おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ 〜襲撃〜

17.おっさん、性別の概念を知る

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 フンスフンスと鼻息荒く、ロイがドヤ顔を決める。
「まぁ、まずは辺境伯領に向かうが、一旦そこで情報収集して、そこから南下して海を目指そう」
「南下って、こっから王都へ行く方向と真逆だよな。あちこち寄って行くってことか?」
 グレイが確認する。声に心なしか嬉しそうな感情が込められている。
「なんせ俺らは諸国漫遊中だからな。当然あちこち行く!」
「あ、俺、行ってみたいとこあんだけど!」
 グレイがハイハイと手を上げて主張し始める。
 ディーが盛り上がる2人にため息をつき、
「あくまでも目的はショーヘイさんを王都に送り届けることですよ。わかってますよね」
 ちょっとイラついているようだった。
「とうっぜん!!」
 ロイが親指を立ててサムズアップを決めるとニカっと笑った。
 3人の様子を見ていて、笑いが込み上げてくる。
「じゃあ配役決めよーぜ。
 道楽息子役は当然俺なー。ディーは従者でグレイが護衛。ショーヘーは俺の恋人ってことで!!」
 ウキウキと小躍りを始めるロイに、全員がすかさず「却下」と声を揃えた。
「なんでだよー!」
 ロイが地団駄を踏む。
「なんで俺が恋人役なんだよ!」
「本物の王子を従者にするなんてありえません!」
「俺もただの護衛なんていつもと変わんねーじゃねーか!」
 それからは喧喧囂囂と配役について話し合う。
「やはりここは王子のお忍び旅御一行様で…」
「まんまじゃねーか!」
 ディーの提案も突っ込みとともにすかさず却下される。
「じゃあ俺の名産品食べ歩きの旅ってのは」
「食いしん坊か!」
 グレイの提案も突っ込みとともにすかさず却下される。
 それぞれが言いたいことを言い、なかなか配役が決定しない。かなり長い間揉めたが、結局、配役などない全員がただの旅人で落ち着くことになった。
 話合いの最中、本来の目的がなんであるのか忘れそうになるくらい笑った。ついつい有名な時代劇を思い出して想像してしまう。
 
 俺が黄門様で、ディーとグレイは助格コンビ。ロイは…うっかり八兵衛。

 ブフッと吹き出し、3人の配役が妙に当てはまって1人で大笑いしてしまった。
 3人の言動や掛け合いが今の俺が置かれた状況を忘れさせてくれる。王都に着くまでの長い期間、ずっと緊張したままでいるよりも、ずっといい。
 笑っている俺を見て、ロイが笑顔を向けてくる。
 その笑顔にすごく安心した。


 それから細かい打ち合わせをして、交代で見張りをしながら寝ることになった。
 焚き火を囲む形で、1人が火の管理と周囲の警戒をする。
 最初はディーが見張りにつき、ロイとグレイはすぐに寝息を立て始める。
 たまに聞こえる2人の豪快ないびきと、昼過ぎまで寝ていたせいもあるのか、なかなか寝付けなかった。
「眠れないんですか?」
 もぞもぞと時々寝返りをうつ様子に、ディーが小さい声で聞いてくる。
 ゆっくりと起き上がり、焚き火まで近づくとディーから少し離れて横に座った。
「ちょっと、聞いてもいいかな」
 ディーに話しかける。だが、寝ている2人を起こさないように小声でだ。
 ディーは2人のことを気にした俺に気付いたのか、右手をスーッと左右へ動かし、
「遮音したので、話しても大丈夫ですよ」
 と言ってくれた。
 魔法って便利だなと思うと同時に、本当に気がきく王子様だと感心する。
「えっと、ロイとディーたちってどういう関係なんだ?」
「ああ、話してませんでしたね。
 ロイは、元上官です」
 ああ、それで上司と部下の会話に聞こえたのか、と納得した。
「ロイは元獣士団団長で、私は副団長。グレイの第二部隊長は今と一緒ですね」
「騎士団とか魔導士団は何となく想像出来るんだけど、獣士団って?」
「獣人特有のスキルを持った者で構成された部隊です。斥候や近接戦闘なんかが主ですね」
「…ディーって人族なのに副団長?」
「ああ、それは…アレを制御する者がいなくてね」
 苦笑いして、チラリとロイを見る。
 ロイをアレ呼ばわりすることに、本当に仲がいいんだと思った。加えて今までのロイの言動を見てきて、きっと苦労したんだろうな…と察して思わず笑った。
「元ってことは辞めたんだ」
「ええ。7年前に隣国から侵略戦争を仕掛けられて、5年前に終戦したんですが」
 戦争という言葉を聞いて、眉を寄せた。元の世界でも戦争中である国の話はニュースを通して知っている。俺が住んでいた日本は戦火に巻き込まれることはないが、それでも戦争が引き起こす悲惨さは歴史から学んで理解しているつもりだ。
「ロイはその時に武勲を立てて、我が国の救国の英雄として祭り上げられたんですよ」
「英雄…」
 ついその姿を想像した。軍服を纏うロイは、さぞカッコいいだろうなと素直に思った。
「でもね、逃げちゃったんですよ。子爵の叙爵も蹴って、さっさと獣士団を辞めちゃいました」
 ディーがその時のことを思い出したようで、可笑しそうに笑いながら話す。
「まあ、この話はいずれ詳しくしてあげますよ。それよりも他に聞きたいこと、あるんでしょう?」
 本当に気がきくというか、鋭い男だと思った。
「なんかごめん…今さらロイには聞けなくてさ」
 フーッと息を吐いて、苦笑いする。
「この世界って男と女の区別っていうか、役割っていうか、どうなってるのかなと思って」
 ズバリと言葉に出すことは出来ずに、妙な言い回しになる。
「それは、性別についてですか?」
 察するのが早い。うんと頷く。
「うーん…何が気になっているのかあまりよくわからないので、まず先にショーヘイさんの世界での性別の定義を教えてもらえませんか?」
「あー…うん。えっと俺の世界では同性同士の恋愛っていうのは珍しい…というか、あんまり一般的ではなくて…。
 同性がそういう対象だって周囲にわかると、冷たい目で見られたり、避けられたりすることがあって、差別される傾向があるんだよ」
 実際に俺の周りでLGBTQは身近にはいなかった。実際にそういった差別の場面を見たことはないが、飲みの席でそういう話題になって、差別意識を持っている人がいたのを思い出す。
 俺は特に差別意識はなかったが、自分には関係のない世界だと思っていただけで、実際にこの世界でロイに欲情されたとわかった時は、ひどく混乱した。今もキスをすることに少し抵抗があることも自覚がある。
「レイプも…被害はほぼ女性だし、男がそういう目的で襲われるのは、かなり珍しいことで…」
 俺がスペンサーにレイプされかけたことを思い出して、ゾクっと悪寒が走る。
「とにかく同性同士っていうのは少数派で、男女間のそういう関係が当たり前で…」
 言葉を探しながら説明した。
「なるほど、わかりました。それじゃあこちらの世界にはかなり戸惑うかもしれませんね」
 ディーは理解が早くて助かる。
 少しだけディーは考えると、
「こちらでは、男と女は形だけの違いという認識で、どちらも同じ生物、ただそれだけです」
 と簡潔にそう言った。
「男だから、とか、女だからとかは考えない?」
「ええ。考えませんよ。同性同士であっても貴方がいた世界のように忌避されることはありません。
 貴方がいた世界で男女の組み合わせが普通であったように、こちらでは同性同士でもいたって普通のことなんです。
 見た目で男女の区別が出来ない種族もかなりいますから、そこはたいした問題ではないんですよ。というか問題にすらならないです」
 ディーはそう言って、火が小さくなってきた焚き火へ枝を放り込む。
「そう考えると、異種族交配が進んだ理由はそこにあるのかもしれませんね…。
 性別は関係なくて、我々は個人を見ます。性格や人となり、相性ですかね」
「なるほどなぁ…」
 根本的に違うんだと思った。
「まあ中には女性の形だけを好むものもいますよ。その逆も」
 ディーの言葉に考えさせられる。
 性別に対して、一切区別も差別もしていない、というかそもそも分けるという認識がないんだと理解した。
「ありがとう。よくわかったよ。ちょっとその辺が俺がいた世界とズレてるなって思ってて。確認したかったんだ」
 笑ってお礼を言った。
「どういたしまして」
 ディーも笑って応える。
「さっきも言いましたけど、私もまだ独身ですので、是非前向きに検討してみてくださいね」
 ニッコリとそう言われて、本気かどうかわからないディーの言い方に、アハハ…と笑うしか出来なかった。

 心の中でモヤっとしていた一つが解決した。一部の解決だが、スッキリした気分で、そのまま眠りにつく。



 朝日が顔に当たって、眩しくて目を覚ます。
 グレイ以外は起きていて、簡単な食事の準備をしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
 ほぼ同時に挨拶されて、返事をする。
 何か手伝おうとは思ったが、2人の手際の良さに見ていることしか出来なかった。想像ではあるが、きっと戦争中にこういう野営をたくさん経験してるんだろう。
 簡単な朝食後、ディーとグレイが近くの村へ物資調達に行き、残ったロイと2人で後片付けを始める。
 後片付けといっても火の始末くらいで、使っていた毛布や敷物を畳んでしまうと、何もやることがなくなった。
「あ、そうだ」
「どうした?」
 唐突に閃いて立ち上がると、家の焼け跡の中へ入りバキバキと木炭のようになった家の欠片をひっくり返す。
「何してんの?」
 ロイが後ろから覗き込んで来る。
「あった」
 手の中にあったポーションの瓶をロイに見せる。
「ああー、なるほどね」
 そこから2人で崩れた家の中をくまなく捜索して使えそうな物を探し出し、一箇所にまとめた。
「まだ使えるよな?勿体無い勿体無い」
 役に立てたことが嬉しくて、笑顔をロイに向けると、ロイがプッと噴き出す。
「すげー顔www」
 顔だけではなく、全身が炭で真っ黒になっていた。ロイの白い髪も尻尾も汚れて灰色になっている。
「洗いに行こーぜ」
 ロイが俺の手を取ると、川へ向かって歩き出す。
 クリーン魔法を使えば済むんだろうが、水で顔を洗いたいと思った。

「プハーッ」
 首から上を全部川に突っ込んでブクブクと泡を立てたかと思うと、ばっと起き上がり、ブルブルブルッと震わせて水を弾き飛ばす。その飛沫が、隣で手に水を掬って顔を洗っている俺へとかかり、
「犬かよ!」
 と思わず突っ込んで笑う。
 顔と腕はあらかた綺麗になったが、他の細かい部分は汚れたままなので、結局はクリーンをかけて綺麗にした。服はディーとグレイが調達した物に着替えるので問題ない。
「戻ろっか」
 そう声をかけて広場に戻ろうとしたが、その手首を後ろ手に掴まえられて止められた。
「どした?」
 振り返ると、ロイがいつになく真剣な表情で立っていた。その姿にドキッと心が跳ねる。
「あのさ…」
 ロイが視線を逸らして言い淀む。
「??」
 その様子に少し首を傾げると、ロイがチラッと目線だけで俺を見て、フーッと息を吐いてから顔を上げると真っ直ぐに俺を見て、
「絶対に守るから」
 と真顔でそう言った。
 改めて面と向かってそう言われ、ポカンとしたが、その真剣な表情に少しだけ赤面してしまう。
「あ、うん。頼りにしてます…」
「全力でショーヘーを守るよ。命に代えても」
 そう言われ、ついこの間の血まみれのロイの姿がフラッシュバックする。
「…軽々しく命に代えてもなんて言うな」
 ちょっと怒った口調で言う。
 あの時、俺がどんな思いをしたと思っているのか。辛くて辛くて、ロイを助けられない自分が情けなくて、悔しくて。

 あぁ、そうか。
 だから俺は魔力を暴走させたんだ。
 辛くて辛くてどうしようもなくなって。

「あんな思い、2度としたくない」
 若干涙目になっている自分に気付く。
 そんな俺の様子にロイは少し狼狽えて、そっと俺を抱きしめてくる。
「ごめん…」
「約束しろ。もう自分を犠牲にするような行動はしないって」
「わかったよ。しない。約束する」
 慰めるように頭を撫でられる。
「絶対な」
「絶対」
 お互いに顔を見合わせて、笑った。
「ショーヘー」
「ん?」
 じっと見つめられて、あ、キスかなと思って一瞬だけ緊張したが、突然ロイがスッと俺の前で片膝をついて跪き、下から見上げてくる。
「へ?」
 いきなりの行動に思わず変な声が出た。
「ショーヘー、貴方が好きです。一目見た時から」
 突然始まったロイの告白に、言葉の意味が飲み込めず、かなり狼狽える。
 今までのロイの砕けた口調ではなく、かなり丁寧な言葉使いにも狼狽えてしまう。
「どうか、これからずっと貴方の側に、隣にいることを許していただけますか」
 そう言って、右手を差し出してきた。
 突然のロイの行動に、頭を殴られたような衝撃に襲われてクラクラする。

 これって…
 これって、プロポーズ…!?

 ロイの姿勢と言葉、その真剣な表情に、燃えるような熱さに襲われ全身を真っ赤に染めた。



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