おっさんが願うもの

猫の手

文字の大きさ
上 下
15 / 217
異世界へ 〜襲撃〜

15.おっさん、暴走する

しおりを挟む
 熱い、ただ熱い。
 目は開けているのに、何も見えないし、聞こえない。
 でも、自分が泣き叫んでいるのはわかった。

「やっべ…」
 スペンサーが己のペニスを慌ててしまいこみ、犯そうとしていた翔平から体を離す。
 翔平から放出される魔力風に晒されて、とりあえず離れたが、それでも一度は手にした獲物を何とか抑えようと、近づき、手を伸ばした。
 その瞬間、ジュッという音を立ててスペンサーの右腕の肘から先が一瞬で消失する。
「ギャ!!」
 叫び、血を吹き出す肘を押さえながら後ずさる。
 目の前で翔平がゆっくりと立ち上がると、スペンサーの方を振り返り、静かに右手を向けた。
 スペンサーはその圧倒的な力を感じ、脱兎の如く逃げ出した。
 しかし、翔平の手から放たれた白い光のような筋が一直線にスペンサーの左足を貫き穴をあけた。
「ヒィ!!」
 スペンサーは悲鳴を上げながら、左足を引きずりつつ、逃げて行く。
 その背後から、何本もの光線が放たれ、何とかかわしてはいたが、掠っただけでも肉を抉り取られた。
「こんなん聞いてねーよ!!」
 そう捨て台詞のような言葉を残してスペンサーが走り去る。

 翔平はスペンサーの気配が消えると、そのまま立ち尽くす。

 許さない
 許さない
 許さない

 頭の中にずっと声が響く。

 ロイを傷つけて
 許さない。

 その想いだけが自分の中に木霊していた。

「ショーヘー…」
 ロイが目の前で魔力が爆発した翔平に向かって行こうとする。
 両腕が半分以上千切れた状態で、立ち上がると、ボタボタと血が滴り落ちる。
「やめろ、ショーヘー…もういい…終わった…」
 まるでロイの声が聞こえていないのか、その魔力放出は止まらなかった。
「やめろ…やめるんだ…」
 数歩、前に歩いた所で、ドサっと倒れ、血が流れすぎたせいで意識を失った。


「うわ!!なんだあれ!!」
 馬に乗って走らせていた大男が、突然目の前に立ち登った白い光の柱に驚きの声を上げる。
 森の中から一直線に天へと伸びている。
「急ぎましょう」
 男の後ろにいた、同じく馬で駆けているメガネの男が促す。
 そのまま2人は光の柱に向かって馬に鞭を打った。


「おいおい…やべえだろ…」
 大男が眼前に見える、光の柱の出所になっている翔平を見て呟く。
「何だよこの魔力の量は…」
 大男は近くに寄るだけで圧倒されそうになった。全身に鳥肌が立っていた。
「まずはロイを」
 メガネの男が、その足元に、後ろ手に黒い手枷で拘束され倒れているロイを素早く見つけ、馬から降りると走ってロイの元へ向かう。
 だが、そこへ辿り着く前に翔平が右手を上げてメガネの男に光線を放ってくる。
「やめなさい!」
 すんなりとかわしながら翔平に叫ぶ。
 だが一向に攻撃を止めようとしないせいで、ロイに近づくことも出来ない。
「俺が抑える。ロイを頼んだぞ」
 大男が背中に背負っていた大楯を前面に構えて、翔平へ突っ込む。
 その大楯に光線があたると別の方向へ弾かれた。弾かれた光が森の木々を貫き、メキメキと音を立てて崩れる音が聞こえる。
 大男が大楯で光線を弾き飛ばし、ギリギリまで2人のそばまで来ると、メガネの男がロイの足を掴んで素早く引きずり出す。
 翔平から距離を取り、ロイをうつ伏せにしたまま、
「ヒール!」
 ロイの全身に治癒魔法を施した。
 その間も光線は止まず、ロイを奪われたことに気づいた翔平がジリジリと追いかけてくる。
「一体何があったって言うんだ」
 大男が大楯で光線を塞ぎつつ、ロイの姿を確認する。
 両腕を拘束されて、しかも千切れかけているなんて尋常じゃない。しかも背中にも大火傷を負っている。
「だいたい察しはつきますけどね」
 メガネの男が、燃え上がる家と手枷を見て言った。
 汗を滲ませながらヒールを掛け続け、ロイの腕が元へ戻って行く。火傷もじわじわと普通の肌の状態に戻っていった。
 外傷の治療を終え、ロイの黒い手枷に触れる。何事かを呟くとバリンと音を立てて割れ、そのまま灰になって消えた。
「ロイ!起きなさい!!」
 メガネの男がロイの体を仰向けにすると、何度もその頬を引っ叩く。
 もう翔平が目前まで迫っていた。
 目から涙を流して、何かを呟いている。

 ロイ

 翔平はずっとロイの名を呼んでいた。

「起きろバカ犬!!ショーヘーが死んじまうぞ!!」
 大男がそう怒鳴った瞬間、ロイの目がパチっと見開き、一瞬で体を起こすと、暴走している翔平を見てブワッと尻尾を膨らませた。
「ショーヘー…」
 ゆっくりと歩みを進める。
 翔平はロイの姿を見て攻撃を止めるが、魔力の放出は止まらない。
「もういい、終わったんだ」
 一歩一歩と翔平に近づき、その手を握った。
「ロ…イ…」
「ああ、俺だよ。生きてる」
 握った手を自分の口元へ持っていき、その手のひらにキスをする。
「ロイ…」
 翔平の目に、光が戻ってくる。
「ロイ、ロイ」
 翔平に微笑みかけ、その体を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「終わったんだ」
 ゆっくりと唇を重ねた。
 その瞬間、糸が切れたようにガックリと力を無くし、魔力もゆっくりと消えていった。
「おいおい…」
 大男が2人のキスシーンを見て、若干頬を染めながら視線を逸らした。
「まあロイらしいですけどね」
 メガネの男が、2人に近づき、意識を失いグッタリしている裸の翔平にマントを羽織らせてやると、ロイがその体を抱き上げ、優しく額にキスを落とす。
 いまだに燃え続けている家が、あたりにオレンジ色の光を照らした。


 朝日まではまだ遠い。
 家はだいぶ鎮火していたが、まだプスプスと音を立てて燻っていた。
 4人は広場の隅に移動し、翔平の意識が戻るまでこの場にいることにした。
 翔平の体をクリーンで清め、メガネの男が持っていた着替えを翔平に着せる。
 ロイも大男の服を借りて、すっかり元の姿に戻っていた。長かった白い髪は除いて。
 ロイは片時も翔平を離さず、自分の膝に座らせて、その肩を抱き寄せてしっかりと抱きしめている。時折り、額や頬に口付けをし、額を寄せて祈るように目を閉じる。
 大男とメガネの男は、こんなロイを見るのは初めてだった。
「何があった」
「見りゃわかんだろ、襲撃されたんだよ」
「ロイ、怒りを覚えるのは当然ですが、何があったのか説明してください。どうしてショーヘイさんが魔力暴走なんて起こす羽目になったんです?」
 メガネの男が冷静に声をかける。
 ロイはため息をつくと、
 
 襲われて、追い詰めたが、翔平が攻撃されて、怒りで我を失ったこと。
 その隙をつかれてアーティファクトで魔力を封じられたこと。
 翔平がレイプされかけたこと。
 そして、翔平の魔力暴走が始まり対処できなくなった男が逃げたこと。

 簡潔に答えた。
「相手は誰だったんですか?」
「スペンサーだよ。あの野郎、次会ったらぶっ殺してやる」
「あぁ…あの変態か…」
 大男が思い切り同情した目を翔平へ向けた。
「確かにあの野郎じゃお前に勝てんわな。だが、お前の弱点を知ってるから裏をかかれやすい」
 大男にそう言われ、実際にしてやられた怒りが蘇る。
「まあでも無事で良かった…。ロマ様も心配していましたよ」
 メガネの男が言うと、沸かしたお湯でお茶を煎れ、ロイに渡した。
「なんでお前らがここにいるんだ」
「それですよ」
 メガネの男が現在の状況を説明し始める。
「ロマ様もこの後すぐに到着する予定だったんですが、状況が変わりましてね」
 メガネの男が胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、ペラペラとめくった。
「ベルトラーク辺境伯家、アルベルト公爵家、シギアーノ侯爵家、他にも4箇所の転移魔法陣が破壊されたんです。全てではありませんが、今この場所から王都へ向かう直線上の魔法陣が全てやられました」
「ロマはその前に王都に着いていたのか」
「ええ、破壊されたのはロマ様到着直後のことです」
「スペンサーか」
「襲ってきたのがスペンサーだと聞いたので納得しましたよ。おそらく彼でしょうね。こちらへ向かう道すがら破壊して行ったんでしょう」
「で?」
「すぐに早馬で我々が王都を発ちました。もちろんショーヘイさんを護衛するために。他にも、騎士団、魔導士団、獣士団が各地の転移魔法陣の護衛のために散りました」
「全力で飛ばしてきたんだが…。すまんな、遅くなっちまって」
「いや…助かった」
 全力だったのは良くわかる。
 王都からここまで、転移魔法陣を使わなければ1ヶ月はかかる距離だ。それをこんなに早く着いたということは、馬を何頭も乗り換え、それこそ不眠不休で走ってきたに違いない。
 ロイはフーッと息を吐く。
「どこまでジュノーの噂が広まったのか…」
 そう考え空を見上げる。
 うっすらと日が上り掛けて、森の向こう側が明るくなってきていた。
「おそらくはすでに他国にも」
「だよなぁ…」
 ロイがガシガシと頭を書く。
「で、どうしますか? 団長」
 メガネの男がロイを団長と呼び、大男がニヤリと笑った。


「決まってる。王都へ向かうぞ」



 
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...