上 下
4 / 14

4 初恋と薬草

しおりを挟む
私の初恋ーー。

その相手は、ロデムと名乗っていた。
私の師匠の一番弟子だ。

そのロデムが眼の前にいた。
偽名なことは分かっていた。

女性よりも柔らかなんじゃないかと思うブラウンヘアーに、意志の強そうな真っ黒の瞳が私を見つめている。

もう恥ずかしくて、恥ずかしくて……!

「お、おい!フィー!」

カイトがボーッとする私の肩を叩いた。

「ご、ごめん……。久しぶりだから、何だか恥ずかしくて……」

まさか初恋の相手だからとも言えないし……。

「大丈夫だ、ジョセフィーヌ。師匠も会いたがっていたよ。それに、今回カイトライトから話をもらって驚いた」

ですよね?
婚約者候補ですもんね。
おまけに、そんなに出来も良くない妹弟子の私……。

「婚約者を探してると聞いた。私でもその……大丈夫か?」

私の知るロデムは、いつもどことなく悲しげで、寂しそうで……。身分は高そうなのに、いつも謙虚で優しくて。

(女性なら惚れないわけないよね?)

「えーっと、あーっと。その……。よろしくお願いいたします?」

私がそう告げると、ロデムは安堵の笑みを浮かべた。

(あとでロデムの釣書、見直さなきゃだ……)

カイトからもらった用紙に詳細の記載があるはずだ。

そして、なぜかカイトは始終不機嫌そうな表情を浮かべて私たちを見つめていた。

「カイト?」

「……フィー、もしかしたらその『ロデム』が、以前話をしていた森の人物なのか?」

「……う、うん、そうなんだ。もうびっくりでしょう?だから、驚いちゃって……」

森で出会ったのは、異世界から来たと言う男性(後に薬草の師匠!)で、倒れていたのをお世話したのがきっかけで薬草のことを教えてもらうようになった。

師匠は元の世界では薬草の世界レベルの研究者だったんだって。

今いるこの世界の薬草にも興味津々らしく、毎日森の中の小屋(師匠曰く研究所)で研究している。

私は正直、薬草なんて興味がなかった。

伯爵家を継ぐ必要があるし、研究なんて女性には夢のまた夢ーー。

そう思っていたら、師匠からこう言われた。

『知識と経験は財産さ。将来役に立つかも知れないだろ?』

今までは伯爵領で薬草を売買したり、製品化したりしたことはなかったけど、師匠曰く製品化に向いた薬草がたくさんあるらしい。

領地経営にプラスになるならーーという邪な思いと、あの屋敷以外に自分の居場所が欲しかった私はいつしか時間を見つけては森に通うようになった。

そんなある日、師匠が見知らぬ男性と親しそうに話していた。

見た目の服装こそ簡素だったけど、洗練された所作を見れば高貴な身分なことは一目瞭然だった。

その青年はロデムと名乗った。

隣国から来たらしい。

何でも元々師匠が異世界から転移した先は隣国で、第一発見者がロデムだったのだそう。

隣国で師匠が処方した安眠薬が大ヒットし、利権関係で危険な立場に置かれるようになり、我が伯爵領に流れ着いたという。

(しかし、師匠。ある日いきなり姿をくらますなんて……。そりゃ、ロデムも必死に探す訳だ)

おまけに師匠は金のなる木。

ロデムは元々商会で働いていて、師匠のお世話をしながら、薬草を学び、その安眠薬の販売も任されていたらしい。

いきなり姿を消した師匠を探し回ってようやく見つけたため、しばらく小屋に住込ことになったらしい。

その日を境に3人での奇妙な交流が始まった。

私は師匠の身の回りのお世話をし、時間があると3人で森に出掛けては薬草を探し、研究をする。研究のための機材は商会が調達したり、師匠が自前で作ったりしながら何とかやり繰りする。

ロデムは商会の仕事をしつつ、師匠を監視しながら、師匠と新製品の開発を行っていた。

私はあまり関わらないほうが良いかな?と思いながらも、耳には彼らの会話が飛び込んでくる。

(安眠薬の次は、毛髪促進剤かあ……)

新製品は飲むタイプではなく、複数の薬草を濃縮したエキスを液体にし毛根に塗布するのだそう。

髪の毛が気になる方のモニターテストも始まっていた。

(薬草……何だか想像以上に面白いかも知れない……!)

ロデムの後を追えではないが、我が伯爵家にも何かヒット商品が作れないか?と考えるようになった。

そんな矢先に、私は王立学園に入学することになる。

もちろん、王立学園では薬草の勉強や研究などは行えないし、秘密裏にするしかなかった。

私自身、学園に入学しても従来通り師匠やロデムと交流できると思っていた。

「ロデム、ここ伯爵領なんだよね。で、隣国の商会の商品開発や、研究もしてるよね?」

「家賃でも払えと?」

「まさか!でも、伯爵家にも何か旨味が欲しくて……」

私は最大限の微笑みでお願いをしてみた。

「伯爵領で製品化するなら、絶対に顔のシミ取りの化粧品がいい!」

冗談半分で師匠にお願いした。

けれどーー。

王立学園と領地経営の勉強は思った以上にハードで、次第に足が遠のいてしまった。

とある日。

そんな私の様子を見に、ロデムが学園の門まで会いに来てくれたのだ。

門の外でロデムを見かけた私は、ロデムを私が乗っていた馬車に促した。

「わざわざ来てくれたの?ありがとう」

「なぁ、ジョセフィーヌ?最近、師匠が寂しがってるよ」

「……だよね。ごめんなさい。私も行きたいんだけど……」

と、学園のこと、領地経営のこと、そして扱いに困っている婚約者のことなどを包み隠さずに話した。

「……そうか。ジョセフィーヌはジョセフィーヌでたくさんのものを抱えているんだな。今まで気がつかなくて済まない」

ロデムのせいじゃないのにーー。

申し訳なさそうな表情をするロデムに、私は彼の誠実さと真摯さを感じた。

(ロデムが婚約者だったら良かったのに……)

婚約者であるエリオット様と比較するのは卑怯なのかも知れないけど、そのあまりの違いに絶望的な未来しか描けなかった。

「そうだ。お陰様で毛髪促進剤は完全して来月から発売する。本当にありがとう」

「ううん。私は何もしてないからーー。頑張ったのは、師匠とロデムだよ?」

そう言えば、ロデムの年齢も、住んでる場所も、どんな家族なのかも聞いたことがなかった。

いや、違う。

ロデムは、自分のことを全てさらけ出すことを恐れているように見えた、

だから、私はあえて聞かなかった。

単なる兄弟子のロデム。

それだけで十分だったし、何よりも私と対等に接してくれたから。肩書や家柄なんて人柄の前では虫けらにしかならないことは婚約者で身に沁みていた。

……だから私は、ロデムと言う人物が大好きだった。

それは、私の初恋だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

無実の罪で聖女を追放した、王太子と国民のその後

柚木ゆず
恋愛
 ※6月30日本編完結いたしました。7月1日より番外編を投稿させていただきます。  聖女の祈りによって1000年以上豊作が続き、豊穣の国と呼ばれているザネラスエアル。そんなザネラスエアルは突如不作に襲われ、王太子グスターヴや国民たちは現聖女ビアンカが祈りを怠けたせいだと憤慨します。  ビアンカは否定したものの訴えが聞き入れられることはなく、聖女の資格剥奪と国外への追放が決定。彼女はまるで見世物のように大勢の前で連行され、国民から沢山の暴言と石をぶつけられながら、隣国に追放されてしまいました。  そうしてその後ザネラスエアルでは新たな聖女が誕生し、グスターヴや国民たちは『これで豊作が戻ってくる!』と喜んでいました。  ですが、これからやって来るのはそういったものではなく――

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

本当に愛しているのは彼女だと、旦那様が愛人を屋敷に連れてきました

小倉みち
恋愛
 元子爵令嬢アンリには、夫がいる。  現国王の甥である、ダニエル・ベルガルド公爵。  彼と彼女が婚約するまでには、1つのドラマがあった。  ダニエルは当初、平民の女性と恋仲にあった。  しかし彼女と彼の身分差はあまりにも大きく、彼は両親や国王から交際を猛反対され、2人は彼らによって無理やり別れさせられてしまった。  そのダニエルと女性を引き剥がすために、アンリはダニエルと婚約することになったのだ。  その後、ダニエルとアンリの婚約はスムーズに維持され、学園を卒業後、すぐに結婚。  しかし結婚初夜、彼女に向かってダニエルは、 「君を愛することは出来ない。本当に愛しているのは、別れた彼女だ」  そう言って、平民の女性を屋敷に招き入れたのだ。  実は彼女と彼は、別れた後も裏で通じ合っており、密かに愛を温めていた。  お腹の中に子どももいるという。 「君は表向きの妻としていてくれ。彼女の子どもも、君との子どもとして育てる。だが、この先一生、君を見ることはないだろう。僕の心は、彼女だけのものだ」  ……そうおっしゃっていましたよね?   なのにどうして突然、 「君のことも、ちゃんと見ようと思う」  なんて言い出したんですか?  冗談キツいんですけど。  

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

処理中です...