32 / 217
王都への旅路 〜最強種 竜族〜
32.おっさん、トラウマを思い出す
しおりを挟む
ギルバートがニコリと微笑む。
「ありがとう、ショーヘイ君」
静かに立ち上がると、手を差し出される。
「年寄りの長い話に付き合わせてしまって申し訳ない。さ、部屋まで送りましょう」
その手を取り、促されるままに立ち上がった。
どう見てもそれはエスコートで、男の自分がされることに、どうしても恥ずかしさを感じてしまう。
ガラス戸を開けてもらい、手を取ったまま歩き始める。
「少し、残念な気持ちもあるんです」
ゆっくりと歩きながら、そう言う。
「残念?」
「ええ。もし貴方がロイを受け入れていなかったら、私が貴方を口説き落としたでしょう」
「は?」
「私とロイは非常に好みが一致していましてね」
廊下の途中で立ち止まると、近距離で自分を見つめてくる。
「とても可愛らしい。出来ればベッドで貴方を泣かせてみたい」
「!」
カーッと全身が真っ赤になった。あわあわと狼狽えてしまう。
可愛いと言われたこともそうだが、かなり下品な内容なのに、ギルバートのその紳士然たる様相で言われると妙にドキドキしてしまった。
「酷いことをされてはいませんか?」
すっと、首筋を指でなぞられた。そこに、ロイとの情事の跡が赤く残っており、隠そうともしていなかった自分にますます赤くなった。
「あの子は激しいですからね」
真っ赤になりながら今更首元を手で隠し、恥ずかしくて視線を逸らすと、ギルバートはクスクスと笑いながら顎に手を添えて上を向かされた。
次の瞬間、唇を奪われていた。
数秒で唇が離れ、
「貴方がベッドで乱れる姿を見てみたいものです」
と笑顔を向けられる。
揶揄いなのか本気なのか、全くわからず、ただ狼狽える。何も言えずにオロオロとしてしまうばかりで、ギルバートはそんな自分を見て、クスクスと楽しそうに笑っていた。
再び手を取られ、エスコートされつつ廊下を進む。
部屋の前に到着して、指先を握られると、そっとその手にキスされた。
「ロイに飽きたらいつでも」
そうニッコリと笑い、おやすみなさいと立ち去っていった。
しばらくその背中を呆然と眺めていたが、慌てて部屋の中に入る。
なんだったんだ…。
バルコニーでの話があった後に、あの誘い。
また揶揄われたのか、本気なのか、全く理解出来ずに頭がグルグルした。
小さいため息をついて、ベッドを見ると、出ていった時と同じ姿勢で眠っているロイを見つめた。
ガウンを脱いでベッドにあがると、ロイの隣に滑り込む。
目を閉じ、ギルバートから聞いたロイの過去の話を思い出す。
ギルバートはロイを息子のように愛しているんだろう。おそらくロマもきっとそうだ。亡くなった両親に代わって、愛情を注がれて今のロイがいる。
親子の愛、友情の愛、そして、自分は。
ロイが帰る場所
自分が本当に予言者が言った人なのか、それはわからない。でも、現実としてロイは自分を愛して、自分もまたロイを愛している。
もし、もしも、自分が予言者の言った人でなかったら、その時は…。
そう考えて胸がチリっと痛んだ。
それでもいい、今はロイを全力で愛そう、そう思った。
そして眠りに落ちる。
眩しい光と人の気配に目が覚めた。
「おはようございます。朝のお支度を」
昨日、自分を洗い着替えさせた数人の使用人が、手に着替えやらタオルやらを持って壁に沿って並んでいた。
「お、はよう、ございます…」
隣を見ると、すでにロイの姿はなかった。時計を見ると、8時を回っている。
寝起きで頭が回らず、女性に促されるままに顔を洗い、また昨日と似たような服を着せられて、されるがままになってしまう。
途中からすっかり目が覚めて、着替えさせてもらうという恥ずかしさから、女性に声をかけた。
「あの、なんで俺だけこんな…」
「ギルバート様から、大切に扱うようにと」
大切?それだけでこんなどこかの王族のような扱いを受けるんだろうかと、訝しむ。
できれば、もっと動きやすい服を着たいと思ったが、彼女達も仕事なのだからと、何も言わずにされるがままになった。
「さ、出来ましたよ」
女性がニッコリと笑った。
昨日と同じようにすっかり小綺麗にされ、使用人たちが自分達の仕事の仕上がりに満足そうにしているのを見て、ただ、お礼を伝えるしか、他に何も言えなくなった。
そのまま部屋を出ると、昨日の夜ギルバートと話したバルコニーへと案内される。そこにギルバートがお茶を飲みながら、中庭を見ていた。
「おはようございます」
その隣に座ると、すぐに目の前に朝食が運ばれてくる。
その高待遇にかなり恐縮してしまう。
「おはよう。ゆっくり眠れましたか?」
きっと昨日遅くまで話したせいで、今朝は自分1人だけを起こさないでいてくれたんだろうと悟った。
「はい。ありがとうございます」
礼を言いながら中庭を覗き込むと、丁度3人が筋トレの真っ最中だった。
「はは…」
その姿を見て、乾いた笑いを漏らす。
朝からかなりしごかれていたのか、離れていても、3人とも上半身裸で汗をかいているのがわかった。
ロイとグレイはともかく、ディーは魔導士団だし、しかも王子様だし、関係ないようにみえたが、ギルバートの前ではただの団員扱いなんだろう。
「獣士団の朝の日課なんですが、メニューをこなすのにかなり時間がかかっていますね。弛んでいる証拠です」
しれっとギルバートが言う。
3人がここに来たくないという理由がさらによくわかった。
結局、午前中のメニューを終わらせるのに、昼近くまでかかり、ギルバートに説教に近い嫌味を言われていた。
「疲れた…」
昼食後、中庭の木陰で4人で集まって休んでいた。
ロイもグレイもさっさと横になり、グレイに至ってはいびきをかいてさっさと寝てしまい、ロイは自分に膝枕をしてもらってご満悦の表情でゴロゴロしている。
「お疲れさん」
ロイの頭を撫でつつ、みんなに声をかける。
「私はもう獣士団じゃないのに」
ディーが愚痴を漏らし、アハハと笑った。
「次はどこに向かうか、ですね」
明日、ルメリアを発って次の街へ向かう。そのために、どのルートを選ぶのか決めなくてはならない。
「ギルに指輪のジジィのこと聞かねーとな」
「そうですね、シーグは別領とは言え、近いですからね。何か知っているかもしれません」
休息が終わると、ギルバートの執務室で、相談が行われた。
明日から、ギルバートが用意した馬車で移動することになった。
まだ4人で移動する者が狙われていることは間違いないし、馬車であれば人数の確認が容易ではない。さらにランドール家の家紋が入った馬車を襲うことは、鬼に喧嘩を売るようなものだ。野盗に襲われる頻度は確実に減るだろう。
問題は、他国の間者と、指輪の男の存在である。
「他国の間者に関しては、こちらから早馬を出して宰相に報告しておきましょう。ただ、あの宰相ですからすでに手は打たれていると思いますがね」
宰相、ディーの兄の話が出る。
ディーも兄ならきっと何かしら手を打っているはずだと断言した。話を聞く限り、かなり外交に強い人物らしい。
「直近の問題として、指輪の男ですか」
ギルバートが少し考えこみ、
「こちらでも、たまに人攫いの報告があがっています。ただ…誘拐や行方不明事件はかなり数があります。どれが指輪の男の犯行かは断定できません」
「巷では、数十年前から人攫いの噂があるようですが」
「そうですね、その噂も知ってはいましたが、人が作り出した危険を回避するための寓話の類だと思っていました」
元の世界でもあった、⚪︎⚪︎するとお化けがくるぞ、的な話なんだろうと思った。
「今回ジュノーを狙っているのは間違いないでしょうが、果たしてジュノーだけなのか、という疑問もあります」
ギルバートが続ける。
「ジュノーがどういう存在なのかは理解していますよね?」
自分に向けて聞かれたので、頷いた。
「そんなジュノーが普通の街や村で生活していると思いますか?」
言われてみればそうだ。
同調スクロールを使わなければ、魔素に侵されて魔獣になる。
運良くスクロールを使ったとしても、スクロールを持っていた人物に何かしらされるだろう。
自分みたいに運良く善人に保護されたならいいとしても、保護された後に一般人のように生活しているとは思えなかった。
「シーグで攫われたという黒髪の男性も、街で暮らす普通の人だった」
一旦区切ってお茶で喉を潤す。
「指輪の男は、こう言っては何ですが誰でも良いのだと思いますよ」
「誰でも?」
「おそらく何らかの実験でもしているんでしょう。今回は近くにジュノーが現れた情報を得たのでジュノーを狙った。滅多に手に入らない実験材料として」
ギルバートの言葉にゾッとする。
自分をモルモットにするために探しているのか。
4人全員がギルバートの言葉に黙り込む。
「何をするためにその人達を、ジュノーを必要としているのか想像もしたくないですが。
ロイ、グレイ、ディーゼル殿下。しっかりとショーヘイ君を護衛しなさい」
最後にギルバートが上官の目と声で3人に言った。
途端に3人が反射的に居住まいを正す。
「このままシーグ周辺を通過するのはマズいでしょう」
ギルバートが地図を出してくる。
ルメリアから北へ真っ直ぐ王都へ向かう街道沿いにシーグがある。
「一度迂回して東に進み、カーライドへ向かってみては?」
地図を覗き込んで確認すると、ルメリアからかなり距離がある。
「シーグのあるコークス領を大きく回り込むことになりますが」
3人が頷いた。
「明日までに出発の手筈はこちらで整えます。貴方達はショーヘイ君を護衛することだけに集中なさい」
そう言ってニコリと笑った。
「本来なら私も同行したいところですが、魔法陣の襲撃もあったので、領主としてここを離れるわけには行きませんからね」
同行という言葉に3人が緊張したが、行かないとわかると目に見えてホッとしていた。
「他国の間者の件で書簡を王都に送りますが、合わせて途中まででも迎えに来てもらえるように書いておきます。ただ、それが無事に王都に着くかどうかは保証できません。
あくまでも3人でショーヘイ君を王都まで送り届けるつもりでいなさい」
今現在は伝達魔鳥も使えない。早馬で書簡を送ったとしても、届かない、もしくは中身が書き換えられる可能性がある。情報が遮断され錯綜している今、3人しか自分を守る術はないのだ。
王都でも、ディーやグレイが出発した後、後発隊がロマの家に向かっていただろう。だが、到着しロマの家の惨状を見てそのまま引き返したのか、自分たちを探しているのか、その情報すらない。
何もかもがわからない手探り状態で、自分にとって信頼出来るのは、ロイ、ディー、グレイの3人だけだった。
目下の進むべき方向が決まり、一度解散となる。
それぞれが旅支度を整えるために一度部屋に戻ることにした。
部屋を出る時、ディーとグレイが先に出て、自分も部屋から出てロイが出てくるのを待っていると、
「ギル…、マスター、ありがとう」
ロイが小さい声でギルバートに礼を言っているのが聞こえたが、聞こえないフリをする。
ギルバートは笑顔を作ると、
「親として手助けするのは当たり前です」
ギルバートが笑ってそう答え、ロイの頭をクシャッと撫でた。ロイが照れたように笑うのが見えて、自分も思わず微笑む。
だが、
「もし、ショーヘイ君を泣かせるようなことがあれば、すぐに奪いに行きますからね」
「はぁ!?」
そのセリフにはロイと2人揃って声を出す。
「ショーヘー!何された!?」
「な、何も!?」
「おや、つれないですね。昨晩はあんなに語り合ってキスまでしたのに」
ギルバートの意味深な言い方に、部屋に戻る途中キスされたことを思い出して赤くなる。
そんな自分の様子を見たロイはギッとギルバートを睨みつけ、
「息子の男に手ェ出す親がどこにいんだよ!」
ギルバートは声に出して笑い、自分は怒るロイを必死に宥めた。
部屋に戻ってから、ずっとロイに詰め寄られ、昨晩あったことをロイに正直に打ち明けた。
成り行きというか、口説かれてキスされたことを知ると、
「1度ならず2度までも」
とロイがぐぬぬと怒りに燃えていた。
「口直し」
そう言って、何度も何度もキスをされた。
夕食を摂った後、明日の準備を済ませてベッドの上でゴロゴロする。
「俺の昔の話、聞いたのか」
「ああ、聞いたよ。ご両親のことも」
「そっか」
そう呟いて少し寂しそうに笑った。
「辛かったな…」
そう言って、ロイを引き寄せると、子供を慰めるようにキュッとロイを抱きしめた。ロイも自分の背中に腕を回して、自分の胸に頭を預けてきた。
「でも、親がもう2人増えた」
「うん」
ロマとギルバートのことを言っているんだろう。
「ロマは口うるさいし、ギルバートは人の男に手ェ出そうとするスケベジジィだけどな」
そう言ってクックッと笑う。
「800歳過ぎて、あっちは今だに現役って化け物だろw」
その言葉に、確かに、と声を出して笑う。
「予言者の話も聞いた?」
「…うん、聞いたよ」
その話は出来ればしたくないと思ってしまう。自分が予言者が告げた人なのか、その証拠も確証もないのだ。
心の何処かで、もしも自分じゃなかったら、という恐怖が小さなしこりになっていた。
8年前、愛した人に、簡単に裏切られた。その恐怖が未だに心を蝕んでいる。おそらく一生消えない心の傷だ。
「予言者が言った通りだった。ショーヘーを見た時、この人だって直感したんだ」
「うん…」
ロイはそう言うが、人の気持ちは移ろうものだ。絶対なんて言い切れない。
「ショーヘー…?」
煮え切らないような自分の返事にロイが訝しんで顔を上げた。
「なんでそんな顔すんの?」
ロイが不安げに聞いてくる。多分今の自分の顔は泣きそうな、苦しそうな表情なんだろうと、自分でもわかる。
「俺じゃ、ダメか?俺じゃショーヘーの伴侶になれないか?」
起き上がって、向かい合って座り直し、両手を握られた。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。俺は、ロイを愛してるよ。それは間違いない」
「じゃあどうして、そんな泣きそうな顔…」
小さな傷が、前に押し出されてくる。
ロイをどんどん好きになる。
好きで好きで堪らない。愛している。
でも、そう思えば思うほど、同じだけ不安と恐怖が膨れ上がる。
8年も前のことなのに、裏切られた時に感じた絶望と怒り、虚無感や情けなさが、ロイを好きになればなるほど、ロイの愛を感じるほど、大きくなって襲ってくる。
これが、自分が抱えたトラウマだ。
心に巣くった闇の部分が、愛情を抱けば抱くほど心を蝕んで行く。
「ロイ、好きだ。好きなんだよ。だけど…怖い!」
耐えきれなくなって、涙が溢れた。
情けない。
38にもなって、恋愛で泣くほど苦しむなんて。
そう自己嫌悪する。
ロイは何も悪くない。真っ直ぐ自分に愛を示してくれる。だから余計に情けない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん…」
手で涙を拭うと、
「昔の話、聞いてくれるか?」
自分を真っ直ぐに愛してくれるロイには、ちゃんと話しておこうと思った。
「ショーヘー…」
ロイがそっと抱きしめてくれる。目元にキスをして、慰めるように背中を撫でてくれた。それだけで、少しだけ恐怖が和らいだ。
「ありがとう、ショーヘイ君」
静かに立ち上がると、手を差し出される。
「年寄りの長い話に付き合わせてしまって申し訳ない。さ、部屋まで送りましょう」
その手を取り、促されるままに立ち上がった。
どう見てもそれはエスコートで、男の自分がされることに、どうしても恥ずかしさを感じてしまう。
ガラス戸を開けてもらい、手を取ったまま歩き始める。
「少し、残念な気持ちもあるんです」
ゆっくりと歩きながら、そう言う。
「残念?」
「ええ。もし貴方がロイを受け入れていなかったら、私が貴方を口説き落としたでしょう」
「は?」
「私とロイは非常に好みが一致していましてね」
廊下の途中で立ち止まると、近距離で自分を見つめてくる。
「とても可愛らしい。出来ればベッドで貴方を泣かせてみたい」
「!」
カーッと全身が真っ赤になった。あわあわと狼狽えてしまう。
可愛いと言われたこともそうだが、かなり下品な内容なのに、ギルバートのその紳士然たる様相で言われると妙にドキドキしてしまった。
「酷いことをされてはいませんか?」
すっと、首筋を指でなぞられた。そこに、ロイとの情事の跡が赤く残っており、隠そうともしていなかった自分にますます赤くなった。
「あの子は激しいですからね」
真っ赤になりながら今更首元を手で隠し、恥ずかしくて視線を逸らすと、ギルバートはクスクスと笑いながら顎に手を添えて上を向かされた。
次の瞬間、唇を奪われていた。
数秒で唇が離れ、
「貴方がベッドで乱れる姿を見てみたいものです」
と笑顔を向けられる。
揶揄いなのか本気なのか、全くわからず、ただ狼狽える。何も言えずにオロオロとしてしまうばかりで、ギルバートはそんな自分を見て、クスクスと楽しそうに笑っていた。
再び手を取られ、エスコートされつつ廊下を進む。
部屋の前に到着して、指先を握られると、そっとその手にキスされた。
「ロイに飽きたらいつでも」
そうニッコリと笑い、おやすみなさいと立ち去っていった。
しばらくその背中を呆然と眺めていたが、慌てて部屋の中に入る。
なんだったんだ…。
バルコニーでの話があった後に、あの誘い。
また揶揄われたのか、本気なのか、全く理解出来ずに頭がグルグルした。
小さいため息をついて、ベッドを見ると、出ていった時と同じ姿勢で眠っているロイを見つめた。
ガウンを脱いでベッドにあがると、ロイの隣に滑り込む。
目を閉じ、ギルバートから聞いたロイの過去の話を思い出す。
ギルバートはロイを息子のように愛しているんだろう。おそらくロマもきっとそうだ。亡くなった両親に代わって、愛情を注がれて今のロイがいる。
親子の愛、友情の愛、そして、自分は。
ロイが帰る場所
自分が本当に予言者が言った人なのか、それはわからない。でも、現実としてロイは自分を愛して、自分もまたロイを愛している。
もし、もしも、自分が予言者の言った人でなかったら、その時は…。
そう考えて胸がチリっと痛んだ。
それでもいい、今はロイを全力で愛そう、そう思った。
そして眠りに落ちる。
眩しい光と人の気配に目が覚めた。
「おはようございます。朝のお支度を」
昨日、自分を洗い着替えさせた数人の使用人が、手に着替えやらタオルやらを持って壁に沿って並んでいた。
「お、はよう、ございます…」
隣を見ると、すでにロイの姿はなかった。時計を見ると、8時を回っている。
寝起きで頭が回らず、女性に促されるままに顔を洗い、また昨日と似たような服を着せられて、されるがままになってしまう。
途中からすっかり目が覚めて、着替えさせてもらうという恥ずかしさから、女性に声をかけた。
「あの、なんで俺だけこんな…」
「ギルバート様から、大切に扱うようにと」
大切?それだけでこんなどこかの王族のような扱いを受けるんだろうかと、訝しむ。
できれば、もっと動きやすい服を着たいと思ったが、彼女達も仕事なのだからと、何も言わずにされるがままになった。
「さ、出来ましたよ」
女性がニッコリと笑った。
昨日と同じようにすっかり小綺麗にされ、使用人たちが自分達の仕事の仕上がりに満足そうにしているのを見て、ただ、お礼を伝えるしか、他に何も言えなくなった。
そのまま部屋を出ると、昨日の夜ギルバートと話したバルコニーへと案内される。そこにギルバートがお茶を飲みながら、中庭を見ていた。
「おはようございます」
その隣に座ると、すぐに目の前に朝食が運ばれてくる。
その高待遇にかなり恐縮してしまう。
「おはよう。ゆっくり眠れましたか?」
きっと昨日遅くまで話したせいで、今朝は自分1人だけを起こさないでいてくれたんだろうと悟った。
「はい。ありがとうございます」
礼を言いながら中庭を覗き込むと、丁度3人が筋トレの真っ最中だった。
「はは…」
その姿を見て、乾いた笑いを漏らす。
朝からかなりしごかれていたのか、離れていても、3人とも上半身裸で汗をかいているのがわかった。
ロイとグレイはともかく、ディーは魔導士団だし、しかも王子様だし、関係ないようにみえたが、ギルバートの前ではただの団員扱いなんだろう。
「獣士団の朝の日課なんですが、メニューをこなすのにかなり時間がかかっていますね。弛んでいる証拠です」
しれっとギルバートが言う。
3人がここに来たくないという理由がさらによくわかった。
結局、午前中のメニューを終わらせるのに、昼近くまでかかり、ギルバートに説教に近い嫌味を言われていた。
「疲れた…」
昼食後、中庭の木陰で4人で集まって休んでいた。
ロイもグレイもさっさと横になり、グレイに至ってはいびきをかいてさっさと寝てしまい、ロイは自分に膝枕をしてもらってご満悦の表情でゴロゴロしている。
「お疲れさん」
ロイの頭を撫でつつ、みんなに声をかける。
「私はもう獣士団じゃないのに」
ディーが愚痴を漏らし、アハハと笑った。
「次はどこに向かうか、ですね」
明日、ルメリアを発って次の街へ向かう。そのために、どのルートを選ぶのか決めなくてはならない。
「ギルに指輪のジジィのこと聞かねーとな」
「そうですね、シーグは別領とは言え、近いですからね。何か知っているかもしれません」
休息が終わると、ギルバートの執務室で、相談が行われた。
明日から、ギルバートが用意した馬車で移動することになった。
まだ4人で移動する者が狙われていることは間違いないし、馬車であれば人数の確認が容易ではない。さらにランドール家の家紋が入った馬車を襲うことは、鬼に喧嘩を売るようなものだ。野盗に襲われる頻度は確実に減るだろう。
問題は、他国の間者と、指輪の男の存在である。
「他国の間者に関しては、こちらから早馬を出して宰相に報告しておきましょう。ただ、あの宰相ですからすでに手は打たれていると思いますがね」
宰相、ディーの兄の話が出る。
ディーも兄ならきっと何かしら手を打っているはずだと断言した。話を聞く限り、かなり外交に強い人物らしい。
「直近の問題として、指輪の男ですか」
ギルバートが少し考えこみ、
「こちらでも、たまに人攫いの報告があがっています。ただ…誘拐や行方不明事件はかなり数があります。どれが指輪の男の犯行かは断定できません」
「巷では、数十年前から人攫いの噂があるようですが」
「そうですね、その噂も知ってはいましたが、人が作り出した危険を回避するための寓話の類だと思っていました」
元の世界でもあった、⚪︎⚪︎するとお化けがくるぞ、的な話なんだろうと思った。
「今回ジュノーを狙っているのは間違いないでしょうが、果たしてジュノーだけなのか、という疑問もあります」
ギルバートが続ける。
「ジュノーがどういう存在なのかは理解していますよね?」
自分に向けて聞かれたので、頷いた。
「そんなジュノーが普通の街や村で生活していると思いますか?」
言われてみればそうだ。
同調スクロールを使わなければ、魔素に侵されて魔獣になる。
運良くスクロールを使ったとしても、スクロールを持っていた人物に何かしらされるだろう。
自分みたいに運良く善人に保護されたならいいとしても、保護された後に一般人のように生活しているとは思えなかった。
「シーグで攫われたという黒髪の男性も、街で暮らす普通の人だった」
一旦区切ってお茶で喉を潤す。
「指輪の男は、こう言っては何ですが誰でも良いのだと思いますよ」
「誰でも?」
「おそらく何らかの実験でもしているんでしょう。今回は近くにジュノーが現れた情報を得たのでジュノーを狙った。滅多に手に入らない実験材料として」
ギルバートの言葉にゾッとする。
自分をモルモットにするために探しているのか。
4人全員がギルバートの言葉に黙り込む。
「何をするためにその人達を、ジュノーを必要としているのか想像もしたくないですが。
ロイ、グレイ、ディーゼル殿下。しっかりとショーヘイ君を護衛しなさい」
最後にギルバートが上官の目と声で3人に言った。
途端に3人が反射的に居住まいを正す。
「このままシーグ周辺を通過するのはマズいでしょう」
ギルバートが地図を出してくる。
ルメリアから北へ真っ直ぐ王都へ向かう街道沿いにシーグがある。
「一度迂回して東に進み、カーライドへ向かってみては?」
地図を覗き込んで確認すると、ルメリアからかなり距離がある。
「シーグのあるコークス領を大きく回り込むことになりますが」
3人が頷いた。
「明日までに出発の手筈はこちらで整えます。貴方達はショーヘイ君を護衛することだけに集中なさい」
そう言ってニコリと笑った。
「本来なら私も同行したいところですが、魔法陣の襲撃もあったので、領主としてここを離れるわけには行きませんからね」
同行という言葉に3人が緊張したが、行かないとわかると目に見えてホッとしていた。
「他国の間者の件で書簡を王都に送りますが、合わせて途中まででも迎えに来てもらえるように書いておきます。ただ、それが無事に王都に着くかどうかは保証できません。
あくまでも3人でショーヘイ君を王都まで送り届けるつもりでいなさい」
今現在は伝達魔鳥も使えない。早馬で書簡を送ったとしても、届かない、もしくは中身が書き換えられる可能性がある。情報が遮断され錯綜している今、3人しか自分を守る術はないのだ。
王都でも、ディーやグレイが出発した後、後発隊がロマの家に向かっていただろう。だが、到着しロマの家の惨状を見てそのまま引き返したのか、自分たちを探しているのか、その情報すらない。
何もかもがわからない手探り状態で、自分にとって信頼出来るのは、ロイ、ディー、グレイの3人だけだった。
目下の進むべき方向が決まり、一度解散となる。
それぞれが旅支度を整えるために一度部屋に戻ることにした。
部屋を出る時、ディーとグレイが先に出て、自分も部屋から出てロイが出てくるのを待っていると、
「ギル…、マスター、ありがとう」
ロイが小さい声でギルバートに礼を言っているのが聞こえたが、聞こえないフリをする。
ギルバートは笑顔を作ると、
「親として手助けするのは当たり前です」
ギルバートが笑ってそう答え、ロイの頭をクシャッと撫でた。ロイが照れたように笑うのが見えて、自分も思わず微笑む。
だが、
「もし、ショーヘイ君を泣かせるようなことがあれば、すぐに奪いに行きますからね」
「はぁ!?」
そのセリフにはロイと2人揃って声を出す。
「ショーヘー!何された!?」
「な、何も!?」
「おや、つれないですね。昨晩はあんなに語り合ってキスまでしたのに」
ギルバートの意味深な言い方に、部屋に戻る途中キスされたことを思い出して赤くなる。
そんな自分の様子を見たロイはギッとギルバートを睨みつけ、
「息子の男に手ェ出す親がどこにいんだよ!」
ギルバートは声に出して笑い、自分は怒るロイを必死に宥めた。
部屋に戻ってから、ずっとロイに詰め寄られ、昨晩あったことをロイに正直に打ち明けた。
成り行きというか、口説かれてキスされたことを知ると、
「1度ならず2度までも」
とロイがぐぬぬと怒りに燃えていた。
「口直し」
そう言って、何度も何度もキスをされた。
夕食を摂った後、明日の準備を済ませてベッドの上でゴロゴロする。
「俺の昔の話、聞いたのか」
「ああ、聞いたよ。ご両親のことも」
「そっか」
そう呟いて少し寂しそうに笑った。
「辛かったな…」
そう言って、ロイを引き寄せると、子供を慰めるようにキュッとロイを抱きしめた。ロイも自分の背中に腕を回して、自分の胸に頭を預けてきた。
「でも、親がもう2人増えた」
「うん」
ロマとギルバートのことを言っているんだろう。
「ロマは口うるさいし、ギルバートは人の男に手ェ出そうとするスケベジジィだけどな」
そう言ってクックッと笑う。
「800歳過ぎて、あっちは今だに現役って化け物だろw」
その言葉に、確かに、と声を出して笑う。
「予言者の話も聞いた?」
「…うん、聞いたよ」
その話は出来ればしたくないと思ってしまう。自分が予言者が告げた人なのか、その証拠も確証もないのだ。
心の何処かで、もしも自分じゃなかったら、という恐怖が小さなしこりになっていた。
8年前、愛した人に、簡単に裏切られた。その恐怖が未だに心を蝕んでいる。おそらく一生消えない心の傷だ。
「予言者が言った通りだった。ショーヘーを見た時、この人だって直感したんだ」
「うん…」
ロイはそう言うが、人の気持ちは移ろうものだ。絶対なんて言い切れない。
「ショーヘー…?」
煮え切らないような自分の返事にロイが訝しんで顔を上げた。
「なんでそんな顔すんの?」
ロイが不安げに聞いてくる。多分今の自分の顔は泣きそうな、苦しそうな表情なんだろうと、自分でもわかる。
「俺じゃ、ダメか?俺じゃショーヘーの伴侶になれないか?」
起き上がって、向かい合って座り直し、両手を握られた。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。俺は、ロイを愛してるよ。それは間違いない」
「じゃあどうして、そんな泣きそうな顔…」
小さな傷が、前に押し出されてくる。
ロイをどんどん好きになる。
好きで好きで堪らない。愛している。
でも、そう思えば思うほど、同じだけ不安と恐怖が膨れ上がる。
8年も前のことなのに、裏切られた時に感じた絶望と怒り、虚無感や情けなさが、ロイを好きになればなるほど、ロイの愛を感じるほど、大きくなって襲ってくる。
これが、自分が抱えたトラウマだ。
心に巣くった闇の部分が、愛情を抱けば抱くほど心を蝕んで行く。
「ロイ、好きだ。好きなんだよ。だけど…怖い!」
耐えきれなくなって、涙が溢れた。
情けない。
38にもなって、恋愛で泣くほど苦しむなんて。
そう自己嫌悪する。
ロイは何も悪くない。真っ直ぐ自分に愛を示してくれる。だから余計に情けない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん…」
手で涙を拭うと、
「昔の話、聞いてくれるか?」
自分を真っ直ぐに愛してくれるロイには、ちゃんと話しておこうと思った。
「ショーヘー…」
ロイがそっと抱きしめてくれる。目元にキスをして、慰めるように背中を撫でてくれた。それだけで、少しだけ恐怖が和らいだ。
351
お気に入りに追加
1,123
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加

兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる