おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ 〜現状の把握〜

8. おっさん、神話を聞く

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「おはようございます…」
 外は快晴、清々しくまさに洗濯日和。日の光が燦々と輝き、森の緑を一層深くする。
 そんな気持ちの良い朝に、どんよりとした声を出す。
「おはよう。早いね。眠れなかったのかい?」
 キッチンにいたロマが顔を覗き込んでくる。
「まあいろいろと…」
 まさか、ロイに襲われる危険を感じてました、なんて言えるわけもなく、ハハハと力ない笑い方をする。
 実は匂いの正体に気付いた時、どうしようと焦り1人身悶えはしたが、その後は割とすぐに眠れたのだ。異世界二日目の夜、まともな寝床で寝たのもあって、眠りに落ちるのは早かった。
 だが、数時間後の深夜、突然ベッドが揺れて軋んだ音を立てた後、壁の方を向いて眠っていた俺の腕に、ドサっと何かがのしかかってきて目を開けた。
「??」
 寝ぼけた状態だったので状況が飲み込めず確認せずに再び目を閉じる。
 だが、しばらくして体を動かされて、すぐ後ろから聞こえる寝息と、背中に伝わる熱に再び覚醒し、状況を把握する。
「ちょっ、ロイ」
 どうやら夜中に用を足しに行き、習慣からか床ではなくそのままベッドの布団の中へ入ってきてしまったらしい。
 俺は抱き枕にされていた。
「んー…ショーヘー…?」
 ロイもうっすら目を開ける。返事をしたが、またスヤスヤと眠ってしまい起きる気配が全くない。
 あまりにもリラックスして気持ちよさそうに眠る様子が気配でわかり、起こすのが可哀想になってしまった。というか面倒になった。

 まぁいっか…。

 そう思うことにしたが、それでも心のどこかで焦りも感じる。
 フェロモンのことなんて思い至らなければ、こんなに緊張することもなかったんだろうが、気付いてしまったものは仕方がない。
 むしろ、中途半端に起こして、寝ぼけたまま俺の匂いにあてられる方が危険かもしれない。そう考えて放置することにする。

 次第に俺も睡魔に襲われて浅い眠りにつくが、ロイが少し動くだけで、寝言のような声を出すだけで、ビクッと反応して目が覚める。
 そしてまた浅い眠りに、ということを何度も繰り返した。
 眠りが浅いまま朝が近くなり、カーテンの向こう側がうっすらと明るくなってくる。
 うつらうつらしていたのだが、寝返りがうちたくてモゾモゾと動く。その時、俺の尻のあたりに当たる硬いものに気付き、一気に睡魔が吹っ飛んで覚醒する。
 膝、じゃない。位置的に違う。
 ダラダラと汗が出るような気がした。
 間違いなくアレだ。
 男の朝の自然現象。
 ガチガチに硬くなったアレが俺の尻に当たっている。
 
 ひゃああぁぁぁ

 俺はムンクの絵画「叫び」のごとく脳内で叫んだ。
 そして唐突に、ロイが動いた。
 寝ていても無意識に自分の匂いに気付いたのか、それとも、ロイのアレを意識したことで匂いが強くなったせいなのか、ハァッというため息の後に俺のうなじに顔を押し付けてきたかと思うと、思い切り息を吸い込んできた。
 それと同時に、尻に押し付けられたアレがビクンビクンと跳ねるように動く。

 限界だった。
 俺に乗っていたロイの腕を力を込めて退けるとガバリと起き上がり、ベッドから逃げる。
 いきなり体を動かされたロイは、寝返りをうって仰向けになる。体の縦半分がベッドからはみ出ていたが、絶妙なバランスで落ちそうで落ちない。
 服が捲れて剥き出しになったシックスパックの腹が見え、ムニャムニャ言いながらその腹をボリボリと掻く姿が中年のおっさんにしか見えない。
 それよりも、ベッドから逃げてロイを見下ろす形になったことで、ロイのアレが大きくテントを張っている状態を目撃し、思わず赤面した。

 大層ご立派な息子さんををお持ちで…。

 何故か丁寧な口調で感想を述べ、ため息をつくとそのまま部屋を出た。

 そして冒頭に繋がる。

「朝食はまだなんだけど、お腹空いたかい?」
「あ、いえ、大丈夫です」
 まだ作りかけなんだろうが、キッチンには美味しそうな匂いが充満していた。
「顔、洗ってきます」
 そう言って、昨日案内してもらった浴室兼洗面所に顔を洗いに行く。クリーンという魔法があるのに、風呂いる?とは思ったが。
 昨日教えてもらった洗面所には大きめの木桶になみなみと水が張ってある。それを小さい桶に掬い取り、バシャバシャと顔を洗った。
 洗い終わって桶を元にあった場所に戻す。何度か大桶の水を掬ったはずなのに、大桶の中は元の水位に戻っていた。
 これも魔法なんだなぁ、と感心する。

 ロマが作ってくれた朝食を食べながら雑談をしていると、奥から
 バタン!!!ドドドド!!!
 という音と共にロイが現れた。
「ショーヘーいたー!」
 ザザザザーという効果音がしそうな勢いで部屋へ滑り込んでくると、俺の隣に腰を下ろす。
「起きたらショーヘーいねーんだもん、焦ったよー」
 起きたらママいないんだもん!と拗ねる子供を連想させる。
「朝っぱらからうるさいねえ。埃たつから走るのやめな」
 聞いているのかいないのか、顔洗ってくるわーとロマの注意をものともせずに立ち去っていく。それを見てロマは舌打ちした。
「全く、図体ばっかりデカくなって。中身は子供のまんまだね」
 短い時間で起きた朝のやりとりに、クスリと笑みが溢れた。
 これが2人の毎朝なんだろう、と思う。家族という感じが空気を和ませる。
「さて、あのバカは放っておいて、食べたら始めようかね」
 ロマと一緒に食べ終わった食器を片付けた。


「長くなるけど、我慢して聞いておくれ」
 テーブルに向かい合う形で、俺の前に分厚い本が置かれた。やはり分厚い表紙を捲り、ロマは話を始める。




 創造神がいた。
 創造神は世界を作った。
 空を作り、大地を作り、森を作り、海を作った。最後に自分の姿に似せて1組の人を作った。
 人は、子供を産んだ。
 さらに、その子供が成長して子供を産み、やがて世界は人で溢れた。
 創造神はその中の1人を妻に娶った。
 妻となった人は6人の子供を産んだ。
 創造神は子供達に告げた。自分と同じように世界を作りなさい、と。

 1人目は空と大地を作った。空を飛ぶ様々な生物を作り、父に報告した。
 創造神は自分の真似だとガッカリした。

 2人目は空と大地を作り、森を作った。木々に命を与え、父に報告した。
 創造神は、自分の真似だとガッカリした。

 3人目は空と大地と森を作り、海を作った。水が必要な様々な生物を作り、父に報告した。
 創造神は、自分の真似だとガッカリした。

 4人目は空と大地と森と海を作り、最後に様々な獣を作り、父に報告した。
 創造神は、獣が本能だけで生きる姿を見てガッカリした。

 5人目は、空と大地と森と海を作り、光(昼)と闇(夜)を作った。それぞれに生きる生物を作り、父に報告した。
 創造神は、美しい光の生物と醜い闇の生物が争い合うのを見てガッカリした。

 6人目が世界を作る前に、6つの世界の中で争いが起こった。
 5人目が作った世界で起こった争いが、それぞれの世界に、悲しみ、苦しみ、憎しみ、恨み、妬み、怒り、不安の負の波動をばら撒いたせいだった。

 それぞれの世界の中で争いは広がり、壊れて行く6つの世界に、何故自分が願った世界にならないのか、と創造神は絶望した。
 そして自分もまた負の波動に囚われてしまったこと知り、自ら消滅の道を選んだ。

 創造神が消滅し、残された妻と子供たちも負の波動に囚われる。
 父の後を追い、1人また1人と消滅の道を進んだ。
 最後に残ったのは妻と6人目。
 妻は、夫も子も失ったことに嘆き、悲しみ、夫が初めに作った、自分が元いた世界、人の世界へと戻ってしまった。
 1人になった6人目は、創造主のいない6つの世界をただ眺め続けた。

 やがて6人目は7つ目の世界を作った。
 空、大地、森、海、光、闇を作った後、6つの世界と7つ目の世界に、細い橋をかけた。
 その橋を渡れるのは、希望という光が見えるものだけ。
 1人、また1人と橋を渡って7つ目の世界へやってくる。そしてその生物たちは元いた世界に戻ることはせず、光に満ち溢れた眩しい世界に住み始めた。
 6つの世界の色々な生物が7つ目の世界で共存し始め、違う生物だが争い合うこともなかった。お互いに助け合い、世界には笑顔が溢れる。

 やがて、色々な生物たちは混ざり合い、さらなる生物が誕生する。

 これがあなたの願った世界ですか?

 問いかける。
 だが答えてくれる人はもういない。

 そして6人目は沈黙した。



 俺の前に広げられていた分厚い本を閉じ、ロマが語り終える。
「これがこの世界の始まり」
 本中にあった挿絵もそうだが、ロマの語り方と声に、話に引き込まれていた。
「ただの神話だから、事実じゃないけどね。だいぶ端折ってるし」
 ロマの打って変わったそのおちゃらけた言葉に、ポーッとしていた余韻が冷えていく。
「神話、ですか」
「そ。ただの神話。この世の成り立ちの物語だよ。子供の寝物語だね」
 ロマがチラッと俺の隣にいるロイに視線を送る。
 そこにはテーブルに突っ伏し、だらしなく開いた口から涎を垂らして爆睡するロイの姿があった。綺麗な顔が台無しである。
 その姿を見て、ロイもこの話を寝物語として小さい頃に聞いていたんだろうと容易に想像がつき、クスッと笑った。

 聞いた物語は、俺が居た世界でも似たものがあったような…と思った。童話だったのか宗教の話だったかは忘れたが、ところどころ似ている箇所があるような、ないような…。
「ただ、事実じゃないとしても、この神話が割と重要でね」
 ロマが立ち上がり、お茶の準備を始める。休憩するようだ。

 昨日飲んだあのお茶のいい匂いが鼻をくすぐった。



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