おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ 〜現状の把握〜

おっさん、暴走する

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 熱い、ただ熱い。
 目は開けているのに、何も見えないし、聞こえない。
 でも、自分が泣き叫んでいるのはわかった。

「やっべ…」
 スペンサーが自分のものを慌ててしまいこみ、慌てて犯そうとしていた翔平から体を離す。
 翔平から放出される魔力風に晒されて、とりあえず離れたが、それでも一度は手にした獲物を何とか抑えようと、近づき、手を伸ばした。
 その瞬間、ジュッという音を立ててスペンサーの右腕の肘から先が一瞬で消失する。
「ギャ!!」
 叫び、血を吹き出す肘を押さえながら後ずさる。
 目の前で翔平がゆっくりと立ち上がると、スペンサーの方を振り返り、静かに右手を向けた。
 スペンサーはその圧倒的な力を感じ、脱兎の如く逃げ出した。
 しかし、翔平の手から放たれた白い光のような筋が一直線にスペンサーの左足を貫き穴をあけた。
「ヒィ!!」
 スペンサーは悲鳴を上げながら、左足を引きずりつつ、逃げて行く。
 その背後から、何本もの光線が放たれ、何とかかわしてはいたが、掠っただけでも肉を抉り取られた。
「こんなん聞いてねーよ!!」
 そう捨て台詞のような言葉を残してスペンサーが走り去る。

 翔平はスペンサーの気配が消えると、そのまま立ち尽くす。

 許さない
 許さない
 許さない

 頭の中にずっと声が響く。

 ロイを傷つけて
 許さない。

 その想いだけが自分の中に木霊していた。

「ショーヘー…」
 ロイが目の前で魔力が爆発した翔平に向かって行こうとする。
 両腕が半分以上千切れた状態で、立ち上がると、ボタボタと血が滴り落ちる。
「やめろ、ショーヘー…もういい…終わった…」
 まるでロイの声が聞こえていないのか、その魔力放出は止まらなかった。
「やめろ…やめるんだ…」
 数歩、前に歩いた所で、ドサっと倒れ、血が流れすぎたせいで意識を失った。


「うわ!!なんだあれ!!」
 馬に乗って走らせていた大男が、突然目の前に立ち登った白い光の柱に驚きの声を上げる。
 森の中から一直線に天へと伸びている。
「急ぎましょう」
 男の後ろにいた、同じく馬で駆けているメガネの男が促す。。
 そのまま2人は光の柱に向かって馬に鞭を打った。


「おいおい…やべえだろ…」
 大男が眼前に見える、光の柱の出所になっている翔平を見て呟く。
「何だよこの魔力の量は…」
 大男は近くに寄るだけで圧倒されそうになり、全身に鳥肌が立っていた。
「まずはロイを」
 メガネの男が、その足元に、後ろ手に黒い手枷で拘束され倒れているロイを素早く見つけ、馬から降りると走ってロイの元へ向かう。
 だが、そこへ辿り着く前に翔平が右手を上げてメガネの男に光線を放ってくる。
「やめなさい!」
 すんなりとかわしながら翔平に叫ぶ。
 だが一向に攻撃を止めようとしないせいで、ロイに近づくことも出来ない。
「俺が抑える。ロイを頼んだぞ」
 大男が背中に背負っていた大楯を前面に構えて、翔平へ突っ込む。
 その大楯に光線があたると別の方向へ弾かれた。弾かれた光が森の木々を貫き、メキメキと音を立てて崩れる音が聞こえる。
 大男が大楯で光線を弾き飛ばし、ギリギリまで2人のそばまで来ると、メガネの男がロイの足を掴んで素早く引きずり出す。
 翔平から距離を取り、ロイをうつ伏せにしたまま、
「ヒール!」
 ロイの全身に回復魔法のヒールを施した。
 その間も光線止まず、ロイを奪われたことに気づいた翔平がジリジリと追いかけてくる。
「一体何があったって言うんだ」
 大男が大楯で光線を塞ぎつつ、ロイの姿を確認する。
 両腕を拘束されて、しかも千切れかけているなんて尋常じゃない。しかも背中にも大火傷を負っている。
「だいたい察しはつきますけどね」
 メガネの男が、燃え上がる家と手枷を見て言った。
 汗を滲ませながらヒールを掛け続け、ロイの腕が元へ戻って行く。火傷もじわじわと普通の肌の状態に戻っていった。
 外傷の治療を終え、ロイの黒い手枷に触れ、何事かを呟くとバリンと音を立てて手枷が割れ、そのまま灰になって消える。
「ロイ!起きなさい!!」
 メガネの男がロイの体を仰向けにすると、何度もその頬を引っ叩く。
 もう翔平が目前まで迫っていた。
 目から涙を流して、何かを呟いている。

 ロイ

 翔平はずっとロイの名を呼んでいた。

「起きろバカ犬!!ショーヘーが死んじまうぞ!!」
 大男がそう怒鳴った瞬間、ロイの目がパチっと見開き、一瞬で体を起こすと、暴走している翔平を見てブワッと尻尾を膨らませた。
「ショーヘー…」
 ゆっくりと歩みを進める。
 翔平はロイの姿を見て攻撃を止めるが、魔力の放出は止まらない。
「もういい、終わったんだ」
 一歩一歩と翔平に近づき、その手を握った。
「ロ…イ…」
「ああ、俺だよ。生きてる」
 握った手を自分の口元へ持っていき、その手のひらにキスをする。
「ロイ…」
 翔平の目に、光が戻ってくる。
「ロイ、ロイ」
 翔平に微笑みかけ、その体を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「終わったんだ」
 ゆっくりと唇を重ねた。
 その瞬間、糸が切れたようにガックリと力を無くし、魔力もゆっくりと消えていった。
「おいおい…」
 大男が2人のキスシーンを見て、若干頬を染めながら視線を逸らした。
「まあロイらしいですけどね」
 メガネの男が、2人に近づき、意識を失いグッタリしている裸の翔平にマントを羽織らせてやると、ロイがその体を抱き上げ、優しく額にキスを落とす。
 いまだに燃え続けている家が、あたりにオレンジ色の光を照らした。


 朝日まではまだ遠い。
 家の火はだいぶ鎮火していたが、まだプスプスと音を立てて燻っていた。
 4人は広場の隅に移動し、翔平の意識が戻るまでこの場にいることにした。
 翔平の体をクリーンで清め、メガネの男が持っていた着替えを翔平に着せる。
 ロイも大男の服を借りて、すっかり元の姿に戻っていた。長かった白い髪は除いて。
 ロイは片時も翔平を離さず、自分の膝に座らせて、その肩を抱いてしっかりと抱きしめている。時折り、額や頬に口付けをし、額を寄せて祈るように目を閉じる。
 大男とメガネの男は、こんなロイを見るのは初めてだった。
「何があった」
「見りゃわかんだろ、襲撃されたんだよ」
「ロイ、怒りを覚えるのは当然ですが、何があったのか説明してください。どうしてショーヘイさんが魔力暴走なんて起こす羽目になったんです?」
 メガネの男が冷静に声をかける。
 ロイはため息をつくと、
 
 襲われて、追い詰めたが、翔平が攻撃されて、怒りで我を失ったこと。
 その隙をつかれてアーティファクトで魔力を封じられたこと。
 翔平がレイプされかけたこと。
 そして、翔平の魔力暴走が始まり対処できなくなった男が逃げたこと。

 簡潔に答えた。
「相手は誰だったんですか?」
「スペンサーだよ。あの野郎、次会ったらぶっ殺してやる」
「あぁ…あの変態か…」
 大男が思い切り同情した目を翔平へ向けた。
「確かにあの野郎じゃお前に勝てんわな。だが、お前の弱点を知ってるから裏をかかれすい」
 大男にそう言われ、実際にしてやられた怒りが蘇る。
「まあでも無事で良かった…。ロマ様も心配していましたよ」
 メガネの男が言うと、沸かしたお湯でお茶を煎れ、ロイに渡した。
「なんでお前らがここにいるんだ」
「それですよ」
 メガネの男が現在の状況を説明し始める。
「ロマ様もこの後すぐに到着する予定だったんですが、状況が変わりましてね」
 メガネの男が胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、ペラペラとめくった。
「ベルトラーク辺境伯家、アルベルト公爵家、シギアーノ侯爵家、他にも4箇所の転移魔法陣が破壊されたんです。全てではありませんが、今この場所から王都へ向かう直線上の魔法陣が全てやられました」
「ロマはその前に王都に着いていたのか」
「ええ、破壊されたのはロマ様到着直後のことです」
「スペンサーか」
「襲ってきたのがスペンサーだと聞いたので納得しましたよ。おそらく彼でしょうね。こちらへ向かう道すがら破壊して行ったんでしょう」
「で?」
「すぐに早馬で我々が王都を発ちました。もちろんショーヘイさんを護衛するために。他にも、騎士団、魔導士団、獣士団が各地の転移魔法陣の護衛のために散りました」
「全力で飛ばしてきたんだが…。すまんな、遅くなっちまって」
「いや…助かった」
 全力だったのは良くわかる。
 王都からここまで、転移魔法陣を使わなければ1ヶ月はかかる距離だ。それをこんなに早く着いたということは、馬を何頭も乗り換え、それこそ不眠不休で走ってきたに違いない。
 ロイはフーッと息を吐く。
「どこまでジュノーの噂が広まったのか…」
 そう考え空を見上げる。
 うっすらと日が上り掛けて、森の向こう側が明るくなってきていた。
「おそらくはすでに他国にも」
「だよなぁ…」
 ロイがガシガシと頭を書く。
「で、どうしますか? 団長」
 メガネの男がロイを団長と呼び、大男がニヤリと笑った。


「決まってる。王都へ向かうぞ」
 
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