おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

おっさん、護衛される

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 翌日、ワイワイと城壁の門の前に騎士や兵士たちが集まる。
 今回新たに各士団から3名が護衛に入る。
 獣士団から隊長のアイザック、双子の虎族のアーロンとクリフ。騎士団からは砦を案内してくれたアシュリーにイーサン、新たにウィリアムが加わる。
 砦を案内されている時、アシュリーとイーサンとはだいぶ話していたので、今更紹介はない。2人は同じ田舎から出てきた幼馴染だと聞いた。2人とも物怖じしない陽キャタイプで話しやすかった。

 話したことのなかった3人と、改めて挨拶を交わす。
「よろしくお願いします」×2
 流石双子。顔を見ただけでは全く見分けがつかない。だが、それぞれ虎族の受け継いだ特徴は違うので、わかりやすい。
 尻尾があるのが兄のアーロン、虎耳が弟のクリフと覚えることにする。
 騎士団のウィリアムは、これと言ってあまり特徴がない人物だったが、今回の護衛隊のメンバーでは、自分に一番年が近いんじゃないかと思った。
「ウィリアム・バーナードです。どうぞウィルと呼んでください」
 唯一苗字があったので、貴族であるとわかるが、ニッコリと微笑む顔が優しそうでほんわかする感じに、癒し要員かな、と思わずホッとする。
 
「オズワルド、世話になったな」
 グッと握手を交わして挨拶する。
 それから、また王都で会うが、後発隊のローガンやアーチー、ルーカスへ挨拶をして行き、それぞれが馬車や馬に乗る。

 ひと足先に挨拶を済ませて馬車に乗り込んだのだが、さっきから、またあの突き刺さるような魔力を感じていた。
 今回で3回目。
 もう気のせいなんかではないと、確信に変わり、馬車に乗り込んだ後に窓からゆっくりとその魔力の主を探してみる。
 だが、ロイが馬車に乗ってきた瞬間にその魔力は消え、結局は見つけることは出来なかった。

 ドルキアに来た時のように、兵士と騎士達の見事に整列した間を通り抜け、王都への先発隊としてジュノーの移送部隊が出発した。
 馬車には自分とロイとディー。
 御者席にグレイ。
 士団6名は前後に2名づつ、左右に1名づつという、馬車を取り囲む陣形で馬で並走する。
 馬車の窓から後ろを振り返り、どんどん遠ざかっていくドルキアを見て、行く先々で色んなことがあるなぁとしみじみ思った。
 早ければ2週間、かかっても3週間の行程で王都に着く。
 天候や街道の状況によっても変わるので、あくまで予定ではあるが、何ごともなく無事に着ければいいな、と考えていた。

 流石というべきか、王都までの行程は今までと違ってしっかりと組まれている。
 野営する場所、宿泊する宿、物資を補充する街、それらは先に全て決められ、さらに移送部隊よりもさらに先に、5名の騎士が斥候として進み、本隊が通過するまでに、街道の状況判断、野営地の下見や宿の確保などを行うと聞いた。自分たちが出発するよりも半日早く、夜中に斥候部隊が出発しており、挨拶しそこねたな、と考えた。
 今までの旅と違って、護衛の布陣をしいた軍隊式の行軍に、王都へ近づいていると実感した。



「魔力を感じた?」
「うん。ドルキアに着いた日と、次の日の夕食の時。気のせいかと思ったんだけど、さっき出発する前に3回目を感じたから、間違いないと思う」
 それを聞いてディーが考え込む。
「ショーヘイさんに向けてということでしょうか」
「俺なのか、それとも俺の側にいた誰かに対してなのかはわからない。でも、あれは敵意だった。
 なんていうか、こうピリピリするっていうか、刺さるみたいな感じ」
「……っていうかさ、ショーヘー、魔力感知なんていつ覚えた?」
「え?」
「出ましたよ、ショーヘイさんの天然が」
「…また人を珍獣みたいに…」
 口を尖らせると、ロイとディーが笑った。
「グレイ、探索とか索敵の魔法使ってたよな。あれって魔法を発動しないと使えないもんなの?」
 御者席にいるグレイに聞く。
「使えねーよ。結構魔力使うからな。普段日常的に使ってたら死んじまうわ」
 グレイが笑いながら答える。ついでに、出たよ魔力お化けが、と一言付け足した。
「無意識に魔力感知を使ってたってことですか…。どんだけ非常識なんですか、貴方は」
 ディーも半分呆れたように笑った。
「あの夜も、ロイの魔力を感じて飛び起きたんだ。すごい怒ってたからびっくりしちゃってさ」
 セシルの時のロイの魔力を思い出す。
 3人が、あーだから一番最初に駆けつけたのか、と3人とも納得した。
「じゃあ、今も使ってるってことなのか」
「意識してないんですか?」
「別にこれと言って何も」
 自分のその答えに、3人が微妙な表情をした。
「まぁ、それならそれで、敵が近づいてきたらすぐにわかるからいいんじゃね?」
 ロイがそう言って欠伸をする。
 よくこの揺れの中で眠くなるな、と思ったが、口には出さない。
「話を戻しますが、はっきりと敵意を感じたってことですよね?」
「敵意と言えば敵意かな…。とにかく良くない感じだよ。負の感情っつーか…」
 自分は敵意だと思ったが、改めてディーに言われると、自信がなくなってくる。
 でも、善意や興味といったものではなかったとは確実に言い切れる。
「前途多難ですね…」
「その視線、魔力の元がわからんことには対処できんわな」
 ロイがそう言いつつ、早速自分の膝を枕にゴロリと横になった。
「おい」
 一応文句は言うが、そのままにさせる。
「指輪の男の件もまだ解決してませんし、何も無ければいいんですけどね…」
 ディーがそう言って窓の外を見た。
「そうだな…」
 自分も相槌を打って、同じように外の景色を眺めた。




 数日は何事もなく順調に進んだ。
 3日間は野営となり、行程通りの場所で天幕を張り、次の日に備える。
 明日から、ドルキア領を抜けて、マース領に入ることになるが、マース領に入り最初の街「サイクス」で宿に泊まることになっていた。
 このサイクスで2泊して必要な物資を調達する。
 というのも、マース領から高地に向けて移動することになるため、寒さ対策の物資と防寒着が必要となる。
 山に入れば、次のベネット領に入るまでずっと登りが続き、山の峰が領地の境界線となっていた。
「ベネットってあのベネット?」
 天幕の中でお茶を飲みながらディーに確認した。
「そうですよ。そして、ベネット領を抜ければ王都直下に入ります」
「ベネットか…」
 ギルバートがベネットを確保して、尋問と捜査に入ると言っていた。
 あれから約1週間。ベネットはどうなったのだろうか。
 そのベネットの領地はどうなっているのだろうか。
「領地没収まではいかないと思いますけどね。ベネット家が没落するのか、はたまた代が変わるのか、どういう結末となるかはわかりません」
 自分の考えを察したのか、ディーが答える。
「我々は通過するだけですから、ベネット家から何か仕掛けてくることもないと思いたいんですが…」
 そこは何もない、とは言えないんだろう。
 すでにベネットの裏工作が破綻した今、アランやギルバートが何かしらの手を打っているはずだ。
 だが、それがわからない以上、何も対策も取れない。
「あの腹黒ジジィのことだから、ベネット家が俺らに関わらないように手は打ってるはずだ」
 ロイが自分の育ての親を思い出して苦笑いする。
「だといいんですけどね…。なにしろ情報が錯綜してますから」
 そう言ってディーがため息を吐く。
 いまだに王都の情報は入ってこない。
 おそらく、こちらの情報も王都には伝わっていないはずだ。
 お互いに手探り状態で、先読みし、上手く行くように立ち回らなければならない。
 王都に近付いてはいるが、まだまだ気を抜けない、とため息をついた。


 4日目、無事にマース領に入り、夕方にはサイクスに到着した。
 領地に入って最初の街、というだけあて行商人の姿が多く、城壁から中に入ろうとする列には荷馬車を引いた人が多かった。
 その一般用の城門ではなく、迂回して別の城門へと向かう。その城門の詰所で、斥候していた騎士から宿の情報を記載した書簡を受け取り、示された宿屋へ向かう。
 商店が立ち並ぶメインストリートを馬車がゆっくりと進む。
 騎士の護衛が張り付くランドール家の馬車。
 街ゆく人たちが足を止めてその豪奢な馬車を見てくる。誰が乗っているのか興味深々といった目を向けてくる人も何人かいた。
 しばらく進み、ゆっくりと馬車が停まった。
「失礼します。着きました。どうぞ」
 馬車の前方にいたアーロンとクリフが、素早く馬から降りて、馬車のドアを開ける。
 その対応に、騎士ってこんなことまでするのか、と感心した。
 ディー、ロイと降りていき、自分も降りようとした所で、ロイがニヤニヤしながら手を差し出してきたので、いらねーよ、とさっさと自分で降りる。
 そうなるとわかっていたのか、ロイが笑いながら手を引っ込める。
「おお、立派だ」
 目の前に、宿屋ではなく、明らかにホテルという建物が建っていた。
「まぁ、護衛付きで街の宿屋っていうのもね…」
 と言われ、そりゃそうだ、それは浮くわ、と笑った。
 辺りを見渡すと、流石護衛騎士。いつでも抜けるように長剣に手をかけ、辺りを見渡しながら警戒している。
 その姿を見て、守られているという実感が湧くとともに、護衛されるべき人物像でいようと、背筋を伸ばした。
「お、お待ちしておりました!」
 ホテルの中から、支配人であろう、中年小太りの男性がバタバタと走ってくる。
 そして、ディーゼルの前に跪くとその手を取って甲に口付けた。
「ディーゼル殿下、ようこそお越しくださいました」
 うやうやしく挨拶をした後、チラチラとロイやグレイ、自分を見て、ゴマをするような動作で中へ案内された。
 働く使用人たちがズラッと並び、頭を下げて上げようとしない姿勢に、かなり恐縮した。
 自分はディーたちと違って、こんな扱いをされたことはなく、恥ずかしいようなむず痒い空気に慣れないと思った。
 部屋は、もう当然のように自分とロイは同室だった。
 自分たちの部屋を中心に、取り囲むようにディーやグレイ、騎士達の部屋が割り当てられる。
 部屋に入って、夕食まではゆっくり休むことになる。それでも、騎士たちは交代で自分たちの部屋のドアの前に立ち、護衛って大変なんだな、と改めて思った。


 夕飯を食べ、久しぶりに風呂に入り、ベッドでまったりする。
「はぁ…、なんか緊張する…」
 護衛される、ということがこんなに緊張するものなんだ、と改めて疲れが出てきた。
 守られているだけでこんな大変なんだから、守っている方はもっと大変なんだろうと思う。
「護衛の任務ってけっこうあるもんなのか?」
 風呂から上がって、尻尾のメンテナンス?をしているロイに聞いた。
「ああ、結構あるぜ。王族や高位貴族の護衛とか、国外からの使者や来賓の護衛とか」
 ギルは必要ねーけど、と笑う。
 尻尾をブラッシングしているロイの姿が面白くて、じーっと見つめると、なんだよ、と尻尾を自分から隠すように背中を向けた。
「なー尻尾触らせて」
「やだよ」
「いーじゃん、ケチ」
 今度、寝てる時にモフモフしようと決めて、すぐに引き下がった。
 枕を抱きしめてゴロゴロしていると、段々と睡魔が襲ってくる。やっぱり馬車に揺れ続け、立派な天幕での野営とはいえ、フカフカのベッドには敵わない。
 瞼がどんどん重くなり、改めてベッドにちゃんと横になると、おやすみー、と声をかけた。
「え!?」
 途端にロイが立ち上がって、ベッドに上がってくる。
「お前は、そっちのベッドで…」
 目を開けず、すでにうとうとした状態でまどろみ始める。
「今まで我慢してたのにー。やっと2人きりになれたのにそりゃないよー」
 ロイが泣き言を言うが、睡魔には勝てない。
「明日な明日…今日は…も…無理…」
 そう返事をしながら、意識が途切れる。
 目の前でスーッと寝息を立て始めた翔平を見て、ロイがプルプルと震える。
「明日、みてろよ」
 そう捨て台詞を吐き、隣のベッドへ潜り込んだ。


 翌朝、1人目が覚めて、大きく伸びをした後、隣のベッドで自分に背中を向けて眠っているロイに近づき、その尻尾にそっと触れる。そのまま軽くフワッと抱きしめて、顔を押し付けてモフモフの感触を思う存分味わった。


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