おっさんが願うもの

猫の手

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王都への旅路 〜旅の準備〜

19.おっさん、買い物に行く

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「うめ~な!」
 ロイとグレイがガツガツと目の前の料理に食らいつく。
「おかわり!」
 そう言って、そばを歩いていたお仕着せを着ている狐耳に尻尾の若い女の子に渡した。
 はい、とニコリと笑って皿を受け取って厨房へと戻っていく。
「いい食べっぷりだねー」
 厨房からこの宿屋「野兎亭」の太めの女主人が笑って声をかけてくる。
 その頭には短いが兎の耳があった。兎人族という種族だそうだ。
「大盛り無料にしとくから、たくさん食べとくれ」
「目的、忘れてませんか」
 ディーが突っ込む。
「美味いもんは正義」
 グレイがニカッと笑う。いや、答えになってないし、と突っ込みたくなった。
 確かに美味しい。
 この世界に来て、割と食事に違和感は感じない。食材そのものは見たことも聞いたこともない野菜だったり肉だったりするが、調理してしまえば元の世界の料理となんら変わらない。
 チーズ焼きや香草焼き、煮込み料理にスープ。
 本当に美味しかった。
 ただ日本人としては、和食が恋しいと思ってしまう。
「あんちゃんたち、この宿は初めてかい?美味いだろー、なのに金もリーズナブルときたもんだ。食いもん目当てでこの宿に泊まりにくる奴もいるくらいだぜー」
 頬を赤らめた男が酔っ払いながら声を掛けてくる。
 お酒か…、とアルコールに興味がかなりあるが、我慢した。
「んー…あんたどっかで見たことあるな…」
 ディーをマジマジと見つめてくる酔っぱらいに対し、
「どこにでもある顔ですよ」
 ディーがサラッと答えると、まあいっかと酔っ払いは席に戻って行く。
 これが認識阻害の魔法の効果らしい。
「さて、明日の行動と次の目的地を説明しますよ」
「えー今ー?」
 ロイとグレイがモグモグと頬張りながら文句を言った。
「💢」
 ディーの額に青筋がたったのを見逃さない。

 酔っ払いが言った通り宿屋は大盛況で、3部屋取ろうとしたが2部屋しか空きがなく、自分とロイ、ディーとグレイの部屋割となる。
 自分は今後1人部屋ではなく、必ず誰かと同室になるのが決定している。
 ロイが絶対に毎回自分と同室!と息巻いていたが、そこはまあ臨機応変ということで。自分もたまにロイのラブラブ攻撃から解放されたいと思うのはわがままだろうか。
 翌日は自分とディーが行動を共にして、衣服や装備品を見て回ることになった。ついでに街の案内やこの世界の通貨や経済についても教えてもらうことになる。
 ロイとグレイは服と装備品を整えた後にそれぞれ情報収集と噂を流すことに集中してもらう。
「お金は用意しますけど、あまり変なことに使わないように!」
「はぁ~い」
 ディーに釘を刺されて2人は気のない返事を返す。
 食事を終えて部屋に戻る。
「あーあ、せっかくショーヘーとデート出来ると思ったのに…」
 着替えを準備したり、ベッドの寝心地を確認していたら、隣のベッドでゴロゴロしていたロイがブーブーと文句を垂れ始めた。
「デートってお前な…」
 目的を忘れたような言い方もそうだが、デートって…。思わずお手手繋いでキャッキャウフフと花畑を駆け回る自分とロイの姿を想像してゾッとした。
「明日はショーヘーと別行動だし…」
 口を尖らせて文句を言うロイに、はいはいと呆れながら脱ぎ散らかしたロイの靴を揃えてやる。
 次の瞬間、ロイに掴まれて、ベッドへ倒れ込んでいた。
 仰向けになったロイの上に乗る形だ。
「やっと2人きりになれた」
 間近でそう言われて、赤面する。
「ショーヘー、好きだよ」
 へへッと笑いながら言い、ますます赤くなる。
「キスしていい?」
 優しく聞かれて頭を撫でられ、一瞬躊躇したが受け入れる。
 自分を抱きしめたまま起き上がると、自分を膝の上に座らせたままキスをする。
 もう大概慣れてきたな…とは思う。好きだと言われることも、キスをすることも、まだ少し躊躇いはあるけど、慣れてきた。
 チュッチュッと何度も重ねるだけのキスを受け入れていると、突然舌を入れられた。
「ん!」
 舌を絡め取られて、いきなり始まった濃厚なキスについていけなくなる。
「ん、ん」
 チュルッ、ジュルッと音をたてて舌を吸われ、散々嬲られたが、
 ゴン!
 と拳骨でロイの頭を殴り飛ばす。
「調子に乗んな!」
 と真っ赤になって怒ると、ロイは頭をさすりながらごめんと笑う。
「もー寝るからな」
 恥ずかしさを誤魔化すようにロイから離れ、隣のベッドに潜り込む。その背中にロイの視線をずっと感じながら眠りについた。

 翌日、朝食を済ませ、店が開く時間に合わせて野兎亭を出た。
「ショーヘー」
 ロイが自分の背後から抱きつき離れようとしない。
「やだー」
 しがみついて、グリグリと頭を擦り付けて来る。まるで駄々っ子だ。
「グレイ」
 ディーがグレイに声をかけると、グレイは笑いを堪えながらロイの首根っこを掴むと自分から無理やり引き剥がし、そのまま引きずっていく。その姿に、こいつ、本当に英雄か?と疑問が湧いてしまう。
「じゃ、私たちもいきましょうか」
「ああ」
 そういえばこの世界に来て、ロイと離れるのは初めてだな、と後ろを振り返る。グレイに担がれたロイの姿が小さく見えて、クスッと笑った。

 ディーと2人で街を散策しながら、まずは衣装屋で旅に適した服を数着とアウターを買い、服に合わせて持ちやすい鞄や靴を選ぶ。すぐに着替えて今までの服は処分してもらった。
 ディーのセンスが良いのか、なかなか様になったと自分でも思う。どっから見ても立派な旅人だ。
 支払いは全てディーが行った。

 買い物をする前に、信用組合という建物に寄り、ディーが店員からお金を受け取っていたのを見て、ピンとくる。
 ディーに確認すると、何代か前のジュノーから得た知識で「銀行」だった。
 ただやっているのは預入れと引出しのみだそうで、融資関係はまた別の商業組合の管轄だと教えてくれた。
 お金を出し入れするための銀行カードのようなものはなく、組合には魔鉱石と呼ばれる魔力を吸収する石があり、口座を作る時に個人情報と魔力をその石に登録し、次に来店した時にはその魔鉱石に魔力を吸収させることで個人の口座が特定出来る仕組みだそうだ。口座情報は預けられている金額のみが表示されるので、名前などの個人情報は店員にもわからなくなっているという。
 魔力の性質に個人差があるというのも初めて知ったが、それよりもジュノーから教えられた元の世界のシステムをこちらの世界で応用するという柔軟さと技術には驚かされる。
 そして、こちらのお金は紙幣ではなく硬貨のみだった。
 銅、銀、金、白金の順番で10倍すれば繰り上がる計算だった。一般的には流通しないが、白金のさらに上の硬貨も存在しており、高額な取引の際や国家間で利用されるらしい。

 服を買った後、屋台で串焼きや、クレープのようなスイーツを食べ歩きしながら、街ゆく人の種族の説明を聞いて、この国の職業などの商業や流通関係の説明を受ける。さすが王族。その知識は膨大で、かつ説明もわかりやすかった。 
 クレープを頬張りながら、目の前の屋台で飲み物を買っているディーを見ていて、

 一緒に買い物して食べ歩きなんかして…、なんかデートしてるみたいだ。

 と考えて、慌てて脳内で否定する。
 昨日、ロイがデートなんて言うから、とロイのせいにした。
「ちょっと休みましょうか」
 飲み物を手渡されて、市場から少し離れた場所にある公園のベンチに腰掛ける。
「もしかして、デートみたいだって考えてました?」
 察しが良すぎる男もどうかと思う。
「いやいや、それはない」
 当てられてギクリとはしたが、即答で否定した。
「なんだ違うんですか。私はそのつもりだったんですけどね」
 そう言われて思わず固まってしまったが、ディーの笑顔を見てすぐに揶揄われたと気付く。
「あんまり揶揄うなよ」
 お互いにアハハと笑う。
「街を歩いてみてさ、教えてくれた性別の話、よくわかったよ」
 おそらく事前に聞いていなければ、かなり驚いて狼狽えただろう。
 そのくらい街中は男性同士、女性同士で手を繋ぎ、腕を組んで歩くカップルが多かった。さらに言うなら、ディーの容姿のおかげで、かなりの回数をナンパされた。それこそ男女問わずで。
「わかってもらえて何よりです」
 ディーが微笑む。
「ねーねーお兄さんたちー、俺たちと遊びに行かなーい?」
 またか…と思い切りうんざりした顔を表に出す。
「俺、この子もろ好みなんだけど」
 獣人の1人が自分に近寄って来る。
 38歳の成人男性を捕まえて「この子」扱いか…と異世界の守備範囲の広さには驚かされる。
 適当にあしらって最後の店に向かう。

「おー、すげー」
 目の前にある武器と防具の品々に、素直に感想を漏らす。
 大剣から小刀、弓や棍棒、魔法用の杖、フルボディタイプの鎧に、簡易的な防具。他にも見たこともない武器や防具の品揃えにキョロキョロと周囲を見渡した。
「護身用にこれだけは装備してくださいね」
 そう言って、ディーが見繕った短剣と腰につけるためのベルトを渡され、付け方を合わせて教えてもらう。
 刃物なんて持ち歩いたことがないので、かなり緊張した。
「それじゃあ帰りましょうか」
 宿屋に向かう道すがら、さらに3回もナンパされて、さらにうんざりした。
 ロイとグレイはまだ戻っていなかったため、部屋に荷物だけを置いて、食堂で待つことにする。
「なんか…たくさんお金使わせて悪いな…」
「何を言ってるんです。貴方がこれからもたらしてくれる利益を考えれば安いもんですよ」
 ああ、ジュノーの知識か、と思い出す。
「前はどんな人だったんだ?」
 なるべくジュノーという言葉を出さないように気をつける。どこで誰が聞いているかわからないからだ。
 ディーの手が左右にスーッと動かされた。
「遮音したので大丈夫です。会話は漏れません」
 ニコリと微笑んで、前のジュノーの話を教えてくれた。
「記録では150年ほど前に我が国でジュノーが保護されてます」
「150!?」
「5年ほど前に他国で見つかってはいますけどね。その話はまたいずれ」
 思わせぶりな話し方をしたので、何かあるなとすぐに気付いたが、いずれは教えてくれるだろうと、聞き返すことはしなかった。
「150年前、5年前、そして俺ってこと?」
「わかっている範囲では」
 ああ、そうか。もしかしたらまだたくさんいた可能性もあるのか…と、ジュノーを欲しがる人種が全て善人だけでないことを思い出す。
「150年前に現れたジュノーは17歳の女性でした。サヤカと言います。彼女は素晴らしい女性だったと記録されています。我が国の衛生面や服飾関係に大きく貢献してくれたんです。今の衣服の半分以上は彼女のデザインから派生したものですよ」
「へー、それはすごい」
「王侯貴族だけではなくて、一般市民にも気を配って、色々な改革をするきっかけになったそうです」
 自分も同じジュノーとして、そんなこと出来るんだろうかと思ってしまう。
「彼女は元の世界でJKと呼ばれる種族だったそうで…」
「はぁ!?」
 ディーの言葉に被せるように大きな声を上げた。
「JK!?」
 ディーが驚いて自分の顔を見る。
「JKをご存知なんですか?」
「知ってるも何も…」
 説明しようとして、あれ?と気付く。
「150年前って言ったよな」
 ディーにもう一度確認すると、ええ、と返される。

 おかしい。
 JKは少なくても元の世界で20年くらい前から使われ始めたはずだ。
 なのに150年前に現れたって…。

「時間が合ってない」
「え?」
「JKっていうのは俺がいた世界で20年くらい前から使われ始めた言葉で種族を現すものじゃないんだ」
 まあある意味種族と言っても過言ではないかもしれないが…という言葉は飲み込む。
「どういうことでしょう」
 ディーもすぐに自分の言ったことを理解したらしく、眉を寄せる。
「俺がいた世界で、少なくても20年前にいた女の子がこの世界の150年前に移動したってことになる」
「時間軸がズレてるってことですね」
 わけがわからない。
 ディーは考え込み、ニコリと笑い、メモ帳とペンを取り出すと何やら書き込んでいた。
「大発見ですよ、ショーヘイさん。学者が聞いたら泣いて喜ぶ情報です」

 頭が混乱して痛くなって来る。

 そもそも世界間の移動ってなんだ?
 こっちとあっちの時間が同じじゃないのか?

 考えても考えてもわからないことだらけで、早々に考えるのを止めた。
「それでそのJKさんはどうなったの?」
「私の曽祖母です」
「…は?」
「当時の王太子だった曽祖父と結婚したんです」
「へー…」
 思わず笑った。異世界へ迷い込んで、苦労したのかと思いきや、王族と結婚とは。ハッピーエンドで良かったと思った。
「私が生まれた時はすでに他界していましたが、とても明るくて優しい女性だったそうですよ。とても仲睦まじい夫婦だったとか」
「良かったなぁ…」
 それにしてもJKか。
 服飾関係に貢献という話がなんとなく理解出来たような気がする。おしゃれ命、なんだろうな…、と想像して笑った。JKくらい若いなら、きっとこの世界にも順応するのは早かっただろうと思った。


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