おっさんが願うもの

猫の手

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異世界へ

3. おっさん、遭遇する

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 腕時計で時間を確認すると午後4時。
 石段を降り切ってパニックになってから1時間。いまだにトボトボと道を歩いている。
 人間、1時間歩けば結構な距離を進む。疲れているのもあってゆっくりしたペースだが、少なくても4、5kmは歩いたはずだ。
 だが、一向に森から抜ける気配はなく、聞こえるのは木々のざわめきと虫の音、たまに鳥か何かの動物の鳴き声だけだった。

 まさかこのまま野宿する羽目になるのか…。会社は帰ってこなくて心配するだろうな…。もしかしたら捜索願いとか出されるかも…。

 自分が置かれた状況に付随した別な心配事も頭を悩ませる。
 そんな色々な事を考えながら歩いていると、向かっている方角から、初めて動物ではない人の声らしきものが微かに聞こえた気がした。

やっと人に会える!

 声が聞こえた方へ早足で歩き始めると、数人が会話しているような声がはっきりと聞こえた。
 慌てて声に近づこうと走り出すが、その声が大きく聞こえるにつれ、足は徐々に速度を落としていく。

 日本語じゃない

 3人だろうか。少し高い声に、野太い低い声、ヒャヒャヒャという特徴のある笑い方をする声が前方から聞こえてくる。ちょうどカーブになっていてその姿は見えないが、聞いたことのない言葉で会話しているのが聞こえた。もしかしたら自分の知らない外国のお国言葉なのかもしれない。農村地帯には外国からの農業研修制度というのがあるはずだ。その研修生ならカタコトでも日本語がわかるはずだ。
 一瞬でそこまで考えがいたり、もう一度ペースを早めて進み始め、まずはその3人の姿を見てみようと思った。

 緩やかなカーブを曲がり始めた時、前方を歩く3人の後ろ姿が見えた。
 その姿を見た途端、ヒュッと音を立てて息を呑む。

 人、なんだろうか。
 一応二足歩行ではある。
 子供のような小さな体で緑色の肌を持った小男。隣には違和感の無い肌だが小男の3倍はありそうな大男。そしてもう1人は普通サイズの人間の男に見えた。
 更に驚いたのはその格好。
 まさにゲームに出てくるような姿。皮の鎧というのだろうか、薄汚れた布の上にそんな防具らしきものを身につけ、ズボンにブーツのような靴。極め付けは、それぞれが槍、斧、刀のような武器を持っている。大男は何かが入った大袋を担いでおり、その袋の下側に赤黒い大きな染みが出来ている。

 異世界だ

 一瞬で悟った。
 まさかが現実になった。
 自分がプレイしたことのあるファンタジー系RPGゲームのモンスターそのものが目の前にいる。
 
 3人の姿を見た瞬間、体が固まって動けなくなった。忘れかけていた恐怖が再び頭をもたげてくる。
 次第に遠ざかっていく3人を固まったまま凝視していると、小男が突然こちらを振り返った。
 50mは離れていたからはっきりと目があったわけではないが、目が合ったとそう感じて、思わずヒッと小さな悲鳴をあげてしまった。
 小男が途端に訳の分からない大声で叫び、一緒にいた2人も振り返って自分を見てくる。そして、何やらこっちを指さしてギャーギャーと叫ぶような会話をした後、小男が叫びながらこちらへ向かってきた。

 やばい。やばいよな。逃げなきゃ

 咄嗟に判断し、くるりと方向転換すると猛然と走る。
 先程までは疲れてゆっくりした歩みしか出来なかったが、危機的状況に追い込まれると、思った以上に力が発揮されるのか、意外にも体は動いてくれた。
 走りながら時々振り返って、追いかけてくる3人の位置を確かめる。小男が先頭で次に普通サイズの人間。最後に大男がドスドスと走ってくるのが見えた。
 足の早さに自信があるわけでないが、徐々に3人との距離が離れていくのがわかる。

 逃げ切れる

 そう思って前を見た瞬間、突然左足に火がついたような熱を感じ、熱い!と思った瞬間激痛が襲ってきた。
 当然走っていた勢いのまま激しく転倒し、何が起こったのかと左足を確認すると、ふくらはぎの裏側に深々と刃物が突き刺さっていた。
「いってっっっ!」
 思わず痛みに声をあげるが、次の瞬間、すぐそばの地面にドスッと鈍い音を立てて別の刃物が突き刺さった。数センチずれていれば体のどこかに刺さっている距離だ。
 声にならない悲鳴をあげ、迫ってくる3人を見ると、その姿がはっきりと確認出来る距離まで詰められていた。普通の人間らしい男の手に小さな刃物が見えて、投げナイフの要領で刺されたことがわかった。

 転倒してからあっという間に距離を詰められ、小男が怒鳴りながら倒れた自分の肩口を掴み揺さぶってくる。そのまま腕を押さえ込まれ、起き上がることも出来ないまま、人間、大男と3人に取り囲まれた。
「◯>∀&〻!!」
 何を言っているのかさっぱりわからない。単語も聞き取れない。小男が揺さぶりながら仲間であろう2人に話しかけている。

 ああ、足が痛え…。血がすげー出てる。

 揺り起こされて、足を放り出した状態で座らされ、左足の下に広がっていく血溜まりを他人事のように見ていた。
 3人の会話は続く。小男は自分を抑え込み、人間の男は自分の鞄を開けて中身をひっくり返している。大男は自分の目の前に立ち、喋りながらじっと見下ろしていた。
 その3人の会話の中で、唯一「ジュノー」という単語だけは聞きとることが出来た。何度もその単語が会話の中に出てくるからだ。
 大男は突然担いでいた大袋をドサリと地面に投げ捨てると、自分の足を跨ぐようにしゃがみ込んでくる。そのまま顎から頬にかけて片手で掴まれ、大男の方を見るように向かされた。

 うわ、くせえ…

 強烈な体臭と口臭が鼻につき、思わず顔を顰めた。あまりの臭さに力づくで顔を掴んだ手を振り解いた。
 その瞬間。右のこめかみあたりにガツンと大きな音がして、勢いで小男側へ倒れ込む。
 頭を襲った衝撃と強烈な眩暈。すぐに殴られたとわかった。ガンガンと頭の中で大きな鐘が鳴り響いているようだった。
 再び大男に顔を掴まれて引き摺り起こされると、大男は口をあけて臭い息を吐き出しながら仲間の2人に話しかけている。

 死ぬのかな…

 脳震盪を起こして朦朧とする意識の中で、うっすらとそう思った。
 目の前で、何が楽しいのか、唾と臭い息を撒き散らして笑う大男が気持ち悪くて仕方なかった。

 だが、目の前を白い何かが通り過ぎたような気がした次の瞬間、数十センチ先にあった大男の首が消失した。あったはずの首から勢い良く赤い液体が吹き上がり、その様子を眺め、何が起こったのか理解する前に、ゆっくりと意識が薄れていった。



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