おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜イグリットお家騒動〜

43.おっさん、相談を受ける

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 その日、ギルバートが連れてきた使用人たちの手によって、ささやかながら小さな宴会が開かれた。
 多少のアルコールも出され、久しぶりに飲むお酒に感動を覚える。
「んー美味しー」
 じんわりと胃袋に染み渡るお酒に、幸せな気分になる。
「ショーヘイさん、結構イケる口なんですね」
 ディーが少しだけ顔を赤くしながら話しかけてくる。
「酒は好きだよー」
 そうニコニコと言いながら、手酌でワインのような果実酒をグラスに注ぐ。
 旅の話、獣士団時代の話、ジュリアの近衞騎士時代の話、色々な話を聞いて、涙が出るほど笑った。
 特に、ギルバートが教えてくれたロイとディーの子供の頃の話には、当人たちが暴露された黒歴史に無言になったが、大いに笑わせてもらった。
「ロイもディーも子供時代があったんだなー」
 笑い過ぎて溢れ落ちる涙を拭いながら、ヒーヒーと呼吸を整える。
「そんなに笑うことないだろ!」
 ロイが自分を羽交締めにして、脇腹をくすぐられ、足をバタつかせて暴れながらゲラゲラと笑った。
「さて、もうお開きにしましょうか」
 だいぶ夜も更けて、ギルバートが終了の合図をする。
 使用人たちがしっかりと部屋を整えており、それぞれが、あてがわれた部屋に入る。ロイと自分が同じ部屋であることも、抜け目がない。
「俺、もうちょっと酔いを覚ましてくるわ」
 一度部屋に入り寝夜着に着替えたが、まだほどよく酔っていて、散歩したい気分になる。
 ローブを羽織って、部屋の外に出ようとするが、その腕を掴まれて中に戻され抱きしめられつつ、キスをされる。
「酒くさw」
「お前もなw」
 そう言って、お互いに笑う。
「今日はしないぞ。流石に無理」
「えー」
 すぐに文句を言われたが、流石にロイもそのつもりはなかったらしく、笑いながら言われた。
「あんまり遠くに行くなよー」
「子供か」
 笑いながら部屋を出るとゆっくりと外に向かって歩く。
 さわさわと風に揺れる木々の音が耳に心地良い。
 ゆっくりと庭を歩いて、隅に置かれたベンチに座った。
「はぁ…」
 イグリット家のお家騒動も片付いたし、好きなお酒も飲めた。ロイの子供の頃の話も聞けて、楽しくて楽しくて、1人思い出し笑いをしてしまう。
 またこれから旅が始まる。
 王都まで、あとどのくらいかかるだろうか。色々あり過ぎて、でも嫌な記憶だけではない、むしろ楽しい記憶ばかりが思い出される。心がじんわりと暖かく満たされていくのを感じながら、空を見上げる。
「ショーヘイ様?」
 ふと離れた場所から声をかけられる。
「ジュリアさん…」
 その姿を見て、表には出さないが、かなり動揺してしまった。
 いつも見ていたジュリアは、きっちりと自警団の服を着て、腰から長剣を下げた凛々しい姿だったが、今夜のジュリアは、ネグリジェにローブを羽織った、美しい女性の姿だった。
 大きく形の良いおっぱいが、そのネグリジェからはち切れんばかりに谷間を作り出している。
「ショーヘイ様も眠れないんですか?」
「ええ、まあ…まだちょっと酔ってて…」
 ジュリアが隣良いですか?と聞いてきたので了承すると、女性らしい所作で隣に腰掛ける。
 近くにある胸の谷間に、目のやり場に困って、少し目線をずらした。
「本当に、皆さんには何とお礼を言ったらいいのか…」
 ジュリアがおずおずと語り出す。
「この2年間、何度も挫けそうになりました」
 俯いて、小さな声で話す。
「大勢の部下たちが自分を信頼してついてきてくれて…自分もそれに応えなければと必死で…」
 泣きそうな声に、今までたった1人で背負ってきた重責に同情すら覚える。
「私は1人で戦っているつもりだったんです。ずっと1人で乗り切ろうっと思ってました。
 でも、私は1人じゃなかった」
 嬉しそうに笑顔を作る。
「一緒に領地のために頑張ってくれた仲間、陰でずっと支えてくれていたユリア様やアラン様、ランドール卿。
 本当に感謝しています。感謝してもしきれない」
 肩にのしかかっていたものが取り払われて、ジュリアの素の顔が見える。
「最後の乱闘、実は結構楽しかったんですよ。久しぶりに暴れられて」
 ニコッと、女性と言うよりも騎士らしい笑顔を見せる。
「これからは、もっと大変かもしれませんよ。貴方は領主なったんだ。ベネットやランドール卿みたいな人たちを相手にするんだから」
 少し意地悪気味に言うと、ジュリアは、確かに、と声に出して笑った。
「剣を握ってる方がまだマシだと思うかもしれませんね」
 会話が途切れて、2人で綺麗な星空を仰ぎ見る。

「ショーヘイ様…」
 しばらくの間を開けて、ジュリアに静かに呼ばれる。
「何ですか?」
「あの…相談に乗ってもらってもいいですか?」
 夜空から地面に視線を戻して、少しモジモジしながら控え目に言われた。
「自分に答えられることなら」
「えと…貴方にしか相談出来なくて…」
 ジュリアがさらにモジモジする。
「??」
 自分にしか相談出来ない、そんな内容が全く思い当たらず、ジュリアが話し始めるのを待つ。
「せ、せせ、せっ」
「???せ?」
 ジュリアの顔を覗き込むように首を傾げた。
「せっくす、について…」
 そう言われて、ガンと頭を殴られたような衝撃に襲われる。
「SEXですか?」
 なるべく動揺を悟られないようにしたが、少しだけ声が上擦ってしまう。
「はい…、実は私、そのグレイ殿に…」
 ポポポポッと湯気が出そうになるくらいジュリアの顔が赤くなる。
「告白されましたか」
 そう聞くと、コクリとジュリアが頷いた。
 心の中で、グレイ良くやった!とガッツポーズを決める。
「それで、あの…、私、こういうのが初めてでして…」
 ジュリアが今にも目を回しそうなくらい、全身を真っ赤に染めて、目を泳がせる。
「私、小さい頃から騎士になることだけを考えて、こういうことには全くと言っていいほど縁がなくてですね…」
 それは意外だと思った。
 ジュリアの見た目は、かなりグッとくるものがある。
 すごい美人というわけではないが、ぱっちりとした目に、ポテっとした厚めの唇。女性にしては筋肉がしっかりとついてはいるが、その豊満なおっぱい、引き締まったウエスト、大きめのお尻。
 どれをとっても魅力的だと思う。
 申し訳ないが、男として、そのおっぱいを揉んでみたいと思ってしまう。
「周りでは、その…、早いうちから経験する人たちが多かったんですが、私…」
 グッと口を結ぶ。そして、顔を手で覆った。
「処女…なんです…」
 聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で、ジュリアが打ち明けた。
「あぁ…処女…」
 自分も赤面した。
 まさか、処女であると打ち明けられるとは思わなかった。
 でも、ん?なんで俺に?と疑問が湧く。
「ショーヘイ様は、ロイ様と…」
 ジュリアがもう鼻血を出すんじゃないかと思うくらい赤くなる。
「すみません、昨日、お二人の、せ、せ、SEXを見てしまって…」
 ジュリアのその言葉に、思わず、え!?と大きめの声を上げてしまって、慌てて自分の口を塞いだ。
「その…、ロイ様にしがみついて、すごく気持ち良さそうに、うっとりとされていて…」
 経験がない割に、しっかりとその様子を観察したようで、見たままなのだろうが、感想を伝えられた。
「はは…」
 力なく笑う。
 どの場面を見られたのだろうか。
 両腕を拘束された場面だったら、そんな感想は持たないだろう。きっとSEX終盤の場面だったんだろうとは思うが、いかんせん、その辺りの記憶が朧げで、自分がどんな顔をしていたかなんて、まるで覚えていない。
「ショーヘイ様…?」
 何も話そうとしない自分に不安になったのか、ジュリアが自分を真っ直ぐに見てくる。
「ああ、いや…、なんかごめん…。変な所見せちゃって…」
 かなり動揺して謝ると、ジュリアはとんでもない!と逆に少し大きめの声を出したので、慌てて、シーっと自分の口に指を立てる。
「あ、すみません」
 ジュリアが体の力を抜いて、改めて座り直す。
「本当に綺麗だと、思ったんです…」
 SEXが綺麗だという感想は初めて聞いた。
 ジュリアは、本当に純粋無垢で、何ものにも汚されていない真っ直ぐな女性だと思った。
「それで、ジュリアさんは何を相談したいんですか?」
 まだ動揺で心拍数は高いままだったが、気を取り直して聞いてみる。
「その、初めての時、私は一体何をすればいいのかわからなくて…」
 その言葉に頭を抱える。

 そうか、自分にしか相談出来ないと言ったのは、自分とジュリアが抱かれる側の立場という意味でか。

 そう理解して脱力する。
「その前に、一つ確認させてもらえますか?」
「はい。何でしょう」
 ジュリアの素直な返事に、本当にこの女性はウブなんだと実感する。
「ジュリアさんは、グレイのことが好きですか?」
 そう聞くと、ジュリアがカーッと赤面する。

 うん、聞くまでもなかった。

「参考にはならないかもしれませんが…」
 ジュリアを真っ直ぐ見て、自分が感じていることを伝えようと思った。
「俺は、ロイが好きです。
 ロイに触れたいし、触れて欲しい。キスしたいし、キスされたい」
 ロイを思い出しながらゆっくりと話す。
「ロイの声も、体も、性格も全部が好きで、愛おしいと思っています」
 ジュリアが自分のロイに対する愛の告白の言葉にポーッとする。
「ロイの全てを見たい。自分の全てを見て欲しい」
 ロイに愛していると囁かれた時に感じる心地よさを思い出す。
「ジュリアさんは、グレイに触れたい、触れて欲しいと思いますか?」
 微笑みながら、ジュリアに聞いた。
「……はい…」
「グレイも、きっと同じですよ」
 ジュリアがハッとする。
「その気持ちがあれば、大丈夫です。好きな人に触れたいと思うのは自然なことです」
 ニッコリと笑う。
「お互いに触れたいと思えるなら、何も怖いことなんてありません。
 それに、初めてだから何かしなきゃ、なんてありませんよ」
「そうなんですか…?」
「ただ、触れたい、触れて欲しいと思うだけで充分です。その気持ちはグレイに伝わります」
 そう言われて、昨日、グレイにキスされて、もっとしたいと思って自分から口付けたことを思い出した。
「SEXで、何か私からしなければいけないのだと…けどそれがわからなくて」
「しなきゃいけないことなんて、そんな決まりなんて何もないです。
 ジュリアさんがしたいことをすればいいだけです」
「したいこと…?」
「ええ、触れたければ、触れればいい。キスしたければ、すればいい」
 ジュリアの表情が和らいだものになる。
「SEXは気持ちが良いです…。
 それは相手を想う気持ちがあって、愛し合うための行為ですよ」
 ただの性的欲求を満たすためのSEXと、お互いに愛を確認し合うSEXは、全く違うと自分でも思う。
 愛が伴うSEXはその行為に溺れるほど気持ちが良い。
 昨日、我を忘れるほど愛し合った事を思い出して、ゾクっと鳥肌がたった。
「愛し合う…」
 ジュリアは、自分の中でどんどんとグレイの存在が大きくなっていくことに戸惑っていた。
 恋愛感情を向けられたことも初めてだし、自分がそういった感情を抱いたことも初めてで、かなり動揺した。
 なんとか平静を装ってはいたが、グレイの一挙一動に心を動かされる自分を恥ずかしく思ってもいた。
「ショーヘイ様、ありがとうございます」
「答えになりましたか?」
「はい」
 ジュリアが照れくさそうに微笑む。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
「ロイ様との初めての時…その…気持ち良かったですか…?」
 そう聞かれて思わず赤面した。
 自分とロイの初めてが、どれにあたるのか一瞬考える。ロイを受け入れるようになるまで時間がかかった。そうなるまでに体の隅々までロイに曝け出している。でも、共通しているのは。
「気持ち良かったですよ。それよりも、嬉しかった」
 初めてロイを受け入れて体を繋げる事が出来た時、感動すら覚えた事を思い出す。その感動もすぐにロイの性急な行為に流されてしまったが。
「そうですか…」
 ジュリアがホッとしたように微笑む。
 2人で赤面しながらお互いの顔を見て笑った。
「ショーヘイ様、本当にありがとうございます。とても参考になりました」
 そう言って頭を下げる。
 内容が内容だけに、そんなに畏まらなくてもいいのに、と思ったがお礼を受け入れた。
「それじゃ私はこれで」
 スッと立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
 今からグレイの所へ行くのだろうか、とドキドキしてしまうが、平静を装って、おやすみなさい、と挨拶をした。
 自分から離れても、何度も振り返って会釈してくるジュリアに手を振って、心の中で応援する。
 その姿が完全に見えなくなり、1人になってしばらくしてから、思いっきり悶絶した。

 いやいやいやいや。
 抱かれる立場で相談に乗るってどうよ。
 確かにロイに抱かれてるよ。
 抱かれてよがっちゃってるけどさー。
 しかも、それを見られたって。
 ないわー。
 恥ずかしくて死にそー。

 赤くなったり青くなったり、しばらく1人で悶々とした。
 あんな答えで良かったんだろうか、あまりにも赤裸々に語り過ぎて、今更恥ずかしさが襲ってくる。
 酔いを覚ますために散歩に出たのに、顔が熱くて、手でパタパタと顔をあおぐ。
 ふぅと深呼吸して立ち上がると部屋へ戻った。

 すでにロイは大の字になって眠っていて、人の気も知らないで…とその頬を思わずつねる。
「んー…」
 つねられて顔を顰めたが、すぐに気持ち良さそうに寝息を立てた。
 クスッと笑って、ゆっくりとその頬に口付ける。
 心からロイを愛している、そう思うだけで心が暖かくなった。
 グレイとジュリアがうまく行く事を願って、自分も眠りについた。




 翌日、自分たちよりも少し遅れて、バラバラにグレイとジュリアが食堂に姿を見せる。
 ジュリアとパチっと目があって、うっすら頬を染めたのを見て、ああ、上手くいったんだと確信した。
 心なしか、グレイも嬉しそうな表情をしているように見えた。

 おめでとう、2人とも。

 心の中で祝福した。
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