銀色のクマ

リューク

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 その後の授業や休み時間、どの女子にも話しかけづらさを感じた。チラリと周りを見ると、目が合いそうになった子が急に顔をそらす。まるで昨日公園を柵越しに見ていた自分のようだ。でも、違う。みんなはそれを楽しんでいる。

 顔をわずかに後ろへ向けて、奈美の席に目をやった。近い席の友達に囲まれ、楽しそうにおしゃべりをしている。いつもは自分も楽しくしてくれる笑顔なのに、今日は見ると息苦しくなる。体の向きを戻して机の上で腕を組み、トマトのストラップを見つめ続けた。

 先生が明日の連絡事項を黒板に書き、みんながランドセルに教科書やノートをしまっている。いつの間にか帰りの会の時間になっていた。そうだ、まだ何の帰り仕度もしていない。ごちゃごちゃになったプリントや体育着と格闘し始めると、日直が号令をかけて帰りの会が終了した。急いで持ち物をまとめ、ワイワイざわめく教室を見渡す。すると奈美がランドセルを背負い、さっさと廊下に向かっていた。

 学校の正門前の通学路には、まだ大勢の生徒がいた。犯人を尾行する刑事のように、距離を保って奈美の後ろを歩いた。いつも傍にいたせいか、こうしてじっくり後ろ姿を眺めるのは初めてかもしれない。

 奈美はたまに振り返りそうなしぐさを見せた。その度にビキッと体をこわばらせる。それでも結局振り返りはしなかった。ポニーテールが三十メートルほど先で揺れ続ける。

 いつもの公園の道をそのまま過ぎて角を曲がると、見慣れないお店の看板が目に入った。クリーム色の背景に、ふっくらした幾つかのパンの絵が楕円上に並び、その中に店名が書いてある。奈美が教えてくれた、最近できたお店だった。ここしばらくは下を向いて歩いていたから、全く気がつかなかった。看板の前まで来ると、色々な種類のパンが並んでいるのがガラス窓越しに見えた。小さなお店だったが、中は多くの人で賑わっている。急に空腹感が襲ってきた。給食でおかずだけ食べ、パンに手をつけなかったせいだ。

 前を歩く奈美とすぐ近くのパン屋を交互に見つめた。一緒に行こうって話していたのに、今はこうして離れた所を歩いている。昨日のことでも、昔話を聞くみたいに遠く感じる。

 パン屋を過ぎると、同じ道を歩く生徒が徐々に減っていった。近づいて話しかけたい。「ねぇ、早くあそこの酵母パン食べようよ」と声をかけたい。しかし足は気持ちに反して、その動くテンポを上げなかった。むしろ枯葉を踏む音でばれないように、慎重な足取りで歩いている。

 俯きながらどうしようか迷っていると、いつの間にか家に着いてしまった。奈美は途中で道を曲がり、とっくに目の前からいなくなっていた。

 家の階段を重い足取りで上り、自分の部屋でランドセルを下ろす。枕元のぬいぐるみのように、しばらくベッドに腰掛けて動かずにいた。

 ふんわりと床を這って近づいてくるものが視界に入った。掃除をさぼって生まれた埃だ。少し開いた窓からの風で、たんすの隙間から追い出されたようだ。それを目で追っていると、順に学校での一日が思い出された。牧ちゃんと歩いた朝の道。奈美が冷たかった社会の時間。パン屋をそのまま通り過ぎた帰り道。くせ毛のあたりが急に痒くなり、地肌をえぐるように掻きむしった。抜けて指に絡みついた髪の毛を、足元まで到着した埃に向かって落とす。

 立ち上がってランドセルに手を突っ込み、スマホをバッと取りだした。腕を引き抜くのと同時に、乱暴に押し詰められていたプリントが床へ散らばる。再びベッドに座り、枕元のクマのぬいぐるみを膝の上に置いた。

 工場見学のグループのメンバーだった四人の女子宛てに、メッセージを作成する。普段よりも可愛い絵文字を多めに挿入し、「今日のグループワーク楽しかったね。また今度も同じメンバーで見学しようね」と文章を打ち込んだ。簡単な内容だが、間違いがないよう何度も読み返す。一斉送信ではなく、一人ひとりに少しずつ文の違うメッセージを送った。

 送信が終わると、再びストラップを探し始める。リュックサックの中、玄関の隅、便器の陰……。次々と場所を変えて体を動かし、頭で自動再生される一日を振り払おうとした。その間ずっと握りしめていたスマホは、手の汗で表面がベタベタになっていった。

 次の日の朝、起きると同時にアプリを起動した。メッセージはどれも既読になっていたが、返信はなかった。
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