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王都への旅路 〜イグリットお家騒動〜
おっさん、戦う
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流石に馬車移動も4日目になれば体も慣れてくる。
初日のような強烈な吐き気はなくなって、少しモヤッとする程度にまで慣れていた。
だが、自分の膝枕でグーグーと寝るロイ程慣れている訳ではない。
ガタガタと相変わらず揺れは酷いし、よく寝られるなと、逆に感心した。
「後2日もあればカーライドに着きますよ」
徒歩であれば2週間はかかる工程を半分以下で進めたのだから、やっぱり馬車は偉大だ。
馬車酔いもだいぶ治っていたので、ディーがサスペンションについての説明を求めてくる。
自分も車にはあまり詳しくはないが、振動を吸収する仕組みはなんとなくわかっていたので、説明した。
ディーは一生懸命メモを取って、色々と細かく聞いてくる。
「衝撃吸収のバネですか…。これは画期的だ」
説明が終わった後ブツブツと独り言を呟きながらメモと睨めっこしているのを見て苦笑した。
馬車はすでにランドール領を抜けて、カーライドのあるイグリット領に入っていた。
イグリットの領都はカーライドよりもさらに東に進んだ先にある。もしかしたら転移魔法陣が使用可能かもしれないが、可能性はとても低いし、立ち寄るとさらに1週間以上行程が伸びてしまうので、今回は寄ることを断念した。
揺れさえなければ馬車旅は快適で、さすがランドールの家紋。野盗の襲撃は一度もなかった。
一度だけ、チラリとその姿を見たのだが、家紋を見た途端に散り散りになって逃げていったのだ。
ギルバートがいかに恐怖の対象になっているのかがよくわかる。
昼休憩を挟んで、再び移動を開始してからしばらくすると、馬車がゆっくりと速度を落とした。
「どうしました?グレイ」
ディーが小窓から御者席のグレイに問いかける。
「何か変だ。この先に、村があったよな」
完全に馬車を止め、グレイが御者席に立ち上がり、跳躍して屋根に上がると遠くを見る。
「索敵」
グレイが両腕を広げて、周囲へ索敵魔法をかけた。
いつぞや見た探索魔法とは異なるようで、グレイを中心に広がっていく魔力に、ピリッとした張り詰めた空気が含まれているようだった。
「魔獣だ!!ロイ!!起きろ!!」
グレイが大きく叫び、御者席へ飛び移る馬の嗎と共に馬車を急発進させた。
グレイの言葉にロイがすぐに反応して起き上がると、窓から身を乗り出し、そのまま屋根へと飛び移る。
「ショーヘー!窓から顔出すなよ!!」
外からロイが叫び、
「どこかにしっかり捕まっていてください」
ディーが最初から長剣を手前に持ってくると、同じように窓から顔を出して前方を確認する。
自分は、その突然始まった出来事に、状況を飲み込むまで数十秒かかった。言われたことをしっかりと守ることしか出来ない。3人の様子からかなりの一大事だとは判断出来るが、何が始まったのかは全くわからない。
馬車が猛スピードで走り、その揺れは尋常ではなかった。必死に馬車の手すりに力を込めて捕まり、何度も大きく跳ねる馬車に天井に頭をぶつけそうになりながら揺れに耐えた。
「見えた!!村が襲われてる!!!」
グレイが叫ぶ。
次第に、何かが燃える匂いが充満してくる。
木が燃える匂いに、何かの肉が焼けたようなツンとした異臭が鼻をつく。
そして、耳に、人の悲鳴が聞こえてきた。
「ディー!ショーヘーを頼む!!グレイ!!右は任せた!!!」
馬車が急停車し、ドンッとロイが屋根を蹴った衝撃が響いた。前方からもグレイが飛んだ衝撃で馬車が大きく揺れる。
「ショーヘイさんは絶対に馬車から出ないで!」
ディーもすかさず馬車から降りていく。
耳に聞こえる悲鳴、焼けた匂い、何かが崩れ壊れる音。
何が起こっているのか、想像も出来なかった。
窓の外を確認したくても、恐怖で体が動かない。それだけ3人の緊迫した声や表情に圧倒された。
魔獣。
魔素を取り込みすぎて、自我も理性も無くなった本能のみで生きる獣。
その魔獣がすぐそこにいる。
村を襲っている。
体が震えた。怖い。
自分は何も出来ない。
ただ、ここで終わるのを待つしかない。
聞こえてくる悲鳴に、ビクッと体が反応し、胸が押し潰されそうに苦しくなる。
ギュッと胸元を握りしめた瞬間、ドンと大きく馬車が横に揺れた。
音のした方を反射的に見て、ヒュッと息を呑む。
そこに魔獣が居た。
目が赤くぎょろぎょろと馬車の中を覗き、その口は耳まで避けて長く赤い舌がベロベロと馬車の窓を舐めている。魔素を取り込む前の姿がなんだったのか、まるでわからない異様な姿に、悲鳴を飲み込んだ。
ガタガタと体が震える。
次の瞬間、ドンとその魔獣が馬車に押しつけられたかと思うと、恐ろしく不気味な声をあげて血を吹き出してズルズルと下へ落ちて行った。
その窓の向こうに、剣を構えたディーの姿が見え、魔獣を斬り殺したとすぐにわかった。
だが、今度は屋根、反対側の窓やドアに、ドンッドンッと何かがぶつかってくる多数の音と揺れが響く。そして、馬車の屋根を叩き壊そうとするガンガンという音と、窓が割れ、メキメキとドアがこじ開けられる音が続け様に起こった。
「出て!!」
ディーが外にいた方のドアが開き、ディーに思い切り腕を引っ張られた。
転げ落ちるように馬車から引きずり出されると、ディーがそのまま自分を引きずって数歩下がると、馬車の中に向かって炎の球を数発打ち込む。
ドンドンドン!!という音で、馬車にまとわりついていた数匹の魔獣とともに馬車が木っ端微塵に吹き飛び、自分はディーの後ろでその防御魔法に守られた。
バラバラと馬車の破片と魔獣の肉片が降ってくる。
怖い。
体の震えが止まらない。
自分とディーに向かって、巨大な四足歩行の魔獣が何体も襲いかかってくる。
その姿は四足歩行ではあったが、カエルをさらに潰して醜くしたような顔で、骨格が異常に曲がり、関節があらぬ方向を向いていた。さらにオオトカゲのような尻尾を持ち、全身に棘のような角を生やしていた。
ディーが自分を背後に匿いながら、無数の魔法陣を出現させて、次々と簡単に魔獣を撃破していくが、数が尋常ではなかった。1匹1匹は弱いがとにかく数が多い。数十、数百以上の魔獣が黒い波のように押し寄せる。
さらにオオトカゲのような魔獣以外にも、犬を変形させたような姿の魔獣や、ウサギや猫くらいの大きさまで、様々な形や大きさの魔獣がジリジリと自分とディーを取り囲んでいく。
「ショーヘイさん、すみません。この数じゃ庇い切れない。戦えますか」
ディーがはっきりとそう言った。
ハッとしてディーを見ると、その肩が上下に動いて、呼吸がだいぶ荒くなっていた。その間も、ディーの放つ魔法は止まらない。飛びかかってくる魔獣をその長剣で薙ぎ払いながら、魔法を放つことは止めない。
動け、動け、動け!!
ディーの姿を見て、自分が置かれた状況を再確認し、意識的に恐怖を抑え込もうとする。
心の中で、自分に怒鳴る。
戦えよ!!
守られるだけでいいのか!!
バッと立ち上がる。膝はまだガタガタと震えて、気を抜けば腰を抜かしそうだが、気力で立ち上がった。
全身にアドレナリンが噴出する。
ディーの隣に立ち両手を前にへ突き出した。
「炎の竜巻!!!」
その瞬間、自分の両腕から炎が渦巻いて魔獣を襲う。小さな渦ではなく、ハリケーンをイメージしたため、周りの魔獣を次々と吸い込みながら、ディーと自分を中心に半径20m程度の周囲の魔獣を炎で焼き殺した。
「ナイス」
ディーが荒い息で、自分に笑いかけた。自分もなんとか笑みを返したが、腕の震えは止まらなかった。
続け様にカマイタチの魔法を手当たり次第に放つと、次々と魔獣が真っ二つに切れて死んでいく。
もっと、何か一発でたくさん殺せる魔法はないか。考えながら、火の玉を連続で放つ。
そして、手榴弾を思いついた。
火の玉にさらにイメージを追加して、火の玉一つが、魔獣に当たった瞬間爆発するようなイメージを描く。
何発かは不発に終わったが、だんだんとイメージが定着して、一つの火の玉が魔獣に当たった瞬間、周囲を巻き込んで爆発した。一度に4、5匹の魔獣が吹っ飛ぶ。
何度も何度も、手榴弾を投げる要領で爆発させていく。
「ショーヘイさん…なんなんですか!それ!」
ディーが叫ぶ。見たことのない魔法に、剣を振り上げながら面白そうに笑っていた。
しかし、まだまだ魔獣はいる。
自分たちの周囲にいた魔獣はほぼ殲滅出来たが、まだまだ数は減らない。ジリジリと包囲網を狭めてくる。
もっと、広範囲に!!
「火の雨!!!」
両手を頭上へ振り上げて、そう叫んだ。
その瞬間、自分の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。一気に自分の中の魔力が大量に魔法陣に奪われていくのがわかって、ほんの一瞬だけその感覚にクラッと目眩を覚えたが、足を踏ん張って堪えた。
そして、その魔法陣から言葉通り、火の雨が広範囲に降り注ぎ、その炎の雫一粒一粒が次々と魔獣を貫いて行った。
その炎の雨が止む頃には、周囲にいた魔獣がほぼ全滅していた。
「ははは…」
ディーが笑いながら、無茶苦茶だ、と呟いた。
後は村に向かいつつ襲ってくる数体を駆逐するだけだった。
「ほんと面白いですよ!!ショーヘイさんは!!」
ディーが笑いながら、見事な剣捌きで魔獣を叩き切っていく。
「グレイ!!」
遠くに、村人を背後に守りながら巨大な魔獣と戦うグレイの姿が見えた。
グレイの周囲には同じく巨大な魔獣の残骸が転がっている。
自分とディーが殲滅した小型なんかじゃない、ゆうに3mをこえた巨大な毛むくじゃらの魔獣がグレイに牙を剥き、爪を立てる。
グレイの腕にも胸にも大きく抉られた傷がついており、血が流れていた。
ディーが咄嗟に、氷の矢を魔獣に向かって放つと、その脇腹に突き刺さって魔獣がグラついた瞬間、全身を硬化したグレイの腕が、魔獣の腹を貫き大きな穴を開けた。魔獣がドサリと倒れたが、まだ死んではおらず起きあがろうとするが、グレイがその頭に火の玉を放っていとも簡単に吹っ飛ばした。
「助かった」
グレイが駆け寄ってきたディーに告げ、未だに残っている小型魔獣を駆逐していく。自分もグレイと同じように小型魔獣を何体も撃退する。ディーは怪我をしている村人に駆け寄るとヒールをかけ始めた。
「やるなぁ、ショーヘー!」
「必死だよ!!」
炎を火炎放射器のように放ち、次々と魔獣を燃やしながら、そう返事をするが、その声が震えているのが自分でもわかる。気を抜くと、今にも恐怖で気を失いそうだった。
「ロイは!?」
「あっちにまだデカいのが数体残ってる!」
あっちと言われて、襲ってくる魔獣に火の玉を放ちながら周囲を確認すると、ドドドドッという音と共に左の奥の方で爆発が起こり煙が立ち上った。
「こっちは大丈夫です!行ってください!!」
ディーが叫ぶ。
その声で、左に向かって走り始める。
前を走るグレイを追う形で、少し離れたところにいる魔獣へ手榴弾魔法を投げつけて殲滅していく。
「なんだそれ!!おもしれーな!!」
まるで花火のように、ヒューッと飛んでいった火の玉が遠くの魔獣に当たった瞬間爆発を起こし、周囲の魔獣が数体巻き込まれて吹っ飛ばされる様にグレイが笑った。
「ロイ!!」
やっとロイのいる場所まで辿り着くと、その足元に転がった無数の魔獣の数に驚愕した。
「相変わらずヤベーな、あいつ」
グレイが、自分が駆逐した数の倍はある魔獣の死体に興奮したように呟く。
目の前で、ロイが狂喜乱舞するかのように暴れまくっていた。
ちょっとの怪我なんてものともしない。左肩に魔獣の爪が食い込んでいても、構わず魔獣をぶら下げたまま他の魔獣を一撃で粉砕する。
肩にあった魔獣の腕を無造作に掴むと、簡単に引き剥がすが、その勢いのまま他の魔獣に叩きつけ、引きちぎれた魔獣の腕だけがロイの手に残った。
それを向かってくる別の魔獣に投げつけて跳躍すると、手の中に放出した火の玉を魔獣の腹に叩き込む。その一瞬で魔獣が四方八方に爆発して飛び散り、さらに背後から迫る数体の魔獣を、自分が考えたカマイタチの魔法で振り向きざまに横一線に一瞬で切り裂いた。
数回しか見たことのない自分オリジナルのカマイタチ魔法を習得していて、その天才的なセンスに驚く。
ゾクっとロイの戦い方に戦慄した。
楽しんでる。
はっきりとそう感じた。ディーが言っていたように、まさに戦闘狂の姿だった。
その時、微かに子供の声がした。
泣き声がどこからしているのかわからず、咄嗟に探して隙を作ったことで、魔獣の爪をその体に浴びる。
「っつ!!」
熱を帯びた痛みが腕と背中を襲うが、それでも子供の声がした場所を探す。
視界の隅に、瓦礫の隙間から子供が泣きながら這い出して来るのを見つけ、もつれる足を必死に動かして、向かおうとしたが、子供に狙いを定めた大型の魔獣が襲いかかろうとしているのが見えた。
「やめろ!!」
思わず叫ぶ。だが次の瞬間、子供を抱きしめて庇い、その背中を魔獣の爪で引き裂かれたロイの姿を見た。
「ロイ!!!」
子供を抱いた腕と逆の腕で、再び襲ってきた魔獣の腕を掴み、そのまま雷撃を放つ。ズズンと黒く焼け焦げた魔獣が倒れる。
「よしよし、大丈夫だぞ」
ロイの中で泣きじゃくっている子供をあやしながら、自分に気付くと近づいてきた。
「頼む」
そう言って、小さな子供を渡されて、再び数が少なくなった魔獣へ飛びかかっていく。
子供を託されて、その場で抱きしめながら、自分に向かってくる魔獣を殲滅することだけに専念した。
そして、すべての魔獣が駆逐された。
足元に転がる無数の魔獣の死体。崩れた木造の家々。薙ぎ倒された木々。未だに燃え続ける家や倉庫らしき小屋。
そして、村人の遺体。
その惨劇に、改めて体が震えだす。アドレナリンが消えて、興奮状態から平常に戻っていくと、ギュッと子供を抱きしめて、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「頑張ったな、ショーヘー」
その頭をポンとグレイが撫でてくれる。そのグレイも返り血と自分の血でドロドロになっていた。
「預ろう」
自分から子供を受け取る。
その横からロイが猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。
「ショーヘー!無事か!?」
ザザザーッと滑り込んで自分の前まで来ると、自分の体のチェックを始める。
「あー!怪我してる!!」
自分の腕や背中、気が付けば色んな場所が引き裂かれており、血が滲んでいた。興奮状態で、細かい傷なんて全く気付かなかった。
「だ、だい、じょーぶ」
言葉が普通に出てこない。カチカチと震えて歯がなった。
「…ごめん、怖い思いさせて」
キュッと自分を抱きしめて、おでこや頬にキスの雨を降らせる。
ロイのせいじゃないのに、謝る姿に笑った。
「ディーの所へ行こう」
グレイが提案する。
そうだ、自分よりもロイやグレイの方がよっぽど酷い怪我を負ってる。グレイの腕の中で泣いている子供も、腕に大怪我を負っていた。
「行こう」
そう思って立ちあがろうとしたが、途中まで立ち上がって、カクンと崩れて四つ這いになった。
「あは…はは」
今になって、襲ってきた恐怖と終わったことの安堵感で、全身に全く力が入らず、立ち上がることが出来なかった。
「あはは、先行ってくれ。立てそうにないわ」
力なく笑い、震える体に諦めて座り込んだ。
「初めての戦闘じゃしゃーないわな。でも、本当によくやったよ。初めてがモンスターブレイクって、そりゃキツいわ」
グレイが笑いながら、頭を撫でて慰めてくる。そのまま、じゃー先に行ってるわ、と手を振りながらディーの元へ歩いて行った。
「大丈夫か?」
「大丈夫、気が抜けて力が入らないだけだよ。落ち着けばなんとかなる」
ロイが心配そうに自分を覗き込んでくる。
「これがモンスターブレイクってやつか」
「ああ、通常なら一個部隊で討伐する規模だったな。すげーよショーヘー」
一個部隊が何人なのかはわからないが、たった4人で、しかも戦闘に関しては初心者の自分がいて、よく無事だったと改めて思った。
「ショーヘーの魔力お化けが発揮出来たな」
ロイが笑いながら揶揄ってくる。
「お化けって言うな」
そう笑いながら返した。
周囲に転がっていた魔獣の死体から徐々に黒い霧のようなものが立ち上がると、その体がサラサラと崩れ落ちて跡形もなく霧散して行く。
「魔獣は、死んだら再び魔素に戻るんだ」
ロイが教えてくれた。ロイの体についていた魔獣の肉片も黒い塵になって消えて行く。
周囲にあった死体が次々に霧散して消えた。
「馬車は?」
改めてそう聞かれて、
手で爆発を現す動作と共に「ボンッ」と答えた。
「あー…快適だったのになー」
「どこが!?」
即答して、馬車旅の感想に大きな食い違いがあることに笑い合った。
「抱っこしよっか?」
「いい、いらねー」
ロイのお姫様抱っこの提案をすかさず却下する。
お互いに顔を見合わせて笑った。
そして自然に顔を寄せ合い、キスをした。
10分ほどで、ようやく早鐘を打っていた鼓動も落ち着き、まだ震えは残っているが力が入るようになり、何とか立ち上がる。
ロイの腕に捕まりながら歩くことが出来て、ディーとグレイのところに向かう。
そして、その光景にさらにショックが襲う。
無数の怪我人。数十人でない。数百人の村人が一箇所に集まり、怪我人が怪我人を看病しているような悲惨な状況だった。
生き残った村人で動ける者が必死に仲間を助けようとディーの元へ運んでいる。
ディーも怪我の様子を確認しつつ、命に関わる重症者から必死にヒールをかけ、完全に治るまではヒールをかけずに、命が助かった段階で次の人の治療を始める。たった1人で、息を切らしながらヒールをかけ続けていた。
「治癒師がいねーのか」
ロイが隣で舌打ちをした。
「ショーヘー、ここで待っててくれ」
そう言って、自由に動けない自分を残して怪我人の村人の元へ走っていく。
その有様に無力感に襲われた。
自分は何も出来ないのか。
戦闘は終わった。
でもまだ全部終わったわけではない。今もなお命の灯火が消えようとしている人がいる。
助けなきゃ。
助けたい。
そう思うが、自分に何が出来る。
立ちすくんで、自分の両手のひらを見た。
ヒールは今まで使ったことはない。
でも、今まで何度もディーが使うのを見てきた。怪我が治る瞬間を、何度も見た。
出来るか。
そっと、右手を左腕にある擦過傷に添える。
「ヒール…」
小さな声で、自分に使う。
だが、傷は治らない。
思い出せ。
何度も見たヒールを、怪我が治る様子を思い出せ。
「ヒール」
ジワっと左の小さな傷が疼く。
「ヒール」
ジワジワと傷の周りの皮膚が意思を持ったように動き、そして、傷が消えた。
出来た!
念の為に、もう一箇所ヒールを使ってみると、すぐに傷が消えた。
いける!!
ゆっくりと深呼吸をした。
少し俯いて目を閉じる。両腕を下げ、手を開いて、ゆっくりと左右に開いていく。
魔力お化けの本領発揮だ。
「はぁ…」
魔力が大量にどんどん一箇所に吸い取られる感じにザワザワとした鳥肌が立つ。
「ショーヘー…?」
村人を運んでいたロイが自分の異変に気付く。
次の瞬間、自分の足元から白く光り輝く巨大な魔法陣が周囲一帯を囲むように一瞬で広がった。
「っな!!」
急に足元に現れた魔法陣に、その場にいた全員が慌てふためいた。
地面が直接発光しているように、キラキラと白い光と金色の粒が湧いて浮き上がってくる。
光はどんどん強くなる。
「治ってく!」
1人の村人が叫んだ。
途端に次から次へと、同じような声が叫ばれる。
まだだ。
まだ足りない。
もっと。
もっと強く。
目を閉じたまま顔を上げて、自分の魔力を持ち上げるように、手の平を上に向けてゆっくりと腕を上げていく。
ごっそりと魔力を持っていかれる感覚に、息が苦しくなってくる。
何度も肩を上下させて深く呼吸を繰り返し、天を仰ぐように顔を上げ、両腕を肩よりも上に持ち上げ、唱える。
「ヒール」
魔法陣の中で自分の声が不思議な反響を持って響き渡った。その瞬間、さらに発光が強くなり、金色の光の粒がロイもディーもグレイも、すべての人を覆い尽くす。
そして、ゆっくりと霧が晴れるように光が消え、魔法陣も地面から浮かび上がると霧散した。
「治ってる…」
誰かが呟く。
横になって苦しんでいた人が体を起こして、傷があったであろう場所を撫でている。
村人が互いに互いの見合わせて、次の瞬間、ワアァ!!!と歓声を上げた。
「奇跡だ…」
誰かがそう呟いた。
「…ショーヘー…」
ロイが驚愕の表情を浮かべたまま自分を見てくる。ディーもグレイも、口が開いたまま塞がっていなかった。
「はは…出来た」
ニッコリと笑って、イエーイとピースサインをロイに向け、その笑顔のまま、意識を失って倒れた。
「ショーヘー!!」
3人が慌てて翔平に駆け寄り、ロイがその体を助け起こす。
「ショーヘー!おい!」
ペチペチと頬を叩くが反応がない。
ディーが、翔平の額に触れて状態を確認する。
「大丈夫です。一気に魔力を消費して、体がついていかなかっただけですよ。眠れば治ります」
ディーがホッとして言った。
前のオーバーフローのような、意識不明ではないことに胸を撫で下ろす。
「全く…無茶しやがって…」
グレイも、気が抜けて座り込み、笑った。
「ショーヘー…」
ロイがギュッと翔平を抱きしめ安堵の表情を浮かべる。
「あの…」
そんな4人に、老人が声をかけてくる。
「本当にありがとうございます」
ペコペコと頭を下げた。
老人の後ろで、助かった村人達が抱き合って、涙を流して喜んでいた。
「あなた達は一体…」
「ああ、申し遅れました」
ディーが全員の認識阻害魔法を解除する。
「…ディーゼル殿下!!!」
途端に、老人が地面に這いつくばって頭を下げた。
その名前に、後ろの村人もどよめき、次々と平伏して行く。
「やめてください。頭を上げて」
ディーがポンと老人の肩に手を置いた。
「英雄ロイ様!」
後ろで若い男が叫んだ!
「剛腕のグレイ様だ!!」
次々に3人の名前が呼ばれて歓声が上がった。
「そちらの方は…もしや聖女様では…?」
ロイの腕に抱かれた翔平を見て老人がおずおずと聞いてくる。
「聖…女?」
3人とも一瞬ポカンとした。
「あのような奇跡を起こせるのは、聖女様しかおりません。ここにいる全員の怪我を、瀕死の者までお救いになるなんて」
老人の目から涙が落ちる。
3人は顔を見合わせて、瞬時に判断した。
「そうなんです。彼を王都へ護衛する旅の途中で、たまたま通りがかりまして」
ディーがしれっと言う。
決して間違ったことは言っていない。
「やはり!もはや伝説と言われる聖女様をまさかこの目で見られるとは…」
老人が歓喜の涙を流す。
村人がザワザワと翔平の話を始める。
聖女様、奇跡が、と所々から聞こえて、グレイが苦笑いした。
「とにかく、まずは亡くなった者達を弔ってやるべきだ」
グレイが立ち上がって、老人を立たせると、村人達の方へ連れて行く。
「私たちも一度馬車の所へ移動しましょう。荷物には保護魔法をかけてあるので無事なはずです」
「だな。ショーヘーを落ち着く場所で休ませてやりたい」
ロイが翔平を姫抱きにして立ち上がりディーと共に群衆から離れて行く。
グレイは村人に燃え続ける建物の消火や、弔いの指示を始めた。
ロイの腕の中で、ただ懇々と眠りに落ちる。
初日のような強烈な吐き気はなくなって、少しモヤッとする程度にまで慣れていた。
だが、自分の膝枕でグーグーと寝るロイ程慣れている訳ではない。
ガタガタと相変わらず揺れは酷いし、よく寝られるなと、逆に感心した。
「後2日もあればカーライドに着きますよ」
徒歩であれば2週間はかかる工程を半分以下で進めたのだから、やっぱり馬車は偉大だ。
馬車酔いもだいぶ治っていたので、ディーがサスペンションについての説明を求めてくる。
自分も車にはあまり詳しくはないが、振動を吸収する仕組みはなんとなくわかっていたので、説明した。
ディーは一生懸命メモを取って、色々と細かく聞いてくる。
「衝撃吸収のバネですか…。これは画期的だ」
説明が終わった後ブツブツと独り言を呟きながらメモと睨めっこしているのを見て苦笑した。
馬車はすでにランドール領を抜けて、カーライドのあるイグリット領に入っていた。
イグリットの領都はカーライドよりもさらに東に進んだ先にある。もしかしたら転移魔法陣が使用可能かもしれないが、可能性はとても低いし、立ち寄るとさらに1週間以上行程が伸びてしまうので、今回は寄ることを断念した。
揺れさえなければ馬車旅は快適で、さすがランドールの家紋。野盗の襲撃は一度もなかった。
一度だけ、チラリとその姿を見たのだが、家紋を見た途端に散り散りになって逃げていったのだ。
ギルバートがいかに恐怖の対象になっているのかがよくわかる。
昼休憩を挟んで、再び移動を開始してからしばらくすると、馬車がゆっくりと速度を落とした。
「どうしました?グレイ」
ディーが小窓から御者席のグレイに問いかける。
「何か変だ。この先に、村があったよな」
完全に馬車を止め、グレイが御者席に立ち上がり、跳躍して屋根に上がると遠くを見る。
「索敵」
グレイが両腕を広げて、周囲へ索敵魔法をかけた。
いつぞや見た探索魔法とは異なるようで、グレイを中心に広がっていく魔力に、ピリッとした張り詰めた空気が含まれているようだった。
「魔獣だ!!ロイ!!起きろ!!」
グレイが大きく叫び、御者席へ飛び移る馬の嗎と共に馬車を急発進させた。
グレイの言葉にロイがすぐに反応して起き上がると、窓から身を乗り出し、そのまま屋根へと飛び移る。
「ショーヘー!窓から顔出すなよ!!」
外からロイが叫び、
「どこかにしっかり捕まっていてください」
ディーが最初から長剣を手前に持ってくると、同じように窓から顔を出して前方を確認する。
自分は、その突然始まった出来事に、状況を飲み込むまで数十秒かかった。言われたことをしっかりと守ることしか出来ない。3人の様子からかなりの一大事だとは判断出来るが、何が始まったのかは全くわからない。
馬車が猛スピードで走り、その揺れは尋常ではなかった。必死に馬車の手すりに力を込めて捕まり、何度も大きく跳ねる馬車に天井に頭をぶつけそうになりながら揺れに耐えた。
「見えた!!村が襲われてる!!!」
グレイが叫ぶ。
次第に、何かが燃える匂いが充満してくる。
木が燃える匂いに、何かの肉が焼けたようなツンとした異臭が鼻をつく。
そして、耳に、人の悲鳴が聞こえてきた。
「ディー!ショーヘーを頼む!!グレイ!!右は任せた!!!」
馬車が急停車し、ドンッとロイが屋根を蹴った衝撃が響いた。前方からもグレイが飛んだ衝撃で馬車が大きく揺れる。
「ショーヘイさんは絶対に馬車から出ないで!」
ディーもすかさず馬車から降りていく。
耳に聞こえる悲鳴、焼けた匂い、何かが崩れ壊れる音。
何が起こっているのか、想像も出来なかった。
窓の外を確認したくても、恐怖で体が動かない。それだけ3人の緊迫した声や表情に圧倒された。
魔獣。
魔素を取り込みすぎて、自我も理性も無くなった本能のみで生きる獣。
その魔獣がすぐそこにいる。
村を襲っている。
体が震えた。怖い。
自分は何も出来ない。
ただ、ここで終わるのを待つしかない。
聞こえてくる悲鳴に、ビクッと体が反応し、胸が押し潰されそうに苦しくなる。
ギュッと胸元を握りしめた瞬間、ドンと大きく馬車が横に揺れた。
音のした方を反射的に見て、ヒュッと息を呑む。
そこに魔獣が居た。
目が赤くぎょろぎょろと馬車の中を覗き、その口は耳まで避けて長く赤い舌がベロベロと馬車の窓を舐めている。魔素を取り込む前の姿がなんだったのか、まるでわからない異様な姿に、悲鳴を飲み込んだ。
ガタガタと体が震える。
次の瞬間、ドンとその魔獣が馬車に押しつけられたかと思うと、恐ろしく不気味な声をあげて血を吹き出してズルズルと下へ落ちて行った。
その窓の向こうに、剣を構えたディーの姿が見え、魔獣を斬り殺したとすぐにわかった。
だが、今度は屋根、反対側の窓やドアに、ドンッドンッと何かがぶつかってくる多数の音と揺れが響く。そして、馬車の屋根を叩き壊そうとするガンガンという音と、窓が割れ、メキメキとドアがこじ開けられる音が続け様に起こった。
「出て!!」
ディーが外にいた方のドアが開き、ディーに思い切り腕を引っ張られた。
転げ落ちるように馬車から引きずり出されると、ディーがそのまま自分を引きずって数歩下がると、馬車の中に向かって炎の球を数発打ち込む。
ドンドンドン!!という音で、馬車にまとわりついていた数匹の魔獣とともに馬車が木っ端微塵に吹き飛び、自分はディーの後ろでその防御魔法に守られた。
バラバラと馬車の破片と魔獣の肉片が降ってくる。
怖い。
体の震えが止まらない。
自分とディーに向かって、巨大な四足歩行の魔獣が何体も襲いかかってくる。
その姿は四足歩行ではあったが、カエルをさらに潰して醜くしたような顔で、骨格が異常に曲がり、関節があらぬ方向を向いていた。さらにオオトカゲのような尻尾を持ち、全身に棘のような角を生やしていた。
ディーが自分を背後に匿いながら、無数の魔法陣を出現させて、次々と簡単に魔獣を撃破していくが、数が尋常ではなかった。1匹1匹は弱いがとにかく数が多い。数十、数百以上の魔獣が黒い波のように押し寄せる。
さらにオオトカゲのような魔獣以外にも、犬を変形させたような姿の魔獣や、ウサギや猫くらいの大きさまで、様々な形や大きさの魔獣がジリジリと自分とディーを取り囲んでいく。
「ショーヘイさん、すみません。この数じゃ庇い切れない。戦えますか」
ディーがはっきりとそう言った。
ハッとしてディーを見ると、その肩が上下に動いて、呼吸がだいぶ荒くなっていた。その間も、ディーの放つ魔法は止まらない。飛びかかってくる魔獣をその長剣で薙ぎ払いながら、魔法を放つことは止めない。
動け、動け、動け!!
ディーの姿を見て、自分が置かれた状況を再確認し、意識的に恐怖を抑え込もうとする。
心の中で、自分に怒鳴る。
戦えよ!!
守られるだけでいいのか!!
バッと立ち上がる。膝はまだガタガタと震えて、気を抜けば腰を抜かしそうだが、気力で立ち上がった。
全身にアドレナリンが噴出する。
ディーの隣に立ち両手を前にへ突き出した。
「炎の竜巻!!!」
その瞬間、自分の両腕から炎が渦巻いて魔獣を襲う。小さな渦ではなく、ハリケーンをイメージしたため、周りの魔獣を次々と吸い込みながら、ディーと自分を中心に半径20m程度の周囲の魔獣を炎で焼き殺した。
「ナイス」
ディーが荒い息で、自分に笑いかけた。自分もなんとか笑みを返したが、腕の震えは止まらなかった。
続け様にカマイタチの魔法を手当たり次第に放つと、次々と魔獣が真っ二つに切れて死んでいく。
もっと、何か一発でたくさん殺せる魔法はないか。考えながら、火の玉を連続で放つ。
そして、手榴弾を思いついた。
火の玉にさらにイメージを追加して、火の玉一つが、魔獣に当たった瞬間爆発するようなイメージを描く。
何発かは不発に終わったが、だんだんとイメージが定着して、一つの火の玉が魔獣に当たった瞬間、周囲を巻き込んで爆発した。一度に4、5匹の魔獣が吹っ飛ぶ。
何度も何度も、手榴弾を投げる要領で爆発させていく。
「ショーヘイさん…なんなんですか!それ!」
ディーが叫ぶ。見たことのない魔法に、剣を振り上げながら面白そうに笑っていた。
しかし、まだまだ魔獣はいる。
自分たちの周囲にいた魔獣はほぼ殲滅出来たが、まだまだ数は減らない。ジリジリと包囲網を狭めてくる。
もっと、広範囲に!!
「火の雨!!!」
両手を頭上へ振り上げて、そう叫んだ。
その瞬間、自分の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。一気に自分の中の魔力が大量に魔法陣に奪われていくのがわかって、ほんの一瞬だけその感覚にクラッと目眩を覚えたが、足を踏ん張って堪えた。
そして、その魔法陣から言葉通り、火の雨が広範囲に降り注ぎ、その炎の雫一粒一粒が次々と魔獣を貫いて行った。
その炎の雨が止む頃には、周囲にいた魔獣がほぼ全滅していた。
「ははは…」
ディーが笑いながら、無茶苦茶だ、と呟いた。
後は村に向かいつつ襲ってくる数体を駆逐するだけだった。
「ほんと面白いですよ!!ショーヘイさんは!!」
ディーが笑いながら、見事な剣捌きで魔獣を叩き切っていく。
「グレイ!!」
遠くに、村人を背後に守りながら巨大な魔獣と戦うグレイの姿が見えた。
グレイの周囲には同じく巨大な魔獣の残骸が転がっている。
自分とディーが殲滅した小型なんかじゃない、ゆうに3mをこえた巨大な毛むくじゃらの魔獣がグレイに牙を剥き、爪を立てる。
グレイの腕にも胸にも大きく抉られた傷がついており、血が流れていた。
ディーが咄嗟に、氷の矢を魔獣に向かって放つと、その脇腹に突き刺さって魔獣がグラついた瞬間、全身を硬化したグレイの腕が、魔獣の腹を貫き大きな穴を開けた。魔獣がドサリと倒れたが、まだ死んではおらず起きあがろうとするが、グレイがその頭に火の玉を放っていとも簡単に吹っ飛ばした。
「助かった」
グレイが駆け寄ってきたディーに告げ、未だに残っている小型魔獣を駆逐していく。自分もグレイと同じように小型魔獣を何体も撃退する。ディーは怪我をしている村人に駆け寄るとヒールをかけ始めた。
「やるなぁ、ショーヘー!」
「必死だよ!!」
炎を火炎放射器のように放ち、次々と魔獣を燃やしながら、そう返事をするが、その声が震えているのが自分でもわかる。気を抜くと、今にも恐怖で気を失いそうだった。
「ロイは!?」
「あっちにまだデカいのが数体残ってる!」
あっちと言われて、襲ってくる魔獣に火の玉を放ちながら周囲を確認すると、ドドドドッという音と共に左の奥の方で爆発が起こり煙が立ち上った。
「こっちは大丈夫です!行ってください!!」
ディーが叫ぶ。
その声で、左に向かって走り始める。
前を走るグレイを追う形で、少し離れたところにいる魔獣へ手榴弾魔法を投げつけて殲滅していく。
「なんだそれ!!おもしれーな!!」
まるで花火のように、ヒューッと飛んでいった火の玉が遠くの魔獣に当たった瞬間爆発を起こし、周囲の魔獣が数体巻き込まれて吹っ飛ばされる様にグレイが笑った。
「ロイ!!」
やっとロイのいる場所まで辿り着くと、その足元に転がった無数の魔獣の数に驚愕した。
「相変わらずヤベーな、あいつ」
グレイが、自分が駆逐した数の倍はある魔獣の死体に興奮したように呟く。
目の前で、ロイが狂喜乱舞するかのように暴れまくっていた。
ちょっとの怪我なんてものともしない。左肩に魔獣の爪が食い込んでいても、構わず魔獣をぶら下げたまま他の魔獣を一撃で粉砕する。
肩にあった魔獣の腕を無造作に掴むと、簡単に引き剥がすが、その勢いのまま他の魔獣に叩きつけ、引きちぎれた魔獣の腕だけがロイの手に残った。
それを向かってくる別の魔獣に投げつけて跳躍すると、手の中に放出した火の玉を魔獣の腹に叩き込む。その一瞬で魔獣が四方八方に爆発して飛び散り、さらに背後から迫る数体の魔獣を、自分が考えたカマイタチの魔法で振り向きざまに横一線に一瞬で切り裂いた。
数回しか見たことのない自分オリジナルのカマイタチ魔法を習得していて、その天才的なセンスに驚く。
ゾクっとロイの戦い方に戦慄した。
楽しんでる。
はっきりとそう感じた。ディーが言っていたように、まさに戦闘狂の姿だった。
その時、微かに子供の声がした。
泣き声がどこからしているのかわからず、咄嗟に探して隙を作ったことで、魔獣の爪をその体に浴びる。
「っつ!!」
熱を帯びた痛みが腕と背中を襲うが、それでも子供の声がした場所を探す。
視界の隅に、瓦礫の隙間から子供が泣きながら這い出して来るのを見つけ、もつれる足を必死に動かして、向かおうとしたが、子供に狙いを定めた大型の魔獣が襲いかかろうとしているのが見えた。
「やめろ!!」
思わず叫ぶ。だが次の瞬間、子供を抱きしめて庇い、その背中を魔獣の爪で引き裂かれたロイの姿を見た。
「ロイ!!!」
子供を抱いた腕と逆の腕で、再び襲ってきた魔獣の腕を掴み、そのまま雷撃を放つ。ズズンと黒く焼け焦げた魔獣が倒れる。
「よしよし、大丈夫だぞ」
ロイの中で泣きじゃくっている子供をあやしながら、自分に気付くと近づいてきた。
「頼む」
そう言って、小さな子供を渡されて、再び数が少なくなった魔獣へ飛びかかっていく。
子供を託されて、その場で抱きしめながら、自分に向かってくる魔獣を殲滅することだけに専念した。
そして、すべての魔獣が駆逐された。
足元に転がる無数の魔獣の死体。崩れた木造の家々。薙ぎ倒された木々。未だに燃え続ける家や倉庫らしき小屋。
そして、村人の遺体。
その惨劇に、改めて体が震えだす。アドレナリンが消えて、興奮状態から平常に戻っていくと、ギュッと子供を抱きしめて、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「頑張ったな、ショーヘー」
その頭をポンとグレイが撫でてくれる。そのグレイも返り血と自分の血でドロドロになっていた。
「預ろう」
自分から子供を受け取る。
その横からロイが猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。
「ショーヘー!無事か!?」
ザザザーッと滑り込んで自分の前まで来ると、自分の体のチェックを始める。
「あー!怪我してる!!」
自分の腕や背中、気が付けば色んな場所が引き裂かれており、血が滲んでいた。興奮状態で、細かい傷なんて全く気付かなかった。
「だ、だい、じょーぶ」
言葉が普通に出てこない。カチカチと震えて歯がなった。
「…ごめん、怖い思いさせて」
キュッと自分を抱きしめて、おでこや頬にキスの雨を降らせる。
ロイのせいじゃないのに、謝る姿に笑った。
「ディーの所へ行こう」
グレイが提案する。
そうだ、自分よりもロイやグレイの方がよっぽど酷い怪我を負ってる。グレイの腕の中で泣いている子供も、腕に大怪我を負っていた。
「行こう」
そう思って立ちあがろうとしたが、途中まで立ち上がって、カクンと崩れて四つ這いになった。
「あは…はは」
今になって、襲ってきた恐怖と終わったことの安堵感で、全身に全く力が入らず、立ち上がることが出来なかった。
「あはは、先行ってくれ。立てそうにないわ」
力なく笑い、震える体に諦めて座り込んだ。
「初めての戦闘じゃしゃーないわな。でも、本当によくやったよ。初めてがモンスターブレイクって、そりゃキツいわ」
グレイが笑いながら、頭を撫でて慰めてくる。そのまま、じゃー先に行ってるわ、と手を振りながらディーの元へ歩いて行った。
「大丈夫か?」
「大丈夫、気が抜けて力が入らないだけだよ。落ち着けばなんとかなる」
ロイが心配そうに自分を覗き込んでくる。
「これがモンスターブレイクってやつか」
「ああ、通常なら一個部隊で討伐する規模だったな。すげーよショーヘー」
一個部隊が何人なのかはわからないが、たった4人で、しかも戦闘に関しては初心者の自分がいて、よく無事だったと改めて思った。
「ショーヘーの魔力お化けが発揮出来たな」
ロイが笑いながら揶揄ってくる。
「お化けって言うな」
そう笑いながら返した。
周囲に転がっていた魔獣の死体から徐々に黒い霧のようなものが立ち上がると、その体がサラサラと崩れ落ちて跡形もなく霧散して行く。
「魔獣は、死んだら再び魔素に戻るんだ」
ロイが教えてくれた。ロイの体についていた魔獣の肉片も黒い塵になって消えて行く。
周囲にあった死体が次々に霧散して消えた。
「馬車は?」
改めてそう聞かれて、
手で爆発を現す動作と共に「ボンッ」と答えた。
「あー…快適だったのになー」
「どこが!?」
即答して、馬車旅の感想に大きな食い違いがあることに笑い合った。
「抱っこしよっか?」
「いい、いらねー」
ロイのお姫様抱っこの提案をすかさず却下する。
お互いに顔を見合わせて笑った。
そして自然に顔を寄せ合い、キスをした。
10分ほどで、ようやく早鐘を打っていた鼓動も落ち着き、まだ震えは残っているが力が入るようになり、何とか立ち上がる。
ロイの腕に捕まりながら歩くことが出来て、ディーとグレイのところに向かう。
そして、その光景にさらにショックが襲う。
無数の怪我人。数十人でない。数百人の村人が一箇所に集まり、怪我人が怪我人を看病しているような悲惨な状況だった。
生き残った村人で動ける者が必死に仲間を助けようとディーの元へ運んでいる。
ディーも怪我の様子を確認しつつ、命に関わる重症者から必死にヒールをかけ、完全に治るまではヒールをかけずに、命が助かった段階で次の人の治療を始める。たった1人で、息を切らしながらヒールをかけ続けていた。
「治癒師がいねーのか」
ロイが隣で舌打ちをした。
「ショーヘー、ここで待っててくれ」
そう言って、自由に動けない自分を残して怪我人の村人の元へ走っていく。
その有様に無力感に襲われた。
自分は何も出来ないのか。
戦闘は終わった。
でもまだ全部終わったわけではない。今もなお命の灯火が消えようとしている人がいる。
助けなきゃ。
助けたい。
そう思うが、自分に何が出来る。
立ちすくんで、自分の両手のひらを見た。
ヒールは今まで使ったことはない。
でも、今まで何度もディーが使うのを見てきた。怪我が治る瞬間を、何度も見た。
出来るか。
そっと、右手を左腕にある擦過傷に添える。
「ヒール…」
小さな声で、自分に使う。
だが、傷は治らない。
思い出せ。
何度も見たヒールを、怪我が治る様子を思い出せ。
「ヒール」
ジワっと左の小さな傷が疼く。
「ヒール」
ジワジワと傷の周りの皮膚が意思を持ったように動き、そして、傷が消えた。
出来た!
念の為に、もう一箇所ヒールを使ってみると、すぐに傷が消えた。
いける!!
ゆっくりと深呼吸をした。
少し俯いて目を閉じる。両腕を下げ、手を開いて、ゆっくりと左右に開いていく。
魔力お化けの本領発揮だ。
「はぁ…」
魔力が大量にどんどん一箇所に吸い取られる感じにザワザワとした鳥肌が立つ。
「ショーヘー…?」
村人を運んでいたロイが自分の異変に気付く。
次の瞬間、自分の足元から白く光り輝く巨大な魔法陣が周囲一帯を囲むように一瞬で広がった。
「っな!!」
急に足元に現れた魔法陣に、その場にいた全員が慌てふためいた。
地面が直接発光しているように、キラキラと白い光と金色の粒が湧いて浮き上がってくる。
光はどんどん強くなる。
「治ってく!」
1人の村人が叫んだ。
途端に次から次へと、同じような声が叫ばれる。
まだだ。
まだ足りない。
もっと。
もっと強く。
目を閉じたまま顔を上げて、自分の魔力を持ち上げるように、手の平を上に向けてゆっくりと腕を上げていく。
ごっそりと魔力を持っていかれる感覚に、息が苦しくなってくる。
何度も肩を上下させて深く呼吸を繰り返し、天を仰ぐように顔を上げ、両腕を肩よりも上に持ち上げ、唱える。
「ヒール」
魔法陣の中で自分の声が不思議な反響を持って響き渡った。その瞬間、さらに発光が強くなり、金色の光の粒がロイもディーもグレイも、すべての人を覆い尽くす。
そして、ゆっくりと霧が晴れるように光が消え、魔法陣も地面から浮かび上がると霧散した。
「治ってる…」
誰かが呟く。
横になって苦しんでいた人が体を起こして、傷があったであろう場所を撫でている。
村人が互いに互いの見合わせて、次の瞬間、ワアァ!!!と歓声を上げた。
「奇跡だ…」
誰かがそう呟いた。
「…ショーヘー…」
ロイが驚愕の表情を浮かべたまま自分を見てくる。ディーもグレイも、口が開いたまま塞がっていなかった。
「はは…出来た」
ニッコリと笑って、イエーイとピースサインをロイに向け、その笑顔のまま、意識を失って倒れた。
「ショーヘー!!」
3人が慌てて翔平に駆け寄り、ロイがその体を助け起こす。
「ショーヘー!おい!」
ペチペチと頬を叩くが反応がない。
ディーが、翔平の額に触れて状態を確認する。
「大丈夫です。一気に魔力を消費して、体がついていかなかっただけですよ。眠れば治ります」
ディーがホッとして言った。
前のオーバーフローのような、意識不明ではないことに胸を撫で下ろす。
「全く…無茶しやがって…」
グレイも、気が抜けて座り込み、笑った。
「ショーヘー…」
ロイがギュッと翔平を抱きしめ安堵の表情を浮かべる。
「あの…」
そんな4人に、老人が声をかけてくる。
「本当にありがとうございます」
ペコペコと頭を下げた。
老人の後ろで、助かった村人達が抱き合って、涙を流して喜んでいた。
「あなた達は一体…」
「ああ、申し遅れました」
ディーが全員の認識阻害魔法を解除する。
「…ディーゼル殿下!!!」
途端に、老人が地面に這いつくばって頭を下げた。
その名前に、後ろの村人もどよめき、次々と平伏して行く。
「やめてください。頭を上げて」
ディーがポンと老人の肩に手を置いた。
「英雄ロイ様!」
後ろで若い男が叫んだ!
「剛腕のグレイ様だ!!」
次々に3人の名前が呼ばれて歓声が上がった。
「そちらの方は…もしや聖女様では…?」
ロイの腕に抱かれた翔平を見て老人がおずおずと聞いてくる。
「聖…女?」
3人とも一瞬ポカンとした。
「あのような奇跡を起こせるのは、聖女様しかおりません。ここにいる全員の怪我を、瀕死の者までお救いになるなんて」
老人の目から涙が落ちる。
3人は顔を見合わせて、瞬時に判断した。
「そうなんです。彼を王都へ護衛する旅の途中で、たまたま通りがかりまして」
ディーがしれっと言う。
決して間違ったことは言っていない。
「やはり!もはや伝説と言われる聖女様をまさかこの目で見られるとは…」
老人が歓喜の涙を流す。
村人がザワザワと翔平の話を始める。
聖女様、奇跡が、と所々から聞こえて、グレイが苦笑いした。
「とにかく、まずは亡くなった者達を弔ってやるべきだ」
グレイが立ち上がって、老人を立たせると、村人達の方へ連れて行く。
「私たちも一度馬車の所へ移動しましょう。荷物には保護魔法をかけてあるので無事なはずです」
「だな。ショーヘーを落ち着く場所で休ませてやりたい」
ロイが翔平を姫抱きにして立ち上がりディーと共に群衆から離れて行く。
グレイは村人に燃え続ける建物の消火や、弔いの指示を始めた。
ロイの腕の中で、ただ懇々と眠りに落ちる。
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