おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ 〜現状の把握〜

9. おっさん、状況を理解する

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 優しい味のするお茶にハァッと息を吐く。
「口に合うみたいだね」
「はい。すごく美味しいです」
 素直に感想を言う。実際、何杯でもいけそうだ。
「それは良かった」
 手慣れた手つきでお茶っぱを入れ替えて新たにお湯を入れると、少なくなったカップに注いでくれる。
「それじゃあ続けようか」
 ロマは居住まいを正し俺の正面に改めて向き直った。

「この世界は、6人目が作った7つ目の世界だと言われているんだ。
 実際にいろんな種族がこの世界にいる。種族の数は軽く百を超えるよ」
 ロマがチラッとロイを見る。
「異種族間での交配も盛んでね。ロイの親は白狼族と人族だよ」
 犬じゃなくて狼だった。まあ犬科には違いないけど。
「耳は普通の人の形なんですね」
 ゲームやアニメで見る獣人は、みんなケモミミシッポという姿だった。でもロイは尻尾がなければただの人に見える。
「決まった特徴を引き継ぐわけじゃないからね。ロイみたいに尾だけのやつ、耳だけのやつ、片方だけの特徴を引き継ぐやつ、色々だね」
「へぇ…」
 言われてみれば人間だってそうだ。親から引き継ぐ特徴は兄弟で違う。そういうことか。
「引き継ぐのは親の種族だけじゃない。
 ロイは父親が白狼族、母親が人族だけど、灰色の瞳はどちらの特徴でもない。灰色は耳長族の特徴なんだ。おそらく両親どちらか、もしくは両方に耳長族の血が混ざっていたんだろう」
「耳長族ってエルフのことですか」
「おや、詳しいね。そうだよ。かく言うあたしもそうさ。あたしの両親は2人ともエルフだったけど、両親みたいな長い耳にはならなかった。何か別の種族の特徴が出た結果だね」
 ロマはスッと横髪を耳にかけて、その形を見せてくれる。ファンタジー映画で見たエルフのような長さでなかったが、少しだけ耳の形が違う。若干長めで尖っている。
「誰しもが何らか種族の血を引いてる。生まれてきて、親以外の特徴がどこかに現れて、初めて混ざっていたことに気付く親もいるくらいさ」
 ロマが新しいお茶を入れてくれる。
 少し間をあけてから、
「それでジュノーの話になるんだけど…。ジュノーは別な世界から来た者を指す言葉だって言ったね?」
「はい」
「他の世界から来た者、何か気付かないかい?」
 ロマにそう聞かれて考える。そして気づいた。
「6つの世界から7つ目の世界に渡った人」
「その通り。7つ目の世界へ渡った者たちのことをジュノーというんだ」
 ああ、だから神話を聞かされたのか、とここで合点がいった。
「さらにジュノーは異種族交配する前の、血が混ざる前の純血種だっていうのも理解できるかい?」
 コクコクと頷く。ここでさらに種族の話に繋がった。
「ショーヘイは神話のように別世界からきたジュノーだ。そして、今現在、この世界には存在していない純血種でもある」
「ああ…なるほどね…。俺はジュノーで…、ジュノーだから、純血種なのか」
 元いた世界は人の世界。人種の違いはあっても他種族なんて存在していない世界だ。血が混ざるなんてあり得ない。
「ジュノーだと…純血種だとバレたら、どうなりますか…」
「そりゃまあ、まずは間違いなく高値で売り飛ばされるだろうね。目的は色々だけど、欲しがるやつは多いよ。
 研究対象になるか、見せ物になるか。労働奴隷にはならないだろうけど、かなりキツいだろうねぇ」
 ワザとだろうが、笑いながら言われて、釣られてアハハハーと一緒に笑う。
 だが急に真顔で、
「一番厄介なのは、性奴隷にされた場合だよ。色々な種族とヤラされたり、犯される。あれは本当に悲惨だよ」
 ロマが眉根を寄せた。
 まるで見てきたかのように複雑な表情をする。
 ヤル側ならまだしも、おっさんを犯すなんて、そんなことはないだろう…とは言い切れない異世界という現実にブルッと震えた。
 だからあの3人組は俺を見て笑ったんだ。あれは獲物を見つけた喜びの笑いだったと気付く。

 ロイが助けてくれなかったら、俺は今頃…。

 3人に襲われて、犯されて、売られる自分を想像してゾッとした。
「それとね、ジュノーが純血種であること以外にも欲しがる理由があるんだよ」
 続けて言われ、ごくりと唾を飲み込む。まだあるのか。
 詰め込まれた情報が頭の中にいっぱいになっている。頭の中が沸騰しそうだった。
 その時、ぐううぅとロイの腹がなる。ムクリと顔を上げると、大きな欠伸を一つ。
「腹減った」
 ロイが腹を押さえながら言った。

 時間を見ればとっくにお昼は周り、午後のおやつの時間だ。
「今から作って、ちょっと早いが夕食にしようか。ショーヘイも少し整理したいだろ?」
 ロマが察してくれる。

 ロマが夕食の支度をしている間、詰め込まれた情報を整理して、理解して、状況を飲み込んでいく。
 割と頭が落ち着いた頃、テーブルの上に美味しそうな料理が並べられた。


 夕暮れも過ぎ、だいぶ暗くなってきた頃、再開される。

「ジュノーを欲しがるもう一つの理由は、その知識さね」
「知識?」
 そう言われたが、俺にはこれといって特別な知識なんて持ち合わせてはいない。
 普通に小中高大と勉強はしてきたが、専門知識を習得しているわけでもない。
「俺はそんな特別頭が良いわけでも、専門的なことを学んだわけでも…」
「違う違う」
 ロマが被せて否定してくる。
「ショーヘイが今まで居た世界の情報そのものが知識なんだよ」
 そう言われてもピンとこない。言っている意味がわからなかった。
「そうだねぇ…例えば、そこにある時計」
 ロマが壁にかけられている何の変哲もない普通の時計を指す。
「時計は数百年前のジュノーが教えてくれた知識の一つだよ」
 そう言われて驚く。
 時計なんて、当たり前過ぎて意識なんてしたことがない。
「その時のジュノーが時間を誰もが目視出来る時計の存在を教えてくれたんだ」
「そのジュノーが時計を作れたってことですか?」
 たまたま時計職人だった、とかなのだろうか。
「いいや、時計という物を知っていただけだで、作ったのはドワーフという種族さ」
 ここで、昨日感じた違和感を思い出した。
「もしかして、トイレも…?」
「ああ、そうだよ」
 そう聞いて妙に納得する。
 あの違和感は、俺が居た世界と酷似した物があることが不自然だと感じたからだ。
 そう思えば、今着ている服も、何気なく使っていた食器や調味料なども、様々なところに似ている物がある。
 軽い衝撃を受けた。
「ジュノーの知識はこっちの世界ではまさに宝なのさ。数百年前に比べて、生活の質が格段に跳ね上がった」
 まるで数百年前の生活を知っているような言い方をする。
 そう言えばエルフは長命だったっけ…。ロマの年齢が気になったが聞くのはやめた。
「わかったろう?ジュノーを欲しがる理由が」
 黙って頷く。
「王侯貴族だけじゃない、商売人も、研究者も、ジュノーが喉から手が出るほど欲しいんだよ」
 さっき整理したのに、また頭の中がいっぱいになる。
 深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「俺はこれからどうすれば…」
 頭を抱えて呟く。
「だから、あたしがいるんだよ。言ったろう?仕事だって」
 ロマに言われて顔を上げる。ロマが優しく微笑んでいた。
「あたしはこの国の王族に仕えていた魔導師なんだよ。今は隠居して歴史やジュノーつにいて研究してるだけだけどね」
「大賢者ロマ、氷の魔女。氷結の魔導士。俺が小さい時に見た絵本にも出てくるこわ~い魔女様だぜ? 今はただの口うるさいババァだけどな」
 ロイが揶揄いを込めて言った瞬間、彼の表面がピシッっという音とともに一瞬で凍りつく。だがすぐにパリンッと音を立ててロイが中から壊して出てくると、ブーブーと文句を言うが、ロマに睨まれて黙り込んだ。
 いきなりの魔法にはまだ少し驚いてしまうが、だいぶ慣れてもきた。
 それよりも目の前の老婆はかなりの有名人らしい。
 先ほどロマが口にした国という言葉も気になる。
「この世界にも国があるんですか?」
「ああ、そうだね。それも説明しないとね。」
 ロマは棚からガサガサと紙を出し、テーブルに広げた。
 世界地図だった。
「あたしたちがいる国はここ」

 サンドラーク公国

 そう表記されていた。
 周囲には大小様々な国があるようだ。
「昔は戦争なんかもあったんだけどね。今は割とどこも平和だね。で、あたしらがいる場所が…」
 ロマがまず王都を示し、そこから指でずーっと、ずーっとなぞる。

 遠い…

 縮尺がどのくらいはわからないが、王都からかなりの距離だろう国の端っこに小さな点がつけられている。
「ベルトラーク辺境伯の領地のこの辺だね」
 周囲に村や街はない。あるのは森林や草原を指す表記しかなかった。
「つまりド田舎ってこと」
 ロイが言った。確かに、ド田舎だ。小さな点はおそらく近くの村だろうが、名前すら地図にはなかった。

 ふと、さっきの言葉を思い出す。
 王侯貴族もジュノーを欲しがる。ロマはその王侯貴族側の人。
「ロマさんは、俺をどうするつもりなんですか?」
 率直に質問する。
「保護するんだよ」
 ロマが即答した。

 保護?それだけ?

「保護して、その後どうこうっていうのは」
「ないない」
 ロマが笑いながら答える。

 それだけ?
 色々な人が欲しがるジュノーを保護するだけ? 
 そこから先、知識を取り出すために尋問とか監禁とかはしないのか?

 あっけらかんとしたロマの言い方に拍子抜けする。
「まあ、言いたいことはわかるよ。
 だけど、他の国はどうか知らないが、この国はジュノーを保護対象にしてる。保護して、友人関係を築いた方が情報も得られやすいしね」
 地図を片付けながら言う。
「だから、ロイがショーヘイを見つけて、本当に良かったと思うよ」
 ロイを見ると、かなりのドヤ顔でニヤニヤしていた。
 
「さて、これで大体の説明は終わりだね」
 ロマは一仕事終わったとフゥッと息を吐く。
「そういえばショーヘイ。あんた、身一つでここに来たのかい?」
「え?」
 聞かれてしばしの沈黙の後、思い出す。
「鞄!」
 慌てて自分の周囲を見渡す。今まで気にもしてなかったので、それらしきものがあるわけもないのだが。
「鞄を持ってたのかい?」
 途端にロマの表情が険しくなった。
「ロイ!!!」
 ロマが突然怒鳴った。ものすごい迫力だ。今にも魔法を発動しそうなオーラまで感じる。
「あんた、ショーヘイが持ってた物を放置してきたのかい!!!」
 今にも爆発しそうな勢いで問いただす。
 ロイは怒鳴られて、焦りながら
「あったようななかったような…」
 モゴモゴと話す。
「今すぐ探して持ってきな!!!」
「あ、いや、そんなに大事なものは入ってないから…」
 ロイを庇うように言ったが、ロマがハアァァッと長いため息をついた。
「マズいんだよ。ショーヘイが持ってた物は、別世界の物だろう?そういう異物が見つかれば、ジュノーが現れたことがすぐにバレる。バレるってことは…」
「…持ち主を探しにくる…」
 ロマの言いたいことがわかった。
 確かにマズい。
「急いで行ってきな!」
 ロマがさらに怒鳴りつけると、ロイはビクビクッと体を震わせ、尻尾がブワッと逆立ち、猛ダッシュで家を飛び出して行った。
 そのロイの後ろ姿を呆然と見送り、ブツブツと呟くロマに向き直る。
「あの時は、俺、刺されて、殴られて、意識が飛びそうで…。そんな俺を見てロイもきっと我を忘れたんだと思います…」
 ロイを庇うように言うと、ロマは顔を上げてフッと微笑んだ。
「ショーヘイは優しいね」
 優しいと言われたが、それは何か違う気がすると思った。
「全部見つかると良いけどね…」
 怒ったような、困ったような、複雑な表情を見せる。
「色々と説明したけど、大丈夫かい?」
「はぁ…まぁ…」
 長時間、一気に説明を聞いて少し混乱気味であるけど、消化出来ない情報量ではない。
「何か質問があれば、わかる範囲で答えるよ」
 そう言われて息を呑む。
 そう。一番聞きたいこと。なるべく考えないようにしていたけど、どうしても確認したい。
「帰る方法ってないんですか?」
 そう問うと、ロマが悲しそうな顔をする。
「残念ながら、あたしは知らない」
「そうですか…」
 やっぱり、とは思ったが、はっきりと答えられると幾分ショックだった。
「でもね、可能性は0ではないと思うよ」
「え?」
「今までにも何人かジュノーに会ったことがあるけど、そのうちの数人がこっちの世界のことを知っていたんだ」
「知ってた?」
「そう。あたしたち種族のことや魔法のことを、だよ。
 ショーヘイ。あんたも知っていたよね。人族以外の話をしても驚きもしないで受け入れてた。
 これってどういうことなんだろうね」
 ニヤリとロマが笑う。

 そうだ。
 俺が知っていたのは、元の世界にその情報がすでにあったからだ。
 映画、漫画、アニメ、ゲーム。
 いろんな媒体でファンタジーの世界を見ていたから知っていた。
 じゃあ誰が最初にファンタジーというものを、種族やモンスターを思いついたのか。
 思いついた、脳内で作り出したのでなく、実際に見ていたとしたら…。

 ゾクっと鳥肌がたった。

 この世界から戻った人がいたんだ。
 戻ってから物語として他人に語り、空想の産物として世界に広まった。
 それが事実なら、

「帰れる方法がどこかにあるかもしれない…」
 
 少しだけ希望が見えた気がした。



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