おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜海沿いのリゾート地〜

24.おっさん、恋のキューピッドになる

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 この世界に来て、今までで一番フカフカなベッドに、気持ち良すぎていつまでもゴロゴロしていたくなる。
 だが悲しいかなサラリーマンの習性というのはなかなか抜けないもので、きっちり6時に目を覚ましてしまった。
 二度寝しても良いのだが、せっかくこんないい宿に泊まっていて寝るのが勿体なくなる。
 それぞれのベッドで眠っている3人を起こさないように、こっそりと部屋を出た。
 絶対に1人になるな、と口を酸っぱくして言われているが、あのレオのことだ、この宿内では絶対に揉め事は起こらないように手を打っているはずだと勝手に決めつける。
 こそこそと湯着を持って、散歩がてら温泉に向かう。
 時折り、宿の使用人に朝の挨拶をされて微笑みながら返事をする。久しぶりの1人での行動に、ウキウキする。
 風呂に行く途中、宿の中庭に、花の手入れをしているレオの姿を見つけた。
「おはようございます」
「おお、おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになられましたかな」
 顔を上げて、にっこりと微笑む姿は、どこから見ても優しそうなおじいちゃんだ。
「おかげさまで。ありがとうございます」
 頭を下げると、タオルで手を拭きながら近づいてきて、
「ちょうど良かった。今、少々お時間頂いてもよろしいかな?」
「あ、はい」
 早朝ということもあって、宿内は使用人の姿しかない。
 レオに連れられて行ったのは、昨日の執務室だった。
「これを」
 昨日と同じようにソファに座ると、レオが書棚の中から大きめの薄い本を取り出して渡してきた。
「どうぞ、ご覧になってください」
 言われるままに表紙を開く。
 そこには、1人の男性の絵姿が描かれていた。
 見覚えのあるスーツにネクタイ。はっきりと顔立ちが日本人のものだとわかる。キリッとはしているが、どこか照れ臭そうに、微笑んでいる。
「あ…」
「そちらが、ヤクモ家の初代、ソーイチロー・ヤクモです」
 日本人の名前に、驚きもあるが、懐かしい響きに、心が跳ねた。
「あ…」
 ポタリと手の甲に涙が落ちた。
 気が付けば泣いていた。
「貴方のお顔を見て、すぐに気づきました。ジュノーなのだと。顔は似ていませんが、印象というか、この絵姿のご先祖に似た雰囲気をお持ちでしたので」
 優しく背中を撫でてくれる。
「300年前のジュノーの子孫が、現代のジュノーに偶然出会うなんて、まさに運命でしょう?」
 必死に涙を拭うが、次から次へと溢れてくる。
 レオが自分の代わりにページをめくってくれて、ソーイチロー・ヤクモの妻であろう人族の女性との絵姿や、1人、また1人と増えていく家族の絵姿に涙が止まらなかった。
 何も言えずに、ただただ泣いた。
 この世界に自分と同じ日本人がいた。その姿を見て、一気に郷愁が湧き起こる。

 帰りたい

 とそう思った。

「ありがとうございました。貴重なものを見せて頂いて」
 お礼を言い、静かに部屋を出てドアを閉めた。数歩歩いた所で、
「1人で出歩くなって言っただろ?」
 後ろから声をかけられた。
 ロイが壁によしかかって、少し怒った表情で自分を見ていた。
「…ごめん。いつから?」
「最初からだよ」
「そっか…」
 自嘲気味に笑い、後をつけられていたことを知る。
「泣いたのか。ジジィになんか言われたのか?」
 そばに来ると、目元を手で触られる。
「いや、違うよ。俺が勝手に泣いただけ」
 泣かされたのか、なんてどんだけ過保護だよ、と笑った。
 両手で顔を挟まれて、チュッと目元にキスを落とされる。
「嫌なんだよ、お前が俺の知らないところで泣くのが」
 照れ隠しなのか、文句を言うように口を尖らせて言い、ギュッと抱きしめられる。
 ロイの体が暖かくて、また泣きそうになった。

 結局2人で朝風呂に行き、泣いた顔もスッキリする。
 部屋に戻るとディーは起きていて、お帰りなさいと声をかけてくる。
 ディーに今朝の話を教えた。
 以前話したジュノーの時間軸がズレているという話だ。レオの祖先が300年前に現れたというなら、元の世界では1700年代の江戸時代のはずだ。なのに絵姿ではスーツにネクタイ姿という現代だった。スーツ自体は確か幕末あたりからあるそうなので、いつの時代のスーツなのかはわからないが、多くて150年はズレていることになる。
 ディーは興味津々に話を聞き、しきりにメモを取っていた。

 宿で朝食を摂り、4人で海水浴に出掛ける。
 王都へ行く、という目的があるのに、こんなにのんびりしてていいのかなと思わなくもないが、楽しさには勝てない。
 子供に戻ったように遊ぶ。
 ビーチバレーというスポーツを教えると、この世界の手毬のようなボールをどこからと調達していて、早速始める。
 そのうち、周りで見ていた海水浴客も参加し始めて、大人数で遊び始め、しっかりと夕方まで遊びまくってしまう。
 ディーは、そのビーチバレーのこともしっかりとメモっていて、性根逞しいというか…と呆れてしまった。

「あーー疲れたーー」
 部屋に戻って、フカフカのベッドにばたりと倒れ込む。
 きっと明日は筋肉痛だ、と久しぶりのスポーツに心地よい疲れを味わっていた。
「飯行くぞー」
 グレイに声をかけられて起き上がると、わいわいと食堂へ向かう。先ほどのビーチバレーがかなりお気に召したようで、獣士団に戻っても仲間内でやると息巻いていた。

「ご馳走様ー」
 自分は疲れすぎてしまって、あまり食欲もなく軽く済ませたが、3人は平気らしく、まだ食べている。
「ちょっとその辺散歩してくる」
 立ち上がって席を離れる自分に向かって、「あんまり離れるなよ」と釘を刺されたが、「1人で行くな」とは言われなかった。他の宿泊客や使用人が大勢いるので、それが守りになると思ったのだろう。

 食堂から出たすぐのところに中庭がありベンチが置いてある。そこに座ろうと向かって行くが、不意に遠くから怒鳴っている声が聞こえてきた。
「??」
 怒鳴りあっているのでなくて、一歩的に怒鳴っているようだ。しかも、大人の声でなく、少し高い男の子の声に、気になって声のする方へ向かってみる。
「だから、何でお前はいっつも!」
 怒鳴っているのはユーリだった。
 尻尾をバシンバシンと地面に叩きつけて、怒りの感情を露わにしている。
 咄嗟に草葉の影にしゃがんで身を隠した。
「また前みたいに男に色目使ったんだろ!だからあんな目に合うんだ!お前のせいだ!お前のせいでマルコ兄まで!」
 ユーリが怒鳴っている相手を確認すると、シンだった。
 ユーリよりも背の高いシンが、じっと立ったまま怒鳴られている。
「何か言えよ!」
 そう言われても、シンは何も答えずに俯いて黙っていた。
「修羅場だ」
「修羅場だな」
 突然背後から声がして、思わずうわっと声が出た。
 当然、バレる。
「んだよ、お前ら…」
 突然現れた自分とロイとグレイに、ユーリがワナワナと顔を真っ赤にして震える。
「ごめん、立ち聞きするつもりはなかったんだけど…一体何が…」
 そう取り繕ったが、ユーリはキッと自分達を睨みつけ、走って行ってしまった。
「あ、坊ちゃん…」
 初めてシンが口を開いた。追いかけようとしたらしかったが、動きを止めて自分たちの方へ向き直ると、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ありません。お客様の前であんな…」
「いや、それは別に構わないんだけど、その…大丈夫?」
 ユーリが怒鳴っていた内容で、何について言われていたのかが何となくわかった。だが、何故あんなに怒るのか、シンを罵倒するのかがわからない。
「お子ちゃまだからな」
 怒っていても真剣だったユーリをバカにしたロイの言い方にイラッとした。
 右手の拳に力と魔力を込めて、それぞれの鳩尾を目掛けて思い切りぶん殴る。
「ふごぉ!」
「おぼぁ!」
 クリーンヒットした腹を抱えて蹲った2人を置いて、シンを連れてその場から離れる。
「…いつの…まに…硬化魔法を…」
「なんで…俺まで…」
「なにやってんですか…」
 後からやってきたディーが、腹を抱えて悶絶している2人を見つけて呆れた。



「ごめんね、うちのバカ2人が」
 建物から少し離れた庭にあるベンチにシンと並んで座る。
「いえ…とんでもないです…」
 シンが遠慮がちに微笑む。
「良かったら、話聞くよ?」
「そんな恐れ多い…」
 どこまでも遠慮する人だと思った。
「ユーリ君は、どうしてあんなに怒ってたの?」
「それは…」
 シンが俯く。
「私が、悪いんです」
 遠慮というか、悲しそうに話し始めた。
 8年前、ユーリが8歳、自分が14歳の時に旦那様に拾われて、それからユーリの世話係としてここにいると。それからは本当の兄弟のように仲良くいつも一緒にいたそうだ。
 だが1年前、営利目的でユーリが誘拐される事件があり、その時に自分も一緒に攫われてレイプされたそうだ。
 ユーリの目の前で犯されたことで、助けられた後からユーリの態度は大きく変わったという。
 あからさまに避けられるようになり、あれからほとんど口をきかなくなったという。
「仕方がないんです。僕はあの時…ユーリ様の前で…男を誘ったんです…」
 シンの目から涙が溢れた。体が小刻みに震えていた。
「ユーリ君を守るためだったんだね」
 話を聞いてその気持ちが痛いほど伝わってきた。
 誘拐された時、きっとユーリにもその被害が及ぼうとしていたのだ。でも、きっと助けが来ると思い、時間稼ぎのために、自分だけを犯すように自ら行動した。その行動がユーリに間違った記憶として残ったのか。
「辛かったね…」
 シンの頭を撫で、肩を抱き寄せて慰める。
「関係が悪くなって、見かねた旦那様が気晴らしにと、今回の商用に同行したのですが…、でも、今度はマルコ様まで…」
 シンがボロボロと大粒の涙をこぼす。
 レオも、マルコも、他の使用人も、きっと事情は知っているのだろう。だからみんな優しく、何もなかったように普通に接してくる。
 だがユーリだけは。

 これは根深いな…。

 泣くシンを慰めながら、どうやって解決しようと考えた。



 落ち着いたシンを使用人棟まで送り届けると、状況を察した老婦人が自分と代わってくれた。自分が部屋に戻るとすかさずロイが自分に抱きついてきたが、思い切り無視した。
「ショーヘー、ひど~い」
 バタバタと暴れるロイにうるさいとピシャリと言い放って黙らせる。
 そして、ディーが話を聞きたいと言ってきたが、かなりプライベートな内容なので一瞬躊躇う。だが、自分1人で良い考えが浮かぶはずもなく、シン君、ごめんと心の中で謝りながら、結局は話を聞かせた。
「重てーな…」
 グレイが率直な感想をもらす。
「そうですね。主人の血筋を守るためとはいえ、かなりの覚悟だったでしょう」
 シーンと部屋の中が静まる。
 不意にロイが起き上がってベッドに座ると言った。
「あのユーリってガキ。シンに惚れてるだろ」
「え?」
「は?」
 思わぬロイのセリフに全員が固まる。
「なんだお前ら気付いてないのかよ」
 自分だけが気付いていたことに、ドヤ顔をする。
「まあ、こん中で俺が一番恋愛経験豊富だからな」
 フフンと鼻をならした。
「夕飯の時だって、実際に助けた俺を睨んでただろ?ありゃ嫉妬だ」
「じゃあなんで」
「俺と同じだよ。目の前で惚れた奴がレイプされんだぞ。怒りで頭がおかしくなりそーだわ」
「お前は実際おかしくなったけどな」
 グレイが辛辣な表現で突っ込む。
 ロイの言葉にあの時のことがフラッシュバックする。まだ完全に克服出来たわけではなくて、こういったきっかけですぐに鮮明に思い出してしまうのだ。
 思わず手に触れていた自分のシャツを強く握り込み、動悸が早くなるのをゆっくり深呼吸して抑えた。
「その怒りが被害者であるシンに向いてるってことですか…」
「だから言ったろ?お子ちゃまだからって」
 夕方のロイの言葉の真意がわかった。

 それなら、解決出来るかしれない、そう思った。




「あーーーきもぢーーー極楽極楽ー」
「だからそれやめろって、おっさんくさい」
 グレイがゲラゲラ笑う。
「実際おっさんだから無理だわ」
 昨日と似たようなやりとりをする。
 ディーは両手両足広げるような入り方ではなく、隅の方でしっとりと入っていた。どうやら周りに騒がれるのが嫌なようで、目立たない場所を選んでいる。
「じゃーお先ー」
 ザバッと上がると早々に部屋に戻った。
「風呂行かないのか?」
「お腹が痛くてー」
 部屋に残っていたロイに聞くと、わざとお腹を抑えて痛がりだす。
「だからごめんて」
 笑いながら答える。
「マジで焦ったわ。ディーに教わったのか」
「ああ、思い出した時に少しづつ練習してた。まさか最初のグーパンをお前らに使うとは思わなかったけどな」
 ワハハと笑いながらロイに近づくと、その背中をポンと叩く。
「なー、ロイ。キスしよっか」
 非常に軽く、普通の会話の延長のような感じで言われて、ロイが一瞬面食らう。
「する」
 正面で向き合うと自分の腰に腕を回してくる。自分も同じようにロイの背中に届く範囲で腕を回すと、重ねるだけの長めのキスをした。
「ショーヘーからって初めてだよな」
 少し赤面したロイの表情に、クスッと笑う。
 いつもはグイグイくるくせに、逆になると突然思春期の少年のような素振りを見せて、そんなロイが可愛いと思ってしまった。
 ロイはおちゃらけているように見えても、よく周りを見ていた。状況を確認して、1人1人を細部まで認識している。ディーのようにすぐに察して先回りして来るようなことはないが、ユーリのこともロイだけが見抜いていた。
 そのことに感謝している。ユーリがロイの言う通りなら、きっと大丈夫だと考えていた。
 自分とロイ、ユーリとシン。
 状況も立場も違うけど、何処かが似ている。そんな感じがしていた。
「ここは大人として一肌脱ぎましょう」
「本当に脱がれたら困る」
 ロイが茶化して言ってくる。
 そして再び、今度は深く唇を重ねた。

 
 
「んだよ、おっさん」
 ユーリが不機嫌そのもので自分を見てくるが、おっさん、と言われたことに感動していた。
 この世界に来て、おっさん扱いをされず、可愛いだのなんだの言われておっさんのプライドは総崩れだった。
 それが今おっさんと言われて、ジーンとくるものがある。
「もっかい言って」
「はぁ!?」
 思わずそう言ってドン引きされてしまった。

「シン君のことなんだけど」
「てめーには関係ねーだろ」
 ちょうど剣術の練習を1人でしていた所に声をかけたので、持っていた木刀を自分に向けて威嚇してくる。
 ちょっと強引だが、ユーリが話を聞く姿勢に持っていかなくてはならない。その木刀の先を右手で握ると、一気に力を込めた。
 メキメキッ、バキッと音を立てて木刀が砕ける。
「話、聞いてもらえるかな」
 ユーリが砕けてバラバラになった木刀を見て呆然としている所に、笑顔を向けて有無を言わさず了承させた。
 その場で2人で座って話を始める。
「1年前のシン君がレイプされた話、彼から聞いたよ」
「へー…おっさんも誘われたのかよ」
「いいや。誘われてない」
「どうだか」
 チッと舌打ちする。
「俺もね、レイプされたことがあるんだ」
 未遂だけど、とは告げずに話を続ける。
「ロイの前で、ね」
 その続きを聞いて、バッとユーリが顔を上げた。
「俺は君のこともシン君のこともよく知らない。だから、周りの人達みたいに君に気を遣ったりしないし、たとえ子供だからって遠慮しないよ。1人の通りすがりの旅人だから言える」
 ユーリがグッと口を横に結ぶ。
「レイプは暴力だ。殴ったり蹴ったり、それと同じ暴力で、体はもちろんだけど、心も大きな怪我をする暴力なんだよ」
「それがなんだって言うんだよ」
「君は暴力を受けたら辛いだろう?痛くて苦しくて逃げたいだろう?」
 誘拐された時、ユーリも多少の暴力を受けていたのはマルコに確認済みだ。だから暴力の痛みと恐怖は知っているはず。
「シン君がレイプという暴力から逃げなかったのは、むしろ進んで受けたのは、君を守るためだよ」
「なっ!そんなわ、け」
 ユーリが思わず立ち上がる。
「君は思わなかったのかい?」
 ゆっくりとユーリの手を握る。最後まで話を聞かせるために、逃げないように手を強く握った。
「次は自分だって」
「!!」
 ユーリの顔が歪んだ。苦しそうに歯を食いしばって、その目に涙が浮かぶ。きっと1年前の恐怖が蘇っているんだろう。自分だって、今だにスペンサーにされたことを思い出すと恐怖に襲われる。
 だが、ここで可哀そうだからとやめてはいけない。向き合わせないと。
「シン君もそう思った。だから君に順番が回らないように、必死に男を誘って食い止めた。彼にはその方法しかなかったから」
 ユーリの目からボロボロと涙が溢れた。
「君も、本当はわかっていたんだろう?」
「う…うぇ…ッヒック」
 ユーリが泣きながら頷いた。
「苦しかったよね。目の前で必死に自分を守ろうとしてくれているのに、自分は何も出来ない。助けたいのに助けられない」
 ゆっくりとユーリを抱きしめた。
「ロイはね、俺がレイプされるのを見せられて、拘束された自分の腕を引きちぎってまで俺を助けようとしてくれた。自分を犠牲にして、俺を助けようとしてくれた。
 シン君もロイと同じだよ。自分を犠牲にしても、君を守りたかったんだ」
 ユーリが大声で泣き始める。
「辛いよ。自分がどうしようもなく無力で辛かった」
 自分もロイを思い出して静かに涙を流した。
 自分とユーリは同じだ。守られるだけで何も出来なかった。
「自分が許せなかったんだろう?守ってあげられなかったことが」
 そっとユーリを離す。
「シン君が好きなんだね。好きだから自分が許せなかった」
 ユーリの手を取って、その手のひらを見る。剣術の練習のしすぎなんだろう。何度も何度も豆を作り、潰して、皮膚が裂け、手がボロボロになっていた。
 あれから必死に鍛錬していたのがわかる。シンを守るために、強い男になろうとしたんだろう。
「ユーリ君、強さはなにも肉体に限ったことじゃない。傷ついたシン君を内側から守って、救ってあげることも強さなんだよ」
 ユーリは大粒の涙をこぼしながら、自分をじっと見つめる。
「俺…あの時、なんも、出来なくて…シンが…」
 必死に言葉を探している。
「助かっ…た後…まともに…シンを、見れ、なくて」
 手でグシグシと目を擦る。
「ありがとうって…言いたい、のに、俺の、せいで、ごめんって、言いたい、のに」
「今からでも遅くないよ」
「俺、あいつに、酷い、こと…言った…今更、許して、もらえない」
「許すも何も、シン君は最初から君のことを怒ってなんていないよ」
「え?」
 ユーリが顔を上げる。
 そして、自分の後ろに離れて立っていたシンに気付く。
 ロイに頃合いを見計らってシンを連れてきてもらったのだ。
「坊ちゃん…」
 シンが泣いているユーリを心配そうに見つめている。
「…シン…シン!」
 シンの姿を見たユーリの顔が歪み、大粒の涙が溢れたのと同時にシンの元へ走り出す。シンもまた走り出してユーリへと手を差し出していた。
 もう大丈夫だと思い、立ち上がってロイの所に戻った。
「ごめん、ごめんなさい!」
 ユーリがシンに抱きついて、大きな声で謝る。
「大丈夫です、ぼっちゃ…ユーリ様」
「好きだ!好きだヨォ。シンが大好きだ」
 泣きながら告白する。
「はい…はい。私もユーリ様が大好きです」
 シンも泣いていた。ゆっくりとユーリを抱きしめる。
 ユーリが泣き止むまで、シンはずっと抱きしめて、背中を摩っていた。

「青い春だねえ…」
 グレイがグスッと鼻を啜り、ボソッと呟いた。
 いつのまにか、グレイもディーも後ろにいて、ビクッとする。
「いたのかよ」
「お疲れ様でした」
 ディーが優しく微笑んで労ってくれ、グレイが頭を撫でてくる。
 ユーリとシンをその場に残し、そっと立ち去ることにする。
 途中、母親のジャニスも遠くから見守っていたことに気付いた。
「ありがとうございました。息子もシンも、これで元に戻れますわね」
 自分の手を取って、涙ぐみながら微笑んで感謝してくれた。
 気がつくと、いろんな所で啜り泣きが聞こえる。父親のテオドールはもちろん、レオも、マルコも、使用人たちまでもが見守っていたらしい。
 途端にものすごく恥ずかしくなった。
 カーッと顔を真っ赤にして、サササッと早歩きで部屋へ戻ると、しばらく部屋から出ることをしなかった。
 それを見て3人が揶揄うが、全部無視した。

 その日の夜、ほんわかした気持ちで風呂に入りまったりする。心なしか自分を見る使用人たちの目がホワホワしているのは気にしないことにした。
 いつもと変わらない会話に涙が出るほど笑い、すごく名残惜しいが、明日、宿を後にしようと決めた。次の目的地は海沿いを進んで少し内陸に入ったところにある「エンダ」という街に決定する。

 その前に、ロイに言おうと決めた。
 ずっとロイに対する「好き」が恋愛感情かどうかわからないと思っていた。でもユーリとシンを見て、それが違うとようやっとわかった。
 8年前に酷い形で裏切られて、ずっと恋愛感情に蓋をしてきたと、今更気付いた。恋愛感情そのものがわからなくなっていただけだった。
 その蓋を開けるにはものすごく大きな覚悟がいることで、時間がかかってしまった。
 そもそも、好きじゃなきゃキスも体も許すことなんてあり得ない。感情の蓋が開く前に、体の方が正直だったってことだ。
 あの日、ロイの手を取ったのは好きだから。もうとっくにロイに惚れていた。それは紛れもない事実。
 ロイがナンパされてイライラしたのも、ロイの昔の相手の話を聞いてムカついたのも、全部ロイが好きだから嫉妬した。
 いざ蓋が開いてしまうと、その気持ちが一気に押し寄せてくる。

 ロイに恋をしている。
 ロイが好きだ。
 ロイを愛している。

 そう伝えようと心に決めた。

 問題はいつ言うか、だ。そのタイミングをずっと考えているが、なかなか思いつかない。

 風呂を出て部屋に戻る途中、ボーッとする頭に、頭を使いすぎたかなと思った。少し足元がふらついてしまう。
 3人の後ろをついていく形で歩いていたのだが、徐々にその距離が離れていく。

 なんか変だな。

 のぼせてしまったんだろうか、としっかり歩こうとするが、足が言うことをきかない。そのうち、ぐるりと視界が回り始め、

 あ、これヤバいやつだ。

 そう認識した瞬間、意識が途切れる。

 突然後ろでドサっと音がして、3人が振り返ると、翔平が倒れていた。
「ショーヘー!」
 ロイが慌てて駆け寄り抱き起こす。ペチペチと頬を叩くが、一切反応を返さずにグッタリとしている。
 その顔が赤い。
「おい!ショーヘー!ショーヘー!」
 あたりがロイの声にザワザワし始めて、ディーがすぐに部屋に戻ろうと言った。
 すぐに翔平を抱え上げると、急いで部屋に戻った。
 ベッドへ寝かせて様子を伺う。
 ディーはすぐに荷物の中にある、病気を判定するスクロールを探し始め、グレイは桶に水を張って氷魔法で冷たくする。
 さっきまでいつも通りだったのに、突然意識を失うなんて。
 顔に触れてみればかなり熱い。体も熱を持っている。
 ロイはかなり狼狽えていた。
「ショーへー…」
 ロイが顔を歪めて辛そうに翔平の手を握った。


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