おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜海沿いのリゾート地〜

おっさん、臨死体験をする

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 言わなきゃ。
 ロイに好きだって。
 愛してるって。

 そう思っているのに、体が動かない。
 ロイの声がするのに、動けない。

「ショーヘー!」
 ロイが自分を呼んでる。返事をしたいのに出来ない。目も開けれない。
 体が言うことをきかなくて、もどかしかったが、どんどんと聞こえているロイの声が遠くなってくる。
 そして、何も聞こえず、何も考えられなくなった。


 眠ったように動かない翔平を見下ろして、ロイが気付く。
「これってまさか…」
 ロイが、ディーを振り返る。
「……おそらくはオーバーフローでしょうね…このままだと死んでしまいます…」
 ロイの目の前が真っ暗になった。

 死ぬ?
 誰が?
 ショーヘーが?

「確か魔鉱石で魔力を吸収すれば治るよな!?」
 突然グレイが叫び、鞄をひっくり返して中身をばら撒ける。そして散らばった荷物の中から小さい袋を見つけると、入っていた透明な玉を急いで翔平の腕に触れる位置にコロンと落とした。
 魔鉱石は触れただけで魔力が吸収されるので、直接は触れない。
 落とされた石が透明から有色へ変化し、そして砕けた。
「な…」
 次の玉を同じように腕のあたりに落とす。それでも、1秒もかからずに、粉々に砕けた。
 それを見て3人は愕然とする。
「そんな小さいものでは無理でしょう」
 突然声がして振り返ると、レオとテオドールが立っていた。
 テオドールの手袋をはめた手に、かなり大きな加工前の魔鉱石があった。
「魔力を吸い出すしかオーバーフローを止める方法はありません」
 テオドールが魔鉱石を翔平のそばに置くと、腕を持ち上げて手のひらを石に触れるようにおろした。
 その瞬間、魔鉱石へ翔平の魔力が吸い込まれていく。心なしか、翔平の顔色が少し普通に戻った気がした。
「これも、いつまで持つか…」
 テオドールが呟く。
「テオ、大至急魔鉱石を集めさせなさい」
 レオが指示を出す。テオドールが頷き、急いで部屋を出て行った。
「ありがとうございます。少し狼狽えてしまって…」
 ディーが眉間に手を当てて悔しげに呟く。その手は微かに震えていた。
「少し、お話をいいですかな」
 レオが、3人へ座るように促した。

 翔平のそばに置かれた魔鉱石が、魔力を吸って様々な色へ変化する。平均的な魔力量をとっくに超えているはずなのに、今だに吸い続けている。
「ショーヘイ様の魔力量ですが、おそらく50万は軽く超えているでしょう」
「…50万」
 この世界の個人の魔力量平均値は100から150程度。生活に必要な火を起こしたり水を出すにはそれだけで充分だ。
 仕事にもよるが魔力を使う職業でも500程度。魔導士クラスで千から多くて1万。賢者クラスとなると3万から5万と言われている。
 ロマは6万。ロイは5万。ディーは3万。グレイは1万の魔力量がある。
 転移魔法陣を1回使うのに、1度に10万の魔力が必要とされ、その魔力は常に魔鉱石へ溜められており、溜めるのは魔導士の仕事の一つでもある。
「おそらくというのは…」
「私の鑑定眼ではそこまでしか測定出来なかったということです。正確に測るのは、おそらく不可能でしょう」
 翔平の魔力量が多いのは分かっていたが、鑑定で計測出来ない量なんて聞いたことがない。
 オーバーフローは、体内に蓄積された魔力が、その器の範囲を超えてしまう現象だ。器が大きければ大きいほど溢れる量も大きくなる。測定できないほどの器の大きさなら、どれだけの魔力が溢れ出したのかは全く想像出来ないということになる。
 ただ言えるのは、ここにいる誰よりも、もしくは全員の魔力量を足してもなお上回る魔力が溢れたということだ。

 ロイは翔平と暮らしていた数日間を思い出す。
 翔平は毎日何時間も魔法の練習をしていた。それでも、疲れたとは言うが、枯渇した様子は全くなかった。
 そこで気付くべきだったんだ。
 通常なら魔法の練習を何時間もなんて出来るはずがない。覚えたての頃はなおさらだ。すぐに底をついて動けなくなるのが定石。何回も枯渇して、少しづつ魔力量が増えていくものだ。
 なのに、翔平は一度も枯渇なんてしなかった。あの魔力暴走を起こした時でさえ、枯渇しなかった。
 ロイが頭を抱え込む。
「魔鉱石を集めさせてはいますが、間に合うかどうか…どのくらい石が必要かもわかりません」
 レオがそう言って目を伏せる。
「覚悟を、しておいてください」
 最後に静かにそう言って、部屋を出て行った。

 部屋に沈黙が訪れる。
 何も出来ない。
 その事実が3人を打ちのめした。

 ロイが、ベッドの脇に立ち、その顔を見下ろす。
 ガックリと膝を落とし、翔平の手をギュッと握った。

 助けてくれ…。
 お願いだから、ショーヘーを助けてくれ。
 誰でもいい、助けて…。

 生まれて初めて、誰かに助けを求めた。









 ふわふわと気持ちがいい。
 目は開いていると思うけど、あたりが真っ白で、何も見えない。だから目を開けているのか閉じているのかもわからなくなる。
 ただただ白い。何もない空間。
 上も下もない。寝ているのか、立っているのかもわからない。
 ただゆらゆらと漂っている。

 あまりにも気持ちが良くて、ずっとこのままでいいと思い始めたら、

“本当に?”

 そう聞こえた。

 うん、このままでいい。

“本当にいいの?”

 また聞こえる。

 いいよ、このままで。

”本当の本当にいいのかい?”

 しつこいな、と思った。
「いいんだよ!」
 思わず叫んだ。
 声が出た。それと同時に体がここにあるという感覚も戻ってきた。

 クスクスッと笑い声が聞こえる。
 男?女?子供?老人?
 声の質も年代も違う声が同時に喋っているような声だ。何重にも重なって聞こえてくる。

「誰…?」

 不意に目の前に映像が映った。
 上から下を映すようなアングルで、部屋の中に、ロイとディーとグレイがいる。
 そして、ベッドには自分が寝ていた。

「…これって、臨死体験ってやつ?」

“そうとも言うけど、違うとも言える“

「どっちだよ」

 映像の中のロイを見る。
 ロイは泣いていた。
 握った自分の手を額に押し付けて祈るような姿勢で泣いている。
「ロイ、泣くな」
 ロイに触れたいと思った。
 次の瞬間映像の中に吸い込まれる。
 目の前に先ほど上から見たロイの背中がある。
「ショーへー…」
 自分の名前を呼ぶロイの背中に触れた。
「頼むから、泣かないでくれ」
 声も出さず、辛そうに泣くロイに胸が締め付けられる。
 いやだ、ロイが泣くなんて、見たくない、とそう思った瞬間、その映像から弾き飛ばされた。
「なんで」

“自分で見たくないって言ったからだよ”

「言ってない!」

”このままだと死んじゃうよ“

 唐突に言われた。

”今、君は自分の魔力に押し潰されて、死ぬ寸前なんだ“

「まだ死んでないってことか」

”まだ、ね“

「ロイ…」
 映像がどんどん小さくなる。

”他に会いたい人がいる?死ぬ前に会いに行ったらいいよ“

 会いたい人と言われて、また急にどこかへ吸い込まれる感じがした。

「ここは…」
 見たことのある風景。
 懐かしさが込み上げてくる。
「母さん…」
 カウンター越しに、料理をする母親の姿を見つけた。
 あたりを見渡すと、ここが実家であることがわかる。
「なんで…」
 懐かしい。何も変わってない。
 就職してからずっと一人暮らしだったが、年に数回は帰省していた。
 大学4年生なるまで住んでいた我が家だ。
 目の前に、いつものエプロンをつけた母親がいる。
「母さん、母さん…」
 ボロボロと涙が溢れた。



 次々に魔鉱石が部屋へ運ばれ、寝ている翔平の周りに並べられていく。
 大小さまざまな加工済みから加工前の魔鉱石が翔平のそばに置かれ、腕に触れさせた途端、その体から魔力が細い糸のように、スルスルと魔鉱石に吸い込まれていく。
 あれからどのくらいの時間が経ったのか。
 もうすでにいくつかの魔鉱石は砕け、かけらがベッドに散らばっていた。
 一番最初の大きな魔鉱石はまだ吸い込み続けていたが、突然、ビシっと音がしたかと思うと、バカン!と大きな音を立てて真っ二つに割れて砕けた。
 その音に、ロイがグッと奥歯を噛み締めた。すぐに翔平の体の様子に変化が起こる。顔に血の気がなくなり始めて、呼吸が細くなっていく。
「ショーヘー!」
 ロイがいち早く気づいて叫ぶ。
 ディーとグレイも駆け寄ったが、どうすることも出来ない。
「頼む…死ぬな…」

 嫌だ。
 ショーヘーが死ぬなんて。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

「嫌だ…。頼むよぉ、ショーヘーを連れてかないでくれ…、返してくれよぉ…」
 ロイが子供のように泣き始めた。
 ディーが、そんなロイを横から強く抱きしめると、ロイはディーにしがみついて泣いた。
 ディーもうっすらと涙を浮かべる。
 グレイもボロボロと歯を食いしばって泣いていた。




 目の前で、両親が食事している。
 食卓テーブルで向かい合って食事をする様子を、すぐそばに立って眺めていた。
 テーブルには母が得意だった肉じゃががある。子供の頃はあまり好きではなかったが、大人になって味覚が変化してから好きになった。無償に思い出して食べたくなることもあった。
 両親とも、少し痩せたように見えた。
 痩せたというか、やつれたようにも見える。
「今日、連絡は?」
 父が母に尋ねる。母はゆっくりと首を振った。
「そうか…」
「全く、早く連絡よこせばいいのに」
 母が無理やり笑いながら言う。

 ごめん。母さん、父さん。

「そのうち、ひょっこり帰ってくるさ。何事もなかったようにな」
 父が言う。
「そうね。いつも飄々としてた子だったわよね」
 
 ごめん。

「あいつのことだ、誰かと遊び回ってるんじゃないか?」
 父がいつの頃の自分のことを話しているのか、もうそんな年じゃないよ、と可笑しくなった。
 笑ったのに、涙が出てくる。
「そうよね。友達は多かったもの。もしかしたら新しい彼女が出来たのかも」

 ごめん、出来たのは彼女じゃなくて彼氏だわ。

 ハハっと笑いながら、泣きながら、母に答える。

「きっと、彼女が離してくれないのね」

 そうなんだ。もーすごい俺のこと好きだ好きだって、うるさいくらいでさ。

「いつか紹介してくれるかしら」

 彼女じゃなくて、彼氏だって紹介したら、きっと驚くよな。
 父さん腰抜かすかも。怒るかな。
 けど、すげーイケメンだから。
 すげーカッコよくて、優しくて…。

 ボロボロと涙が止まらない。

 俺も、そいつのこと大好きでさ、…愛してるんだよ…。

 ごめん。
 ごめんな、父さん、母さん。
 多分もう、帰れない。

 …今までありがとう…。

 …さよなら…。



 その瞬間、白い空間に戻った。

“もういいかい?死ぬ準備は出来た?”

 叫びそうになるのをグッと堪えて涙を拭う。
「出来てない」
 はっきりと言った。
「まだ、しなきゃいけないことがある」

“そっか…”

「教えろ、どうやったら戻れる」

“…君は今、魔力を自分の中に溜めれるだけ溜めすぎて溢れちゃってる状態なんだ”

 自分の周囲ありとあらゆる方向から声がする。

“簡単だよ、魔力を解放すればいい。ただしゆっくりね。ゆっくりゆっくり慎重に。じゃないとまた暴走しちゃうよ?“

「分かった。あと一つ」

”欲張りだなあ“

「お前は誰だ」





”……僕は……君だよ“




 その答えが聞こえた瞬間、白い空間から自分の体へと意識が吸い込まれるのを感じた。




 ショーヘーが死んだら、きっと立ち直れない。きっと気が狂う。狂って暴れて、手がつけられなくなって、きっとロマあたりに殺されるかな。
 今まで魔獣を何体も討伐してきたけど、今度は俺が討伐対象になるんだろうな。
 きっとショーヘーはそんな俺を見たら怒るだろうな。きっと泣くだろう。
 でもお前のいない世界なんて、どうでもいい。
 お前だけがいればいい。
 ショーヘー、好きだよ。
 愛してる。

 
 もう涙は出なかった。
 じっと上から翔平を見つめ、そしてゆっくりと顔を近づけると、そっと唇を重ねた。
 そして唇を離そうとした時、翔平の唇が微かに動いた。
 バッと顔を上げたロイに、ディーとグレイも驚いて凝視する。
「どうした、ロイ」
 グレイが声をかけた瞬間、翔平の体から魔力の放出が始まった。
「!!何やった!?」
「な、何も!?キ、キスしただけ!」
「も、もっかいしろ!!」
 グレイが焦って叫ぶ。
 再びロイが翔平に口付ける。
 ジワジワと魔力放出が強くなる。強くなるが、ゆっくりと周囲に馴染ませるように広がっていく。
「やった!!自分の意思で魔力を解放してるんですよ!!」
 ディーが叫ぶ。
「ショーヘー!」
 3人が名前を呼ぶ。
 
 声が聞こえる。まだ目も開かないし、体が動かないけど、ちゃんと聞こえてるよ。
 待ってろ、ちゃんと戻るから。

 白い光が翔平の体を包み込むように輝き出す。その瞬間、残っていた魔鉱石が全て一気に砕けた。
 以前暴走した時と同じ光だが、今回はあの時のように光の柱が立ち昇ることはなく、体全体が発光を続ける状態だった。

 ゆっくり、ゆっくりな。

 そう自分に言い聞かせながら、全身から魔力を放出させる。

 1時間、2時間が経過しても、まだ放出は続いた。
 その間、入れ替わり立ち替わり、様子を見に来るレオたち。ユーリとシンも手を繋いでやってきて、翔平の手を握って頑張れと呟いて行った。
「もう大丈夫ですよ」
 ディーがそう言い、大きな欠伸をする。グレイも安心したのか、散乱した荷物がそのままのベッドで大の字になって寝てしまった。
「俺が見てるから、寝ていいぞ」
 ロイがディーに声をかけ、ディーも横になる。
 真夜中になっても放出は続く。
 ロイがそっと翔平の手を取り、その甲に口付ける。
「早く戻って来い」
 小さく呟いた。


 いつのまにか眠っていたらしく、頭を撫でられた感触で目が覚めた。
「おはよう」
 上から声をかけられて、バッと起き上がると、ベッドに起き上がって座った状態の翔平がいた。
「ショーヘー…」
 ジワっと涙が浮かび、翔平に抱きついた。
「良かった…」
「ごめん、心配かけて」
 そっとロイの頭を撫でてやる。
「怖かった…。お前が死んだらと思うと…」
 ロイがグスグスと泣く。
 そっとロイの体を離すと、その顔を両手で挟むと自分から口付けた。
「ただいま、ロイ」
 泣き笑いのロイにつられて、自分も泣きながら笑った。




 それから丸1日、念のためと休養を取らされた。
 確かに、意識が戻るまで何時間も魔力を放出し続けたおかげで、かなり疲労は溜まっていた。
 動かせるけど、だるい。
 長時間の魔力放出で、かなりの精神力と体力を消耗したらしい。
 ベッドから出ることを許可されず、寝たり座ったりを繰り返した。

 その間、自分が経験した臨死体験?の話をしたが、ほとんど内容は覚えておらず、ただ魔力を解放しろと誰かに言われた気がしたから、そうしたと説明した。
 実際は、そんな簡単な説明では追いつかないほど、すごく懐かしい、けど悲しい、長い夢を見ていたような気がしていた。

 そして自分の魔力について説明され、つくづく規格外?な自分にため息が出る。
「はぁ…。俺ってさ、ジュノーで、純血種で、魔力量バカで、この世界では世にも珍しい珍獣ってことだよな」
 そう呟くと、一瞬3人が無言なり、数秒後いきなり爆笑された。
「珍獣!!」
 グレイが、バンバンと机を叩いて爆笑している。
 ディーも最初は堪えていたが、堪えきれずに声に出して笑い出す。
「そこまで笑うか?」
 自分で言ったことだが、少しムッとする。
「俺の可愛い珍獣www」
 ロイがチュッとおでこに口付ける。
 またこれでしばらく揶揄われそうだ、と言わなきゃ良かったと後悔した。

 そして翌日、宿の玄関で、レオたちと別れの挨拶をする。
「本当にお世話になりました」
 各々が挨拶を交わす。
「魔鉱石の代金はこちらに請求してください」
 ディーがレオにそう言い、書簡を手渡していた。
「ショーヘーさん、また来てね」
 ユーリが握手してくる。もうおっさんとは呼んでくれないのか、と少し残念に思った。
「良い旅を」
 宿の人たちに見送られて出発する。

 次の街「エンダ」へ。




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