おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜最強種 竜族〜

おっさん、最強種族に出会う

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 宿屋を出て2日目、順調にルメリアに向けて歩いている。
 当初、先日別れた通り2:2で行動しようかと思ったのだが、ロイが絶対にいやだと駄々をこね、今まで通り4人で街道を歩いていた。
 はずだったが、だんだんと2:2に自然に別れていた。
 自分とグレイが先を歩き、前を見失わない程度に100mほど離れてロイとディーがついてくる形になっていた。
 俯き加減に、いつもと違って歩みが遅い。
「まったくよー、もう諦めろって」
 2日目の夜、焚き火を囲んで一言も話そうとしないロイとディーにグレイが呆れる。
「嫌だー会いたくねー」
 膝を抱えて小さくなるロイが面白い。
「帰っていいですか…いや、ほんとに…」
 ディーもブツブツと帰りたいと呟く姿に、申し訳ないが、ギルバート・ランドールに会うのが本当に楽しみになっていた。
「明日には着くんだろ?」
「そうだな、昼くらいには着くんじゃないか?ルメリアって言えば、サラフェの串焼きが有名でな」
 さすが食いしん坊、美味いもの情報の蘊蓄を語り始める。
 サラフェは豚肉に近い味がする。確かに美味そうだと思った。
「さー明日も早いから寝るぞー」
 警戒と火の番をしながら交代で休む。
 どんな人なんだろう、といろいろと妄想しながら眠りについた。

「すげー」
 今まで見た街で一番大きな要塞のような都市に、感嘆の声を上げる。
 街を取り囲む背の高い城壁。この城壁には意味があって、犯罪者などを街へ入れないという目的もあるが、1番の目的は稀に起こるモンスターブレイクから街を守るためにある、とだいぶ前に聞いた。滅多に発生しないが、一度発生すると、この城壁があっても無事では済まないという。まさに災害だと聞いた。
 城壁にある通用門には、数多くの兵士が立っており、街に入るために、長蛇の列が出来ている。
 本来なら、ディーの王族特権ですぐに入ることが出来るのだろうが、これまでと同じように一般人に混じって並ぶ。
 自分たちの番が来ると、通行証らしい物をディーが門兵に見せロイと共に一度詰所に入っていき、待つこと数秒、他の兵士が自分とグレイを呼びに来て、中へ案内された。
 そこには、認識阻害の魔法を解いた2人が立っており、兵士たちにワイワイと囲まれていた。グレイも魔法を解くとさらに兵士がワラワラと集まって来る。
「本物のロイ様だー」
「ディーゼル殿下お美し~」
「グレイ様、筋肉すげ~」
 この時ばかりは、あんなにしょぼくれていたロイもディーもシャキッとして、ドヤ顔を決めるから、そのギャップに笑ってしまう。
 一応、来訪の理由をお忍びの旅の最中でギルバートに会いに立ち寄っただけ、と兵に伝えて詰所を後にする。
 詰所を出る時には、サッと認識阻害魔法をかけ直し、街中では気付かれないようにするのを忘れない。
「あれが領主の館です。門兵の話だと、つい先日領地視察から戻って、今はいるそうですよ。非常に残念ですが…」
 雨で足止めをくらっていなければ、ギルバートに会うことなく転移魔法陣の使用有無を確認出来たと知って、ディーが舌打ちした。
 商業区域を抜けて、坂の上にある巨大な館に向かって歩く。
 その歩みは遅く、どんよりと行きたくありません、と全身で表現する2人に苦笑した。
 館の前に到着すると、その大きさに圧倒される。
 巨大な門扉、門から続く石畳に、左右に広がる庭園。屋敷は石造りと白い壁が合わさった、館というよりも、背の低い城というイメージだ。
 門扉を警護する兵に、詰所で受け取った書簡を渡し、中身を確認した門兵が慌てて、中の兵に声をかけて、館へ走っていく。
 すぐに中に入れられて、館へ向かって歩いていると、
「これはこれは、誰かと思えば…」
 頭上から声がしたかと思うと、前を歩いたいたロイが咄嗟に真横へ大きくジャンプしていた。
 今までロイがいた場所に、ドンッと何かが落ちてきて、土埃と共に大きく石畳をえぐって破片が広範囲に飛び散る。すかさずグレイが自分の前に立ちはだかって防御魔法で自分を破片から守ってくれた。
 何が起こったのか、さっぱりわからず、グレイの後ろから顔を覗かせて前方を見たが、土煙が立ち上っていて、よく見えない。
 だが、ディーが無数の魔法陣を出現させて、火の玉を土煙の中心に向かって無数に放つ姿が見え、ドンドンドンと爆発音が響き渡る。
 いきなり始まった戦闘に緊張して、鞄の紐をギュッと握った。
 だが、グレイは参戦するわけでもなく、腕を組んだまま動こうとしない。さらに口元が笑っていた。
 パリンとガラスが割れたような音が聞こえると、続け様にパンパンパンと割れる音が響く。ディーの周囲に出現した魔法陣が次々と割られ、消滅していく。
「っく」
 ディーが割れる魔法陣を放置して、前方に飛び出すと、腰に下げていた剣を抜く。
 戦いの場面でディーが長剣を抜くのを初めて見た。いつもは横ではなく、ほぼ飾りのように後ろ側にぶら下げていたため、威嚇のためだけの物だと勝手に思い込んでいた。今までの戦闘でも、魔法攻撃だけで終わってしまうから、抜いた姿を見て驚いた。
 土煙の中に突っ込み、ギンッと刃物がぶつかる音が連続で聞こえ、時折り土煙からディーが姿を現せるが、再度剣を大きく振りかざして突入していく。
「どけ!ディー!!」
 反対側からロイが叫ぶと、ロイも土煙の中に飛び込んでいく。
 ドンッ!ガンッ!と重たい音が連続で響き、その度に土煙と衝撃波がもうもうと周辺を取り囲み、細かい破片がこちらにまで飛んでくる。
 やがて音が消え、土煙が徐々に消えて、ロイとディー、そして2人に挟まれる形で男の姿が見えた。
「あれがギルバートだ」
 グレイが言う。
 そう言われて目を見開いて、その姿をじっと見た。
 ロイの拳を右手で握り込むように押さえ込み、ディーが両手で握った剣を、脇差のような長さの短い黒い剣で片手のみで受け止めていた。
 姿が見えると、2人同時に後方に跳んでギルバートから離れる。
「てんめぇ!ギル!!いきなり何しやがる!」
 ロイが犬歯を剥き出して吠えるが、ギルバートはパッパと埃を払い落としながら、
「おや、敵がこれから襲いますと挨拶するとでも?」
 とフフンと鼻で笑い、ロイがギリギリと歯を食い縛る。
「ディーゼル殿下、魔法陣の構築がまだまだ甘いですな。剣技も踏み込みが軽い」
「鍛錬以外の業務が多くてね💢」
 ディーが額に青筋をたてながら笑顔で反論する。
「ロイ、攻撃の判断が遅い」
「💢」
 2人とも、ギルバートに言われてピキピキと青筋をたてていた。
 グレイの後ろから横に出てきて、ポカンと3人の様子を見る。
 ギルバートは想像していた人物像とまったく違っていた。
 想像していたのは、グレイのような筋骨隆々の獣人で、大きな声でガハハと笑いそうな態度も声もデカい大男だった。
 だが、実際のギルバートは、黒に近い深緑の長い髪をきっちりと後ろで束ね、タキシードのようなスーツをキチッと身につけた、細身で長身の男だった。その顔の目尻からこめかみにかけて、鱗のような模様が見える以外は、ケモ耳も尻尾もないただの人族に見える。
 年齢だけは想像通りで60代くらいといったところだろうか。
「おや」
 自分に気付いたギルバートが、チラッとこっちを見て、目があったと思った瞬間、彼の顔が目の前にあった。
 突然、2、30mは離れた場所にいたギルバートが、瞬きの一瞬で数十センチしか離れていない近さに迫り、驚いて後ずさったが、落ちていた破片に踵を取られてバランスを崩し後ろに倒れそうになる。
「おっと」
 グッと腰と背中に腕を回されて、後ろにのけぞる形で支えられた。
 間近にギルバートの顔がある。その金色の瞳は瞳孔が細く縦長だった。
「これはこれは、なんと可愛らしいお方か」
 グググッと支えた腕で引き寄せられて、体を密着させられた。
「あ?え?」
 首の後ろに手を添えられたと思った瞬間、キスをされていた。
 わけもわからないまま舌を絡めとられて、口内を蹂躙される。
「💢ギル!!!てめえ!!!💢」
 ロイの叫び声と、こちらに向かってくる音が聞こえた。
 その音とほぼ同時に唇が離されると、突然体を抱えられ、ジェットコースターに乗ったような、内臓がフワッと浮き上がるような感覚に襲われて、自分を姫抱きに抱いたギルバートが跳躍したんだと気付いた。
「うわああああ!!!!」
 その高さに驚くのと同時に恐怖が襲ってきて、思わず身近にあったギルバートの首にしがみついた。
「おやおや」
 すぐ近くでクスクスと笑うギルバートと、下でギャンギャンと吠えて喚くロイに構っている余裕はなく、高く上がっては落ちるという絶叫マシンに、ただただギャーギャーと悲鳴をあげた。
 昔から絶叫マシンは大嫌いだった。一生乗らなくていい乗り物だ。実際に学生時代から20年近く乗っていない。
 トンと軽い着地を最後に、ようやっとジェットコースターが終わる。
 屋根を軽々と飛び越えて、見えていた建物の裏側に面した3階のバルコニーへと降り立つ。
「着きましたよ」
 そう言って自分の両足を床に下ろしてくれたが、あまりの恐怖に全身から力が抜けて、涙目でヘナヘナと崩れペタリと座り込む。
「これは申し訳ない。怖い思いをさせてしまいましたね」
 ギルバートは近くにいた使用人に目配せすると、
「彼に湯浴みと着替えを」
 そう告げた。
 すっかり腰を抜かして立てなくなった自分を、大きな男が軽々と抱き上げて浴室へと運ぶ。熊らしき獣人は、スーツを着てはいるが、手も頭も熊そのもので、モフッとした感触がスーツの上からでもわかった。
 浴室で、お仕着せを着た複数の女性の使用人達に衣服を全て剥ぎ取られ、恥ずかしいと思う暇もない手際の良さで、湯船に入れられて頭のてっぺんから足先まで丁寧にくまなく綺麗に洗われた。
 外で何やら物が壊れる音と、地響きのような振動がたまに伝わってくるが、プチパニックを起こして混乱し、されるがままになることしか出来なかった。
 洗われて、用意されていた服を着せられ、まるで自分が人形になったようだった。
 鏡の前に座らされて美顔マッサージのような物をされつつ顔をいじられ、パウダーをはたかれ、髪も綺麗にセットされ、最後に首や髪にフローラルな香りのする何かを塗られた。
 鏡の前に立たされて、小綺麗になった自分の姿に驚く。まあ、でもフツメンがイケメンに変わるわけもなく、ただマシになっただけだが、それでも整えられた自分を見て、おお、と心の中で感嘆を呟いた。
 サラリーマン時代にも、肌やムダ毛の手入れなどには気を使っていた方だが、まるでエステに行ったかのような出来に驚く。
「お似合いですよ」
 横にいた兎人族の女性に笑顔で言われ、照れて少し赤面した。
 その頃にはすっかりジェットコースターの恐怖も抜けて歩けるようになっていたが、とても歩きにくい服に奮闘する。
 ズボンは履いているが、その上から足首まであるローブを着せられて、ぱっと見ロングスカートに見える。左右に大きなスリットが入っているが、それでも足にまとわりつくような服に慣れなくて、いつものように歩けず、静々と歩く。
 先ほどの熊の獣人に案内されて廊下を歩き、重厚な扉を開かれて「どうぞ」と言われ中に入った。
 豪華な応接室のような部屋に、豪華な柄の入ったソファセット。そこに3人とギルバートが座っていた。
 入ってきた自分を見て、3人とも目を丸くしていたが、自分の方が驚いた。
 3人とも、ボロボロになっていた。
 とっくに認識阻害の魔法は解かれて、本来の髪色に戻っていたが、その髪は乱れ、服は破け血が付いている。剥き出しになった腕や顔に赤や青の痣。若干顔が腫れているようにも見える。
「な、何が…」
 思わず3人に駆け寄って怪我の具合を確かめるが、出血はどこにもなく、とりあえずは痣だけのようだ。
 かなり痛そうで、心配からロイの手を握った。
「後で全て治しますから大丈夫ですよ。多少の痛みを知ることも武人には必要です」
 どう見ても多少には見えないのだが、1人、その姿に何も乱れはなく、長い足を組んで優雅にお茶を飲むギルバートが静かに言う。
「さて、お前達も綺麗にしてきなさい」
 その言葉で痛みを堪えながらゆっくりと3人が立ち上がると、ロイも名残惜しそうに繋いだ手を離して部屋から出ていく。
 ギルバートが目を細めてその様子を見て小さく微笑みを浮かべたが、それに気付く者はいなかった。
「ショーヘーに手を出すなよ」
 ロイが部屋を出る直前に真顔でギルバートに言うが、
「保証できません」
 と意地悪そうに笑って言った。その言葉にロイがグワッと犬歯を剥き出しにするが、渋々と部屋を出ていく。
「どうぞ」
 座るように促されて、ゆっくりとソファに座る。
 すぐに目の前に茶器が運ばれてきた。まるでイギリスのアフタヌーンティーのような茶器とお菓子に、目を輝かせてしまう。
「ショーヘイ君、ようこそルメリアへ。領主のギルバート・ランドールと申します」
「島田…、ショーヘイ・シマダです。初めまして…」
 スッと手を差し出されて、その手を握り返した。
 ギルバートの手は指こそ普通ではあったが、その甲には顔と同じ鱗があった。緑色の鱗が、角度によって七色に光り輝いて見える。
「長旅でしたね。疲れたでしょう?」
「あ、はい…いえ、そうでもないです…」
 ギルバートがニコニコと自分を見てくる。
「ロマから、あなたのことは聞きましたよ」
「え? ロマさんに会ったんですか?お元気でしたか?」
「実際に会ったわけではないのですが、手紙で事情は聞いていますよ」
 ロマと別れて、すでに1ヶ月以上が経っている。たった1、2日一緒にいただけだが、すごく懐かしい気持ちになった。
「この世界はどうですか?何か不便なことはありませんか?」
 優しい口調で聞かれて、最初はかなり戸惑ったことを素直に話す。
 作り物、想像の世界が現実として目の前にあり、自分にも魔法という非現実的なものが使えるようになり、自分が別人なった気さえしてくる。それに加えて今までの常識が覆されたことにまだ少しの違和感は拭えなかった。特にあっち方面ではかなりの衝撃だ。まさか誰とも付き合えないと思っていた自分に、恋人が出来て、しかも男性で、受け身側としてSEXまでするなんて、つい2ヶ月前まで想像も出来ないことだった。
 自分がこの世界に迷い込んでから、ここに来るまでの工程をかいつまんで話す。
「ショーヘイ君は大人ですね。説明が上手だ」
 言い方に若干子供扱いされたような気もしたが、受け流すことにする。
「大人ではありますが、こちらの方はまだまだ」
 そう言いながら席を立ち、自分のそばに歩いて来ると、自分を向いて隣に座ってじりじりと詰め寄って来る。
 途端に、出会ってすぐにディープキスをされたことを思い出し、口元を抑えバッと身構えて席を立とうとした。
 だが、いとも簡単に手首を掴まれて引き寄せられると、肩を掴まれてソファに押し倒される。
 ジタバタと逃げようとするが、肩を抑えた腕はピクリとも動かない。

 爺さんのくせに、なんて力だ!

「まあそう固くならず」
 クスクスと笑うギルバートに青ざめる。
 その時、バタン!!とドアを壊すような勢いで開け放たれ、
「クソジジイ!!ショーヘーから離れろ!!!💢」
 怒りに満ちたロイの怒号と共に、ギルバートを殴ろうと襲いかかるが、ギルバートはサッと自分から手を離すと簡単に避けて席を立つ。
「マスターと呼びなさい」
 ロイが自分を起こし、ギュッと抱きしめて、ギルバートに犬歯を剥き出しにして威嚇する。
 触れたロイから石鹸のいい匂いがして、さらにその髪からはまだ雫が落ちていた。
 どうやら大急ぎで風呂に入り、濡れた髪もそのままに戻ってきたらしい。きっとこうなることがわかっていたんだろう。
 ギルバートはクックッと楽しそうに笑う。その笑顔は本当に愉快そうで、その顔を見て、

 あ、この人自分をダシにしてロイを揶揄ってるんだ。

 そう気付いた。
「きちんと服を正しなさい。恋人に失礼でしょう」
 笑いながら、元の席に戻っていく。
 見ると、髪は濡れたままだし、上もシャツを羽織っただけで前がはだけている状態だった。
 その肌にも顔にも、どこにも痣はなく、治療したんだとわかってホッとした。
「ここに居る間はだらしない格好はさせませんよ」
 ギルバートが再び指摘すると、ロイはササっと衣服を整えた。
 ロイを追いかけてきたのであろう若い使用人がロイに上着を手渡すと、きちっとボタンを留めて着る。濡れて乱れた髪を両手で撫で付けた。
「まあいいでしょう」
 隣で立つロイの姿に、見入ってしまう。
 スーツではないが、どこか正装に似たピシッとした衣装がよく似合う。いつものラフな服装しか見たことがなかったので、服で印象が変わるなあと感心した。
 ストンと自分の隣に座り、ギュッと手を握られた。
 その行為にギルバートがニコニコと笑顔を向ける。
「見つけたんですね、ロイ」
「…ああ」
 そう聞かれて、ロイが短く答えた。
「そうですか」
 ギルバートがロイを見る目に、孫を見る祖父という優しげなものが少しだけ垣間見える。だが威嚇中のロイには気付かないだろうと思った。
 しばらく睨み合い、というかロイがギルバートを一方的に睨んでいるだけだが、ディーとグレイが部屋に戻って来るまで続いた。
 それまで簡単な質問に自分が答えるという形で会話は進んだが、なんとも言えない居心地の悪さに苦笑した。

「ここに来た目的はショーヘイ君から聞きましたよ。残念ですが転移魔法陣は使えません」
 話が始まってすぐにその事実が伝えられた。
 ちょうど領地視察に行く時期で、留守にしている間に襲撃されて破壊されたという。
 自分を含めた全員が若干の期待を込めていたためがっかりした。だが、自分はどこかでほっとした思いもあった。
 状況的には一刻も早く王都で保護されるのが最善なんだとはわかっている。だが、保護された後のことを考えると、少しだけ怖かった。
 ロイと離れることが、素直に嫌だと感じていた。出来ればこのままロイと一緒に、ずっとそばにいたい、いて欲しいと我儘を願う自分がいて、だから今は少しでも長く旅を続けたいと思ってしまう。
 王都に着けば、きっと一緒にはいられない。何故かそういう予感があった。
「ショーヘー?」
 少し考え込んでしまって、周りの会話が耳に入っていなかった。
「え?あ、ごめん、聞いてなかった…なんだっけ?」
「出発は明後日になるけど、いいよな?」
「あ、ああ。大丈夫」
「やれやれ、そんなに焦らずとも…完璧にショーヘイ君を護衛するために1ヶ月ほど鍛えてあげようと思ったんですが…」
「遠慮します」
 ギルバートの冗談か本気かわからない口調に3人が口を揃えて即答し、あまりに揃った言い方に笑った。
 3人がギルバートに会いたくなかった理由、それが戦闘訓練の厳しさのせいだと、さっきのボロボロになった3人を見て理解できた。

 目の前のギルバートは、世界最強の種族と呼ばれる竜族だった。60代に見えるが、実年齢は800を超えているという。
竜族の平均寿命が1000年ということらしいので、やはりもう年寄りではあるが、その強さは未だに健在らしい。
 あのロイが全く歯が立たない。それもそのはず、ロイやディーの師匠でもあった。2人が子供の時からの体術や剣術の師匠で、王宮で、獣士団で何度も死にかけたという。
「死にかけるなんて大袈裟な」
 訓練なのに、と思ったが、3人の様子を見る限り事実らしい。
「この世界では、ヒールという便利な魔法があるので、即死や治癒師がいないという状況でない限り死にはしませんよ」
 サラッとギルバートが言ったので、本当に死にかけたんだと悟る。それがあったからあんなに嫌がったんだと、同情に近い心情で理解した。
「今回はショーヘイ君のためにも引き留めたりはしませんが、次は…容赦しませんよ。だいぶ弛んでいるようですし」
 その笑顔はまさに悪魔だった。
 



 
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