おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

おっさん、吹雪に見舞われる

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 出発前に水と食料の買い出しに数人が出掛け、戻ってきてすぐに馬車に積み込むとボーエンを出発した。
「天気が荒れるかもしれませんよ。ほんとに行くんですか?」
 宿屋の主人が心配そうに言ったが、最悪戻ってくると伝えて宿を出る。
 街で近いうちに天候が崩れるかもしれない、という情報は仕入れていたが、先に進めるだけ進んでおこうと話し合いで決めていた。
 足止めを喰らったとしても、それは2、3日のことでそのぐらいなら、積み込んだ物資で何とかなる。
 そうして、峠に入った。

 峠とは言っても、山の山頂を越えるわけではない。
 上りは続くが、ずっと上りなわけでもなく、所々に下りも平地もある。
 それでも上りは今までの行程に比べればかなり多く、馬の疲労も考えてなるべくゆっくり、休憩を多く取りながら進んでいく。
 さすがに、天気が崩れるという予測があるためか、同じように峠越えをする人もベネット領方面からやってくる人もいない。
 少し不安になったが、それでもみんなの判断に任せた。

 峠に入って3日目の夜には、温度が一段とさがり、外はコートがないと歩けないほど冷え込んでいた。
 はぁと息を吐くと白い。
 峠の途中にある避難小屋に泊まるが、想像していた小さな山小屋ではなく、民家のような暖炉も部屋もいくつかあるロッジのような立派なものだった。
 避難小屋とはいえ、旅途中の大人数が入っても大丈夫なように、定期的に管理され、薪や寝具が備え付けられていた。
 もちろん、今回利用しているのは自分たちだけだ。
「寒くないか?」
「ああ、大丈夫」
 だいぶ山の上に上がってきたため、空気が澄み、景色がとても綺麗で、夕食後に外に出てその景色を眺めていると、隣にロイが立った。
「寒かったら、いつでも俺が温めてやるぞ」
 ニヤニヤと笑いながら言われ、呆れながら、結構です、と答えた。
「明日には峠の頂上につくはずだ」
 そう言いながら、腰をコートの上から引き寄せ、体をピッタリと抱き寄せられる。
「そうしたら、すぐベネット領だよな」
 ああ、とロイが答えてゆっくりと右耳にキスをした。ピアスがロイの唇に触れて揺れる。
「キスしていい?」
「今しただろ」
「唇に」
 そう言われて辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから、いいよ、と答えた。
 ゆっくりと向かい合って、唇を重ねる。
 お互いに冷たくなっていた唇がすぐに温められる。
 何度も角度を変えてキスを繰り返し、体の温度が少しだけ上がった気がした。
 そのままロイに抱きしめられ、ロイの肩のあたりに頭を預けると、ゆっくりと頭を撫でてくれて、その心地よさに目を閉じる。
「あと少しだな」
「ああ…」
 王都に着いたら、どうなってしまうのか、全く想像も出来ない。
 ジュノーの保護とはどういうことなのか。ドルキアで保護された時のように、鉄柵がついた部屋で過ごさなければならないのか。
 今までのように過ごすことなんて、もうないだろう。
 ディーもグレイも現役の騎士だ。それぞれの仕事もある。王都に着けば、あの2人はいつもの日常に戻っていく。
 ロイは、どうするんだろう。
 自分はロイと一緒にいられるのだろうか。
 王都に近づけば近づくほど、不安が大きくなる。

 ロイと離れたくない。

 自分もギュッとロイを抱きしめた。





 峠頂上に近づくにつれて、だんだんと雲行きが怪しくなっていく。
 チラチラと雪が降り出したかと思ったら、数十分後には吹雪になった。
「もう無理ですね」
 一旦馬車を停めて、馬車付近に集まり、全員で進むのを断念することを決定した。
 あと少しだけ進めば、頂上付近にある避難小屋に到着する。
「そこで、天気の回復を待ちましょう」 
 ゆっくりであるが、先へ進む。
 騎乗したままは無理なので、自分以外が全員外に出て、馬を支え、進路を確認しながら進んでいく。
 自分だけが馬車の中にいることに申し訳なく思うが、こんな状況で自分が出来ることなど何もない。今はみんなの邪魔にならないように、じっと小屋に着くのを待つしかなかった。

 だが、不意に背筋に強烈な悪寒が走る。
「え」
 あの視線。敵意のような、肌をチリチリと刺すような感覚が全身を襲った。しかも、今までと違って、かなり強い感覚に、すかさず馬車のドアを開けた。
「ロイ!!!」
 動いている馬車のドアが開き、ドアのそばにいたロイが自分を見る。
「何か!!来る!!!」
 吹雪の風に負けないよう、大声で叫んだ。
 一瞬でロイの表情が変わる。
 さらに、自分の声が聞こえたディーやグレイ、騎士が一瞬で戦闘体制に入った。
「索敵」
 グレイが索敵魔法で敵の位置を把握をしようとしたが、次の瞬間、前方にいたアーロンとクリフが右の森から現れた黒い影に、馬もろとも吹っ飛ばされた。
「魔獣!!」
 アシュリーが叫び、目の前に現れた巨大が黒い毛むくじゃらの魔獣に剣を抜き飛びかかる。
「1体だけじゃない!!!」
 後方にいたアイザックが叫び、後方から襲ってきた同じ魔獣の爪を、その長剣で受け止めた。
「全部で5体だ!!一際でかいのがいるぞ!!!」
 グレイが索敵で探知した敵の数を全員に叫んだ。
 その瞬間、自分がドアを開けた側の森の木々がメキメキと倒れていく。
 馬車を中心に戦闘が始まり、ドンドンという音と共に、吹雪の中、炎が上がった。
「中にいろ!」
 ロイにそう叫ばれたが、馬車から外に出ると、だんだんと近づいてくる大物の魔獣に向かって腕を向けて攻撃体制に入った。
「俺も戦える!!」
 そう言い放ち、一瞬で巨大な炎の玉を出現させると、大砲のように魔獣へ放った。
 炎の玉が、木々を薙ぎ倒し、抉り、一直線に向かってくるであろう魔獣へ飛んだ。
 だが、地響きのような魔獣の咆哮が耳を襲い、全員がその超音波のような音に耳を塞ぐ。
 その一瞬の隙をつき、騎士達が魔獣の爪に腕や胸を引き裂かれる。それでも、誰も膝をつかず、咆哮が止んですぐに目の前の魔獣を駆逐するために、向かっていった。
 咆哮を上げた大物が自分の炎の玉を簡単に避け、周りの木々よりも高くジャンプすると、ドンという地響きとともに、馬車から30mほどの場所に着地した。
 その悪魔のような姿に一瞬体がすくむ。
 ヤギのような頭に足。上半身は人だが、真っ黒い体毛で覆われて、腕が4本あった。
 アーロン・クリフ兄弟、アシュリーとイーサン、グレイ、アイザックがそれぞれ4体の魔獣と対峙し、戦闘に入る。
 ロイ、ディー、そして自分が一際大きいヤギ頭の魔獣と対峙した。
「カマイタチ!」
 大きく腕を下から振り上げ、ブーメランを飛ばすように、巨大な刃物と化したカマイタチ魔法を数発放ったが、ヤギの魔獣はわずかに体を動かしただけで、いとも簡単にかわしてしまった。
「連撃!!」
 ディーが無数の魔法陣を出現させると逃げられない範囲に炎の矢を打ち込むが、ヤギの魔獣は腕をクロスさせガードの姿勢をとるだけで、矢を防いだ。
「おいおい…」
 その頑丈さに、ロイの目が色めき立つ。自分でも気付いてはいないだろうが、口の端が吊り上がり、嬉しそうに笑っていた。
 ロイが一度姿勢を低くし、腕を下げると、その腕に雷撃を溜める。
「雷撃、硬化、重感」
 ボソッと呟くと、ロイの腕からバチバチと放電が始まり、その腕が黒く染まっていく。そして、低くした姿勢から一気に地面を蹴って魔獣に突進した。
 魔獣が向かってくるロイに向かって腕を振り下ろすが、ロイの腕がその魔獣の腕を左腕一本で受け止め弾き返すと、右拳を魔獣の腹へ叩き込んだ。
 ドン!!という音とともに、魔獣の腹の一部が消失する。
「光、集束、雷撃」
 ディーが自分の隣で弓矢を構える動作をすると、バチバチと放電を伴った長い矢を魔獣の頭へうちこむ。
 先ほどの火の矢よりも大きく長く、しかも高速で魔獣の頭にあたり、その角が頭の根本から折れた。
 再びヤギの魔獣から高いのか低いのか、音が入り混じった苦痛の咆哮が上がった。
 凄まじい勢いでロイに襲いかかる。
 拳圧で雪煙が舞い、4本の腕が振り回されロイを狙う。周りの木々が魔獣の腕によって薙ぎ倒されていくが、ロイは素早い動きでかわしつつ、タイミングを見計らっては魔獣の腕を受け止め、即座にカウンターを打ち込む。
 目の前で、ロイと魔獣が肉弾戦を繰り広げている中、ディーが再び光の矢を構え狙いを定めた。
「ロイ!!」
 そう叫んだ瞬間、ロイが矢の軌道を察知して体を捻るのと同時に魔獣の手首を掴み、肘を狙って拳を入れた。
 矢が魔獣の目に刺さるとのと、ロイの一撃で腕が肘から折られ千切れるのと、同時だった。
 自分も必死に何か強力な魔法をと考え、咄嗟に手を銃に見立てて魔獣に向ける。
 右手首を左手で押さえて狙いを定め、
「ロイ!離れろ!!」
 そう叫ぶのと同時に指の先から集中的に固めた魔力の塊を打つ。
 自分で銃のように撃ったはいいが、その発射の反動で後ろに吹っ飛び、馬車に背中を叩きつけられた。
 撃ったのと同時にロイが自分の言葉通り、横へジャンプしかわす。魔力の弾丸が魔獣の胸から肩まで貫き消失させ、支えがなくなった2本の腕がぶら下がる。
「あまり無茶しないでくださいよ」
 ディーが苦笑しながら助け起こしてくれる。
「もう一回」
 立ち上がって、同じように指鉄砲を魔獣に向ける。
 意識を集中して、さっきよりもさらに魔力を指先に圧縮させる。
 今度は反動で後ろに吹っ飛ばされないように、足にも力を入れた。
 ドン!と指から先ほどよりも大きな弾丸が魔獣の左足を貫き、ボ!という音と共に足の一部が消失し、立っていることもままならなくなった魔獣が、ガクッと崩れ落ちる。
 身構えていたものの、やはりその威力の反動で吹っ飛ばされそうになったが、ディーが背中を支えてくれたおかげで馬車にぶつかることはなかった。
「ロイ!!」
 ロイに向かって叫ぶと、おお!という返事とともに、ロイが稲妻のような放電を放ちながら、武術の技を連続で打ち込み、魔獣の体に穴を開け、最後に掌底を下からその顎に叩き込むと、ヤギの頭がその体から離れ、宙を舞い、ドシャッと音を立てて首が落ちた。
 ズズンと音を立てて魔獣が倒れる。
「さすがロイ様」
 アーロンが感嘆の声を上げる。
 いつの間にか、他の魔獣を駆逐した全員が最後のロイの一撃を見ていた。
「みんな、怪我は!?」
 慌てて全員の怪我の確認を始める。
「このくらい平気っス」
 アイザックが顔に魔獣に爪で切り裂かれた傷から血を流しながら笑顔で答える。
 ざっと全員の姿を見たが、いちいち怪我の場所を確認するのも面倒だと、一気に全員にヒールをかけた。
 みるみるうちに全員の怪我が治ったが、自分は魔力を一気に放出したため眩暈に襲われ、倒れそうになった所をグレイが抱き止めてくれた。
「ありがとう、大丈夫だから」
「ショーヘーさん!すごい!」
 アシュリーが大声で叫ぶ。
「まるで聖女様だ」
 クリフが一瞬で消えた自分の怪我と、一度のヒールで全員治療したことに驚きの声を上げる。
 その聖女様という言葉に苦笑した。



 いつの間にか吹雪も止んでいて、辺りを真っ白く染めていた。
 そして、駆逐された魔獣がサラサラと崩れて魔素へと霧散していく。
「みんな無事かー」
 ロイが雪を踏み締めて、笑顔でこちらに向かって歩いてくる。
「ショーへーさんにヒールかけてもらったっス!」
「ロイ様も相変わらず見事な腕前で」
 ウィルがロイに賛辞を送った。
「ショーヘー、お前さっきの…」
 ロイがこちらへ近づきながら、自分へ話しかけた瞬間、ヒュンッという風を切る音が何処からともなく聞こえた。
 それとほぼ同時にロイの左肩から、血飛沫が飛んだ。



 一瞬の出来事に、何が起こったのか分からなかった。
 ただ、にこやかにこちらに向かって歩いていたロイの肩から血が噴き飛び、そのまま衝撃でロイが前へ倒れ込むのを見て、咄嗟に叫ぶ。
「ロイ!!!!」
 いち早く反応して、ロイのそばへ行こうとしたが、その体を後ろからグレイに止められた。
「離せ!!グレイ!!」
「駄目だ!!」
 ロイが雪の中に倒れ、みるみるうちにその肩から溢れた血が雪を赤く染める。
 全員が瞬時に周囲を警戒し、何がロイを襲ったのか探る。
 何かが飛んできたのはわかる。それがロイの肩を貫いたこともわかった。だが、何が何処から飛んできたのかがわからない。
 そんな状態で身動きが取れない。
 魔獣討伐が終わったと思った矢先、たった数秒で事態が急変し、目の前でロイが倒れ、パニックを起こしかける。
「離せ!!ロイ!!ロイ!!!!」
 必死に暴れ、腕を伸ばし、ロイの所へ行こうとするが、グレイががっしりと自分を押さえ込み、その場から動くことが出来ない。
「ぐ…」
 倒れたロイがゆっくりと起き上がる。
「ヒール!!」
 ロイに向かってヒールをかける。だが、何かに弾かれて治すことが出来ない。
「ヒール!!ヒール!!!」
 何度も何度もロイに向かって魔法を放つが、目に見えない壁が魔法を弾いた。
 ロイが、右手で肩口を押さえて止血しながら立ち上がった。
「大丈夫だ。そこにいろ」
 ロイが自分に言った。
「嫌だ!グレイ!離せ!!」
「駄目だ。ショーヘー、我慢してくれ!」
 バタバタと暴れるショーヘーを両腕で押さえ込んで止める。
「出て来い」
 ロイが少しだけ振り返り言った。
 ヤギの魔獣が霧散していく黒い霧の向こうから、ゆっくりと黒いマントを来た男が現れる。
 その頭には黒いシルクハット。



 指輪の男がそこに現れた。



 
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