おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜海沿いのリゾート地〜

おっさん、野盗に遭遇する

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 ベルトラーク辺境伯領から海の街「ミルア」までは、徒歩で1週間ほどかかると言われた。
 なぜロイがそこまで行きたがっていたのか、その理由を道すがら聞く。
 なんのことはない。
 温泉があるそうだ。
 この世界にも温泉があることに驚いた。それは自分も是非行きたいと思ってしまう。温泉に海の幸、数年前に社員旅行で行った温泉旅行を思い出して、いいなぁと和んだ。

 数日は何事もなく街道を進む。
 やはり3人に比べると体力がなく、日が落ちる前に野営に入るので、ペースはかなり遅いんだと思う。
 だが、3人は自分に気を遣ってなのだろう、何も言わない。だがロイとグレイは有り余る体力を持て余しているのか、野営地で1、2時間は必ず鍛錬をしていた。
 そんな2人を見ていると、自分も何か出来ること、と思い魔法を毎日練習するようにしていた。ディーがつきっきりで指導してくれるので、だいぶ魔力の扱いにも慣れてきている。
「よくこの短時間でここまで魔法が使えるようになりましたね」
 ディーが感心したように言う。
「先生がいいからな!」
 耳聡く聞きつけたロイに言われるが、使えるようになった過程には色々あったわけで、苦笑いしかない。
「でも、まだすぐ出せなくて」
 火の玉を出そうとして3秒後に出る。以前はその倍近くかかっているので、進歩はしているのだが。
「でも、やっぱり不思議だよな。何もないところからイメージだけで出せるんだから」
「何もないわけじゃないですよ?」
「そうなのか?」
「魔力が何なのかとは聞いていないんですか?」
「聞いてないな」
「一番肝心な所なんですけどね」
 とディーは苦笑した。
 そして、魔力について説明してしてくれた。

 この世界には、魔素と呼ばれるエネルギーが存在し、呼吸、飲食によって体に吸収される。つまり生きているだけで魔素を体内に取り込んでいるという。
 魔力は、吸収した魔素を体内で変換したエネルギーのことで、この世界に来て行った同調スクロールの魔法陣は、強制的に変換する力を身につけさせるものだと言った。本来は、稀に魔素変換が出来ない状態で生まれた赤ん坊のために作られたものだという。
 他にも言語共通化などのオプションも入ってますけど、と笑う。
 もしこの魔素を変換出来ないまま体内に取り込み続けると、自我も理性もなくなり本能だけで生きる獣、魔獣になるという。
 さらに自然界の中で魔素が異常に濃く発生する魔素溜まりという現象もあちこちで起こっている。近くのあらゆるものを取り込み魔獣へ変化させ、自然消滅していくそうだが、稀に巨大な魔素溜まりが発生してモンスターブレイクという魔獣の大量発生が起こり、近隣の街や村が襲われるケースもあるという。

「俺も助けられてなかったら魔獣になってたわけか」
「そうなりますね。この世界に来たジュノーたちも、もしかしたら誰にも発見されずに魔獣になってしまった人もいるのかもしれません」

 自分は本当に運が良かったんだと改めて思った。
 知らない世界に突然放り込まれて、わけもわからないうちに自分じゃなくなっていく。
 それはとてつもない恐怖だ。

 さらに魔力量が多いというのは、体内で変換した魔力を溜める器が大きいことを指しているという。それは生まれつきのもので個人差もあるが、鍛えて器を大きくすることは出来るそうだ。
「なるほどねえ」
 確かロイに魔法を習い始めた時に、似たような話を聞いた気がする。全くわからなかったが、ディーの説明で理解できた。

 魔法は、体内に溜められた魔力を放出する手段であり、放出する量は自分で決められる。多く放出すれば同じ魔法でも威力は大きくなり、少なければ小さくなる。これにはひたすら練習して慣れることが必要で、自分で放出する量をコントロール出来ないと、一度に多くの魔力を放出してしまいさらにコントロールができなくなる。これを魔力暴走と呼ぶのだそうだ。
 ただ、溜め込んだ魔力の総量は決まっているため、威力にも放出する回数にも個人差があるという。
 総量が100であれば10を使う魔法を10回撃てるし、総量が1000であれば100回撃てるという単純計算だ。
 気をつけなくてならないのは、100の総量で200の魔法は確実に使えないが、110程度くらいなら、魔力以外の生命力や体力で補って放つことが出来るという。もしそうなった時は後からの反動がヤバくて、数日寝込んだり、下手すれば死ぬこともあるという。
 
「ああ、それはロイから聞いたよ。デカい魔法にはデカい魔力がいるって」
 ロイからの魔法講義を思い出した。
「その通りです。だからまずは総量を知る必要があるんです」
「へー…」
 まだ聞きたいことは山ほどあると思ったが、まずは自分の魔力量がどのくらいあるか知ってからだと、聞きたいことを飲み込んだ。
 
 

 街道を歩いていると、たまに同じような旅人や商人とすれ違ったり、追い抜かれたりする。馬車だったりする場合は交渉して乗せてもらったりもするのだが。
 明日にはミルアに到着するだろう前日。そろそろ今日の野営地を決めようかという時に、街道の端に停車したままの馬車を見つけた。その場所のそばには武装している数人が道端に倒れている。
 ロイとグレイが走って駆け寄り、その生死を確認するが、擦り傷が1人、大怪我を負って倒れているのが2人、もう1人はすでに亡くなっていた。
 初めて見た人が襲われた現場に、最初は狼狽えてしまったが、それでも生きている人を助けなければと、自分もロイたちに混ざって怪我人の手当てに回る。
 ロイとグレイが怪我人を移動し、ディーがヒールをかけて治療する。自分に出来ることと言えば、水を飲ませたりすることだけだったが。
 亡くなった人は胸の辺りを剣であろうものに大きく切り裂かれていた。
「見ない方がいい」
 とグレイに言われたが、無視は出来ない。必死に遺体を布で包む作業を手伝った。
「ありがとうございました」
 この馬車の持ち主である初老の男性が深々と頭を下げる。
 ミルアの街に帰る途中で野盗に襲われ、金品を強奪されたという。亡くなったのは、護衛として雇った3人の傭兵のうちの1人だった。夕方とはいえ、まだ明るかったために油断してしまったと同じ傭兵仲間が言った。
 さらに初老の男性が、従者が2人攫われたと言った。
 その言葉にゾクッと悪寒が走った。
 それは自分だけではなかったらしく、グレイが従者の容姿を聞く。
 従者は黒髪の20代と30代の人族の男だそうで、背格好が自分と似ていた。

 まさか…。

 どんどんと心拍数が早くなる。
 さらに襲われた状況を詳しく聞くと、襲ってきたのは5人。4人が傭兵を相手にして、残り1人は馬車の中にいた従者2人を抑え、その後に金品を強奪されたのだという。
「お礼はします。もし出来るなら、彼らを助けてもらえませんか」
 男性はそう言って頭を下げてきた。
「相談させてくれ」
 とグレイが言い、一旦その場から離れる。
 距離を置いてから遮音して話を始めた。
「ただ若い男を狙っただけの偶然ということも考えられる」
「あのさ、その人たちが生きてる可能性あるんだろ?」
 思わず口にした。
「…助けたいんですか?」
「もし俺に間違われて攫われたなら…」
 口に出して初めて体が震えた。
 自分の代わりに誰かが、と思うと怖くなった。自分のせいだと罪悪感に襲われる。
「どっちにせよ、誘拐目的ならすぐには殺さねえさ」
 ロイが苦笑した。
「ショーヘーは助けたいんだな?」
「ああ…」
「仕方ない」
「仕方ないですね」
 ディーとグレイもロイと同じ反応を見せるが、言葉の割に呆れた様子ではなく微笑んでいる。
「まあ野盗程度なら俺1人で充分だしなー。っつうことで決まり。グレイ、探索かけろ」
「私はあの人に説明してきます」
 ディーが初老の男性の元へ向かい説明を始めると、男性は必死にディーに頭を下げた。
 グレイは、大きく息を吸い込み、左右に両腕を広げたまま目を閉じる。その瞬間、グレイの体を中心に見えない何かが周囲に広がる感覚があった。
 グレイが魔法を使っている所を見たのは初めてだった。てっきり近接戦闘派だと思い込んでいたからだ。
「いた」
 目を開いて報告する。
「ここから西に5kmほど行ったところに廃墟がある。そこに5つの魔力と、かなり弱った魔力が2つ」
「よし。西な。じゃーちょっと行ってくるわ。グレイ、ディー、ショーヘーを頼むぞ」
「ロイ、気をつけろよ」
 思わずそう声をかけるが、ニカっと笑顔を返されただけだった。
「野盗の方に同情しますよ」
 ロイが走り去り、ディーが笑った。
 ロイが強いのはわかってる。けど万が一っていうこともある。スペンサーと戦ったあの時だって、と考えて落ち着かない。
「大丈夫だ」
 グレイが肩をポンと叩いて慰めてくるが、ロイが2人を抱えて帰ってくる1時間後まで、不安は消えなかった。

 ボロボロの布に包まれてロイの肩に担がれた男性2人は、かろうじて生きてはいたものの酷く暴行されていた。所々に痣や出血が見られ、顔も腫れ上がっている。さらにレイプされたであろう跡が残っていた。
「ディー、ヒールを」
 すぐに治療を始め、痛めつられていた体が徐々に治っていくのを見て、ホッとした。
 ロイは奪われた金も回収しており、初老の男性へ手渡す。男性は泣きながらロイの手を握ってお礼を言っている。
 従者2人は治療を終えて完治したが、まだ意識は戻らず、初老の男性は夜通し馬車を走らせて急いで帰ると告げてきた。亡くなった傭兵も家族に返してやりたいし、従者を早く家で休ませてやりたいと。そして、お礼をしたいので、ミルアに着いたら「青い渚」という宿に必ず立ち寄って欲しいと言われた。

 その馬車を見送って、自分たちもこのまま野営に入るかと思いきや、
「じゃー、行くぞ」
 とロイが先頭を切って森に入っていく。
「どこに?」
「野盗のところさ。色々聞かないとな」
 グレイが教えてくれた。
 ああ、そうかと理解する。
 襲撃の目的がジュノーだったのかを確認するためだ。ロイはそのために全員生かして捕縛してあるという。
 ロイが説明せずとも、グレイはロイの行動をよく理解している。それはきっとディーもだろう。
 少しだけ嫉妬した。

 道なき道を進んで、1時間ほどでグレイが見つけた廃墟に辿り着く。
 なんの廃墟なのかはわからないが、石造りの倉庫のような建物で、屋根はなくところどころ風化して壁が崩れている。
 その廃墟の裏側にある大木に、木の蔓を使って5人がぐるぐる巻に縛り上げられていた。
「さて、と。色々と教えてもらおうかな」
 ロイが男たちの前にしゃがむと、ちょうど真ん中にいるガタイのいい男に話しかける。
「ヒィッ!」
 男はロイを見ると怯えた表情をして、短く悲鳴を上げた。
 一体何をしたのか…。その尋常じゃない怯えっぷりにそう聞きたくなったが飲み込んだ。
「お前らが馬車を襲ったのってただのレイプ目的?」
「そ、そ、そうだ!」
「順番違くね?」
 ロイが笑いながら聞く。でも目は笑ってない。むしろ怖い。
「普通金品が先で、最後に獲物だろうが」
 笑顔のまま言われると、野盗はダラダラと汗をかき始めた。
「あんまり引き伸ばさない方がいいですよ、彼、気が短いんで」
 ディーが横槍を入れてくる。そのタイミングも絶妙なんだろう。
 男が再び小さく悲鳴を上げると、喋り始めた。
「男から絵姿を見せられて、もしこの街道を絵姿の男が通ったら生け捕りにしろって」
「へえ。どんな絵?」
「黒髪で、2、30代くらいの人族の男だ!」
 焦りすぎて早口になっている。
「前金を渡されて、捕まえたらこの3倍は払うって!」
「ふーん…依頼主ってどんな奴だった?」
「知らねえ!思い出そうとしてもどんな奴だったか思い出せねえんだ!」
 認識阻害の魔法がかけられているとすぐにわかった。
「服装や話し方、思い出せる範囲でいい」
「…帽子、貴族が被るみたいなゴツい帽子」
 野党が目をキョロキョロさせながら必死に思い出そうとしている。
「高そうな革靴」
「顔は…わからねえ」
 頭をブンブンと振る。
 ロイが無理か…と思って立ち上がった瞬間、
「あ、Wが」
 男が言った。
「指に、Wの文字が入ったでけえ指輪してた」
「お利口さんだな」
「なあ、教えたんだから命だけは助けてくれるよなぁ」
 涙声で、へへへっと野盗が笑う。
 ロイは返事をせずに、男の頭の上の空中をサッと手で払う。その瞬間、カクンと野盗の首が下がり、動かなくなった。
 一瞬殺したのかと思ったが、野盗がゆっくりと呼吸しているのがわかって、眠らせたんだとわかった。
「Wの指輪、なんか知ってるか?」
 ディーとグレイに聞く。
 2人とも首を横に振った。
「それにしても、ショーヘーを探しているのは間違いねえな。いったいどこで絵姿を…」
 ロイが、あ、と思い出す。
「ショーヘー、お前の鞄の中に何か入ってなかったのか?」
「鞄?」
 言われて、咄嗟に今肩から下げている鞄を見た。
「いやいや、俺が失くした、最初の鞄だよ」
「ああ、あれね。別に大したものは入ってなかったと思うけど…」
 異世界にきた初日に持っていたビジネスバッグを思い出す。
 もうだいぶ過去のことのような気がしたが、必死に中に入っていた物を思い出そうとする。

 手帳に筆記用具、製品パンフレット、ノート…

 頭の中で鞄を開いて中身を取り出しながら確認していき、

「あ」

 顔写真付きの社員証が入った名刺入れを入れていたのを思い出した。

「社員証!」
「シャインショー?」
「えっと、このくらいの大きさの身分証みたいなやつで!写真、俺の顔の絵姿が入ってる!」
 手で社員証の大きさを説明しながら大きな声を出す。
「それだー…」
 ロイがやっちまったーと顔に手を当てて空を見上げる。
 そしておもむろに自分に抱きつくと、ごめんごめんと謝り続ける。
 その背中をポンポンと叩いて慰めていると、グレイとディーの視線に気付いた。
「あー、ごめん、説明するよ」
 アハハと苦笑いしながら、2人に話すことになった。


「ロイのせいだな」
「ロイのせいですね」
 2人同時に同じセリフを言う。
「すみません…」
 ロイが小さくなって謝る。
 野盗を木に括りつけたまま放置し、そのまま廃墟で野営することにした。野盗はミルアに着いたら自警団に通報して引き取りに来てもらうことにする。

 いつものように焚き火を囲んで暖を取りながら、ビジネスバッグの話をした。ついでにロイに助けられた時のことも説明する。
 話を聞き終わって、最初の言葉が「ロイのせい」だ。
「だぁってよー、ショーヘーを見つけた時、もーすげー衝撃でさ! こーピシャーンって雷に打たれた感じ!? ショーヘーしか見えなかったんだよー!」
 ロイがえーんと泣き真似しながら抱きついてくる。
 それを無視しつつ、ロイが言った言葉は真実なんだろうと思った。
 あのプロポーズまがいのことを言われた日、ロイは一目見た時から好きだと言っていた。あの襲われている俺を見た時に一目惚れしたということなんだろう。
 そう思って、思わずロイの頭を撫でる。
「まあ、一部にはショーヘーの顔がバレてるって早めにわかっただけでもマシかもな。対策がとれる」
 グレイが呆れながら言う。
 色々とわからないことは多いが、ジュノーを狙う者の中に、社員証を持っている奴がいるということだ。
「しかし、そのWの指輪の男が何ものなのか気になりますね。自ら野盗に依頼するという行動が何か引っ掛かります」
 ディーが呟くように言う。
 それから、髪色は絶対に黒に戻さないことや、認識阻害の魔法を強めにかけることで話が落ち着いて、夜がふけていった。



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