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第一幕「道化の英雄」・Hero de Jester・

第04話「道化の行進」3/3

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「ガ……アガ……ガ……」

 言われるまま電器店の壁穴から抜け出て歩行者天国へと戻ると、英雄の凱旋を祝うかのように紙吹雪が舞い、見えない観衆の歓喜の声が上がる。

「勝った……のか?」

 祝われる創伍とは真逆に、細い足を掻き回しながらマンティスは瀕死の虫の様に蠢く。戦意も、武器も、起き上がるすべも無く、完全に戦闘不能となっていた。
 息をつく暇がなかったため、倒したと確信するまで十秒以上要したが、長いようで短かった戦いが勝利という形で幕を閉じる。

「はあぁぁぁ……」

 終わった――安堵と一緒に疲労がドッとのし掛かったが、今まで道化として失敗の連続だった自分が、初めて何かを成し遂げた瞬間だった。

「おめでとう創伍。私達の勝ちだよ!」
「………………」

 だが創伍は喜ぶ気にはなれなかった。何故ならマンティスや他の作品は創伍が描いた絵から生まれた産物であり、自分の創作物が殺人を犯し、その不始末を自分で処理しただけだからだ。
 それでも今は、この静かなひと時で心を落ち着かせたいところだったが……。

「さぁ、創伍。まだやるべきことは残っているよ」
「え……もう終わったんじゃないのか? 現にヤツはもう倒れて――」
「彼はまだ生きているし、創伍もまだ記憶を手に入れていない。その左手を使って彼を裁かないと」

 創伍の目的は、主人公になる為にもまず自分の記憶を思い出すこと。故にシロと契約したのだから、今のままでは何も達成していない。その為に存在する、もう片方の黒く不気味な左手に目をやった。

「でも、どうすればいいんだ?」
「彼に左手で触れて、取り込もうとだけ考えて。そうすれば左手は彼に死を与え、そこから得たものを創伍に施すから」
「……あぁ」

 過去の記憶を取り戻す――緊張する創伍は一呼吸入れてから、マンティスへと近づく。だが彼の気配に気付いたマンティスは、見苦しくも体を必死に動かして抵抗しようとする。

「ガァアァァァ、ヤメロォォォ……殺スナァ……」

 罪の無い人々を斬殺しておきながら、自分は御免被る――お人好しな創伍でもそんな道理を通したりはしない。

「真城ォ……オ前ニ出来ルハズガナイ…………道化師ノオ前ガ、俺ヲ殺スナンテナァ…………」
「………………」

 普通なら自らの手で死を与えるなど、生涯経験したくもない。人々の仇であろうと、命を奪うことへの罪悪感は欠片だろうと感じてしまう。

 だから創伍は、罪悪感を濁す。

「殺すんじゃない……取り戻すんだ、俺自身を」

 そう言って創伍はマンティスの濡れた体に左手を当て、彼の命を取り込む。

「ウォォォッ……! ヤメロ……ヤメ……苦……シ……!」

 マンティスの体が、少しずつ創伍の左手へ液体の様に吸い込まれていく。聞くに堪えないマンティスの声はみるみる小さくなるものの、創伍は最後まで気味の悪い怪物を自分の中に取り込むことに苦痛を感じた。

「ゥ……………ォ………」

 塵一つ残すことなく、創伍の産物ヒュー・マンティスは、鎌谷という人間の存在と共に消え去った。役目を終えたシロも、指を二回鳴らすと、お祭り騒ぎだった道化の行進が霧の如く消え去り、電気街に静寂が訪れる。

「ありがとう、創伍。創伍のおかげで私も頑張れた♪」
「俺の方こそ、ありがとな…………」

 舞台の音楽も止まり、現実に引き戻された創伍はペタリと座り込む。この戦いを終えたことで、創伍は今日まで当たり前に生きていた日常と決別したことを、深く実感するのであった。

「創伍っ!!」
「アイナ――」

 そんな創伍の元へ、闘いを見届けていたアイナが駆け寄る。

「馬鹿っ! どうしてこんな無茶を……!」

 彼女の目には涙が浮かんでいたが、その怒鳴る彼女の顔には、どこか安堵や喜びらしきものを感じた。

「ごめん。シロが思い出させてくれたからさ……」
「……えっ?」

 創伍は掌を翳して見せたが、アイナはどういうことかと目を丸くする。

「君に気絶させられた後、部屋が綺麗さっぱりに片付けられていたんで危うく全部忘れるとこだった。だけど、俺の手に付着していたシロの血を、君は処理し忘れていたんだ」
「……っ!」

 創伍が部室で血だらけのシロに手を握れと言われた時の、手に付着した彼女の血をアイナ達は知らない。あんな緊急時だったために血を拭き取ることを忘れてくれたのが幸いか、創伍はシロの血痕によって全てを思い出せたのだ。

「俺を主人公にしてあげるって言ってくれたから……そんな彼女の期待にどうしても応えたくて……」
「…………」

 目的が果たせず半ば諦めつつも、アイナは反面ホッとしたような笑みを浮かべる。

「やはり、あなた達は強い何かで惹かれあっているのかもね……これはこれで、良かったのかもしれない……」
「ハハハハ……! 勝ったぜ」

 自分の強い意志に納得してくれたように思えて、創伍は少し勝ち誇った。

「はぁあああぁぁ……疲れたあぁ」

 そして何より、今生きているのは本当の奇跡。この一秒一秒を脳裏に焼き付けながら生きていることを実感しようと、創伍は仰向けに寝転がって深呼吸をした。


 その時だ――


「うわっ!」

 突如、強烈な耳鳴りと共に頭部全体に激痛が走り出す。天地がひっくり返るかのような痛みに、創伍は無意識に全身を仰け反らせてしまう。

「あぁっ……が……がぁっ……!」
「創伍っ! どうしたの!?」

 頭を必死に抑えてアイナに説明しようにも、喋ることもままならず創伍はそのまま踞ってしまう。そして意識が飛びそうな刹那――アイナの後ろで、シロが傍観していた。

(あぁ……!)

 シロがアイコンタクトをすることで、彼女が数分前に自分に言っていたことを思い出した。

 左手は彼に死を与え、そこから得たものを創伍に施す――と。

(そうか……つまり今から起きるのは、俺の――)


 * * *
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