おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜ドルキア砦〜

47.おっさん、荒れる

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 いつの間にか翔平の姿が見えなくなって、かなり焦る。
 さっきまで隣にいたのに、久しぶりに会う仲間との話に夢中になり、気が付けば姿が見えなくなっていた。
 失態を犯した自分に怒りを覚えつつ、ディーやグレイに声をかける。
「ショーヘー見たか」
「お前と一緒だったんじゃないのか」
 辺りをキョロキョロ見渡してその姿を探すが、何処にもいない。
「何処だ」
 狼狽えて、必死に翔平を探す。
「ロイ様、どうしたんですか?」
 そこに若い騎士が声をかけてきた。
「後にしろ」
 目も合わせず、その騎士の肩を押し退けると、大広間の中をくまなく見渡した。
「もしかして、あの証人って人を探してます?」
 若い騎士の言葉にようやっとその顔を見た。視線が合って、若い騎士がニッコリと微笑む。
「お久しぶりです、ロイ様。シギアーノ侯爵家が三男、セシルで」
「何処で見た」
 若い騎士セシルが挨拶を終える前にロイが言葉を被せて来る。
「え」
「何処で見たと聞いてる」
 睨まれながら言われて、思わず別棟の渡り廊下で、と答えた。
「それよりロイ様、僕の」
「うるさい、後にしろ」
 セシルがニコニコと可愛い笑顔を振り撒いてロイに話しかけるが、ロイはその顔を見ることなく、目の前から早足で立ち去っていく。
「な…」
 まるで自分に眼中がないロイに、セシルが顔を赤くし、ワナワナと震えた。
「ショーヘー…」
 早足が駆け足になり、走って別棟の渡り廊下まで来るが、いない。
 そのまま進んで翔平の部屋まで来ると、小さくノックをしてみる。
 だが返事はなく、そっとそのドアを開けた。
 真っ暗な部屋の中に、ドアから光が入り、ベッドに人が寝ていることがわかった。
 静かに部屋に入るとベッドを覗き込む。
 そこに眠っている翔平がいた。
「良かった…」
 横向きで、規則正しい寝息を立てている翔平を見てホッとする。
 しばらくその寝顔を見つめ、手を伸ばして触れようとしたが、その手を引っ込めると静かに部屋を出た。
 なるべく音を立てないようにドアを閉める。
 ドアが閉まり、再び部屋が真っ暗になると、翔平の目がゆっくりと開く。

 今は誰にも会いたくない。

 こんなドス黒い感情を抱えてどんな顔をすればいいのかわからず、寝たふりをした。
 そしてまたゆっくりと目を閉じるが、眠ることが出来ず、ただ目を閉じたまま夜を明かす。

 廊下に出た所でちょうど上まで上がって来たディーとグレイに会う。
「いたか?」
「ああ、寝てる」
「先に戻ってたんですね」
 2人ともロイと同様に胸を撫で下ろした。
 ロイが眉を寄せた。
「ショーヘーを1人にした」
 ロイが呟くように言う。
「迂闊でした…、誰かと一緒にいるだろうと…」
 ディーもそう呟いた。
 3人が3人とも翔平から目を離し、その存在を失念してしまったことに、全員黙り込む。
 ここが自分たちのホームで、気心の知れた仲間がいて、久しぶりに会ったことで会話に夢中になりすぎ、翔平のことを一瞬でも忘れたことを悔やむ。
 いや、忘れたわけではない。
 ただ、この3人のうちの誰かと一緒にいるはずだ、と思い込んだのだ。
「…1人で部屋に戻ったんでしょうか…」
 ディーのその言葉に3人とも次の言葉が出てこなかった。
 自分たちにとってここは懐かしく、よく知っている場所でも、翔平にとっては初めて来る場所。周りには知らない人ばかりだ。まして、翔平には話しかけられても、知らない、わからないで通せと言ってある。
 あの大勢の人の中で、ポツンと1人になって、きっと誰とも話さずにいたんだろうと、簡単に推察できた。
 つまらなくなって部屋に戻ったんだろうが、おそらくはかなり寂しく、怖い思いをさせてしまったのではないかと思う。
 ドルキアに着く前に、不安だと言っていたのに、自分達と一緒に旅をして、楽しいと言っていたのに。
 自分たちばかりが懐かしさに気を取られ、翔平の立場や気持ちなどを無視してしまった。
 もっと気を遣えば良かったと、今になって後悔した。
「起きたら、話しましょう」
 ディーが小さな声で言い、3人で大広間に戻ることにした。

「見つかったか」
 大広間に戻ると、オズワルドが話しかけてきた。
「ああ、部屋にいた」
「そうか」
 ロイが苦虫を潰したような表情になる。
「そんなに気にする事ではないだろう」  
 いい大人なんだから1人になったくらいで、とローガンがそう言ったが、すかさずディーが否定する。瞬間的に遮音魔法をかけ、
「それは違います。彼はジュノーだ。この世界に1人も知り合いがいない。彼の中の常識が一切通用しない、この世界そのものが彼にとって異質でしかないんです」
「そんな所に放り込まれて、1人にされて、不安にならない奴がいるか?」
 グレイも反論した。
 その言葉にローガンが翔平の立場に立って考えたらしく、眉根を寄せた後、すまん軽率だった、と謝罪した。
「異質か…。不安と言うより、恐怖に近いだろうな」
 オズワルドも翔平に同情するような表情をした。
 その恐怖という言葉にロイがグッと口を結ぶ。
 今すぐに翔平の所へ戻って、謝りたい、ずっと抱きしめたいと思う衝動を抑える。
 そして、気を取りなおすと、アイザックを見た。
「そういえば」
 と、翔平を迎えに行った時の話をする。
「鍵がかけられてたっスか?」
「ああ。外側からかけられて出られなくなってた」
 アイザックが少し考えて、辺りを見渡すと、見つけた自分の部下を声を張り上げて名を呼んだ。
「は、何でしょうか」
 ロイと翔平を案内した若い騎士が駆け寄ってくる。
「ロイから貴賓室の鍵が外からかけられていたと聞いたが、お前たちか?」
「いえ、違います。自分達が警護についた時にはかけられていたことに気づきませんでした」
「確かだな?お前たちの前に部屋に行ったのは?」
 言われた2人が顔を見合わせて、
「おそらく、荷物を運んだセシルかと…」
 1人がそう呟き、アイザックが眉根をよせ、舌打ちした。
「あいつか」
「シギアーノの三男か」
 グレイもアイザックと同じような表情になる。
「シギアーノ…?」
 ロイが考え、そういえば、さっき翔平を見たと言ってきた若い騎士がそう名乗っていたことを思い出す。
 さらに記憶を遡って、セシルがどんな奴だったか思い出そうとするが、記憶に全くないと思い至る。
「知らなくて当然だ。ロイが除隊する数ヶ月前、戦争が終わった後に入団した奴だからな」
 グレイがそうロイに教えた。
 戦争が終わって、英雄と言われたロイは副官だったディーと共に書類上の戦後処理と貴族の付き合いに翻弄されていた。そうこうしているうちに、自分の叙勲の話があがり、今はもういない狸公爵の騒動が起こった。あの頃の数ヶ月を思い出そうとしても、書類へ目を通して署名、後はくだらない夜会やお茶会の記憶しかない。
「あー…、何となく思い出してきました」
 ディーが呟く。
「戦争後、やたら貴族の子息令嬢が騎士の入団試験を受けてましたね。戦後処理でクソ忙しいのに連日入団試験をやらされたのを思い出しましたよ…」
「そんなこともあったっスねぇ…」
 アイザックが当時を思い出して苦笑した。
「で、そのガキがなんで鍵をかけるんだ」
 ロイの声に怒気が含まれる。
「あー…、多分なんスけど、警護するのが面倒になって閉じ込めたんじゃないっスかね…」
「あのガキ、団員としては戦闘スキルも高いし魔法もなかなか使えるんだが、団内で問題児扱いされててな」
 グレイが答えた。
「規則無視、平民出身の団員への差別、数々の問題を起こして何度も処罰を受けてるんだが…」
「侯爵が出張ってくるんですよ、毎回」
 ロイが舌打ちをする。
「いつから獣士団はそんな体たらくになった」
 はっきりと怒りのオーラが表に出てくる。
 周囲にいた騎士がそのオーラに気付いて、ロイを驚いた表情で見た。
「ロイ、抑えろ」
 ローガンが言う。
「こっちとしては、辞めてもらいたいんスけどね…」
 アイザックが力なく笑う。
「お貴族様相手に我々がどうこう言える立場にないのはお前もよく知ってるだろ」
 ポンとローガンがロイの肩を叩く。
 ロイがはぁとため息を吐く。
「鍵に関しても本当にセシルがやったのかも証拠はないしな。今後はあのガキをショーヘーの警護から外すことで決着するしかねーよ」
 グレイがそう言ってため息を吐いた。
「そういう輩が多いのか」
「ロイ様目当てで入隊した奴は、もうほとんど残ってないっス。特に貴族出身は入団試験はパスしても、その後の訓練についてこれないし、身分を笠にきて仕事しない奴も多かったっスよ。
 ロイ様が除隊した後にすぐに辞めた奴がほとんどで、あわよくばロイ様とってことが見え見えだったっス。
 多分セシルもその1人だったんスけど、何でか残ってるんスよねー…風紀は乱れるし、頭が痛いっスよ…」
 アイザックが大きく深いため息を吐いた。グレイがそれに同情するような視線を向ける。
「昔と違って、今第4部隊はそういう輩や新兵の部隊にしてるんだ」
「そーなんス。自分は今、そういう輩のお守りをさせられてるっスよ。
 問題を起こせばすぐ除隊させるようにしてるんスけど、あのガキ、なかなかどうして決定的な行動だけは避けてくるんスよ…」
「シギアーノ侯爵にも、息子へ自重を促すように話してはいるんですけど、かなりの親バカで…」
 ディーもため息を吐く。
「あのガキなー。うちの兵士からもかなり苦情が上がってるわ。とにかく賎民意識が強くてな」
 オズワルドも眉を顰めた。
 全員がセシルという騎士に頭を悩ませているようで、ロイはそれ以上何も言わなくなった。たが、その目が怒りに揺らいでいた。

 せっかくの楽しい宴会がそんな状態で解散となり、各自部屋に戻る。
「ロイ、気持ちはわかりますが、抑えてくださいよ」
 ディーがロイの背中をポンと叩く。
「わかってる。そこまで馬鹿じゃねーよ」
 そう答えたが、翔平を閉じ込めたセシルに対する怒りは消えなかった。
 だが、自分が今どうこうすることは出来ない。
 もう獣士団の人間ではなく、口を挟むことが出来ないのは重々承知している。
 だが、ギルバートが団長だったなら、きっとこんな状態にはなっていなかったはずだと、昔自分がいた団の雰囲気を思い出していた。
 獣士団に限らず、騎士団も魔法士団も近衞も、貴族や平民が一緒に同じ釜の飯を食う。今までにも賎民意識を持った貴族が問題を起こしたことはあったが、内々に処理したり、目に余るものに関しては、出自である本家にも影響が出る。だが、侯爵クラスとなると、侯爵自身が国の要職に就いていることもあって、ギルバートやディーと行ったさらに高位の身分の者がいないと対処出来ないことも多々あった。
 貴族という身分制度を取っている、この国の闇の一面でもある。
 自分だって、爵位も何もない平民だ。だが、ギルバートやディーという後ろ盾と、戦争で武勲をたてたという功績が今の自分を作っている。
 自分が居た場所を汚されたような気分と、愛した男1人守れないことに、ロイの心の中でドス黒い怒りが渦巻くのを抑えられなかった。



 翌日、朝食の前に翔平の所へ急いで向かった。
 寝ていても、構わず起こして、抱きしめて、キスしたい。
 はやる気持ちを抑えつつ、駆け足で翔平の元へ向かう。
「は?」
 貴賓室の前に、警備の騎士がいない。
 それに気付いて怒りが湧き上がる。
 ノックして部屋に入ると、もうそこに翔平の姿はなく、出掛けたから騎士も同行して居なかったんだと、早とちりしたことに失笑した。
「何処に…」
 その姿を探して食堂に行ったり、砦の中をくまなく探し回ったが、翔平を見つけることは出来なかった。
 途中すれ違う騎士や兵士に居場所を聞いてみるが、数人見かけたというだけで、歩いていった方向へ足を向けても見つけることが出来なかった。
 そうこうしている内に、廊下でローガンに声をかけられて、今後の打ち合わせをすると言われた。
「ショーヘーを探してる」
「ああ、ショーヘーなら朝食をとった後、部下に砦を案内をさせてる」
「1人じゃないんだな」
「安心しろ。輩みたいな奴じゃない。信頼出来る奴にまかせた」
 ローガンの言葉に少しだけホッとして、表情に出す。
「ロイ、お前、本気なのか」
「ああ。マジだよ。本気でショーヘーを愛してる」
 ロイの歯に物を着せぬ率直な言い方に笑った。
「運命の人ってわけか。惚気やがって」
 笑顔を作って、ロイの首を羽交締めにし、頭をグリグリと小突いた。




 2人の騎士に砦の中を案内された。
 獣士団ではなく、薄紫の騎士団の制服の2人は、ニコニコと優しく話しかけてくれて、昨日あった嫌なことも考えも、少しだけ中和されていた。
「あっちにも砦が見えるのがわかります?」
 砦の一番高い物見塔まで上がってきて、遠くに見える山を指差す。
「ああ、わかります」
「あっちは、ジェラール聖王国の砦なんです。こっちと睨み合う形になってるんですよ」
「たぶん、向こうでも遠眼鏡でこっちを見てるんじゃないですかね」
 手、振ってみます?と冗談を言われて笑った。
「ショーヘイさんは、どこの出身なんですか?」
 そう騎士に聞かれたが、
「すみません、怪我の後遺症なのか、自分のこともあまり思い出せなくて…」
 と設定通りに返すと、大変だったんですね…、と思い切り同情の目を向けられた。

 物見塔から降り、訓練中の騎士や兵士の横を通り過ぎる。
 それぞれが手に模擬刀を構えて、素振りや撃ち合いをしたり、型の練習をしているのを見学させてもらい、最後に魔法の訓練の場所へ案内された。
 魔法は流石に剣術や体術の訓練場所と違って、かなり開けた場所に用意されていた。
 岩を削って作られた階段を降り、踊り場のような広い場所まで下がると、階段を降りきった一番下で練習を重ねる騎士と兵士の姿が見える。
 魔法を放つ方向には何もなく、植物が一切生えていない、荒れ果てた荒野が遠くまで広がっている。
 その荒野に向かって、騎士や兵士がドンドンと音を響かせて魔法を放っていた。
 何度も使うことで、魔力総量も増えるし精度も威力も上がる。
 練習している者たちも真剣そのものだった。
「魔法は使えます?」
「はい。多少は」
 そう答え、そういえば魔法の練習をしていなかったことを思い出した。
 魔力を溜め込みすぎて、またオーバーフローを起こさないために、毎日魔力を使わなければならない。
 イグリットで結構な魔力を消費しているから、まだ大丈夫だとは思うが、それでも出来る時にやった方がいいのかもしないと思い立った。
「あの…、自分もやってもいいですか?」
「え?」
 言われた騎士がポカンとする。
「あ、ちょっと待っててください。すぐに確認取ってきますから」
 1人が上官への指示を仰ぎに走り出し、素直にその場で待機することにした。
「あれー?こんな所で何してんの」
 そこに、階段を降りてきたセシルが声をかけてきた。
 訓練にきたのか、茶化しにきたのか、まるでわからない軽い言葉に、自分の隣で訓練の様子を説明していた騎士が、自分とセシルの間に立ち塞がる。
「申し訳ないですが、今は案内の最中ですので」
 騎士が明らかに威圧的な口調と態度でセシルに向かう。
「はぁ? 誰に向かって口きいてるかわかってんの?」
「獣士団の一団員に話してますが」
 騎士が負けじと答える。暗に団内では身分は関係ないと主張する。
「お前、セシル様に楯突いたら出世出来ねーぞ」
 セシルの後ろにいた、同じ獣士団の男が脅してくる。昨日渡り廊下ですれ違ったセシルとその取り巻きという体の3人組だった。
 自分の中でイラつきが蘇ってくる。
「なに? 一介の騎士程度が僕に楯突く気?」
 その言葉に、明らかに騎士に苛立ちと怒りが湧き起こるのを肌で感じた。
「大丈夫ですよ。何を言われても平気ですから」
 怒っている騎士を後ろから腕に触れてそっと宥める。
 その騎士の腕に触れた自分の行為に、セシルが下世話な笑みを浮かべた。
「なんだ、ロイ様じゃなくても、騎士なら誰でもいーんじゃないの?
 なんの証人か知らないけど、証言が終わればただの平民だもんね。今のうちに媚び売っとかないとね」
 その言葉にムカッとする。
「貴様」
 騎士がはっきりと怒りの言葉を口にした。
「騎士様、お止めください。言わせておけばいいんです。どうせ口だけで何も出来ませんから」
 イラついた声を抑えて、そうセシルを無表情で見た。
「お前…、誰に向かって口をきいてるのか、わかってるんだろうな」
「わかってるよ。お貴族様だろ?
 不敬罪でもなんでも問えばいいんじゃねーの?
 父親の威を借りるしか能のないガキに構ってらんねーわ」
 もう敬語を使うのも馬鹿らしくなって、素の言葉で言うと、騎士が態度の変わった自分に対して唖然とし、そしてニヤッと笑顔を自分に向けてくる。どうやら少しスカッとしたらしい。
「お前、調子に乗るのも…」
 セシルが顔を真っ赤にして、自分に殴りかかる勢いで怒鳴ったが、その言葉に被せるように、
「お待たせしましたー!! ショーヘイさーん!!許可おりましたよー!!」
 と上官に許可を取りに行った騎士が階段を駆け下りながら叫んでくる。
 その言葉を聞いて、スッとセシルに背中を向けると、訓練をしていた騎士や兵隊たちの方へ歩き出す。
 何人かが、自分たちの喧嘩のような争いに気付いて訓練の手を止め、下から様子を伺っていたが、自分が魔法を放つ位置まで降りてきたことで、その場所を譲ってくれた。

 ムカつく。
 くっそムカつく。

 苛立ちを隠さずに、魔法に怒りを乗せる。
 スッと右手を前に突き出すと、一気に魔法を放出した。
 怒りに任せて、当たり散らすかのように、誰もいない荒野に向かって、炎の玉を次々と放っていく。
 ドンドンドン!と狙いを定めた遠くに見える岩へと次々と攻撃魔法を放つ。
 ブワッと自分の周りに無数の魔法陣を出現させ、ロイやディーが使っていた魔法を思い出しながら、小さな魔法陣から、思いつく限りの魔法を荒野のその岩1箇所だけに向かって放出する。
 ジワジワと自分の中の魔力が目減りしていく感覚がわかった。
 爆発音があたりに響き渡り、怒りの感情に任せたまま、岩に八つ当たりし続ける。
「あ…」
 周囲にいた騎士や兵士が、その威力と魔法が引き起こす爆風に晒されて、少しづつ後ずさっていく。
「なんだよこれ…」
 見たこともない魔法とその威力に、全員が呆然とした。
「ストップ!ストーップ!!!」
 突然、後ろから叫び声がする。
「ショーヘイさん!!!ストップ!!!!」
 ディーが自分の元へ走ってくるのが見えて、攻撃魔法を止めた。
「ディー」
 ハァハァと息を切らしてそばに来たディーが自分の肩に手を置いて、息を整える。
「ちょっと待って…」
 本当に猛烈な勢いで走ってきたのか、ゼーゼーとなかなか呼吸が元に戻らず、しばらく同じ体勢で待ったが、ディーの後ろからオズワルドたちがゾロゾロと歩いてきた。
 その中にロイも居て、一瞬ロイと目が合ったが、何となく気まずく感じて視線を逸らす。
「ショーヘー…」
 ロイが視線を逸らした自分の名前を口にしたが、誰にもその声は聞かれなかった。
「やり、すぎ、です」
 ディーが突然、ガシッと自分の両肩を力強く掴んで、ニコリと笑うが、その目が笑っておらず、額には青筋が立っていた。
「あ」
 その顔を見て、キョロッと辺りを見渡すと、その周辺にいた騎士と兵士が口を開けたまま呆然としていることに気付いた。
 振り返って狙っていた岩を確認したが、そこに岩はなく、大きなクレーターのような巨大な穴が出来ていた。
「やっちゃった…」
 ボソリと呟くと、横からグレイにスパンと頭を叩かれた。
「いたっ」
「何やってんだ、お前」
 苦笑いを浮かべてグレイが呆れた口調で言う。
「ショーヘー」
 ロイも近くへ寄ってくると、じっと自分を見つめてくる。だが、それ以上は何も言わなかった。
「ごめん…、ちょっとムカついて」
 決まり悪そうに、首元を摩りながら、視線を逸らし、口を尖らせる。
「ああ、あいつか」
 グレイが上から自分たちを見下ろしているセシルをチラリと見上げる。
「まぁ、何を言われたのかは、なんとなく想像できるけどな」
 グレイがそう言うが、きっと彼の賎民意識について言っているだけで、昨日の夜、自分が慰み者と侮辱されたことまでは思い付かないだろうなと口を結ぶ。
「いやー、すげーなー。話には聞いてたが、ここまでとはなー」
 オズワルドがニコニコと話しかけてくる。
「全部終わったら、魔導士団に入団したらいいっスよ」
 アイザックの一言で、ディーが目をパチクリさせて、
「そうですよね。ショーヘイさん、どうです?魔導士団はいつでも歓迎しますよ!」
 何で今まで思いつかなかったのか、とディーが自分の肩をゆさゆさと揺さぶった。
「あはは…考えとくわ…」
 苦笑しながら、そう答えた。

 その後、思い切りセシルたちを無視して、何事もなかったように上へと戻る。
 途中、自分を案内してくれていた騎士が寄ってくると、
「いやー、スカッとしましたよ。ありがとうございます」
 とニカッと笑顔を向けられた。
 あのセシルという若い騎士が、自分以外にも高圧的な言動を取っていることがわかる。
 自分も酷い態度と言葉で侮辱されたが、少しだけでも気が晴れたなら良かったと思った。
 そのまま連れられるままに歩いていたが、不意にロイが隣に並ぶと、意識してなのか、指先が触れた。
 チラッと斜め上のロイの顔を見るが、視線が合わない。
 小さく笑って、何度か触れるロイの指先をそっと握った。
 それに気付いたロイも、握り返し、そのまま指を絡ませて手を繋ぐ。
 それだけで、昨日の恐怖が和らいでいくのがわかる。
 出来ればこのままずっと側に居て欲しいと願ったが、そういうわけにもいかないのは充分にわかっている。
 でも、今はただこうして手を繋げることが嬉しかった。

 大丈夫、ディーもグレイもいつものように、自分を見てくれた。話しかけてくれた。
 ロイもこうやって自分の隣に立ってくれる。
 大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。

 だが、昨日の夜に感じた疎外感と孤独は完全に拭えたわけじゃない。
 けど、自分が3人にこのまま甘え続けるわけにもいかないと考え始めていた。
 自分が3人に近付けばいい。
 3人が、ロイが自分の方へ歩み寄るのではなく、自分から同じラインに立てるように努力してみようと思った。

 繋いだ手に力を込める。
 上目遣いでロイを見ると、パチっと視線が合って微笑み、ロイも優しい目を向けてくる。

 それだけで、とても嬉しくなった。



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