おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ

4. おっさん、助けられる

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 遠くで聴き慣れた声の女性が泣いている。

 ああ、ごめん、母さん

 父に寄り添われた母が、顔を覆って泣いていた。

 もう帰れないんだ。結婚出来なくて、孫の顔を見せてやれなくて、ほんとごめんな…

 泣いている両親がゆっくりと遠ざかっていく。
 泣きたいのは自分も同じだ。
 何が悲しくて、こんな知らない場所に来てしまったのか。異世界なんて空想の世界のはずなのに、現世で死んで転生したわけでも、召喚されたわけでもないのに、なんでこんな場所に放り込まれなければならないのか。

 …異世界?

 そうだ。異世界だ。

 パチっと瞑っていた目を開けた。
 途端に飛び込んでくる満点の星空。
 うわー、こんな星空、写真でしか見たことないな、なんて考えたがすぐに現実を思い出す。

 確か、3人組のモンスターに襲われて、刺されて、殴られて、目の前の大男の首が吹っ飛んで、血の雨が降って…。
 助かった…助けられたのか?

 すぐに記憶を取り戻したものの、意識を失う直前に見た、頭を失った首から血が噴き出す光景を思い出して吐き気が襲う。だが、一瞬見て気を失ったためリアル感がいまいち感じられない。

 なんだったんだ、あれ

 意識が戻ってからここまで考えるのに数秒。
 ふと自分の顔に影が落ちたかと思うと、白い布、いや髪の毛が目の前でふわりと揺れて、その髪の持ち主が自分を覗き込んできた。

「うぁ…!」

 驚いて思わず声が出る。咄嗟に体がこわばって、頭と足に痛みが走った。
「〻◎%@」
 白い髪の男が何かを言うが、何を言っているのかさっぱりわからない。あの3人組と同じ言葉だというのは発音と抑揚でなんとなくわかるが、意味はわからない。
 その男が覗き込むのをやめて、自分のそばに座り直したので、なんとか起きあがろうとする。それをまた何か喋りながら、起き上がるのを手伝ってくれる。
 痛む左足は伸ばしたまま座る体勢になると、自分にコート?のような上着が掛けられていたことに気付いた。
 辺りはすっかり暗くなっており、目の前にはパチパチと音を立てて焚き火がオレンジ色の光で周囲を照らしている。
 ゆっくりと辺りを見渡して、自分が歩いていた道ではないことは把握した。森の中の少しだけ開けた広場のような草むらの上だ。焚き火を囲むように倒木が横たわっており、まるでキャンプ場のような場所だと思った。

「◎〻/>〆」
 また何か話しかけられるが、やっぱりわからない。ただあの3人組に比べて優しい感じのする声と話し方だった。
 まじまじと白い男を見る。
 白く長い髪が印象的で、切長ではあるがくっきりした二重に灰色の瞳、鼻筋は通っていて、はっきり言えばかなりのイケメンだ。そうだ。ファンタジーものの洋画に出てくるような綺麗な顔をした男。その体は華奢でなく、ノースリーブから剥き出しになっている両腕にはしっかりとした筋肉がついていて、胸にも腹にもついているのはありありと想像できた。服は普通っぽいが、あいつらと同じような鎧っぽいものを身につけていた。
 そして、綺麗な顔にも目を奪われたが、一番気を引いたのは、さっきから男の背後で動いている白い毛の固まり。つまりは尻尾だ。ひっきりなしにパタパタと動いている。まるでソワソワしているかのように上下左右に動いていた。

 獣人ってやつかな。さすが異世界。

 記憶にあるゲームのキャラクター仕様を思い出しながら知っている言葉を当てはめる。
「えっと…」
 こちらの言葉がわかるかどうかは知らないが、話しかけてくるので、こちらからも声をかけてみることにした。
 声や態度から友好的であるようだし。
「助けてくれたんだよね…?どうもありがとう」
 まずはお礼を言わなきゃと思った。
 見れば、足も頭も手当がしてあるし、意識が戻るまで介抱してくれたようだ。あの3人組があの後どうなったのかは聞きたくないし、言葉もわからないので放置することにする。
 男は話しかけられたことが嬉しいのか、ニコニコっと笑うと手に持っていた何かを手渡してくる。
 茶色くて平たい木片のようなものを受け取り男を見ると、それを食べるような仕草をしたため、食べ物だとわかった。
 一口齧ってみると、塩辛いジャーキーのような物だと気付いた。この世界の携帯食かなんかなんだろう。
「ジュノー?」
 男が言った。その単語はあの3人組も何度も口にしていた。
 首を傾げてわからないということをアピールすると、男はニコニコと笑うだけで、何度かジュノージュノーと繰り返した。何かしら喜んでいるようにも見える。
 その後は会話が成り立たないので、身振り手振りで何とかコミュニケーションを取り、男に促されるままに横になり、眠りにつく。何故か男がそばにいるだけで安心できた。何よりも、今日1日で色々なことがありすぎて、脳内も体もとっくに限界を超えていたのだ。
 目を閉じると、気を失うように眠りに落ちた。




 体を揺さぶられて、ゆっくりと意識が覚醒する。
 薄く目を開けると、昨日の夜に見たときもよりも、もっとイケメンになった男が視界に入る。日の光に照らされて、顔立ちもはっきり見えるし、白い髪がキラキラと輝いて超絶イケメンになっていた。
 何故だか赤面しつつ、おはようございます、と伝わらないけど挨拶をする。

 男は自分を助け起こし、座らせてくれると、目の前の地面に木の棒を使ってガリガリと何かを描き始める。
 その様子をじっと見ていると、どうやら地図のようだった。
 意外に上手いな、と素直に感想を覚えつつ、男が何を言おうとしているのか読み取ろうとする。

 焚き火の絵、その脇にいる2人の人。多分自分たちのことだ。そこを囲うように波線が引かれると、焚き火から波線よりも外側に矢印が引かれる。その矢印の先には丸で囲まれた家らしきものが幾つか描かれ、村か町かを表しているらしい。
 つまり、今のこの場所、森からその場所に移動するということを言いたいようだった。
 よく理解できて、地面の絵から顔を上げると微笑みながら男を見て、うんうんと頷いた。その瞬間、男がポンと音を立てたように赤面すると、目線を逸らして立ち上がって離れていく。
「?」
 なんだあれ、と思ったが、男が焚き火の後始末をし始めたので、自分もかけてもらっていた男の上着であろうものを畳もうとした。だが男がすぐにそれに気付くと戻ってきて、その上着を自分に着せるような行動を取ってきた。ここで気付いたが、着ていたはずのスーツのジャケットはなく、ワイシャツ1枚だけの姿だった。しかもワイシャツの胸元にはべっとりと血が付着している。
 そうか。ジャケットを着ていたからあの大男の返り血が胸の部分にしか付いていないんだ。
 咄嗟に理解した。
 きっとジャケットは血みどろになってしまってダメになったんだろう。シャツはともかく、顔や頭なんかは手当てついでに全て拭き取ってくれたんだろうと理解した。
「重ね重ねありがとう」
 わからないだろうが、お礼は言う。そしてお言葉に甘えて男の上着を羽織らせてもらった。男はノースリーブのままだが、寒くはないらしい。
 早々に出発準備を終えて、立ち上がらせてもらうと、痛む左足を引きずって歩こうとしたが、体重が少しでもかかると激痛が走って動けなくなった。
 我慢して歩くしかないか。そう思いつつ足を見ていると、突然横に近寄ってきた男に、ヒョイっと担ぎ上げられた。
「は?!」
 驚いて声を上げ、慌てて近くにあった男の首にしがみつく。そして気付く。自分がお姫様抱っこされたことに。
「これはない!無理!おろせ!」
 あまりの恥ずかしさに動けるだけ動いて叫ぶ。だが、逆に男は自分を落とすまいと腕に力を込める。
 すったもんだの攻防戦ののち、なんとか下ろしてもらうと、男は何故かシュンとした表情で自分を見てくる。実際に尻尾はシュンと垂れたままだ。
「いやいやいやいや。お姫様抱っこはないでしょう。こんなおっさん抱っこして何が楽しいの」
 1人ぼやくが伝わるはずがない。
 必死に肩を貸してくれれば歩けるアピールをしたが伝わらず、さらに身振り手振りで言い合った結果、おんぶに落ち着いた。
 お姫様抱っこよりはマシだ。
 そんなこんなで、男は自分をおんぶして歩き始める。
 キャンプ地から出て、昨日と同じかはわからないが、道を歩く。その男の歩き方は、なるべく自分の足に痛みが出ないように、静かに、滑るような動きだった。
 男の背中で、白い髪が自分の顔の前で揺れる。そのたびにふわりと良い匂いが鼻腔をくすぐって、鼻を押し付けて思い切り匂いを嗅ぎたい衝動に駆られるのを我慢した。
 不覚にも、猫好きが猫に顔を押し付けて匂いを嗅ぐ猫吸いという行動を思い出し、その飼い主の気持ちがわかったような気がした。




 どのくらいの時間運ばれたのだろうか。失礼だとは思うが、不覚にもあまりにも心地よい男の背中という乗り物に眠くなってしまい、うつらうつらとしていた。
 だが、突然男に話しかけられ、慌ててシャキッとする。当然何を言ってるかはわからないが。
 男が顎で前方を示したので、促されるまま前を見やると、そこには森の終わりが見えていた。
 数歩進むと、完全に森を抜け、目の前にだだっ広い草原と遠くに見える山々が見えた。
 そして草原のさらに向こう側に、見下ろす形で塀に囲まれた村が見えた。家がざっと見ただけでも20軒あるかないかだから、村だと勝手に決めつけた。
 やっと人里に出られた。これもこの男のおかげだ。
「良かった…。本当にありがとう」
 呟くように言うと、男は自分を可能な限り振り返ってニッコリと笑う。子供のような笑顔に、つい釣られて自分も二ヘラッと笑ってしまった。
 男はさらに何かを言うと、再びその村に向かって歩き始める。
 距離はかなりあると思っていたのだが、みるみるうちに村を取り囲んでいた塀が目の前に迫ってきた。
 が、男は歩いていた道の分岐点に来ると、村とは別の方へ向かっている道へ進路を変えた。
「え?村に行くんじゃないのか?」
 慌てて聞くが、伝わるはずもない。
 自分の声に反応して言葉を返してくるが、やっぱりわからない。
 それでも歩みを止めず、自分を背負ったままどんどんと村の塀の脇を通る道を進んでいく。

 もしかして、こっちにも入口があるのかな

 そう思ったが、進むにつれて塀からもどんどん離れていき、村の隣に見えていた今までとは別の森の中へ入っていく。

 もしかして、やばい?

 途端に焦り始める。
 助けてくれたし、優しくしてくれたから良い人だと思い込んでいた。でも実際は違うのかもしれない。あの3人組と目的は一緒で、やり方が違うだけなのかもしれない。
 焦り始め、それと同時に恐怖もまた感じ始めていた。




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