おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜イグリットお家騒動〜

42.おっさん、騒動の結末を見る

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 流石に体が動かすのが辛い。体の節々が痛いしだるい。数時間眠ったはずなのに、全く疲れが取れていない。
 朝になって、自然と目が覚めた。
 そして、背後からロイに抱きしめられて、未だにロイと繋がったままの状態に気付いて、自己嫌悪に陥る。

 SEXしながら寝落ちって…。
 寝落ちというか、気絶?

 昨日のSEXを思い出して、1人悶絶する。
 自分からロイを求めて、何度も絶頂を味わった。途中から記憶が曖昧だが、覚えているだけの行為を思い出すと、その淫らで快楽だけを追いかける獣のような行為に、かなり呆れた。
 とりあえず、挿入されたままになっているこの体勢をなんとかしようと動く。
 ゆっくりと自分で腰を動かして、ペニスを引き抜いていくが、自分を抱きしめているロイの腕が動かない。
「んぅ…」
 引き抜く時に、下半身がローションと互いの精液とでぐちゃぐちゃになり、そのまま乾いて張り付いてしまった肌を一緒に剥がしていく。
 だが唐突に引き抜いた分を再び元に戻された。
「う…」
 表面は乾いていたが、中はまだ濡れたままだ。グプンと音を立てて、再び挿入されて、ロイも目を覚ましたことに気がついた。
「朝の一発」
 背後から、ロイの言葉が聞こえて、そのままゆるゆると腰をゆすり出す。
「おま、昨日、あれだけ、んぅ…」
 グプッグプッと腸壁を擦られて、前立腺を突き上げられると、やっぱり快感が背筋を這い上がる。
「はぁ…気持ちー」
 腰を揺らして、自分をギュッと抱きしめながらロイが恍惚と呟く。
「やめ…あ」
 一度睡眠を取ったとはいえ、数時間前まで何度も絶頂を迎えた体が元に戻るわけもなく、気持ちはいいが、自分は射精には至らない。というか、出すものがもうない。
「ん…」
 ピュッと中にロイが射精するが、流石に勢いはない。
「もぅ…無理…」
 クタッと力尽きる。
 そしてようやっとアナルからペニスが引き抜かれた。
 ロイがクリーン魔法をかけると、全身が風呂上がりのようにさっぱりとする。
 自分のお腹に手を当てて、念入りにクリーンをかけると、その中までも綺麗にされて、すっかり元通りになったが、散々ロイを受け入れて広げられたアナルに、多少の違和感だけが残った。
 ロイに助け起こしてもらってベッドに座らせてもらった所で、ドアがノックされて、すぐに開けられた。
「あ、起きたんですね」
 ディーがそこにいた。
「おはよう…」
 グッタリと疲れ切ってげっそりした目でディーに朝の挨拶をする。
 ディーはチラッと部屋の中を見渡して、趣味の悪いSEX部屋に呆れたような顔をする。
 さらに、激しく乱れたシーツや、拘束具、そこに残る血痕、引き裂かれた衣服が床に散らばった状況を見て、呆れるというか、ドン引きした表情をしながら自分とロイの着替えを手渡してくる。
「起きられますか?」
 ディーは、長い付き合いでロイの絶倫を良く知っている。かなり同情された感じで聞かれた。
「多分、大丈夫…」
 もうここまで見られると、情事の後の姿を見られても穴があったら入りたいほどの羞恥心が襲って来ることはない。多少の気まずさがあるだけだ。
 こんな状況に慣れてしまった自分に、さらに自虐的に笑う。
 ロイがさっさと立ち上がって、渡された服を着る。自分も痛む体に鞭うってノソノソと着替えた。
 聖女仕様の窮屈な服ではなく、普通の服だと気付き、ようやく聖女ごっこも終わりだ、と嬉しくなった。
 

 グレイとジュリアの待つ食堂へ移動しながら、ディーが自分たちがいない間に領主の執務室で精査した会計簿などの帳簿の話を教えてくれた。
「裏帳簿?」
「ええ。領主は王族に変わって領地を管理しています。数年に一度査察がありますが、帳簿関係は毎年提出することになってまして。
 でも、このイグリットの現状を見る限り、提出された会計帳簿と合っていないのでないかと」
「あー…」
 こういう話は専門ではないが、元の世界でも脱税をするために二重帳簿を作る話は聞いたことがある。
「実際に目にした街の様子からしても、街の設備費や維持費にかなりズレがあるように見えます。
 裏帳簿が見つかれば、横領の証拠になるので領主からすぐに引き摺り下ろせるんですけどね」
 廊下を歩きながらそう話を聞いた。
 ロイは全く興味がないのか、さっきから自分の体に背後からのしかかるように抱きついたまま、大欠伸をしている。
 食堂に着くと、中にいたグレイとジュリアが簡単な朝食を配膳しているところだった。
 昨日の騒ぎで、使用人の一部も自警団が拘束している。あの態度の悪かった執事も拘束された使用人の1人だ。
 通いだったり、領主やデニスに全く関わりがないと判断されたものは解放されて自宅待機とした。そのため、今この領主の館には、自分たちしかいない。
 だから、グレイとジュリアが厨房にあった材料で朝食を作ったようだ。
「あ、おはようございます」
 ジュリアがニコニコと挨拶をしてくる。
「おはようございます。昨日はすみません、途中で放り投げる形になってしまって」
 昨日、乱闘騒ぎの後、すぐにロイに引っ張られてしまったため、先程ディーに聞いた帳簿関係の調査や、自警団と使用人達の対応を放棄して3人に丸投げしてしまったことを謝罪する。
「大丈夫です」
 ニコッとジュリアが微笑む。
 そこで、あれ?とジュリアの印象が少し変わったことに気付いた。
 じっとジュリアの行動を観察すると、どう見てもグレイとの接し方が変わったように見える。
「ちょっと、ディー」
 ロイを椅子に無理矢理座らせながら、小さい声で確認する。
「なんかあった?あの2人」
「ああ、進展したようですよ」
 ディーがニヤニヤしながら言う。
「マジか」
 途端に自分もニヤつきが止まらない。
「ショーヘイさん、顔」
 ディーにニヤつきを指摘されたが、ディーだって自分と似たような顔をしていた。
 パチっとグレイと目があって、自分のニヤけ顔を見たグレイが、苦笑いして視線を逸らす。
 後で詳しく聞かないと、と下世話な決意を固めた。


 朝食後に、5人で今後について話し合う。
 まずは、自分たちについて明かすことにした。
 ジュリアは未だに自分を聖女だと思ったままだ。彼女は信頼出来るし、いかんせん、この聖女ごっこはもう止めたい。

 そうして、
 自分がジュノーであること。
 今現在、様々な連中から狙われていて、保護してもらうために王都へ向かっていること。
 ジュノーであることを隠すために、聖女伝説を利用したこと。
 それらを説明した。
「聖女様は…聖女様ではないんですね…でも、奇跡を起こしたからやっぱり聖女様なわけで…」
 ジュリアは少し混乱したようにブツブツ呟く。
「でも…私にとって貴方は聖女様なんです。
 それは実際に治った人や、見ていた人たちもそう言うと思います…」
 ジュリアが少しだけ悲しそうに言う。
 そう言われて、伝説の聖女という存在が、いかにこの世界の人にとって大切なものなのかがわかったような気がする。
 大切であり、憧れでもあり、理想の人物なんだろうと思う。
「たぶん、なんだけど。
 聖女がどこの誰かも記録に残っていないって言ってたろ?」
 考察になるが、聖女について思ったことを話し始める。
「誰も自分が聖女だと名乗ってないんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「つまりさ、周りは聖女だって言うけど、本人がそう思っていないか、自分のことじゃないと思ったか」
「自覚がないってことですか?」
「うん。きっと本人は奇跡だなんて思っていないんだよ。
 自分の行動が後から聖女の奇跡だって言われてもね」
「まさにショーヘーのことじゃねーか」
 ロイにそう言われて苦笑する。
 自分が使ったヒールが奇跡と呼ばれるほど非常識だったことも、伝説の聖女の存在すら知らなかった。「セイジョ」という名前かと思って、3人に爆笑された記憶も新しい。
「でも、噂が広がれば、自分がやったことが奇跡と言われていることに気付くんじゃないですか?」
 ジュリアが焦ったように聞いてくる。
「そうだろうけど、噂には尾鰭がつくものだからね。奇跡や人物像に尾鰭がついて誇張されてしまったら、あれは実は私がやりました、なんて言い出せないよ。
 俺なら、自分が噂の聖女です、なんて言えないなー」
 そう言って自重気味に笑う。
 自分以外がシーンとなる。
 実際に聖女という役を演じてみてわかった。
 自分は言われるままに御伽噺に登場する聖女を再現しただけなのに、誰しもが聖女だと口々に言っていた。
 それが、みんなが望む、みんなが理想としている聖女様そのものだったからだ。
 そして不意にロイが吹き出した。
「それが聖女伝説の正解かもしれねーなー」
 ドカッと食卓テーブルの上に両足を放り投げてワハハと笑う。
「そうですね。起こした奇跡だけが残って、人物がどんどん美化されて、本人とは全く違う聖女像が出来上がる」
 ディーも笑いながら言う。
「実際に奇跡を起こした本人は、きっとその出来上がった聖女像には当てはまらないんだろうな」
 グレイも、そりゃどこの誰だかわからんわ、と楽しそうにクックッと笑った。
「じゃあ、聖女っていうのは…」
「聖女を否定するわけじゃないよ。
 ただ、どこの誰なのか記録に残っていないって理由が、そこにあるんじゃないかなって思っただけだよ。
 奇跡を起こしたのは事実なんだと思う。
 でなければ、千年以上も語り継がれたりしないだろ?」
「聖女の姿が、口伝によって誇張され、美化され、今の聖女像が出来上がったってことですか」
 ディーが納得したように笑った。
「理想の聖女像…ですか。確かに初めて聖女…ショーヘイ様にお会いした時、話に聞いていた通りだと…伝説通りだと思いました」
 ジュリアもおかしそうに笑う。自分もまた作られた聖女像を信じていた。でも、実際は理想の聖女像に合わせた演技だった。
「でも、私にとってはショーヘイ様はやっぱり聖女様なんです」
 ジュリアがそう言って微笑んだ。
「あ」
 そして思い出したように、
「じゃあ、あのヒールって…」
「あれは本物ですよ」
 ディーが代わりに答える。
「ショーヘーの魔力量、アホみたいに多くてな。あのヒールがどのくらいの魔力を使ってるかはわからんが、恐らくは俺らの魔力を全部足してもまだ足りんくらいの量を一度に使ってる」
「え」
 ジュリアがグレイの説明に目を丸くする。
「まだ一気に魔力を放出することになれなくて気絶しちゃうんだ」
 テヘペロっと笑う。
「やっぱり、聖女様です」
 ジュリアが目をキラキラさせて自分を見る。その素直な、ヒーローに憧れるような目で見られて、ハハハと乾いた笑いを漏らした。
「さて、聖女伝説の話はここまでにして、領主交代の話にしましょうか」
 ディーがタイミング良く話を切り替える。


 領主とデニスは現在拘束されて、カーズの自警団詰所の牢屋に収監してある。
「デニスはともかく、領主はいずれ釈放せねばなりません。腐ってもその身分は健在です」
 ジュリアはもう自分の父親だと認めたくないようで、忌々しげに話す。
「釈放するまでに、横領の証拠を見つけなくては。さらにベネット卿との繋がりもわかるような書類があればいいんですけど」
「もし書類が見つからなくても、デニスが犯罪者で、それを放置黙認した罪があります。今すぐとはいかなくても、近いうちに失脚させることは出来るでしょう」
 結果は見えているが、そこに行くまでに何年かかるのか。2年間、ジュリアが奮闘しても、失脚させることが出来ていない。
「ベネットは昨日サッサと逃げただろう?自分の領地に帰ったのかな」
 いつのまにかいなくなっていたベネットの行く先が気になる。
「ああ、それは心配ありませんよ。こちらで確保してあります」
 唐突に食堂の入り口から声がした。
 全員がガタッと席を立ち唖然とする。
「ギル。なんでここに」
 ロイが突然現れたギルバートに威嚇した声を出す。
 そしてディーは全てを察したのか、眉間に皺を寄せて、再び椅子に座った。
「ショーヘイ君、またお会いしましたね」
 スススッと自分の方へ足音も立てずに近寄り、挨拶するために立ち上がった自分の手を取った。
 取るだけならいいが、腰を引き寄せて抱き寄せられる。
「ギル…ランドール卿…」
 手にキスをされて、さらに顎に手をかけてキスをされそうになった所で、サッと自分を離すとジュリアの方へ向かう。
 ギルバートの後ろから殴りかかろうとしていたロイが、この拳を空振りさせ、プルプルとその手を震わせていた。
「ランドール卿、ご無沙汰しております。先日は書簡で失礼いたしました」
 ジュリアがギルバートに頭を下げているが、ギルバートはジュリアの手に口付け、
「領主交代をする書簡をいただいて急ぎ駆けつけました」
「は、よく言うぜ。俺たちを駒に使いやがって」
 ロイがどっかりと椅子に腰をおろしながら言い放つ。
 自分が以前言った、ギルバートがわざとカーライドに行くように仕向けたんじゃないか、という言葉を覚えていたようだ。
 それをロイなりに考えて、気付かないうちにギルバートの策略の駒にされたという考えに至ったらしい。
「駒とは失礼な。お前たちはきちんとした戦力として組み込んでましたよ。
 まあ多少の計画のズレはありましたが」
「それでも、想定範囲内なんだろうが」
 口を尖らせて文句を言う。
「おかしいと思ったんですよ、ギル様が用意した服が、旅をするのに必要ないものまであって」
 用意されていた黒い騎士服や自分が着た真っ白い服のことを言っているんだと、ディーの言葉で気付いた。
「備えあれば憂いなし、ですよ。役に立ったでしょう?」
 悪びれもせずにギルバートが答える。
 立ちましたよ、立ちましたけどね。とディーがまんまとギルバートの思惑に乗っかってしまったことが悔しそうで、クスッと笑う。
「さて」
 ギルバートが椅子に腰掛けて、その長い足を組む。そして手を2回打ち鳴らすと、サササっと数人の使用人が入ってきて、いつ用意したのか、それぞれの前にお茶を並べて行く。
「さ、お茶でもしながら」
 ニッコリと微笑んだ。



 ギルバートに事の経緯をかいつまんで説明する。
「聖女様ですか…」
 ギルバートの目が細められて、本当に楽しそうに自分を見てくる。
「聖女様になったショーヘイ君を是非この目で見たかったですね。残念です」
 冗談なのか、本気なのか、その真意はわからない。
「さぞやそそられることでしょう」
 ロイを揶揄うために下ネタを入れてくるのも、ギルバートらしい。それにロイが反応してティースプーンをギルに投げつけるが、なんなく受け止めて静かにテーブルの上に置く。
「でも、バカを煽るためにショーヘイ君を囮に使うのはいただけない」
「ああ、それは俺が自分で提案したんです。おそらくそれが一番手っ取り早いし、簡単に煽れるんじゃないかと思って」
 ギルバートが眉根を寄せる。
「そうですか、自分で…」
 とロイを見る。ロイは思わず視線を逸らした。
「ショーヘイ君が、肋を折られるほど暴行を感受したのは、ベネットの言葉を引き出すためですか?」
 ギルバートは少しだけ自分を咎めるような声色で言った。
 なんでそこまで知っているのかは、あえて聞かないことにする。聞いたって、どうせはぐらかされると思った。
「折られるって…そこまで重症だったんですか!?」
 ジュリアが慌てて確認してくる。
「ああ、うん、まあ…2、3本は…。でもほらヒールですぐに治せるし」
 ジュリアが泣きそうな表情になる。それに対して、昨日のロイの怒りといい、自分の行動がいかに他人の心を傷つけるような行為だったのか、改めて反省する。
「最初はね、一発殴られて終わりするつもりだったんだけど、どうしてもベネットの言葉を引き出したかったんだ。思惑通りには行かなかったけど」
「どういうことですか?」
 ディーが少し怒ったように聞いてくる。
「デニスを煽って、聖女を襲わせるっていうのが当初の予定だったけど、デニスとベネットの目的が違うって気付いたんだよ」
「違うって…?」
「ベネットは、今回の騒動を利用して、イグリット領を完全に掌握するつもりだったんだと思う」
 前日の夜に考え至ったことを説明する。
「デニスを領主にするのが目的じゃなかったってことですか?」
 ジュリアが小さい声で聞いてくる。
「うん。実際にベネットはジュリアもデニスも領主に推薦しなかったろ?
 デニスが偽情報に踊らされて、聖女を害したとしても、ベネットにとってはどうでも良いことだったんだよ。
 あいつはデニスの後見人になって、次の傀儡を作ることが目的だったんだ。もしくは後見人という立場を利用して、イグリット家を乗っ取るつもりだったのかもしれない」
「乗っ取る…?」
 ジュリアの顔が青ざめる。
「だから、わざとデニスに暴行を受けてベネットの出方を見てたんだ。もしかしたら、暴行される場面でボロを出すかもしれないって思ったから」
 ロイがバンッとテーブルを叩いた。
「ショーヘー、それにいつ気付いた」
 ロイの怒りが自分に向けられて苦笑する。
「前日の夜だよ。だから朝みんなにお願いしたんだ。手を出さないでくれって」
ディーが大きなため息を吐く。
「何で教えてくれなかったんですか…」
「時間がないって思ったんだよ。それに、大まかな筋書きは変わらない。ただちょっと暴行が酷くなる…だけ…で…」
 全員から向けられた怒りの目に声が小さくなって行く。
「ごめんなさい…」
 小さくなって、謝罪する。
「確かにベネットは聖女に関しては我関せずでしたね。デニスが聖女に暴行を加えても、自分が後見人として性根を叩き直す、と言えばデニスが失脚する可能性も格段に低くなる」
「だが、乱闘になったあいつらはどういうことだ?」
 最後にデニスの合図で雪崩れ込んできた偽自警団たち。ジュリアが領主になれなかった腹いせに会場を襲ったというデニスの筋書きだったはずだ。
「あれは単純にデニスの暴走だと思う。ベネットも全く予測出来なかった不測の事態ってやつ」
「結果として、ベネットの企みを潰すことになったわけか」
 ギルバート以外、神妙な顔つきになってシーンとした。
 しばらくの間が空いて、パンッとギルバートが手を叩くと、全員がハッとする。
「ショーヘイ君、君の筋書きはほぼ合っています」
 ニコニコしながら言う。
「ベネットは実際にイグリット家を乗っ取る気でいましたよ。ジュリア嬢が2年間立て直しに奮闘している間、やつは裏で着々と計画を進めていた」
 足を組み替えて、優雅にお茶を飲む。
「だが、まだ乗っ取る時期ではなかったんですが、聖女を利用してジュリア嬢が先に動いてしまったことで、ベネットも随分と無理をして計画を前倒しするしかなくなった」
「…ギル様、これは誰の計画ですか」
 ディーが思い切りため息をつきながら確認する。
「アラン殿下です」
 あっさりと、ギルバートがディーゼルの兄の名前を出す。
 現在宰相を務める兄のサイファーではなく、もう1人の兄アランの名を口にする。
 ディーのため息がさらに深くなって、テーブルに突っ伏した。
「私はどこまでも兄たちに踊らされて…」
 泣きそうな声で言うディーに、隣のグレイがポンポンと肩を叩いて慰める。
 以前、ディーが自分に2人の兄の話をした時、きっと驚くと言われたことを思い出す。それはディーよりもずーっと上を行く腹黒ということなんだろうか、と思った。
「では、決着としましょうか」
 ギルバートが言うと、はるか後方に控えていたギルバートの執事が仰々しい書簡をギルバート手渡す。
「これは、国王及び宰相の署名入りの命令書です」
 立ち上がって、それをジュリアに渡す。
 中を開き、目を通したジュリアの目にみるみるうちに涙が溢れ出し、ボロボロと泣き始めた。
 グレイがそっと背中に手を添え、肩を抱いて抱きしめる。
 ディーがジュリアの手から書簡を受け取って中を確認する。
「これはいつ貰ったんですか」
 ディーが渋い顔でギルバートに聞くが、
「さあ、いつでしたかな」
 とすっとぼけた。
「何が書いてあるんだ」
 ロイが苛立ちを隠さずに聞く。
「簡単に言えば、ジュリアがイグリット家当主となって、領地を管理しろっていう命令書ですよ」
 くるくると羊皮紙を丸めながら答える。
「それとジュリア嬢、こちらはユリア様からの手紙です」
 ギルバートがさらにもう一通、ジュリアに手渡した。
「ユリアって?」
 隣のロイに小さい声で聞く。
「ディーの妹。王女殿下だ。ジュリアの元主人」
 妹の話は初めて聞いた。
 元主人ってことは、ジュリアが近衞として守っていた王族がディーの妹ユリアだったと知る。
 ジュリアがユリアからの手紙を読んで、さらに号泣した。
 そんなジュリアをグレイがしっかりと抱きしめて慰める。
 その姿にギルバートも以外と言いたげな顔をした。
 静かに素早く自分とロイへ近づくと、
「まさか、グレイがジュリア嬢と?」
「そのようです」
 こればかりはギルバートも予測出来なかったようで、本当に驚いた表情をしており、思わずその顔に笑ってしまう。
「アランが絡んでいるなら、もう自分たちに何も出来ることはありません」
 ディーが顔を上げて気が抜けたようにボーッとする。
「ベネットは確保していますので、尋問及び捜査についてはお任せを」
 わざとうやうやしくディーに向かってギルバートが頭を下げた。
 ディーが一体いつからこの件に…、と聞こうとしたがやめた。
 王位継承権を放棄した今、自分の立場は兄たちとは違う。自分がまだ王宮にいる時からイグリットやベネットに関しては動いていたはずだ。だがその動きが自分に一切知らされていないのは、きっと父や兄たちの自分への配慮なんだと思う。
 兄たちが、各々王家の、この国の重要な役割を持ち、その重責を負っている。だが、自分は割と昔から自由にさせてもらっていた。要するに甘やかされているんだと思う。
 可愛がられるのは嬉しいが、若干蚊帳の外に置かれているような気がして寂しくもあった。
「結局ぜーんぶ誰かの手の平の上で踊らされただけか」
 ロイが呆れたように言い、ギルバートが笑った。
「その誰かも踊る人を選んでいるんです。踊ることすら許されない人もいるんですから、光栄に思いなさい」
 若干屁理屈だとは思うが、ギルバートの言葉にも一理あると思った。

 何にせよ、これでイグリット家の騒動はとりあえず自分たちの手から離れる。
 聖女ごっこが本当に終わりを迎えた。
 今までの伝説通り、また聖女の噂だけが広まって、新しいお伽話が生まれるんだろう。
 当初の目論見通り、ジュノー降臨ではなく、聖女降臨だったと上手く噂が書き換えられることを願うばかりだ。

 ふぅと小さく息を吐いて、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。
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