6 / 6
初級者用ダンジョン編
【6】第二形態
しおりを挟む
其れは打撃と言うにはあまりに鋭く、斬撃と言うにはあまりに遠く、言うならば、そう、射撃である。
手を翳す度、無数に浮遊する結晶の剣が、一本、また一本と撃たれてゆく。
一矢が如く外壁を射る剣。やがて其れ等は光の粒子と消え、禁断の小精霊のもとへ還る。
撃てども撃てども止まぬ剣。そして、撃てども撃てども射るは壁。粉塵が舞う闘技場。エルは顔色一つ変えず、また、一本の剣を躱す。
ただ躱しているのでは無い。刀身の長さ、刃の厚さ、発射速度、軌道、癖等を観察している。
「───…射出は単本、軌道は直線、且つ掌が照準となる為、現形態での接近は容易である」
「禁断の小精霊を前に分析ですか」
「情報は武器だ。金にも成る」
「こんな時に”小遣い稼ぎ”しないで下さいっ…───」
「景気が悪くてね」
「…仕事熱心なんですね」
軽口を止めぬエルに、禁断の小精霊は手を降ろした。闘技場を抜ける風に月色の髪を靡かせ、翡翠色の双眸は圧を増す。
漆黒の伝統衣装から覗く両腕を力なく垂らすと、浮遊する剣が二本、小さく動く。
「なら、これならどうですか」
腕が交差する刹那、結晶の剣が二本射たれた。但し、速度は先程までの三倍以上に化け、その軌道は不規則な弧を描く。
間一髪の所で避けたエルだが、既に目前には次弾が射出されており、尚も同時射出され続ける剣は次第に逃場を奪ってゆく。轟々と舞う粉塵。命の欠片さえ残さぬ非情な剣。
しかし禁断の小精霊は装填を続け、射ち続けた。何故ならば、まるで手応えを感じていないからである。
”第二形態”…────。
従業員は総じて、白の資格者、銅の資格者、銀の資格者、金の資格者等に優劣が格付けされており、銀の資格者以上は戦法を二種類用意する事が許可されている。冒険者の”質”によって第一形態から第二形態へ変動させるのだが、言い方を変えれば、銀の資格者以上への昇格は二種類の戦法が必須と言う事でもある。
禁断の小精霊の場合、第一形態では千霊剣による直線的射撃行動。第二形態では千霊剣の全性能向上と制限解除。そして…───。
「エルさん、其処にあなたを感じます」
そう言って禁断の小精霊は浮遊する結晶の剣を一本掴むと、高く昇る粉塵へと一直線に駆けた。
禁断の小精霊自身による接近戦である。
やがて粉塵の隙間から姿を見せたエルは、予想通り無傷のまま立っていた。其れを見た禁断の小精霊は反射的に後退し、その姿を見据える。
ループタイの埃を払う姿ではない。水蒸気を纏う、その異様な姿をだ。足元の雪は溶け、身に触れた吹雪は一瞬で蒸気と化す。
火の魔素が無き今、炎を放出する事も、熱を帯びる事も許されない。つまり、エルの周囲で起きているあの”現象”は魔法の類では無い。両側頭部から伸びる、黒い靄で形成されたあの丸角も、魔法では無いのだ。
「───…エルさん、その姿は」
「ああ、すまない。”虹の資格者”の君の攻撃から生き延びるには、こうするしかなかったんだ」
「観察するには、の間違いじゃないですか」
「そんな余裕はないさ」
「嘘……ですね」
無言で笑みを浮かべるエル。否定か、肯定か。その真意は解けぬまま、禁断の小精霊は千霊剣を消した。
悟ったのだ。悟ってしまったのだ。決して埋まる事の無い”力”の差を。
「私の負けです」
「まさか、俺は勝ってない」
「そ、そう仰るのでしたら、あ、あの、エルさん」
「どうしたエヴァ」
禁断の小精霊で無く、自身の名前を呼ばれる度、鼓動が高まる。
戦士から乙女へ。頬を桃のように染め、言葉が上手く見つからない。華奢な体躯はより細く、弱く、小さくなる。小精霊の伝統衣装は肌の露出が多い為、その線がはっきり映ってしまう。
「(ど、どどどど、どうしよう。言いたい、デートをし、し、して下さいって言いたい…っ)」
「なあ、エヴァ」
「(で、でも、め、迷惑だよね、私なんかと…、話すの下手だし、つ、つまらないよ)」
「付き合ってくれるか」
手を翳す度、無数に浮遊する結晶の剣が、一本、また一本と撃たれてゆく。
一矢が如く外壁を射る剣。やがて其れ等は光の粒子と消え、禁断の小精霊のもとへ還る。
撃てども撃てども止まぬ剣。そして、撃てども撃てども射るは壁。粉塵が舞う闘技場。エルは顔色一つ変えず、また、一本の剣を躱す。
ただ躱しているのでは無い。刀身の長さ、刃の厚さ、発射速度、軌道、癖等を観察している。
「───…射出は単本、軌道は直線、且つ掌が照準となる為、現形態での接近は容易である」
「禁断の小精霊を前に分析ですか」
「情報は武器だ。金にも成る」
「こんな時に”小遣い稼ぎ”しないで下さいっ…───」
「景気が悪くてね」
「…仕事熱心なんですね」
軽口を止めぬエルに、禁断の小精霊は手を降ろした。闘技場を抜ける風に月色の髪を靡かせ、翡翠色の双眸は圧を増す。
漆黒の伝統衣装から覗く両腕を力なく垂らすと、浮遊する剣が二本、小さく動く。
「なら、これならどうですか」
腕が交差する刹那、結晶の剣が二本射たれた。但し、速度は先程までの三倍以上に化け、その軌道は不規則な弧を描く。
間一髪の所で避けたエルだが、既に目前には次弾が射出されており、尚も同時射出され続ける剣は次第に逃場を奪ってゆく。轟々と舞う粉塵。命の欠片さえ残さぬ非情な剣。
しかし禁断の小精霊は装填を続け、射ち続けた。何故ならば、まるで手応えを感じていないからである。
”第二形態”…────。
従業員は総じて、白の資格者、銅の資格者、銀の資格者、金の資格者等に優劣が格付けされており、銀の資格者以上は戦法を二種類用意する事が許可されている。冒険者の”質”によって第一形態から第二形態へ変動させるのだが、言い方を変えれば、銀の資格者以上への昇格は二種類の戦法が必須と言う事でもある。
禁断の小精霊の場合、第一形態では千霊剣による直線的射撃行動。第二形態では千霊剣の全性能向上と制限解除。そして…───。
「エルさん、其処にあなたを感じます」
そう言って禁断の小精霊は浮遊する結晶の剣を一本掴むと、高く昇る粉塵へと一直線に駆けた。
禁断の小精霊自身による接近戦である。
やがて粉塵の隙間から姿を見せたエルは、予想通り無傷のまま立っていた。其れを見た禁断の小精霊は反射的に後退し、その姿を見据える。
ループタイの埃を払う姿ではない。水蒸気を纏う、その異様な姿をだ。足元の雪は溶け、身に触れた吹雪は一瞬で蒸気と化す。
火の魔素が無き今、炎を放出する事も、熱を帯びる事も許されない。つまり、エルの周囲で起きているあの”現象”は魔法の類では無い。両側頭部から伸びる、黒い靄で形成されたあの丸角も、魔法では無いのだ。
「───…エルさん、その姿は」
「ああ、すまない。”虹の資格者”の君の攻撃から生き延びるには、こうするしかなかったんだ」
「観察するには、の間違いじゃないですか」
「そんな余裕はないさ」
「嘘……ですね」
無言で笑みを浮かべるエル。否定か、肯定か。その真意は解けぬまま、禁断の小精霊は千霊剣を消した。
悟ったのだ。悟ってしまったのだ。決して埋まる事の無い”力”の差を。
「私の負けです」
「まさか、俺は勝ってない」
「そ、そう仰るのでしたら、あ、あの、エルさん」
「どうしたエヴァ」
禁断の小精霊で無く、自身の名前を呼ばれる度、鼓動が高まる。
戦士から乙女へ。頬を桃のように染め、言葉が上手く見つからない。華奢な体躯はより細く、弱く、小さくなる。小精霊の伝統衣装は肌の露出が多い為、その線がはっきり映ってしまう。
「(ど、どどどど、どうしよう。言いたい、デートをし、し、して下さいって言いたい…っ)」
「なあ、エヴァ」
「(で、でも、め、迷惑だよね、私なんかと…、話すの下手だし、つ、つまらないよ)」
「付き合ってくれるか」
0
お気に入りに追加
12
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
独自ダンジョン攻略
sasina
ファンタジー
世界中に突如、ダンジョンと呼ばれる地下空間が現れた。
佐々木 光輝はダンジョンとは知らずに入ってしまった洞窟で、木の宝箱を見つける。
その宝箱には、スクロールが一つ入っていて、スキル【鑑定Ⅰ】を手に入れ、この洞窟がダンジョンだと知るが、誰にも教えず独自の考えで個人ダンジョンにして一人ダンジョン攻略に始める。
なろうにも掲載中
絶対死なない吸血鬼
五月雨
ファンタジー
学校の帰りにトラックに引かれ、重傷の中気付いたら異世界にいた。
魔女の従者になって、人でなくなって、吸血鬼になっていた。
不死身の吸血鬼の異世界転生ファンタジー!
fin!!
嵌められ勇者のRedo LifeⅡ
綾部 響
ファンタジー
守銭奴な仲間の思惑によって、「上級冒険者」であり「元勇者」であったアレックスは本人さえ忘れていた「記録」の奇跡により15年前まで飛ばされてしまう。
その不遇とそれまでの功績を加味して、女神フェスティーナはそんな彼にそれまで使用していた「魔法袋」と「スキル ファクルタース」を与えた。
若干15歳の駆け出し冒険者まで戻ってしまったアレックスは、与えられた「スキル ファクルタース」を使って仲間を探そうと考えるも、彼に付与されたのは実は「スキル ファタリテート」であった。
他人の「宿命」や「運命」を覗き見れてしまうこのスキルのために、アレックスは図らずも出会った少女たちの「運命」を見てしまい、結果として助ける事となる。
更には以前の仲間たちと戦う事となったり、前世でも知り得なかった「魔神族」との戦いに巻き込まれたりと、アレックスは以前とと全く違う人生を歩む羽目になった。
自分の「運命」すらままならず、他人の「宿命」に振り回される「元勇者」アレックスのやり直し人生を、是非ご覧ください!
※この物語には、キャッキャウフフにイヤーンな展開はありません。……多分。
※この作品はカクヨム、エブリスタ、ノベルアッププラス、小説家になろうにも掲載しております。
※コンテストの応募等で、作品の公開を取り下げる可能性があります。ご了承ください。
役立たずの最強治癒(?)使い
焼肉
ファンタジー
楽観的思考を持つ主人公の真が女神にステータスとスキルを与えられ勝手に異世界に飛ばされる。
しかしその女神はかなりのギャンブル好きのため与えられるステータス、スキルはランダムということだった。
はたして真は異世界でどのような目にあっていくのか。
レイヴン戦記
一弧
ファンタジー
生まれで人生の大半が決まる世界、そんな中世封建社会で偶然が重なり違う階層で生きることになった主人公、その世界には魔法もなく幻獣もおらず、病気やケガで人は簡単に死ぬ。現実の中世ヨーロッパに似た世界を舞台にしたファンタジー。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる