おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ 〜魔法を学ぶ〜

10.おっさん、魔法を学ぶ

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 帰る方法があるかもしれない。

 ただの希望ではあるが、それでも可能性があるとわかっただけでも、気持ち的に少し楽になった気がした。

「あたしはやることがあるから部屋に戻るよ。ロイは放っておいていいからね」
 ロマがそう言って部屋を出ていく。
 1人大きな部屋に残されて、シンと静まり返った広い部屋に少し怖くなった。ロイはまだまだ帰ってこないだろう。1日目のあのキャンプ地まではだいぶあったはずだ。数十分、数時間で往復出来るような距離ではないと思う。
 しばらくボーッとしていたが、大きな部屋にいるよりも、個室にいた方が落ち着くな、とロイの部屋に向かう。
 個室に戻って、ハアァァと大きなため息をつき、ベッドにそのまま横になった。
「疲れた…」
 体が、ではなく、脳が疲れた。
 枕に顔を押し付けると、フワリと匂いがした。ロイにおんぶされた時に無性に嗅ぎたくなったあの匂いだ。すごくいい匂いがする。そういえば、キャンプ地で眠った時もこの匂いがしていた、と思い出す。
 もしかして、あれもフェロモンなんだろうか。俺もロイのフェロモンの匂いを感じ取っていたのだろうか。
 匂いのせいなのか、すごく安心する。
「ロイ…大丈夫かな…」
 そう呟いて、目を閉じた。



「ショーヘイ、起きな」
 揺さぶられて、覚醒する。
 声の方を見ると、ロマが立っていた。
 まだ少しボーッとしているが、おはようございますと挨拶だけはしっかりする。部屋の壁にあった時計を見ると、9時をとっくに過ぎていた。かなり寝坊したようだ。
「顔を洗ったら、居間においで。大事な話があるから」
 ロマが出て行った後、部屋をあらためて見ると、そこにロイはいなかった。床に寝た痕跡もない。帰ってきていないんだろうか。
 言われた通り顔を洗って居間へ行くと、そこにロイの姿があった。背中を丸めて下を向いている。
「おかえり、ロイ」
 声をかけると、「うん」とだけ返してきた。かなり落ち込んでいるらしい。
「大事な話って」
 ロマがすでに出掛ける準備をして待っていた。
「王都に行ってくる。その間にロイから魔法を教わっといてくれ」
「…は?」
 思わず変な声が出る。
「鞄がなかったんだよ。何処にも。処理した3人組と一緒に放置したらしいんだが、死体も2人分しかなかったらしい」
「ごめん…、1人仕留めそこなったみたいで…」
 ロイがズーンと音がしそうに落ち込む。

 処理って、死体って…

 あっさりと殺したことを語るので、思わず突っ込みたくなる。だが、こちらでは当たり前のことなんだろうと、受け止めるしかない。
「あたしは王都で事情を説明して、ショーヘイを受け入れる準備をしてくるよ。
 ロイ、あんたは命に替えてもショーヘイを守んな。
 ショーヘイもロイから攻撃魔法の基礎だけでも習っとくんだよ。いざって言う時に使えるように。
 いいかい、絶対にここから出るんじゃないよ」
 早口で指示を出す。
 ロイは顔を上げ、守れと言われてウンウンと大きく首を縦に振る。
 いや、実際に命に替えられたら困るんだけどさ、と心の中で突っ込む。
 それよりも、俺が魔法ってどういうことだろう。習えば使えるようになるのか?
 ロマに質問したかったが、バタバタと出て行ってしまった。
「俺、魔法使えるの?」
 自分を指差し、ロイに聞いた。



「ほんとごめんな、俺がしくじったばっかりに」
 ロイがいつまでも謝ってくる。
 時刻はすでに昼過ぎ、家から出て、外の庭に出ていた。
 あれからロイに少し説明された。

 鞄が見つからなかったこと、ゴブリンの死体がなかったことから、恐らく鞄を持って立ち去ったと考えられる。だとすれば、ジュノーが現れたことは、確実に広まる。
 そうなると、ジュノーである俺を捕らえようと、良くない輩が必ず動き出すそうだ。
 それこそ、元の世界でいう反社会組織的なものが。
 そいつらに捕まれば、確実に売られる。もしくは囲われて何をされるかわかったもんじゃない。
 ロイは、まずはここにいれば安全だと言う。ロマがここから出るなと言ったのは、家を中心に半径2kmくらいの範囲のことで、ロマが常に強力な隠蔽魔法と結界魔法を施していると言った。
 ロマクラスの魔導士じゃなければ、まず見つけられないし、入っても来れない、ということだった。
 隠居したと言っていたけど、人に見つからないようにって…まるで世捨て人だよな…。
 そう感想を持ったが、本人には言わないでおこうと思った。

 ロイはざっとロマの補足説明をしてくれた後、大きな欠伸をして、伸びをする。
 夜通し鞄を探したんだろう、寝不足だし、疲れているはずだ。
「ちょっとだけ寝るわ」
 そう言い、わかったと返事をしたが、何故か俺の手を取って部屋へ連れて行かれた。
 そしてベッドへ座るように言われ素直に従うと、ゴロリと俺の足を枕に横になってきた。ロイの手はしっかりと俺の手を握ったまま。

 膝枕の必要あるか!?

 突っ込みたくなったが、守ってくれているんだ、と考えることにする。頑張ってくれたロイに文句を言うのも可哀想に思えた。
 小さなため息を吐くと、真下にあるロイの横顔を見る。
 やっぱり綺麗な顔だった。
 ロイの顔にかかった白い髪をそっと払ってやると、その頭を撫でた。
「気持ちいい…もっと撫でて」
 そう呟いてすぐ寝息を立て始めた。
 そのままずっと続けていたが、撫でるたびにフワリと漂うロイの匂いに安心して、ついつい俺もそのまま眠ってしまっていた。
 

 そして今に至る。
 庭でロイから魔法の説明を受けた。
 ロイの話だとあまり要領を得ないが、どうやら言葉がわかるようになった魔法陣のおかげで魔法が使えるようになったらしい。
 ロイの説明じゃほとんどわからず、ロマが帰ってきたら改めて聞こうと決めた。
「こう、手の中にジワジワ~ッときてボンッだ。わかる?」
 身振り手振り付きで説明されたが、ぜんっぜんわからない。

 どんだけ説明下手だよ…。

「わかんねー…」
 ハハハと乾いた笑いを漏らす。
「んー…」
 ガシガシと頭をかいて、ロイなりに説明方法を一生懸命に考えてはいるようだが、いかんせん語彙力が…。
「こーだよ、こー。体の中からグワーッと来て、ボン!」
 その瞬間、ロイの手から火の玉が飛ぶ。さっきからこの調子である。
「そのジワジワ~とかグワーッとかが何なのかわかんないの」
「んー…」
 何度目になるのかロイが考え込む。
 そして、
「あ、あれだ」
 と何かを閃いたようだ。
「手、出して」
 向かい合ってロイが両手を差し出してきた。
 もう何度手を繋いだことか。
 黙って言う通りにすることにする。ロイの手に自分の手を重ねると、キュッと握られた。
「目閉じて、じっと、俺の手だけに集中して」
 素直に目を閉じ、ロイの手の感触だけに意識を集中する。
 数秒後、ジワッと手の平に小さな熱を感じた。
「ん…」
 思わず、声が漏れる。
「わかる?これが俺の魔力」
 ジワジワと小さな点だった熱い何かが手のひら全体に広がって行く。
 これは、魔法陣に手を置いた時に背中に感じたものと同じだった。あれはロイの魔力だったのか。
「目、開けていーよ」
 ロイが手を離して言う。
「どうだった?」
「…暖かった」
 素直に感想を言う。
「今度は少し動かしてみるから、その感覚を追ってみて」
 再度両手を繋ぐ。同じように目を閉じると、すぐにロイの魔力が手の平に感じられた。
 手のひら、指、指先、そしてまた手のひら。くすぐったいような感じがして、ふふッと思わず笑ってしまう。
「くすぐったい?」
「少しね」
 手の中で動き回るロイの魔力がよくわかる。まるで小さくて温かな動物が手の中をちょろちょろと動き回っているようだ。
「まだ感じる?」
「ああ。動いてる」
「目、開けてみなよ」
 不意に言われて目を開けると、そこにはロイの手はなく、俺の手だけがあった。感覚もすぐに消える。
「途中、離したんだけど、気付かなかったね」
「じゃあ、あれは?」
「最初は俺の魔力だったけど、途中からショーヘイが自分の魔力を自分で動かしていたんだよ」
 そう言われても、自分で動かしたという認識はない。
「魔力は感じただろ?あとは慣れかな。練習あるのみ」
 そう言われて、じっと自分の手を見た。

 魔法が使える…?
 異世界に来て、マジで良かったかも…。

 年甲斐もなく、ドキドキワクワクしていた。



 その日の練習はそれで終了し、一緒に夕飯を作る、というかロイは料理が苦手なようで、ほとんど俺が作った。一人暮らしが長いせいで、料理スキルは高い。
 一緒に食べて、魔法で水をお湯に変えた風呂に入る。
 そこで、クリーン魔法があるのに何故風呂があるのか聞いてみたら、「クリーンは綺麗になるけど、疲れが取れない」とのことだった。確かに、納得した。
 この風呂に入るという行動や習慣も、ジュノーがもたらした知識だそうだ。綺麗にする目的ではなく、癒やしが目的であるらしい。

 早々に寝床につき、雑談を始める。
「王都って遠いんだろ? ロマさん、いつ頃帰って来るかな」
「辺境伯のところまでは2日もあれば着くし、そこから王都までは転移魔法で一瞬だから…早くて4、5日で帰ってくんじゃね?」
「へぇ~…」
 転移魔法があるんだ、とワクワクする。詳しく聞くと、魔法陣から魔法陣への移動で、自分の力で移動するわけじゃないそうだ。
 王家が所有する高度魔法陣の一つだそうで、おいそれと誰もが使えるものじゃないらしい。
「ロマは顔パスだけどな」
 シシシッとロイが笑う。
「ロマさんて、ほんとすごい人なんだな」
「すごい魔女様な」
 速攻で言い返されて、笑い合った。

 次の日は朝から食材調達のために森に入る。結界から出られないので、現地調達するしかない。
 ロイが数匹のうさぎ?のような動物を仕留め、手慣れた手つきで血抜きから皮剥ぎまでドヤ顔でやってのけたが、あまりにもグロテスクで見ていられなかった。
 森の中で山菜を採り、川で魚を捕る。
 ロイが裸足になって川に入り、鮭を獲るヒグマよろしく、手で魚を引っ掛けてはポイポイと放り投げる姿には大笑いした。

 そして午後からは魔法の練習。

 昨日と同じように、向かい合って手を重ね、目を閉じて魔力を動かす、までは出来るようになったが、目を開けるとすぐに感じられなくなる。
 それでも数時間の練習を経て、手を重ねなくても、目を開けていても、手の中に自分の魔力を感じることが出来るようになっていた。
「後はその手の中の魔力を、火とか水とかイメージして外へ放り出す感じ」
 簡単に言うが、これが難しい。
 とりあえず火のイメージを頭に浮かべるが、意識が魔力からイメージへとうつってしまい、魔力が感じられなくなる。
「疲れた…」
 何度も挑戦するがうまくいかない。
 ちょっと休憩、とその場に腰を下ろして、ロイの方を見ると、ロイはロイで鍛錬を積んでいるらしく、空手のような中国武術ような形を繰り出していた。

 綺麗だな…

 そう思った。時々、ヒュンッと空気が切られるような音が聞こえる。
「俺、かっこいーだろ」
 俺に見られていることに気付き、動きを止めると、態度も顔もドヤってきた。
「あーはいはい。かっこいーですねー」
 思いっきり抑揚のない単調な言い方で返事をした。途端にロイがムキーッとなりふざけて襲って来る。
 確かにかっこいいとは思ったが、絶対に本人に言わないのはちょっとした意地悪だ。
 笑い合って、その日も1日が終わる。

 楽しいと思った。
 魔法が使えるのもそうだけど、ロイとの会話が、生活がすごく楽しい。
 大人になってからこんなに楽しい時間があっただろうか。一緒に居て楽しくて仕方ないなんて思える相手がいただろうか。
 一瞬数年前に結婚を考えた美代のことを思い出しかけたが、すぐにロイの顔を思い浮かべて、今の方がずっと楽しいと、そう思った。
 そして、本当に今、危機的状況なんだろうかと、他人事のように考える自分がいた。このまま何事もなく楽しいままでいられれば、と切実に思う。



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