おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜イグリットお家騒動〜

おっさん、お家騒動に巻き込まれる

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 いい匂いに意識が覚醒して行く。
「俺も食べたい…」
 ムクっと起き上がって、3人が食事をしている姿をじっと見つめ、そう言った。
「ショーヘー」
 すかさず、ハートマークを撒き散らしながらロイがベッドのそばまで来ると抱きついてくる。
 それを真顔でサッとかわしつつ、ベッドから降りて大きく伸びをした。
 再びロイが抱きつこうとしたが、それもなんなくかわすと、ロイがベッドへダイブしていく。
「今回は早かったですね」
 まだヒールを使ってから数時間しか経っていない。
「前回は、戦闘でかなり魔力使った後だったからなー」
 夕食が広げられたテーブルまで来る。
「それに、多分今回は重症者が少なかったから。感覚だけど、前回よりも消費はかなり少ないような気がするよ」
 そう言って、まずは水を一口飲んだ。
「なるほどね」
 どうぞと席を薦められて食事を始める。
「うま…」
 パクパク、ガツガツと口に運ぶ。
「もっとお淑やかに食事してもらえませんかね」
 その食べっぷりに驚く。
「腹減ってるんだよ。たくさん魔力使って。それに今は4人だけなんだから別に構わないだろ?」
 いつもの自分の所作を抑えて、聖女の演技をすることがいかに大変かをアピールする。
「ああ、そうだ。ジュリアに正体バレたわ」
 ロイが、抱きつくのを諦めて、今度は隣でぴったりとくっついたまま言った。
「え、そーなの?」
 すぐに、もう聖女様の演技をしなくて済むと嬉しくなったが、
「バレたって言っても、私たち3人だけですけどね」
 すぐにそれを聞いてがっかりする。
「聖女様、これからも頑張ってください」
 ロイが自分の手を取って口付ける。
 ウエッと嫌な顔を隠さずに、酷い顔をした。
「グレイ、どしたの?」
 先ほどから黙々と食べて一言も話さないグレイを不思議に思った。
「あー、落ち込み中」
「グレイの反応がきっかけでバレちゃいましてね。そんなに落ち込むことないのに。ジュリアならきっと遅かれ早かれ気付いたと思いますし」
「知り合い?」
「彼女は元々王宮の近衞騎士でしたから。一緒に訓練もしましたし、食事も何度か」
「へー…」
「子供の時から知ってるよ。デビュタントの時はあいつ浮きまくってたよな」
 ロイが当時のことを思い出して笑う。デビュタントが何なのかわからずに、ただ、へーとだけ答えた。
「部隊長になれると思ってたんだけど、辞めちまってさ」
 彼女の姿を思い出し、ユサユサと揺れるおっぱいを想像してニヤけた。
 そして、グレイは相変わらず黙って食事を続けている。
 そんなに失敗が後を引いてるのか、と思って彼を見たが、どうも違和感を覚えた。
 グレイがいつもと何か違うような気がした。もしかしたら体調が悪いのかもしれない。と、声をかけようとした時、コンコンとドアをノックされて、大慌てでロイがベールを取りに行くと、バサリと自分に頭から被らされる。
 自分も立ち上がって身なりを整え、聖女バージョンに切り替えた自分が出来上がるまで数秒。
 ディーがそのドアに手をかけて開く。
「殿下、食事中に申し訳ない」
 中にジュリアを招き入れると、自分が目が覚めて起きていることにすぐに気付いた。
「聖女様!」
 ジュリアが自分の前に来ると、跪いて自分の手を取り、その甲に口付ける。
 今まで何度もその行為はされてきたが、流石に女性にされるのは初めてで、かなり驚いて焦った。
 なんとか平常心を保ちつつ、静かに頭を下げた。
「この度は、お力を試すようなことしてしまい、申し訳ありませんでした」
 ジュリアがギュッと自分の手を握る。
「本当にありがとうございます。街の者を救っていただいて」
「皆さん、お元気になられて良かったです」
 それは本心だった。
「何か話があったのでは?」
 ディーが尋ねると、ようやく手を離して立ち上がる。
「ああ、そうでした。実は…」
 その見事なおっぱいを目の前でぶるんと揺らされて、ドキドキしてしまった。
 ジュリアがディーに向き直って、その方向に視線を向けたが、ディーの後ろにいたグレイが、じっとジュリアを見て直立しているのを見て、ん?と違和感を感じ、ベールの中で少し首を傾げた。
「殿下にお願いが」
 ジュリアが真剣な表情で話し始めた。


 ジュリアはイグリット伯爵家の長女で、兄のデニス・イグリットが後継に決まっていたため、ジュリアは幼少の時から王都で生活をしていた。目的は嫁ぎ先を探すためであったが、本人は昔から憧れていた騎士になるために毎日体術と剣術の修練を重ねていた。
 12歳の頃、社交界デビューのデビュタントに出席した際、貴族の令息令嬢の中にあって一際異彩を放っていた。
 その時に、初めてディーとロイに出会い、ジュリアはその強さと美しさに憧れて、ますます腕を磨き、15歳で騎士団に入団、18歳で近衛騎士に抜擢されるほど強くなっていった。
 だが2年前、突然領地の自警団の若者が自分を訪ねて来た。その時初めてジュリアは故郷の現状を知ったという。
 兄のデニスはクズだった。
 数年前から当時の自警団団長と側近達とともに、横領・暴行・恐喝・レイプなどなど、立場を利用してやりたい放題で領地内の治安が荒れに荒れていた。
 領主に訴えても、元々その器の人ではなく、何も判断が出来ない人で、見て見ぬふり、もしくは息子に言われるままに訴えた人が捕えられるという最悪の状況になっていた。
 そしてジュリアは騎士団を辞めて領地に戻り、領主や兄に反目する自警団員や民衆を集めて決起。兄や自警団団長達を捕らえて投獄したという。
 領主はそれに関しても我関せず。
 ジュリアはここ2年の間、寝る間も惜しんで領地の立て直しに奔走していた。今はまさに父親に領主を降りてもらうべく動いてはいるが、何も出来ない、していない現領主は、商人や周辺貴族にとっては都合の良い駒。イグリットを食い物にする他貴族や商人にとってジュリアは目の上の瘤でしかなかった。
 そのせいで、兄を投獄しても、未だに領主交代が出来ていないのだ。
「殿下、そして聖女様のお力を貸して頂きたいのです。
 本来であれば自ら解決すべきなのは重々承知しています。ですが、もう限界なのです。
 我が領地は怪我人を治す治癒師もポーションもない。
 それもこれも…全部あのクソ親父のせいだ」
 最後にジュリアの本音が出た。
 ベールの中で、クスッと笑う。
「嬢ちゃん、気持ちはわかるが、俺らも王都へ向かってる最中なんだ」
 ロイが手伝えないと暗に伝える。
「わかっています。本当はこんなお願いをするつもりはなかったんです。でも、つい先ほど事情がかわってしまって…」
「何かあったんですか?」
「兄が…脱獄しました」
 ディーの眉が動く。
「それは…」
「そりゃマズいだろ…」
 ロイが呟く。
「少し、考えさせてもらえますか。聖女様とも相談しなければ」
 ディーが険しい表情でジュリアに言った。
「わかりました。こんな身内の恥を…本当に申し訳ありません…」
 ジュリアが深く頭を下げて、部屋を出ていく。

 最初、何がマズいのかわからなかったが、ディーに教えてもらう。
 領主交代は、当代と次代が揃い、他貴族や権威ある者の立ち会いがあって初めて成立する。
 今まさにジュリアが手を回して、自分に味方してくれる貴族たちを集めている最中だった。
 デニスが脱獄した今、ジュリアよりも先に領主交代が行われる可能性が高くなってきたのだ。そうなれば、民のためにと奮闘して来たジュリアの苦労も水の泡となる。逆にジュリアが追われ、投獄されることになるだろう。

 ジュリアの言う通り、ディーという王族や伝説の聖女を味方につけるのが得策だとは思う。
 だが、話を聞くに、いまいち相手の方が1枚も2枚も上手のような気がした。
 果たして、それだけで本当に済むだろうか。
 
 ジュリアの話と領主交代の話を聞いていて、思いついたことはある。きっといい方法だとは思う。しかし、3人は絶対にその方法を認めないだろう。

「参りましたね…お家騒動とは…」
 ディーがボソリと呟く。
「王宮でこんなになるまで放置したのも悪い」
 ロイがディーに嫌味を言うと、ディーが苦笑する。
「耳が痛いですよ。ロイの言う通りです。ここの領主は完全な能無しで、ただの傀儡ですからね。裏にはベネット卿がいます」
「あの狐オヤジか」
 やはり貴族の世界にはいろいろとしがらみがあるようで、その辺の話には首を突っ込まないようにしようと思った。
「こちらも色々あるんですよ…」
 ディーが深い深いため息をつく。
 しばらく沈黙が続いた。
 ジュリアを助けてお家騒動に関わるか、それとも自分を王都に届けるのを優先するか、選択を迫られる。
 おそらくは、みんなジュリアを助けたいと思っているんだろうな、と、今まで一緒に旅をしてきて、みんなの人となりを知ると、絶対にそう思うだろうと確信があった。
「あのー、ちょっといい?」
 ベールを脱ぎながら、小さく手を上げる。
「何か良い案でもある?」
 ロイが聞いてくる。
「案というか、その前にさ」
 クスッと笑う。
「ギルバートさんが、なんでカーライドに行けって言ったのか。
 シーグを避けるためなら、別に他の街でも良かったはずだよな」
「あ」
 ロイとディーの言葉が重なった。
「きっと、ジュリアさんの現状を知っていて、何とかしてこいってことなんじゃないのかな」
 ニヤニヤしながら言う。
「……」
 2人とも、頭を抱えた。
「そうだ、ショーヘーの言う通りだ…」
「うまい具合に誘導されたってことですか…あの腹黒…」
 ディーが舌打ちする。
「ギルバートさんなら、絶対直接頼んでくることはないだろうし、俺たちを利用しようとしても、おかしくない人だろ?」
 そう言って微笑む。
 ロイがじっと自分を見て、眉根を寄せる。
「なんだよ」
「いや、ショーヘーって、たまに無茶苦茶鋭いよな」
「たまには余計だよ。一応この中で一番年上だし、人生経験あるしな。腹黒上司には慣れてるし」
 元の世界での、腹黒専務を思い出す。ギルバート程ではないが、忖度を暗に促してくる専務の対応がこんなところで役に立つとは。
「鋭いついでに言うとな。グレイ」
 グレイを見る。
 グレイが突然呼ばれてビクッとした。
「お前、ジュリアさんに惚れたろ」
 ズバッと言い放った。
 きっかり1分。静まり返った。
 グレイに感じた違和感。絶対という確信はなかったが、無言のまま、ジュリアを見る目、緊張したような体の強張り、それらを見て、総合的に判断した。
「う…」
 グレイが沈黙の後、みるみるうちに全身を赤く染める。
「マジか」
 3人に見つめらて、誰よりも大きな体が小さくなっていく。
「グレイは、ジュリアさんを助けたいよな?」
 そう聞くと、ゆっくりと頷いた。
 可愛いな、とその反応に思った。
「というわけで、巻き込まれよーぜ」
 そう言って、ニッコリと笑った。

 そして、3人が絶対反対するであろう、思いついた計画を話すことにした。

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