おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜海沿いのリゾート地〜

おっさん、温泉を満喫する

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「ここ…?」
 昨日助けた初老の男性が言っていた、「青い渚」という宿屋の前に立つ。再度その看板を見て確認しても間違いなかった。

 宿屋というか…ホテルだろ、これ。

 野兎亭のような木造の宿屋ではなく、目の前にあるのは、立派な白い壁の大きな建物だった。かなりデカい。
 門から入り口まで綺麗に整備された庭が広がり、何人かの客が花壇そばのベンチでくつろいでいる。
 元の世界でのリゾートホテルのような装いだった。
 とりあえず中に入り、キリッと玄関脇に立つ使用人であろうリザードマンに声をかける。
「お話は伺っております。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 至極丁寧に案内され、建物の奥へと案内される。
 最奥にあった重厚な扉の前に立つと、ノックをし来客を告げると、中から昨日の初老の男性の声がした。
 中に入ると執務席から立ち上がる男性の姿が見える。
「これはこれは、ようこそ。お待ちしておりました」
 ニコニコと近寄ってきて、全員の手を両手でギュッと握ってきた。
 男性の執務室であろう部屋の応接セットに座るよう促される。
 部屋の中は華美でないが、重厚な執務デスクに合わせて家具は統一されており、応接セットの下に敷かれた絨毯はフカフカだった。壁1面にはびっしりと本が納められた棚があって、まさにホテルのオーナー然とした雰囲気がある。
「改めて、この度は誠にありがとうございました」
 向かい側のソファに座った男性が深々と頭を下げる。
 コンコンとドアがノックされ、3人が中に入ってくる。2人は昨日助けた人族の男性で、初老の男性の後ろに立つ。もう1人はお仕着せを着た猫耳の年配の女性で、自分たちの前にお茶とお茶請けを置いて出て行った。
「右からマルコ、シンと申します」
 名前を紹介すると、それぞれが静かに頭を下げる。
 マルコは爽やかな好青年という感じで、目が合うと、ニコリと微笑み、優しげな印象を受ける。
 対してシンはとても細く、そんなに背は低くはないのだが、とても小さく見える。糸目というのだろうか、目が細く、微笑む姿も遠慮がちで、儚いというのがピッタリの男性だった。
「彼らは従者と申しましたが、家族同然の者たちなのです。特にこちらのマルコは、次男の嫁になる予定でしてな」
 マルコと呼ばれた30代と思われる男性がうっすらと頬を赤らめる。
「その息子の代わりに商用についてきてもらったんですが、帰りにあんなことが…。もし皆さんに助けて頂けなければ、私が息子に殺されてました」
 初老の男性がハハハと乾いた笑いを漏らす。心から笑えないのは、命は助かったが、レイプ被害にあった2人に対する負い目なのだろうと思った。
 今後、息子さんとマルコさんに何もなければいいけど、と不安になった。
 2人が部屋から退室し、初老の男性が少し間を開けた後、
「私の自己紹介がまだでしたね」
 初老の男性が自分の方をじっと見つめてから、
「私はレオナール・ヤクモと申します。どうぞレオとお呼びください」
 
 ヤクモ…八雲!?日本人!?

 聞いたことのある苗字にブワッと鳥肌が立つ。一瞬で体が緊張した。
「実は、ディーゼル殿下には一度お会いしたことが。アラン殿下のお誕生日の時なんですが…もう10年も前のことなので…」
「覚えている」
 驚いてディーを見た。
 ディーは苦虫を潰したような表情をしてこめかみを抑えていた。
「というか、名前を聞いて思い出しました。300年ほど前のジュノーの子孫でしたね」
「そうです。今は商人を営んでまして、この宿も事業の一環でしてな」
 ニコニコとレオは微笑む。
「まさかあそこでディーゼル殿下に白炎の狼と謳われるロイ様、剛腕のグレイ様に出会えるとは。まさに暁光でした」
 レオがポンと自分の膝を叩く。
 3人とレオと何度も視線を行き来させる。すごく場違いな席にいるような気がしてくる。
「なんで俺らってわかった。認識阻害かかってるよな」
 ロイが少しピリついた声で言う。怒っているような不信感を隠そうともしていない声だ。
「ああ、それは…」
 レオが両手を顔に持っていくと、右目のあたりを弄り、そして眼球を取り出してテーブルに置いた。
 義眼だった。
「鑑定眼ですか…」
「そうです。ヤクモ家当主に代々引き継がれているものです」
 義眼を見ると、その瞳の中に何かがゆらめいているのが見える。あまりにも小さいので、目を凝らしてみないと気付かないくらいだ。
「昨日会った時点で気付いていたなら、どうして何も?」
「御三方が揃っていることと、お連れ様の存在…、不躾ながら訳ありとお見受けしましたので。あの時は部外者もおりましたし」
 レオが自分を見てくる。

 バレてるんだろうな。

 と悟った。
 部外者とは、あの傭兵たちのことだろう。出会っておそらく数秒で状況を判断し、自分たちに気を遣った、ということだ。
 ものすごく頭がキレる。
 昨日の好々爺的なレオのイメージと、今目の前にいるレオは、同一人物とは思えない。昨日のあれは全部演技だったということか。
「…参りました。それで、何をご希望ですか?」
 あのディーが早々に降参したのに驚く。
「何も」
 レオがニコニコと微笑み、昨日の好々爺へと瞬時に戻る。
「出会ったのは偶然です。あの2人を救っていただいたのに、感謝こそすれ望みなど。
 それに、今はただの旅人なのでしょう? 命の恩人にお礼として宿を無償提供する。ただそれだけです」
 レオの言葉に、ロイの雰囲気も変わる。
「感謝します」
 ディーがうっすらと微笑みながら言う。
「こちらこそ、本当に感謝しています。大切な家族を失わずに済みました」
 レオの言葉は本心らしく、うっすらと目尻に涙が見えた。すっかり好々爺に戻っていた。
「お好きなだけ、滞在なさってください。宿の者にはすでに事情を説明しておりますので」

 その後は、呼ばれた使用人に案内されて宿泊する部屋に案内された。
 俗に言うスイートルームだ。4人で使うには勿体ない広さだった。
「なんかかえって悪いな、ここまでしてもらうなんて」
 グレイが、豪華な部屋に落ち着かないようで部屋中をウロウロしている。
「何を言ってるんです。裏があるに決まってるでしょう」
「え!?」
 自分とグレイが声を上げる。
「仮にも私は王族ですよ。恩を売っておいて損はないでしょう」
「あー…確かに…」
「敵に回したくはない人物であることには間違い無いですが…」
 ディーがフフフフと笑い、その笑い方に腹黒さを見た気がした。

 その後、レオに夕食に招待され、家族に紹介された。
 レオはすでに妻に先立たれており、席に着くまえに、実質的にこの宿を取り仕切っているという長男のテオドール・ヤクモと、その妻ジャニス、一人息子の15歳のユーリを紹介された。
 ジャニスは見た目も完璧なリザードマンで、ぱっと見男女の区別が出来ないが、その物腰で女性だとわかる。
 息子のユーリは人族の姿をしているが、大きなトカゲの尻尾が生えていた。
 ユーリの隣に、昨日助けたシンが座り、次男は現在商用で王都にいるそうで、その婚約者であるマルコが座っている。
 こちらの身元は息子にだけ明かしたそうで、他の家族にはマルコとシンの恩人という形で紹介された。
 食事では、助けられた時の話や、今までの旅の話をして和やかに終わった。
 そんな中、一つ気になったのは、ユーリが自分たちを時々睨んでいたことだ。
 最初は気のせいかと思ったが、食事中、一切口をきかず、たまに睨んでくる。特にロイを仇でも見るかのように見ていたことが気になった。




「あーーー生き返るーーーー」
 広い湯船に浸かり、両手両足を投げ出した状態でついつい声が出る。
 まさに命の洗濯とはこのことか、とじじくさい感想を漏らした。
「おっさんくせえな」
 近くにいたグレイが同じようにダラリとした姿勢で突っ込む、
「おっさんですけど、何か?」
 と返して笑った。
 ディーは夕食後、レオと話がしたいと執務室へ向かって行った。
 一体何の裏工作をしようとしているのか、使えるものはなんでも使う、そんなディーを垣間見た気がした。
 風呂は湯着という水着のようなものを着て入るものだった。日本の風呂というよりも、ヨーロッパのスパを連想させる。男性は膝までの短パンのようなもので、女性は同じような短パンに胸元を隠す布が巻かれている。性別で分けないとは言っても、見た目の差には気を使っているようで安心した。
 風呂は完全なる男女混浴で、内風呂があり、外にはプールのような大きめのものと、岩風呂が数カ所あった。今は外の広めの岩風呂に入っていた。3人入ってもまだ余裕のある広さだ。
 さらに外には風呂を取り囲むように飲食を提供するカウンターが設置されており、本当にリゾートのホテルスタイルに驚いた。
「あーマジサイコー」
 ロイも同じようにだらけた格好で、目元にタオルを乗せて天を仰いでいる。
 喉が渇いたと、グレイが出て行き、俺もー、とロイも立ち上がる。
 濡れた髪をかきあげて、ふーと短い息を吐くロイを見て、思わず視線を逸らす。
 鍛え上げられたその上半身は、同性が見ても見惚れるほどだ。全く無駄がない筋肉が、温泉でほんのりとピンク色に染まった肌が色気を放つ。
 自分はこの男に組み敷かれて…と思わず考え、ボンッと一気に頭に血が上る。組み敷かれた時の下から見上げたロイの体を思い出してしまって、1人で狼狽えた。
「目の届く範囲にいろよー」
 ロイがザバザバと風呂から出ていく。
「おー…」
 返事をしたが、心ここにあらずだった。
 その時、遠くからキャーという悲鳴に近い黄色い声が上がる。
 その方向を見ると、ちょうどグレイがポーズを取ってその肉体美を披露しているところだった。
「何やってんだあいつ…」
 グレイのまわりに集まる男女。
 数人の目がハートマークになっているのがはっきりわかって脱力した。
 ロイが近寄ると、さらに周囲がざわつき、海水浴の時の嫉妬が再び蘇る。
 そんな気持ちを抑えるかのように再び天を仰ぎ、目を閉じた。
「ねー、君」
 そんな時、同じ風呂に入ってきた獣人に声をかけられた。耳が人と違うから獣人だとわかる。
「はい?」
「1人?この後食事でもどうかな」
 ほんとこの世界の人の基準ってどうなっているんだろうと思う。もっと若くて1人でいる男も女もたくさんいるのに。なんで自分?とすごく不思議に思う。
 ジリジリと隣に近づいてきたので、自分も動いて間隔が縮まらないように逃げる。
「いえ、結構です。連れもいますし」
「連れってどこに?」
「あそこに…」
 とロイとグレイがいたカウンターの方を見ると、人だかりが出来ていて、2人の姿が見えない。あのデカいグレイの姿もわからなくなっていた。
 見当たらなくて、キョロキョロと探した数秒の間に、男に間合いを詰められる。
「なんかすごくいい男がいるみたいでね、みんな一目見ようと集まってるよ」
「へ、へー…」
 そっと離れようとするが、男も同じように移動してくる。
「僕は君みたいな子がいいけどね」
 品定めするようなねっとりとした視線を体に向けられているのがわかる。そしていきなり、手を握られた。
 ブワッと鳥肌が立つ。
「俺の男に手ェ出すのやめてくんねー?」
 そう頭上から声がして上を見上げると、ロイが飲み物を持って仁王立ちしていた。
「っち、男連れかよ」
「あ?」
 舌打ちしたが、ロイのドスの効いた声にそそくさと逃げていく。
「全く油断も隙もねえ」
 ブツブツと言いながら、足を温泉に浸けて岩風呂の縁に腰掛けると
「ん」
 と手に持っていたコップを差し出してくる。
「あ、ありがとう」
 そう言って受け取ったが、実は内心かなりドキドキしていた。

 俺の男って…。
 いや、付き合ってるから間違いでは無いんだけど…。
 恥ずい…。

 はっきりと自分とロイの関係が口に出されて、実はかなり動揺していた。何故か絶対にロイに悟られないようにしようと変なプライドが平静を装っていたが。
「お前もはっきり断れよな。彼氏がいますって」
 飲んでいる最中に言われて、吹き出しはしなかったがグゥっと変な音が喉から出る。
「曖昧に断るとつけこまれるぞ」
「ああ、うん…気をつける…」
 ハハハと乾いた笑いを漏らす。
 こういうシチュエーションに慣れないのか、日本人特有のものなのか、濁す言い方はこの世界で通用しないらしい。
 次があるかわからないが、今度は頑張って「彼氏がいます」と言ってみようと思った。
 一度お湯から出て、そのまま外で涼んでいるとディーが入ってくる。先ほどと同じように周りの男女が通り過ぎるディーをその目で追いかけ、数人はハートマークだ。
「まだいたんですね」
「そりゃ~まだまだ~」
 再び4人で風呂に入る。自分はもう少し涼もうと足だけ温泉に浸けた。
「そういやさ、白炎の狼とか剛腕のグレイって、お前らの2つ名みたいなもん?」
 レオが言っていた、ロイとグレイの異名を思い出す。
「ああ、あれね」
「懐かしいなあ、戦争中にいろんな呼ばれ方したよなー」
 グレイが思い出したように笑い出す。
「他にもあんの?」
「グレイはともかくロイはね」
 クスクスとディーも笑いながら、2人でその名前をあげていく。

 白炎の狼、死神狼、白い悪魔、猛獣ロイ、歩く1人モンスターブレイク、歩く災害

「歩く災害ってww」
 思わず笑った。
「それから、色欲大魔王、SEX大魔神…」
「おい!」
 最初はいいが、途中から路線が変わって来る。ロイが慌てて2人の口を止めようとする。
「ああ、こんなのもありましたね、発情王。ぶあ!!」
 最後はロイに頭を掴まれてお湯の中に沈められた。
「へー…」
 最初は面白がって聞いていたが、だんだんとムカついてくる。
「ほんとのことでしょう!」ブハッとお湯から顔を出したディーが笑う。グレイもひっでー2つ名だよなーとゲラゲラ笑っていた。
「そんなにSEXで有名だったんだ…」
「まあ、困りませんでしたよね。噂で一晩で5人抱き潰したとか。SEX武勇伝聞きたいですか?」
 その当時のロイを思い出して、ディーが下世話な笑い方をする。
「へー、すごいね。ロイ💢」
 自分でもイライラして顔が引き攣っているのがわかった。
 過去のことなんかどうでもいいのに、ロイが昔誰かとSEXしたことを想像すると苛立ちとモヤモヤと、怒りに近い感情が湧き上がって来る。
「ああ、でも安心していいぜ。こいつ、今はショーヘー一筋だわ」
 グレイのその一言に、スッと怒りが消えた。
「ですねー…ロイの方から追いかけているのを見るのは初めてです。今までは勝手に寄ってきただけですから」
 今度は逆に恥ずかしくて、赤面した。
「また揶揄ったな」
 してやられたと、ディーとグレイを睨むが、ニヤニヤで返された。
「もー上がるわ…」
 お湯のせいなのか、顔が火照ってしまって仕方がないので、先に上がった。
「ほら、お前も行けよ」
 途中からいじけていたロイにグレイが声をかけ、追いかけさせた。

 部屋に入る手前で追いついてきたロイが、部屋に入ってからすぐに抱きついて来る。
「あれは昔の話で、今はショーヘーだけだから」
「わかってるよ」
 不安げなロイに苦笑する。揶揄われただけだと、ポンポンと頭を撫でる。
 ほんとは過去のロイのSEX遍歴を想像するとかなりモヤっとするが、そんなことでロイに怒る筋合いもない。そこまで子供じゃない。
「ショーヘー、好きだー」
 ガバッと抱きつかれてベッドへダイブする。
「今は4人部屋なんだから、何もするなよ」
 一応釘を刺す。
「わかってるよー。キスだけ」
「キスだけな」
 ロイの口がタコになって迫って来る。せっかく綺麗な顔なのに、と思って変顔に笑いながらキスを受け入れた。

 何はともあれ、風呂は最高だった。
 
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