦朧とする意識の中でも、ロイが自分に逃げろと言う。
「終わったかね」
 気がつくと、すぐそばに男が歩み寄ってきていた。あと数歩で触れられる距離まで迫っている。
 その男をギッと睨みつけ、怒りの感情を露わに魔力に乗せた。

 よくもロイを!

 ロイの上半身を抱き起こし、男から守るように庇う。
「結界!」
 そう叫んだ瞬間、自分とロイの周り四方行に白くて光輝く箱を出現させた。
 男が手を伸ばし、その結界に触れた途端、バチン!!と静電気のような大きな音が響く。
 その様子を見て、全員が瞬時に判断した。
 男に向かって数種類の魔法を放ち、アイザック、アーロン、クリフが長剣で襲いかかる。
 だが、男が防御魔法で全てをいとも簡単に防ぎきった。
 魔法は男に当たる前に消失し、剣は弾かれる。
 それでも、男を2人から遠ざけようと、何度も何度も攻撃するが、翔平が作った結界のように、男の防御魔法も攻撃を一切受け付けなかった。

 翔平がこのまま結果を張り続けていれば、男は2人に触れられない。
 とりあえず、ロイは助かった。翔平も奪われない。
 ならば、自分たちが男をどうにかすればいいだけだ。

 ディーは必死に防御魔法を打ち破る方法を考える。
 だがその時、翔平の声が響いた。
「ロイ!!」
 翔平の腕の中で、ロイの体が大きく跳ねる。
「グアッ!」
 唸り声に合わせて、その体がビクビクと波打った。
 必死にロイを抱きしめて止めようとするが、自分の力では抑えることが出来ない。
「ガァ!アア!」
 唸り声が叫び声に変わり、更にロイの体が暴れ始め、抑えきれなくなった翔平の腕から雪の上へ落ちた。
 全員の攻撃の手が止まり、何が始まったのか、視線をロイに向けた。
「何をした!!」
 必死にロイを抑えようと、暴れるロイの体に覆い被さる翔平の姿に、ディーが叫ぶ。
「なに、少しね、彼の魔力回路に細工をしたまでだよ。彼はもう魔素を魔力に変換することは出来ない」
 淡々と男が言う。
 その言葉に全員が戦慄する。
 その間もロイの体が勝手に跳ね、獣のような唸り声を上げた。
「貴様…」
「計画通りだ」
 男が笑う。
「魔獣に襲わせ、駆逐した直後の隙を狙って狼を打つ。
 弾に込められた呪いが彼の体を蝕み、魔獣へと変えるだろう」
 男が計画した流れを説明し、その通りの状況になったことに、声を出して笑った。
「死にかけたのは誤算だったが、それでも結果として、君らと分断することが出来た」
 男がグルリと取り囲むディー達を見渡す。
 男の足元に翔平とロイ。
 それを円を描くように攻撃体勢のまま取り囲むディー達に男が笑う。
「彼を救う方法はただ一つ」
 男が翔平を見る。
 ロイに覆い被さり、必死に押さえつけながら、怒りの目を男へ向けた。
「ショウヘイ・シマダ。一緒に来るんだ」
 ギリッと歯を食い縛る。
 視線をロイに戻し、すでに意識がなく、苦しそうに唸り声を上げるロイを見た。
 その左肩から顔にかけて青黒い筋が走り、血管を通って何かがロイの体を侵食しているのがありありとわかる。
 その姿に顔を歪めた。
「ロイ…」
 今もビクビクと全身を震わせるロイの顔に触れる。ロイの体内で、その魔力が内側から破壊するように暴れまわっているのが伝わってくる。
「その呪いを解けるのは私だけだ」
 苦しむロイの頬を撫で、男の言葉を飲み込む。
「解けるんだな」
「一緒に来るというのであれば、呪いを解こう。それに他の者にも危害を加えないことを約束しよう」
 ゆっくりと深く息を吸い込み、同じように吐き出す。
「!!ショーヘー!!」
 グレイが叫ぶ。
「止めろ!!」
 ディーが叫んだ!!
「みんな、動かないで」
 そう呟き、全員に金縛りのような動けなくするイメージを抱いた。
「う…」
 いきなり体が硬直し、動けなくなったことで、何人かが小さく声を上げた。いくら力を入れても、指先一つ動かせなくなったことに、翔平が全員に魔法をかけたとわかる。

 カーテンが落ちるように、スーッと上から翔平の結界が消えていく。

「解け。今すぐに」
 下から男を睨みつける。
 男が薄く微笑むと、懐から自分に小さな玉を差し出した。
「これを飲ませなさい」
 親指と人差し指で摘んだ玉を自分の手の平に乗せようとして、止まる。
「飲ませた後、貴方自身が私に攻撃しようとしても無駄だよ。
 呪いはまだまだある。別の者に打ち込むだけだ」
 自分の考えを見透かすように、微笑みながら男が言った。
 薬のようなその玉を受け取り、手の平にある玉をじっと見つめる。

 男を信用するわけじゃない。
 だが、放っておいたらロイは確実に魔獣化する。
 魔獣になれば、ここにいる誰かか、または他の誰かに殺される。
 それならば、一筋の望みに賭けようと思う。
 もしこれが解毒でもなんでもない、単純にロイを更に苦しめる物なら、その時は刺し違えてでも男を殺す。

 ロイが助かって自分が男に攻撃したとしても、それはきっと無駄だ。
 男はこの場にいるあの弾丸なようなものをみんなに打ち込む。
 それはきっと防ぎようがない。
 弾丸と、男が持つ解毒薬が同じ数という保証もない。

 もう打つ手がない。

 もう充分だ。
 ロイも、みんなも。
 これ以上誰かが自分のために傷つくなんて、ましてや死ぬなんて、耐えられない。

 もう終わりにしよう。



 心の中でそう決断した。

 おもむろに玉を口に含むと、ロイの顔を両手で包み込み喉を真っ直ぐな状態にして、口付ける。
 ロイの口の中に舌を使ってその小さな玉を喉の方まで押し込む。
 ロイの喉が動き、飲み込んだことを確認し唇を離した。
 ビクビクと波打っていたロイの体が次第に動きをとめて、静かになった。
「彼の魔力を感じてみなさい」
 男に言われ、ロイの額に手を添えると自分の魔力をロイへ流し込み、その流れを確認する。
 目を閉じて、自分の魔力をロイへ流し込む。
 体の隅々まで魔力を走らせて、正常に魔力が流れていることを確認した。
 目を開けて、ロイの顔を見る。
 左肩から走っていた呪いの侵食が徐々に薄くなり引いていく。
 ロイの呼吸も落ち着き、安堵してホッと息を吐き出した。
「もういいかね」
 そう言われてゆっくりと立ち上がる。
 だが、コートの裾をクンと引っ張られて、振り返る。
「い…くな…」
 いつのまにか意識を取り戻していたロイの指がコートを掴み、自分を引き止めていた。
 こんなボロボロになっても、まだ自分を守ろうとするロイに苦笑し、その目から涙が一筋溢れた。
 再び座り、ロイの指をそっとコートの裾から外す。
「ロイ…愛してる…ありがとう…」
 囁くように呟いて、そっとその唇にキスをした。
 長めのキスを終え、じっとロイの顔を見る。

 自分が愛した男。
 この世界に来た時に自分を助けて、愛してくれた。

 ゆっくりと自分の右耳に両手を持って行くと、震える手でピアスを外し、ロイの胸元に置く。
 ゆっくりと立ち上がり男へ近付く。
「ショ…ヘー…」
 ロイが自分を呼ぶ。だが、もう振り返ることを止めた。
 男がマントをバサリと広げると、自分の体を抱き、ゆっくりと包み込む。
「転移」
 男が呟くと、自分と男の足元から発光が始まり、光の渦が自分たちを包み込んだ。
 その光の渦の中、翔平が振り返りディーとグレイを見る。
 泣きそうな、寂しそうではあるが、笑顔を2人に向ける。


 さよなら


 最後に翔平の口がそう動いたのを、その目で見た。



 男の腕の中にいた翔平が、シュンッという音とともに消え、マントがフワリと元に戻る。
 その瞬間、全員の体が動き、数人が前のめって足を一歩前に出した。
「うあああ!!!!!」
 ディーが叫び、男へ突っ込む。
 グレイも唸り声を上げながら、同じように突進した。
「無駄だ」
 それでも、男の防御魔法を破ることは出来ない。逆に防御魔法に新たに加えられた反射によって弾き返され、攻撃の強さに比例して吹っ飛ばされた。
 それでも全員が攻撃の手を止めない。
「ショーヘーをどこへやった!!!」
「返せ!!!!」
 口々に叫び、怒鳴り声を上げる。
「転移」
 男は一歩も動かず、防御魔法に守られながら静かに呟く。
 その瞬間、先ほどと同じような光が湧き上がり、シュンッという男を立て、一瞬で男の姿が消えた。

 数人の攻撃が空振り、完全に姿が消えた男に呆然とする。
 男も翔平も消え、しんとその場が静まり返った。誰も何も言わずその場に立ち尽くし、腕を下げたまま俯いた。
 そんな中、1人ウィルが動いた。
 素早くロイの元へ駆け寄って抱き起こすと、持っていたポーションの小瓶をロイへ口押し当てて無理矢理飲ませる。
 ゴクゴクと喉が動いて一気に飲み干す。
 更にもう一本、同じようにロイに飲ませた。
「これで少しは動けますか」
「ああ…なんとかな。ありがとう、ウィル」
 ウィルが手を離しても、倒れることはなく自立して座ることが出来た。
 翔平が置いていったピアスを手に取りじっと見る。

 置いていった。
 翔平は、もう会えないと覚悟を決めて男の元に行った。
 そういうことだ。
 だが、認めない。絶対に認めない。

「ロイ」
 フラフラとディーがロイのそばに近付く。
「私は…」
 クシャッと顔を歪ませ、ガックリと膝をつき、四つ這いになって大声で泣き始めた。
「すみません!!私の判断ミスです!!」
 地面に拳をドンドンと叩きつける。
 みすみすと翔平を目の前で奪われたことに、悔しさと怒りが混ざった感情が爆発する。
「お前のせいじゃない。俺の油断が招いた」
 静かにロイが言う。
 それでも、ディーが感情を露わに泣き叫ぶ。
 こんな姿のディーをその場にいた全員が初めて見た。
 いつも冷静で、人一倍多くを考え、前に立って指針を示す。決して感情的になることはなく、自分の感情よりも他人を優先する。王族として、魔導士団副団長として、人の上に立つに相応しい男だ。
 そんなディーが泣き叫ぶ。
 誰も声をかけられなかった。


 翔平に会った時、自分の伴侶にと言った。
 それは半分冗談で、半分本気だった。
 王族という立場でジュノーを取り込むため、自分がジュノーを伴侶に迎え入れるつもりだった。
 翔平がどんな人でも、ジュノーであるという理由だけで伴侶にしようと。それが王族である自分の役割でもあると思っていた。
 だが、彼を知れば知るほど、どんどん惹かれていく気持ちを止めることは出来なかった。
 翔平がロイを選び、ロイと愛し合う姿を見ても、その想いは膨れ続けた。
 数日翔平と2人だけで旅をした時、何度抱きしめて口付けようと思ったことか。
 ロイとの情事の痕をその体に見つけたとき、湧き上がる欲望を何度無理矢理打ち消したことか。
 親友であるロイの伴侶になる人だと、必死に想いに蓋をした。諦めようと何度も言い聞かせた。
 自分は翔平が好きだ。愛している。
 同様にロイも好きだ。かけがえのない唯一無二の親友。
 2人に幸せになってほしい。その姿を見るのが自分の幸せだと、それが自分の愛だと言い聞かせ続けた。
 だが、自分の判断のミスで翔平を奪われて、蓋をして押し殺していた感情が一気に溢れ出すのを止められなかった。


 グレイが爪が食い込むほど拳を握り締め、ポタポタと雪の上に血が落ちる。
 翔平を知れば知るほど、その人となりに惹かれた。揶揄い、揶揄われ、コロコロと表情が変わる顔に、一瞬恋愛感情に近い気持ちを抱いたこともある。
 だが、ロイと翔平が愛し合い、心を繋げる姿を見て、自分の感情が恋愛感情ではないとすぐに気付いた。
 自分は翔平に憧れを抱いていた。
 真っ直ぐで、自分の感情を隠しもしない。素直で明るくて、優しくて。
 自分にはないものを翔平は持っていた。

 グレイの目から涙が落ちる。

 悔しい、何も出来なかった。
 自分たちが翔平を守っているはずだったのに、何度翔平に救われた?
 守っていたはずなのに、守られていた。
 今だって、翔平はここにいる全員を守るために、あの男の元へ行った。

 不甲斐ない。何が騎士だ。

 悔しさに涙が出る。
 



「起こっちまったことをいつまでも悔やんでも仕方ねえ」
 ロイがウィルの手を借りて立ち上がる。
「ディー、立て。前を向け」
 そう言われ、腕で涙を拭うと、立ち上がる。
 グレイも手で涙を拭ってロイを見る。
 全員がロイの周りに集まる。

「奪われたなら、奪い返す」

 手に中にある翔平のピアスを握り締める。
 どんな手を使っても必ず見つけ出し奪い返してやる。
 ロイの瞳が灰色から金色へ変化し、その奥が揺らめいた。




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