銀色のクマ

リューク

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帰り道

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 刻々と帰りの会の終わりが近づいている。各係の発表や連絡が終わるごとに、鼓動は早くなっていった。時計の長針を見て、ぐっと唾を飲み込む。

 帰り支度は早めに済ませていた。そうすれば、何かの事情で奈美が急いで帰りだしたとしても、見失う心配はない。

 全員が起立し、日直が号令をかけた。それと同時に後ろを向く。奈美がランドセルを背負い、女子達と一緒に教室を出た。注意深く距離を保ち、見失わないように後を追いかけた。友達とおしゃべりを続ける奈美を見つめて歩く。いつも通り、学校付近では周りにたくさんの生徒が下校している。それでもあたしの目は、奈美をしっかりと捉えていた。

 やがてクラスメイトと別れ、奈美も一人で歩き始める。分かれ道が来る度に人が減っていった。無意識に枯葉を避けて足を運ぶ。もうじき十月も終わるというのに、じんわり背中に汗をかいていた。気持ちを落ちつけようとゆっくり深呼吸をした時、前を歩く低学年の子が脇道に入っていった。

 もう前を歩くのは一人だけになった。それを確認すると同時に走り出す。恐い。奈美の姿が大きくなるにつれて、息も出来なくなる。それでも足を動かす。気がつけば、そこは公園が柵越しに見える道だった。距離は五メートルもなくなった。

「奈美」

 奈美の足が止まった。荒い呼吸を整えながら反応を待つ。どうしようか迷っているのか、奈美はしばらく動かなかった。風に吹かれた髪だけが、ゆらゆらと揺れている。

 しかしもう一度名前を呼ぼうとした時、意を決したようにこちらを振り向いた。怒っているのか、緊張しているのか、悲しんでいるのか分からない。見る人によって印象が変わりそうな表情を浮かべていた。

 話をするには少し遠い。嫌な距離を感じると、ゆっくりと歩き始めた。崩れ落ちそうな地面を刺激せず、慎重に崖の近くを歩いているような足取りだった。

「なに?」

 怯えと緊張の入り混じった声で奈美が聞く。二人が手を伸ばしてもギリギリ届かない距離の所で、あたしは立ち止った。

 何か言わなくちゃ、と思ったが言葉が見つからない。社会のグループワークで無視された日の夜、メッセージを打とうとした時と同じだ。色々伝えたい気持ちは溢れていたが、口が動かない。ただならぬ雰囲気を察したのか、反対側の歩道を歩くお婆さんがチラチラとこちらを見ている。

 すると奈美がガサッと枯葉の音を立てて背を向けようとした。

「ごめんなさい!」

 頭を下げながら叫んだ。下を向いているから、奈美の姿は見えない。でも帰ろうとするのをやめて、まだそこに立っている気配があった。ゆっくりと顔を上げ、奈美をじっと見つめた。やっと自分の気持ちの一部を伝えられた。その思いから生まれるあたしの眼差しを避けるように、奈美が目線を地面に逸らせ、「何が?」と小さい声を吐く。あたしは拳を強く握り締めて言った。

「ゴミ袋係押しつけて、ごめんなさい。あと、急に一緒に帰るの断ったりしてごめん。今さらって思われるのは分かってるけど……でも、本当にごめんなさい。あたしのこと嫌いになったと思うけど、やっぱり友達でいたい。仲直りしたいんだ。前みたいに一緒に遊びたい。だから……本当に、今までのこと、本当にごめんなさい」

 つっかえながら滅茶苦茶に話しているのが分かった。でも、言葉を順序良く並べるなんて出来ない。色々な記憶や気持ちがごちゃ混ぜになり、口を勝手に動かした。奈美はまだじっと地面を見つめていた。さらに言い足そうか迷ったが、同じ言葉しか出てこない気がした。

「それって、本当にあたしと仲直りしたいから言ってるの?」と、奈美は足元の枯葉に話しかけるみたいに言った。

 そしてゆっくりと視線を上げ、あたしを見定めるように続けた。「他の女子に仲間外れにされるのが嫌だから言ってるんじゃないの?」

「そんな……違うよ! 本当に前みたいに仲良くしたいだけ!」

 すると奈美は、なぜか急にランドセルを脱いだ。それを胸元に抱えて蓋を開け、すごい勢いで右手を突っ込んだ。それは以前、夜中にスマホをランドセルから取りだそうとする自分を思い出させた。奈美は何かを掴んで手を引き抜くと、少し近づいてきて目の前にバッと拳を突き出した。

「じゃあ、これ何!?」

 叫び声が周りの家々にこだまする。気づくと奈美の右手は何か摘まんでいて、そこには光るものがぶら下がっていた。

 うそ……。

 目の前で二匹のクマが揺れている。どちらも銀色で、可愛い笑みを浮かべている。
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