おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜聖女誕生〜

33.おっさん、馬車に酔う

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 博物館でしか見たことのない立派な馬車に、気持ちが浮つく。
 昔、テレビで見た某国のロイヤルウエディングで王族が乗っていた馬車に似ている。
 黒光りしていて、扉の部分には竜が描かれたランドール家の家紋が大きく入っている。
 中は5、6人が乗れるような広さで、座席は布張りのソファーに窓にはカーテンと豪華だった。
 その馬車に合わせて、自分達の旅の装いも少し変える、というかかなり変わった。
 自分はギルバート邸で着せられた服をもう少し簡略化したもので少しだけ動きやすくなったし、ロイ達も一般の旅人でなくて、騎士まではいかないが、スーツに近いような出立になった。
 今までの旅服も鞄に詰めて、万が一馬車がダメになった時に、再び一般人に偽装することに決まっている。
「じゃ」
 ロイが素っ気なくギルバートに言って馬車に乗り込もうとしたが、ギルバートがそれを許さない。
「ロイ、ケジメはつけなさい」
 ギルバートが微笑みながら言うが、目は笑っていない。
 ロイが短いため息をつくと、馬車の前にロイ、ディー、グレイがキッチリと並び背筋を伸ばして胸をはる。
「ロイ、ディーゼル、グレイ、以上3名、これよりショーヘー・シマダの王都移送護衛の任にあたります」
 カッと踵を鳴らし、3人がほぼ同時に左手を後ろに回し、右拳を左胸にぶつける敬礼をした。
「よろしい。健闘を祈る」
 ギルバートがニッコリと笑った。
 そしてゆっくりと歩き、自分の前に来て、左手を後ろに回し右手を胸に当てて一礼すると、そっと右手で自分の手を取り、その手にキスをする。
「ショーヘイ君、いつでもまた遊びに来てくださいね。その時は是非ベッドで貴方の乱れる姿を…」
 とセリフを言い終える前にロイがギルバートに殴りかかるが、ヒョイっと当たり前のようにかわす。何度も殴ろうとするが、ヒョイヒョイとかわす様はダンスをしているようだった。
「はは…」
 下ネタコントを見ているような気分になる。ディーもグレイも2人のやりとりにずっと笑っていた。
「では、行ってらっしゃい。どうか無事で」
 4人が乗り込んだ後、ヒラヒラと手を振って見送られた。
「あのエロジジィ」
 ロイがブツブツとギルバートの文句を言っていたが、ロイの口元が少しだけ笑っているのを見て、クスッと笑った。
 ロイとギルバートはよく似てると思った。飄々としているようで、締める所はきちんと締める。欲望に忠実であるところも、ほんと似ていると思った。ロイの性格はギルバートの影響もかなりあるんだろうと思う。
 でも、きっとそれは絶対にロイは否定する。
 いつかの時に揶揄うネタにしようと心の中にしまった。


 意気揚々と馬車に乗り込んだのはいいのだが、
「きぼぢわるい…」
 青い顔で口元を抑えて蹲る。
「グレイ、馬車を停めてください」
 ディーが御者席のグレイに伝えて、街道の脇に馬車を止めると、バタバタと降りて道脇まで走ると、ゲーゲーと吐いた。
 もう何度目だろう。
 馬車に揺られて数時間で酔ってしまい、胃の中の物を吐いた。
 それから少し進んでは吐き、を繰り返している。
「なんでこんなに揺れるんだよ…」
 ロイに背中を摩ってもらいながら、もう何も出てこないのにえづく。
「馬車酔いなんてガキみてーだな」
 そうロイに笑われて、キッと睨みつけるが、またえづいてしまってオエッと胃液を吐き出した。
「サスペンションとかついてねーのか…」
「サスペン…何ですそれ?」
 すかさずディーが聞いてくるが、
「ごめ…今無理…後で説明、する、から」
 とまたオエッと吐き出す。
 馬車の乗り心地は最悪だった。
 上下前後左右に常時揺らされて、それでなくても絶叫マシンが大嫌いなのに、内臓が浮き上がるような感覚が常に襲ってくる。吐くな、という方が無理だ。
 それでも自分以外の3人は全く平気なようで、慣れているのかただ内臓が強いだけなのか、平然としている3人が羨ましい。
「あと少し行けば、農村に着きますから、今日はそこで休みましょう」
 距離的には徒歩よりもかなり進んではいるが、通常の馬車移動の半分程度しか進んでいない。
 この乗り物がずっと続くのかと思うと、かなり憂鬱だった。



 昨晩、ロイに自分のトラウマを打ち明けた。
 8年前、結婚直前の女性に、酷い裏切りを受け、それ以来恋愛が出来なくなったこと。
 恋愛感情にずっと蓋をしてきたせいで、ロイへの気持ちに気づくのが遅くなってしまったこと。
 蓋を開けてロイを好きだと自覚したら、今度は裏切られるかもしれないという恐怖が、好きという気持ちに比例して膨れ上がっていること。
 好きだと思えば思うほど、ロイから愛を感じれば感じるほど、どんどん恐怖が襲ってくる。
「怖いんだ…また裏切られたら…、予言者の言った人が俺じゃなかったら、俺はもう…」
 立ち直れない。きっと壊れてしまう。
 ロイはじっと黙って最後まで聞くと、ゆっくりと抱きしめてくれた。
「変なことを言うかもしれないけど、俺、ちょっと嬉しいと思ったかも」
 ロイが言う。
「ショーヘーが怖いって思うのは、それだけ俺を好きってことだろ?」
 コツンと額をくっつけて、囁くように話す。
「俺は絶対に裏切らない、言葉にするのは簡単だけど…。
 ショーヘーは簡単に信じることなんて出来ないくらい傷付いたんだよな。今もまだ傷付いてる」
 ロイがチュッと軽くキスをしてくる。
「だから俺は言葉じゃなくて、態度で示すよ。
 もういらないって、もう無理、やめてって言うくらい、ショーヘーを愛して愛して愛し続ける」
 さらにキスをする。
 自分の頬を両手で包んで、灰色の瞳で真剣に見つめてくる。
「ショーヘーの傷付いた心ごと、恐怖も全部丸ごと愛したい」
「うん…」
「ショーヘー、好きだよ。心の底から愛してる。これから何百回でも、何万回でも、無限に言い続ける。
 ショーヘーが欲しいんだ。身も心も全てが欲しい。全部俺のものにしたい」
 顔から手を離して、再び両手をギュッと握られる。
「だからさ、その傷付いた心ごと、怖いと思う気持ちごと、ショーヘーを全部俺にちょうだい」
 ロイが笑った。
「なんだよそれ」
 まるで、お菓子ちょうだい、という子供ように無邪気に言われて、思わず笑った。ポロッと涙が落ちる。
 嬉しいと心から思う。
 ズズッと鼻を啜って、泣いた自分が恥ずかしくて、笑って誤魔化す。

 大丈夫。
 きっと大丈夫だ。
 ロイなら、きっと。

 自分のトラウマの影が少しだけ薄くなったような気がする。ロイに言われた言葉が少しづつ自分を癒していくのがわかる。

「なんか、こっちに来て涙腺が緩くなった気がする」
 手で涙を拭って、はぁとため息を吐いた。
「確かに良く泣くな」
 ロイが、自分が泣いた回数を考えるような仕草をしている。
「数えるなよ。恥ずかしいから」
「まあ、でも」
 ロイがズイッと自分に迫ってくる。
「別の意味なら何度でも泣かせたいけど」
 そう言って、ニヤニヤする。
 言われた言葉の意味を一瞬考え、すぐに意味がわかって真っ赤になり、迫ってくるロイの顔を押し返した。
「エロいこと言うな」
「SEXん時の泣き顔、無茶苦茶エロいんだもん」
「やめろって////」
 ふざけあって、ゆっくりと唇を重ねた。
 長い長いキスに恐怖が溶けていくような気がした。




「あー…しんどい…」
 馬車の横に建てたテントの中で横になる。吐き続けたことでかなり体力を消耗してグロッキーになっていた。
 ギルバートが用意してくれた荷物の中に、野営用のテントがあったが、想像していた三角形のテントでなく、いわゆる天幕と言われるものだ。中世時代の戦争を描いた映画で見たことがある。
 元の世界でも、グランピングで天幕に近いテントでおしゃれキャンプをする人達が増えていたな、と思い出す。
 農村の隅で野営させてもらうが、領主の馬車が突然村にやってきたため、一時は村長やら村人が駆けつけるなど騒然とした。
 ディーが村長に、ただ場所を借りたいと申し出ると、村長はかなり恐縮しながらも快く受け入れてくれた。何か必要なものはないかと一生懸命に接待しようとするので、体調不良の者がいるので、出来れば静かに、関わらないで欲しいとやんわりと伝えると、村長は引き下がってくれた。
「水、飲めるか?」
 グレイがコップを差し出して確認してくる。
「もらうよ。ありがとう」
 体を起こして、受け取ると、冷たい水を一口飲んだ。吐きすぎて失った水分が体に染み渡っていく。
「あの…」
 天幕の外で、女性の声がした。
 ディーが入口の幕をめくって外を確認すると、そこに犬族の若くて可愛らしい女性が果物を抱えて立っていた。
「体調がよろしくない方がいらっしゃると聞いて、もしよろしければこちらを」
 そう言って、カゴに入った果物を差し出してくる。
「これはわざわざ、ありがとうございます」
 ディーがカゴを受け取る。
「どうもありがとうございます」
 自分も奥から、女性に向かってお礼を言いつつ微笑んだ。その途端、犬族の女性が自分を見てポッと赤くなった。

 お?
 ディーじゃなくて、俺に?

 こんな可愛い女性に赤面されるなんて、と満更でもない気分になった。若干グロッキーだった体が軽くなったような気がする。
 女性がモジモジと頭を下げつつ、天幕から離れていく。
 ディーは早速と言って、果物を切るために外に出ていき、グレイも馬に餌やってくると天幕から出て行った。
 ロイと2人になっても、先ほどの可愛い女性の反応にニマニマしていると、バシッと後頭部を叩かれた。
「いて」
 思わず頭を押さえると、叩いてきた隣に座っていたロイを見る。
「何すんだよ」
「鼻の下伸ばすなよ」
 ムッとした表情でロイがプイッとそっぽを向く。その姿に、思わず吹き出した。
「何お前、妬いてんの?」
「別に」
 プププーッと口元を抑えつつわざとらしく笑ってやると、今度は蹴られた。
「ひっでー」
 それでもなお笑うと、
「それ以上笑ったら、立てなくなるくらいヤリまくるぞ」
「すいません、もう笑いません」
 ムグッと口を横に結んで笑いを抑えて黙り込む。だが、堪えきれずに再度吹き出した。
「おい」
 ロイがますますムッとした声で文句を言ってくる。
 ロイがこんな小さなことでヤキモチを焼くのが可笑しくて仕方ない。ほんと、恋を知ったばかりの少年のような反応に可笑しくなる。
「可愛いなーロイは」
 クスクスと笑いながら、そう思わず呟くと、ロイが顔を歪めてすごく嫌そうな表情で自分を見てきた。
「可愛い。ヤキモチ焼くロイがすごく可愛い」
 いい年の男が可愛いと言われる気持ちがわかったか!と、ここぞとばかりに普段から可愛いと言われ続けた仕返しを始める。
「可愛いよ、ロイ。ほんと可愛い」
 頭をいい子いい子するように撫でると、突然その手を掴まれた。
「ショーヘー、覚えてろよ。次の宿でマジで腰が立たなくなるまでヤルからな」
「へ…?」
 サーッと血の気が引いた気がした。
「え、うそ、ごめん、ごめんってば」
「もーおせーよ」
 やり過ぎた。
 そう後悔しても後の祭り。
「何しよっかなー、まだ試してない体位もいっぱいあるしなー」
 ロイがニヤニヤと自分の体を舐め回すように見てくる。
「何回イかそうかなー」
 そこで気付いた。
 やられた。
 恋の駆け引きでなく、SEXの駆け引きにロイにしてやられたと気付いた。
 それに気付いてムーッと口を結ぶと、今度はロイが笑う番だった。
「俺に駆け引きで勝とうなんて100年早いわ」
「あっそ…」
 フンとそっぽを向いたが、グイッと体を引き寄せられてキスをされた。
「んぅ!」
 強引に舌を絡ませて貪るように吸い付いてくる。
 ゆっくりと唇を離し、ロイが舌なめずりした。
「今ここですぐにでもヤリたい」
 ロイの言葉とその声にゾクっと背筋に悪寒のような快感が走る。じっと見つめられて、ロイの視線だけで性感帯を弄られているようだった。
「無理だけどな」
 苦笑いして、チュッと軽いキスをすると、大きく伸びをしつつ立ち上がった。
「さーて、飯の用意でもすっかな」
 ロイがそう言って出て行った後、はあああぁと大きなため息を吐いた。

 ヤバい。
 本当にヤバかった。

 あそこで本当に始められたら、抵抗することなんて出来なかった。
 ロイとSEXしたい、抱かれたい、と本気で考えている自分も大概だな、と思った。
「ほんとに好きなんだな…」
 そう独り言を呟き、自分も夕食の準備を手伝うために天幕を出た。







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